「信長はどうか? この世が平かになるか、そなたの力に負うところがあるやもしれぬ。こののち、信長が道を間違えぬよう、しかと見届けよ」
月の光が溢れる内裏で、そう帝から告げられた光秀。

彼はいかにして信長を見届けるのか。
物語はいよいよ佳境へと進んでいきます。
冷酷なる秀吉の恫喝
天正6年(1578年)秋――荒木村重が信長を裏切り、籠城しました。
そんな村重を説得するため、有岡城に出向く明智光秀と豊臣秀吉。
光秀は長女・岸を荒木家に嫁がせており、秀吉は播磨攻めの大将として、村重の上にいたのです。
秀吉は不気味な猫撫で声で、おどけるように村重を説得しようとします。光秀との姻戚関係を持ちだし、己の寛大さをまず持ちだす。そして、そこから怒る!

しかし、村重が断固として断ると、冷たい声音で吐き捨てます。
「愚か者めが! 明智様参りましょう」
佐々木蔵之介さんが、声のトーンを変幻自在に作り、不気味で不愉快極まりない秀吉像をまたも出してきました。
声のトーンが激しく上下したり、表情をくるくると変えると、それだけで相手には不安感が募るもの。佐々木さんはこれが抜群にうまいです。
染谷将太さんが「液体金属」と喩えましたが、まさしくそれですね。
毎回、毎回、見るたびにこの秀吉は許せないとギリギリ歯軋りしたくなる。それだけ佐々木さんがうまいということです。
私がそれとなく思い描いていた秀吉像が実写化されて、もうどうしたらいいのかわからない……。
“イケメンすぎる秀吉”なんてことも言われますが、私はこの秀吉を美しいと思ったことはない。常に濁っている。
周囲の空気まで澱むほど邪悪になるようで、圧巻です。
将軍や村重に対する信長の仕打ち
一方で光秀は、清らかな目で振り向き、語りかけます。
「これまで身内として、腹蔵なく話し合うてきた仲。何故かかる仕儀になったのか、お聞かせ願えぬか」
村重が重い口を開き始めました。
信長は摂津を任せると言った。しかし国衆や寺社からは過酷な税を取り立てる。彼らが離れていくのを、そしらぬ顔で見ている。
足利義昭追放の扱いも酷い。将軍は武家の棟梁なのに、犬でも扱うようにあの秀吉に任せ、裸足の惨めな姿で追っていった――。
「その心がわからぬ!」
と苦しい胸の内を語ります。
毛利殿が将軍を京へ戻して、政(まつりごと)をなさろうとしている。わしはそれに従いたい。
その言葉を聞いているしかない光秀です。
摂津・織田方の陣に光秀は戻ります。そこには細川藤孝がいました。

どうやら佐久間信盛から状況を把握しているそうです。羽柴秀吉は京に滞在する信長に、伝えるために参ったとのこと。
盟友・藤孝に対し、光秀は備後・鞆の浦に参ると告げます。
そこにいる公方様に会うのだと。船ならば6日で帰れる。留守を頼むと言うのですが……。
公方様こと義昭を見捨てた藤孝としては、耳に痛い話かもしれない。
それよりも危険はある。一歩間違えたら松永久秀のようになりかねない。それが陣からの離脱です。
「しかし何故?」
そう訝しむ藤孝。
「すべての争いが公方様につながっておられる。このまま放ってはおけぬ」
光秀はキッパリとそう言い切り、鞆の浦(とものうら)へ旅立つでした。
左馬助と船に乗り鞆の浦へ
道中、光秀は同行する左馬助に、勝算はあるのかと尋ねています。

なんでも公方様のもとで取り仕切っている渡辺民部と文(ふみ)のやり取りはあるそうです。
「公方様と歩み寄れるか? お会いして何とか糸口をつかみたい。今のままでは戦の出口が見つからぬ」
そう語る光秀に、左馬助はお岸様のことを案じていると語ります。彼は髭をたくわえ、日焼けして、貫禄がつきました。
ここで海を進む船の姿を上空から映します。
VFXで見せるのですから、NHKも進歩しました。
木造船はそれだけで莫大な金を使ってしまう。『平清盛』はそれで予算オーバーして大変なことになりましたが、そういう過ちはもう繰り返さないのでしょう。
義昭のもとへ明智一行が到着、左馬助は腰を低くして刀を抜こうとします。
こういうところもNHKの進歩を感じます。日本の伝統武術らしい殺陣が、当然の如くできるようになった。一昔前は、マンガやゲームの影響か、軽すぎる殺陣があったものです。
公方様の御目通りが許され、腰のものを預けるよう指示されると、代わりに釣竿を渡されます。
「海へゆかれるがよかろう。公方様は毎日、鯛を釣っておられるのじゃ」
そう言われ、海へ向かった光秀は、義昭の後ろ姿を目にします。
「挨拶はいらぬ」と義昭に告げられ、その側へと歩む光秀。ここでは鯛が釣れると伺っていると声をかけます。

それがなかなか釣れぬ――日がな一日、釣り糸を垂らしていると一匹は釣れるのだそうです。
何をやっても不器用な義昭は、仏様が不憫に思って一匹だけくれてやろうと恵んでくれるのだと言います。それを皆で食べるのが一日の楽しみなのだとか。
やはり、義昭はどこまでも義昭。一時期濁った心が、また澄んできました。
自分が釣るわけではない、あくまで仏様の慈悲。そう常に感謝する謙遜さがあります。
松永久秀が最期の瞬間に「南無三宝!」と叫んだことを、仏教への信心と関連づける考察もあります。
当時の日本人の大半が仏教徒であり、かつ「南無三!」が掛け声として残っていることを考えると、これは久秀の特徴ではないと思うのです。
仏教徒としての信仰心が際立っているのは、やはり義昭でしょう。
毛利に上洛の意志はない
そんな義昭に、光秀は「丹波の国衆がまとまらず苦労している」と伝えます。今回は荒木村重まで離れてしまった、と。
そのうえで、皆、口を揃えて公方様をお慕いしていると言います。
公方様が毛利殿とともに上洛されるのを待ち望んでいるのだと。
しかし、その気配はない。
光秀は分析します。毛利は、かつて越前の朝倉がそうしたように、公方様を備後に留め置くのは己の威光のためで、上洛には興味がない。
義昭もそれを把握しています。
「その通りじゃ。毛利はこの西国一円が手に入ればそれでよしとしておる」
信長包囲網のため、諸国の大名へ向けて義昭が書状を送ることも、内心は迷惑している。
それでも義昭を置いておくのは、将軍の名前でした。
何事も大義名分が立ち、味方も増える。義昭は能役者のように将軍の役を演じてくれればそれでよい。こうして一匹の鯛を釣りながらいるのがよいのだと。
光秀はそんな義昭にこう言います。

「ならば……京へお戻りになりませぬか。信長様は私が説得いたします。今のままでは戦が終わりませぬ。公方様がお戻りになれば、諸国の武士は矛を収めましょう」
光秀の目的が見えてきます。
戦を終わらせることそのものであり、そのためならば信長という主君すら排除する考えが、うっすらと芽生えつつある……。
義昭は「どうであろう」とため息をつきます。
兄・足利義輝が三好一党のいる京へ戻ったが、京を美しく飾る人形でしかなかった。そして殺された。
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信長がいる京へ戻れない。ここで鯛を釣っている限り殺されることはないけれど。
「そなた一人の京であれば……考えもしよう」
ここまで語ったとき、義昭ではなく光秀の釣竿に鯛がかかります。
「おっ、そなたの方にかかったではないか! よう引け、逃げられる! もっと引け十兵衛! あっ、十兵衛、引けひけ! ははははっ、でかした十兵衛、十兵衛でかした!」
無邪気に笑い、鯛を釣り上げる二人。ここでどういうわけか、光秀の心が固まった顔になるのです。
周こそ理想の世――麒麟がいた世とされ
義昭と光秀の再会――この場面は、少しおかしなところがあります。
先ほど、義昭は仏教徒としての信仰心があると指摘しました。それなのに、鯛を釣るという殺生をしている。これはおかしい。
ただ、釣りに意味があるとすればどうでしょう。
滝藤賢一さんが仏徳のある顔をしているからなんとなく流しそうになるのですが、それだけではありません。

釣り人を「太公望」と呼ぶことがあります。
呂尚(りょしょう)のこと、と言うと「誰?」と思われるかもしれませんが、中国古典文学の『封神演義』を出せば何となく聞いたことがおありでしょうか。
姫昌(きしょう)が釣りをしている呂尚を得て「これぞ太公望(祖父の望んだ人)である」と喜んだ逸話が由来です。
のちに姫昌の子・姫発は、暴君である殷の紂王を討つべく挙兵し、革命を成し遂げます。
姫昌は周の文王。
姫発は武王。
この親子の革命を「殷周革命」とします。
周こそ理想の世――麒麟がいた世とされる。儒教の教えとは、まさにこの麒麟がいた周のような治世を実現するものとされるのです。
ここで繋がりました。
釣りをする人物が出てくることで、麒麟への導線が見えてきます。
この義昭は太公望にはなれない。彼は招きに応じないのですから。
けれどもその横で鯛を釣り上げたことで、光秀に何かが乗り移ったかのように思える。釣り上げたものは“望”だったのでは? それがふっと降りたような、長谷川博己さんのニュアンスのある演技がやはり美しい。
あなたが麒麟を呼ぶ者であったならば――そう訴えた煕子の声も聞こえてくるようです。
では周の文王なり武王はどこにいるのでしょうか?
荒木に嫁いだ光秀の娘は離縁され
摂津・織田方の陣に、光秀が戻ります。
秀吉が「今までどこに行っておられた?」と問い詰めてくる。

光秀が「羽柴殿こそどこに行っておられた?」と返すと、細川殿に聞いていなかったか?と言い、信長様に荒木の様子を伝えてきたと答えます。
信長いわく、もう一度秀吉と光秀で荒木の説得にあたり、それでも駄目ならば信長自身が討伐するとのこと。それなのに肝心の光秀がいない。細川藤孝も行方を知らない。どこに行っていたのか?とあらためて問うてきます。
思いのほか光秀はあっさり備後の鞆に行ってきたことを認めます。
鯛を一匹釣ってきた、他に得たものはない無駄足だと。
光秀はそのまま荒木村重の説得に出向き、秀吉が同行しようとします。
それを光秀は止める。
「来るな。お主は説得の妨げになる」
「来るなとは何事じゃ!」
秀吉は怒る。荒木の頭であり、信長の命令を受けているというのに……そう怒る秀吉に、頭であるのであれば監督不行き届きで叱責を受けるべきだろうと言い返します。
そしてこうも指摘する。
ひとかどの武将の顔に唾を吐くべきではない。
かくして光秀単身で説得に向かうものの失敗してしまい、荒木村重は籠城を続けるのでした。
後日――お岸が戻っていると、左馬助が光秀に告げます。村重の子・村次に嫁いでいた彼女は離縁されて戻ってきたのです。
それを詫びる岸。理不尽なように思えますが、嫁として説得できず、役に立てなかったという思いはあるのでしょう。
光秀はそんな愛娘に、己の力不足で荒木殿を説得できなかったと詫びるのです。
荒木の家で死にたかったと嘆く娘と、そんな娘に詫びる父。そんな父娘を左馬助は見守っているのでした。
光秀と岸の姿を見れば、信長が明智家も傷つけていることがわかります。
【本能寺の変】における「怨恨説」は色々ありますが、殴られたとか、母が磔刑にされたとか、このあたりはゴシップのような持った空気感と後世の創作を感じるところです。
けれども、史実を積み重ねてゆくと、光秀が怒る理由は十分にありましょう。
女子供を一人残らず殺せ
信長は二条の館で怒り狂っていました。
寝返った者がいかなる目に遭うか、白日の元に晒す! 明朝にも出陣し、荒木の城を一飲みにしてやると息巻いているのです。
信長は、見せしめに荒木の城中にいる女子供を一人残らず殺すとも宣言。
「憐れみはいらぬ!」
そう語気を強めます。

必要以上に強硬な手段に出れば、かえって抵抗が頑強になるため悪手と言えるのですが……このとき信長は光秀の不満を感じたようです。
「十兵衛、何か申すことはあるか?」
光秀は反論します。
毛利。本願寺。丹波の赤井、波多野。東には武田勝頼。そして此度の荒木。皆一つに繋がったと見るべきである。
その輪に囲まれたからには、戦を続けねばならない。荒木とは話し合って決着をつけるべきだと諭すのです。
対する信長は、なんだか雑な返答をします。なんでも、本願寺と毛利は朝廷にお願いして、和議を結ぶ目論見があり、秀吉が手筈をつけているというのです。
ここで秀吉が、あの下品な口調で言う。手筈は着々と、困った時は神頼み、このようなことは帝に頼む!というのです。
なんだかすごいことを今年はやらかします。
日本史を見ていけば、時の権力者は皇室への敬意など大して抱いていないとわかる。けれども、それをこうも露骨に押し出すあたりが興味深い。
信長は、丹波は光秀に任せ、武田は家康がなんとかすると言う。そうなれば荒木は丸裸になる。
ここで佐久間信盛が、本願寺もなかなか強気で和議に応じるかどうかと、懸念を口にします。

すると信長は「聞き捨てならぬ!」と怒る。
そもそも本願寺はそなたに任せた、強気にさせたのはそなたはないか! うつけ者が! そう怒鳴り散らすのです。
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荒木の籠城は持久戦となる
かくして天正6年(1578年)末、有岡城は力攻めをされました。
が、堅牢な城と勇猛果敢な荒木勢の前に苦戦し、戦は一年にわたる持久戦へ。
このあたりをじっくりと描かれると「信長が戦闘の天才である」という評価に疑念が湧いてきたりします。
「桶狭間」や「長篠」での天才性ばかりが強調されますが、果たしてどうなのか?
勝率、損耗率、そうしたデータを整合して検証したほうが良さそうです。
実は海外では、こうした武将としての能力に対しては、もはや最終結論があるとも言えなくもない。
戦国武将で一番の名勝負をおさえた人物といえば?
そう問われたら答えは徳川家康。2023年の大河に期待ですね!
なぜ家康なのか?
というと【関ヶ原の戦い】は世界史レベルで見ても当時最大級の会戦に当たる。それを半日で決着をつけただけでも、日本どころか世界史上でもトップクラスの将にランクインできるというわけですね。
「その偉業は、あのシーザーやナポレオンにも匹敵する――」
というのは私の意見ではありません。BBC『ウォリアーズ』における見解です。
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あと、NHKもそうですね。
本作において最強演出をされているのは、徳川家康なのだそうです。
菊丸に呼ばれて家康と密会
光秀の館にあの男が現れました。
菊丸です。よかった、生き延びた!

彼は前触れもなくお参りしたことを平にご容赦願いたいと言いつつ、家康が会いたいと伝えてきます。
3日か4日後に、摂津までおいでくだされ、と。
「ご無理を承知でお願いします、何卒、何卒!」
そう頼まれて、断らないところが光秀です。
果たして摂津沖には、徳川家康を乗せた船がいるのでした。

家康は丁重に光秀を迎えます。驚かれたであろうと言いつつ、無礼を詫びる。
三河からこの船で来たのかと驚く光秀には、陸路は危険なので、遠回りして来たと答えます。
二人は船室へ。家康にはやわらかい表情を見せる光秀です。
幼い竹千代を見ているから?
戦をともに戦ってきたから?
それとも、何か別の理由なのでしょうか?
家康は、過去を振り返ります。
光秀との初対面は7つのとき。あのときは織田の館に人質として留め置かれ、そこから逃げ出したくて四苦八苦していた。
あれから30年。あいも変わらず何かに囚われ、そこから逃げ出したい。己が思うままに生きてみたい。そう願い暮らしていると語ります。
光秀は、家康ほどの大大名を束縛するものは何かと返すのです。
「たとえば、織田信長様」
「私はその信長様に仕える家臣でございますが」
そう言い返す光秀ですけれども、家康の気持ちはわかるかもしれない。光秀は幼い竹千代を救い出せはしないけれど、甘い干し柿を渡してくれた。

長男・妻を殺せという難題
家康は今川の人質だった駿河時代のことを語ります。
三条西実澄より和歌を習い、以来相談し、心の師としてきたと。そして此度の難題は、ぜひぜひ明智様を頼りにすべしと言われたのだとか。
難題とは?
嫡男・信康を殺せと命じられたこと。さらにその母・築山殿をも殺せと。
二人は武田に通じて三河を乗っ取る企みがあるのだ言うのだそうです。
たとえそれが事実だったとしても、我が子の不始末は私が然るべき措置をとる。信長にどうこう言われるものではないと家康は怒りを見せる。
武田と戦うために手を結んでいるとはいえ、武田を討ち果たしたあとでどのように扱われるか、疑う者も家中に多いと家康は言います。
織田政権の継承路線を否定しているとも取れますね。
家康は、信長がわずかな供と三河で鷹狩りをした際、今なら討てると申す者もいたとハッキリ言う。
「おわかりですか。今の信長様は味方を遠ざけてしまわれている。公方様然り、松永殿、荒木殿……これでは天下はひとつにまとまりませぬ」

家康はコトを構えるつもりはないとしながらも、ついにはこんな言葉を紡ぎます。
「あまりに理不尽なことを申されるのであれば、己を貫く他ありませぬ。これには三河の誇りがかかっておりまする」
光秀は何も言い返せません。
帝は、信長を見届けるように告げた。
公方様は、信長がいる京には帰れぬと告げた。
そして家康は、これでは天下はまとまらぬ、己を貫く他ないと述べた。
麒麟の道筋が見えて来ました――。
家康に覇権の風格
姫昌と姫発の父子は、暴君である紂王に耐えてはいました。それでも我慢しきれず、かつ暴政は人を救わぬとの思いを掲げて、革命を成し遂げたのです。
ずっと耐えてきた家康は「逆らう」のではなく「己を貫く」という。彼は運命に束縛されていることを嘆いている。
彼を束縛する宿命は何か?
その己の宿命を貫くとすれば、どういうことか?
麒麟がどういう経路で到来するのか、はっきりと筋道が見えて来ました。
この家康の言動は極めて重要でしょう。
彼は妻子への愛は語らない。それどころか、自分の感情すら語らない。家臣の怒りと不信感、三河の誇りを語るのです。
妻子への愛は、あくまで彼自身のもの。漢の建国者である劉邦は、逃走の際に我が子を車から突き落としました。とんでもない父だ! 実はそれだけとも言い切れない。
曹操は苑城で嫡子・曹昂を戦死させた。それでもその戦いの追悼をする際には「我が子よりも、忠臣・典韋を死なせたいことが悲しい」と号泣したのです。
そして、ここでふれてきた姫昌には、伯邑考という子がいました。
紂王は人質としていた伯邑考を切り刻み、釜茹でにし、その肉汁を姫昌に食わせた。そして紂王は、そのことを嘲ったのでした。
大義のために妻子を犠牲にすることは、主君としてはむしろ評価される。
ここでの家康には、そういう風格が出てきた。
我が子の肉を食らってでも、己を貫き、麒麟の到来を成し遂げる運命を見出してきた。

これも本作特有の価値観を貫いていると言えます。
妻子を失う悲しみを訴えた方が、号泣は誘うのです。けれどもここでの家康は涙ひとつこぼさない。もしも光秀が、今話したことを全て誰かに打ち明けたら危険であるのに、そのことは踏まえていないように思える。
彼は変わった――何かが降りた。その運命から逃れることなく、受け入れ、突き進む風格が出てきた。
風間俊介さんの成長が凄まじい。揺るぎない風格が出てしまった。こんな立派な徳川家康像を見てしまって、感激すら覚えます。
日本を代表する主君を、それにふさわしい役者が演じる。声音から表情まで、もう一段と磨きがかかって神々しさすら感じてしまった。圧巻です!
しかしこうなると2023年に家康を演じる松本潤さんにはどれほどの重圧となるか……大河の未来を開く意味でも、素晴らしい家康がやって来ました。
そしてそんな家康を前にして、何かを悟った光秀も素晴らしい。
彼は人の形をした運命を、麒麟を連れてくる人物を見出した。そう思えたのです。
宣教師と会い、機嫌のよい信長
光秀は京・二条の館へ向かいます。
そこでは宣教師が信長に熱心に神の教えを伝えていました。
「真理を伝えに参りました。我らを遣わしたのは逆らえぬ力、デウス、つまり我らの神であります」
この言葉をどう捉えるか?
へー、カトリックはそうなんだ……と片付けてよいものかどうか。
人とは、自分自身の意思で動いて行動しているもの?
それとも、逆らえぬ力の影響も受けている?
ここが問題です。
光秀がやってくると、信長は上機嫌で宣教師パードレの話をします。
この世で形あるものはいずれ消えてゆく。消えぬのは形のないもの、風のようなものだという。
ではキリシタンの神は見えぬのか?
触ることはできないのか?
そう尋ねると、信じる心があれば見えるようになるのだと。信長は感心し、信者になろうともしたと笑いながら語るのでした。
光秀は「今日はご機嫌がよろしうございますな」と指摘します。

どうやらパードレの問答ではなく、九鬼水軍が毛利の水軍に勝利し、本願寺の補給路を絶ったことに喜んでいて、長引いた戦にようやく終わりが見えてきたようです。
そして光秀の要件を聞いてきます。光秀はお願いしたき儀として徳川のことを持ち出します。
「さすが十兵衛、早耳だな」
信長は平然という。
武田と通じたのだから当然であると。
ちょっとここは引っかかります。信長が自信過剰になっているのかもしれませんし、菊丸の件が伝わっていないとも思えます。
菊丸を殺し損ねて、秀吉の配下はしらを切ったのか。それとも別の理由でしょうか。
「帝に招かれ、御所に入ったであろう」
光秀は、家康も三河の者の面目が潰れてしまうと苦言を呈します。
けれども信長は自信満々なのです。
幼い頃、竹千代時代から知っている。あれは小心者で争い事を好まないからには拒むまい。
拒まなかったとしても、それはそれでよい。岡崎での鷹狩りの際、三河の者が尾張の者を睨む目をしていた。油断ならぬと言うのです。
光秀が味方を失うと説得しても、信長には通じない。むしろ光秀が三河の者の肩を持つと不機嫌になっています。
荒木の二の舞だと強気な信長。白黒をはっきりさせると言います。
「それでは人はついてこない!」
光秀がそう訴えると、信長は語気を強めます。
「ついてこねば成敗するだけじゃ!」
そして混乱しきって、こう願い出すのです。
「頼む、これ以上わしをこまらせるな! わしが唯一頼りに思うておるのはそなたじゃ」
そう懇願しておいて、そのそなたが近頃妙な振る舞いをしていると言い出すのです。
「わしにはその方が気がかりじゃ」
「私が?」
「帝に招かれ、御所に入ったであろう」
帝は何用で光秀を招いたのか。いかなる用かとしつこく問いかける信長。
月見で三条西実澄に招かれたと光秀は説明します。
「そこでわしの話が出たのか? 申せ、帝はわしのことを話されたのであろう? なんと仰せになった?」
御所のことは口外してはならぬと口止めされていると返すしかない光秀。

しかし信長には通じません。
自分の権威をもってしても口を開かない! 頼んでも手をついても話てくれない!
きっと悪いことを話したのだと猜疑心を募らせ、光秀が左様なことはないと言ったところで通じないのです。
「わしの話をしたのか? 言え、言え、言え! 申せ、十兵衛、申せ! 十兵衛、わしに背を向けるか!」
「ご容赦を!」
「おのれ、申せ、申せ、申せ、この!」
信長は扇で光秀を殴り、光秀の額には血が滲みます。
悲しみ、恐怖が、転じて暴力へ
信長は怒りがおさまりません。
「なぜじゃ……なぜこうなる? 帝を変えよう。譲位していただこう。それを急がせよう。それがよい」
「殿!」
けれども光秀の言葉は届かない。
武士がいなければ朝廷は弔いひとつできない。信長はそう蔑むのです。彼の勤王路線に決別するセリフといえますね。
そしてその怒りを光秀にもぶつける。
明日から丹波攻めをし、一年以内に片付けよ。さなくば、わしにも考えがある。
そう光秀を追い出すのでした。

信長は悲しさの境地に到着しつつある。
大胆なようで臆病。父や母に叱られ、受け入れてもらえず、涙を目にいっぱいにためていたこと。
金ヶ崎で戻ってきて、自分の敗報に帝や帰蝶が失望しないかと寝転がっていたこと。
大好きな誰かが受け入れてくれないこと。嫌われてしまうこと。認められないこと。
それが怖い。
けれど、素直にそう言えなくて、暴力になって出てしまう。
狂っているのではなく、染谷さんが言う通り、ただひたすらに純粋なのだと思えてしまう。
子どもが泣き叫ぶように、獣が毛を逆立ててしまうように、彼は怒る。爪を立てて大好きで信頼するものを引っ掻いてしまう。
ただただ安心して自分が甘えられる腕が欲しいだけなのに、それすらわからず猜疑心に沈み込んでいってしまう。
単に狂っている像ではなく、暴君でもなく、悲しくて純粋な信長に仕上げてしまう。
本当に染谷将太さんが凄い。全く新しい信長像を作り上げてしまった。圧倒されます。
駒を通じで描かれるのは
帰宅する光秀。そこには駒がいました。
どうやら細川家に嫁いだたまと約束をしているのだそうです。お帰りの日は、薬を用意してお待ちしているのだと。
「毎度かたじけない」
そうお礼を言う光秀。
と、ここで失礼してもよろしいですか。最終回が近づき、やっとわかった気がするのです。
駒は何者か?
そこを考えてきて、池端さん自身の経験を思い出しました。
彼の世代は駒のような女性を見てきた。
戦争未亡人。婚約者に戦死された人。戦災孤児。
さまざまな事情で結婚することもなく、自分なりに学んで技術を身につけ、生きていくしかなかった女性たちがかつて日本にいました。
どうもそうした記憶が薄れているらしい。
私がそのことに思い当たったのは、2018年朝ドラ『まんぷく』です。
あのドラマに出てきた女性のモデルには、駒のような方がいました。戦争未亡人として、再婚せず、薬剤師となって生き抜いた女性です。
それがドラマですと、キャピキャピした専業主婦になっていて、一体これは何なのかと驚かされたのです。
その次の『なつぞら』には、駒のような立場の女性が複数名登場して安堵しましたが。
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原因は「事なかれ主義」であり、かつ女性キャラクターのコンテンツ化という問題だとは思いました。
駒を不要だとする主張は「良妻賢母にならない戦災孤児はいらない」と選別するような話です。
萌えない。アイドルみたいに思えない。若い頃は恋する乙女でかわいかったのに、インテリババアになってまで出てきて意味があるのか?
そういう目線には、出てくる女性はが全て萌えるかどうかだけで見る、アイドル人気投票、あるいはガチャを引くゲームのようなものを感じてしまうのです。
アイドルを見るように、戦国時代の女性を楽しむ。そういうサブカルのノリが面白かったとすれば、それは生真面目なメインカルチャーが先にあり、あくまでオルタナティブとして存在したからだと思います。
しかし今はサブカルがメインになってしまっている。
これは正直、ドラマの作り手にとっても憂鬱極まりないことでしょう。
そういう目線に媚びた結果、あからさまなツンデレ戦国女性だの、おにぎりマネージャーだの、西郷どんにメロメロする天璋院だの出されて、いい加減呆れ果てた。
それが2010年代大河ではありませんでしたか?
ヒロインなり、イケメンをコンテンツ化するとすれば、あくまで二次元範囲に止めるべき……いや、二次元でも危ういか。
ともあれ大河で萌え論争をやらかすと悲惨なことになると、私たちは学んだはずです。
再度繰り返しますが、池端さん世代が見た戦争の傷跡を想像すべきではないでしょうか。女性の人生はコンテンツではありません。
嬉しかったと、二度も書いてあった
さて、そんな駒には重要な役目もあります。
彼女は光秀の額の傷に気づく。
光秀は大した傷ではない、放っておけば治るというものの、駒は念のため処置をすると言い、湯を持たせます。
「今日は変わったことでもありましたか?」
「何も」
そう返す光秀に対し、駒は備後の公方様から文が届いたと告げるのです。
二人で釣りをした。一日一匹しか釣れぬ鯛を、十兵衛が釣ってしまった。それがなぜか嬉しかった。嬉しかったと、二度も書いてあったのだそうです。
そして最後には、昔、話した誰も見たことのな生き物・麒麟――十兵衛ならそれを呼んで来られるやもしれぬ。そういう埒のないことを考えてしまう、海辺にいるとそういう夢ばかり見るのだと書いていたのだと。
「公方様が左様な文を……」
「よい文でした」
「公方様が……」
感極まったように語る光秀。その目には、麒麟の姿をした天命が映り込みつつあるようでもあるのです。
MVP:該当者なし
なぜか?
それはもう、人の運命を超越したから。ではどうなるのか?
総評
「『麒麟がくる』は難解ですね……」
「理由はわかりますとも……それは即ち!」
ある方と、そんな話をしてしまいました。
理由は何か? と考えると、池端俊策さんが漢籍を好きだということに集約できるのではないでしょうか。
本作は『麒麟がくる』というタイトルの時点で、儒教の理想を求める話だと思いました。
ドラマの明智光秀は甘いという感想を見かけますが、それが彼の持ち味です。
儒教の理想に近づけばそりゃ綺麗事になる。
それで失敗したとしても、理想を持っていただけでもよい。
人間は邪悪だからと理想を捨てることは、麒麟をめざす心がけとは反することです。
そんなタイトルなのに、主役の光秀が実益だけを求めるようになったら、メインテーマから外れることこの上ありません……と、いいたいところなのですが。
本作の分析を見ていくと、そもそも漢籍への理解がズレてきているかもしれないとも思うのです。
日本人の漢籍への理解度は、かつてないほど低下しているという指摘があります。
漢文不要論すら出てくる。
もしもそんなことをしてしまえば日本史の理解すら下がってしまうという懸念を、まさか大河を見ていて痛感するとは思いもよらぬことでした。
『麒麟がくる』で用いられる漢籍は、夏目漱石の作品で取り上げられたものも多い。夏目漱石をドラマで描いた池端さんが思い出すのはそれもある。
そんな考察も見かけましたが、作中で取り上げられる漢籍の範囲を見るに、それは池端さんに対しての過小評価でちょっと失礼な気がします。
漱石や池端さんが特殊ということでなく、本来、日本人の教養には漢籍知識があったのではなかったのか――そう戸惑ってしまいます。
本作の光秀には、儒家の理想が背景としてあります。
武士の誇りもあるけれど、それだけでは説明できない理想主義がある。
最終盤、その理想が集約しつつある。
もう、ハセヒロさんは顔が透き通っていて目が離せない境地に到達しました。
理想を見つめる眼差しに説得力があるからこそ、彼が主演に選ばれたのだと思えます。
仕掛け謎解きその1:殷周革命
今週は不自然なプロットでした。
鞆の浦でどうして義昭は釣りを楽しんでいて、光秀が鯛を釣り上げるのか?
家康の言動もおかしい。叛くのではなく己を貫くとは?
予告編で帰蝶が「毒を盛る。信長様に」と語る真意は?
黒幕は帝? 義昭? 家康? それとも帰蝶?
その答えはあります。
殷周革命への見立てです。
紂王=織田信長。紂王は愚かであるどころか、智勇兼備でした。それがいつしか驕り、暴君となってしまう。
妲己=帰蝶。ただし、彼女は悪女の代名詞となることを拒み、途中でその座を降りました。
呂尚=明智光秀
周文王=徳川家康
伯邑考=松平信康
周武王=徳川秀忠
麒麟が到来した世=江戸幕府
強引と言えばそうかもしれませんが、そうでないとわざわざ釣りをする理由が思いつかない。
前述の通り、麒麟とは周のような理想の世に現れる聖獣です。
わざわざタイトルに麒麟を入れる理由も、これで説明がつきます。
明智光秀は、ユダ、ブルータスと並ぶ「世界三大裏切り者」という評価もある……とのことですが、日本独自のランキングのような気がします。
それはさておき、なぜあえて光秀が主役なのかと言われてきましたが、太公望が主役とすれば、立派に成立するじゃないですか。
一冊の参考文献を挙げさせていただきますと……『周―理想化された古代王朝』はいかがでしょうか。
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注目度高まる古代中国の実態とは『周―理想化された古代王朝』著:佐藤信弥
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キングダムファン必読の関連本5冊 史実に触れ背景を知り作品を堪能す
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仕掛け謎解きその2:天人合一
最終回間近になって黒幕説が増えちゃった! どうしよう、どうしよう!
そういう考察が止まらないかもしれません。
史実を探るにせよ、プロットを読解するにせよ。もう黒幕論争は終了でよいのではありませんか?
黒幕は人ではない。
ゆえに、論争する意味がない。
なぜなら【本能寺の変】の動機はこの言葉で説明ができるのです。
天人合一
天と人は同じ要素から成り立つ、不可分なものだ。
この思想を習う分野は、日本ですと東洋伝統医学が筆頭にあげられます。人間の肉体も宇宙と繋がっているからには、そのことを踏まえて治療をするというものです。
哲学的に言いますと、人と万物がつながるからには分け隔てなく考えると言うこと。西洋、特にキリスト教との対比に用いるとわかりやすいとされています。
なんでそんな東洋思想の話になってんだよ!
と思われるかもしれませんが……『麒麟がくる』を見ていると、いつの間にやら天人合一がインプットされてしまうのです。
駒や東庵の東洋伝統医術にある根本思想。
虫と己を対比させる秀吉。
百合と己を重ねる藤英。
鳥にたとえられる光秀。
人とそれ以外の動植物を重ね合わせる表現は、まさしく“天人合一”。キリスト教は“人は神が己に似せて作ったから特別”としています。
東洋伝統だけではなく、歴史を解釈する上でも重要です。
人が歴史を動かす――そういう英雄が歴史を作る理論は語られてくるものです。
例えばこんな話がされたりしますよね。
「クレオパトラの鼻がもっと低かったら歴史は違っていただろう……」
「織田信長がいなかったら、日本は西洋の植民地にされていただろう……」
私が言うのもおこがましいですが、2020年代ともなると“オワコン”とみなされる話です。
そんな人間一人でそこまで世の中変わらないでしょ。
白人が優れている? 神の御加護? 何を言っているのやら。
そういう人種差別を補強するような歴史論は打ち止めにして、人間以外の要素、人間の集団が形成する価値観や理念を見てみるべし。
そうなりつつあるのです。
もはや定着した代表的な書物としてはジャレド・ダイヤモンド『銃・病原菌・鉄』(→amazon)があります。
白人がどうして世界で優位を保てたかって? 優れた人種だから? いやいや違うだろ。そういう論です。
ダイヤモンドの著作は多数邦訳があるのでおすすめできます。
人が歴史を作るのではなく、歴史が人を作る。
社会の倫理なり規範が変わり、そして歴史も変わってゆく。
本作の結末は、まさしくそこへ突っ込んできました。
どうして同時期に、複数名が、信長への不満を口にするのか?
それは信長への賞賛が反発へ変わっていった。
その社会を形成する空気が、光秀という感受性の人一倍強い器に流れ込み、世界を変えてしまう。
歴史を変えること。それは、天と人、合一してこそ成し遂げられる。そういう流れが見えてきたと思えるのです。
それに、天人合一は便利な概念です。
オリンピックを開催すべきか? あるは夫婦別姓論は?
以前はこんな意見だったけれども、今は違う……そう思うのだとすれば、それは悪いことではありません。
それはあなたが天の声=社会にある空気という天意に触れたということで、時代の流れ、歴史に応じて、自己を変えることは悪いことではありません。人間は誰しもそうしている。
怪しげな宗教や陰謀論に引っかからないために情報の精査は必要ですが、天意を意識すること自体は決して悪いことではありません。
追記:2023年『どうする家康』が発表されました
2023年大河ドラマ『どうする家康』(→link)については、現状では情報が少なすぎてどうなるか読めないところはあります。
ただ「もうありがちで意外性のない主人公だ」という否定論には反論したい。
逆に「意外性のある主人公が傑作となる」ならば、吉田松陰の妹、大手新聞記者などが主人公の作品なんて、その時点で社会現象にもなる傑作だったでしょう。
それと……おそらく『鎌倉殿の13人』でもそうなると思うのですが、合戦描写はいちいちそこまでやらないでしょう。
戦いに至るまでの過程や心理戦重視となる。
世界的に歴史劇がそうなっているからには、そんな2020年代のセオリーが通ることと思います。
「井伊直政との男色を、『平清盛』の悪左府みたいにガッツリやりましょう!」、「焼き味噌不可避w」的なノリは『西郷どん』の再来になるから採用するとは思いません。
そういう一発芸やネタではなく、プロットとしての整合性を重視することを楽しみにしたいところです。
例えば院政期と戦国期の男色はかなり性質が異なります。
あれからおよそ10年も経過したのに『平清盛』を斬新だと言われても、私にはピンと来ません。
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10年前の大河はさておき、このさき2020年代のことを考えますと……『麒麟がくる』の時点で、徳川家康は評価が高い。
グローバルヒストリーを意識しての歴史観の取り込みを感じる。
むしろ徳川家康が世界で最も過小評価されているのが日本ではないか? と、私は以前から思っていました。
しかし今後は、世界で発信放送しても、それなりに高評価が取れるドラマにするのかもしれない。
私が注目しているキャストは、ウィリアム・アダムス。
タレント枠ではなくちゃんとした方を引っ張ってくるのであれば、これはもう世界を見据えた傑作になると思えます。
とりあえず、アダムス待ちで。彼は文字通り、按針(=コンパス)になるのでしょう。
しかし、もしも私の願望ありきで語ってよいのであれば、この大河には大きな要素があります。
それはNHKが大河で酷い目にあわせてきた、最上義光をちゃんと出せるチャンスだということ。
家康と義光の交流は、家康の慈悲深さを示す上で重要です。
小田原参陣といえば、伊達政宗のパフォーマンスが目立ちますが、義光も興味深いものがある。
なんと家康は、わざわざ義光を途中で出迎えているのですね。
上杉が石田三成ルートを使っているから、それ以外を探った義光は、次善のルートとして家康を頼りにしていました。ここから先、秀次事件で愛娘・駒姫を失ったこともあり、義光は大名でも熱烈な家康ファンとなっていくのです。
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キャストは……眞島秀和さんを願いたい。
眞島さんは山形ゆかりの歴史にお詳しい。彼は置賜出身ですので、そこをふまえると上杉の方がよいのかもしれませんが、山形出身ならば最上義光もよいではないですか。
駒姫を失い、焦燥する眞島義光。
慶長大地震のあと、家康警護に駆けつける眞島義光。
直江兼続を熱心に追いかけるあまり、兜に被弾する眞島義光……最高です、何も言うことはありません。
個人的な願いと繰り返しますが、眞島秀和さんにはいつか最上義光を演じていただきたかった。
その好機がこんなにも早く巡ってきただけでも、私は大興奮ですよ。もしも実現したら、芋煮会で祝います!
本郷奏多さんの伊達政宗もいいですね。
小田原に遅れて焦る本郷政宗。二日酔いで政務をしないと言い張る本郷政宗。大坂の陣で味方を誤射して白い目で見られる本郷政宗。いいじゃないですか!
よきドラマとなることを祈念しております。
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト














