まんが日本史ブギウギ

浅井攻略で大活躍のサル秀吉は美女と三姉妹に嫌われて|日本史ブギウギ159話

2020/05/17

浅井家に裏切られ、一時は絶体絶命のピンチに陥れられた織田信長。

敵の本拠地・小谷城を攻撃するため周囲の支城攻略から進めていました。

まず元亀元年(1570年)に落としたのが、岐阜から近江への玄関口にあった長比砦と苅安砦。

黄の拠点が岐阜城

赤の拠点が右から長比砦・刈安砦・小谷城

砦に入っていた堀秀村と樋口直房という主従を豊臣秀吉が口説き落としておりました。

長比砦と苅安砦を調略したら浅井本拠地を攻撃だ|信長公記第71話

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それから約3年後の天正元年(1573年)7月、ついに信長は浅井の本拠地を目指します。

ポイントは、小谷城のすぐそばにあった山本山城という支城……ということでマンガ「日本史ブギウギ」第159話スタート!

 


攻略法

◆秀吉の調略&プレッシャーに負けて、阿閉貞征が織田家の軍門に降ると、すかさず信長は大軍を率いて小谷城を囲みました。

浅井朝倉の本格攻略に取り掛かる|信長公記第96話

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そしてこの後、援軍にやってきた朝倉軍を追い払い、一気に朝倉義景を滅ぼしてしまいます。

朝倉義景の肖像画
朝倉義景の生涯|信長を二度も包囲しながら逆に追い詰められた越前の戦国大名

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そして再び小谷城を囲んで……。

 


総攻撃

◆まぁ、長政さんも仕方なかった……。

浅井長政の肖像画
浅井長政の生涯|信長を裏切り滅ぼされるまで葛藤し続けた近江の戦国大名

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浅井家は強力な戦国大名というより国衆の取りまとめ的な一面もあったので、強権を発動できなかったんですね。

なぜ裏切ったか?という浅井家の事情については以下の記事で考察させていただいてます。

織田信長(左)と浅井長政の肖像画
信長が浅井長政に裏切られた理由がスッキリわかる|近江の複雑な国家運営に注目

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なお、小谷城の攻略そのものについては以下の記事に記されてます。

織田信長(左)と浅井長政の肖像画
小谷城の戦い(信長vs長政)で浅井滅亡|難攻不落の山城がなぜ陥落したか

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イチの退城

◆織田家と浅井家の同盟を結ぶため長政のもとに嫁いでいたのが、信長の妹・お市の方。

お市の方の肖像画
なぜお市の方は逃げずに死を選んだのか?浅井長政に嫁ぎ勝家と共に自害した信長の妹

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絶世の美女として知られ【金ヶ崎の退き口】後も浅井家にとどまり、娘を産んでいます。

金ヶ崎の退き口アイキャッチ
金ヶ崎の退き口|浅井長政に裏切られ絶体絶命の窮地に陥った信長や秀吉の撤退戦

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いわゆる浅井三姉妹ですね。

それぞれの生年を見ておきますと……。

【浅井三姉妹の生年】

①茶々:永禄12年(1569年)
→豊臣秀吉の側室

②初:元亀元年(1570年)
→京極高次の妻

③江:天正元年(1573年)
→徳川秀忠の妻

裏切ったその年に次女・初が生まれ、その後、さらに三女・江が生誕しておりますね。

戦国時代は嫁ぎ先よりも実家を重んじる傾向があり、それと反対の行動をした「お市の方」は長政に心底惚れていたのでは……と考えられたりします。

それだけに浅井攻略で大活躍した豊臣秀吉を嫌っていたのでは?なんて見方もされたりしますね。

 


特殊加工依頼

◆正月に「浅井と朝倉の頭蓋骨」を見ながら酒を飲んだ……って冗談みたいな話ですが、『信長公記』に記されているんですね。詳細は以下の記事へ。

正月の酒宴「浅井と朝倉の首」を肴に酒を飲む|信長公記104話

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そして、ここから少し時間を遡りまして、第二次信長包囲網の動きに注目です。

浅井滅亡の2年前、元亀2年(1571年)へレッツゴー!

 

白井河原の戦い

◆あまり注目されない戦いですが、これにより荒木村重が台頭!

荒木村重
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戦乱をおさめるために出向いたのが佐久間信盛でしたが……。

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信長さんの心証

◆最終的には明智光秀の派兵により落ち着きを取り戻します。

明智光秀の肖像画
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摂津は諸勢力入り混じる戦乱の地であり、さらには石山本願寺もいて、織田家にとっては畿内で最大の難所とも言えました。

その石山本願寺攻略を任された佐久間信盛の行く末は追放ですし……光秀が「割食う」と指摘するのもムリありません。

閑話休題。次は武田信玄さんの登場です!

 

第二次包囲網

◆信長に担がれて上洛し、第15代将軍就任も果たした足利義昭ですが、それは本人の望んでいた将軍像ではありませんでした。

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信長にアレコレ指示され、将軍としての権威もあったものではない。

その怒りはやがて原動力となり、打倒信長の手を進め……。

 

信玄の決意

◆信長は、都合3度の「包囲網」を敷かれたとされます。

いずれもかなりのピンチでしたが、当人が最も恐怖を感じたのが【第二次信長包囲網】だったかもしれません。

そうです。この武田信玄が動いたからです。

武田信玄の肖像画
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にしても、当時、こんな状態だった可能性は否めないわけで……。


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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休

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アニィたかはし

漫画家。現在は武将ジャパンにて、まんが『大河ブギウギ べらぼう編』シリーズを連載中。 2014年より歴史漫画家として活動を開始し、2015年には連載作品をまとめた商業コミック『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社)を全国発売。 以降、独自のポップ表現と歴史知識を融合させた「ブギウギシリーズ」を継続し、戦国・江戸・幕末など幅広い時代を題材とした作品を制作している。 2024年からは大河ドラマの各回を題材にした“ドラマ考証型マンガ”へと表現領域を拡大し、作品の幅をさらに広げている。 ◆主な著書 『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社、2015年、ISBN:978-4865370324) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001200494

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