薄暗い室内に読経の声が響いている。
中央に白い布団が敷かれ、その周囲では、すすり泣く北条政子、難しい顔の北条時政……。
布団をめくると、横たわっているのは源頼朝。
「うわぁああああああああ……! 夢か……」
己の死を象徴する夢に、頼朝は悩まされています。
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死の夢ばかり見ている頼朝
朝廷に食い込もうとする頼朝の野望は大姫の死により頓挫した。全てを思いのままにしてきた彼は今、不安の中にいる――。
建久9年(1199年)12月27日、頼朝に死が迫っています。
頼朝が頼ったのは弟の阿野全成。
今日も昨日もおとといも、毎日同じ悪夢を見ていると告げ、吉凶を尋ねると、全成も気にしすぎはよろしくないと前置きしながらコツを語ります。
当時の宗教観なども交えながら、少し考察してみましょう。
・そもそも「夢占い」ってどうなん?
夢占いは迷信である――。
実は中国でも魏晋時代、日本なら邪馬台国の頃から、すでに夢占いは廃れていました。それを頼朝に告げないのはよろしくありませんね。
・陰陽五行では相性のいい色と悪い色がある
それはそうですので、頼朝が司どる色も考えてみるべきでしょう。悪い色だけではアンバランスです。
・不吉な色は平家の赤
中国はじめ、東洋では赤はラッキーカラー。平家だからダメって、そういうもの?
・久方ぶりのものが訪ねてくるのはよくない
朋あり遠方より来たるまた楽しからずや。『論語』「学而」
大江広元がこの場にいたら論語を引用しつつ、否定しそうな気もします。
・昔を振り返る人に先を託す
これはよいとは思います。
・仏事神事を欠かさぬこと
仏教と神道が並行する。日本らしい実によい心がけだとは思います。ただ……当たり前のことでは?
・赤子を抱くと命を吸い取られる
大姫も同じことを言っていたけれども、嘘くさい。
とまぁ、全成のアドバイスは全体的に説得力が感じられません。しかし、
「他には! 他には!」
と頼朝が矢継ぎ早に鬼気迫る顔を向けてくるので、全成もたまらない。
ここでも大江広元あたりなら、なんとか言い抜けを考えそうですが、そうはなりません。お得意の祈祷をしないあたりが全成の気の小ささかもしれない。それでダメだったらどうしようもありません。
個性が埋没しがちな全成。
頼朝が重視していた陰陽道。
その要素を踏まえて、こんな興味深い描写にするのだから技巧が光りますねー。
しょうもないお笑いの場面のようで、当時の価値観や宗教観がわかる、かなり難しい場面。
阿野全成のキャラクターを引き出している新納慎也さんの、読経の声や筮竹の持ち方がいつも自然で、こういう場面に説得力を持たせるため、かなりの努力を要したのではないでしょうか。素晴らしいと思います。
ただ、全成の忠言もデタラメでした。妻の実衣(阿波局)にツッコまれて白状。赤い服はまずいと全成は妻に言いますが……。
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誰も信じられない
北条一門が相模川で供養することになり、一同が邸へ集まっています。
中には金剛から元服した頼時(のちの北条泰時)の姿も。比奈のことを「義母上」と呼ぶと、彼女は「姫でよいですよ、姫で」と苦笑しています。
「おかしいでしょう」と笑い合う義時の妻子。
それにしても、頼家も、頼時も、元服して烏帽子を被り、前髪をなくすと見た目がグッと締まりましすね。日本を代表する時代劇美男は、やはりこうでなくては。
一方で、頼朝は人間不信の極みにおりました。
「近頃は誰も信じられん。比企のこともある……」
頼朝は気づいてしまった。源範頼を焚きつけたのは比企だと。もう誰も信じられんと安達盛長に嘆いています。
久しぶりに会う者は不吉……それを思い出し、追い返そうとする頼朝。あの二人がそう簡単に引っ込むでしょうか。
さて、頼朝から信じられていない比企能員は、今日も自身の権力強化に余念がありません。
頼家の息子・一幡が生まれたからには次の鎌倉殿のことを考えた方がよいのでは?と外戚の地位を確実にするため、周囲の説得に取り掛かっています。
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大江広元は源氏の血筋で継がせていくと確認。となると次は若君(頼家)であり、その次は一幡であると、すかさず能員が強調します。
堯舜のように政治は徳が高い人がやるべきであり、吟味を重ねた方がいいと言うのは三善康信でした。
堯舜とは古代中国の聖なる君主です。一人ではなく、堯と舜の二人。後に北条泰時が「堯舜のようだ」と評されることとなります。
能員は、そんな康信の発言にムッとして、一幡様は徳が低いのか?と言い出します。慌てて鎌倉殿はまだまだお元気だから、時をかけて考えるべきだと言い直す康信。
それでも能員は、お元気なうちに決めておいた方がよいと言う。
国家の基礎が危ういとわかる会話です。
確かに、人はいくら元気でも、いつ何が起きるかわからない。後継者は順位付きで決めておくと後難を防げます。
例えばイギリス王室では王位継承順位が数百人単位で決められています。あの王室が盤石とされるのは、それだけ後継者が多いからなんですね。
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一方で、鎌倉幕府の源氏将軍は、あまりに先が見えません。
孫の代まで大勢いるようでなければ危うい。来年の徳川大河になれば、武家でも安定感が出てきますね。
三善康信の発言に対しては、他ならぬ頼朝も絡んできて、「わしに早くあの世に行けと申すか!」と怒っております。
すると一転、態度を変えるのが権力コバンザメの比企能員。
三善康信を裏切るようにして、今決めることではない、吟味を重ねると言い出すのでした。
比企の台頭に焦るりく
りく(牧の方)がイライラしています。
夫の時政に「御所に行かないのか?」と問い詰めると、「呼ばれていない」とか。
なぜ呼ばれていないのかとりくが聞くと、時政は双六をしながらこうきた。
「役に立たねえからじゃねえか」
りくはその双六をひっくり返す。
彼女は比企の台頭に焦りを感じているのでした。
一幡の母は比企能員の娘であるせつ! このままでは乗っ取られる!
そんな危惧感を募らせています。
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能員が「次の鎌倉殿を決めたい」と野心をギラつかせていたのもそのせいですし、気持ちはわかります。
それでも時政にとって、頼朝は北条の婿だし、あの方が急死しない限りは安泰だとのんびり。
「それでよいのですか!」
イライラを募らせるりくに対し、鎌倉では義時の異母弟である北条時連(北条時房)が、これまたノホホンと伊豆から届いた鬼灯(ほおずき)を抱えています。
頼朝の部屋が暗いからそこに飾って――姉の政子からそう指示される時連ですが、おっとっと、「赤が不吉」だという情報は共有なされていないのでしょうか。
そして頼朝は結局、千葉常胤と土肥実平と出会ってしまいます。
なんでもこの二人、訴訟で有利な結果が出たことに喜び、お礼を言いにきたのだとか。
愛嬌たっぷりの御家人おじさんたち。
ポイントは、訴訟で土地の分配や権利を決めている点でしょう。
中世は暴力的な時代であり、何かあると殺し合いで決着というようなこともありました。【曽我事件】の発端である曽我兄弟の父の死も、その一例ですね。
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しかし、それではいけない、話し合いで決めるべきだ――として幕府が裁定を下すようになりました。
といっても、時代はまだまだ中世であり、トークスキルや印象によって決まってしまう傾向があったのです。
道理を聞いて吟味して、判定が下されるのは、北条泰時の統治まで待たねばなりません。
話が先走りましたが、武力ではなく統治能力が頼朝によって持ち込まれ、それが御家人を安堵させていたことにご注目ください。
この先何があっても、新たな天下という土に鍬を入れ、種を蒔いたのは、この頼朝なのです。
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