白居易

『水都百景録』より引用

世界史

『長恨歌』の作者・白居易は史実でどんな人物だった?水都百景録

2023/01/04

中国の詩人と言えば?

そんな質問をしたら3人に1人、あるいは半数が名前を挙げるかもしれない白居易(はくきょい)。

その代表作『長恨歌』は長いこと日本でも愛され、同作のヒロインである楊貴妃の姿に人びとは魅了されてきました。

そんな白居易が、日本でも人気のゲーム『水都百景録』において杭州の探検シナリオで主役を務めています。

白居易とその悲恋の相手である小蛮とはどんな人物なのか。

はたまた『長恨歌』のヒロインである楊貴妃がどれだけ日本で人気を博してきたか?

史実の面から、その足跡を辿ってみましょう。

 


小蛮は柳腰の美女ダンサー

まずは小蛮に注目。

一体何者なのか?というと、彼女の出自は、白居易の家妓とされます。

家妓とは家にいる妓女、つまりは主人や来客をもてなす女性のこと。

樊素(はんそ)と小蛮は並び称される家妓であり、それぞれ歌と舞を得意としました。

桜桃樊素口 楊柳小蛮腰

ユスラウメのような樊素の口は美しく歌う

楊柳のような小蛮の腰はよく舞う

かように喩えられるほどの家妓であり、心優しき白居易は、女性の魅力を平易に華麗に詩に描く才能を有していました。

口をユスラウメ、楊柳を美女の腰に喩えるセンスが素晴らしい――柳腰という言葉もあるほどですね。

ゲーム『水都百景録~癒しの物語と町づくり』には、唐代の詩人が複数実装されています。

中国のみならず日本で最も知名度が高い詩仙こと李白、そして詩聖こと杜甫は早々に登場。

この二人はなぜかブロマンス担当で、仲良く街中を散歩しております。

一方で白居易は、探検シナリオで小蛮と切ないラブロマンスを繰り広げます。

ロマンチックで甘い女性描写が得意、かつ『長恨歌』が代表作であることを踏まえての演出でしょう。

白居易は名門出身の楊氏という妻を娶りました。

聡明で温和で、まさしく理想の妻で仲睦まじく、夫婦は一男二女がいました。

ただし、成人できたのは二女のみであり、兄の子を養子とし、家を継がせました。

不幸はあれど、家庭生活は円満――そんな白居易でも悲恋を味わう設定にしてしまうのが、『水都百景観録』の苦くて甘い世界観なのでしょう。

 


白居易は心優しき詩人であり、硬骨の官僚

白居易は中唐の詩人とされます。

李白と杜甫は盛唐(唐最盛期)の人物ですから、その後の世代。

大暦7年(772年)、父・白季庚と母・陳氏の子として、鄭州新鄭県に生まれました。

唐代はまだ貴族制度の影響が強い時代です。彼はいわゆる「寒門」――名門ではなく没落した家系の出身で、豊かな生家とは言えません。

漢人ではないとする説もあります。

唐は多民族が存在する帝国であり、漢人としてのアイデンティティは血統よりも知識や教養で証明されるものでした。

彼の生まれた中唐は【安史の乱】によって既存の価値観が崩壊した時代でもあります。

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寒門の出であっても、官僚登用試験である科挙を突破すれば道が開ける。

聡明な白居易はこのルートに乗りました。

ざっと経歴を見て参りますと……。

貞元16年(800年)、29歳で礼部主催の進士科を突破。

貞元19年(803年)に史部主催の書判抜萃科に首席合格すると、宮中の書籍を管理する秘書省校書郎となりました。

生涯の親友である元稹(げんしん・779ー831)も同時に科挙を突破しています。

白居易と元稹は、元和元年(806年)に校書郎を辞し、元稹とともに特別任用試験「制科」に挑みました。

結果は、元稹が主席、白居易が次席という素晴らしい成績での合格。この年、代表作となる『長恨歌』を発表しています。

それからの白居易は順調に出世を重ねます。

元和2年(807年)翰林学士

元和3年(808年)左拾遺

元和6年(811年)に母・陳氏が亡くなると服喪のため官を辞していますが、元和9年(814年)には長安へ戻り、復職します。

しかし、白居易はただ漫然と官僚を務めるだけでもありません。

お得意の詩で政治批判をしました。

老人が徴兵を逃れるために腕をわざと折る様を詠んだ『新豐折臂翁』といった新楽府(政治批判を行う漢詩の一形式)で、悪徳官僚たちを訴えたのです。

しかし元和10年(815年)には、彼の上書が不敬とみなされ左遷となり、江州(江西省)の地方役人・司馬とされてしまいました。

長慶元年(821年)には再び長安へ戻るも、その後、地方赴任を希望して、長慶2年(822年)には杭州・蘇州の刺史となります。

『水都百景録』の杭州探検は、この時期の設定でしょう。

ここで白居易は土木工事もこなしますが、病のため一時休職。

その後も官職を歴任し、会昌2年(842年)を最後に71歳で引退しました。

そして『白氏文集』75巻を記し、会昌6年(846年)に死去。

75歳で天寿をまっとうしたのでした。

 

とてつもなく人生が充実していた流行詩人

白居易はとても温厚で、理想的な人生を送っています。

彼の詩や文章に描かれる世界は、穏やかであたたかい。友人と語らい、季節を楽しみ、ゆっくりと眠り、ひだまりの中にいる。

さらに彼の誌は、美女の描写も素晴らしい。妻の楊氏と相思相愛であったことも反映されているのかもしれません。

『長恨歌』の楊貴妃があんなにも素晴らしいのは「妻への愛が反映されているのでは?」という説もあるほどです。

親友の元稹ともわかりあい、篤い友情を結び、家庭円満、キャリアも順調。しかも長寿。

まさに充実した人生でした。

こうした文人は、中国史においても、世界史においても珍しい部類に入ります。

荒廃した戦場に立つ苦しみ。酷寒の地に遠征した辛さ。政治闘争。そうした実体験を詩にした曹操・曹丕・曹植の親子。

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実感に基づく生活苦を詠んだ杜甫。

党派抗争で地方に流され、東坡肉を食べつつ、赤壁で詩を読んだ蘇東坡。

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『水都百景録』で最も出現頻度が高い明代文人は、大変なことになります。

理不尽な理由で不幸に遭い続け、ついには「俺は桃花仙!」と現実逃避に走った唐寅(唐伯虎)。

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文人としては充実しているけれども、科挙にはかすりもしなかった文徴明

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このように、浮き沈みが多く、生活や政治に苦しむ文人が多い中、白居易はリア充の人物でした。

 


誰もが白居易の詩を知っている、大ブームが起きる

しかも白居易の詩は大ブームを築き上げます。

彼はその辺にいる老婆に詩を詠んで聞かせ、理解できるようにしてから仕上げていたとか。

詠みやすいし、人柄の良さも反映されているし、描かれる女性像はあまりに魅力的。

だからでしょう。中国を超えてアジア中に白楽天ブームが到来しました。

元稹はこう記しています。

王侯貴族から馬丁まで口ずさんでいる。

宮廷、役所、道観(道教寺院)、仏寺、駅舎……ありとあらゆるところに白居易の詩が貼り付けられている。

書き写したもの、彫ったものが売れる!

そうした作品を茶や酒と交換する者がいる。

妓楼では妓女たちが「私は白居易さまの詩が詠めるんですよ」と花代をあげるようにねだってくる。

まさしく大ブームですが、一体なぜここまで人々に受け容れられたのか?

まずわかりやすい。お婆さんに感想を聞いて、納得してもらえるまで書き直していたという苦労が実を結んだのでしょう。

そして艶詩、つまりは恋愛ものが多い。ロマンチックなのです。

中国では、伝統的に漢詩は崇高な理想を詠むべきだという建前がありました。

これは日本でも反映されており、気宇壮大な心や理想論を語るならば漢詩、切ない恋心を詠むならば和歌にするという慣習がありました。

一方で白居易は、ロマンスを詠みあげるのだから、これはもうたまらない! しかもキャッチーで、出てくる女性は魅力的!

そんな甘い白居易の詩に、誰もが夢中になりました。

ただし、恋愛ものや難易度が低いものがチャラチャラしていると軽蔑されるのは、今も昔も同じでして。

『水都百景録』でも実装された晩唐の杜牧は、友人の言葉としてこう書き留めています。

何がむかつくかって、元和以来の元稹と白居易の詩風だね。

チャラチャラして甘ったるくてけしからん。

あんなの読んでいたら人は堕落するぞ。

蘇軾(1036−1011・号は蘇東坡)が「柳子玉を祭る文」でこう評しています。

「元軽白俗」(元稹は軽薄で、白居易は通俗的)

柳子玉を持ち上げるため、比較に持ち出された記述ではありますが、それにしてもなかなか痛烈ですよね。

ただ、当時から本人も、その辺の批評は気にしていたのでしょう。

新楽府では政治批判もするし、きっちりと世の中を考えているという文章もたくさん残しました。

人間的に問題はないし、官僚としても優秀。家庭人としても親孝行で妻子思いで優しい。愛されるだけの条件はいくつもそろっています。

文人だからといって破滅的にエキセントリックに生きる必要もなく、彼は悪くありません。

『水都百景録』では冠に花をつけ、定規を手にしています。

優秀な官僚でありながら、艶詩も得意とする。そんな彼の個性がよく現れた画像です。

さらに冒険では彼の恋物語が……艶詩を得意とする彼らしいロマンスが楽しめます。

このゲームは悲恋が多いので、そこは心の準備をしておきましょう。

 

日本でも愛された『長恨歌』

白居易ブームは漢字文化圏全体に及んでいました。

朝鮮半島、越南(ベトナム)、そして日本――ここまで広い範囲で絶賛された作家は、彼が初かもしれません。

本人も人気があると理解していたとかで、実際、日本で最も知られた漢詩は白居易の『長恨歌』のような気がします。

清少納言は「梨花一枝 春雨を帯(お)ぶ」という句について考えました。

あの地味な梨の花が、楊貴妃の悲しむ顔にたとえられるってどういうこと?

そこで梨の花をじっと観察して、そこにある哀愁をたたえたような美しさを感じ、『枕草子』「木の花は」に記したのです。

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一方、紫式部は『源氏物語』で、光源氏の母を楊貴妃にたとえました。

彼女の名前を出すことで、読者も「あの悲劇の美女か……」と想像できるほど浸透していたからですね。

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楊貴妃の人気は留まるところを知らず、挙句の果てには「生きて日本に逃げて来たんだよ!」とか「唐を傾けるため日本が送り込んだんだよ!」といった無茶苦茶な伝説まで広がり、山口県長門市にある二尊院には、楊貴妃の墓まであります。

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「いったい日本人はどんだけ楊貴妃が好きなんだよ……」

そう突っ込まれるほど浸透し、それは現代作品まで続いています。

例えば昭和30年(1955年)には京マチ子主演『楊貴妃』という映画が作られ、2017年の映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』では白居易を黄軒(ホアン・シュアン/吹き替えは高橋一生さん)が演じ、染谷将太さん演じる空海とバディとなって事件を推理しました。

日中合作映画の題材に選ばれるほど、楊貴妃伝説はまだまだ健在なんですね。

大河ドラマとも無縁とは言い切れないでしょう。

2021年『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一は、パリの女性を見て興奮し、こんな言葉を残しています。

そのあたりのすれ違う婦人ですら、楊貴妃や西施にも劣らぬ美女ばかりである!

実際のドラマでこうした場面はありませんでしたが、楊貴妃は幕末明治期の知識人も挙げる固有名詞になっていました。

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意外かもしれませんが2022年『鎌倉殿の13人』にも縁がありますよ。

北条義時の妹・実衣(阿波局)が結城朝光から琵琶を習う場面のことです。

朝光は絶世の美女こそ琵琶が似合うと言い、その例として楊貴妃を挙げると、実衣が朝光にときめいてしまいました。

今年の『どうする家康』はさすがに不明ながら、2024年『光る君へ』であれば、紫式部が『長恨歌』を詠む場面が出てくるものと思われます。

前述の通り、桐壺更衣は楊貴妃になぞらえられた美女ですので。

ただし、いくら楊貴妃が美女だといっても、本人の肖像画もなければ、出会った人の証言も限られています。

それなのに、温泉で玉のような肌を洗い、梨の花のように泣く……といったように人々が美女の姿を思い浮かべてきたのは、白居易の作品があればこそでしょう。

楊貴妃は玄宗を惑わし、政務放棄させ、唐という帝国を傾けた悪女ともいえます。

にもかかわらず人々は悪女としての楊貴妃よりも、哀れな犠牲者としての思い浮かべるようになりました。

九条兼実は、後白河院の寵姫である丹後局を、帝王を惑わす妖女であるという意味を込めて楊貴妃にたとえました。

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それが戦国時代になり、荒木村重が見捨てた妻・だしが処刑された頃には、悲運の美女として褒める意味でたとえられています。

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歴史的に、日本人にも長く深く愛されてきた『長恨歌』。

楊貴妃の美貌や愛は、彼女の姿をいきいきと残した白居易の文才ゆえに現在まで残りました。

漢文の授業で書き下しをこなして、あまりの長さに嫌気がさした方もおられるかもしれませんが、今ではスマホでその世界観を楽しむことができます。

当時と比べ、我々はどれだけボーダレス時代の恩恵を受けることができるようになったか。

ここは日本に住む者として先祖返りをして、白居易と小蛮の悲恋をじっくりと味わいましょう。


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【参考文献】
川合康三『白楽天』(→amazon
井波律子『奇人と異才の中国史』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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