「天下静謐のために一層はげめ、そう勅命をいただいた」
正親町天皇からそう託されたと信長が語った、永禄13年(1570年)4月――。
満を持して織田軍は朝倉攻めへ向かいました。
越前の朝倉攻めスタート
三河の徳川家康、摂津の池田勝正、大和の松永久秀らも擁して、大軍と共に織田軍が進軍。
若狭の国吉城へ入ります。
明智光秀を勢いよく出迎えたのが木下藤吉郎であり、百人力だとことのほか喜んでいます。
この藤吉郎の弁舌スキルに注目ですね。松永久秀も「賑やかな男じゃ」と言いながら、光秀に「よっ!」と声を掛けてきます。
吉田鋼太郎さんはやはり、いい。ベテランとして即座に愛嬌を見せてきます。
大きな戦に血が騒ぐ久秀。なんでも佐柿に入るまで、我も我もと加勢が相次いだとかで、まさしく“破竹の勢い”ですな。
竹は一箇所バキッと折れば、あとはおもしろいように割れる――そんな人間の心理でもある。一度ブレイクすると、意見がスッと通りやすくなったりもするのでしょう。
久秀は自信満々で、こう語ります。
「やはり信長殿、これまでの大名とはちがう。このわしがにらんだとおりじゃ。なっ?」
茶器でも、人間でも、見抜く力があると自信満々。光秀も満足そうです。それが美意識自慢の久秀ですね。
ただ、実はそんな久秀でも、信長の器を過小評価している。信長は、そんな久秀の美意識すら、吸い取るような性質もあるのです。
信長が、諸将の前にやって来て、越前で朝倉を討つ!と宣言します。
それにしても「永楽通宝」の旗印がこれほどまでに説得力を持つとは……。
直江兼続が、伊達政宗の小判を「不浄のもの」とみなして、手で触らないで扇で受け止めた――という逸話が伝わっています。
真偽はさておき、金が汚いという意識はある。
日本特有の概念でもなく、金融と結び付けられるユダヤ人へのマイナスイメージといい(『ヴェニスの商人』のシャイロック等)、金を強調することは下劣だという認識がありました。
それが変わって、宗教や信念ではなく、金を通して戦い、そして身分を獲得していく流れが世界史全体に訪れていく時代でもあります。
織田信長は、世界史的に見ても極めてホットな人物なんですね!
今回の脚本担当は河本瑞樹さん。永禄のみならず令和もここ一番の決戦を迎えているようです。
摂津晴門の見立て
さて、そのころ、室町幕府では――。
ちょっと気になるのが藤孝。彼はどの程度、幕府内の同僚や兄の行動を把握しているのでしょう?
阿君丸毒殺事件は関与していないように思えましたが、どうなのやら。
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彼らは織田信長の動きを見ています。
東の朝倉攻めは予想通り。若狭武藤某は取るに足らぬ相手であり、はじめから目的は把握済みでした。
手筒山を守る寺田采女正では、織田方3万相手にひとたまりもないとも織り込み済みです。
信長は数勘定もきっちりしますから、本戦までには数でまず圧倒するようにします。少数で大軍に突撃をかけた【桶狭間の戦い】が例外でした。
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と、ここでほくそ笑むのが晴門。
「一乗谷から援軍が来れば、さて、どうなるかみものじゃ……」
強弩の末魯縞に入る能わず
信長が攻めると、朝倉方は脆いものでした。わずか2日で天筒山、金ヶ崎を収めてしまいます。
というと、すごく強そうではあるのですが、実は引っかかることがある。
強弩(きょうど)の末魯縞(ろこう)に入る能わず――。
たとえ強いクロスボウで発射した矢だろうと、遠距離であれば薄い絹すら貫けない――。
軍事的な話で言うと、行軍距離の問題になります。
アウェーで戦うというのはリスクがある。そこを踏まえて、自領まで引き込む作戦もあります。
奥羽の関ヶ原こと【慶長出羽合戦】の最上義光が代表例です。
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国土が広く、かつ気候が厳しいと有効な作戦であり、ロシアはこれでナポレオンとヒトラーに勝利しました。
敵のホームへ深く入る危険性に、勢いよく攻める側は気づきません。
越前へ攻め込んだ織田方はノリに乗っています。
柴田勝家は諸将を前に、本陣を移して軍議は明日開き、今宵は決戦に備えて休むとテキパキと指示。
安藤政信さんの個性と、キャリアと、柴田勝家がピッタリハマっている。
真っ直ぐで、まだ本音と建前の使い分けができるまでには至っていない、そういうところが絶妙に噛み合っているから、見ているだけでワクワクします。
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ここで藤吉郎が張り切って、酒の手配をしています。どの宴会でも幹事に欲しいタイプですね。
家康と干し柿
完全に勢いに乗っている織田方。
南は、小谷城の妹婿・浅井長政に守らせ、一気に一乗谷を攻めると言い出します。
一座が盛り上がる中、光秀は宴席を一人抜け出しました。すると先に徳川家康も来ており、葵を背負った背中が見えてきます。
「徳川殿……」
そう声をかけると、暗闇の中で家康は静かに思い出を語ります。
いつぞや、薬草売りの百姓からもろうた干し柿の味、今も忘れてはいない――。
光秀は「干し柿?」と不思議がります。
そうでした、幼い竹千代に干し柿を与えていました。光秀は驚いています。正体を見破られていた上に覚えていた!
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家康には類稀な記憶力があり、かつ即座に引き出せる特技がある。
これは信長も同様で、光秀が変装してお忍びで見ていたことを、魚を売りながら知っていた。そのえうで思い出していました。
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少ないながら、こういう人っておりますよね。嘘でも創作でもない。味覚という五感とセットになっていたことで、より強く記憶に残っていた可能性はあるでしょう。
家康はしみじみと、光秀に語ります。
あの時教わったこと。待つとはどういうことか、耐え忍ぶとはどういうことかを。
そして家康は、大きな問いを投げ掛けます。
「我々武士は、何のために戦うのでしょうか? 笑われるかもしれませぬが、私は争いごとのない、戦のない世を作る。そのために戦うのだと、禅坊主の問答のようなことをそのためにたたかうのだと ぜんぼうずの問答のようなことを時々本気で考えてみることがあります」
これには光秀も「分かります」と言える。
「しかし、そのような世の中が、果たして我らが生きているうちに訪れるのか? その時が来るまで、どのくらい戦を続けねばならぬのか……」
なかなかスケールが大きく、かつ、本作の根底にある思想に迫りました。
仁政のために、手を血に染める。そういう覚悟が彼らにはある。
義昭には欠けている【理】詰めの覚悟であり、信長には欠けている【情】であり。
ここで光秀と家康の二人が会話をするのは、偶然ではなく必然なのでしょう。
家康だって、誰にでもこんなことは言えない。禅坊主じみていると自虐するくらいの自覚があります。光秀だから言えることなのでしょう。
松永の懸念
そこへ松永久秀がやってきました。
気持ちが落ち着かん、飲んでも酔えんとある懸念を口にします。
手筒山では1,000人の兵を失った。それだけ激しかった朝倉方の抗戦。にもかかわらず金ヶ崎では自ら明け渡すように城が開けられ、火もかけられていない。これでは……。
「どうぞお入りくださいと言うようなものではないか。朝倉め、一体何を考えておる」
そう頭を悩ませています。
一方、越前・朝倉館では――。
朝倉義景がこう言っております。
「まだ動かぬか」
山崎吉家すら、理解できない言葉です。
「長政じゃ、近江の」
吉家は、浅井は織田の背後を守る役目だと答えます。南への備えとして、越前攻めに馳せ参じるはず。
それを「ちがう」と義景は言い切るのです。
確かに浅井長政は、信長に尻尾を振っている。しかし隠居した父・浅井久政は健在。朝倉と浅井の両家は、もともと強い絆で結ばれていた。
吉家がその長年の誼(よしみ)を捨て、長政が信長の妹・市を正室に迎えたと反論します。
「なればこそ、なればこそじゃ」
義景はそう言う、そのころ――。
板挟みの長政と市
近江・小谷城では、その市に向かって長政が語っておりました。
兄・信長に槍を向けることは本意ではない――その上で信長の落ち度と、こんな盟約違反を指摘します。
輿入れの際に、信長は浅井と長年誼を通じてきた朝倉には手を出さないと条件をつけていた。それなのに、越前攻めをしている。いかがなものか。万が一、朝倉が討ち果たされたら、面目が潰れてしまう。
信長の決定的な欠点が見えてきた。人の面子を潰し、プライドを傷つける。信長の気持ちは状況次第でコロコロ変わる。その変化の激しさに周囲は往往にしてついていけない。
市は叫びます。
「兄上はそのようなことは!」
「そなたの兄は、弟を己の都合で殺した男ぞ!」
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嗚呼、過去の悪事が響いてきましたね。
長政は、そのうえでこう念押しします。市はもはや信長の妹ではなく、この長政の妻だ。出陣するから見送りは無用じゃ。
市に抜擢された井本彩花さんも、長政の金井浩人さんも、見事です。
ご本人の熱演もよいし、キャスティングをした方も見事!
市はなまじ信長の妹であり、戦国一の美女とされていて、大物女優定番の役回りですから評価がぶれてしまう。
けれども、ここでの市は悲しいくらい、弱い一人の女性です。
いくら美しかろうが、そんなこと、ここでは何の意味もない。
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義景は、市にとって義父にあたる久政を出してきた。
長政は、実家ではなく嫁ぎ先の家族関係を強調する。
儒教倫理ですと、極めて正しい。父の言うことは軽んじられない。妻は夫の意見に従うべき。そういう世の中の規範に縛られて、彼女は無力に陥ってゆく。
いくら彼女が美しかろうと、そういう色に迷ったら、長政は面目が丸潰れだ。むしろ妻への愛を軽んじてこそ、守れる誇りがある。そういう規範と苦しみに挟まれて、長政も苦しんでいる。
そういう地獄の板挟みを生み出した信長が、朝倉軍と浅井軍による挟みうちにあう。混沌そのものの状況。
短い時間に、そういう悲しみと苦しみが詰まっていて、圧巻の場面ですね。
こんな悲壮な場面に、真偽不明の小豆袋エピソード※1は不要でしょう。
状況的に可能であったとも思えませんし、そんな不確定要素が強いことで信長が長政の裏切りを判断したとも思えません。
※1……両端を紐で縛った小豆袋を兄の信長へ送り、「朝倉と浅井に挟み撃ちにされますよ」と市が知らせたとする逸話
浅井の挙兵
金ヶ崎城では、柴田勝家が一気に一乗谷になだれ込むと勢をあげています。
一方で、松永久秀と徳川家康は、相手を探るべきだと反論。
すごく短い場面ですが、本作は一人一人の考え方が明瞭に見えていい。
織田方の中で、細かい要素を繋ぎ合わせて状況を考えられる武将は少数派ということです。桶狭間でも、家康は異変を察知していました。
そんな中、明智左馬助が光秀に書状を届けます。
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書状を読み、顔色を変える光秀。
勢いに乗る他の武将を、久秀と家康が抑えようとする中、光秀が信長を別室へ呼び出します。
信長に促されて光秀は、近江・浅井長政が出兵したと告げます。
しかし援軍を頼んだ覚えのない信長。長政は近江にとどまり南への備えをすべきだと言いつつ、顔を強張らせます。
「まさか……わしを? 何かの間違いではないのか?」
「おそれながら、まちがいではございませぬ」
9,000を率い、敦賀に向かっていると聞いて信長は唖然とします。信長は用意周到なようで、意外なところで抜けていますからね。
「なぜじゃ、なぜ、長政が……」
信長……最終回まで何度そう言うことになるのやら。最新研究を踏まえているなぁ。
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「織田信長は死んではならんのです!」
光秀は理由はわからないと言い切る。
正解だと思います。なんか適当な理由をでっち上げたら、そこにひっかかりかねないのが信長ですので。
いずれにせよ浅井の狙いが信長であり、一刻を争うと断言。
一気に朝倉を潰すか? 浅井を迎え撃つか?
いずれにせよ背後を突かれる!
南北の挟み撃ちでは、勝ち目はない。ことと次第では、命すら危うい――。
光秀は賢く仕事ができますから、プランを提案したうえでその結果まで予測しております。
選択肢を選んだ結果、どうなるかまで示せてこそ参謀としては上等でしょう。
「やはり信長様、一刻も早くここを……」
「逃げよと申すか!」
「他に道はないと存じます」
ここで信長、現実逃避というか、自分の心の中を開けっぴろげに言います。
帝に褒めていただいた。当代一の武将だと。そして託された、天下静謐のため! 逃げることなどできぬ、ただちに一乗谷を攻める、目障りじゃ、どけ!
そう光秀を蹴り飛ばします。
公式サイトでこのあたりの演出秘話が語られています。
蹴り飛ばすことは、長谷川博己さんと染谷将太さんが語り合って決めたことだそうです。役柄をきっちり掴んで理解している。そりゃうまいはずです。
信長はイライラすると、何かものに当たって解決したがる悪癖がある。今までも考え事をしながら体を叩いたり、扇をぶん投げていました。現代ならば、パンチングボールをお勧めします。
それでも光秀は言い切る。
「どきませぬ!」
ここで光秀の勤皇思想が垣間見えます。
帝がそのように仰せになられたということは、信長様の命はもはや一人のものではなくなった。天下静謐を果たすまで、生きていかねばならぬのだと。
「織田信長は死んではならんのです! お願い申し上げまする」
土下座する光秀。
ここも信長のややこしいところですが、そんな光秀に感極まったかどうかわかりにくい。黙ってすごい顔をして、背を向け座り込んでしまう。
「一人で考えたい。先に戻っておれ」
光秀はそんな信長の背中を見送り、部屋を出るのでした。
奇声を発しながら進退を決める信長
光秀と信長の一件を知らない諸将は、軍議を続けています。
川を使うと雨季が迫っているといったことを話している。
やはり久秀と家康は慎重派。若い英雄を描くことは本当に大切で、家康は幼少期から慎重なところが完成しているとわかります。歳をとり力をつけたから、タヌキだのなんだの言われたとわかります。
と、ここで妙な何かが聞こえてきます。
「うう〜っ、ううっ……!!!!」
信長が奇声を発し、すごい顔をして、床を叩いている。
信長はこう言う発散をしないといけないのですね。
ただ、それをやられる周囲の気持ちは……信長が理想の上司どころか“周囲にいたら困る人”になっている――これが新解釈の信長でしょう。
勝家が誰かに見に行かせようとし、光秀が応じようとすると、信長がキリッとした顔で戻ってきました。
がんばって抑え込んだな……動揺を見せないように工夫しました。防音まで踏まえていればなおよかったのでしょうが。
信長は冷静な顔でこう宣言します。
「近江より、急ぎの知らせが参った。浅井長政が兵をあげた。狙いはこの信長。朝倉と示しあわせ、我らを挟み撃ちにするつもりであろう」
そしてこう決めます。退き口は明智に任せると。
支度を整える中、光秀と家康は目顔でうなずきあうのでした。
やはり本作の光秀と家康には、何か繋がりがあります。光秀の願いは叶えられないけれども、家康が継承して徳川の平和を築くのであれば話としてはおさまりがよい。
その流れですと、海を越えた先からも麒麟を駆逐した秀吉が“宿敵”とされるのも必然と言えます。
藤吉郎と妹と芋
このあと、光秀の前にその男がやってきます。
藤吉郎は土下座し深々と頭を下げ、自分の秘めた心のうちを明かすのです。
殿を務めたい。
貧乏百姓、百姓とは名ばかり、自前の田畑も持たぬ身。
年の離れた妹がいた。その末妹が病で寝込んでしまった。日々の食い扶持にこと欠く我が家に、薬を求める銭はない。弱っていく妹をただ眺めているだけ。
ある日、隣村に嫁いだ姉が芋をひとつ……粥にでもして食わせてやれと置いて帰った。
そのとき、家にいたのは兄と妹だけ。その芋を、兄は、食べてしまった!
翌日、妹は死んだ。
藤吉郎は自分を責めた。なんという浅ましさかと……このわしに生きる値打ちはあるかと。
さて、この話の真偽は?
私は“真”とします。
・年が離れた妹。家康正室となる朝日姫とは一回り以下であり、“年が離れた”とは思えない。
・身分が低いもの、成人しない妹が死んだとなれば、存在そのものが抹消される。状況的にみて、彼がこの妹の話を語り残したいとも思えない。
・光秀の性質。作劇上、光秀は人の本音を引き出す特性が割り振られている。こういう状況でも、光秀相手にも嘘をつける人物が出てくるとまずい。
・今回は三英傑の本質に迫る回。そういう本質を物語る逸話を“偽”とすると、これまたわかりにくい。
・目が透き通っている。佐々木蔵之介さんは嘘のない演技をしている。
この藤吉郎の話は、なかなか奥深いものもある。
貧しくて薬を買えない苦い経験がある秀吉が、駒の芳仁丸ビジネスをどう思うことか?
そしてこの芋一個を奪うあさましさからは、本作に漂う戦争のにおいがする。
『おとなになれなかった弟たちに…』のような、困窮する身近な誰かからでも食べ物を奪う、そういう悲しさがある。
ひどい時には、もっと恐ろしいこともあった……今期の朝ドラ主人公モデルは、地獄のインパールで牟田口廉也と牛肉を食べていたそうですが、今年の大河はそういうノリから決別しているようです。
自己嫌悪に苦しむ藤吉郎は、羽虫をつかみます。
この虫には羽がある。しかしこやつは使い方を知らぬ。飛ぶことを知らん。この狭い地べたを這い回って、一生を終える。
虫と己を重ね、信長様に引き立てられたいと語る藤吉郎。今は1,000人を預かっているけれど、家臣の誰もが内心この藤吉郎をひとかどの武将と思っていないのだと。
「わしにも羽はある! わしは飛ばぬ虫で終わりたくない!」
そんな相手を光秀は否定しない。ただ、殿(しんがり)の危険性、役目について釘を刺します。
僅かな手勢で敵を食い止める。本軍を守る。危うくとも味方の助けはない。
「命と引き換えになりますぞ」
「死んで名が残るなら、藤吉郎、本望でござる!」
彼はそう言い切る。
この言葉に嘘はないのでしょう。真っ直ぐな出世欲と野心がきらめくそんな像です。
ただ……彼の危うさも見えてくる。本作は残酷なまでに、破滅の種を見出せるようにしている……。
今は戦を重ねるしかない……!
かくして信長は浅井領を避けつつ退却戦を始めます。
光秀と藤吉郎は本隊の最後に陣取り、朝倉、浅井軍を必死に打ち払う。
金ヶ崎の退き口ながら、本作はそこまで戦闘シーンが多くはありませんでした。
予算なのか? ロケの都合上なのか? そういった側面もありましょうが、心理描写重視なのだとも思います。
三英傑だけではなく、光秀の心の内が左馬助相手に語られます。
わしはいままで、なるべく戦はせぬ。無用な戦はせぬ。そう思ってきた。
しかし、此度の戦ではっきりとわかった。
そんな思いが通るほど、この世は甘くはない。
高い志があったとしても、この現の世を動かす力がなければ、世は変えられぬ。
戦のない世を作るために、今は戦をせねばならぬ時なのだと。今は戦を重ねるしかないのだ。わかるか、左馬助。左馬助、なんとしても、生きて帰るぞ――。
そう誓う光秀です。
麒麟がくる世のために、血を流し、涙を落とし、生きるしかないその苦しみ。漢籍に詳しい光秀らしさも感じるし、東洋の伝統も感じました。
思い出したのは諸葛亮『出師表』です。
あれはむしろものすごくテンションが落ちる。これからやるというのに、しっかりときっちりと、不利な状況を数えて、暗いことばかりを延々と長文で突きつけてくる。
これから戦う時に、なんでそんなことするの? 嫌がらせか!……とも思いたくなりますが、実際名文です。
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人間には、普遍的なところがあるようで、文化圏での違いもあるのでしょう。
英語圏での出陣を盛り上げる定番は、シェイクスピア『ヘンリー五世』の「聖クリスピンの祭日(Saint Crispin's Day)」です。
これはこの日の武勲が永遠に語り継がれるであろうというテンションが高いもので、藤吉郎の名を残して死ぬ気持ちにはフィットします。
ただ、光秀や諸葛亮の悲壮感とは異なります。
本作の光秀からは、東洋伝統の美しい心の香りがする。
よいものを見せていただいております。
義昭の覚悟とは
悲痛な決意のあと、晴れた空が映り、場面は二条城へ。
摂津晴門が、越前での戦について足利義昭に報告しております。
織田が大敗を喫し、二日二晩、駆け通し、僅か10騎ばかりで妙覚寺に入ったと報告するのです。
義昭もこれには衝撃を受けています。
ただ、喜んでいるわけでもない。と言いたいけれど、実際どうなのか?
負け戦でパワーバランスが変わったと晴門も指摘しています。公方様だの幕府政所だの、聞く耳を持つようになるのではないかと言うわけです。
正月には、五箇条の覚書を突きつけてきた信長。
勝手に御内書を出すな、朝廷を敬え。それが不愉快で分を弁えぬものと晴門は不愉快だったわけです。
この先は信長一人に重きを置くわけにはいかない、越前朝倉にも内々に感状を出すよ促すのです。義昭はそれに対して「よきにはからえ」と言ってしまう。晴門は「承知仕りました」と返す。
一体今回だけで、何人が信長の逆鱗に触れてしまったのか。禍根が残りますな。
義昭はそんな晴門よりも、駒に会いたかったのか。別室で待っていた彼女の前にいそいそと座ります。
越前の戦が終わったと聞かされる駒。信長殿の負けだと。
ここでの駒とのやりとりで、義昭のこともわかります。
義昭は彼なりに抵抗をしています。信長は将軍の決裁がなくとも世の中を回る仕組みを整えようとしている。義昭もそれに判を押したけれども、従うつもりはないのだと。そしてこう言います。
御所の堀や屋根を修繕することも大事。しかし、貧しき者、病の者を救うてやるのが先ではないか。
わしがまことの将軍となったあかつきには、戦をなくす。いつか、必ず!
そのために、諸国の大名がこぞって将軍を支える世でなければならぬ。
「わしは兄上の轍は踏まぬ」
そう誓う義昭は、現実逃避をしておりますし、覚悟も足りない。【情】ばかりで【理】も足りない。
光秀が理想のための流血、戦陣に立つことを苦しみながら選んだのに対し、義昭は甘っちょろいと思えませんか?
誰のおかげでその酒が飲めるのか!
そして光秀が、やっと京・妙覚寺へ戻ります。
出迎えるのは藤吉郎。一足先に帰り着き、待っていたのだとか。二手に分かれて以来案じていたと光秀は感慨深げに言います。
しかし、その藤吉郎が悔しさのあまり泣き出してしまう。
光秀が驚き気遣うと、彼は言葉を搾り出します。
誰も信じてくれませぬ。わしが、この藤吉郎が、殿を務めたことを。
お前如きに殿が務まるわけがない。頃合いを見て逃げ帰ったのであろうと。
明智は帰らぬ。お前はここにおる。それがその証じゃ……。
光秀はそんな訴えを聞き、怒りを見せつつ、奥へと向かってゆきます。
そして、木下殿は立派に殿をつとめられたと勝家らに宣言する光秀。誰のおかげでその酒が飲めるのか!とまで言い切ります。
そうやって自分をかばった光秀に、藤吉郎は感謝を見せる。光秀はその後、信長の元へ向かいます。
信長には次がある
当の信長は、部屋で寝転がっていました。周囲には書状が散らばっている。
互いの無事を確認し終えて、信長は光秀を労います。
それから帰蝶からの文を投げるのでした。此度の大きな戦、勝ったか負けたか誰よりも早く知りたいのだと。
その返事をなんと書けばよいのか?
御所にも行かねばならない。帝に何を申し上げたものか?
そう思い悩む相手に、光秀はこう言い切ります。
「此度の戦、負けと思うてはおりませぬ」
信長がまだ生きている。生きておいでなら、次がある。次がある限り、やがて大きな国が作れましょう。大きな国ができれば平穏が訪れ、きっとそこに麒麟がくる――。
麒麟? そう不思議がる信長。光秀はさらに夜通し馬を走らせておるとき、ふとその声を聞いたような気がしたと続けます。
「麒麟の声をか? どのような?」
「信長には次があると」
ここで信長は笑い出します。二条城へ赴き、公方様にそう報告すればよいと。浅井の大軍3万を相手に、結束力の強さは信長だからこそ。そう帝にも貴重にも報告すれば良いと告げるのです。
「次か」
信長は動き出します。
負けを認め、次を目指す姿がそこにはありました。
MVP:三英傑と光秀
今回は三英傑揃い踏みであり、その価値観や本質が強調される回でした。
間違いなくターニングポイントです。
このドラマのみならず、大河ドラマそのものまで変えるような、そんな意義を感じます。
長いけれども、まとめてみましょう。
織田信長:【創業】の英雄
本コーナーで何度も指摘してきましたが、従来の信長像で一つの到達点はAmazonプライム『MAGI』の吉川晃司さんでしょう。
本作の信長は、そんな、カッコいい、誰もが憧れる像を破壊してきました。
信長は、激しすぎる自分自身にも傷ついていて、慎重なようで杜撰、敏感なようで鈍感、ぶれる幅が大きくて難しい人物です。
あんなすごい唸り声をあげるくらいワイルドなようでいて、帝と帰蝶への報告で悩んでしまう。
褒められたい要求もあるけれど、同時に失望されることへの恐怖とも紙一重であるのです。
東洋の伝統では定義がなされていて、信長と同じタイプの曹操や始皇帝は、東アジアでもとりわけ日本で人気があります。
後述する【守成】よりこちらの人気が高い傾向があるのです。
曹操もカッとなって家臣を殴り飛ばしたりして、自分のそんな短気を反省しています。
詩人だけに彼の心理はしっかり残っています。一部抜粋したので、ヤケになってしまう彼のストレスを感じてみましょう(紫色の文字=現代語超訳)。
曹操『短歌行』
対酒当歌
酒に対しては当(まさ)に歌うべし
酒を前にしたら歌うしかねえわ
人生幾何
人生は幾何(いくばく)ぞ
人生なんだってんだよ
譬如朝露
譬(たと)えば朝露の如し
どうせ朝露みたいに消えちまうだろうし
去日苦多
去りし日苦(はなは)だ多し
過ぎた日々があまりに多いし
慨当以慷
慨(がい)して当にもって慷(こう)すべし
黒歴史思い出すと気分どんよりするし
幽思難忘
幽思忘れ難し
暗い気持ちがなかなか去らねえわけよ
何以解憂
何をもって憂いを解かん
ストレス発散マジでどうすんのよ
唯有杜康
唯(ただ)杜康(とこう)有るのみ
酒を飲むしかねえだろオイ!
人生をよりよくしようと思い、一歩進むと、また別の困難がやってくる。一段階あがると、新たな問題がどっと襲ってくる。
そう思えば、若い頃はなんて楽だったのでしょうか。
好きなイベントに行けるだけで盛り上がり、試験に合格して目標を達成できて……人生は歩めば歩むほど複雑で、喜びがなくなっていくようだ。
そういう複雑な迷路に、光秀も信長もはまりこんでいくようで。高みを目指し続けることの厳しさがそこにはあります。
豊臣秀吉:仁なき英雄
ジャッキー・チェンの盟友であるサモハンには、こんな映画がありました。
『デブゴンの太閤記』(1978年)。明の太祖・朱元璋を描いた作品です。
ここで太閤記とされているところに、ポイントがあります。
朱元璋と秀吉には共通点がある。
両者ともに、貧しく何もない、徒手空拳の人物から天下統一まで上り詰めたこと。
そんなロマンあふれる英雄、きっと中国では人気だね!
というと、実はそうでもない。功績も大きいけれど、禍根も残した人物です。
功臣の残酷な粛清、猜疑心の強さが引き起こす悲劇。そういうマイナス面も大きいのです。彼は血を流しすぎた。仁政からは遠く、それゆえ褒められないのです。
今週の佐々木蔵之介さんの、末妹への懺悔と虫に己をたとえる場面には、そんな仁政を欠いた英雄となる予兆がみっちりと含まれていると思いました。
この秀吉は、巧言令色鮮し仁。すごく口がうまくて、コミュ力高くて、ノリがよくて。飲み会の幹事にしたら最高! そんなパリピです。
しかし、宴会だけじゃなく、戦場では殿(しんがり)だって務められる。飛べるだけの羽はあるのです。
ただ……仁が足りない。誠意に欠ける。それは家康との対比でハッキリします。
彼には高邁な理想、仁政をめざすことがない。出世欲がある。自分自身を持ち上げてゆく気持ちはある。
しかし、世界そのものを変える、仁政への見通しがない。
末妹への申し訳のなさ、飛んでみせる気持ち。それはそれとして結構。感動的だ。けれども何かが決定的に足りないのです。
彼は己自身については語る、プレゼンする。けれども結局、そこに止まっている。
それでは何かが足りないんですよ!
何が足りないのか?
ヒントは現実にもある。
今回盛り上がったアメリカ大統領選挙。トランプ支持者の理由として、こんなものがありました。
「彼はビジネスマンだ。小理屈を捻る奴とは違って、キッパリとやりきるから」
これって、日本人にある秀吉崇拝の理屈にもちょっと通じると思ったんですね。
秀吉の教養は、他の武将と比較すると見劣りはしました。いくら賢くても、育ちが影響していて、インプットがあまりに少ない。
『源氏物語』トークで盛り上がるなんてことができないのです。
けれども、そういう教養インプット由来じゃない凄み、営業部のエースらしさが、魅力でもあるとは思うのです。過去の大河ドラマはじめフィクションでもそういう味付けはされてきた。
それを今年は、教養豊かな光秀目線で“宿敵”と言い切るわけです。面白いんですよ、現実とフィクションを組み合わせて考えていくと、楽しみ方は無限にどんどん広がります。
◆【麒麟がくる】宿敵秀吉考(→link)
徳川家康:【守成】の英雄
【創業】への対比として、彼は【守成】。
信長が始皇帝や曹操で、秀吉が朱元璋ならば、家康は李世民です。おめでとうございます!
東洋では英雄には【創業】と【守成】がいるとされました。
乱世を切り抜け、非常な決断を果たしてでも新世界を切り開く【創業】。
【創業】が変えた世界を固めて、世の中の新たな基盤を作る【守成】。
中国では【守成】型の人気が高く、この分類で最高峰とされる唐太宗・李世民が人気ナンバーワンの名君とされます。
世界史的にもそういう傾向はある。BBCが番組のテーマとして選んだ三英傑は、家康でした。
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徳川家康は、日本を代表する【守成】型の英雄とされ、中国語版山岡荘八『徳川家康』は200万部を超える大ベストセラーとなっております。
家康の愛読書は唐太宗・李世民の君主としての心得をまとめた『貞観政要』。
日本にも李世民のような人物がいたとなれば、納得しつつ追い求める。そういう流れがきっちりと見えてきます。
家康はそうした思想や持って生まれた気質もあってか、東洋で名君とされる資質があります。
だからこその風間さんなんです!
風間俊介さんか……彼こそ家康だと見抜いた方がいるならば、それこそ偉業です。
ご自身も本作のインタビューで語っておりましたが、この家康は見るからにカリスマ性のある顔をしていないのです。
カスタマーサポートとして彼が応対したら、きっとなんでも話せちゃう。そういう親しみやすさと聡明さが入り混じっています。
考えてみてもください。黒光りカリスマを持つ斎藤道三がカスタマーサポートにいたら、嫌じゃないですか。
「何もしていないのにパソコンが起動しなくなった? そう皆さんおっしゃるけれど、何もしていないわけがないんですよ……」
そうあの笑顔で言われたら、もう、絶望するしかない。
家康はその点、なんでも話せそうではありませんか?
これが【守成】タイプの資質なのです。怖くて話せないようではよろしくない。とりあえず話を聞いてくれそう……これが大事です!
『貞観政要』での太宗は、ともかく家臣や皇后とコミュニケーションをする。
主君が何やからかすと、周囲が「それはどうかと思うんですね」と注意をし、太宗は「すまんかった……」と素直に反省する。
こういうやりとりは、なまじギラギラした【創業】型とはできない。むしろキレる。カリスマのある俺に何言ってんだとなる。
そういう英雄は、いくら有能でも当たりがきついから嫌なもの。名君じゃない。そういうことを教訓としてきたわけです。
家康の「なんでも話せそうな名君顔」をふまえて、風間さんを選んだのだとすれば、やはり本作は素晴らしいのです。
明智光秀:水魚の交わり
光秀について、こんな見方もあるようです。
「義昭につくって言ってたはずの光秀がいつの間にか、信長に味方してない?
それに信長にせよ、光秀にせよ、帰蝶の意のままになっているって認めたくないから誤魔化してない?
光秀って誰かの言うことを聞いてばかりで主体性ってもんがないよね。
一体こいつは何をしたいの?」
帰蝶の過大評価しすぎだと思います。
なまじ川口春奈さんが注目を集めているだけに、帰蝶を持ち上げすぎるのもどうかと思います。信長だって光秀だって、自分なりの考えはあるでしょう。
それに、大きな理想のためならば目の前の小さな要素を切り替えてゆくのは、よくあることです。
光秀よりいろいろヤバい奴がいたじゃないですか。
2016年『真田丸』の真田昌幸ですよ!
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アイツは「武田は滅びない」といいながら、滅びる前提で北条にくっついたり、上杉にぺったりしたり、徳川支援も受けたし、表裏比興過ぎてもう……。
でも、真田昌幸には大きな目的があった。
真田郷は真田が治める!
そういう大目的のためならば、コロコロと味方を変えるのは、戦略として正しいのです。そこまで踏まえましょう。
光秀は「麒麟がくる世」――仁政を望んでいることはタイトルからわかりますよね。
2016年、2017年、そして2020年と、戦国大河は人間の心理解釈に進歩がありまして。
もう一人、大目的のためならば態度を変える人物がいます。
2017年『おんな城主 直虎』の小野政次です。
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彼は井伊家を、その当主である直虎を守るためならば、自分の立場も言動も二の次にできた。必要ならば、裏切るフリだってできた。
自分の命よりも、名誉よりも、井伊谷と直虎を選んだ存在でした。
大きな目標のためならば、何かを犠牲にしてでもいい――そういう人間を大河ではどう描くか?
トーンや作風はそれこそ同工異曲でも、そこに共通点はあるのです。
さきほど、光秀の決意と諸葛亮の『出師表』をあげました。
諸葛亮と主君である劉備は【水魚の交わり】の語源です。
前述のように、状況に応じて姿を変える人物のうち、光秀は水のように変わります。
透き通った水のような光秀は、相手の気持ちを引き出し、スイスイと泳がせる。光秀という透き通った水があればこそ、三英傑が魚として泳ぐ姿を見せた感があります。
ただ、諸葛亮と劉備の関係は、君臣としてそれでよいのか?
そんな疑念は後世呈されました。
劉備が自分の子に器量がなければ、諸葛亮が国を運営するよう言い残したとされることも、問題視の大きな原因です。
魚が泳げるのは、水あってのもの。水がそうしようと思えば、魚を干上がらせることはできる。そういう力関係は、不安定で下克上を狙えるのではないか?
【水魚の交わり】とはとても美しいようで、緊張感を伴うものではないか?
そういう関係性における、水の反乱を本作は示すのでしょう。
本能寺の変がどうして起こるのか、謎とされているけれど。
魚に対する水の怒りと絶望と反撃だとすれば、スッとおさまる気がするのです。
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総評
すんません、三英傑と光秀考察で、もう今回の気力が尽きかけていますが……。
この作品は、人間の心を解剖していく作品だと思います。
今週はどの場面も感動的で、三英傑と光秀がいがみあう未来なんて想像できないようでもある。
ただ!
彼ら自身の中に後年すれちがう種はある。その兆しまで描く本作のおそろしさを感じました。
演じる側も、あえて役作りをするというより、なりきってしまっているというか、関連ニュースを見るだけで笑ってしまう。
[麒麟がくる]風間俊介、名だたる武将そろい踏みに「この顔ぶれは圧巻」(→link)
こんなこと言われたって、そういう顔ぶれで頂点に立つのが家康でしょ?
そう言いたくなる一方、謙遜してしまうあたりに【守成】の英雄になりきったものを感じてしまうのです。
風間さんのコメントはいちいち謙虚で、だからこそ家康だと毎回笑いたくなるほど。
おそろしいほどの完成度を毎週感じます!
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト




























