大河の放送を待っていると、松本潤さんがNHKをアピールする動画が流れました。
いつまでこの広告が使えるのか。
そんなことを気にしていたら、今週は薄気味悪い“ロゴ”から始まりました。鉄砲を悪ふざけに使うセンスに脱力してしまいます。
回想が大好きな本作は、亀と信康の幼い頃を振り返ります。
亀が虫を嫌い、信康が虫の命を大事にする――その様子が棒読みで語られますが、あまりに陳腐な表現ではありませんか。まさに大人が考えたテンプレのような子どもです。
そして現在の瀬名へ。
小袖のままでヘアメークも変えていないので、時間経過が全く見えてこない。同じ役者ならば、いかに加齢を見せるか?というのはドラマの見せ所でもありましょう。
そして今回もオープンテラスで、家族会議兼軍議が始まった。
棒読みとギャンギャン声を出す家康と信康。チンピラのような井伊万千代はなぜここにいるのか。
『おんな城主 直虎』で、井伊直虎を熱演した柴崎さんは、今でもゆかりの地に呼ばれます。
『どうする家康』の放送中、『おんな城主 直虎』がSNSトレンドにあがっていました。
◆柴咲コウさん 浜松の棚田で田植え 大河「直虎」ロケ地、「愛着湧く場所」(→link)
この先、2023年の大河ドラマが懐かしく思い出されることはあるのでしょうか?
先週は、再放送されている『麒麟がくる』もSNSトレンドにあがっていて、それだけ印象深いドラマだったことがわかります。
『どうする家康』については、引き合いに出されることはあっても、再評価など……あるとすれば大河が終わりへ向かうときだったりして? そんな事態だけは絶対に回避して欲しいと切に願っています。
どうする演技プラン
本作は演技プランがあるのでしょうか?
役者さんの力量の問題ではなく、制作陣の怠慢さを感じてしまいますが、今回の冒頭も厳しいものでした。
瀬名も、亀も、同じような眉の顰め方をしています。
ワンパターンであり、演じる方々が脚本に入り込めていないようにも見えました。
『麒麟がくる』のときは、主演の長谷川博己さんが演技プランを練るため、脚本の池端俊策さんに「続きはどうなるのか?」と相談していたとか。
そういう奥行きが何も感じられない。
今年は、役者さんのインタビューを読んでいると、本当に不安が尽きません。
というのも、脚本を読む段階で演技プランをしていると語る方がいます。事前に関連書を読むとか、伝承を知るとか、そういう積極的なアプローチはない。
制作サイドがやたらと「新しい人物像だから!」とプッシュするので、役者側の勉強する気を削いでいるのではないか?とすら思えてしまいます。
どうするナレーション
いつか慣れるだろう……と思っていた素っ頓狂なナレーションが、いつまで経っても聞き苦しいです。
あの癖の強い喋り方は講談師のオマージュだそうで、だったら本職の神田伯山さんに任せればよかったのではありませんか?
やはりその道のプロは、人を引き込む技術があるのでしょう。正月時代劇『いちげき』は素晴らしいものでした。
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正月時代劇『いちげき』徹底レビュー!幕末の熱気を庶民目線で描いた痛快傑作だ!
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本作については、以下の記事で語られているように寄り添ってもいないし、優しくもない。
◆「語り」のヒントは、収録直前に出会ったあの講談師だった!? 「時に寄り添いながら、時にやさしく話しかけるように――」寺島しのぶ(→link)
講談師と慈愛溢れる母という像が一致せず、むしろ小馬鹿にしているようにすら聞こえてしまいます。
改めて問いたい。
なぜ本職の講談師ではなく、彼女に依頼したのか。
松平信康役を彼女の息子が演じたら話題となるからでは?
適材適所というよりも、諸般の事情も透けて見え、どうにも興が削がれてしまいます。
どうする策
信長がドヤ顔で「我が策を見せるwww」と采配を突き出すところは、厨二病全開で目を覆いたくなりました。
ショットグラスでジンのようなものでも飲んでいそうな姿は、
「ワイングラスでワインは古いっしょw イマドキの若者はこうでなくちゃwww」
とでも言いたいとか? 今は「ソバーキュリアス」(敢えて飲酒しない)が最先端ですけどね。
まぁ、酔っ払いたいんですよね。そこは理解できます。
出来が悪すぎて、酒でも飲まなきゃやってられねぇ!ってことかな。
策というのもは、思いつきでなく、きちんと練り込んで出しこそ。
自分だけでなく何万人もの命がかかっている立場なのですから、苦悩に苦悩を重ねて絞り出した決断を策として欲しいものです。
あらすじ:おじさん構文バージョン
やっほー!( ✌︎'ω')✌︎
今日は、徳川・織田連合軍が、長篠城の西・設楽原で、武田軍と対峙スルンダ!^_^
でも信長チャンは、馬防柵を、作るばかりで、動こうとしないンダ_:(´ཀ`」 ∠):
イライラしたm家康チャンは、わずかな手勢で、武田の背後から夜襲をかけるって!^ - ^ ドキドキしちゃうね♪( ´▽`)
怖いなら、おじさんが、癒してあげる( T_T)\(^-^ )
どうする“伏線回収”
伏線回収――ドラマ関連のネットニュースに出てくるだけで、嫌になるこのフレーズを使ってみました。
ここはひとつ、私が伏線を読んでみせましょう。
お市に子連れ上洛をさせる無茶苦茶な展開をして、家康に茶々(淀の方)を抱かせる。
未だに真田の“さ”の字もないから、大坂の陣の実質総大将は淀の方だ!
秀吉の意思を継いだ悪女路線か。それとも犠牲者か?
どのみち同じパターンでしょう。
映画『レジェンド&バタフライ』とこのドラマは、帰蝶と瀬名のキャラづけがほぼ一致します。そんな女性像をひっくり返した人物像に落ち着くことでしょう。
そして気になるのがキャスティングです。
もう6月であり、さすがに石田三成が発表されても良いころでしょう。
ついでに言えば、なぜ瀬名と信康はまだ生きているのか。家康の長い生涯を考えれば、信長が退場していたって不思議ではありません。
三成のキャスティングがまだ決まっていないなら、もうアニメかペッパー君で良いでしょう。私は平和主義者なので、このドラマに関わる犠牲者が増えるところは見たくありません。
先週の金曜日、前回の鳥居強右衛門役を褒めちぎるネットニュースが一気に出ました。
彼は本業が役者ではなく、シンガーソングライターです。そのため歌まで入れた。
演じる側にとってはNHKの看板番組で露出があって、美味い話なのかもしれません。作品自体がいかなる内容であろうと、NHKが提灯を持ってくれるなら芸能人にとって損はない。
同様のことは『花燃ゆ』でもありましたが、本業が役者でない人をゲスト扱いで出すことでテコ入れしようとするんですね。
大河は腐っても鯛。出たら自慢になる。そういう記念と自己アピールによるキャストが増えるわけです。
当然ながら、ドラマの出来は落ちます。
しかしビジネスモデルとしては成立する。
ですので三成やその他のキャラについても、知名度を上げたい若手か、お遊び感覚か、そんな単発ゲストが続くと予測します。
どうする酷い衣装!
今週も恒例の衣装に文句を言う時間です。今回はスペシャル版で。
説明セリフと苛立ちだけを見せる徳川の軍議。やはり本多忠勝の長ラン陣羽織が嫌すぎて絶望します。
そして、こんな私みたいなクソレビュアー(※『いだてん』でこう呼ばれて以来、私のお気に入りの呼び方)に対しても、SNSで意見をくださる方がいて驚きます。
「『麒麟がくる』をやたらと誉めているけどおかしい! あのドラマだって衣装はおかしかった!」
わざわざ画像付きで検証する方がおられるんですね。
確かに『麒麟がくる』は衣装が批判されました。しかしそれは色合いが派手すぎるというもので、衣装そのものというよりは画面調整の問題でしょう。
現に序盤のうちに調整されると、そうした声はおさまりました。
正確にいえば、衣装そのものではなく、色彩設計の問題です。
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『麒麟がくる』のド派手衣装! 込められた意図は「五行相剋」で見えてくる?
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それにあくまでクレームは色合いに伴うもので、シルエットや質感がおかしいという類のものではありません。
『麒麟がくる』の衣装プロセスは、こんな流れです。
斬新な織田信長にしたい
↓
ならば定番の赤と黒は避けよう
↓
五行説を踏まえつつ、稲妻を思わせるイエロー系にしよう
松永久秀は、斬新でポップな遊び心も入れたい
↓
そんなセンスを感じさせる伝統色と、模様を取り入れよう
このように、あくまで良識、伝統の範囲内で探っています。
それが『どうする家康』の場合は違う。
「家康は優しく見せたい」
「地元をアピールしたい」
「伝統よりセンス!」
という視点であることは、ネットでも拾える範囲で明言されています。専門知軽視ですね。
しかし、この時点でおかしい。武人や軍人は、衣装で優しさをアピールしません。そういうのはケアをする職業では?
自衛官募集の萌えポスターはさておきまして、現代の軍服だって「キュートであること、優しさをアピール」してませんよね。
以前も言いましたが、私は武者絵が大好きであり、ああいうものは見た瞬間にかっこいい、グッとくる、強そう、そんな要素が突き詰められている。
そういう観点からいくと今年はただひたすら無様、そしてリアリティを感じさせません。
朝ドラ『らんまん』には、彰義隊の生き残りが出ております。
その彰義隊が江戸の街を闊歩して上野の山へ向かったとき、彼らは打裂羽織に義経袴だったとある。
これはどういうことか?
打裂羽織は背中のスリットが大きくは入っています。義経袴は裾に飾り紐がついている。
ただのオシャレではなく、打裂羽織は武器を腰に刺した時に引っかからない。義経袴は裾の紐を引っ張ると、ぎゅっと縮む。
つまり彼らなりの臨戦体制ということを示します。
なぜそんな話をしたかと言いますと、こういう歴史的な衣装の話となると、様々な意図も見えてくる。
要するに彰義隊は動きやすい服装をしたんだなと、構造を理解すれば読み解けます。
ところが、和装に興味がなかったり、機能性を度外視し、ただの面白さだけを狙うとおかしくなる。
要するに、動くのに邪魔だとか、何か引っかかるだろうとか。そこが気になって仕方ない。
武田信玄のモコモコ膨張和装のどこに機能性がありますか?
アニメやゲームといった、リアリティラインの低いコンテンツならば、まだアリといえます。
昔、女子プロレスラーが「格ゲーの女ども、あんな衣装ならポロリしまくって戦えんわ!」とつっこんでいましたが、ゲームだって技術が向上すると衣装にリアリティを求めるようになりますよ。
『戦国無双』も、『ストリートファイター』も、『バイオハザード』も、動きを邪魔しない、露出度の低いコスチュームになっていった。
では『どうする家康』の場合はどうでしょうか?
大河だから当然リアリティラインは高いはず。それが今年は大幅に落としてきた。その筆頭である千代なんて、あんな服装でアクションされても意味がわかりませんね。
とにかく機能美とデザイン性の融合がないのです。
だからこそ見ていて不愉快になるのでしょう。
もういっそ瀬名にビキニアーマーでも着せたらどうですか? それでもネットニュースは絶賛しますよ。
どうする『麒麟がくる』……って今更?
クソレビュアーの私に敵意を抱く方は、なぜか私の好きな作品を全否定したがる傾向があります。
だからといって『麒麟がくる』を否定したところで、『どうする家康』が傑作になるはずがありません。
『どうする家康』が素晴らしいなら、その良さを広めて、多くの方に視聴するよう薦めればよいでしょう。
一方、私は面白ければ面白いと書きますし、つまらなければその原因を突き詰めて、こうしてレビューに記します。
私は『貞観政要』の魏徴が好きです。ゆえに諫言は避けません。
号泣だの神回だの絵空事を書くのはごめん被ります。
本作については、一次史料や軍記を読んだアピールもしばしば見かけますので、そこに『孫子』や『貞観政要』を加えていただければ幸いです。
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NHK大河ドラマという国民的番組ですから、多くの人から賛否両論が出て、今後さらなるブラッシュアップを踏まえた上で大河ブランドが続けば、皆が幸せになれる。
そのためにも、面白ければどこが面白いか、つまらなければ何がどうつまらないか、という意見は必要になるでしょう。
どうする距離感
家康が何か思いついて走っていくと、すぐに信長の陣にとうちゃこ♩ そういうのは火野正平さんの『こころ旅』で間に合ってます。
なぜ使者を用いないのか?
こういう時は使者に書状を持たせればよろしいのでは?
本作は、顔と顔を突き合わせる場面が大好きで、それでしか緊迫感を出せないと誤解しているようにも見受ける。
不潔感漂う秀吉のせいで何もかも台無しにされてしまいますが。
どうする海老すくいとダチョウ倶楽部
画面に出るだけで、最も顔を覆いたくなる海老すくい。
制作陣には、真顔で尋ねたいのですが、あれを本気で面白いと思っているのでしょうか?
だとすれば、とにかく絶望しかありません。
一回だけだったら、まだよかった。しかし、今回で何度目でしょう? あまりにしつこすぎて、バカという言葉以外に見つからない。
もしかして、昔のRPGでも意識しているんですかね。
酒井忠次 は 海老すくい を おどった!
武田軍 は 士気が 低下 した!
酒井忠次の職業は戦士ではなく踊り子、と、こんな調子ですかね。無理矢理奇襲とかなんとか言っておいて、視聴者の印象に残すのは海老すくいだけ。
おそらく21時15分には「海老すくいにネット爆笑!」とでも記事が出ていたんでしょう。
ダチョウ倶楽部の「どうぞどうぞ」ネタもありましたね。
あれは簡単に見えて、実は職人芸のようなもので、一朝一夕に真似をするのは非常に難しい――ということが今回の映像でよくわかったはずです。
本当にこの制作陣は、毎回毎回、茶室で放屁して笑い転げるようなセンスを披露しますよね。大河などではなく、身内の飲み会でやってください。
どうする武田勢
勝頼の信玄回想があまりにキツい。
あらためて「信玄はダメだった……」と痛感させる、槍を振り回すシーン。あんな作り物見え見えの山中でドヤ顔しながら、衣装はもこもこ。
「だから信玄は天下を取れなかった!」
とかなんとか勝頼が言ってましたが、あのモコモコ信玄なら一度勝てるかどうかも怪しい。
なぜ、お得意の『孫子』を用いないのでしょう?
生前の信玄が、我が軍略をぜんぶ伝えたとか言っていたのに、もう忘れてしまったようだ。
もしかして脚本家が『孫子』を読み込む時間がなかったのでしょうか。
あれだけ信玄に語らせておいて、作り手が何も知らんでは許されないでしょうよ。
この大河って『信長の野望』パラメータに0.2を掛けたような数値を叩き出しますよね。
どうする勝頼スピーチ
勝頼のスピーチも酷いものでした。
「がんばれ!」
「名誉はあげるよ!」
「骨は拾うよ!」
って、うっすいのぅ! 歴史のお勉強をイヤイヤ始めたばかりで、アニメやゲームを思い出しながら、いっしょうけんめいかいてみたよ! という程度の内容。
大の大人を奮い立たせるような説得力には程遠い。
お前が骨を拾ってどうする。うそこけ! 具体的な恩賞もないんか?
演じる側も疑問を感じているのか、口調が妙に醒めていましたね。
これのどこが見事なのか。
勝頼は低劣な煽りをして、困った顔をして、突撃命令を繰り返すだけですよ。これが最新の研究ですか?
単なるノリにしか見えず、もう無茶苦茶です。
どうする家康って言うけどさあ……
いざ長篠の戦いが始まっても、LEDスクリーンの前で顔芸をしている印象しかありません。
万千代や信長、秀吉、全員せいぜいが野球観戦レベル。
ビール飲みながらWBCを見ているような調子でなんなのか。緊迫感がまるでありません。
いくら馬防柵を設置して、土豪を掘って、事前の準備を十分にしていても、いざ合戦が始まったらどうなるかわからない不安があるでしょうよ。
この家康が一番手強いとドヤ顔で語る信長も、全くもって意味がわかりません。
家康は低ステータスだけど、主人公補正で無双しているだけじゃないですか。
俺だけレベル999? そういうのは転生ものWebコミックでお願いします。
どうする画面効果
VFXと実写の繋ぎ方がおかしい。
もう見ているだけで絶望。劇中の武田勝頼より、見ている私の方が絶望しているのでは?
切ないことに馬の動きと蹄のSEがズレているし、なんなんでしょう、この圧倒的メリーゴーランド感は!
何度まったく同じような突撃シーンを繰り返すのか。
とにかくリアリティが無い。
織田徳川連合軍はどうやって勝ったの?
勝頼がバカだからですか?
このドラマのせいで武田家の印象がとことん落とされていきます。強靭な武田家を返してくれ……。
どうする厨二病とおもしろ顔グラシリーズ
信長のセリフのひとつひとつが厨二病丸出しで辛い。
愚かか、鬱陶しいか、厨二病か。だいたいその三択くらいしかない
本作は『平清盛』にあった美点は引き継がず、嫌なところだけが似ていますね。
あのドラマは序盤、オリキャラ海賊の所有する「宋船(当時は唐船ですけれども、今さらここで蒸し返しても仕方ない)」で金を使いすぎて、後半の合戦が、顔芸する公家の反応で再現していたんですよね。
今回は公家でなく、武将になった。ただ、それだけ。
家康は「どうする?」と決断するのではなく、顔芸ばっかりしている。
それにしたって『信長の野望』のおもしろ顔グラシリーズ(かつての作品であった顔芸がすごい武将・二階堂盛義が代表)でも見ていた方がマシよ。
いっそアニメを使ってはどうでしょうか。ナレーションの「なんだかんだ」で終わらせてもいい。その予算を来年以降、あるいは朝ドラに回せるのであれば大歓迎です!
どうする血を恐れる武士ども
鉄砲による殺戮シーンで、信康のPTSDを描きたいようですが……。
「これは戦でございますか? なぶり殺しじゃ!」
って、何ですか、その薄っぺらい説明セリフは。
『麒麟がくる』では、信長の右腕として戦ってきた光秀が、松永久秀の前でたまりかねたように「戦はしたくない!」と叫んだ。
『鎌倉殿の13人』では、穏やかで淡々としていた畠山重忠が、「戦など誰がしたいと思うか!」と叫んでいた。
本作には、そういうメリハリが全くありません。
ストーリーをきちんと組み立てるのではなく、作り手が昔見聞きした映画やドラマ、あるいは漫画にアニメなどを“つぎはぎ”したようなトラウマ表現でウンザリです。
これほどまでに罰当たりなドラマもそうそうありません。手抜きがモロにわかる。
だって、討ち死にがこんな感じですよ。
「はぁはぁはぁううぐううぅああああああああ|」
わざとらしくうめき、ドタッ! ぶっ倒れる。
一体リアリティは何処へ?
どうするどこの大名家もオープンカフェ
織田家も、徳川家も、オープンカフェで宴会をします。
セットの使い回しとLEDスクリーンがわかってしんどい。
佐久間信盛が全部セリフで事情を説明するあたりがもう無茶苦茶でした。
大半の戦国大名はセリフの中だけで敗退するようです。
東北からは蘆名を出さず伊達だけ出すあたり、どういう知識をベースに組み立てたのでしょうか。
願わくば政宗は出て欲しくないので、まさか渡辺謙さんがらみの方を引っ張り出したりしないように祈ります。
しかしこの信長、毎回、意識高い社長系ろくろ回しなポーズ(Web広告やインタビューであるポーズ・画像検索してください)をとりますよね。
戦国武将というより、ネット広告動画に出てくる宣伝担当者みたいだ。
「動画とゲーム内容が違う……そんなことってありませんか? でも『どうする家康』は大丈夫! タップだけで楽々クリア! いますぐダウンロード!」
みたいなやつですね。
そして、アイスクリームフレーバーを表現しているような衣装の、徳川家のオープンテラスに移動。
衣装がアイスクリームという以外は大差ない。日本全国こんな調子ですかね。東北の南部家だろうが、越後の上杉家だろうが、オープンテラス軍議していそうで素敵♩
上杉家をチラッとでも見せて欲しいかも。上杉謙信が温度差で倒れたという説に説得力が生じますからね。
あ、出すとしてもアニメで結構ですよ。予算も限られていますし。
どうする“伏線無視”
信長が信長が重々しく、家康と信康に「仕えることを許す」と語ったわけですが。
どうして瀬名がその場にいるのか?
あれだけアホな勝頼を「信玄を越えるか」と言われても意味不明。みんな弱いように思えます。
人間の印象だけで話が進みますが、兵糧とか、城の位置とか、討ち死にの数とか、そういう話はないのですか?
他ならぬ秀吉が、信長の物量勝ちだと説明していたじゃないですか。
だったら、勝ち負けを左右する物資の調達について語って欲しい。
首実検をしたからには、家臣の討ち死にが多かったことも把握していることでしょう。
「あの真田を二人も討ち取ったぞ、もう終わりだ!」
ぐらいわざとらしく説明してもよかったのでは?
その弟・武藤喜兵衛が真田家を継いで昌幸となり、家康を苦しめる。こういう大事な伏線はないんですよね。
どうする“幕府”
ラストの城攻めで、家康が山の中で軍議をしています。
このドラマは卑劣な手段を覚えたものだ。
屋外キャンプ状態で軍議をしちゃおう。椅子に座らせて、背景にLEDスクリーンを置けばオッケー♪ そういうことでしたか。
なぜキャンプ感覚で軍議をするのか疑問でしたが、陣幕すら用意できないのでしょう。
そういうひどい軍議のあと、オープンテラスで家族団欒してる。まるで昭和のアニメのようでつらい。
そして改めて考えたい。
陣幕すらない将軍がいかに哀れであるか。
幕府とは何か?
中国の戦国時代に、王命を受けた将軍が、遠征地で陣幕を張る。それを「幕府」と呼びました。
要するに、天皇という主君から命令を受けて、将軍が政治を代行している。名目上はそうなります。鎌倉時代はこういう定義がなく「関東」という認識だったとか。
江戸幕府を開く徳川家康が、陣幕でなくLEDスクリーンを背景に軍議をするとは、なんと情けない……あまりの惨めさに泣けてきました。
どうぞ「クソレビュアー号泣!w」と面白がってください。
どうする瀬名無双
「はぁはぁはぁはぁ」
散歩したあとの犬みたいにうなされる信康。
露骨に企む五徳。
この二人の描き方が気持ち悪くて仕方ありません。
年齢差を感じさせない親(信長)と子(五徳)が、やたらとベタベタしながら何かしあう。
どうやら我が子を通して「信長vs瀬名」というカードにしたいようですね。
大河における戦国内助の功路線は、『おんな太閤記』以来定番です。
過去には『利家とまつ』や『功名が辻』がありました。
そういうものを超越して、架空戦記・瀬名無双になっています。覚醒して欲しいのは家康であって、瀬名ではありません。
どこまでニーズを外していくのか。『レジェンド&バタフライ』のネタ使い回しだし。
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ド派手な話題作りで中身は空っぽ|映画『レジェンド&バタフライ』
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信長が五徳に対して気持ち悪いセクハラをする描写も、不快なのでやめてください。
岡田准一さんをドS王子にすればいいwww って、いつの時代の感覚ですか?
どうする“見えざるピンクのユニコーン”
「クソレビュアーは伏線がないっていうけど、あるじゃない!」
そんな声が聞こえてきました。実は先週あったそうです。
◆「どうする家康」亀姫が手にした“漬物石”=あの贈り物?ネット考察「石を継ぐ者」第7話→ロングパスか(→link)
家臣団がプレゼントした石だってよ。
そんなもんこの後の展開に関係ありませんね。
伏線伏線いうならば、敢えてもう一度、しつこく問いたいことがあります。
なぜ、真田昌幸を出しませんか?
このあたりが『真田丸』との圧倒的な差でもあります。
あの作品では「武藤喜兵衛というえらく強い侍大将を知らないか」と、徳川家康が真田昌幸に尋ねる場面があります。昌幸はシラを切る横で、幸村が緊張感を滲ませていました。
あれは武藤喜兵衛は真田昌幸の、真田家督相続前の名前で、要するに本人なのに黙っている昌幸の厚かましさ、それに焦る幸村、実は知っているのではないかと考えてしまう家康、そういう攻防が実に見どころでした。
完全に室内のスタジオ撮影であり、血は一滴も流れません。それでも緊迫感に満ちていた。
刀の柄に手を掛けているような、一歩間違えたら血の雨が降りかねない攻防を会話で繰り広げているからこそ、魅力的なのです。
伏線だの、会話劇の妙だの、そういうものはまさしくこういう場面を言います。
それに引き換え、女の子が石を貰ったところで何なのでしょう?
『八犬伝』の村雨でもあるまいし、その石を巡っての死闘も何もないでしょうよ。亀が石を持っていようが、だから何なの?としか言いようがない。
そういう点と点をつなぐことを“見えざるピンクのユニコーン”と呼びます。
「見えないのになんでピンクだってわかるんだよ!」
そんなツッコミ込みの呼び方です。そういうことを言われたところで困るだけなのです。
どうするBL
ちょうどこの間、歴史好きの方と話したときのこと。
嬉しそうに朝ドラ『らんまん』で、歌川国芳が重要な役割を果たしたことを語っておりました。
わかります。数多いる浮世絵師の中でも、歌川国芳は武者絵が得意です。
現在まで名が通っている武将のイメージに彼は寄与してきた。ゲーム会社ならコーエーテクモさんが特別なように、国芳もそうなりますよね。歴史好きと猫好きならば、国芳は特別です。
そんな朝ドラ『らんまん』は、BLもといブロマンス描写でも突き抜けてきました。
◆ 神木隆之介さん×志尊淳さんスペシャル対談vol.2 第9週&10週を振り返り(→link)
こちらの記事から引用します。
神木:その後の第48回(6月7日放送)で、初めて竹雄に「万太郎」って呼ばれたときはさ、なんか気持ち悪かったな(笑)。ここでは絶対、二人の関係性をいちゃついてるような関係性には見せたくなかったんだよね。竹雄って、どう考えても嫁じゃん! っていう立ち回りだから、友情に見せるさじ加減が難しかった。
志尊:俺は嫁だと思ってたけどな(笑)。
神木:ははは。でもさ、やっぱそこは寿恵子(浜辺美波)を立てないと。
志尊:でも我々(竹雄と寿恵子)はまだヒロインの座を争ってるわけだから、竹雄としては前に前に出なきゃなって(笑)。
神木:確かに(笑)。まぁヒロインが誰かは、視聴者さんが決めることだから(笑)! どのドラマでも、見方や映し方によっては「主役やヒロインじゃないけど、これはこのキャラクターの作品だったな」って感じることがあるしね。
この二人は、互いに思い合う関係性を演じることを自然にとらえていて、上の世代によくある照れやバツの悪さを語ったりしません。
『鎌倉殿の13人』で北条泰時を演じた坂口健太郎さんもそうでした。
源実朝から愛を告げられて突き放すことに、苦しいものを感じていたとか。
まず、男が男にそうされて気持ち悪いとか。男同士なら暴力的になるとか。BLというのはNL(ノーマルカップリング、男女のこと。差別的で古いので使われなくなっています)とは違うとか。
そういう意識がチラついているのは、2020年代としては差別的で古い。
そして『どうする家康』はまさしくそんな古臭いBLです。
以下のような擁護記事もありましたが、
◆NHK『どうする家康』の“BL描写”をやたら批判する人たちの勘違い(→link)
古い感覚で語っていると思いました。少なくとも十年は古いのでは?
もう一点気になるのが、子役の家康に対して信長が相撲を強制的にとることを「セクシュアル」としていることです。
未成年を相手に性欲を抱く様を肯定的に描く時点で、一体いつの時代の感覚かと呆れるばかりです。
これがもし男女間なら自制が働いたかもしれません。
男同士ならアリでBLとはそういうものだと思っているのであれば、連日のように問題視されている「男性の性被害者軽視」に他なりません。
◆男性の性被害を認めない社会 元ジャニーズの告白、孤立させないで(→link)
NHKがそんなドラマを放映することそのものが腹立たしいし、それを擁護する気も私には一切ありません。
席正しからざれば、坐せず
席正しからざれば、坐せず。『論語』
席が曲がっていたら、直したあとでないと座らない。
『らんまん』の話題を続けます。
先週、素晴らしいセリフがありました。
柳橋一の芸者から、江戸詰彦根藩士の妾として迎えられたまつという女性がいます。牧瀬里穂さんが演じ、しっとりとした姿を見せています。
そんなまつは、恋煩いになった娘の寿恵子を心配しています。
寿恵子は植物学に夢中で自分を顧みない万太郎はずるいと、母に訴える。
するとまつはこう返します。
「奥の手を教えてあげる。男の人のためにあんたがいるんじゃない。あんたはあんた自身のためにここにいるんだから。いつだって自分の機嫌は自分でとること」
要するに、セルフケアですね。
男でなく、自分が好きな浴衣を縫うとか、本を読むとか。寿恵子は『八犬伝』のファンだから、滝沢馬琴推し活をすればよいことも示されています。
女性の場合、男性に依存しすぎると不幸まっしぐらです。そう諭す意義のある言葉です。
こういう、いわばまっすぐな座布団を敷いてくれるのが『らんまん』だから、座っておいしく茶を飲んでお菓子を食べるような気分になれます。
一方、『どうする家康』は、まず座布団が曲がっているのでそれを指摘するしかない。
このまつの言葉で、先週の不快感が腑に落ちました。
◆「どうする家康」亀姫が癒やし枠に!“伏線”慣れぬ場所&クーデター中も爆睡 ネット和む「瀬名より大物」(→link)
視聴者も、強右衛門も、亀に癒しを見出しているわけです。
しかし考えてみてくださいよ。
劇中の亀にせよ、演じる役者さんにせよ、まだ少女です。癒やし枠にするどころか、大人ならば守らねばならない存在でしょうよ。
こういう若い相手、特に女性をケア要因にするってそもそも正しいことでしょうか?
戦国武士が考えることでしょうか?
仲間を守る。武功をあげる。そんなことより癒やし枠萌え〜〜!
そうやって駆け抜けることの何が面白いのでしょうか。
亀という少女に対して勝手に癒やしを見出す感覚は、要するに現代人のものです。そういうどうしようもない感情に合わせることで、親近感をアピールする。
しかしあえて指摘しますが、知りもしない他人、しかも未成年を勝手に癒やし枠にすることは迷惑です。
道で見かけた中高生がかわいいとイラストを描き、勝手にSNSにアップする。写真に撮り、待ち受けにしてしまう。
そういうことをやられた側の気持ち悪さ、迷惑を想像できませんか?
とはいえ、思い当たることがあります。
また『麒麟がくる』を持ち出します。
あの作品では、光秀と駒が雨の夜、ひとつしかない寝床で一緒に過ごす場面がありました。
光秀は生真面目なので、一切の逸脱はありません。それが萌えだのドキドキだのやたらとネットニュースにあがっていました。
そういう漫画や何かで見たような、ドキドキシチュエーションの再現が好きな層がいることはわかります。
けれども池端さんは光秀の真面目さを持ち味と考えているわけです。ならば、お約束よりそちらを重視するのは当然と言えます。
しかし、どうにもそれが気に入らないのか、ネチネチ文句を言っている人もいる。
あの光秀は「きれいごとばっかで気に食わねー」「空気読め」とも言われていましたっけ。
繰り返しますが、戦国時代のドラマならば、その規範こそ重視されるべきものです。
作者の伝えたい人物の個性の方が重要なのは言うまでもありません。
歴史上の人物ならば、伝承として伝えられている大義を重んじる志だって大事でしょう。
未成年女子に癒しを見出したいなら、そういう漫画でも読みましょうよ。大河でやることですか?
結局のところ、未成年の異性に勝手な幻想を抱き、命まで落とすというのは一部現代人の歪んだ感性陥る罠です。
さまざまな背景が考察されていますが、要するに10代の頃にモテなかった自分を供養したいのだと思います。
そんな永遠に叶わない憧れを抱くだけならば無害? さてどうでしょうね。
私は、武功と仲間のために疾走する鳥居強右衛門が好きです。未成年女子に勝手に癒しを見出し、ヘラヘラ笑う鳥居強右衛門なんて求めていません。
大河ドラマに無理矢理ねじ込まれた挙句、視聴者はみんなそんな歪んだ思いを動機として提示されて感動しただのなんだの言われる。
私にとっては十分有害ですが。今年ほど大河を見ていると人に言いたくない歳はありません。昨年と大違いだ。
もうひとつ、セルフケアをする女性像のこと。男を待ち続けて泣き、ついには自害する女性は人気の定番です。
『鎌倉殿の13人』ヒロインであった八重は、そうした伝承が有名でした。女は男の愛なしでは生きていけないという“ファンタジー”ですね。
そのファンタジーから外れた結果、叩かれた典型例が『麒麟がくる』の駒に思えます。
「イケメン光秀に恋するチョロいかわいこちゃんだったくせに、足利義昭の愛人になって(なってません)、おまけになんかむずかしーこと言っててムカつく!」
こういうネットニュースなり考察なり感想なりをさんざん読みました。
駒は東庵という師匠から習った医療技術を活かし、人々を救うことに目標を見出している女性です。
それなのに「男にひっついた女以外ありえねー!」という偏見の持ち主からは嫌われていました。そういう古い意識をもって叩いていると伝わってきました。
案の定、そう言っている人の語る記事やSNS投稿を見ていると、胸焼けするほどミソジニーと偏見が多い。ヒロインが男性依存よりも自己実現に奔る朝ドラを何かの仇のように憎みがちな傾向も見て取れました。
やっている側は、自己が持つミソジニーと偏見に対してむしろ無意識かもしれない。そんな方には『アンチマン』(作・岡田索雲氏→link)という漫画をおすすめします。
今年の脚本家が描くヒロイン像は、そんな自己実現ができる駒が大嫌いな層にコミットしたんですかね。
女神のように降臨するにせよ、出てきたら死ぬにせよ、男にひっついてしか生きられない像というところは一致しています。
今年の大河はともかく低い方に流れる。
滝を登り、竜になろうとする鯉を嘲笑い、いいものを作ろうとする誠実さに欠け、大河と歴史をダシにして、怠慢さや狡猾さばかりが前に出ていて、大義がない。
天が見ているという謙虚な姿勢は感じられず、何もかもが歪んでいます。
そんな歪んだ席に座ることはごめん被りますので、私は今週も甘い言葉とは無縁です。あしからず。
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文:武者震之助(note)
【参考】
どうする家康/公式サイト












