徳川吉宗が「次の将軍は家重にする」と告げています。
そう聞いた瞬間、ハッと顔をあげる宗武。
利発な妹を松風理咲さんが見事に演じています。これほど賢い少女が将軍になれない理不尽さが一瞬にして募ってきました。
将軍職という重責が姉上に務まるのか。そう疑問を呈すると、ならばこそ支えて欲しいと吉宗が返します。
これが儒教社会の理不尽ともいえる。江戸時代ともなれば、二男以下は半人前扱い。そんな悲哀もあるのですね。
『鬼滅の刃』では炭治郎が「俺は長男だから!」と言うことが、とぼけているように思われることがあります。
あれは大正時代らしい価値観でしょう。長男とそれ以外は、責任感も、命の価値も違う時代があったのです。
吉宗が家重と抱き合う場面は感動的でした。
しかし、同時にそれは宗武の悔しさとも表裏一体である。その見せ方が見事です。
『没日録』には何が書かれているのか?
苦い場面が終わると今度は杉下が、水野から預かったという“春画”を取り出し、一人で見るようにと吉宗に告げます。
「春画!」
そう叫ぶ吉宗。ニヤニヤしたりムッとせず、純粋に「意味がわからん!」となるところが、吉宗らしい反応ですね。
吉宗って、性欲だけが純粋にあって、ロマンスとは無縁ですもんね。仕事で頭がいっぱいの時にエッチな話をされるとむしろ怒るタイプだ。
むろん、これは策でして、中身は『没日録』の紛失分でした。大岡忠相が盗賊を捕縛した際、永瀬の墓荒らしで出てきたものを押収したとか。
それにしても、大岡忠相をMEGUMIさんが演じて本当によかった。
『鎌倉殿の13人』の小池栄子さんもそうですが、彼女たちは若い頃、セクシーさによってデビューしました。
しかしお二人とも、聡明さやキリッとした部分が感じられて、ハスキーボイスが魅力的。
そこを存分に発揮する役で見たいと思っていた願いが叶いました。
切れ者の彼女は『没日録』に目を通すと、これは一人では判断できないと察し、杉下の知恵を借りながら、吉宗自らが目を通すことができるようにしたわけです。
さて、その内容は?
あの剛毅で即断即決できる吉宗が、頁をめくりながら、目を泳がせます。そして月を見るしかないのです。
天に浮かぶ月に問いかけるしかできないほどの内容が、そこには書かれていたのでした。
大御所になっても、ゆったりできない吉宗
家重に将軍職を譲った吉宗は、孫の徳川家治と杉下が将棋を楽しむ様子を見守っています。
家治はまだ幼いのに、賢さが伝わってきますね。彼女は、吉宗をばば様、杉下をじじ様と呼んでいます。
忙しい政務から解き放たれたゆったりとした時間。
しかし、それも長くは続きません。幕僚たちが西の丸まで出向いてきて、吉宗に政策を聞いてくるのです。
これも難しい構図といえます。
吉宗はまた米の話をしていましたが、果たして正しいのかどうか?
幕僚は正しい判断が欲しいのか、それとも大御所の権威が欲しいのか?
さてどちらでしょう。
吉宗も異変に気付きます。どうにも幕僚が己を頼りすぎている。家重はどうしたのかと久通に尋ねると、答えがわかったようです。
吉宗は家重を叱り飛ばします。なんでも政務を放棄していて、しかも側室のお幸の方を罪人扱いしているとか。
お幸は次の将軍となる家治の母です。将来、君主となる人物の父を罪人扱いするとなると、民衆にも示しがつきません。
叱り飛ばす母に、家重は口ごもるしかありません。お幸は、家重が政務放棄することを咎めたとかで、どう見ても悪いのは彼女なのです。
しかし、家重にはそうする理由がありました。言葉が通じず、幕僚とうまく交流できないのです。
言葉を理解する大岡忠光と才気煥発な田沼意次がサポートしているものの、これもなかなか難しい。
大岡家は三河以来の旗本ですからまだよいですが、田沼家は紀州藩足軽の家で、名門出のエリートではありません。まだ若いし、血筋もイマイチ、己の才覚だけが頼りの彼女はなかなか厳しい。
一方で、家重にはなまじ才覚がある。米余り対策として酒造を提案したところ、理解されない場面が描かれます。
家重の頭の中にある遠大な計画。それをうまく言葉にできない苦しさ。そのせいで気鬱になってしまった。
吉宗がそのことを聞かされていた杉下ですが、そのとき彼は胸を押さえながら倒れてしまいます。
思いあう老夫婦と、その来客
病に伏せてしまった杉下。医者の見立てでは、兆しがあったのに薬すら飲んでいなかったのではないかとのこと。
このあたりがあの春日局に似ています。彼女も悲願のためならば、薬を絶つ女性でした。
杉下に報いてやりたい――そう語る吉宗。かくして水野進吉がよい薬を持参して、大奥にあがってきました。
以前も当レビューで触れましたが、中島裕翔さんは江戸っ子らしいシブい色合いが本当に似合いますね。これは毎回驚いてしまう。
幕末の写真には、たまに凄まじいイケメンの江戸っ子が映っておりますが、それを連想させるほど衣装が決まっています。
薬を用意してもらった杉下は、自分ごときに高級薬剤など勿体無いと戸惑っています。
そんなことだからこうなったと吉宗が叱り飛ばし、煎じた薬を飲ませると……水野がまるで夫婦だと笑う。驚く杉下に、吉宗は真顔で言います。
「夫婦のようだ、ではない。夫婦じゃ」
吉宗の姫たちの父はみな早くに亡くなっており、父親代わりは杉下だった。姫の父ならば私にとっては夫。そうキッパリ言い切る吉宗に、水野も納得します。
びっくりした杉下が思わず「恐ろしい」と口走り、それに吉宗が突っ込むと「畏れ多い」だと杉下は誤魔化します。
もう、こりゃ夫婦ですな。会話でそうわかる。
と、ここで久通が、もう一人客人がいると伝えます。水野が帰ろうとすると、吉宗は引き止めます。
足元だけが映るその人物。所作が美しい。そして畏まって挨拶をしたのは、藤波でした。
彼は、水野を見てハッとする。自分が死を命じたあの水野……生きているとわかると、吉宗の言葉も待たずに抱きしめました。
彼なりに愚かしく無駄な殺生をしたと悔いて生きていました。それが生きていた! と感動しているのです。
藤波は本来善良な性格だったんですね。それが大奥の権力闘争で濁ってしまい、今はもう毒が抜けていました。
そしてここで、同じく無駄な殺生に一生を苦しめられていた、玉栄のことを思い出します。
過ちは繰り返されず、救われたのです。
江戸时代からあった“推し活“
感動の再会が終わると、藤波は片岡仁左衛門の役者絵を配り始めました。今で言うところのブロマイドですね。
推しのブロマイドを持ち歩き配布する。そんな布教に余念がない、江戸の推し活おじさんだと思ってください。
現代社会でも、推し活が話題であり、その言葉もかなり一般的になってきましたよね。
実は歴史が古く、江戸時代の推し活もアツかった。
わかりやすいのが「八代目市川団十郎 死絵」です。
推しが死んだ、あーん、悲しい! と、ファンが号泣する様が絵として売られ、戒名が決まる前に捏造してまでバンバン出回ったそうです(→link)。

八代目市川團十郎涅槃図の見立絵/wikipediaより引用

八代目市川団十郎死絵・三代目歌川豊国/wikipediaより引用
しかも、推しているのが片岡愛之助さんの屋号である松嶋屋の大スター・片岡仁左衛門ってところが乙ですね。
それにしても、藤波の圧力がすごいですなぁ。
水野に後見人か?と尋ねられ、見物人だと謙遜しながら、吉宗に後見人にならないかと打診し、さらには杉下が回復したら見に来いとまで言う。
「お定め破りではないか?」とツッコまれても、上様に比べたら大したことはないという。
水野助命のことを冗談にできる藤波がすごい。まるで大阪のおばちゃんや!
パワーがあって、劇場まで観に来るだけでなく、周囲にもガンガン勧める。そんな応援を受け、ここまでやってきた片岡愛之助さんが、その様子を再現するように演じています。
この藤波の出番は凄まじかったですね。何もかも吹っ飛ばすような力が溢れていました。
杉下といい、藤波といい、「おばちゃん」になり、ジェンダーとは何か、改めて問われたように思えます。吉宗は「おじさん」に見えますからね。
その夜、杉下は、こんなにも幸せな時間があるとは思えなかったと吉宗に語ります。理想的な老夫婦のような姿がそこにはある。
そして杉下は、子である家重や、孫である家治に囲まれ、大往生を遂げました。
役立たずの種馬として大奥に流れ着いたのに、こんなに幸せな生涯を送れるとは……そんな万感の思いと共に生涯を終えたのです。
杉下の運命は、玉栄と対比されているように思えます。
種を残し、殺生に苦しめられ、実の娘すら決別していった様に思えた玉栄。
一方で、種がなく、それでも周囲を理解し、支え、救われた杉下。
まるで対照的となった二人の人生。
杉下は、吉宗側室という格式で、葬られました。性愛や子をなしたことではなく、別の形でのぼりつめた一生でした。
農民一揆だ、米よこせ!
夏なのに雨が続き、不作になるやもしれぬ――そう吉宗が懸念していると、悪い予感が的中してしまいます。
農民たちが一揆に立ち上がりました。男女逆転していても、米に迫る農民、怯える代官、みな見事で素晴らしい。後ろ手に縛られた代官が哀れよのう。
政治だけの問題とも言い切れません。江戸時代は今よりも寒波が到来しやすかったのです。それに対し、人口は右肩上がりで増えるため、社会システムそのものに歪みが生じていました。
それでもこうした農民一揆で、ある程度ガス抜きはできていました。
江戸っ子たちが武士を本気で怖がっていたかというと、そうでもありません。むしろ時には「ダッセ」とコケにしていたので、フランスの貴族と第三身分の農民ほどの緊張関係には至ってなかった。
家重は一揆の報告を耳にしても、どうにも反応が鈍い。幕僚が戸惑っていると、全て任せると投げてしまいます。
どうせ母上のところへ参るのなら、ここへ来なければいいと呟くと、田沼がサッと裾を翻しつつ、前に座ります。
このドラマは裾の扱いが皆一様に綺麗です。當真あみさんも所作が完璧で、田沼がどれほど聡明であるか一目でわかる。
彼女は、家重の中には政策があると理解しています。それなのに、家重は他の者と一緒に行ったらどうかと拗ねたように言い放つ。
そして家重は
「……勝ち筋が見えんのじゃ」
と呟きました。
聡明な家重には見えていました。
凶作になれば、百姓が餓死する。米の値が上がり、町人も飢える。
豊作になれば、米を商人に買い叩かれ、武士の暮らしが立ち行かなくなる。
どのみち詰んでいる。
しかし、どうしたらよいのかわからない。家重は聡明で完璧主義者であるがゆえ、納得いくように手を打てないなら、はなからやる気も起きない。そんな性格なのでしょう。
大岡忠光と田沼が苦しそうに見守っています。
家重と田沼意次は、貨幣経済をめざす
吉宗は、田沼からこの嘆きを聞いています。
吉宗は納得した様子。不作はどうにもできない。百姓一揆は自分がしめつけを強めたため。私のツケを支払わされているようなものだとわかっています。吉宗自身もろくな策が打てていない。
これは何も日本だけの現象ではなく、近世国家ではよくある現象でした。
全盛期を築いたとされる、イギリスのエリザベス1世。フランスのルイ14世。清の乾隆帝。彼らのような君主のあと、パッとしない治世が続きます。
君主の力量だけでなく、むしろ課題を強引に抑え込めたかどうか、そこにある。
吉宗は今でも大御所として崇められている。あやまちをあやまちと指摘できなくなった。
本人だからこそ、そこを冷静に判断できるものの、幕僚で同じことを言えるものがいるのかどうか。
すると田沼が、何か言いたげな仕草を見せている。吉宗が促すと、待ってましたと言わんばかりに意見を述べます。
田沼の提案は、百姓から年貢を搾り立てる前に、商人から税を取ることでした。
今、一番贅沢な暮らしをしているのは、大名でもなく、将軍でもなく、商人――これは史実でもその通り。
例えば庄内藩には、こんな戯れ歌が残っています。
本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に
豪商の本間様ほどの金持ちにはなれないが、せめて殿様くらい贅沢な暮らしをしたい。
私が見学した江戸時代の建築でも、確かに酒田市本間家旧邸(→link)が一番立派でした。

本間家の別荘「清遠閣(せいえんかく)」/wikipediaより引用
水戸偕楽園ですら、本間家旧邸のあとでは地味に思えましたからね。ましてや米沢藩の建築なんて、とても質素でした。
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綱吉時代の貞享5年(1688年)には、井原西鶴『日本永代蔵』も刊行されています。日本史上初の経済小説とされます。
田沼の言わんとするところはわかる。
むしろ、なんで今まであいつら商人を野放しにしてきたんですか? 直接搾りましょう! そんな提案です。
なまじ吉宗は米にこだわりすぎたことが裏目に出たのかもしれません。
思わず吉宗が呆気に取られ、一人で思いついたのかと問いかけると、上様の考えだと返す――上様の推察を読み解いただけであると答える田沼でした。
久通がみた「一炊の夢」
久通の前で、吉宗は己の自惚れを語ります。
武家の女子だから、金は卑しいと思っていた。石高制を見直せなかった。
それがお金を軽んじない意見が田沼という武家の女から出てきたことに感服しています。
吉宗が、田沼だけでなく家重も誉めると、傍の久通は、世はうまくできていると満足しています。
久道は今日が最後の出仕でした。
名残惜しいと頭を下げると、ここで吉宗が目を通していた『没日録』の内容が回想されます。
「のう久通。私はまことに運の強い女子であった」
おもむろに切り出す吉宗。4人の死がなければ、将軍はおろか、紀州家の主にもなれなかった。
そして久通を見る。
「私と跡目を争っておった尾張の吉通様を亡き者にしたのは、そなたなのか?」
「はい。私でございます」
人の良さそうな顔で、何ら逡巡する様子もなく、淡々と罪を認める久通。ゆっくりと頭を下げます。
幼い家継公もか?と問われると、病弱ゆえ手を下すまでもなかったと認めます。幼い命を摘み取らずに済み、幸いであったと。
「紀州の、姉上たちもか?」
「はい。私が自ら毒を盛って、弑(しい)し奉りました」
そう認め、さらに村瀬殺害も明かします。吉宗が暗い噂に左右され、気を挫かれたら困ると思い、お庭番に命じ始末したと。
「いえ、少し違いますね。最後は上様のためではございませぬ。見ていたかったのでございます。信様が将軍の座に就かれ、この国を導いていくのを」
そう語ると、いつでもお手討ちになる覚悟だと頭を下げます。どのみちこの冬は越せぬと言われていると続けると、あの剛毅な吉宗の目が涙で光っています。
「つらかったであろう、久通。今までずっと、一人で背負っていてくれたのじゃな」
「一炊の夢を見させていただきました。よき夢にございました。お信様、まことにありがとうございました」
そう頭を下げる久通。
彼女は信じていました。
信こと後の吉宗が、大大名にならずともせめて五万石の大名になれば、忠義に報いることができると語った日のことを。
そのとき、幼い久通は天命を受け取りました。信様なら国主どころか公方様になってもおかしくない器量の持ち主であると。
信様が天下を取るため――久通は己の手を血に汚してまで、尽くしてきたのでした。
偉大なる大御所亡きあとは
不思議な光景が見えてきます。
大奥では甘藷(さつまいも)が大流行。甘さが人気の秘密のようですが、これは重要な点でして、日本にもサツマイモとジャガイモは同時に入ってきています。
サツマイモは甘く、ジャガイモはイマイチ美味しくない。
そんなわけで、気候的にサツマイモの栽培が難しい東北と北海道以外では、ジャガイモは根付きませんでした。
幕末に来日した外国人は、こんなことを考える者もいました。
「この人らにジャガイモとサツマイモを紹介したら感謝されるんじゃない?」
そう思ったら、とっくに栽培されていたんですね。
なんでも黒木という男が作ったと噂になり、同じ名前だと言われた「黒木」という男が反論します。
青木昆陽という儒学者が大御所に命じられて作ったのだと。そして飢饉の備えとして、各地に広めたのだと。
黒木は事情通なんですね。大御所様は偉大であったと、振り返っています。
小石川養生所では、小川笙船、大岡忠相、水野進吉が赤面克服ができなかったと振り返っています。
水野は蘭学を許してもらったのに、結局薬がなかったと嘆いています。薬ではない抜本的な手段が必要なのでしょう。
小川笙船は、それでも大御所様の許しがあったおかげで、遺体解剖をして内臓まで調べた結果を語ります。それこそ確かな一歩だと振り返っている。
片桐はいりさんは、三船敏郎さんの大ファンだそうです。小川笙船がモデルである赤ひげ先生を演じていましたね。

小川笙船がモデルとされる赤ひげ/amazonより引用
そんな憧れの先人と通じる役に対し、並々ならぬ想いがあったとか。その集大成ともいえる名演です。
貫禄ある大岡忠相も、大御所様の偉大さを振り返っています。
それでも大御所様が生きているうちに赤面に勝ちたかったと、悔しそうに語る進吉。
彼は眉毛が伸びるタイプの老けメイクで芸が細かい。若い美男としてだけではなく、江戸っ子おじさんになっても水野はいい味がありました。
ここで、鈴が鳴り、杖をついた吉宗が歩くシーンへ。
鈴の廊下には誰もおらず、小姓が一人付き添っているだけです。吉宗は『没日録』を右筆部屋に返しにきました。長く借りたまま、返却をし忘れていたとか。
するとそこには、村瀬の姿があります。
「ずっとお待ち申し上げておりました」
吉宗はここで倒れてしまいます。
赤面疱瘡にはまだ勝てていない――と、これまでの大奥の歴史が振り返られます。
そして臨終の床にいる吉宗の夢の中で、金髪の武士がこちらを見ます。
特定の誰かのようであり、西洋から来た何かのように思える。
そして現代の渋谷駅のスクランブル交差点を歩く、吉宗そっくりの女性がこちらを振り向きます。
「滅……びぬ……この国は……滅びぬ」
そう呟きながら、世を去る吉宗――ひとつの世の完成とともに、新しき世が始まります。
吉宗は、田沼意次に託していました。
青木昆陽のことを語り、蘭学は素晴らしいが、本丸である赤面対策に成果がでていない。そこで、この国から赤面疱瘡を駆逐することを託すのです。
「吉宗、今生最後の願いである!」
田沼意次はその思いを胸に、空を見上げます。
そのころ、長崎には一人の旅人がやってきているのでした。
先憂後楽:吉宗の果断、家重の憂鬱
前回、母と子が抱き合ったあの感動はどうなったのか?
そう失望してしまいそうな家重の治世ですが、理解できるような描き方をしています。
家重は壮大な考えが脳裏にあるのに、うまくアウトプットできないのです。むしろ生真面目だからこそ、行き詰まっているようにも思えます。
むしろ、やったフリだけうまく、空気が読めるのであれば、もっとうまく立ち回りができたでしょう。そんな不誠実で器用なことが彼女にはできません。
吉宗編は、東洋の国家である日本の近世が完成した展開といえました。その思想体系を探っていくと、将軍の使命も見えてきます。
家康が導入し、綱吉が読み解き、吉宗が広める――儒教朱子学が浸透した。
吉宗は赤面疱瘡流行を聞くと、すぐさま対処に移り、雨が降っていると、不作になると顔を暗くしました。
これは何か危機が起きてから行動するのではなく、起きる前から気に病んで憂いているからこそ、即座に反応ができたのです。
江戸時代中期ともなると、君主や官僚の心得として、「先憂後楽」が定着しました。
何かが起こる前に憂い、実際にことが起きて社会が静まってから楽しむ。そんな心がけです。
北宋の范仲淹『岳陽楼記』が出典であり、これが広く浸透したからこそ、上様や殿様が遊び呆けていると、みんな「なってねえなぁ、なんじゃありゃ!」となりますし、恥ずかしい目に遭った。
日本には数カ所「後楽園」という庭園があります。実はこれも「先憂後楽」から取られています。
なまじ聡明な家重は、このあたりの為政者の心がけにつまづいたように思えます。
不作でも困る。豊作でもいかん。となれば、いつまでたっても楽しめる日なんてないじゃないか! もうどうにでもなれ……と思い詰めてしまったと。
真面目なだけに苦しんでしまう、そんな家重が悲しい展開でした。
ちなみに、このあと「むしろ天下の楽に先んじて楽しむ人がいる」と苦々しく評された人物が出てくることでしょう。
徳川治済です。どんな人物なのか、楽しみにしておきましょう。キャスティング予想も既に始まっておりますね。
私としては、鈴木京香さんが快演全開で出てきたらよいのではないかと想像してしまいます。
本作は『鎌倉殿の13人』からのキャストも多いことですし。
水魚の交わり:吉宗と久通
君臣の関係においても、ひとつの頂点が見られました。
久通あってこその吉宗であり、吉宗あってこその久通である――そんな水魚の交わりといえる君臣です。
久通の業の深さは凄まじいものでした。大河ドラマ『麒麟がくる』の光秀に通じるものがある。
あの光秀は、太平の世を実現すべく、主君を探していました。信長ならできると信じて仕えるものの、そうではないと悟ると本能寺へと向かってゆきます。
あの作品の光秀は清廉潔白で、慈悲深い人物でした。それが主君を弑(しい)するという、儒教倫理でも最悪の罪を犯す。己の手を血で汚してまでも、太平の世を目指すがゆえの悲劇でした。
久通は、吉宗の天下が見たいがために、主筋を弑(しい)する罪を犯しています。
久通もできた人物です。
己の罪と、天下泰平を天秤にかけ、泰平を選ぶという点が、この二人は同じです。善良な人間が、大義のために罪を犯すという葛藤も素晴らしい。
こういう複雑な人物像が見たかった!
それにこれはひとつの、究極の忠臣にも思えます。
罪を犯して、時には罵倒されようとも、信念のために生きる――そんな業の深い忠臣を演じる貫地谷しほりさんが圧巻でした。久通の出番全てに、深い業があったように思えてきますね。
そして、こういう引き裂かれる忠臣こそ、東洋史におけるひとつの到達点に思えます。
ここで用いた「水魚の交わり」は、『三国志』でおなじみの劉備と諸葛亮の関係から来ています。
諸葛亮は、ともかく賢くてスゴイ軍師という像がおなじみのようで、それだけではちょっと古い。パロディならばまだしも、歴史劇だと葛藤する姿が見どころです。
諸葛亮にとって理想の君主である劉備。そんな彼がいる限り、国は別れたままで統一されず、戦乱が終わりません。
そうして血を流し続けてまで、貫かなければならぬ大義とは何か? そこを悩んで引き裂かれた姿が重要です。
葛藤する名臣像がみられて『麒麟がくる』最終盤以来の感動がありました。
加納久通は邪悪で、そして素晴らしい人物です。
ちなみに久通の台詞回しからも、彼女の教養や認識も見えてきます。
「殺した」ではなく「弑した」と語っていること。目上の君主を殺したと認識しています。
「一炊の夢」とは、唐代『枕中記』由来の言葉です。粟が炊き上がるほどの短い時間をさします。これも『麒麟がくる』では松永久秀が最期の言葉として絶叫しておりました。
勉強になるドラマって、やはりいいものですよね。
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幕府の経済対策
ドラマ10『大奥』は、まだ終わりではありません。
秋からはシーズン2が始まりますが、特に期待しているのが幕末明治について。
2015年以降の大河ドラマでは、この辺の描写が非常に退化していましたが、本作では最新研究を反映してくれるでしょう。
田沼意次が希望の星のように描かれていることが、この作品の重要な点だとも思えます。
歴史に「もしも」はないけれど、銭や商業を軽んじない田沼路線が引き継がれていたらその後の日本も大きく変わっていたはず――。
『青天を衝け』では、幕府は経済観念がないから滅びて、渋沢栄一が刷新したように誘導していましたが、そんな単純な話ではありません。
幕末においては、幕臣の中にも相当の経済通がいました。
例えば小栗上野介忠順や栗本鋤雲がそうです。
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小川笙船も大岡越前守忠相も出てきたことだし、小栗や栗本の活躍も期待してしまいます。
とはいえ、実際に田沼の政策が不十分であったがゆえに、我々の知る幕末史へ向かってしまうわけで、シーズン2はシーズン1より辛いかもしれません。
だからこそ、むしろ楽しみにもなってしまう。
シーズン1を踏襲するならば、面白いだけでなく、勉強できる作品となることは間違いないでしょう。
NHKでは、既に幕末関連番組が、アップデートされているんですよね。
徳川慶喜の評価が史実準拠で順当に下がっていて、期待が高まります。
本作の徳川慶喜は、人の心がないとか。生田斗真さんが『鎌倉殿の13人』を超えるムカつきで演じたりしませんかね。
「選択家族」という幸福を
家光は、徳川の血を引く子のため“腹を貸す”運命を呪いました。
綱吉は、お世継ぎを儲けるために、父に苦しめられる運命でした。
吉宗は、そうした血縁から解き放たれているように見えます。彼女自身がすんなりと妊娠出産できた安産体質であるという幸運もそこにはありますが。
吉宗の家族は、血縁が繋がっていないものが大きな役割を果たします。
杉下がそうです。それでも“普通”の家族と変わらないし、これも幸せなのではないかと問題提起してきます。
これは歴史的に見てもそうで、日本は婿養子が家を継ぐことが一般的でした。
大名家だって幕末ともなれば、養子に養子をつなげ、ようやく家名を保っている家が多い。
家族って何? シェアハウスで暮らす他人同士でもいいじゃない?
そんな現在の「選択家族」に通じる姿を描いたように思えるのですが、それって新しいようで、実は伝統的じゃないかとも思えてきます。
江戸時代に『三国志演義』と並ぶヒット作は『水滸伝』です。
あの世界観は、他人同士が梁山泊に集い、でかい選択家族を築いています。東洋にはこういう義兄弟や家族を模した集団形成がありました。
それが近代以降、血縁由来のものを国家が規定してゆきます。
社会からはみ出してしまった者の受け皿が減ってしまったのです。
近代以降の社会に限界が見えた今、それ以前のものを見ていくことに解決のヒントがあるかもしれない。
そんな歴史劇を作り、楽しむ意義を感じるドラマです。
そしてここで、片岡愛之助さんが出てくることが効果的でした。
彼は一般家庭から歌舞伎界に入った努力の人であり、私はあることを思い出しました。
大阪で歌舞伎を見た時のことです。
主演の役者が急遽降板してしまい、片岡愛之助さんが演じることとなりました。すると代役告知を見て、劇場カウンターに詰め寄る客がいました。
「どういうことだ、あの名門の役者が演じるから、高い金を払って、遥々来たんだぞ!」
東京から来たその客は、憤りをぶつけていました。するとそれを見ていた大阪のご婦人二人組が、こう言ったのです。
「なんや愛之助なん? かいらしぃ鳴神やわぁ」
彼女らはずっと前から、愛之助さんを推してきたのでしょう。
血統ではなく、演じる中身を見ている。生身の人間の血筋で価値を測る、そんな苦い一面があるのが歌舞伎です。けれどもそれは見方ひとつ。
東京から来た男性は、血筋を見た。
大阪の女性は、芸を見た――同じものを見るにせよ、どこを重視するか?
そこで大きく変わるのではないかと悟りを得た出来事でした。
そして舞台の愛之助さんは、代役で登板されたとは思えぬほど見事な演技であり、私は大いに満足したのでした。
そんな愛之助さんと彼を推すファンによって得た悟りを再確認し、とても感動した次第です。
新たな視点で、新たな世を
吉宗を神格化せず、限界もあると描いたところに誠意を感じます。
大御所は偉大だという各人の感想に、異議はありません。日本の近世を極めたと思えます。
しかし、ひとつの世を作ったら、次の世を作らねばならない。そんな苦しみが充溢していて圧巻です。
そしてここのポイントは、東洋国家として完成したからには、西洋からの流れを受け入れるということ。謎の男こと青沼は、その象徴に思えます。
多様性を受け入れることが世が変わることだとすれば、今の日本では何?
女性の目線では?――そう答えを導いているようにも思えます。
◆徳川家重の賢明さ描いた「大奥」奇抜な設定、歴史研究者の評価は(→link)
研究者からも注目を集めている本作。
大奥の役割を見直すことが今進んでいるとのことです。
ドロドロしていて政治に関係ないでしょ、と好奇心で語られて終わっていた大奥の見直しや、史料解読が進んでいるようです。
『大奥』という作品は、女性目線で歴史を見直すだけでなく、現在や未来へも問いかけています。
渋谷スクランブル交差点でこちらを見上げる吉宗と同じ顔をした女性は、そうこちらへ問いかけているようでした。
秋まで予習復習をしつつ、放送を待ちたいと思います。
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【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)









