志々雄真実

るろうに剣心 裏幕―炎を統べる―/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

『るろうに剣心』志々雄真実|魅惑の悪役に漂う90年代ラスボス感

2025/08/08

『るろうに剣心』では、カッコいい悪役が複数登場します。

その中でも、屈指の人気キャラクターといえば、なんといっても志々雄真実(ししお まこと)でしょう。

極悪人。

弱肉強食。

元維新の志士でありながら、悪に堕ちた強敵。

なかなか興味深いこの人物を考察してみると不思議なことが見えてきました。

【TOP画像】コミック『るろうに剣心 裏幕―炎を統べる―』(→amazon

 


“人斬り”の悲哀と教育格差

『るろうに剣心』について突っ込んでいくと、割とすぐ不可解さにつきあたります。

それは「作者がどの勢力に肩入れしているのか」実はわかりにくいのです。

そもそも和月先生が司馬遼太郎ファンだからかもしれませんが、ともかく難解。

志々雄真実は京都出身で、長州藩の汚れ仕事を引き受けた――アッサリそう言い切るわけですが、彼について明らかなのは「思想的なバックボーンが少なそうなところ」であります。まぁ、これは剣心もそうなのですが……。

幕末の志士は西洋思想があると考えられがちです。

実はそう単純でもなく、ざっと以下のような階層がありました。

◆知識のある幕末武士とは?

Bランク:基礎

江戸時代の武士として、まずは儒教の朱子学を習っていることが前提。漢籍は当然読める。

Aランク:時代ならではの思想

それをベースに【尊王攘夷】へ。実は、維新志士とされる側も、佐幕派の新選組もそう。

Sランク:かなりすごい

ここから先、西洋の技術があればさらにヨシ!

SSランク:無茶苦茶すごい

デモクラシーまで知っていればすごい! 武士でも経済感覚があればレアだ!

残念ながら、家庭環境や本人の資質で、基礎教養まで身につけられない人物もおります。

幕末の「人斬り」は、そういう傾向があり、例えば岡田以蔵桐野利秋らは

「もうちょっと思想があればのう……」

と惜しまれたりもしました。

人斬り半次郎こと桐野利秋/Wikipediaより引用

儒教すら学んでいない、武士の基礎すら身についていないと下に見られてしまうわけです。

志々雄真実の場合、名前にも現れている気がします。

「真実」を「まこと」と読ませていますが、幕末は一文字名前がちょっとしたブームだったんですね。

近藤勇、芹沢鴨、大山巌、野村靖、前島密、山川浩……。

近藤勇/Wikipediaより引用

諱(いみな)の定番である二文字より、なんか時代っぽくてカッコいい。

現代人ならば「真実」で「まこと」の方がカッコいいといえばそうなのですが、幕末から明治にかけては「何だそれ……」と突っ込まれるセンスだったのかと思ってしまうのです。

どうにも志々雄真実には、人斬りにされるのもやむを得ない――人間的な欠陥や教育欠如があったと思わせる何かがあります。

 


芹沢鴨は“混沌”なのか?

志々雄真実は、SNK『サムライスピリッツ』シリーズの「牙神幻十郎」をオマージュしていることは、もう突っ込むのも野暮であるとは思います。

斎藤一にも反映されているし、いったい和月先生はどれだけ牙神が好きだったのでしょう。

そしてもう一人は、芹沢鴨です。

ただ、これも他の新選組隊士同様、司馬遼太郎バージョンが元となっている点は注意が必要かと思われます。

芹沢の悪逆非道はともかく盛り上がる。

ただ、引っかかるところがある。

・同志討ちをいきなりしている近藤勇らを庇うために、悪事が強調されていないだろうか

・愛妾お梅のエロスで盛り上げるあたりは、男性読者向けの昭和的サービス感があるのでは?

・芹沢は水戸藩出身であり、実は混沌どころか、思想のベースがかなり濃い

芹沢鴨は、実は水戸藩の思想がかなり濃い人物であります。しかし……。

新選組に思想なんかないという戦前までの蔑視。

思想はあっても土方歳三が担っていて、近藤勇はそうでもないという創作上の設定。

このあたりが入り混じり、そのトバッチリが影響か、芹沢も混沌だけの人物となってしまった感が否めません。

【ちょっと待った! その芹沢鴨の理解は適切ですか?】

そんな意地悪なツッコミが生まれてしまうのも、令和だからだとは思うのです。

平成の作品ならば、そういう芹沢像がベースでも別に構いはしなかったでしょう。

 

幕末明治 長州藩内紛のリアル

そんな志々雄真実の辛いところは、幕末明治における長州藩内紛のリアルと比べると、あの凄絶な死闘すらちょっと甘く思えるところです。

歴史そのものがえげつないと、フィクションが霞むという宿命がつきまといます。

幕末から明治の歴史透明度というのは、実は結構な差があります。

強力かつ政府中枢にいただけに、長州藩はなかなか複雑で、近年やっと明らかになってきたこともあります。

「脱退騒動」で壊滅させられた奇兵隊

2010年代になっても大河ドラマでおちょくられる「俗論派」。

俗論派
長州藩の中にもいた負け組「俗論派」とは?歴史に埋もれた陰の敗者たち

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そういう現代まで続く長州藩の体質を考えると、志々雄真実が実際にいたら、どうなっていたのかと考えてしまいます。

大久保利通が剣心に始末を依頼し、あの程度の私闘で済んだのはマシだったかもしれない。

大久保利通/wikipediaより引用

本気を出したら、もっとえげつない消され方をしていそうではあります。長州藩の裏の顔を知っているとなれば、そこはそうなるでしょう。

『るろうに剣心』の明治政府は、史実と比べると非常に優しいと思えるのです。

実は、このちょっと怖い状況は現在でも続いていると思えることがあります。『るろうに剣心』を否定する投稿を読んだところ、こんな趣旨のものがありました。

「作者が大久保利通を好きだというから読んだのに、幕府を庇ってばかりいる。酷い漫画だ。登場人物が酷い目に遭えばいい」

具体的な酷い目についての詳細は省かせていただきます。

「佐幕派の言い分を取り上げ、長州藩の悪事を暴くこと」への怒りが、かなりの長文でつづられていました。

幕末の歴史というものは、150年を過ぎても何かを掻き立てるのだと思い知らされました。

 


90年代のラスボス感

剣心にせよ。薫にせよ。弥彦にせよ。

『るろうに剣心』の登場人物には、90年代という連載当時の時代精神がかなり濃く宿っていると思えます。

志々雄真実も、90年代のラスボス感があります。

連載当時は当たり前で引っかからなかったのでしょうが、今になると不可解な点が結構あるのです。

・駒形由美は美しき花

一応、最後の最後で本人待望の犠牲になるとはいえ、なんで駒形由美は志々雄真実に寄り添っているのでしょう?

これも、80年代から90年代のラスボスあるあるだと思えます。

『北斗の拳』のシンが典型例なのですが、ボスが登場する時、無駄に横に女がくっついていることがあったものでした。

映画だけでなく、格闘ゲームでも水着のお姉さんが出てきたりする。SNKの『キング・オブ・ファイターズ』シリーズでも、主人公・草薙京のライバルキャラの八神庵は美人秘書2名を引き連れていました。

男だらけ。女性がいるにせよ、お色気重視ではない。

そんな主人公側に対して、ライバルはお色気のあるお姉さんを侍らせている。

こうした構図があり、今となっては時代を感じます。

 

「なんか悪い奴は色(=エロ)でもやらかしているらしいな!」

そういう記号だったわけですね。

駒形由美はマリア・ルーズ号事件を解説してくれたり、それはそれで魅力的なキャラクターですが、やはり悪人の横にいるお姉さんポジションだと思えてしまいます。

こんなこと解説するまでもないとは思うのですが、現実世界で花を添えるお姉さんは消えつつあります。

ラウンドガール、グリッドガール(日本ではレースクィーンと呼ばれます)、ポディウムガール……そんなしょうもないことに、生身の女をいちいち使うな! そういう時代の流れがあるのです。

女が花を添えることが当然だった。そんな平成らしいヒロインが、駒形由美でした。

・90年代のラスボスって洗脳しますよね

志々雄真実の「十本刀」は、当時の明治にあった人間の組織というよりも、90年代少年漫画描写と考えたほうがスッキリします。

それぞれ個性があり、主人公の前に順番で出てくるように立ち塞がる。

デザインも個性も、少年漫画や当時の格闘ゲームっぽい設定です。

格闘ゲームで遊ぶ側は、ボスにたどり着くまでにどうして誰かと戦うのか、気にしてなどいられません。割とゆるい理由だとしても、楽しむ側は気にしませんでした。

志々雄真実は漫画のラスボスとしては大変魅力的です。

が、政府が本気で警察部隊や軍隊まで出していないので、そこまで危険でもなかったのではないかと思います。その辺も格闘ゲームを思わせるものがあるのです。

・90年代にあったノリ重視

バブル景気が終わり、ジャンプ黄金期も通り過ぎた1990年代。

剣心のような細身主人公も出てきたとはいえ、まだ80年代までもマッチョな価値観も残っていたところはあります。

それ以上に、当時らしいといえば、勢いや雰囲気で押す展開ではないかと今にしては思えてきます。

志々雄真実の計画は、今振り返ってみると、とても雑に思えます。

なまじ明治初期は政府に不満を抱く暴動が続発しているため、比較しやすいのも難しいとは言えるのですが。

それでも、志々雄真実のカリスマ性のあるカッコよさが印象的で、懐かしく思えるのは、和月先生の力量と1990年代という時代の魔法であったかと思えてきました。

2000年代や2010代となると、もっと理屈っぽく、理詰めの漫画が増えてきたと思えます。

2000年代の代表作でもある『DEATH NOTE』は、剣心とは真逆のゲーム感覚で殺人を楽しむ主人公でした。

漫画は進歩してゆきます。

『るろうに剣心』は、そんな変わりゆく時代の中、1990年代らしい主人公と悪役がいる作品でした。

志々雄真実のあとに登場する別の宿敵は、1990年代から2000年代の暗さをまとう人物となってゆくのです。


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【参考】
コミック『るろうに剣心 裏幕―炎を統べる―』(→amazon
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―カラー版』(→amazon
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚・北海道編―』(→amazon
映画『るろうに剣心』(→amazonプライム
映画『るろうに剣心 京都大火編』(→amazonプライム

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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