寛仁4年(1020年)、まひろと道長が向き合った瞬間――まひろが北の方である倫子に呼び出されます。
ここは土御門邸宅。
いくらこの二人が、たった二人だけの世界に入り込もうとしても、結局は倫子の持つ家の中でしかないのです。
倫子の提案
倫子はまひろに問いただします。
「それで、あなたと殿はいつからなの? 私が気づいていないとでも思っていた?」
倫子によると、まひろが邸に来てから、殿の様子が何となく変わってしまい、何やら勘付いたようです。
まひろを見る目も、誰が見てもわかるくらい揺らいでしまう。まひろが旅に出たら出家してしまう。
そう呆れたように、諦めたように穏やかに語りかけます。
「まひろさん。殿の妾(しょう)になっていただけない? そしたら殿も、少しは力がおつきになると思うのよ。どうかしら?」
ここには一本、線が引かれてるように思います。
『源氏物語』の紫の上もそうですし、日本史の女性の役目として、夫の妾を管理することも入ります。
夫が他の女との間に子を産ませるようなことがあると正妻は怒る。『鎌倉殿の13人』でも描かれた北条政子が典型例です。
しかし、あれも怒るポイントが現代人とは違い、関係を持ったことそのものではなく、自分の管理範囲外であることがまずい。
出産は多大な負担がかかりますから、自分の管理下にある他の女性が子を産む。
あるいは倫子のように、夫にとってプラスとなるならば交渉を認める。それが賢い妻としてのふるまいでした。
そうは言っても、嫌なものは嫌だ。そう見抜いていたのが他ならぬ紫式部で、光源氏が自分以外の女と関係を持つことで、紫の上が消耗していく姿を描いています。
そして、ここから先は、良妻賢母の鑑であった倫子が、その枠をじわじわとはみ出すことになります。
「いつごろから、そういうことになったの?」
覚悟を決めたまひろは全てを話します。
もう少し空気を読める気の利いた嘘つきであれば、いくらでも誤魔化しようはあったのでしょう。
しかし、まひろにそんな気遣いを求めても無駄です。
まひろの告白
二人の出会いは9つの時という。
倫子は自分が到底及ばない時の長さに揺らいでいます。「三郎」と名乗っていたころの道長をまひろが知っているなんて……。
彼女は深掘りせずにはいられません。
「身分も違うのにどうやって?」
聞けば、まひろは飼っていた鳥を追いかけ、鴨川のほとりまで行ったとのこと。
9つのときの倫子は、土御門邸の中で猫でも抱き、外のことは何も知らずに生きていたのでしょう。
しかし、まひろは違う。外に出た。倫子には考えられもしないことで、どうやってなのかと言います。
まひろはあっけらかんと、身分が低いことを理由にします。しかし、単にそれだけではなく、彼女の先天的な性格あってのことでもあるのでしょう。
泣いていた自分に三郎がお菓子をくれた。優しくておおらかで背が高い三郎。また会おうと言ってくれた。
しかし、約束の日に母が殺されたことをまひろは語りました。
「殺された?」
完全に理解の範囲外に話がすっ飛んでいってしまったようで、倫子は困惑するしかありません。
しかも母を殺した男が「道兼」だったことまで明かし、心惹かれた男が母の敵だと知った時は、心が乱れたとも付け加えます。
「それなのにあなたたちは結ばれたのね……そうでしょ」
確かめるように聞き重ねる倫子。自分ならば、まずそんなことはないと思ったのかもしれません。確かにまひろは変わり者です。
ここまでの説明だけでもかなり情報過多なのに、まひろはさらに散楽の者が殺された「直秀の悲劇」まで語り出します。
その悲しみを分かち合えるのはお互いしかいなかった――そんなことを言われても、倫子も困惑するしかないでしょう。
すると倫子も、あの「漢詩の文」がまひろのものだったのかと気づきました。
白居易ならまだしも、陶淵明の詩を送ってくるような変人才女は他にいないでしょうから、倫子も薄々勘づいていたようには思いますが……。
「はい」
認めるまひろです。
倫子の困惑
倫子はもう自制が効きません。
「彰子は知っているの? あなたは……どういう気持ちであの子のそばにいたの? 何も知らずにあの子はあなたに心を開いていたのね。あなたは本心を隠したままあの子の心に分け入り、私からあの子を奪っていったのね」
倫子の怒りが滲んできます。
道長のことは横に置いたとしても、よりにもよってあの頑なな娘の心を開くとは何事か。
良妻としても負ける。賢母としても負ける。
「私たち……あなたの手のひらの上で転がされていたのかしら」
まひろとしては、結果的にそうなってしまったのであって、わざとではないのですが。
「そのような……」
否定するまひろ。それしか返しようがありません。普通の人は、そのことに気づけるから、全部ぶちまけたりしないのですよ。
「それが全て? 隠し事はもうないかしら?」
「はい」
倫子が苦しみを噛み潰したような顔なのに、ちょっとさっぱりして「はい」と返すまひろの澄み切った目が怖い。
「このことは死ぬまで胸にしまったまま生きてください」
「はい」
かくしてまひろと倫子の対決は終わりました。
結果的には倫子が精神的に深い傷を負い、まひろは全てを告白し、重荷を下ろしたような爽快感すらあります。
「思っていることは、口に出したほうがいい」のだろうか?
ここで考えたいことがあります。
洗いざらい全て語ってしまうことはありなのか?
まひろからすれば、さっぱりできるし、隠し事を明かすことで心は軽くなるでしょう。
一方で倫子は、モヤモヤした気持ちは解決するかもしれないようで、さらに別のモヤモヤが溜まりかねません。
まひろは真相を言うべきなのか?
それとも隠すべきなのか?
朝ドラ『虎に翼』では答えを出しています。思っていることは口に出した方がいい。『光る君へ』も同じ結論といえます。
しかし、それは本当なのでしょうか。
倫子はモヤモヤ感を隠し通した。不満が顔に出やすかった明子。宣孝に灰をぶちまけたまひろより人間としてできているように思えます。
ただし、そんな社会的な評価と引き換えにして倫子は傷ついています。
それってよいことなのでしょうか? そういう問いかけがあるように思えます。
『虎に翼』と重なる描写といえば、良妻賢母の世界崩壊もあるでしょう。
あの作品には完璧な良妻賢母として生きてきた、梅子という女性がいます。
しかし夫からも、息子たちからも、軽んじられていると梅子は悟る。
そして彼女は家庭を捨て去り、自ら生き抜くことを選びます。
NHKの看板ドラマが立て続けに「良妻賢母が最高の人生? それはどうかな?」と突きつけてくることは大きな意義があると思えます。
なんでもないわけがないのに
賢子が通りかかり、浮かない顔をしているとまひろに語りかけます。
「何でもないわ。あなたもどうなの?」
そう返すまひろ。真実を隠す悪癖の頂点かもしれません。
賢子の実の父が道長であることを、道長には知らせました。
しかし、賢子にはそう言っておらず、これがなかなか恐ろしいアクセントになっております。
ついでに言えば道兼との因縁も語っておりません。
賢子は、祖母の仇の子、つまりは道兼の子・兼隆の妻となるのです。
まひろはそういうことはあまり気にしない変人ということなのでしょう。
そんな母に対し、賢子は「太閤様にも、太皇太后様にもよくしていただいる」と笑顔で答えます。
これも先ほどの倫子の傷心を思い出すと複雑な気持ちになります。
まひろがいなくても、その娘である賢子がいる限り、倫子は胸がチクチクしかねません。
さらにいえば、まひろは倫子にも賢子の父が道長であることは打ち明けておりません。
そうしてしまったら賢子の将来に暗い影を落とすであろうことを見越して、そこだけは伏せたのでしょう。どこまで策士なのやら。
倫子は人を駒にする
道長が碁盤に向かっていると、倫子がその横に座りました。
まひろと何を話していたのか?と道長が尋ねると、どうということのない取りとめもない昔話だと返す倫子。
「ふ〜ん……」
決意を固めたように見える倫子は、裳着を終えた嬉子(よしこ)のことを持ち出し、東宮に奉れるから頼通に話して欲しいと言います。
彰子を入内させることにああも抵抗していた倫子はもういません。
彼女は自分は純粋な親子愛などとは縁を切り、政略結婚の駒を手にする側だと自覚がハッキリと固まったように見えます。
ここでようやく彼女の様子のおかしさに気づいたような道長に対し、倫子は言います。
「次の帝も我が家の孫ですけれど、その次の帝も、そのまた次の帝も、我が家から出しましょう」
碁盤に石を置きながら、微笑む倫子。これぞまさしく「ゲーム・オブ・スローンズ」の可視化といえます。
あれは作品名として定着しましたが「玉座の争い」という意味です。権力をめぐり、人をまるで駒のようにする世界観を現したタイトルでした。
猫を可愛がっていた無邪気な倫子。力ある家に生まれ、夫が成功したために、彼女はこのゲームのプレイヤーになりました。
それが本人の幸せなのか。よりよい世の中のためになるのか。そこは重要な問いかけです。
まひろが帰宅すると、きぬも乙丸も、何かあったのか?と察しています。
琵琶を奏でるまひろ。弦がプツッと切れます。
彼女は権力ゲームのプレイヤーにはなれません。ではこれから先、その知性と感受性をどうすればよいのでしょうか。
道綱にとって政とは何か?
左大臣である藤原顕光はすっかり呆けてしまいました。
陣定の議題すら忘れる左大臣に、公卿も困り切っており、頼通が居眠りした顕光を叱りつけ「いい加減、辞表を出せ!」と突きつけます。
このことを嬉しそうに道長へ報告する藤原道綱。
間もなく顕光も引退するだろうと見通しを語り、ニコニコしながら「大臣になれないかな? 一度やりたかったんだよね」と道長に持ちかけてきます。
このドラマの素晴らしいところは、所作指導が厳密で、各人がちゃんとしているうえに、性格の差まで見えるところです。
道綱は烏帽子が御簾にあたらないように頭を下げてはいます。ちゃんとできている。しかし、能天気な性格も所作に表れているように思えます。
几帳面で優美な人物は所作一つとっても美しいけれども、道綱はそうでもありませんので。
「25年も大納言だった」と道綱がボヤくと、道長は呆れたように「それは大臣なぞ所詮無理だという証だ」と答えます。
道綱もそれはわかっているようで、ちょっとだけ! すぐやめる! 二月か三月と言いながら、甘えるように道長にすがる。
「頼通に頼んでよ~」
「兄上にとって政とは何でありますか?」
考え込む道綱。常に頭にあったら即答できるんですけどね。そして答えはこうだ。
「地位だろ。母上が男は地位で育つのだっておっしゃっていたゆえ」
そんな幼少期の親の刷り込みしかないのか……と言わんばかりに道長も呆れています。
そしてこれは道長が抱きかけない妄想への答えである気もします。
道綱のような才女を母に持つものでも、どうしようもない奴はそう。たとえ自分とまひろの間に息子が生まれたとしても、ボンクラになる可能性はあるのです。
道綱は変なことを言ったと詫び、無邪気に道長の頬を挟みこみます。
「俺を嫌いにならないで!」
「嫌いにはなりませぬ」
そう言い交わす兄弟。とても能天気なようで、何か引っ掛かります。
好きな相手でも倫理的に問題があるから諫言するとか。逆に発言者の性格は嫌いだけども、意見としては尊重できるとか。そういうことはあるはず。それが成熟した世界です。
道長が道綱を大臣にすすめようがそうでなかろうが、好き嫌いでなく能力を考慮しているものとみなせます。
それが当然です。
でも、幼稚な人間としてはそういう人事ですら好き嫌いだ、敵味方と分けてしまう。そういう政治の貧困のようなものに対し、本作は冷たい目線を向けているように思えます。
このドラマの世界観は、かな文字で物語を書いてきた女性に対し、むしろ冷たく突き放しているという批判もあります。
そこはむしろ男女関係なく、政治的な理想がない相手には、男女どちらにも冷たいのではないでしょうか。
このドラマは、教養のないものに冷たいとは思えません。
たねや双寿丸のように、学ぶことが困難な環境にいる者に対して、まひろたちはあたたかい心を見せていました。
一方で、学ぶことができるはずの環境にいながら、そうしなかったであろう顕光や道綱のような人間にはどこまでも冷たい。
道綱を演じる上地雄輔さんが素晴らしいし、愛すべき人物ではあります。
しかし、無能は無能だと言い切るような描き方が目立っています。
ちなみに、顕光は結局辞表を出さず、道綱は大臣になれませんでした。
高松殿の宴と虚しき栄光
万寿2年(1025年)、東宮妃となった嬉子は皇子を産みました。
しかしその二日後、嬉子は僅か19歳で命を終えてしまいます。大いに嘆く道長と倫子。
後一条天皇の時代となると、道長時代の公卿は実資、斉信、行成だけとなりました。あとは道長の子たちが政治の中枢を占めています。
高松殿には、源俊賢と明子という兄と妹、明子を母とする道長の息子たちが集まっていました。
明子はしみじみと、道長は冷たかったけれど、頼通が優しいおかげで我が家は救われたと語ります。
若い頃は道長の愛を求めたこともありました。しかし歳をとり、我が子の栄達を追い求めるようになった。藤原道綱の母である寧子から、そんな女性の一生が描かれてきたものです。
俊賢は道長を恨まぬよう妹に釘を刺すものの、明子は舌を出します。
明子は苦しい生涯を振り返り、我が子を産んだことだけはよかったと言います。
しみじみとしているようで、これは道長を我が子を産ませる「胤」扱いをしているようにも思えます。まぁ、そうされても仕方ないでしょうが。
俊賢も自分の出世は明子のおかげだと語ります。そうでも思わなければ、妹を愛のない結婚に閉じ込めた己を正当化できませんもんね。
ここで優美な仕草で頭を下げる兄。
「礼を言う」
「何を今更」
冷たい妹。
他の者たちは笑い飛ばすものの、どこか冷え冷えとした空気が漂っています。
賢子は御乳母となり、恋多き女となる
彰子は、妹である嬉子の産んだ親仁を引き取り、二人目の女院となりました。
その御乳母を務めるのは、多くの高貴な姫をさしおいて、賢子です。
親仁を大胆な動きであやしていると、道長が怪我をするではないかとたしなめます。
しかし、もう二年も御乳母を務めていると返す賢子。
彰子も「藤式部の娘なのでハッキリしている」と言い、すっかり気に入っている様子です。
そんな賢子のもと、藤原頼宗が忍んでやってきます。
皇子の昼寝中に逢瀬を重ねる二人。このドラマの設定では、異母兄妹となります。
まひろが説明を飛ばすからそうなってしまうわけで、隠蔽主義とはどこまで罪作りなのか。
「光るおんな君」である賢子は恋多き女性で、定頼や朝任とも歌を交わしているとか。
そう問い詰められても、それが嫌ならもうお会いにならないと答える様子からして、母親より圧倒的にコミュニケーション力が高いことが伝わってきます。
公任から「地味な女」発言をされ、何年も経過してから蒸し返していたまひろとは大違いですね。
「俺のような上流の者に愛でられていることを、ありがたく思え」
「さぁどうかしら。上流だって優れた殿御はめったにおられませんわ」
そう妖艶に微笑み、上流貴公子の上に覆い被さる賢子。
直秀や周明のような者でも対等に見るまひろとはまるで違います。はたして彼女の胸の中に、まだ双寿丸はいるのでしょうか。
赤染衛門の忠誠と物語
赤染衛門が、『栄花物語』の嬉子が亡くなる場面を、倫子に読み聞かせています。
「物語」とは「物を語る」こと。こうして読み聞かせていた当時のことがよくわかります。
袖で目元を覆う倫子に、嬉子様の話はやめておいた方がよいか、と尋ねる赤染衛門。
「そのままでいいわ」
と答える倫子。
赤染衛門は自作が『枕草子』や『源氏の物語』のように広く世に受け入れられるかと不安がっています。
「自信を持ちなさい。見事にやってくれています。あなたは私の誇りだわ」
そう倫子に言われ、微笑む赤染衛門。
これも考えさせられる場面です。
この頃の赤染衛門は、こうして藤原北家に仕えることに生きがいを見出しています。
しかし彼女の子孫の中には、自らの能力が当時の貴族社会で認められずに鬱屈し、坂東まで向かってゆく者が出てくる。
『鎌倉殿の13人』でおなじみの大江広元です。
もしも貴族社会がずっとこの才人の家系を満足させ続けていたら、歴史は違っていたかもしれない。
赤染衛門の満足げな笑みと、出てきたばかりの大江広元が見せていた不敵な顔が重なってきます。
年老いた貴公子たち
道長のもとで、同窓会のような宴が開催されています。
行成がめっきり酒に弱くなったと嘆くと、出家姿の公任はもともと行成は弱かったと言い、自分も弱くなったと続けます。
いやいやいや、これも「ここがヘンだよ日本の仏教」ですってば!
公任も、道長も、出家したのに、どうして酒を飲んでいるのか。日本では問題視されませんが、他国の仏僧はおおっぴらに酒を飲みません。
斉信は酒量はそのままでも、かわやが近くなったことが困りごとだとか。陣定の途中に立つのが決まりが悪いそうで、公任からは「出家しろ」と言われてます。
そうすれば体裁など気にしなくてよいからって……本当にこの人たちの出家って、ロハスライフを楽しむためのものですね。
俊賢は皆私よりお若いのに情けない、私はまだまだやると言い出します。
生来体が頑健なのでしょうね。金峯山参拝でもマッチョぶりを見せておりました。
斉信からかわやは近くないのかと問われて、ジェスチャー付きでこう返します。
「まっ…………たく平気でございます!」
ユーモラスですし、所作は威風堂々としているのに、どこか「年寄りの冷や水」感も滲んでいる。トイレの近さに悩むあたりにリアリティがあるんですよね。
ちぐさの『源氏物語』論
まひろの家で、乙丸は小さな仏像を彫っています。彼なりの追悼なのでしょう。相思相愛であったきぬの姿が見えなくなりました。
ちぐさという娘が来ていて『源氏物語』を読み上げていました。
菅原孝標女であり『源氏物語』への愛着を自身の著作『更級日記』に記すことになる人物です。
彼女は自分なりの解釈で、光る君の最期が描かれていないことの理由を推察していました。
そして、この作者の狙いは男の欲望を描くことだ!と喝破。だからこそ男たちの心も引きつけたと自論を展開するのです。
「なるほど」
「男たちに好評でなければ、これほど世に広まりませんもの」
マーケティングの構図を解説するちぐさ。
「それと読み手の女たちが、作中の誰かに己を重ね合わせれるよう、さまざまな女を描き出したのでしょう。そのために女たらしの君が次から次へと女の間を渡り歩くことにしたのです。つまり、光る君とは、女を照らし出す光だったのです!」
彼女の解釈を笑いつつ聞いているまひろ。
これは『源氏物語』論考だけでなく、大河ドラマ論にもあてはまると思えます。
『光る君へ』は実に珍妙な作品だと思います。
もっと文学寄りにすべきだという酷評や批判は見ました。歴史学の比重が高すぎて、文学の存在が軽いという指摘です。
それはそうだと思います。
ただ、『源氏物語』が好きで、もともと見ない大河をほぼ初めて見て、このドラマを否定したくなったのだとすれば、そもそも大河ドラマのフォーマットがその人向けではないのではないかとも感じました。
優先順位として、平安文学愛好者よりも、大河ファンが上になることは致し方ないと思います。
近年大河ドラマでは、フォーマット逸脱があまりに過剰であるがゆえに、失敗してしまったと思われるものもあります。
その答えがここにあるように思えます。
何度もしつこく指摘しますが、受信料は給与や進学率と異なり、男女差はありません。それでもどういうわけか大河は男のものにされる。
そういう枠に女性主人公なり、女性の意見や主張を入れるとなると、どうしたって男性に目配りしないといけません。
現時点ですでに「合戦をやれ」「関白が何かよくわからん」というぼやきもあるこの作品です。
文学史比重をあげて、当時の女性や思想だけをふんだんに盛り込んだ『源氏物語』をど真ん中においたドラマにすれば、どうなるか想像はつきます。
そもそも平安中期は初のこと。為政者やその配偶者でもない、クリエイター主役となると極めて珍しい。もとからクリエイター目線に慣れたコア層とは、別の層を意識せねばなりません。
だったらはなから『源氏物語』そのものを映像化しても良い。
しかしあくまでこれは大河ドラマなので、男性向けの目配せをあちこちにしなければならない。
そのしがらみを、この女性が上層部にいるチームが理解していないわけがありません。
男性は「男のものだ」と、やたらとカロリーの高いメニューを生み出したり、男性ライター中心の雑誌を作ったり、女に媚びないことをゴリゴリと押し出しても許されます。
しかし女性が同じことをするとなると、その困難は違ってくる。ましてや大河となればそれこそ金峯山詣り級の難行ですからね。
本作では、そういう難行をやりきった――そんな誇りを感じます。
ちぐさと入れ違いで、今度はききょうがやってきました。
あの娘は何者か?と尋ねるききょう。
市で偶然出会ったとか。書物を落としたのでまひろが拾ったら『源氏の物語』だった。それにまひろが興味を示したら遊びに来て、読み聞かせてくれるのだとか。
「なんたることでございましょう。私こそが作者だとおっしゃらないの?」
「言わない方が面白うございましょう」
驚くききょうと、どこか邪悪な、諸葛孔明じみた笑みを見せるまひろ。
「相変わらず物好きなお方」
ききょうは呆れていますが、まひろの気持ちはわかります。
私もなるべく自分の仕事は他者に明かさず、「歴史は学校で教科書読んだくらいしか知りません。大河ドラマを見ているなんて素晴らしいなあ」と流す方が気楽です。
どうせ知名度低いから気づかれませんし、明かしたところでどうせ読まれない。
そして一番興味深いのは、目の前にいるのが筆者だと気づかず、
「あの大河について書いているクズ!」
と、相手が言い出した時。
人は、誰かに反論する、何かを批判する時が最も能弁になります。いきいきと私の悪口を言っている人は本当に楽しそうで、彼らにその喜びを提供できるなら私はそれをよしとします。
理由と根拠のある罵倒ならば、ありがたい諫言と思ってメモでもしておく。
ただの言いがかりならば、それはそれで観察記録として胸に残す。
そういうコミュニケーションって、本当に人生を豊かにしてくれますよね。人と人との交流って素敵なものです。
二人の才女、己の功を語り合う
ききょうとまひろは膝を気遣いつつ、話し始めます。
偉いのはききょうでしょう。『紫式部日記』を読んだかどうかは定かではないものの、まひろはききょう相手に割と手厳しいことばかりをしてきました。
まひろは自身を矯正できない。よって合わせているのはききょうです。
そして彼女はもう達観しているようです。道長が左大臣時代だったころと比べれば、今は夢のようだとしみじみ。
さらには「何か書かないのか?」と問いかけると、まひろからは「書かない」という返事がかえってきました。
その上で、ききょうは?というと、亡き皇后様のような存在がおらず、意欲が湧いてこないようです。思えば定子に捧げた『枕草子』でした。
ききょうは『枕草子』と『源氏の物語』が一条帝の心を揺り動かし、政さえも動かしたと不敵に言います。
「まひろ様も私も、大したことを成し遂げたと思いません?」
「ええ、米や水のように、書物も人になくてはならないものです」
「まことに!」
「でもこのような自慢話は、誰かに聞かれたら一大事でございますわ」
そう笑いあう二人。
確かに彼女たちは筆を手にして、玉座のゲームに参戦していました。そしてここのまひろの言葉は、コロナ禍のことを思い出すと深く響きます。
あの頃はエンタメが不要だとされたけれど、果たしてそうでしょうか。これもテレビドラマを作る側の自負のようにも思えます。
そう笑いあう二人。
空になった鳥籠が映ります。
本作は紛れもなくフェミニズムはテーマとしてあると思います。
ただ、上中級貴族層女性、さらに聡明で才能ある、クリエイター目線のフェミニズムといえばそうなります。
それに該当しない女性からすれば、これのどこがフェミニズムなのかとむしろ反発されるかもしれません。
こういう上層知的エリートにばかりに目配りしたフェミニズムは「リーン・イン・フェミニズム」と呼ばれます。
フェイスブック社COOのシェリル・サンドバーグ著『リーン・イン』に由来する呼び方です。
『虎に翼』も「リーン・イン・フェミニズムではないか」と議論されたものです。
この現象はなぜ起きるかというと、フェミニズムを扱う作品数が少ないことが一因としてあげられます。
選択肢が多ければ、上級エリート、中級層、肉体労働者、専業主婦など、多くの階層を網羅する作品ができ、棲み分けができる。
ただ、これは作り手側も意識していないわけではないと思います。
同じチームの朝の連続テレビ小説『スカーレット』は、低学歴貧困層出身女性目線のフェミニズム作品でした。
今年放映されたNHKドラマでいえば『団地のふたり』も、庶民的な女性目線のフェミニズム作品です。
しかしそもそも日本はフェミニズムを扱うことすらまだ少ないので、今後の課題と言えるでしょう。
それに大河ドラマという点でいえば、男性主役のものにせよ、今まで為政者や武士に偏りすぎでしたよね。
もっと間口を広げることが大切ではないでしょうか。
売れ筋路線ばかりを狙うのはむしろ危うい。
多様性を大切にするということは、綺麗事でもなんでもなく、生存戦略として有効なのです。
隆家は隠退し、爽快な人生を送る
嬉子に続き、顕信と妍子に先立たれた道長。
11月になると自身の病気が悪化したため、法成寺に身を移しました。
まひろは自宅で漢籍を読む日々を送っています。目を落としているのは白居易の『長恨歌』です。
するとそこへ隆家がやってきました。
「帥様」
「もう帥ではない」
そういうと、隆家はなかなか風情のある住まいだと感心しています。そして世間話のように、太閤様の具合が悪いと言い聞かせます。
大宰府までやって来たまひろの世話を頼まれたことから、道長とまひろの関係を察しているようです。
隆家はしみじみと、娘を立て続けに亡くしたことが応えたようだと気遣いつつ、我が子を政治の道具にした報いなのだろうと続けました。
「ああいう姿を見ると俺は偉くならなくてまことによかったと思う」
「大宰府では大層なお働きでしたのに。都の者はそれを知らないのでございますね」
隆家は中納言すら返上したとキッパリ言い切ります。内裏の虚しい話し合いになぞ出ずともよくなっただけでも清々した。そう語ります。
まひろは隆家様らしい言葉だと感心しています。
ここはなかなか厳しい場面かもしれません。
朝廷の武備について主張していたのは、隆家と実資だけでした。その隆家が内裏を去ったことで、武備についての議論は消え去ります。
若い頃はやんちゃで無茶な隆家が、一周回って本物の賢者に見えてきますね。
まひろは道長に陶淵明『帰去来辞』をわざわざ書きつけて送りました。あれは政治の世界から離れて、田園生活に向かうという内容です。
そういう生き方もあると彼女は提示しながら、道長は選べませんでした。
一方で隆家は結局それができてしまっている。
本当に賢い生き方とは、実は隆家が選んでいるようにも思えます。
まひろは道長の命を繋ぎ止めようとする
読経の声が響く中、道長は病の床にいます。
ついに百舌彦が、まひろを呼びにきて、道長のもとへ向かいました。
倫子はまひろに、道長が生きることを諦め、読経ももう良いと語っていると言います。
道長のためにできることは何か。源倫子はそう考え、まひろを呼び出しました。まひろの顔が思い浮かんだのだと。
「殿に会ってやっておくれ。殿とあなたは長い長いご縁でしょう。頼みます。どうか殿の魂をつなぎ止めておくれ」
そう深々と頭を下げる倫子です。
思えば彼女は、道長を出家させまいとして、結局できませんでした。
いわば二度目、本物の死を遠ざけることができるのは、一度目の死である出家の原因を作ったまひろだと、倫子なりに色々考えたのでしょう。
まひろが目にした道長は、痩せ衰えていました。
「誰だ?」
目も見えなくなったのか。そう返す道長。
「まひろにございます」
顔を背ける道長。
「か……帰れ」
まひろは座り、倫子の許しがでていると安心させ、全て話したと告げます。そして倫子の心の大きさに感謝します。
まひろは道長にお目にかかりたかったと言う。
するとようやく道長はまひろの声の方に目を向けました。そして手をそっと伸ばす。オープニングで繰り返される、思い合う男女が手を重ねる映像を思わせます。
「先に……逝くぞ」
「光る君が死ぬ姿を描かなかったのは、幻がいつまでも続いてほしいと願ったゆえでございます。私が知らないところで道長様がお亡くなりになってしまったら、私は幻を追い続けて狂っていたやもしれませぬ」
道長はここで晴明に寿命を十年やったことを明かします。やらねばよかった。幾度も悔やんだ。そう絞り出します。
「そうではない……俺の寿命は……ここまでなのだ……」
そう悟ったように言う道長。
生きることを諦めていたようで、またしがみつき、また諦めてしまうようなことを言います。
月の輝く夜に、人生を振り返る
月の登った夜、まひろは道長を抱き起こし、薬湯を飲ませています。
道長は己の一生を振り返ります。
「この世は何も変わっていない。俺は一体何をやってきたのだろうか」
道長に対し、まひろはこう言います。
「戦のない泰平の世は守られました。見事なご治世であられました。それに……『源氏の物語』はあなたなしには生まれませんでした」
「もう物語は書かぬのか?」
「書いておりません」
「新しい物語があれば、それを楽しみに生きられるやもしれぬが……」
「では、今日から考えますゆえ。道長様は生きて私の物語を世に広めてくださいませ」
ここでやっと微かに笑う道長。
「お前はいつも俺に厳しいな」
そう道長は返します。確かに厳しい、なんて残酷な場面なのかと思いました。
道長は己の治世を振り返って、何もないとまとめます。
確かに政治制度改革のようなものはない。功罪でいえば「罪」もあります。
己の信仰と往生のために寺を造営したことも禍根を残しています。今まさに道長が病臥している場所がその禍根です。
『鎌倉殿の13人』最終回で「御成敗式目」制定が描かれたことを踏まえると、全く進捗がないとしか言いようがありません。
まひろは「戦はなかった」とまとめる。
しかしこれは不思議な未来人視点になりかねないまとめともいえます。
隆家とまひろが嘆いていたように、都の貴族は戦の有無すら認識していません。まひろの強引な大宰府行きの意味は、ここでこう評価するためだったようにも思えます。
それで結局のところ、成果は『源氏物語』であった、と。そうはいっても、それも筆者のまひろ抜きには成立しておりません。
まひろは道長を大事に思っています。
しかし、まひろは人格が複数あります。女性として、ソウルメイトとして、作家のスポンサーとしての道長は好きです。
それでも為政者としての道長を評価することはできない。知性や教養もあまり評価していないと思われる。そこは譲れません。そういう気難しさは実資に近いものを感じさせます。
これは大事な点だと思います。推しだったら全部肯定すればよいというわけもありませんから。
程なくして倫子がやってきて、まひろはまた明日参ると言い残し、去ってゆくのでした。
物語の先へゆく三郎
まひろは道長が贈ってくれた檜扇を眺めています。
三郎という少年と、少女が出会ったあの絵です。
まひろは道長に、三郎とまひろの話を語って聞かせます。
その三郎は兄が二人いたものの、二人は家をでてしまう。父は既に亡く、母一人、子一人で暮らしていたと。
月が満ちてゆく中、まひろは三郎と少女の物語を語り続けます。
その物語では、散楽のものは命を落とすことなく、都を出てゆきます。鳥は三郎の手に収まる。本当にあったようで、どこにもなかった物語です。
生きることを諦めようとする道長の、命を繋ぎ止めるために、まひろは二人の物語を語り続けます。
倫子が道長の元へ来ると、布団から手がでていました。
まひろがとった手を、倫子はしばし重ね、布団の中へと戻します。
「殿……」
目を閉じた道長にそっと頭を下げる倫子でした。
その翌朝か、まひろは自宅で筆を手にして紙に向かっていると、道長が自分を呼ぶ声を聞いたような気がしています。
行成は降る雪を眺め、突如、廊下で倒れ、そのまま息を引き取ったのでした。
道長の子たちが喪服で父の死を悼む。実資は道長と行成の死を日記に記す。実資の目に涙が光っています。
公任と斉信は、道長と同日に亡くなった行成について語っています。つくづく道長に尽くしたものだ――そう語り、公任と斉信は詠みます。
見し人の
亡くなりゆくを
聞くままに
いとぞ深山の
さびしかりける
消え残る
頭の雪を
払ひつつ
さびしき山を
思いやるかな
友を悼み、酒を飲む二人でした。
彰子は政を動かす女人となる
長元元年(1028年)、頼通は後一条天皇にはまだ皇子がいないと踏まえ、新たな女御を迎えるべきだと提案しています。
彰子は「ならぬ」と一喝。
他家を外戚としてはならない。入内できる高貴な姫が、皇子を産めばそちらに権力が移行しかねない。そうなっては我が家をしのぐかもしれない。
後一条天皇の后も、東宮の亡き后も彰子の妹である。その東宮には皇子がいる。それで十分だと断言します。
さらには、今まで二つあった皇統が一条のみになった、これを守り抜くべきだと帝を諭し、頼通のためにもなると言います。
彰子は「玉座のゲーム」のプレイヤーとして、頼通の上になりました。
おなごが政に口を挟めぬと泣いていた彰子は遠くなったものです。
しかし、外戚が一つの家に集中する弊害は、政治停滞を招きます。
彰子も、詮子、道長、倫子と同じ政治ゲームに参戦した――これは栄誉なのか、果たして呪縛なのか。
小鳥は籠を飛び出す
まひろが空になった鳥籠を下ろします。
乙丸から「どうなさったのか?」と問われ、鳥になって見知らぬ所へ羽ばたいてゆくと言い出すまひろ。
置いていかないで欲しいと乙丸が訴えると、もう乙丸に遠出は無理だとまひろが難色を示します。それでも乙丸は、置いていかないで欲しいと訴えるのです。どこまでもお供したい。
いとがここで「姫様」とまひろに語りかけ、「若様はどちらにいるのか?」と尋ねてきます。
「そこよ」
と、為時を指し示すと、「もう内裏に行く時間だ」といとが出発を急かす。彼女も年老いてきました。為時は「今日は休みだ」としております。
果たして、いとの言う若様とは為時か。それとも惟規なのか。なんとも切ない場面です。
まひろは賢子に和歌を集めた『紫式部集』と呼ばれることになる作品を託します。
めぐりあひて
見しやそれとも
わかぬ間に
雲隠れにし
夜半の月かな
そう百人一首にもとられた歌を読む賢子。
「幼友達を詠んだ歌なのね」
「ええ」
少し目が揺らぐまひろ。その幼友達とは三郎のことも含んでいるのがこのドラマです。
「母上にも友達がいたならよかったわ! フフ……」
そう母親の難ありな性格をからかう賢子です。確かに友達は多くないですね。
東から嵐がくる
まひろは都大路を抜け、乙丸とともに旅に出ます。
かつて鳥籠のような都を出ていかないか?と直秀に誘われたまひろ。道長という籠が壊れ、羽ばたく自由を手にしました。
気ままな旅のようで、音楽にはどこか緊迫感があります。
するとけたたましい馬の蹄の音が背後から聞こえ、数騎の武者たちが駆け抜けてゆきます。
一団の中には双寿丸がいて、まひろを見つけて戻ってきました。
「おう。何をしているんだ、こんな所で」
「何も縛られずに生きたいと思って。あなたこそ」
「東国で戦が始まったんだ。これから俺たちは、朝廷の討伐軍に加わるのだ」
「気をつけてね」
「そっちこそな」
そう言葉を交わし、双寿丸は去ってゆきます。彼の後ろ姿を見て、まひろは心の中でつぶやきました。
道長様……。
そして、こう口にします。
「嵐が来るわ」
安倍晴明が雨の気配を感じて始まったこの作品は、武者の馬蹄の響きに嵐を感じるまひろの顔で幕を閉じたのでした。
完
MVP:まひろ、道長、そして倫子
一年間見続けて、なんて珍妙なものを作り上げるのかと感嘆するばかりです。
視聴率をリアルタイムで計る意味が薄れたとはいえ低迷したことは納得できますし、刺さる人には刺さっても、外れる人には何が何だかわからない作品だとも思います。
このドラマは意図的に捻じ曲げているような箇所があり、かつ、対比にしている――そこを許せるか、許せないかもあるでしょう。
浮舟が出家したように、紫式部自身も信仰心に安らぎを見出していたと推察できます。
道長、公任、為時は出家しました。乙丸も仏像を彫っています。
ならばまひろ、そしてききょうもそうしてもよさそうなのに、敢えてなのか、まひろは何にも縛られない自由を頑なに選び、旅に出ました。
これも素直に描くならば、亡き人への愛を示すために出家するのも一つの手でしょう。まひろが大宰府から離れ難かったのは、周明への追悼の意味もあったように思えますから、その意識がないとも言い切れない。
話としてはそちらのほうが綺麗かもしれないし、歴史的にみても整合性がとれそうです。
ところが本作では、旅に出て、双寿丸の姿に嵐を覚えるのだから、とんでもない終わらせ方ではないでしょうか。
まひろはあくまで自由に羽ばたく一方で、倫子は底なし沼に沈んでいくようにも感じました。
倫子は当時の女性として最高とも言える立場にある。子どももいる。老後の心配も無用。
しかし彼女はずっと自分を押し込め、抑圧していて、怒りすら表に出せません。
彰子が皇子を出産した後は、道長に怒り、席を立って猛然と出ていくこともできた。今の彼女はそれすらできない。
まひろが目を通していたのは白居易の『長恨歌』。
倫子のもとに結果的に残されたであろう漢詩は陶淵明の『帰去来辞』。
まひろは道長の手をとる。
倫子は布団の中にしまってしまう。
これでもか、これでもかというほどに、まひろと倫子の明暗が示され、正しい道をゆくのはまひろだと示されます。
政治の道としても、まひろと倫子ならば前者が正しいのに、後者が優先されることで嵐が来るという示唆もなされています。
まひろは大宰府で、戦の惨さと泰平の尊さを知った。だからこそ、隆家のような人物のことを惜しむ。
一方、倫子に代表されるような、内向きな連中は、結局、己のことばかり考えている。倫子は、彰子が心を開いたのはまひろだったと嘆きました。
それでも彰子の政治路線は倫子なのです。外戚政治を硬直化させる道を選び、嵐に耐えられない木を育てることにつなげてしまう。
あらためて思います。
倫子に何の罪があったというのか?
むしろ、まひろが極悪ではないか?
まひろは大河ドラマ史上最も腹黒い主人公ではないかと思っています。
『鎌倉殿の13人』の北条義時? 彼は根はまっすぐな青年でしたよね。
一方でまひろは、子役時代からすらすら嘘を並べていた。先天性のどこかおかしな性質が浮かんでくる。
まひろの難ありな性格は、接する時間が長い相手ほど、諦めているようにも見えます。
為時は、頑固で言い出したら聞かないと諦める。
乙丸も、結局は諦めることが多い。
賢子は、自分の母親には友達ができないと確信している。
ききょうは、もう全てを水に流し、相手の難については考えることをやめたようにすら思えた。
あれほどまひろのことを好きな彰子ですら、言い出したら聞かずにはっきりしていると認めている。
そして倫子も、はじめこそまひろの言葉に衝撃を受けているようで、心が麻痺していったようにすら思えます。
母が殺されただの、散楽の者が死んだだの言われ、何をどうしようというのか。
最終回でまひろと倫子の対峙が描かれたとき――そこにあったのは、ただひたすら困惑する倫子の姿でした。
まひろが「重荷を下ろしたぞ」とさっぱりして見えたのがますますおそろしい。
治世の能臣、乱世の奸雄
最終回のまひろを見ていて、曹操を評したこんな言葉が脳裏をよぎりました。
治世の能臣、乱世の奸雄――。
まひろは泰平の世はよかったとしみじみと口にします。周明の命を奪った戦乱に恐怖を見出すことは当然と言えます。
ただ、まひろが乱世にいたらどうなるか?
平安中期に生きているときは、仕事のできる才女として人生を終えた。
けれど、もしも嵐に遭遇したら、それはそれで水を得た魚のようにいきいきしていたかもしれない。その場合、惨劇や陰謀の香りも漂ってきます。
このドラマは、変革しない、現状維持志向の者に冷たいと感じます。
顕光や道綱のように、努力もせず、地位にだけ執着するものに向ける視線は厳しい。
公任と行成の【刀伊の入寇】恩賞対応では、彼らを冷たく突き放すようなものすら感じさせた。
あれだけ丁寧に、細やかに描いてきた彰子だろうと、外戚政治の維持に動く様は禍々しさすら滲ませる。
何よりも、道長の治世は実績がないと言わんばかりの場面には震えました。
一方で、実資に対しては大体いつも好意的であり、隆家はさっぱり爽快した風雲児になった。
ききょうは、椿餅の場面ではヒールターンしたようで、ここにきて素晴らしい女性として描かれる。
政治を動かす野心を滲ませていたききょうは最高です。
定子への敬愛だけでない。世を動かす喜びを認めたからこそ、輝いたようにも思えます。
そして最後の最後、双寿丸は嵐を背負ったおぞましさだけではない、新時代の活発な空気も運んできています。
まひろは己に改革志向、乱世適性があると薄々わかっているからこそ、改革を志す者に好意的なのかもしれません。
何よりも、このドラマそのものが改革を背負っていると思えました。
2023年はともかく、2022年と2024年は、大河ドラマを変えた作品と評されることでしょう。
視聴率は低いけれども、視聴者数基準を導入し、こちらは高水準でした。
出版社は『源氏物語』の関連書籍が売れたと喜んでいる。
このドラマでブレイクした役者もでた。
関連イベントも大盛況。
変えようとしないことは悪。変えてこそ、前に進める。そう踏み出した勇気あるドラマです。
出来と結果も大事だけれども、変えていくという志こそ大事――そう熱く主張するような、雅なようで実は勇気もある。
素敵なドラマを見ることができ、満足できた一年間でした。
なお、本作を総括する総論レビューについては後日あらためて公開しますので、まずは40のトピックに注目した以下のまとめ記事からご覧ください!
-

『光る君へ』細かすぎて伝わらない名場面・小道具・海外の反応をもう一度味わおう!
続きを見る
💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅
あわせて読みたい関連記事
-

菅原孝標女(ちぐさ)が『光る君へ』に出るべき理由|推し活オタクは幸せ也
続きを見る
-

『光る君へ』周明のような人物は実在した?注目すべき歴史的背景はマージナル・マン
続きを見る
-

異国の賊を撃退した平為賢|平安時代に台頭する武士の成り立ちと共に振り返る
続きを見る
-

藤原隆家の生涯|天下のさがな者と呼ばれた貴族が政争に敗れて異国の賊を撃退
続きを見る
-

「刀伊の入寇」で対馬や壱岐の住人虐殺!いったい誰が何のため襲撃した?
続きを見る
【参考】
光る君へ/公式サイト






