魔道祖師魏ポスター/amazonより引用

陳情令・魔道祖師

陳情令と魔道祖師の女性キャラ考察|虞夫人 金珠&銀珠 江厭離 温情 孟詩 秦愫

2021/12/10

日本における中国時代劇は、かつて男性が鑑賞するものとされていました。

『三国志』や『水滸伝』あるいは始皇帝ものにせよ。

髭をたくわえた男性たちが陰謀をめぐらせる――重厚なものとされてきたのです。

映画も同様。ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジェット・リー、チョウ・ユンファ、ドニー・イェン……など錚々たるアクションスターは激しい戦闘シーンが人気でした。

それが2020年代に入ると、様相がガラリと一変。

ラブ史劇!

美男子揃い!

そんな甘い紹介が登場し始めます。

象徴ともいえるのが、佐藤信弥氏の華流ドラマをテーマにした新書『戦乱中国の英雄たち』(→amazon)でしょう。

タイトルからは既存の男性視聴者層へアピールが感じられますが、帯には『陳情令』と『三国志 Secret of Three Kingdoms』のメインビジュアルが採用。

幅広い読者層を意識した宣伝戦略を感じさせるのです。

要は女性ファンが急増しているんですね。

中でも、とりわけ象徴的な作品となったのが『陳情令』です。

美しい男性同士が繰り広げるブロマンスファンタジーが女性の心をとらえ、さらに劇中には、魅力的でたくましい女性キャラも多数登場します。

かつて東洋には、強く女性がいた。

男性も、女性の美貌だけではなく、才知と勇敢さを愛していた。

そんな価値観を蘇らせるためにも、この作品はオススメ。

◆【流行語大賞】「ジェンダー平等」持続可能な開発目標の1つ/選考理由(→link

2021年の流行語大賞では「ジェンダー平等」が挙げられましたが、実はこの概念、東洋では最近生まれたものでもなんでもなく、

・男性は龍
・女性は鳳凰

として、互いに支え合い、この天地が成立するという思想があったのです。

そこで本稿では「ジェンダー平等」が存在する世界観――華流ドラマにおける女性像を『陳情令』から見て参りたいと思います。

【TOP画像】魔道祖師魏ポスター(→amazon

 


虞夫人~母なる虎の誇り

『陳情令』は時代背景が明確にされてはおりません。

しかし、複数の要素から魏晋南北朝が近いと推察できます。ジェンダーの観点からもそれはあてはまります。

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この時代は貴族の時代。

中国史における貴族とは、魏晋南北朝時代から唐末期までに存在しました。そこが日本や西欧とは異なります。

そして貴族の時代は、母方の血筋が重視され、五大世家に反映されています。

典型的なのが虞夫人こと虞紫鳶(ぐしえん)です。

鳶とはトビのこと。紫電をもち、トビのように猛々しく戦う彼女にぴったりです。

イラストにせよ、写真にせよ、いつも怖い顔をしている。にっこり笑うところはあまり見かけない。魏無羨にやたらと辛く当たります。

魏無羨が「あんなに気が強い女性は知らない」と振り返るほど強烈な性格。

しかしそう語るとき、魏無羨の口調からは呆れるだけでなく、敬愛のようなものも感じさせるのです。

彼女のモチーフとして武侠作品から推察できるのは、金庸『神雕侠侶』に登場する黄蓉です。

主人公である楊過を引き取るのですが、彼の父に悪感情があることもあり、厳しくあたります。

黄蓉は前作『射雕英雄伝』でヒロインをつとめていただけに、結婚して歳を取ったらこんなに嫌な女になるのかと失望されることも多いのです。

※1:37前後、険しい顔で恋に反対している女性です

※かつての姿は1:10頃から

ただし、この虞夫人にせよ黄蓉にせよ、考えたいことはあります。

彼女たちは生まれつき性格がキツかったのでしょうか?

黄蓉は性格が強烈な父親に似ており、そうだと思いたくもなりますが、そう単純な話でもありません。

黄蓉の場合、父・黄薬師が伝説的な強者である“東邪”とされています。

黄蓉の夫である郭靖にとって、黄薬師の娘婿となることは名声を高めることでもありました。

虞美人の場合、親の性格はわかりません。

ただし、実家の眉山虞氏が強く、彼女自身はその一族の中でもトップクラスであった実力が伺えます。金子軒の母とも親友であり、名門の人脈構築が見て取れます。

そして何といっても彼女の武器である、紫電!

あれほど強いものはそうそうない。彼女を娶れば、紫電もセットになる。これは大きなメリットです。

名門に輿入れしたとしても、彼女には卑屈になる理由はありません。男に生まれたかったと悔しがることもありません。

妻として、この私こそが江氏を磐石にする。そのくらいの誇りがあったとしても不思議はありません。

実家という後ろ盾がある女性は、ありのままに強くふるまうことができたのです。

 


金珠と銀珠~女主人とともに戦う侍女

そんな虞夫人がいかに権勢があるのか示す要素として、侍女の金珠と銀珠がおります。

侍女は花や動物のような愛らしいものの名をつけられることが定番。金と銀の珠いう華麗な名は、きらびやかなものを好む女主人の性格を思わせます。

ただの侍女かと思っていたら、実は強い!

女主人とともに戦うだけの戦闘力があります。

こうした侍女は中国の文学や時代劇ではおなじみの存在。女主人にぴったりとつき、身の回りの世話をやき、ときには情報を集めます。

対立する女主人同士がいると、主人たちは争わないかわりに、侍女たちが口論をするのはお約束でした。

「あんたのとこの奥様、ほんっと、派手好きで悪趣味だよね。このあいだ着てた服、悪趣味だっていい笑いものだよ」

「ふん! そっちの奥様みたいに、みじめたらしい服を着回しているよりずっとマシだよ!」

通りがかってこんなふうに喧嘩する侍女同士がいると、グッと古典らしさがあがります。

中国古典を知っていて、時代劇を見慣れていると、おなじみの光景なのです。

また、夫の浮気をマークする役目もできます。

金珠と銀珠がついていながら、江楓眠が他の女性を愛せるかというと、厳しいものがあることはご想像できるかと思います。

実はとても重要、それが侍女です。

 

江厭離~心やさしき最愛の師姉

名門の出身であり、母はあんなに強気だけど、似ていないのが江厭離。

名前の厭離は「離れるのはいや」。なんとも愛くるしい名前です。

そこは疑問となるでしょう。気の強い弟・江澄とは大違い。魏無羨にとって憧れの存在です。

彼女は魏無羨の師姉(中国語では師姐)。同じ門派に入門し、かつ順番が早い、姉弟子という意味です。

武侠ものでは同門弟子同士の恋愛はお約束であり、武侠ものの男性にとって初恋の相手が「師姉」または「師妹」というのはパターンとなっています。

得意料理は、蓮根と骨付き肉のスープ(蓮根排骨湯)です。家庭的で素朴な味とされます。この手の料理では、そこまでハードルが高くなく、家庭でも再現できます。

 

ちなみに、前述した黄蓉が披露した料理である乞食鶏(叫化鶏)は、鶏をまるごと泥で包み込んで焼き、叩き割るという豪快なもの。

まず一般家庭では再現できないため、悔しがった金迷(金庸ファン)も多いとか。

 

彼女は仙師としての才能はなく、平凡であるとされます。

これは相対的な比較によるなものかとは思えます。母ほど強くはないのでしょう。

虞夫人のような高い武力や、知識で動きを封じる能力のある温情のような能力があると、彼女は退場までかなり大変な手間がかかります。

早い話が、剣で刺された程度では死ねなくなるのです。

 


温情~“侠”を抱き、人を救う名医

岐山温氏の配下にいる大梵山温氏。温情は一族名医です。

ドラマ版では医者でありながら仙師としても力を発揮します。

その名は説明が不要でしょう。情深い女性です。

魏晋南北朝を扱う物語において、名医といえば華佗がおります。東洋医学において尊敬を集める人物です。

曹操に治療を施すものの、彼に無断で帰郷をするといった反抗的な態度をとったため、処刑されてしまいます。

曹操は我が子・曹沖が夭折した時、自身が頭痛に悩まされたとき、華佗の処刑を悔やんだとされています。

そんな華佗はフィクションでは便利な扱いをされ、関羽の手術をする名場面が追加されます。

これは今も続いており、『三国志 Secret of Three Kingdoms』では華佗一門が謎の暗殺術を伝えていて、そこに郭嘉すら関わっていたような描写にされています。

このように、フィクションにおいて医者は便利な扱いをされます。

『ブラックジャック』よりもはるか昔から、中国文学における医者はド派手な活躍をさせられるのです。

そんな医者ですので、温情は魅力的な女性であっても、恋愛対象として扱われることはあまりありません。

彼女自身、自分の技術を人命救助と弟の温寧はじめ一族の保護に使う、義侠心に富んだ性質を持ち合わせています。

温情はそんな医者らしい能力を発揮できます。ツボを用いて動きを止められるのです。

魏無羨がこのせいで動きを封じられ、その隙に彼女は出頭して金光善のもとへ出頭してしまいます。

ちなみにツボを押したり鍼を打つくらいで動きを止めること。これは武侠において【点穴(てんけつ)】と呼ばれる定番技能です。

『北斗の拳』における「秘孔」の元となっています。

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彼女の魅力はその“侠“にあります。

ドラマ版において、彼女の恋愛エピソードが追加されました。江澄が彼女に淡い恋心を抱き櫛を贈るのです。そして温氏から離れるのならば……と好意を伝えます。

しかし温情は、自分だけが幸せになることに納得できません。弟の温寧はじめ、大梵山温氏を守らなければ意味がないと断るのです。

ここで温情は、江澄が“侠”の持ち主であるか、確認したとも思える場面でした。

“侠”とは何か?

それは魏無羨のあの言葉に集約されています。

「この魏無羨が、一生悪をくじき、弱きを救えるように」

自分の力で弱い人を救うこと。これぞ“侠”です。

彼女は自分個人の幸福よりも、一族全体のことを考えました。

愛だけではなく、“侠”がある相手でなければ、そばにはいられない。それが温情です。

櫛を贈られようと、その美しさを愛でられようと、彼女にとって意味はありません。

温情と似た人物として、2021年大河ドラマ『麒麟がくる』の駒があげられます。

駒は周囲に人助けを頼み続け、誰かと結ばれることは二の次。自らも医術で人助けをしようと奔走します。温情と並べると、駒が理解しやすくなると思えます。

温情は悲運の中で散りましたが、“侠”で幸福を掴んだ女性もいます。

女性登場人物に厳しい運命が降りかかる中、最も幸運と思われる、羅青羊(らせいよう・愛称は綿綿)です。

商人と結婚後も、人助けのために夜狩を続ける羅青羊。結婚後もキャリアをあきらめない彼女からは、“侠”を理解する夫を見つける意義を感じさせます。

愛情だけでなく、価値観や正義感が一致することも大事。そう彼女たちは示しています。

 

孟詩~容色だけを愛されて

温情が恋愛感情にほだされ、“侠”のない男と結ばれたら?

そんな憂鬱なifは金庸原作武侠ドラマ『射鵰英雄伝 レジェンド・オブ・ヒーロー』で見られます。

温情役の孟子義が、穆念慈(ぼくねんじ)を演じています。結ばれた刹那は愛があろうと、その先まで見据えねば不幸に陥りかねないのです。

この世界にも、そんな典型例がおります。

女性としての容色のみを愛された孟詩。金光瑶の母です。詩という名からは、文才があると想像できます。

孟詩は妓女でした。

妓女とは美しさだけを愛されるわけではありません。手練手管のみならず、詩を詠み、楽器を奏で、歌う芸術性が求められる。孟詩は才知あふれる妓女として有名でした。

そして名門の金光善のお手つきとなり、男児を産みます。

彼がもし、己と我が子の才知を愛していれば、きっと運命は変わるはず――しかし金光善は、女の容色だけを愛する下劣な男でした。

母の願いと恨みは、金光瑶に引き継がれて悲劇を巻き起こしてゆきます。

 

秦愫~愛だけしか頼れなければ……

愛はあった。

それでも駄目だった。

愛にすべてを賭けるというのは、美しいようで、夫が下劣であれば破滅する。

そんな作中最も酷い結末を迎える女性が、金光瑶の妻である秦愫(しんそ)です。

愫とは誠意、真心の意味。名の通り、彼女は誠実で、真摯な愛に生きていたのでしょう。

彼女は『笑傲江湖』に登場する悲運の女性、寧中則と岳霊珊を連想させます。

最愛の夫に欺かれ、悲運の最期を遂げるのです。

彼女たちの過ちは、愛する相手をまちがえたこと。彼女自身に罪はないのに……報われぬ運命を体現します。

 

女侠の伝統

まずは武侠の伝統から、本作の強い女性の考察をしてみましょう。

武侠よりはるか前から、中国文学では、戦う女性像が伝統的にあります。

巾幗英雄(きんかくえいゆう):花木蘭が元祖とされる。従軍し、戦う女性のこと。頭巾で頭を包むことからこう称される。

女侠(じょきょう):武芸を身につけた女性のこと。武侠ものでは女侠がいなければ話にならない。

中国では伝統的に女戦士が強い!

これに対し、日本の時代ものではここまで女性が強くありません。

武侠好きが吉川英治『宮本武蔵』を読むと、「お通は何のためにいるの?」という感想を抱くこともあるとか。

お通の是非はさておき、武侠ものならば宮本武蔵の横に立ち、武器を振るっていてもまったくおかしくはありません。

男性を龍とし、女性を鳳凰とみなす。そんな思考がありますから、武侠ものでは師匠の妻も「師娘」(しじょう、師匠の妻)と呼ばれ、尊敬を集めます。

むしろこの作品はブロマンスものであるせいか、どうしても女侠の存在感が薄くなってはおります。ドラマ版はその調整をしているように思えます。

武侠らしさを女性で最も体現しているのが、虞夫人と侍女たちといえます。

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女の人生は結婚後も続く

次に、中国の伝統的な価値観を考えてみましょう。

古典的なディズニー映画のお約束とは別の世界がそこにはあります。

白馬に乗った王子と結婚して終わり?

いやいや、女の人生はむしろそこからが本番。家を守るために智勇を尽くしてこそ、東洋の女性といえます。

ここでもう一度、江離厭について考えてみましょう。

彼女が可憐であるのは、なぜでしょうか?

あの優しさ、そしてお料理、かわいらしい姿……そうした理由は思いつきますが、それだけでしょうか?

意地悪なことを指摘します。

彼女がああも可憐なイメージのままであるのは、結婚と出産後、ほどなくして亡くなった悲運もあると思えるのです。

江厭離は理想のお姉さんです。夫・金子軒との甘酸っぱい恋も含めて穏やかに思えます。

しかし、それでも気の強さはチラホラと見えていました。魏無羨が侮辱されると、断固として謝罪を求めていたのです。

愛する人を守るためならば、強くなる!

それこそが結婚後の女性に求められたこと。しばしば子を抱えた虎にたとえられるほどの猛烈であっても、むしろ賞賛されます。

とはいえ、虎と化した妻とはどうなのか……そんな思いもあるわけでして。

中国の古典『紅楼夢』の主人公である賈宝玉は、こんな台詞を吐きます。

「女の子の体は水でできているけど、男の子の体は泥でできている。だから女の子を見ていると気持ちがスッキリするけど、男の子を見ているとムカムカしてくる。そんな女の子だって結婚して男と交わったら泥と混ざってしまうから、台無しになるんだよな」

それな、未婚美少女最高! 深く頷き、作中の美少女たちに現実逃避する読者も少なくなかったことでしょう。

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建前は「家を守ってくれてありがとう」。

しかし本音は「妻が怖い。あの可憐だった彼女はいずこへ……」とぼやいている夫がそれこそ多かったもの。中国の笑話集やコメディには、恐妻家ネタが定番です。

「あの人はたいしたもんだけど、家に帰れば恐妻家だってさ」

「マジかよ、俺と同じじゃね、親しみ感じるわ!」

そんなネタとともに語られてしまう。明代の名将・戚継光がその典型例です。

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この伝統は武侠ものでも引き継がれたのか。

前述の通り黄蓉は、結婚前後の印象変化が激しく、失望される武侠ヒロインです。彼女なりの言い分はあるとはいえ、そこはさんざん突っ込まれます。

武侠大好きな周星馳(チャウ・シンチー)は、さらにネタとして取り込みました。

映画『カンフーハッスル』には、ふてぶてしい“小龍女”というおばちゃんが出てきます。

みんな大好きな小龍女だって、結婚してしばらく経てばこうなるんじゃないの?

そんなネタに観客は大爆笑したのです。

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身も蓋もない言い方をすれば、江厭離はそうなる前に退場したと。

じゃあ彼女が結婚してしばらくしたらどうなったのか?

その役割を担ったと思えるのが弟・江澄です。外叔父でありながら金凌に過保護でともかく手厳しく、内心鬱陶しがられている。あれは、子のために厳しくなった親の古典的な像といえます。

そもそもその年齢なら実子がいてもよいのではないか?

そんな困惑を感じてしまいませんか?

あれは亡き姉の役割を彼なりに代理しているのかもしれません。

 

魏晋南北朝~貴族女性が強い時代

虞夫人が江楓眠と手を繋いで悲運の死を遂げるとき――そこには夫婦愛があるように思えます。

これは何もフィクションとしてのお約束だけでもありません。

戦う妻という像こそ、まさしく魏晋南北朝に実在した女性たちの姿も見出せるのです。

当時の名門貴族の女性たちには、強い発言権がありました。

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この時代における強い女性の典型として、陽夏謝氏の出身である謝道韞(しゃどううん)がいます。彼女は幼少期から聡明でした。「詠雪の才」として知られる逸話があります。

謝安がある雪の日に、家族にこう語りかけました。

「雪が降っているね。何に似ているか言ってごらん」

その中で一族の男子・謝朗がこう答えます。

「塩を空中に撒けば似ていると思います」

そして謝道韞はこう言いました。

「風に吹かれた柳絮(りゅうじょ、柳の綿毛)が舞う様が似ています」

謝安はその答えに満足し、笑ったのでした。

『世説新語』「言語」

「雪は塩だ!」と単純に答えた謝朗に対し、謝道韞はより詩的に、リアリティのある答えを咄嗟に返す。

こんな女性の機知が愛されたのが、この時代でした。

 

そんな謝道韞は才知あふれる女性であり、かつ気が強い。毒舌で男性を言いまかすこともしばしばありました。

夫はこれまた名門貴族の瑯琊王氏出身の王凝之でした。彼に嫁いだあと、謝道韞は夫に失望し、実家でもイライラしております。

そんな彼女を叔父の謝安はこうなだめたのです。

「もうありえない、あんな人だと思わなかった! 思い出すだけでイライラしてくる……」

「まあまあ、でも、王郎(王の若君)はあの名門の出だし、そんなに悪い人じゃないよ。どうしてそんなに気に入らんのかなぁ?」

「でも、謝氏一族にせよ、親戚にせよ、才知あふれる男性ばかりでしょう。それがあの人は何なの? まったく、この世にこんなぼーっとした奴、あの王郎みたいな存在がいるなんて思いもよらなかったわ」

これは辛辣なだけではありません。

彼女の実家陽夏謝氏がいかに優れ、一族が才知を披露していたのか、わかる言葉でもあります。と

はいっても、謝道韞は同族に対しても辛辣。

彼女の弟・謝玄は当時どころか中国史屈指の名将です。

「赤壁の戦い」を上回る兵力差とされた「淝水の戦い」において大勝利をおさめました。

その弟すら、こうからかっているほど。

「あんたって進歩しないよね。雑務に追われてんの? それとも才能に限界があるとか?」

それでも謝玄は姉に怒るどころか「姉上にそう言われないよう、私もがんばるしかないわ!」となったと。

謝道韞のきつい性格は欠点とされるどころか、賞賛されていました。

「彼女ってハッキリしているよ、まるであの竹林の七賢みたいな雰囲気があるよね」(『世説新語』「賢媛」)

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そしてそんな謝道韞は、まさしく虞夫人のような振る舞いをしたと記録に残されています。

彼女たちの生きた東晋が斜陽となると、民衆反乱が起きました。

そんな「孫恩の乱」の最中、夫である王凝之と息子たちも殺害されてしまったのです。

これを聞いて、ただ泣いているだけでは済まされない!

謝道韞は侍女が担ぐ輿に乗ると屋敷から出撃し、自ら刀を振るって応戦、数十人を倒したとされます。

奮戦の末に生捕りにされたあとも、外孫をかばい、こう言い返しました。

「この子は外孫で王氏とは無関係です。殺すなら、私のあとにそうしなさい!」

これには孫恩も圧倒され、ついに彼女とその一族には手出しできなかったのでした。

生き延びた謝道韞は、尊敬される女性として余生を過ごすこととなり、死後も賢い女性として名を残したのでした。

困難の中、夫婦ともに戦い抜く。そんな女性が実在したのです。

これほどまでに女性が強い時代となると、女性から受け継ぐ才知も賞賛されます。

虞夫人は落命するものの、その紫電は江澄に伝わりました。息子が父ではなく、母から受け継いでいるのです。

この時代を代表する人物として、書道史に名を残す偉大なる書聖・王羲之がいます。謝道韞にとっては舅にあたります。

彼は幼いころ、衛夫人こと衛鑠に書道の手解きを受けたと伝わります。王羲之を語るうえで、衛夫人が指導する場面は欠かせないのです。

こうした世界観をふまえますと、魏無羨が虞夫人を「気が強い」と評することや、江澄と紫電の継承も理解しやすくなります。

強き母である虞夫人は賞賛され、敬愛されているのです。

 

できる男は女の才知も愛する

そんな世界観において、下劣とされる男がいます。

金光善です。

好色で片っ端から女性に手出しするところが嫌われますが、もうひとつ、彼がどうしようもない人物とされているとわかる場面があります。

妓女たちと戯れながら、子を宿した孟詩の身請けについて語る場面です。

彼は女は容色だけを愛でるもので、なまじ才能がある女は鬱陶しいと笑い飛ばします。

この言葉を魏晋南北朝時代の人々が聞いたら、視聴者と同じく、呆れ果てることでしょう。

『世説新語』「惑溺」にこんな話があります。

荀粲(じゅんさん、曹操の軍師である荀彧の子)は常々こう言っていました。

「女っていうのはさ、才知よりもなんといっても容色だよ!」

その言葉通り、美貌で名高い曹洪の娘を妻としました。

その妻に贅沢な衣装や家具を整え、彼女を熱愛しました。

妻が熱病に罹ると、外の庭で体を冷やし、彼女に寄り添い熱を下げたほど。

そんな愛妻が亡くなると、ショックのあまり間もなく亡くなってしまったのでした。

妻を一途に愛する感動的な話のようで、この逸話が収録された理由には批判する意図があります。

「荀粲は駄目な男だ。所詮女の見た目だけ愛しているのだから。みんな、こうなってはいかんぞ!」

女の中身を愛さないどころか、あまりに愛して、他にやることもないって?

中身のない奴だ、まったくけしからんな!

家庭を守り、責務を全うするのであれば、愛だけに生きていないで、もっと色々考えるべきだ。

だいたい、相手の容色だけを愛でるなんて、人としてまちがっていないか?

そんな戒めがあります。

容色は加齢によって衰えます。そこだけを愛していれば、冷え切った仲が待ち受けてしまう。

家庭を保つためには、中身もちゃんと愛しなさい。

今にも通じる思想があります。つまり、あの世界観では誰もが中身ごと愛しているのですね……金光善以外は。

あの曹操にも、こんな逸話があります。

曹操は妻の卞氏に耳飾りを持ってきました。上中下、それぞれランクがあります。選ばせて、こう聞いたのです。

「どうしてそれを選んだの?」

ここでもし彼女が「これが一番可愛いから」とか。「この色が好き」とか。そういう答えならば歴史には残らなかったことでしょう。

「上等なものを選べば贅沢が好きだと思われるし。かといってこれみよがしに安物を選ぶと、質素アピールがあざといし。だから無難なこれにしたの」

へえ! と、曹操は感心しました。流石、賢いことを言うなぁ、俺が選んだだけのことはあるよ! そうますます気に入ったのです。

そして賢明で謙虚な卞氏は、武宣皇后となりました。

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この卞氏は歌妓出身とされています。つまりはあの孟詩と同じ。

それでも曹操は彼女の出自を問わず、子を産み育て、当意即妙なことをいう賢さを深く敬愛したのです。

卞氏のことをふまえると、金光善は曹操よりはるかに劣るゲスだとご理解いただけるかと思います。

金光善が孟詩の聡明さまで愛していれば……もっと別の道はあったのかもしれません。

 

ジェンダー観点からみても新たな発見がある世界観

ジェンダーの観点からみても、この世界観はストレスが溜まらない配慮が行き届いています。

女の幸せは恋愛と結婚だけじゃないんだぞ。

結婚したからといって、夫の言いなりになってばかりではいかんぞ。

才能や義侠心で生きることも大事だぞ。

母親から息子が何かを引き継ぐことだって素晴らしいぞ。

そして、女の見た目だけを愛する男は、ゲスだ!

なんと配慮があることでしょうか。現代にも十分通じます。

これは何もフェミニストだの、中国共産党だの、そうした勢力に目配せをしているわけでもありません。

むしろこれぞ中国の歴史と文学の伝統といえます。魏晋南北朝当時を反映したからこそ、こうなったとも言えるのです。

ディズニー映画に、戦うヒロインであるムーランが登場したのは1998年のこと。それよりもはるか前に、中国文学には戦うヒロインが大勢いました。

そんなジェンダーでも先んじていた東洋の力を、作品を通じて感じ、さらに学んでいくことも楽しいのです。

子どもに字を教えるテキストとして『三字経』というものがあります。それにはこんな文章があります。

蔡文姫(後漢末の女流詩人、蔡琰のこと)は能(よ)く琴を弁じ、謝道蘊は能(よ)く吟詠す。彼の女子すら、且つ聡敏(そうびん)、尓(なんじ)ら男子、当(まさ)に自ら警すべし。

こんなに賢い女性がいるんだぞ。お前たち男だって気を引き締めなさい!

賢い女性は、この世界を動かし、人々を激励してきました。

『陳情令』と『魔道祖師』を、「女向けの軽いやつっしょw」とバカにされたら、作中や歴史上の女性のように、堂々と言い返してください。

この世界には、伝統と歴史がある。

噛み締めるほど教養が身につく!

女向けとされているこの作品だってこんなにスゴイのだから、あなたたちだって気を引き締めなさい!

そんな強気な姿勢を、彼女たちから学ぶことができます。

あなたの才知を恐れ、かわいけりゃいいと言う誰かがいたら、それは幸運なこと。

金光善のような下劣な人間と距離を置けるのならば、才知とはあなたにとって身を守る剣となるのです。


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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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