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【浄瑠璃(富本節)】
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浄瑠璃が繋ぎ、広がる人の輪、響く銭の音
【浄瑠璃】がブームになるには、様々な理由があります。
前述の通り、その体現者が次郎兵衛とその三味仲間です。素人同士が趣味サークルを結成して盛り上がれるんですね。
次郎兵衛は下手くそなのに、なぜ堂々と歌うのか?
仲間同士では個性として認め合い、気持ちよく歌っているのでしょう。ゆえに恥ずかしいという気持ちはなく、楽しさだけがある。
そんな【素人浄瑠璃】ですが、番付(ランキング)は作られたとか。
のめり込んでプロ顔負けになりたいくらい夢中になる人もいたわけです。現代のカラオケやコーラス団に通じるものがあるわけですね。
【義太夫】には多数の流派があります。
この流派同士が腕を競い合っていることも大きい。
『べらぼう』では富本の人気が嫉妬されて襲名の妨害をされてしまいましたが、悪いことばかりではありません。仲間同士で集まって、自分の推し流派について熱く語れば、盛り上がりますし、流派同士が切磋琢磨することにつながります。
【浄瑠璃】の一行は大都市間を移動し、複数の会場で公演を行います。これも今のミュージシャンに似ています。
東京のライブハウスで演奏したら、次は京都、そして大阪……と、各地を移動することで広げることができる。
そして、出版業とのタイアップです。シナリオ集、ランキング、技法の本など、現在の書店「芸能・音楽雑誌」に並ぶような書籍がどんどん出回ります。
『べらぼう』では「正本」をりつや次郎兵衛が眺めていましたね。
馬面太夫ほどの人気もあれば、ブロマイドである【錦絵】の需要も生じ、現在に伝わっているわけです。
こうして見てみると【浄瑠璃】のスターである富本豊前太夫が果たす重要な役目が見えてきます。
次郎兵衛にような素人からすれば、プロの演奏を見て、刺激を受けたい。彼の三味仲間たちはこぞって聞きにくることでしょう。
書物を扱う問屋からすれば、富本豊前太夫の認可を受けた【直伝本】を売れば一儲けできる。『べらぼう』ではこの権利をめぐり、鱗形屋と蔦重の間で攻防が繰り広げられたものでした。
彼が美声を披露するだけで、江戸っ子はざわめき動き、チャリン♪と音が聞こえてくるようなもの。
そしてもうひとつドラマの上で見逃せない要素もあります。
【浄瑠璃】のような楽器演奏は【当道座】の芸です。
呼び出して興行を行うとなれば【当道座】の有力者と話をつけねばならない。
となれば、鳥山検校が出てきて当然といえます。
さらに、ここからもっと広がってゆく展開も見えてきます。
富本豊前太夫は、歌舞伎役者の市川門之助とともに出てきました。
【浄瑠璃】が歌舞伎の背景で伴奏を務めることを踏まえれば、極めて自然。
既に蔦重は【役者絵】を手がける絵師・勝川春章にも、吉原絵本を依頼し、繋がりができています。
【浄瑠璃】に関わることで、蔦重と歌舞伎の間にもう一本糸が張られます。
この絡みあった蔦のような関係がどうなっていくのか。期待は高まってゆきますね。
浄瑠璃文化は、今にも通じる
音楽フェスに行く。
推しの応援をする。
プロのコピーをして自分でも演奏してみる。
バンド仲間を作る。
素人だけど、ランキングに載るくらい極めてみたい。
好きなバンドの楽譜を買う。
楽器演奏本や音楽雑誌を買う。
こうした現代人が楽しむエンタメの仕組みは、江戸時代には【浄瑠璃】で完成していたといえます。
次郎兵衛のようなファンのノリは、ほぼ一致している。
彼は紛れもなく典型的な日本人像であり、私たちの先祖であるといえます。なんとも愛おしい存在なのは、そういった像だからかもしれません。
『べらぼう』のあと、江戸時代後期になると、アイドル文化に通じる【女義太夫】も江戸で始まります。
これがなんとも、既視感のあるエンタメジャンルでして。
15~16歳のあどけない少女が歌うわけです。ときに頭を傾け、簪が落ちる。あざといのです。当然のことながら演出です。
そうはいっても、ファンはそんなことには気づかない。
守ってあげたくなるような可憐さに、男たちは鼻息荒くして見入ってしまいました。
ゆえに幕府からは、風紀を乱し、けしからんとして何度となく禁止される。
それでもしぶとく続いてゆく。
明治になると、その盛り上がりぶりは、現代のアイドル文化と一致。
若い書生を中心とする男性ファンがステージにつめかけ、クライマックスになると「どうする、どうする!」と声をあげました。
こうした明治のドルオタは「どうする連」と呼ばれ、社会問題とされました。
しかし、昔のドルオタも懲りないもので、ファンクラブを結成。
推しの恋愛スキャンダルが発覚するとマスコミも大きく取り上げ、大問題とされたものです。
大正末となると【女義太夫】のアイドルブームも落ち着き、少女歌劇団の時代へ。うら若き少女を熱狂的に追いかける文化は、綿々と続いてゆくのでした。

娘義太夫の竹本京子と京枝/wikipediaより引用
『べらぼう』は、江戸時代の人々の盛り上がり方は、実は現代人と通じるものがあると教えてくれる、実に奥深いドラマといえます。
馴染みのない時代だと思っていた人たちも、ドラマの中の人物に親近感を覚え、自分と対して変わらないと驚かされることでしょう。
富本豊前太夫の美声にうっとりする蔦重は、紛れもなく私たちの先祖の一人。
「あれは世の宝にございますよ」
そう彼は口にし、鳥山検校に推すわけですが、私たちだってそういうことをしますもんね。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
田中健次『図解 日本音楽史』(→amazon)
神田由築『日本史リブレット 江戸の浄瑠璃文化』(→amazon)
『江戸の声』
他