こんばんは徳川家康です――おなじみの説明で始まる第9話。
安政5年(1858年)、当時は【尊王攘夷】が流行していました。
【尊王攘夷】とは、中国の朱子学を日本的に置き換えたスローガンとのこと。
孝明天皇も好き。それが水戸に接近した。幕府はこのままでは潰されると徹底処したそうです。その手は慶喜一派にも迫っていました。
平岡円四郎の妻・やすは「あんた!」と橋本左内の危機を知らせます。
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なんとその直後に捕まりました。幕臣たちも処分を受け、慶喜まで謹慎に。
しかも斉昭は永蟄居!
こんなに国を思う徳川斉昭に対して酷い処罰というところでしょうか。ご老公の苦難に水戸藩士も怒ります。
さて、祝言を終えた栄一と千代は?
幕府への不満を千代に説明する栄一
栄一と千代の二人が結ばれ、時代も動く。
尾高長七郎は江戸でのコレラ流行について語っています。
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長七郎の妹でもある千代は、ご近所さんが説明する諸事情を聞くのでした。
一方、父・渋沢市郎右衛門と意見があわない栄一は「承服できない」と嘆いています。
夫婦の寝室で、千代はそんな栄一に寄り添う。幼い頃のことを思い出して寄り添う。理想の妻でしょうか。
栄一は何もかも大声で千代に説明します。
このドラマは思ったことを全部セリフで説明する傾向が非常に強い。
伏線を漢詩でそっと示す『麒麟がくる』のような難しい大河はニーズがないとの判断でしょうか。
幕府への不満を一気にまくしたてる栄一ですが、千代は理解できているんですかね。
蟄居中の慶喜と井伊を心配する家茂
江戸では徳川慶喜が蟄居中。
正妻の美賀君は怒り、平岡円四郎を責めたてます。
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橋本左内の死を無念の思いで聞く慶喜。
円四郎はいつか戻ってくると告げ、慶喜の息災を願いつつ江戸を離れるのです。
和宮の結婚。
高まる尊王攘夷。
教科書で習ったことが単語カードのように次々と映像化されていきます。
世間は反井伊直弼の動きがあるようで、心優しい徳川家茂は「危険だ」と助言します。
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しかし直弼は、覚悟を決めている様子。ちょっとフラグが強すぎるような嫌な予感が漂う。
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桜田門にて
そして迎えた、水戸も江戸も雪の日。
徳川斉昭が縁側で戯れているとき、江戸では井伊直弼の駕籠が襲われました。
イケメンがピストルを構えます。
桜田門外の変ですね。
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赤い梅を背景に遊ぶ斉昭と、血の対比。
井伊が殺され、その悲報を聞いた斉昭も妻とともに驚いています。
これで水戸は仇持ちになってしまった――。
事件を聞いた栄一は驚き、喜作が満面の笑みで喜んでいる。
そして徳川斉昭は吐血するのでした。
案ずるのはこのわしではなく水戸。最期まで凛々しい斉昭公でした。
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そして喜作は江戸に入りました。
栄一は不満です。血が沸き立つって、爽やかですね。そして江戸に行かせて欲しいと頼むのでした。
総評
視聴率が好調なこともあってか。一部では名作とされているような本作。
私個人としては現場の疲弊が心配でなりません。
歴史の研究は日々進んでおり、最近は次のようなことが提唱されております。
明治時代の教育の普及には、江戸時代までにその土台が出来上がっていた。
そもそも栄一のような青年たちが闊達に議論ができたのは、江戸時代に教育の土台ができていたからでもある。
江戸時代の時点で近代的な思想の萌芽は見られていた。
西洋技術だって、蘭学(オランダ)の時点ですでに受け入れる下地ができていた。
明治時代になってからも儒教は廃れてなどいない。明治維新の土台にも儒教はある。
幕府にだって西洋と対等に外交で渡り合える優秀な官僚がいた。
明治維新はいくつもの偶然と幸運が重なって成功したものだ。
残念ながら、そういうことが本作からはまるで読み取れません。
以下、ツッコミをまとめますので、気になる方だけ先へお進みください。
メイクと衣装は大丈夫?
千代の服装が、農作業をするにしては綺麗すぎて違和感があります。
長七郎のザンバラヘアーも、まるで幕末もの乙女ゲーのよう。こういうどうしようもない髪型は『天地人』で懲りたと思っておりましたが、逆戻りしたかのようです。
適材適所を考えたメイクや衣装、結髪がなく、歴史作品としては不安が募ります。
あまりにも美男子である吉沢亮さんですが、月代は似合いません。
だからこそメインビジュアルも総髪なのでしょう。
ちなみに若手で総髪が似合うのは、染谷将太さん、中川大志さん、成田凌さんあたりかと私は思います。
多少時代考証が甘くなっても、総髪が似合うのであればそれでよいとは思います。
『麒麟がくる』の長谷川博己さん、本木雅弘さん、風間俊介さん、吉田鋼太郎さんあたりが好例でしょう。
本作では、そういう適性にあわせ、俳優を最も魅力的に見せる工夫が感じられません。
吉沢さんは言うまでのなく美形ですが、それを際立たせたいあまりなメイクをやりすぎている。
それ以前に手抜きもひどい。
謹慎中の慶喜の月代の伸び方がおかしい。髭が伸びているのに剃ったばかりのようだとか、あるいは一気にフサフサになっている。
この綺麗に見せる気持ちがないことは、役者以外にも適用されています。
例えば桜田門外の変でも、血糊に違和感があった。なんだか適当に赤いインクをばら撒いたようで、本物の血が飛び散るような緊迫感はありませんでした。
歩きながら無茶苦茶な発声で話す
このドラマで気になって仕方ないのは、将軍だろうが京から来た姫だろうが、やたらと立ちっぱなし、場合によっては歩きながら話すことです。
なんでそんなに立ちっぱなしですか?
もうひとつ、発声がおかしい。
ベテランの竹中直人さんですらわざとらしく、しかもくぐもっているのはどういうことでしょうか?
特にひどいのが京都ことばでしょうか。
美賀君、和宮、孝明天皇、岩倉具視……全員ひどい。聞き取りにくいか、わざとらしいか。
比較してはいけないと思いつつ、『麒麟がくる』の帝(正親町天皇)を思い出して憂鬱な気分になりました。
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そして説明セリフ……思ったことをそのまま大声でペラペラ喋るって何でしょう。
井伊直弼が「これで水戸の一件も片付いた」みたいなことを言い出した時はどうしようかと思いました。
普通、そんなことを口に出して独り言をつぶやきます?
要は視聴者を信用していない(バカにしている)のでしょう。悲しくなってきます。
橋本左内の存在意義は?
本作は役者の使い捨てぶりも見てられないものがあります。
いったい橋本左内は何だったのか?
越前の若き才人が、まさか『西郷どん』以下の扱いになるとは思いもよりませんでした。
最初に出てきたときは松平春嶽と風呂に入って、それを喜ぶツイートがあり、雑なネットニュースになった。
『あまちゃん』ファンが盛り上がった。それだけではありませんか?
2019年大河、2020年上半期朝ドラ、そしてこのドラマ。
作り手が広報雑誌やネットで「『あまちゃん』再び!」とアピールするときはむしろ身構えてしまう。
いつまであまロスを引きずるんでしょう。バースの再来を願うデイリースポーツじゃあるまいし。
キャストとしては『まんぷく』組が多いようです。
不思議なことがあります。
なぜ、今年の大河は朝ドラ2018年下半期『まんぷく』とキャストが被るのか?
『まんぷく』で深川麻衣さんが演じていた役のことは思い出せずに申し訳ありませんが……。あのドラマで主演だった安藤サクラさんの『流行感冒』、非常に見応えありました。
VFXはどうしたのか?
円四郎とその妻は、わざとらしく説明セリフを言いながら江戸を去っておりました。
このシーンで江戸の街並みが出てきます。
VFXがPS2くらいの出来で辛い……。まぁ初代プレステを超えていたら問題ないですかね。
◆初代プレステ?JTB「バーチャル観光」に総ツッコミ なぜこうなったのか、担当者に聞いた(→link)
演出が今週も変、そして尊王攘夷でウェーイ
本作はBGMがうるさい。
曲そのものが悪いというよりも、使い方がノイズにしかなっていません。これじゃ作曲した方が気の毒。
演出がお粗末すぎるためでしょう。
【尊王攘夷】に走る若者たちが、バイト先でアイスケースに入って炎上していたバカッターのようです。まぁ、こちらのイキリは殺人を伴うのでレベルは違いますが。
江戸では、ええ若者がヘイトスピーチ&ヘイトクライム宣言する場面をさわやかにされてもどうすればいいのか。幕末の青春ですね。
そして今週も殺陣がお粗末でした。
「てんちゅうぅぅう〜!」
こんなしょぼくれた天誅発音は初体験だからかえって斬新。
桜田門外の変も古かった。今なら『花燃ゆ』をもっと優しい気持ちで見られる気がします。
何度繰り返しても『八重の桜』に遠く及ばない幕末事件の数々。今年、あと何回こう書くことになるのか。
「ご老公……水戸を」
自分のたちのことしか考えず、間違った愛国心アピールをして死んでいく水戸藩士も、ご自身に陶酔されているようで不気味でした。
しかも、そういうテロを喜んで聞く主人公一行。人間のクズっぷりが生々しくて洒落になってません。
過去に対して無反省ではありませんか。
中国は文化大革命を反省している。SFベストセラー『三体』もその価値観が根底にある。
でも日本は「尊王攘夷ブーム!」ですからね。なぜこんなことになってしまうのか。いろいろと手遅れのような気がして絶望感ばかりが湧き上がってしまう。
わざとらしい斉昭の吐血と「ありがとう」コールでさらにドン底。どういうセンスのドラマなのでしょう。
少女漫画の世界を求めて
このドラマは少女漫画を求めているらしい。まあ、こういうニュースが出ますからね。
◆【青天を衝け】あれ?いつの間に!?喜作とよしのスピード婚にネット騒然「切り替え早い」「展開はええよ」(→link)
公式サイトには、千代役・橋本愛さんのインタビューが掲載されました。
抜粋引用します。
「取り合いなんて、少女漫画のヒロインみたい」とむず痒(がゆ)い気持ちになりました(笑)。
私は取り合いされるヒロインのような役は初めてですが、このあとも少女漫画のような世の女子たちが悶絶(もんぜつ)するであろうシーンが出てきます。
そのシーンの千代もすごくかわいくて、自分で演じながら心の中で悶絶しちゃいました。
楽しみにしていてほしいです。
そういう古臭い少女漫画アピールよりも、演技をちゃんとしていただきたい。
「お前が欲しい!」と言われたあと、千代が棒立ちに見えて驚きました。
恥ずかしがるとか、驚くことすらない。ぬぼーっと立っているように見える。
もちろん彼女のせいではなく、そもそもの脚本、演出に始まり、演技指導の責任もあるとは思いますが、それにしたってあんまりです。
日曜20時から始まるNHKのドラマを、私は「大河ドラマ」だとして見ています。
少女漫画は求めていません。
なんなんでしょう? 渋めの抹茶を味わいたいと思ったら、タピオカミルクティーを無理矢理飲まされるような不快感って感じでしょうか。
“感じのいいコンビニ店員”へのニーズ
ある方が本作の感想としてこんな風に言っていました。
「栄一となんだっけ? 親戚のやつ。千代ちゃんを取り合っていた男。あれの見分けつかないんだよ」
芸能情報に疎いんですね、ハハッ……と笑い飛ばすことはできないでしょう。
私も同様なことを感じます。あの二人の顔の作りは、そこまで似ていない。それなのにそう感じさせるとすれば?
渋沢栄一の物語に、慣れ親しんでいないのが大きいのでしょう。
明智光秀と織田信長なら、視聴者も最初からそういう心持ちがあるので、明らかに違うとわかる。近藤勇と土方歳三だってそうでしょう。
しかし、喜作がどんな功績があって、どんな人物なのか? どんな性格なのか?
ほとんどの視聴者にはそんな土台知識はないでしょう。
要するに、キャラクターの描き分けができていないんだと思うのです。
キャラがたってないとでも言いましょうか。どの若者も、バイト探しアプリの広告に出てくる「コンビニ店員としていたら感じが良さそうな若者像」でしかない。
『麒麟がくる』の光秀はさておき、信長がコンビニ店員だったらいろいろ面倒だと思います。
染谷将太さんが演じる『なつぞら』の神地は、昭和の問題社員でした。まるで信長がアニメスタッフになった結果、会社相手に反乱を起こすようなプロットでぶっ飛んでいたものです。
そういう不安感を与える若者像を画面から排除し、さわやか路線にした結果、誰も彼も見分けがつかないドツボに陥った。
今後も次々にイケメンが追加されるのでしょうが、きっと量産型になってしまうのでしょう。
まぁ、これはヒロインも同じですね。
きれいな絵のついたガチャが売り――そんなアプリじみた安っぽさが持ち味になっています。
「世代循環問題」は大河にもある
このドラマは何かがおかしい。それはなぜなのか?
この記事を読んでいてピンと来ました。
◆「シニア世代」が「若者世代」を搾取する…研究業界に見る日本社会の危機(→link)
一言でいえばアップデートに取り残された人物たちの老害であり、本記事では「世代循環」という言葉で表現されています。
もちろん歳を重ねても頭脳明晰な方はいますし、一方で若くして凝り固まった方もいます。
そういった例外を排除して、全体的に蔓延している動き、雰囲気とでも言いましょうか。
要はこういうことです。
森氏(元首相の森喜朗)や吉田氏(DHCの吉田会長)の発言そのものも驚くべきものであるが、私が最も危機感を覚えるのは、このような「暴走」に自分自身で気づくことすらできないレベルで時代遅れの価値観にとらわれた人たちが、政治にしても企業にしてもリーダーという立場に居座り続けているという「世代循環」の問題だ。
2020年は脚本家の年代だけを見て「また無難な年寄り向けに戻るのかw」とすら言われていたことを私は記憶しております。
2021年『青天を衝け』をはじめ2015年『花燃ゆ』、2018年『西郷どん』、2019年『いだてん』の場合、むしろ視聴者層のターゲット年齢を下げているように思えるので、そこがわかりにくい。
今年の大河は、2020年脚本家世代の下、子の世代向けに若返りをしている。
何度か指摘しましたが、40代女性が分厚いターゲット層です。それはレビューからも観測できます。
◆ バイプレイヤーの泉(68) 『青天を衝け』草なぎ剛、流麗な演技はまるで“舞い”(→link)
多くを語らず、先見の目を光らせて時流を読む。その姿勢、まるで徳川慶喜そのものだ。この役がひどく似合うのも、そのせいなのだろうか。
熱く語られておりますが、私が幕末関連書籍をあたったところの慶喜像からはむしろ遠い。
この点『八重の桜』の小泉孝太郎さんが最善ですが。その謎は解けました。
戦国時代において、慶喜はめちゃくちゃキレ者だったと聞く。
戦国時代の慶喜だったら似ているかもしれませんね……いやいやいや、そういう嫌味が言いたいわけじゃない。
要するに、歴史知識曖昧でSMAPが好きな層なら、コロッと騙せるということでしょう。
この方はSMAPの森さん推しだったとか。つまり、本作のターゲットである40代女性と推察できます。
次にいきましょう。
◆ さすが「日本資本主義の父」、年度末にきっちり告白 NHK大河ドラマ『青天を衝け』(→link)
告白ですか……。
恋愛や結婚前の告白とは、世界共通ではなくむしろ日本の学園もの特有だという話は小耳に挟んでおります。
確かに海外ミステリにはない。日本文化に近い韓国だとあるようですが。
それに幕末の渋沢栄一が告白をするというのも、妙な話ではありませんか。
要するに「告白だ! ひゅ~ひゅ~w」と盛り上がる層って、昭和や平成前半期に青春を送った世代ということです。
◆ 橋本愛が「青天を衝け」ヒロインで見せる色気に男性陣がメロメロに(→link)
↑こちらの記事がその典型と申しましょうか。
非常にテンション高く語られております。
ただ、これはちょっと意外でもある。彼女は同世代より、もっと上の世代に人気がある印象だったからだ。
ちなみにこの筆者は『麒麟がくる』の駒がお気に召さなかったようです。
まぁ、そうかもしれません。ただでさえキャリア女性を鬱陶しく感じる世代ですから、医薬について高等知識と技能を持ち、良妻賢母にならない駒みたいなタイプは見たくないのだと思います。
要するに『鬼滅の刃』に夢中な本物の若者世代を今年は切り捨て、告白やお色気にメロメロする層を狙っている。
今後も突然のセクシーシーンが出てくるかもしれませんね。
キャラクターで歴史を見る幼稚さと危険性
こういう特定の年代をターゲットにしていることは、キャストのみならず、歴史の描き方でもわかります。
◆【大河ドラマコラム】「青天を衝け」第八回「栄一の祝言」栄一や慶喜の姿に見る「思いやりと優しさ」(→link)
◆病弱な将軍に強引な大老 横暴2トップの人間性を描く優しさ NHK大河「青天を衝け」の根底にあるもの(→link)
◆ 『青天を衝け』“慶喜”草なぎ剛の変化 一橋派処分で見せた“修羅の顔” (1)(→link)
三本の記事を挙げさせていただきましたが、代表として一番下の慶喜記事から気になる部分を抜粋させていただきましょう。
ところが、状況は慶喜にとって悪いほうに転がっていく。
家定は死の間際、一橋派を処分しろと直弼に託す。
斉昭は謹慎、慶喜は登城禁止と聞いたときの慶喜の顔はこれまでになく感情的だった。草なぎ剛が好演するジャンルのひとつ、ヤクザものの映画やドラマで見せるぎりぎりとした修羅の顔がちらりと見えた。
そこには「ホッと」も「さみしい」も超越したもっと激しい感情が浮かんでいた。
歴史人物を「こういうキャラクターだから」として捉え、「だから事件が起こる」という描写は危険ではないでしょうか。
慶喜は何を考えているのか理解できず、それこそ渋沢栄一すらわからない、そんなスフィンクス系の人物であったという証言が出てきます。
むしろ修羅の顔だとわかるとすれば、ちょっとキャラ解釈の違いを感じます。
『麒麟がくる』の帝が典型でしたが、権力者って感情が出るのは好ましくないとされます。去年のブチギレる信長は、乱世らしいハズレ値として表現されていたのですが。
◆吉沢亮「青天を衝け」8話。草なぎ剛VS岸谷五朗のピリピリバトルに息を飲む(→link)
「慶喜を世継ぎにするのはイヤじゃ! 何としてもイヤじゃ!」
泣き出さんばかりの表情で訴える家定の言葉を受け、かわいく芋菓子を食っていた“茶家ポン”直弼の顔はグッと変わり、家定の願いを叶えるマシーンと化すのだ。
そしてこういう解釈ですね。
井伊直弼が悪党じゃない、安政の大獄で被害にあった薩長史観で赤鬼にされた。それはそう。
そこからの脱却は明治から挑まれてきた課題で、それこそ大河一作目『花の生涯』はまさにそこを捉えていた。
それが令和になって、
「実は弱々しいところもありました!」
とキャラクター性に落としこむのは、歴史観の退化そのもので危なっかしいと感じるのです。
こういう「闇落ち」で歴史的事件が起こるだなんて、冗談もほどほどにしていただきたい。
確かに『麒麟がくる』の本能寺の変は、光秀の心理状態が原因で黒幕説は全否定されていました。
あれはかなり丁寧に心理状態が描かれていたし、黒幕説のような陰謀論否定としてありだと思えます。
けれども本作はこんな根拠でしょう。
「井伊直弼って“ラスボス”みたいなイメージあったけど、当時の史料では意外と気が小さいところもあったとわかったよ! だから闇堕ちしちゃったんだね!」
ニコニコ大百科あたりの項目ならありでしょう。
しかし、大河ドラマでそんな幼稚な話でよいのでしょうか?
心理状態が動機になる描き方そのものは悪くない。それにしたって本作はあまりに幼稚すぎます。一体何がしたいのやら……?
ヒトラーがユダヤ人少女と微笑む写真がある。
そういうネットの拾い物画像を添え「ヒトラーが悪人かどうかわからない!」と提言するようなSNS投稿があります。
バズるし、いい気持ちになるし、拡散する側も新たな歴史を見出したとウキウキワクワクするでしょう。
でも、そんなことが通じる国って歴史観が古いのです。
そもそもヒトラー絡みのそういう写真はナチスのプロパガンダの産物です。
ドイツはそのあたりをきっちり落とし前をつけているからこそ『帰ってきたヒトラー』を世に出せるともいえる。
人間性が歴史をどこまで動かすかなんて、それこそ計測できません。
ましてや意外と弱いだの家族愛があるだの、そんな話は通じません。
警察だって身内が「うちの父は殺人犯じゃない!」と言ったところで、その証言を丸っと信じませんでしょうに。
そういうしょうもないことを受信料でやっているのが今の現状。しかもSNSやニュースが褒める。
毎週毎週、よくぞ斎藤道三のように毒茶を視聴者に勧められるものだと困惑します。
見る側の問題もあるのかもしれない。
本作の作り方って、漫画のコマやライトノベルの一部を画像で貼り付けて「ワイのスタンスはコレw」といきっているツイートみたいな、ライブ感がある。その場だけ盛り上がればよいと。
その親世代は馬耳東風と故事成語を使っていたような局面に、今は「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」のコマを貼り付けると。
ネットリテラシー
大河関連のSNSについては今『鎌倉殿の13人』考証担当だった研究者の発言により、大変な状態になっています。
SNSは必要なのでしょうか?
そもそも昔は存在していません。
必須のはずもない。
それなのに重視偏重する兆候が見えてきて、危うさを感じています。
契機となったのは、低視聴率をファンアートでカバーしようとした2012年『平清盛』でしょう。
公式アカウントの発信を止めるべきとまでは言いません。
しかし『青天を衝け』の場合、ネットリテラシーに照合して危うさを感じます。
◆ 吉沢亮主演「青天を衝け」、好調のウラにスタッフによる同時進行ツイート (→link)
番組公式Twitter以外でも、関係者であり研究者とわかるアカウントが解説をしています。
視聴者からすれば「やった、トリビアアカウントみつけてラッキー」となるかもしれませんし、ツイートを発信している側も悪意はないでしょう。
しかし、個人アカウントであっても問題発言があれば、どうしたって大河そのものに悪影響が及びます。
現実に問題が起きたわけですし、今後は慎重になってしかるべきではないでしょうか。
ちなみに朝ドラ『おちょやん』も公式SNSがあり、その一方で公式サイトでは考証担当者が実名と経歴をきっちりつけ、図版を使って時代背景を説明しています。
朝ドラは時代ものとして一段下という偏見もあるようですが、2021年前半期についていえば、大河よりはるかに上です。
大河ドラマとリテラシーをさらに考える
何やら大河周辺が騒がしい。
◆ツイッターは今や「2ちゃんねる」!気鋭の歴史学者も陥ったエコーチェンバーとは(→link)
とはいえ、三谷さんならば大丈夫。むしろ心配なのは別のこと。
◆ 【鎌倉殿の13人】三谷幸喜氏、4・15発表予定のキャストを似顔絵で暗示(→link)
情報リテラシーの低さを考えると、『麒麟がくる』の駒はよいキャラクターでした。
「架空の存在」とワンクッション置くだけで信じる人は減る。
その点『青天を衝け』は将来メディアリテラシーの教科書に悪い例として掲載されそうなくらい危険です。
全般的に考証が荒く、誇張や演出も当然もある。その中に史実に基づくちょっとしたトリビアを入れる。
そういうひとさじの史実を、公式アカウントも含めたSNSで拡散。
嘘にはちょっとだけ真実を混ぜるといい――という詐欺でも使われる常套手段ですね。
もちろん大河ドラマですから「誰かを騙してやろう」なんて意図はないにしても、「これは史実だよ」なんて調子で変わったエピソードを時折盛り込むものですから、結果として全体を信用させる雰囲気が醸成されています。
一体何がしたいのか。
かなり前のことです。友人がある大河ドラマを絶賛していて、わざわざ借りて見たことがあります。
ドラマとしては面白い。けれども、嘘くさいと思える描写があまりに多い。
特に主人公周辺と、悪意あるライバルとして出てくる大名周辺がおかしい。悪役とされる側の言動の方が合理的で筋道が通っている。
これは一体どうしたことか?
と気になって調べたら、作り話としか思えない話をベースにしたものでした。江戸期以降、主人公周辺は逸話を創作され、かなり持ち上げられていたのです。
反面、主人公のライバルは改易されたこともあり、悪役イメージが定着していた。
そういう誤りの多い大河が名作扱いで、それを史実ベースで反論すると「フィクションなのに熱くなんなよwww」と嘲笑され、あからさまな嘘が史実として罷り通ってしまう。
こりゃどういうことだ?
そのことに私は悩まされたりもしましたが、ここ数年の大河ファンの動きを見ていると腑に落ちることも増えてきました。
ちなみにその名作大河とは『独眼竜政宗』です。
持ち上げられている主人公は伊達政宗、必要以上に貶められたライバルとは最上義光のこと。
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歴史が好きだからといって、情報リテラシーに優れているわけではない。
そして『独眼竜政宗』時代と違い、今はインターネットがあります。そこを考えてみたい。
人間は問題の認識において、こういう層がある。
信じない
いったんは信じるが、調べて検証し嘘だと判断する
いったんは信じるが、調べて検証するも、判断できない
信じる
自分がどの層になるか。
これはもう自身で考え、決めていくしかありません。
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【参考】
青天を衝け/公式サイト












