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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第4回『雛形若菜』の甘い罠】
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「定」:部外者として排除される耕書堂
呉服屋の旦那様の前で、出来上がった錦絵をお披露目します。
すると、どういうわけか、西村屋だけでなく、鱗形屋と鶴屋という商人も来ているとか。
他のドラマからのキャストネタはあまり書きたくないですが、この並びは『麒麟がくる』の今川義元と徳川家康であることは指摘せずにはいられません。
つまり、倒すには、織田信長になる必要があるってコト……桶狭間はいつ実現しますかねぇ。
とりあえず、この地本問屋が並ぶ中、改が始まります。
花魁も美しい。着物も鮮やかだ。錦絵らしい極彩色の絵が目を惹く。
こうして『雛形若菜初模様』として、シリーズ化が進められることになると宣言され、西村屋とともに進めていくと重三郎の口から宣言されます。
しかしここで西村屋が、こうきたぜ。
「あの……今後はこの『雛形若菜』、手前の一人の板元とさせていただけませんでしょうか!」
なんだってェ!
重三郎が困惑していると、西村屋は「定」を軽く見ていたと言います。西村屋さえ入っていれば、耕書堂も板元に入れられるかと思っていた。
困惑する重三郎に、鱗形屋はこうきた。
「市中では、地本問屋の仲間のうちで認められた者しか、“板元”はやってはならぬと“定”になっておってな」
りつがここで、蔦重は『細見』の改もしていると反論します。
あれは「改」だからよい。しかし「板元」となるとよろしくない。発行人となることはまかりならないんだそうで……ポカンとしている重三郎。
『一目千本』はどうなのか?
そう尋ねられると、鶴屋は吉原内部での配り物なのでよいと見解を示します。
しかし、この本は別。市中の本屋、絵草紙屋で売ることはできかねる。穏やかな口調できっぱりとそう言います。
重三郎はこれでやっと、自作本は市中で売り広めができないと理解しました。
鶴屋は丁寧に、板元をやる地本問屋は互いに作った本や絵を、互いの店で売り合い、広めることで利益を出していると。その仲間に入っていないこの絵は扱えないというのです。
西村屋は仲間だと重三郎が反論すると、西村屋は苦しそうに「手前一人なら売り広めができる」と言います。
つまりは、蔦重が、市中での売り広めを妨害している――呉服屋の旦那たちも、そう話を飲み込んでゆきます。着物を売るには市中が欠かせないと困惑し始めました。
重三郎はまだ粘り、仲間のうちに認められたいというものの、鶴屋は苦い顔で断ります。
風間俊介さんの怜悧な顔、その冷たさが効いてきますね。
さすがに重三郎は限界だ。
あとから来た奴はどうすりゃいいのか! 板元にはならねえのか!
そう問い詰めると、鶴屋は耕書堂が板元になることは今後まずないとまで言い切ります。
こうなると空気が、重三郎排除に動く。忘八の親父どもが「手を引け」と圧をかけるようなことを言い出す。
「ふざけんなよ……ふざけんじゃねえよ!やったの全部俺だろ、考えたのも、走り回ったのも全部!何で俺だけ外れなきゃいけねえんだよ!んなおかしな話あっかよ!」
たまりかねて叫ぶ重三郎。
駿河屋が重々しく言います。
「吉原のため。錦絵が広く出回ることが吉原のためだ……」
下を向き、涙を堪え、顔を上げて前を見るしかない重三郎。
「吉原のため、いいものに仕上げてくだせえ。では」
そして深々と頭を下げると、その場を去るしかありませんでした。
残された連中の笑い声を背後に聞きつつ、重三郎は吐き捨てます。
「何が吉原のためだよ……忘八が!」
重三郎は吉原で生まれ、そのために突っ走ってきました。
しかし、そこから江戸市中という外の世界と、本を作る可能性を見出してしまった。自分一人だけでない唐丸を絵師にする夢も見えてきた。背負うものは吉原だけでなくなってきました。
何かが変わりつつありました。
「手のひら返しやがって、寄ってたかって梯子外しやがって!ちくしょう、ふざけんなよ、べらぼうが!」
そう怒り狂う重三郎でした。
欲望にからめとられる悪人ども
そして西村屋と鱗形屋が……。
「うまくいきましたねぇ。おめえさん、いっそ中村座にでも入ったらどうだ?」
鱗形屋が冗談めかして西村屋にそう言います。
西村屋は「鱗形屋こそ芝居が上手」と笑っている。
そう、つまりは全部、仕組まれていたってことですね。
鱗形屋から「うめえ話だったろ?」と言われ、「ここまで大化けする話とは思わなかったよ」と応じる西村屋。
うめえ話というか、あまりにいいタイミングで西村屋が来たとは思ったぜ。やるせねぇ……。
西村屋は鱗形屋に、今後どうするか聞いてきます。
酒をくいっと飲み、口を拭ってからこう言う鱗形屋。
「俺はよ、あいつごと、この吉原を丸抱えにしてえのよ」
何を企んでいるんだ!
それにしても、この時点で打開策は見えてくる。ナントカとハサミは使いよう。
「定」もそう。これを利用して、どうにかギャフン!と言わせられねえもんでしょうか。
抱え込みたい、儲けたい――そう稲荷ナビが説明すると、燃えて苦しむ男の悲鳴が聞こえてきます。
秩父・中津川高山で事件が起きているようです。
このチームは本当に人を燃やすのが好きね。江戸時代中期なのにこれで二度目か。
その山で一儲けしたらしい源内は、新之助に小判を渡して、吉原のうつせみに会いにいくよう促しています。
そこへ平秩東作という、内藤新宿の煙草屋があわててやってきます。
なんでも山が大変なことになっているとか……。
MVP:蔦屋重三郎
なぜ、蔦屋重三郎が主役になったのか、腑に落ちました。
彼は善人なのです。
他の連中、忘八も鱗形屋も、女郎に入銀させて当然だと思っている。
しかし重三郎は違う。抗議が入ると反省し、それだけは避けようとする。
これがどれほど素晴らしいことか。
令和の日本だって、クレームを入れたり、搾取されたと訴える相手が女性というだけで、まともに取り合わない輩なんて掃いて捨てるほどおりますよね。
そして頼まれたら右へ左へ走り回り、目的を達成する。
営業としての接待から、成果物の管理、はたまた経理としての役割まで。彼こそ「全部やった」と言えるだけの働きをしているのです。
そういう彼の才能とやる気が、ジュルジュルと吸い上げられる様には胸が抉られました。
彼をうまく乗っけて利用するだけ利用した、地本問屋は地獄行き相応でしょう。
吉原のためだと大義名分を振りかざす忘八も同じ……と、なぜここまで怒るかというと、思い切り感情移入してしまったのです。
今回の重三郎の災難は身に覚えのあることであり、まさか大河主人公の災難にここまで感情移入する日が訪れるとは思いもよらないことで、のたうち回りたくなったほど辛い回でした。
そうなんだ。やる気を搾取されて、ほとんど自分が作り上げたようなものでも、名前と肩書きがもっと立派なヤツのものということにされ、ポイ捨てされて経歴にも残らない。
あるあるだ……なんて酷くて、世の中変わらないと思わせる話なんだろう……そう悔しさが目一杯こみあげてきまして。
でも、ここで終わらないからこそ、彼は主役になれた。
蔦屋重三郎のえらいところは、クリエイターにとって夢のような菩薩発注元になるところでして。
彼は唐丸を見出し、プロデュースすると言い切りました。
これは有言実行で、彼は目をつけた相手は衣食住の面倒を見て、それはもう熱心に売り出します。
才能を搾取するのではなく、一緒に歩んでいこうとする。そういう立派な人なのです。
今回出てきた西村屋は、しつこいようですがドクターマシリトみてえなふてぇ野郎でして、悪徳編集者のはしりのようなことを言い残しています。
「俺らが売り出してやるから名が売れる。なら、クリエイターに頭を下げることなんてないじゃない」
そういう性格の悪さ、蔦屋重三郎からは全く感じないでしょう。
クリエイターが理不尽な目に遭ったら、「蔦重を見習いましょうよ!」と言えることは貴重です。
自分の屈辱を重ねられる作品だって貴重です。
ありがてえ、今年の大河はありがてえよ。
彼の菩薩ぶりは、最終盤、労働者として性格最低ランクに入る曲亭馬琴を雇用する姿からもあらわになることでしょう。
その馬琴ですら「みんなを幸せにする」と評した彼は菩薩ですぜ。
どの雇用主もみんな蔦重みてえならいいのに。それが西村屋ばかりでは日の本はよくならねぇ。そう「耕書堂」の説明を聞きながら思いました。
そして、そういう江戸時代のように属人的なことばかりに頼っていてはよろしくないので、法律や労働組合はあるわけです。
そんなところまで色々考えさせられるドラマです。
総評
フジテレビが荒れに荒れている中、吉原を舞台にして美化する大河ドラマは打ち切りにすべきだという意見がSNSを流れてゆきます。
しっかり見ていないのだろう、と推察できます。
なぜなら、本作が吉原の「光」だけを描いているとすら言われているのです。
初回では「吉原に好き好んでくる女はいねえ」という台詞がありました。ところが批判側からすると「客寄せに全裸を使ったからいかん!」となる。
それは「光しか描いていない」とは別の理由ではないでしょうか。
2回では、飢えて放火する女郎も出てくる。
3回では、梅毒や肺結核に苦しむ女郎も出てくる。
そして4回では、噛んで含めるように女郎搾取の構造が説明され、それを唐丸が「地獄だね」とまとめておりました。
むしろ丁寧に説明していまして、劇中で説明していた内容を「本当の吉原はこんなに酷いのに!」と語っている投稿もあります。
お前さん、さては見てないね?
そう内心思うところではあるのですが、めんどくさいのでいちいち訂正するのもね。
それに毎回毎回、主人公は女郎の境遇改善のために奔走しているんですよ。
時に暴力制裁まで受けてもめげずに動いている。そういう目の前の困窮を救う義侠心があるるわけじゃないですか。
それなのに「主人公が吉原の構造を変えないから批判は当然ではないでしょうか?」とかなんとか小憎たらしい理屈を言われると、ああ、この人は、お利口だし、人権意識もあって、面接で正解を出せるタイプなのかもしれないけど、義侠心ってもんがねぇんだなと思ってしまいますよ。
困った人が目の前にいても、なんやかんやと理屈をつけて素通りしていくタイプなんだなと。
そういう義侠心がない相手とはこっちも付き合う気はないんで、別にいいんですけどね。
そもそもとして、歴史劇を見ていて現代人しか選択できない解決策を語り出すのは「定」違反です。基本的な話です。
搾取されているのは吉原だけではないと私は指摘してきました。
今回はラストの場面で炭鉱夫が事故で燃えていました。
重三郎も思い切り搾取される様が描かれました。
本質は、経済の発展と共に労働や人間への価値の付与が極端になっていくこと。それに伴う人権軽視だと私は思いますが、いかがでしょうか。
ここまで丁寧にじっくり女郎の搾取を説明しても、ともかく放映中止、美化だとSNSでずっと書いている人は、大河を燃やして注目を浴びたい、バズりたいのかな?としか思えません。
開き直るように「こんなものは見る価値がない!」といったことを書く人もいますが、それでどうして中身の判定ができるのでしょう。
私はたとえば2015年大河は、もう、おにぎり推しの時点で嫌な予感しかしませんでしたけど、完走した上で最低だとみなしたものです。
長い道になるから、そうおいそれと進めるわけにもいきませんけどね。
それとこれだけは言っておきたい。
今年の大河は考証や所作指導が近年でも上位に入ります。それなのに「全員が下品すぎて武士と町人の区別がつかない」といった批判も見かけて、びっくらこいております。
江戸中期ともなれば、武士でもべらんめぇ口調だとか、武士といっても上から下まで色々だとか。
プライベートでくだけた態度の田沼意次でも、上様の前では折り目正しくなるとか。
反論は山ほどありますが、とりあえず発言者があまり日本史にも時代劇にも興味がないことがわかりました。
これは同じスタッフの『麒麟がくる』の衣装批判でもありましたが、作り手が正しいのに、受け手の知識が追いついていないとミスだとみなされてしまうことがある。
今年の大河ドラマ周辺を見ていると、歴史知識は大丈夫だろうか、江戸文化を尊重したいという気概すらもう尽きつつあるのかと不安になることもあります。
ただし、悪いことばかりでもありません。
フジテレビがこうなっている今、むしろ時流に適していると思えるようになりました。
松の井は「打ち出の小槌でありんせん」と言い切りました。
他の女郎も重三郎に食ってかかりました。
そうきっぱりと意見を表明することで、事態は良い方向に動いています。
女がおとなしくしているべきだというのは、儒教規範を真面目に遵守した武家の女性には通じても、そうでない人も多い。
江戸の女は気が強く、自己主張するからこそできたこともあります。
彼女らの強さは見習うべきものがあります。
田沼意次の改革者としての取り組みは見事です。
しかし、その過程で卑劣な手段を用いたらよろしくない。
昨今はどうにも、目的のためならば手段を選ばないことを肯定する時勢があるように思えます。
それでは滅びる因果応報まで、このドラマでは描かれることでしょう。
贈収賄。
中抜き。
労働者搾取。
労働に対する対価でなく、格付けを重んじる。
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経済の底上げをするのではなく、自分さえよければいいと誰かを蹴落とし、それこそが賢いのだと思っている連中が本作では悪どい描かれ方をします。
これぞまさに、口に苦い良薬じゃねえですか。
期待を裏切られるどころか、毎回毎回、その斜め上をすっ飛んでいく、すごいものを見させてもらっておりやす。
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べらぼう/公式サイト