こちらは3ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
【日本史ブギウギ174話】
をクリックお願いします。
刀狩り
◆九州制圧を果たした秀吉は天正十六年(1588年)、九州エリアで【刀狩り】を実施しました。
-

刀狩り|実際どこまで狩ったのか 秀吉の狙いは「兵農分離」だった?
続きを見る
このときはまだ全国規模ではなく、兵農分離の促進が目的だったのでは?とされています。
当時は農民も武器を持つのが当たり前の物騒な時代でした。
太閤検地
◆秀吉による検地は「はい、このときから始めましょう!」というのではなく、実際は新たに土地を支配する毎に行われていったとされます。
まぁ、そっちの方が理に適っていますよね。
しかも土地の面積に比例するのではなく、実際の石高(取れ高)や商業分野の収入も加味。村単位で計算されていました。
こういう数字に強いところが大軍の運営を可能にしたのでしょう。石田三成が重んじられた理由が見えてきます。
-

日本史随一の嫌われ者・石田三成を再評価|豊臣政権を支えた忠臣41年の生涯
続きを見る
あわせて読みたい関連記事
-

島津義弘の生涯|関ヶ原の敵陣を突破した鬼島津が薩摩藩の礎を築く
続きを見る
-

秀吉を支えた偉大過ぎるNO.2豊臣秀長|兄の天下統一を補佐した弟の功績とは?
続きを見る
-

藤堂高虎の生涯|七度主君を替えながら秀長や家康に信頼された“転職王”
続きを見る
-

島津義久の生涯|薩摩から九州制覇を目前にして秀吉に敗れた戦国大名
続きを見る
-

有馬晴信の生涯|詐欺師に騙された肥前のキリシタン大名 最期は切腹だった?
続きを見る
-

戦国時代&大航海時代は「奴隷時代」罪なき日本人はいったい何処へ売られたのか
続きを見る
-

秀吉が主催した北野大茶会|天下一の茶会はなぜわずか一日で終わったのか
続きを見る
-

豊臣秀吉62年の生涯をスッキリ解説・年表付き!派手な伝説はドコまで史実?
続きを見る
-

戦国末期の肥後国人一揆|成政が切腹に追い込まれたのは秀吉の策略か
続きを見る
-

佐々成政の生涯|信長の側近から大名へ 最期は秀吉に敗れた反骨の戦国武将
続きを見る
-

立花宗茂の生涯|西の戦国最強武将は関ヶ原で浪人となるも諸大名の嘆願で復活
続きを見る
-

刀狩り|実際どこまで狩ったのか 秀吉の狙いは「兵農分離」だった?
続きを見る
-

日本史随一の嫌われ者・石田三成を再評価|豊臣政権を支えた忠臣41年の生涯
続きを見る
バックナンバーを全部読みたい!という方はこちらへ→日本史ブギウギ
戦国武将の物語が読みたい!という方はこちらへ→戦国ブギウギ
著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!
















