青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第19回 感想あらすじレビュー「勘定組頭 渋沢篤太夫」

2021/06/21

天狗党の悲劇を経て、攘夷と決裂した渋沢成一郎と渋沢栄一。

栄一はまず財政再建を目指します。

幕府にも財政改善を訴える小栗忠順がいました。

ただ、残念なことに本作の財政案にはあまり具体性が感じられません。

ともかくすごい人が何かすごいアイデアを思いついて、尖ったセリフ回しをするからすごい……そんな論法で、例えば小栗忠順のいう「コンパニー」では何をどう利益に繋げるのかわかりにくい。

 


兵庫開港要求事件

そう思っていたら徳川家康の登場です。

有名なネジのエピソードでも出てきました。これは小栗一人だけのことでなく、幕臣を軍艦に乗せたりすると、しつこく見て回る者がいたそうですよ。

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武家は金を卑しいものと嫌っていた、と家康は言います。

これについてはかなり古い歴史観や偏見も感じるところですが、あらすじを先に進めます。

倒幕に役割を果たす五代友厚を、なぜか嬉しそうに紹介する家康。彼は一体誰を応援しているのか? 本当に理解しがたいものがあります。

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ベルギーの五代様だけでもない。

長州藩からの伊藤博文、井上馨、いわゆる長州ファイブもイギリスにおります。

この長州ファイブも大河の主役になるという噂がありますが、2015年に『花燃ゆ』があったばかりですし、いつになるのでしょう。

「薩長の先進性!」とばかり強調されますが、幕府の上級閣僚は語学も、科学も、そしてデモクラシーも学んでいました。

攘夷という回り道さえなければ、日本の近代化はもっとスマートだったのかもしれません。

栄一は一橋家の財政改善のため頑張ります。すらすらとしたセールストークで領内の農民たちに声をかける。

「一橋を信じてくれ!」

そうは言いますが、彼らは天狗党の一件で信頼ガタ落ちでした。劇中では既に無かったことにされていそうです。

一方でイギリスは迫ってくる。ハリー・パークスアーネスト・サトウがおります。

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話題の焦点は【兵庫開港要求事件】です。あの描写ではわかりにくかったですが、連合艦隊が集結しています。

大坂城では徳川家茂の前に幕臣が集まっている。どう対応したらよいのか。

攘夷の限界点ですね。

そもそも「勅許が必要なのかどうか」と疑念を呈するのは松前崇弘と阿部正外。

すると徳川慶喜が歩きながら入ってきて、彼らの理屈を全否定し、朝廷の勅許こそ大事だと言いきります。歩きながら話すのは、礼儀作法としてちょっと……しかも将軍・家茂の前で頭が高い。

 


トラブルの原因は斉昭と慶喜ですが……

孝明天皇が出てきて、慶喜と話しています。

天皇の前に連なった公卿たちがお怒り中。

公卿メンバーの中には有名声優の置鮎龍太郎さんもいます。こういう異色キャストで話題をさらうことは、大河名物ですね。

そして松前と阿部は罷免となる。家茂は自分のせいだと言い出します。史実では斉昭と慶喜が原因なんですけどね。

もう開港を引き延ばせないと嘆く永井尚志に対し、慶喜は「朝廷の許可がいる」と頑なな態度を崩さない。

慶喜はこうして外交に長けた幕閣すら無視するものだから、幕府からの信頼すら失っていくのです。

将軍・家茂は、ストレスがともかくたまっている。そのうえ将軍やめろとまで言われてしまう。心細いのか、一橋殿(=慶喜)ならできるはずと、慶喜を頼りにしています。

そもそも、家茂をここまで追い詰めたのは、慶喜の「二心殿」と言われるほどの優柔不断ぶりでしたが、本作では「家茂が慶喜に抱いている劣等感」が背景にある設定だそうです。

かくして家茂は江戸に戻ろうとし、慶喜が止めます。

本作が演出する「慶喜いい人設定」には注意が必要でしょう。なぜなら家茂は、慶喜が引っ掻き回した政局に激怒し、ストレスが溜まったがゆえの行動だとされています。

なぜ因果関係が真逆にされているのか。大河ドラマだけに信じる視聴者も多いでしょうから家茂が気の毒でなりません。

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慶喜は将軍はあなたでないとダメだという。

しかし、そもそもは徳川斉昭が【戊午の密勅】やら何やらで、御簾の奥から帝を引っ張り出してきたことが開国のこじれた原因です。

尊王が根付いたからには、孝明天皇の意を得れば政局を握れる。

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慶喜は島津久光を追い落とし、松平容保への信頼を奪うようにして、孝明天皇からの信任を得ようとした。

結果、孝明天皇の意思強固な攘夷思想に振り回され、そこをイギリスにつつかれ、長州征討をやらされ、ドツボに陥りました。これが史実です。

本作は「いじめっ子が、いじめられっ子から憧れられているような設定にされた」ものだとご理解ください。

 

川路は憂悶していたはず

慶喜はこのあと、将軍辞職撤回のため、中川宮や三条実美らにかけ合います。

薩摩に唆されたのかと迫ります。

その薩摩を侮辱して敵に回したのは慶喜ですから、この迫り方ですと、自身の責任回避のため、家茂だけでなく朝廷側まで侮辱したことになりかねません。

さらには勅許が出ないなら切腹するとまで脅している。史実をふまえるともう無茶苦茶だとしか言えません。もっと理詰めで追い詰める方が慶喜らしい知性が出てくると思います。

孝明天皇は、家茂や幕府でなく「長州を憎んでいる」と言い切りました。やはり孝明天皇を盾にする慶喜が悪い……とは思うのですが、この場面では視聴者にそう伝わりそうもないですね。

ここで、川路聖謨とやすが喜ぶ場面が入ります。

川路がただ人の好いおじいさん設定にされていますが、そのことも胸が痛みます。

確かに川路は明朗快活でユーモアセンスがあった。平岡のことも目をかけていた。

でも、このころはさまざまな事情をふまえ、憂悶していたと思います。ましてや徳川の夜明けを期待していたとも思えないのですが……史実とは真逆の解釈がどんどん出てくる。

一方、大久保一蔵が松平春嶽のところに来ています。

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天狗党批判をするあたりは史実準拠でしょうが、忘れてはならない。本作では、その責任を慶喜ではなく、幕府にしたこと。史実の大久保は、慶喜や栄一こそ軽蔑対象としています。

そして大久保は、春嶽にも幕府を見切るよう持ちかけたのでした。

春嶽は橋本左内の考えを振り返ります。よくわからないお風呂シーンよりも、こういう場面をもっと見たかった。左内だけじゃなく、由利公正あたりのことも考えて欲しいですね。

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なお、春嶽に対してフランクに話しかける大久保ですが、大名と一藩士の間柄ですから、さすがに脇が甘い気もします。

 


栄一と成一郎 それぞれの道

栄一は、頑固でやる気の出ない相手に、商売トークをしていました。

葉の買い付けについて熱心に語っていると、慶喜が現れ、栄一に語りかけます。

「一体何が言いたいのだ」

ここで久々の『論語』トーク。

富と貴とは、是れ人の欲する所なり。

栄一は藩札トークをします。軽い藩札を使えば便利。仁を以て為すと、また漢籍も出してきましたね。

こうして栄一は取引所をまとめ、勘定方に出世します。

一方で渋沢成一郎は軍制所所属となり、なんだか栄一に不満そうです。

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どうやら金を扱うことが気に入らないようです。

しかし栄一は、慶喜に褒められて「胸がぐるぐるした」と言い出します。

『麒麟がくる』ならばここで漢籍を引用したのではないでしょうか。

「臣は鞠躬尽力し、死して後に已む」(諸葛亮『出師表』)ぐらい言えるとよさそうです。

成一郎は【長州征伐】のことを話し始めました。

薩摩がサボタージュして殿は苦しんでいる。薩摩が動かないのは、幕府に内密で結んでいた【薩長同盟】のせいですね。

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成一郎は命懸けで戦う覚悟を語る。

尾高長七郎を行かせるべきだったのではないかと言い出す。

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栄一は「死んだら何もならねえ」と答えるのですが……天狗党のあとでそれを言いますかね。

むしろ殺人行為を戒める方向性ではいけませんか?

道は違えど努力すると言い合い、別れる二人。

ここで本作に対して覚える違和感の理由がわかった気がします。

『論語』と算盤とは栄一の掲げたものとされます。その『論語』「衛霊公」にはこうある。

殺身成仁――身を殺して仁をな為す。

我が身を犠牲にしてでも仁を為すということ。その言葉を身につけているのであれば、栄一のこういう発想はおかしいとわかる。それこそ志士の根源のような言葉なのですが。

 

長州征伐

五代が笑顔で帰国、ビジネスを語り出します。

グラバーも出てきて武器取引をやりきると言い切る五代様。

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大久保は岩倉具視と密談し、そしていよいよ薩長同盟が動いていると明かされるのですが、「王政復古を果たせない」と全力で独り言を言う岩倉がワイルド過ぎませんか。セキュリティ意識がかなり低いようです。

長州征伐に出向いた家茂は、苦戦続きで焦っています。

長州征討
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高杉晋作などが大活躍したことは確かですが、その要因を武器性能だけで語られても誤解が生じてしまいそう。

鳥羽・伏見の戦いにせよ、戊辰戦争にせよ、士気の低下が大きい。

その要因として家茂の病身もあるのでしょうが、それ以上に問題が慶喜でした。

いざ戦となると、慶喜があまりにヘナヘナとしてしまい、出陣するする詐欺状態。幕閣以下、誰も彼もが失望したのです。武器の性能以前の問題なのですが、まぁ本作がそんなことを描くわけもなく……。

家茂は倒れ、死亡フラグを立てます。

永井尚志からそれを聞かされ、慶喜が驚いていますが、現実的にそれぐらいのことは把握していても良さそうなものです。

栄一と成一郎は相変わらずにっこりにこにこ頑張っています。

慶応2年(1866年)7月、居場所を見つけた栄一の運命も変わろうとしていました。

 

総評

まずいことになりました。

天狗党がらみで底が抜けた感があるのですが、歴史観がどんどん後退していって、今週も有害になっているおそれがあります。

何が有害なのか?

最も重大な点をピックアップしますと……。

藩札は、早い藩では17世紀にできています。

栄一が言う通り、硬貨は重い。小判をおおっぴらに持ち歩いているのは芝居やテレビ時代劇のみ。演出の都合です。印刷技術が発展して世の中が平和になれば、多くの国で紙幣が発行されています。

それなのに本作では、まるで幕末に渋沢栄一が発明したような描き方。

今回の放送で栄一が披露した商売話は、だいたいどこの藩でも江戸中期にはあったようなアイデアです。

知性とイノベーションを過小評価された過去の人々が気の毒でなりません。

いま我々の身近にあり、日本人を形成しているかのような、味噌、醤油、酒、布製品、工芸品などは、藩政改革の途上でできあがったものが多い。

『八重の桜』で女性が身につけていた会津木綿はその代表例で、米沢藩のお鷹ぽっぽもそうですね。

そのあたりは現代書館「シリーズ藩物語(→link / →amazon)」がお勧めです。

もうひとつ!

あらすじでも突っ込みましたが、因果関係を逆転させている描写も多い。

徳川家茂は慶喜を褒め称えるどころか、その変心ぶりに疲れ果てていた。

慶喜が「勅許がないのはおかしい」と言い出したことは、倒幕の引き金となっていて褒められたことではない。松前と阿部がむしろ正しい。

要は孝明天皇を利用しようとして墓穴を掘ったのが慶喜ですが、何がなんでもそのオウンゴールを誤魔化そうとしているのでしょう。

見ている側としては、脳内修正が必要になり、ヘディングのやりすぎて脳がフラつくような気分を毎週味合わされています。

なぜこんなに調べて、まとめて、修正せねばならないのか?

これも全ては大河の未来を思えばのこと。微力ではあるけれども、毒を弱めて、弊害を修正して、なんとかしたいと感じるが故のことです。

私は徹頭徹尾この大河を叩いていると言われたりします。

もちろん理由があります。

慶喜と栄一以外、いや、この二人までも貶めるような描写。場合によっては史実と真逆になるのですから、それは正さねばならない。見解の相違以前の問題です。

『貞観政要』を読んで「魏徴(ぎちょう)って感じわるぅ! アンチかよw」とはならないでしょう。ま、私は魏徴ほどの知恵ものではありませんけれども。

本作をベースに歴史トークを展開すると、いろいろ大変なことになりかねません。

 

武士は金を軽んじたというのは事実でしょうか

家康が言い切ってしまった。武士は金を軽んじたと。

確かにそういう逸話はありますよね。直江兼続が伊達政宗の小判を汚いもの扱いをした話とか。あれは上杉と伊達の因縁もある気がしますが。

しかし、思い出してください。

『麒麟がくる』ではかなり財政の話が出てきました。尾張は海があって交易ができるから強いと丁寧に描かれていた。

物資の流通は兵法の基本でもあるので、斎藤道三はじめ、みなそこは考えていたものです。

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江戸幕藩体制は、家康の説明のように財政を無視していたわけでもない。

人口増や飢饉によって、社会が変動する。そのせいで徐々にシステムを刷新しないと財政がもたなくなってゆく。ゆえに、どこの藩でも改革に取り組んできました。

それを担当する知恵者家老、認める殿様は尊敬を集める存在ですからね。

わかりやすい例で言えば、上杉鷹山なんて大絶賛の対象ではありませんか。

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むろん幕末にだって、財政目線はちゃんとありました。

植民地にするよりも貿易目的だと幕閣は理解して、日本の技術を換金する発想を持ち出していた。

薩摩藩の集成館事業なども好例ですね。

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それを徳川斉昭が朝廷を巻き込み「異人と貿易するなどけしからん!」と暴れるから無茶苦茶になってしまった。

あそこで斉昭が政治を引っ掻き回さず、幕僚の方針通りだったら、そもそもピンチに陥っていなかったでしょう。

 

なぜ武士は商業を軽んじたとされるのか?

それでも武士が「商業を軽んじたんでしょ?」というイメージはありますよね。

彼らが質素倹約を好んだことは確か。ただし、これも明治維新に根源を求めましょう。

◆薩摩にせよ、長州にせよ。財政改革官僚が叩かれた

→ほとんど八つ当たりのような話なのですが、たとえば薩摩の調所広郷、長州の俗論派・坪井九右衛門等がいます

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◆志士は若い。斉昭が流布した水戸学尊王攘夷にかぶれ、商業よりテロリズムがスコアゲーム感覚になった

→今日も成一郎が、長七郎に暗殺をやらせておけばよかったと言いました。金を数えるよりも、攘夷テロ犠牲者数カウントの方が得点を稼げたのです。

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◆戊辰戦争で血を流さないと、評価されないシステム

→五代友厚が政府中枢に入れなかったのも、このせいだとされるほど。戦争と経済を分けて考えられなかったのでしょうか。

◆志士の倒幕資金はだいたい違法の産物

→天狗党がその悪事を極めましたが、スポンサーにたかる等、だいたいろくでもなかったことは確か。

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◆幕閣や薩長閥以外の優秀な商業センスの持ち主は、死ぬかパージされた……

小栗忠順は処刑され、由利公正は理不尽な失脚に追い込まれるなど、排除されています。結果、岩倉使節団が海外で稚拙な詐欺にあう等、明治初期の財政は無茶苦茶でした。

まとめますと……。

明治維新を成し遂げた人々は、若くてイケイケドンドン、血の気が多い。

金勘定なんざやってられっか!

そういう気持ちがあった。そのことが武士と商業関係を更新した可能性はあります。

「お、俺らやっぱ武士じゃん! 金勘定は疎いのよ!」

そういう言い訳を信じてしまったと。

「士族の商法」もありました。

藩のトップレベルの人材ならばともかく、そうでもない武士が俸禄を失って商業を始めても、失敗してしまう。

それを見ていた人々は「やっぱり武士は商売できないよね」となってもおかしくはありません。

そういう明治以降のイメージゆえに、武士は商業感覚がないとされるのでしょう。

 

長州征討の敗因を『孫子』の五事で分析

長州征討で幕府が苦戦。

本作ではその要因が武器性能あたりに集約されてしまいましたが、そんな単純なものでもないでしょう。

幕府が負けた理由は『孫子』に当てはめるとわかりやすい。

道:大義。孝明天皇の意志。

天:時機。開港要求というタイミングが重なり、この時点でよろしくない。

地:土地。防衛側、すなわち長州が勝る。

将:人。リーダー。家茂はストレスが溜まりきっている。かつ慶喜が腑抜けだからどうしようもない。

法:規律。薩摩藩が破っているにもかかわらず、それを罰することすらできない。

ざっとみて孝明天皇の意志くらいしかプラス要素はありません。

それでも幕臣たちは「if」を考えてきました。

薩摩の裏切りを察知できていたならば。

フランスからの支援を取り付けていたならば。

いっそ外国勢力と手を結び、長州を潰しておいたならば。

慶喜の腰砕けも、当然ながら批判対象に入ります。

孝明天皇の意志があって、日頃あれだけ尊王を掲げていたのならば、これぞ道だと潰せたかもしれない……というのが、福沢諭吉が歯軋りしながら語った意見の論拠でしょう。

どのみち「慶喜はがんばったけど!」という言い分は150年前に幕臣たちが「はぁ?」と否定しています。

 

そもそも将にやる気がない

こんな記事がありました。

◆ 幕府に愛着も未練も無かった将軍・徳川慶喜 根源にあった尊皇思想(→link

そうした事態にならず、戊辰戦争は短期で終結し、日本は近代化の道を走り始めることができた。そう考えると、近代日本の運命を決めた「明治維新の最大の功労者」は慶喜なのである。

どうしましょう……タイトルの時点で眉間に皺が寄る。

慶喜がいかに未練も愛着もなかろうと、幕府の元に仕えていた人々がそうではないでしょう。彼らの血と涙を放り投げても平然としているとすれば、慶喜はやはり、人の心を踏み躙っているとしか言いようがない。

それをとりつくろった慶喜と渋沢栄一周辺の意見だけをとらえられても、ちょっと理解できません。

もしも慶喜の決断で内戦を回避できたのであれば、この言い分はそうだと思います。

しかし、戊辰戦争という東西を分けた内戦は発生し、医療体制や教育機関の西高東低といった弊害は残りました。

水戸学由来のアジア侵略構想も残った。

結局のところ、慶喜と渋沢栄一というバディを持ち上げるとなれば、以下の条件をクリアしなければ成立しません。

奥羽越列藩同盟の被害を無視すること。伊藤博文は海外で日本は無血革命だったと喧伝している。そういう発想です

・明治から第二次世界大戦に至る失敗にある思想体系、問題点を無視すること。つまりは歴史修正主義

この記事では慶喜のおかげで内戦回避や外国の介入を防げたとありますが、それは正確ではないのです。

幕末は英仏代理戦争の側面があるとは指摘してきました。

西軍はイギリス、東軍はフランス。両国につけこまれて代理戦争状態であったし、その悪影響は明治以降続きます。

幕政では日本領として守り抜く努力をしていた樺太と北方領土。樺太についてはロシアに引き渡せとイギリスのパークスが口を挟んできました。

そして樺太はロシア領となる。

樺太は【日露戦争】で南が日本のものとなり、第二次世界大戦でロシアのもとへ戻ります。

この日本とロシアのあいだで、樺太原住民が最大の試練を受けた。国境が変わるたびに移住を強制され、その過酷な状況で多数の死者が出た。コタン(村落)ごと全滅した例もある。

『ゴールデンカムイ』にせよ、『熱源』にせよ。舞台が樺太であることは、そうした日本政府のあやまちを直視する流れがやっとめぐってきたことだと私には思えます。

もう一点、クリアすべき点を付け加えます。

それは樺太、北方領土、そしてそこに暮らした先住民のこと。そこを無視して強引に褒めるなんてことは、私にはどうしたってできません。

樺太の歴史
ロシアから圧迫され続けた「樺太の歴史」一体いつから日本じゃなくなったのか

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劉禅と慶喜は、人の気持ちがわからない

大事なことは指摘されました。

慶喜が将軍になりたくないということ。

もう負けるからやりたくないと本人が言ったところで、それで幕臣が納得したはずがない。ゆえに、慶喜の人間性って評価されないんですね。

◆ 徳川慶喜 30代半ばから囲碁将棋・車など趣味に没頭、せっせと子作りも(→link

見出しの時点で酷いのですが、中身はもっと酷い。

慶喜は「家康の再来」とされます。

しかし幕臣となると「あれを三河武士と一緒にするなよ!」と舌打ちしたものが多い。

私が思い出す人物は、蜀後主・劉禅です。蜀は建国時点で無理があったから、滅びたことそのものは仕方ない。

問題は態度です。

蜀滅亡後、宴会で蜀の音楽が流れ、旧臣たちは涙をこらえきれませんでした。が、劉禅はニコニコスマイルだ。

「蜀のこと、思い出しません?」

「いいえ。今が楽しいからそんなことないですよ」

そう劉禅は悪びれずに返す。人間ってここまで無感情になれるものなのか。そう周囲は呆れた。

劉禅にせよもっと追悼でも反省でもすれば、暗愚とされないでしょう。

慶喜だって、松平容保くらい身をひそめて生きていれば、評価はちがっていたでしょうに。

 

「余った武器は日本へ」というグラバーと五代友厚

五代様、きゃーっ!

そんな悲鳴、もといツイートがバズりそうな展開ですが、立ち止まって考えてみましょう。

五代友厚という人物を褒めて良いのかどうか?

十年前ならば「あれだけ先見性があり聡明な人物でありながら【開拓使事件】の印象しかないせいかイメージが悪い。過小評価ではないか」となったとは思います。

それを2015年『あさが来た』が変え、映画『天外者』が出てきた。

今までどうして評価されなかったかというと、難しい問題があります。

グラバーと手を組んだ「死の商人」であること。

南北戦争でだぶついた武器をどうするか? グラバーの思惑はそこにあった。

攘夷を狙うテロリストがウロウロしている日本ならば、植民地にするよりも金づる同盟国にした方がお得。グラバーはアンチ徳川だと胸を張り、せっせと武器を売りつけます。

『八重の桜』初回冒頭は南北戦争でした。あのあと余った武器を日本に売りつけたい人々がいた。そう示す秀逸な場面です。

そこには、日本人を殺して金儲けをする。そういう嫌な構造がどうしたってあります。

『麒麟がくる』の今井 宗久を思い出してください。

今井宗久
今井宗久の生涯|信長に重宝された堺の大商人は秀吉時代も茶頭として活躍

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彼も「死の商人」でした。茶人としての顔よりも、武器を売りつけて儲ける狡猾さが持ち味でした。

ゆえにそうそう単純に好意的な描写をされない人物像でした。池端先生はそういうところは見逃さない良心と誠意があった。

しかし本作は違う。

「そんなことどーでもいいじゃん♪ ディーン様が見られればいいでしょ!」

そんな思い切りの良さを感じます。

なんせ『あさが来た』の成功体験がある。あの朝ドラ最大の成功とは、政治的な要素を受信料で作り放映し、明治礼賛路線といううさんくさい流れにまんまと乗っかったこと。

しかも人気の名作であり、気づかない層が圧倒的に多い。

あのドラマで【開拓使事件】を放映したあと、SNSを見ていて血の気が引きました。

「そっか、五代様は冤罪なんだね! これが史実なんだ。マスゴミの捏造のせいで政治家が陥れられるのって、昔も今も変わらないね」

いやいやいや……なぜ朝ドラで歴史を学べると思ってしまうのか?

もう一度「死の商人」がなぜ悪いのか考えてみます。

武器を扱う、軍事に関わることとなると、不正の温床となる構図がある。国のためと言われれば追及の手が緩むし、軍事費とは高く釣り上がるもの。

こと明治政府の場合、薩長が海軍と陸軍を牛耳っていたものだから、それこそホイホイと黒い金を儲ける構図を作れた。

武器売買をした幕末明治の薩摩政商。この時点で五代友厚は真っ黒です。

ゆえにそうすんなりと礼賛されませんでしたが、それを『あさが来た』は変えてしまいました。

そしてそんな五代様を演じるディーン・フジオカさんは福島県出身です。そのせいか、薩摩ことばが、もうちょっとこう……。

◆ ディーン 「不思議な縁うれしい」五代役「青天を衝け」で「あさが来た」に続き再演(→link

ワイルドかどうかよりも、ご自身の先祖の血を吸ったかもしれない。

そんな武器を扱う五代を当り役とする意味をお聞きしたい。そう思うところです。

 

徳川家茂評価の是非

なんなのでしょうか。史実では前述の通り、慶喜の二心ぶりに嫌気がさしてストレスをためていたのですが。そこをぼかすように、和宮との愛をやたらと入れられるわ、慶喜にコンプレックスがあるようにされるわ。

そしてこうだ。

◆ 磯村勇斗「青天を衝け」徳川家茂役 「どんな身分の人にも寄り添える将軍できたら」(→link

磯村は「ものすごく心の豊かな人で気遣いができる。どんな身分の人にも寄り添える、そんな将軍ができたらいいなと思って演じた」と、役作りのポイントを説明する。

あまり若い役者さんにダメ出しをしたくはない。むしろ製作チームの怠慢を責めるつもりで指摘させていただきますと……。

大樹たる将軍であるからには、さまざまな身分の人に寄り添えるのではなく、家臣領民をどう治め、導くか。そこを考えねばなりません。

そうなれば現代人の感覚からすれば冷酷なことも出てきますが、そこまで考えてこそが歴史を学ぶことであり、役作りになりましょう。

昨年の『麒麟がくる』では、織田信忠役の井上瑞稀さんが「そんな声では誰もついてこない」と指導されたと明かしていました。

そういう指導がなぜ今年はできないのでしょうか?

◆麒麟がくる:監督から「そんなんじゃ、誰もついてこないよ」 織田信忠役・井上瑞稀、“総大将”振り返る(→link

「テストのときに監督から『そんなんじゃ、誰もついてこないよ』と言われて、逆にリラックスできました。声の張り方や動作など、自分がやるべきことがはっきり理解できたので。総大将として自分がみんなを引っ張っていく! それからは楽しく撮影できました」

◆ 幕府のかじ取りに苦悩しつつ、いちずに妻を愛する若き将軍役「和宮様は家茂にとって大きな存在です」磯村勇斗(徳川家茂)【「青天を衝け」インタビュー】(→link

そしてなぜ本作はやたらとラブばかり強調するのでしょうか。それだけが本質でもないでしょうに。

本作は家茂を貶めているとしか思えません。

 

小栗忠順評価の是非

小栗忠順はかなり不幸な扱われ方をしています。

史実もそうですが、実は大河にも関係のある話でして。

小栗忠順は非業の死もあってか、顕彰運動がありました。

ぜひとも大河に! そんな動きもありましたが、大河の題材としては足りぬものがあるとして正月時代劇に登用されたとされているのです。

それが2003年『またも辞めたか亭主殿〜幕末の名奉行・小栗上野介〜』です。

似たような例は上杉鷹山でもあります(1998年『上杉鷹山-二百年前の行政改革-』)。

このドラマの原作は『罪なくして斬らる 小栗上野介』。

小栗とは悲運の人物なのです。

あまりに理不尽な死ゆえに、むしろ隠されてきました。それを地元の人々が熱心に語り継いできた。

そんな小栗ですが、大河がひどいことをする。

まずは2015年『花燃ゆ』。真田幸村四百忌に、どういうわけか吉田松陰の一番影が薄い妹が大河になりました。

このドラマの後半部は、小栗大河を推してきた群馬を舞台にしております。幕末で群馬舞台の可能性を潰しました。

そして2021年――。

◆青天を衝け:武田真治“小栗忠順”登場にSNS沸く 「筋肉で解決しそうな勘定奉行」「完膚なきまで筋肉体操」(→link

なまじ悲運の人物で、業績が知られていないからこそ、演者だけでイメージする視聴者が出てくる。

「筋肉で解決しそうw」と小栗本人を侮辱しているとしか思えないコメントが並んでしまう。

極めて不幸な現象です……。

それに、小栗のコンパニー話に具体性がないので、広告で出てくる「絶対に儲かる優良株」を語る謎のビジネスパーソンのようで、もはや何が何やら。

 

「殺身成仁」の欠落

『論語』を推しているにも関わらず、本作の栄一には「殺身成仁」がありません。

『麒麟がくる』の明智光秀の行動原理にはあてはまる。

史実はさておき、劇中の光秀は己の身が危ういことくらいわかった上での本能寺のように思えました。

どうして『青天を衝け』はちがうのか?

『論語』をそもそも理解しているのでしょうか?

『鬼滅の刃』は大正時代が舞台であり、まさにこの「殺身成仁」を思考回路に持つ人物が出てきます。

俺は鬼舞辻無惨を倒したいと思っているけれど

鬼になった妹を助けたいと思っているけれど

志半ばで死ぬかもしれない

でも必ず誰かがやり遂げてくれると信じてる

こういう思考です。

我が身に毒を仕込んででも上弦の弐・童磨を倒したしのぶもそう。

栄一にはそれがないと思える。むしろ慶喜って、上弦の弐・童磨のような思考ルーティーンじゃないかと思えます。

なぜ、大河ドラマより『鬼滅の刃』の方が思考的に上なのでしょうか?

私は毎週のように疑問を感じています。

確かに我が身を犠牲にしてでも仁を為すことは、悪いことのようには思えます。『鬼滅の刃』もその点で批判を受けてはいる。

ただ、考えなくてはならないこともある。

日本人がどうして自己犠牲を忌避するようになったか?

それは第二次世界大戦の苦い記憶があってのこと。水戸学由来の、それこそ身を犠牲にすることは、日本人の美徳として刷り込まれてきた。ゆえにああも無惨なことになった。だから否定しよう。命は大事だ!

それはそれでよいことではある。

ただし、状況次第です。このコロナ禍でのことを考えてください。

我が身可愛さに秘書を通してワクチンを確保しようとした、どこぞの金持ちがいましたよね。

そういう身勝手極まりない我が身かわいさが正当化されかねない「命を大事にする」ロジックならば有害なのです。本作の栄一の描き方には、そういう姑息さがつきまといます。

現代人ならばまだしも、幕末を生きてきて栄一のように我が身可愛さばかり言っているとしたら、ただの偽善者です。

 

天狗党ショック

栄一も慶喜も、天狗党のことを忘れたかのような今週です。

どうやらショックはなかったようですね。

◆NHK大河「青天を衝け」栄一が天狗党ショックに悩みながらも本領発揮! 将軍・家茂に異変…第19回みどころ(→link

栄一と慶喜はさておき。私は今週一週間、現実逃避でSNSをしたり、色々取り組んでいましたが、精神状態の悪化がどうにもなりませんでした。天狗党の顛末のせいでしょう。

『鬼滅の刃』にある「記憶の遺伝」って、ある程度真理なのではないかと思いました。

慶喜を善人扱いされると、警報が胸の奥で鳴り響くようで、気分がどんどんおかしくなっていく。天狗党関連でそれがあふれて止まらなくなりました。

これは私一人だけのことでもないかもしれない。そう思える記事もありました。

◆大河『青天を衝け』が描き切れなかった「天狗党」征伐の悲劇 『開成をつくった男、佐野鼎』を辿る旅(第53回)(→link

新保宿で武田耕雲斎と直接交渉を行った加賀藩の永原甚七郎は、その悲報を聞き、「天狗党よ許せ・・・、天狗党よ許せ・・・」と声を上げて泣いたという話も伝わっています。

このように、こちらの記事では関係者がどれほど苦しんでいたか書かれています。

そしてこちら。

◆ 幕末京都に迫る「天狗党」…一橋慶喜の“その後”に与えた影響とは(→link

保身のため天狗党を見殺しにした慶喜への批判が高まるのは、避けられなかった。斉昭亡き後、尊攘派志士の期待を集めていた慶喜への失望感も広まる。

天狗党に対する幕府の過酷な処遇と大量処刑は、諸藩からの批判も招く。

薩摩藩士大久保利通などは、幕府の滅亡は近いと批判した。天狗党の乱の結末は慶喜の立場を悪くしただけでなく、幕府から人心が離れる大きな要因にもなったのである。

最後のこのまとめが秀逸です。

そしてこの記事は、コメント欄が興味深い。栃木では天狗党の悪事について語り継がれてきたこと。茨城では天狗党評価をめぐって、親族同士ですら絶縁することもあった。そんな事例が語られていて貴重です。

と、ここまではよいとしまして。

SNSはじめ、天狗党があまりに酷い扱われようでした。

◆ NHK大河「青天を衝け」藤原季節演じる小四郎の最期に視聴者涙「斬首前の表情が印象的でした」(→link

ネットでは早くも“小四郎ロス”が広がっており、当該ツイートには「もう少し見届けたかった」「小四郎の最後の表情が忘れられません!」「最期は見ていたこちらも悔しい思いでいっぱいですし、次回からもういないと思うと寂しいです…」などの返信が寄せられた。

また、初めての大河で見せた藤原の熱演ぶりをたたえる声も多く、「最期まで熱くまっすぐな小四郎をありがとうございました」「斬首前のなんとも言えない表情がすごく印象的でした(涙)初大河お疲れ様でした!」「全力で生きた熱い男の思いを感じました。私も、栄一さんと喜作さんを最後まで応援します!」といった返信も届いた。

これはイベント感覚ですよね……とは思いますがマシなほうで。

酷い盛り上がりをしていたことが以下の記事で取り上げられています。

◆青天を衝け:耕雲斎の悲しい運命 最期は斬首で「ひどすぎる」 大河ファン「首の塩漬け」に反応(→link

また、その首は「塩漬け」にされ、水戸でさらされたという話が出ると、「『麒麟がくる』以来の首の塩漬け」「首の塩漬けが再来」「二期連続、首の塩漬け」「でた塩漬け」「首の塩漬けに反応する麒麟の民ほんと好き」などと大河ファンは盛り上がっていた。

塩漬けネタだけでもありません。

『いだてん』の天狗倶楽部とひっかけたり、RPGのモンスターに例えたり、ワクチン反対派にたとえたり。ともかく悪ふざけのネタになっていた。

何をどうすれば実在した人の死に、こんなふざけた態度を取れるのか?

取り上げて記事にまでする必要があったのでしょうか?

しかもこのドラマは誤魔化し方がうまいところが本当に懸念すべきところかと思います。

◆青天を衝け:円四郎の置き土産? 篤太夫が心のスキマ埋める! 声を上げて笑う慶喜に「じーんときた」「泣きそうに」(→link

しかも、慶喜がさも楽しそうに声を上げて笑ったことから、SNSでは「慶喜様が久しぶりに笑ったぜ!」「慶喜様が、声を上げて笑ったーー!」「慶喜さまの笑顔と笑い声。じーんときた」「普段は努めて静かな慶喜の破顔にちょっと泣きそうになったよ」などと視聴者は反応。

◆NHK林田アナ「おかしれえ感じになってきた」青天を衝け(→link

天狗党を惨殺しておいて笑って、それでウケる。おかしれぇ。大丈夫でしょうか。

彰義隊が死のうが、戊辰戦争で白虎隊が自刃しようが、慶喜が笑っただけで「泣きそうになった!」とみんな大喜びするのか……。

何かとてつもく悪いことが起きそうな気がしてなりません。

 

大河ドラマ有害論が再燃しそうで

そして、こちらの感想にまたショックを受けてしまいました。

◆ 『青天を衝け』18話。日本資本主義の父・渋沢栄一(吉沢亮)覚醒!銭勘定で日本を変える(→link

斉昭、慶喜の心をキッチリ理解して覚悟を決めている忠臣・耕雲斎と比べ、自分の思い通りにいかないと慶喜すらディスってしまう小四郎……お前が小者だよ!

こう言われてしまうとは!

しかも、

藤田小四郎が挙兵したのは、酒場で栄一が煽ったから」

と劇中の言い分をそのまま信じておられます。

そんなことはありません。むしろ小四郎は東湖の意志を継ぐ水戸学の若きエースでした。

彼が斉昭の思想を継いでいるのは確かなこと。因果関係が逆で、小四郎ら水戸学の徒から栄一が影響を受けたと思えます。

それにこの二人は一度偶然出会ったどころではなく「畏友」と呼び合うほどの仲でした。

大河ドラマのせいで、まるで天狗党は二度処刑されたようなものだと思えてきました。

『独眼竜政宗』のような弊害を、なぜ、2021年にもなってまで繰り返すのでしょうか。

すでに井伊直弼の描写に彦根関係者は怒っています。

禁門の変】あたりで会津と長州関係者が眉をしかめています。

天狗党で水戸関係者が困惑しています。

新選組ファンもざわつき始めている。

今後、戊辰戦争へ向かうとなると、東日本全体が厳しい目を向けかねない。そのときどうするか、待ちたいと思います。

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わかりやすさの功罪

本作は「時代劇を知らない視聴者でもわかって魅力的!」とされます。

そこで取り上げたいのが『47 RONIN』です

「ジャイアントゴーレムや狐が出てきてファンタジック!『忠臣蔵』がわからない人でも楽しめる!」

そんな風にも言えなくもない映画ですが、出演者は豪勢です。

『おかえりモネ』でも好演されている浅野忠信さん、そして今度『ジョン・ウィック』シリーズにも出てくる真田広之さん。

ただし、誰かに手放しでオススメできる作品とも言えず、正直、あれで『忠臣蔵』を理解されたところで困惑するしかありません。

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要するに、本作の口当たりの良さって『47 RONIN』の地下闘技場みたいなものかと思うのですね。

だって作り手が自白してますから。

◆「青天を衝け」演出・黒崎氏が語る魅力 明治での家康は?「考え中」(→link

語り部的な存在で登場して驚かせた初代将軍・徳川家康役の北大路欣也(78)は当初、自身の役どころに「よく分からないな」と困惑気味だったというが、放送後に大きな反響を呼んだこともあり「次回は何をすればいいの?」とがぜん、意欲を見せたという。

北大路さんは敬愛しています。

しかし、菅原文太さんだったら、こういうことはしないだろうな、とは思ってしまう。

そしてこちらにも注目。

慶喜役の草なぎについては「撮影前に『歴史分からないよねー』とよく雑談するんですが、セットに入って本番の声がかかると、慶喜が真っすぐに見えてくる。こんなに振れ幅の大きい人に会ったことがない」と絶賛。

演じる側も、演出する側も、そういうことでよいのでしょうか?

本作の出演者インタビューを読んでいると、あまり役柄を把握していない、幕末史を勉強していないとわかることがあり、困惑させられます。

制作サイドにとっては、それで正解なのでしょう。

たとえば土方歳三役から

「待ってください。天然理心流は荒々しくイモとバカにされるような流派ですよね。それなのに流れるように美しく斬るというのはおかしいと思います!」

なんてことを言われたら、本作スタッフはきっと困るわけです。

昨年の『麒麟がくる』では長谷川博己さんが孔子の教えを学んでいたというのに、どうしちゃったのでしょうか。

幕末史は難しい。細かい。政治劇を続けていかねばなりません。

それをちゃんとやれば難しくなって当然です。

本作はよく「簡単でとっつきやすい!」と言われる。それは長所ではなく、むしろ重大欠陥です。

幕末の水戸藩を描いて明るく楽しめるって「明るく楽しいスプラッタホラー」のような矛盾を感じます。

幕末ものを簡単に見たいと要望するのは、「野菜は食べたくないんだもん、お菓子だけで栄養摂りたいんだもん!」と主張するようなもの。

要は、幼稚です。

本作を見ているとテンポのよさがあって、面白いらしい。SNSのおかげでその楽しさと判断力は増幅します。

本を調べるとか。そんなことしなくていい。ファン同士でハッシュタグつけて語り合って、RTして、いいねをして、イラストを描いて、大手アカウントなりブログを追いかけていけば楽しい時間が過ごせます。

楽しければいいじゃん♪

その通りですよね。ただ、それはピザを野菜と言い張るくらい無茶苦茶だと認識しておきましょう。

 

チャンネル銀河で大河『徳川慶喜』再放送

『西郷どん』にあわせて『八重の桜』を再放送した、そんなチャンネル銀河がやってくれました。

◆大河ドラマ『徳川慶喜』(→link

主演・本木雅弘。大政奉還を成し遂げ、江戸幕府最後の将軍となった徳川慶喜。

たくましく生きる江戸庶民の日常や下級武士の生活を織り交ぜながら、国を背負い、命がけで時代と格闘した若き指導者の苦悩と葛藤の半生を描く。

紹介動画を見るだけで『青天を衝け』はいかに歴史観が後退したかわかってしまうのが悲しい。

どこが?というと、新門辰五郎の存在です。

こういう庶民の稗史目線がちゃんとあった。

新門辰五郎
偉大なる親分・新門辰五郎|将軍慶喜に愛された火消しと娘・芳の生涯

続きを見る

今年は渋沢栄一パートがそれに当たるようで、そうではない。幕末の庶民というよりも現代人視線になっていて混乱するばかりです。

本来、こういう再放送はNHKがやるべきでしょうに。来年の三谷幸喜さんを踏まえて『新選組!』でもよいと思いますが。

『新選組!』の徳川慶喜は小心者で狡猾でした。

三谷さんからみればそうなるということ。それが幕臣や新選組目線の慶喜像です。

それなのに栄一はどうして違うのか?

そしてこちら。

◆永山瑛太“坂本龍馬”と向井理“土方歳三”が相棒に!2022年正月放送の「幕末相棒伝」制作決定!(→link

向井理さんは『麒麟がくる』でも素晴らしい殺陣を披露されていました。

人を斬る重みがありながら、流麗。剣豪将軍らしい動きがありました。

静謐な演技も、得意としている。そんな彼の演じる土方が楽しみです。さぞや涼やかなことでしょう!

そうそう、これもだ!

◆ 再放送情報 大河ドラマ「麒麟がくる」総集編 全4回一挙放送(→link

【放送予定】

2021年7月31日(土)

午後6時から午後10時25分 4本立て

連続4回

BSプレミアム

第1回55分 第2回60分 第3回・第4回75分

 

「歴史を鏡にする」意味を、読書しつつ考えたい

以前、NHKニュースで半藤一利氏を取り上げておりました。

◆【新刊紹介】「昭和史の語り部」が残したエッセイ:半藤一利著『人間であることをやめるな』(→link

ニュースを見つつ、ため息をついてしまった。

昭和史の語り部だけでなく、半藤氏は幕末史の語り部でもある。昭和史の矛盾を求めていくと、幕末に到達して美化できなくなると。

半藤氏は司馬遼太郎作品を高く評価しておりますが、こと幕末となると「薩長史観の受け売りをしている」と批判的になります。

そしてそんな半藤氏を……NHKが本当に敬愛しているのであれば、『青天を衝け』のような幕末史を流すわけがないと痛感させられました。

半藤氏は、自身の昭和史体験から幕末をたどる。

ゆえに徳川慶喜と近衛文麿を重ねてしまう。斉昭と慶喜のことなんて、それこそケチョンケチョンに貶しています。感情論でなく、理詰めで評価できないとしています。

本作の慶喜の描き方はそれとは真逆です。

そしてここで、中国思想史を研究し、かつ大河ドラマファンを自認する小島毅先生の本もお勧めしたいのです。

『志士から英霊へ』では、『花燃ゆ』と『西郷どん』が俎上に上がっています。

しかもなぜか維新志士がジェダイにたとえられている。おもしろい!

そんな小島先生にとって、水戸学を取り上げている『青天を衝け』は得意分野です。

一坂太郎先生と、小島毅先生が語る『青天を衝け』。そんな記事があれば是非とも読みたい。誰か企画していただけませんか。

仁義なき幕末維新
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とりあえず、『青天を衝け』のせいで胸が悪い意味でぐるぐるし出したら、半藤一利氏、小島毅先生、一坂太郎先生の本でも片っ端から読んで、デザートとして山田風太郎『真群の通過』を読めばスッキリすると思います。

せっかくだから読書しましょう!

そのうえで、この小島先生の言葉をもう一度、噛み締めていただきたいのです。

◆幕末の志士たちは「テロリスト」だった そしてジェダイはダークサイドに落ちた(→link

むしろ逆だ。歴史に学ぶとは失敗に学ぶのであって、成功譚を褒めたたえても、それは歴史を学んだことにならない。

中国では昔から「歴史を鏡にする」という表現がある。

中国人が日本の要人に会うたびに使う言葉だ。

同じ失敗をしないために歴史が存在するという考え方といっていい。

スカッとする英雄の話を楽しむだけでは、歴史から学んでいるとはいえない。

見方の相違と言えばその通り。歴史ものをみてブツブツ文句を言うような奴は、空気読めない陰キャ扱いされますよね。

しかし、それも仕方ないことだと思う次第です。


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-青天を衝け感想あらすじ
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