帝と中宮妍子との間に禎子内親王が生まれました。
藤原道長の思惑通りにはいきません。
ドラマでは詳細が省かれているものの、このときの道長は女児が生まれたことから冷淡な態度をとり、藤原実資に呆れられています。
産まれてくるのが男の子であろうが女の子であろうが、母体への負担も危険度も変わらない。
なんと冷たいことでしょう。
さらには内裏に火災が発生し、帝は中宮ともども琵琶殿に移ります。
皇太后・彰子はそれに押されるようにして高倉殿へ。
そこは弟である藤原頼通の屋敷であり、敦康親王も暮らしています。久々の皇太后と敦康親王の再会なのでした。
帝に譲位を迫る奸臣・道長
道長が、帝に対し「内裏の火災は天の怒りだ」と告げています。
隣の道綱が思わずギョッとしている。天意に背いた為政者が罰せられる【天譴論(てんけんろん)】を持ち出しているわけですね。
帝は苛立ち、もっと大きな声でいうように返します。
今度は真正面から譲位を迫る道長。道綱も同意するのか?と帝が憤りつつ尋ねると、オロオロして思わず「はいっ」と口走ってしまいます。
「無礼者!」
憤る帝もいささか単純かと……。内裏の失火は警備不足ではないか!何を弛んでいる!とネチネチと反撃しても良いのでは?
そもそも道長も恥知らずではあります。忠臣とは、内裏の失火を恥じ入り、帝の不便や心痛を思いやるものでしょう。まったく大した奸臣ぶりで……。
まひろがうっすらと笑みを浮かべながら、光る君亡き後の物語を書き続けています。
帝にすら、ことさら悪様にお耳に入れる人がおりましょう。世の人の噂など、まことにくだらなく、けしからぬものでございます。
そう書いているまひろの顔は、毒を含んだ微笑にも見えてきます。
彼女は吹っ切れているのでは? 道長は熱心な読者かどうか、どうにもあやしい。読まないのであれば、物語の中に毒を込めたい放題に展開することもできます。
帝の身に異変が起き、内裏の栄耀栄華も過去のこと
帝が道長に「声が小さい」と御簾越しに訴えます。
疲れたように書を見る帝。
「今日は暗いな、御簾をあげよ」
いざ御簾があがると、道長がギョッと驚きます。帝が紙を逆さまに手にしている姿が露わになるのです。
当然、中身など読めないのですから「左大臣のよきようにいたせ」と気弱に言うだけ。
道長はいつもの面々を集め、帝の目が悪いことを明かしました。
もう務めは果たせぬ――そう言い切ると、斉信が驚き、俊賢は譲位を迫るのかと確認してきます。
「そうだ」
あっさりと認める道長。心優しい行成が気の毒がると、公任は「情に流されるなと釘を刺します。政ができないならば仕方ない、と。
譲位を進める工作を買ってでる俊賢に対し、道長が一任。しかし行成だけは、呆然としています。
この翌日、行成は道長のもとへ「お願いがあって参りました」と頼み込みにきました。
昨夜会ったばかりだとして、素っ気ない態度の道長。行成の心痛にまったく気付いていないのでしょう。
行成は突如、太宰府赴任を希望してきました。二月以来、太宰大弐に空きが出たのだとかで、そこに任じて欲しいと訴えるのです。
「私の側を離れたいということか?」
そう聞き返す道長に対し、行成は説明します。現在の帝が即位して三年たち、敦康親王も幸せに暮らしている。かつてのように道長のために働くこともできないと付け加えます。
行成は生真面目な性格なので、先帝の忘れ形見といえる敦康親王に気遣い、道長側近としての責務も果たそうとしてきたのでしょう。
さらにここで、己の財を増やしたいとも付け加えます。本心というより、アリバイのようにも思えます。
道長が、行成の気持ちを理解し、考えておくと答えると、安堵したように去ってゆく行成。
能書家である行成ともなれば、その筆跡だけでも重要でしょう。こういうところに綻びが見えます。
帝の代替わりに伴い、文化への重要性も低下しているのでしょうか。こんな調子では、まひろの書く物語の相対的価値が下がるのも無理ないことに思えます。
敦康親王は久々に皇太后と話しています。
東宮になれず生きることに辛さを感じていたものの、頼通の勧めで妻を迎えて以来、共に生きていく者ができたと嬉しそうに微笑んでいます。
皇太后が、敦康親王を守れなかったことを詫びると、嬉しそうな顔をしています。
彼は皇太后の変化を感じています。かつては弱々しく守りたいと思っていたけれど、今は国母にふさわしい。
それはお褒めの言葉かと聞く皇太后に対し、
「もちろんです」
と返す敦康親王。
確かに皇太后は人としてどんどん磨かれてゆき、まばゆいほどの輝きを見せています。彼女は「光る女君」でしょう。
帝を引きずり下ろそうとする道長
帝が困惑しながら、左大臣に譲位を迫られたことを藤原実資に打ち明けます。
「放っておかれればよろしゅうございます」
「そうだが……毒でも盛られるやもしれぬ」
不安がる帝。毒は、道長の父・兼家が得意としておりました。道長はそんなことしないであろうが、不安ならば信頼できる蔵人頭をおけばよいと実資は助言します。
「そなたの息子、資平はどうだ?」
思わず目を見開いて驚いてしまう実資。帝が、そなたの息子ならば信頼できると伝えると、実資も嬉しそうに「ははっ」と頭を下げます。
しかし、実際はうまくいきません。
帝の人事案は道長に反対されます。亡き伊周の嫡男・藤原道雅か、亡き関白道兼の三男・藤原兼綱をすすめてきます。
強硬に資平を望む帝に対し、蔵人も務めたことのない資平は適任とも思えないと否定する道長。
「朕のいうことを聞けぬのか!」と怒りに震える帝に対し、道長は淡々と「考えを変えるように」と言うばかりです。お互いに自己主張ばかりで落とし所を探る雰囲気はありません。
「もうよい!」
怒って立ち上がり去ろうとするも、転んでしまう帝。
道長があわてて助け起こしながら囁きます。
「お上。お目も見えずお耳も聞こえねば、帝のお努めは果たせませぬ。ご譲位くださいませ。それが国家のためにございます」
なんという無礼と鈍感ぶりなのでしょう。
先帝を精神的に追い詰めたことへの反省はまるでない。自分の主張を押し通し、相手の気持ちを踏み躙ることになんのためらいもありません。
「譲位はせぬ! そんなに朕を信用できぬなら、そなたが朕の目と耳になれ! それならば文句はなかろう!」
道長を突き飛ばし、去っていく帝。
道長は目を伏せて恨みがましい顔をしておりますが、これは帝のいう通りでしょう。
家臣として支えることを放棄し、一足飛びに譲位を迫るとは、ふざけた態度としか言いようがない。
正論を言われて反省するどころか、「チッ! うっせーわぁ~」と言わんばかりの顔をするあたり、幼稚にも程があります。
これは行成あたりと比較するとわかりやすいのですが、彼は衝撃的なことがあるとその良心で受け止め、憂慮を眉に滲ませます。
しかし道長は、叱られた子どもじみた顔をするからたちが悪い。
権力欲を隠せない道長
東宮である敦成親王が、皇太后の前でまひろたちと偏つぎ遊びをしています。
そこへ道長がやってきて、見守り始めました。
聡明な東宮は次々に正解を当ててゆく。「じじもご一緒したい」と言いながら、道長も遊びに参加してきます。
「偏と旁(つくり)が分かれておると分かりにくいのう……」
本気かわざとか、わからない調子で言う道長。どちらとも取れるのがなんともいえません。
「東宮様はご聡明であられますな。おいくつにおなりでございますか?」
「七つ!」
そう言われても、成長を喜ぶ祖父の顔にはなっていない道長。
権力者の目つきで、先帝が即位なさった年だと計算する顔になっています。それをまひろが察知したのか、冷たい目になっている。
「これも楽しゅうございますが、学問はよき博士につかれるのが何より。いずれ帝となられる東宮様にございますゆえ」
すると、それまで黙って聞いていた皇太后が反論します。
「左大臣。藤式部は博士に劣らぬ学識の持ち主であるぞ」
まひろは皇太后の言葉に謝意を示すためか、静かに頭を下げています。
「それはよく存じておりますが、帝たるべき道を学ばれるのは、全く別のことにございますれば」
道長の返答に対し、まひろも皇太后も白けた顔になるも、東宮が無邪気に遊びを促し、なんとなく流されてゆく。
彼女たちの顔に当惑が見られるのも当然でしょう。
為政者の学問とはいったい何なのか。道長に具体的な案があるなら、それこそまひろよりも優れていると思う博士を挙げればよい。
あるいは書物の名前でもよいではないですか。
それこそまひろが何度も暗誦していた『蒙求』でも、子ども向けに習わせるように言えるはず。
『吾妻鏡』には北条政子が我が子の頼家に『貞観政要』を勧めたことが美談として出てきます。
しかし、この道長にできるとは思えません。
なぜか。
彼はろくに学問と向き合ってこなかった。
三男坊だからと遊んでフラフラ、足で文字を書けるとはしゃいでいた姿から、お勉強ができるようには思えません。
まひろと恋文を交わすにせよ、相手が陶淵明を引いてくるのに対し道長は和歌だけ。まひろがどんな思いで「帰去来辞」を引いてきたのか、彼は考えたでしょうか。
何も考えていなかったのでしょう。
相手が大事だのなんだの潤んだ目で語りかけても、結局、彼が一番好きなのは己自身。
無教養という嫌な一面が出ている。そのくせ、権力掌握には執心している。
皇太后がまひろに、道長が帝に譲位を迫ったことを尋ねています。そのせいで帝の具合がさらに悪くなったことも把握している。
「政とはそれほど酷にならねばできぬものだろうか」
聞いているまひろの目がやや泳いでいます。
そこを深掘りしていくと、先帝を追い詰めた道長の不実ぶりも、皇太后の中で蒸し返されかねません。
まひろはここでしみじみと「男だったら政に携わりたいと思っていた」と始め、「しかし今はもうそうは思わない」と語りました。
「人の上に立つ者は、限りなくつらくさみしいと思います」
目を少し潤ませながら語るまひろ。道長の苦しみを思いやっているようです。
「東宮様が帝になれば、父上の思うままになってしまうのであろうか?」
皇太后はさらに懸念を語ります。
「たとえ左大臣様でも、皆をないがしろにして事を進めることはおできにならぬと存じます」
まひろは、自身の懸念を打ち消したくて、材料をかき集めているようにも思えます。
陣定に自ら参加し、長年関白を辞退してきた。たった一人で何もかも手に入れたいと考えているようには見えない。
そう語ると、皇太后はこう返します。
「藤式部は、父上びいきであるのう……」
ここもなかなか毒がありますね。まひろの意見が正しいとも、同意しているわけでもない。ただ相手が見びいきしているとだけ論評しています。
言外に、まひろにしては甘っちょろいことを言うものだ、という戸惑いも感じられます。
まひろは果たして覚えているでしょうか。
父の道長から押し除けられた皇太后が、涙ながらに「女はなぜ政に関われるのか」と嘆いていたことを。彼女はそれを忘れていないからこそ、まひろにも失望しかねないのでは。
実資は道長の器を測る
手を取られつつ、帝が実資の前まできます。
そして左大臣に脅されていると訴える。
目を病み、耳もよく聞こえなくなることがあるけれど、それでも正気でやれることがあると語るのです。
「実資、朕を守ってくれ。左大臣から朕を! 頼む」
目に光がありながら、焦点が合っていない。著しい視力の低下が見てとれます。
木村達成さんの渾身の演技ですね。彼は口髭がとても良く似合う顔立ちでもあります。
帝に懇願され、頭を下げる実資。さぁ、どうするのか。
と思ったら、実資は道長のもとへ向かい、人ばらいをして一対一で向き合います。
「帝に、御譲位を迫っておられるそうですな」
「ああ、そうだ」
あっさりと認める道長。目と耳が悪くてはまともな政ができるはずがなく、譲位こそ正しき道だと主張していますが……いったいどの口が「道」など語るのか。
実資はその考えに理解を示しながら、今はまだ帝の心が譲位に向かっておらず、責めたてたら心身ともに弱ってしまうと説明します。
というより、道長の真の狙いはそこにあるとも思えますね。一条帝もそうして追い詰めました。結果的に崩御してしまったものの、心身衰弱による譲位狙いでしたね。
この道長は一度の成功例を繰り返す傾向があります。
実資もそこは理解しているのか、弱らせることは正しき道ではない、左大臣が己を通せば皆の心は離れると反論します。
「フッ、離れるとは思わぬ。私は間違ってはおらぬゆえ」
悪役そのものの開き直りと鈍感さを発揮する道長。
皇太后ですら、道長の心に疑念を抱いていることすら理解していません。あの行成ですら距離を置いているのに……。
明子がこの場にいたらつかみかかっていたかもしれない。
心が離れるどころか、息子の顕信は実質的な死である出家を選びました。我が子をそこまで追い込んでおいて、この男は何を言っているのか。
「幼い東宮を即位させ、政を思うがままになされようとしておることは、誰の目にも明らか」
実資に図星を刺されたのがチクリときたのか、道長は手にした書状を叩きつけ、こう続けます。
「左大臣になってかれこれ二十年! 思いのままの政などしたことはない!」
言いましたね。言ってはいけないことを。父の兼家や兄の道隆ほどではないと言いたいのでしょうが、果たしてそうなのか。
「したくともできぬ。全くできぬ」
政権の頂点にいてそれができないのは、実力不足か、あるいは?
ここで実資が確信を抉りにきます。
「左大臣殿の思う政とは、何でありますか? 思うがままの政とは?」
迷いながら、こう返す道長。
「民が幸せに暮らせる世を作ることだ」
「民の幸せとは?」
黙り込み、目を瞬く道長でした。
政治家としての道長は能力が足りない
「そもそも左大臣殿に、民の顔なぞ見えておられるのか?」
道長に対する実資の指摘からは、最近のニュースも頭に浮かんできます。
アメリカ大統領選でハリスに投票しなかった意見として、こういったものがありました。
「そんなにやりたい政治があったのならば、副大統領として実現に向けられていただろう」
政権中枢にいた政治家は、理想の実現を今さら訴えたところで、そこへ向かっていた歩みが理解されねば批判は避けられません。
いったい道長は二十年もの間、何をしていたというのか。
直秀の亡骸を埋めたとき。
まひろがたねの看病で倒れたとき。
兄である関白・道兼が理想を目指すと語り、何も成せぬまま命を終えたとき。
道長はそれなりに志の高いことを言っていたと記憶しています。
しかし、具体的に何をしたのか?
彼が民を見た最後の契機なぞ、まひろがたねの看病をしていたときまでとしか思えません。
別に民衆の視察をしなくともよいとは思えます。政治家なのだから政策を実現すれば良い。
しかし、この道長が、何か民衆救済をしようとしたことがあったのでしょうか?
ないわけではありません。旱魃の際、安倍晴明に祈祷を頼みました。ドラマではせいぜいがその程度にとどまっています。
実資はさらに続けます。
「幸せなどという曖昧なものを追い求めることが、我々の仕事ではございませぬ。朝廷の仕事は何か起きた時、まっとうな判断ができるように、構えておくことでございます」
実資は、未来への伏線も容赦なく用意し、道長をがんじがらめにしました。
このあと【刀伊の入寇】が起きた時、道長の無策ぶりがあらわになることでしょう。
朱仁聡と周明に関するフォローがないという批判を見かけましたが、意図的な放置と思えます。
道長が宋人にヤキモキしていたのは、単にまひろの周囲をうろついていたから、それだけのことではありませんか?
越前編では、宋の高い技術力と経済優位が描かれました。そこに目を留めない道長には、やはり政治センスがないのです。
「志を持つことで、私は私を支えてきたのだ」
あまりにしょうもない返答をする道長。そんな早寝早起きが健康のコツだと語る程度のことを言い返して、何がしたいのやら。
「志を追いかける者が、力を持つと、その志そのものが変わっていく。それが世の習いにございます」
「ん?」
苦笑する道長。
「おい、意味が分からぬ」
目を泳がせる実資。
道長よ、そこまで説明しないといけませんか?
「まったく成長していない」と遠回しに言われたようなものでしょうよ。
成長するということは、己の志を実現するために様々な条件付けがいると学ぶことでもある。だから変わらなければなりません。
『鎌倉殿の13人』の北条義時のように、道長が闇堕ちしたという見解もあります。
私はそうは思っていません。
道長は若い頃から変わらないように思えます。
人には器がある。その中に何か詰め込んでいくもの。
義時の場合は、源頼朝や大江広元から学んだ都流の謀略を詰めこみ、それが純朴な坂東武者としての青年像を上書きしました。
一方で道長は、大きな器があるのに中に何も入れようとしない。
これは若い頃から一貫性があった。
青年期は父や姉に流され、その命令にさして疑念を抱いたように思えないものでした。
姉を亡くしてからは安倍晴明にやすやすと操られる。そのあとも、結局は権力に群がりたい周囲に流されて己を見失っているように思えます。
まひろはその器に何か注ごうとした。
しかし、もはや諦めているようにも思えます。
実資は、そんな道長の“虚な器”に、全て投げ出したように思えます。まひろも、実資も、もはや打つ手がないと感じたのでしょう。
実資はあきらめたように「帝の譲位はいま少し待つように」と訴えるのでした。
道長は虚な目をしています。
「論破」というより相手にされていない道長
この場面、もしも中国時代劇の世界観なら道長はどうなっていたか?
恥辱のあまり柱に額を強打して倒れるか、捨てゼリフとともに血を吐いて倒れているか。
『三国志演義』の諸葛亮とそのライバルの舌戦でもご想像ください。
あるいは実資はこう言ってもよい。
豎子、与(とも)に謀るに足らず。『史記』
ガキが、お前ごときとは共に策を考えることすらできん!
そんな辛辣な実資の言葉だったにもかかわらず、道長には余裕があるように見えました。
これは一体なぜなのか?
実資役の秋山竜次さんのコメントで読み解けます。
実資は、道長を舌戦で追い詰めようと正論を吐きました。実際にある程度、追い詰められてはいます。
ただし“知識の程度”が違い過ぎたのです。
これでは道長に痛撃を与えられない。
武勇の戦いならば実力差があれば簡単に倒せますが、舌戦ではある程度、倫理観や知識が釣り合っていないと難しい。
相手が「意味わかんな〜い」とピュアなハートでシラをきるか。
呆れて黙りこくったときに「論破www」と嘲笑うか。
そんな小手先の手段で勝利を偽装することができます。
道長の勝利はその手の偽装です。
藤原公任あたりの学識があれば、顔を恥辱に赤らめたかもしれませんが、道長はそこに達していない。
『三国志』でいうならば、諸葛亮がいくら苦言を呈しても、劉禅がヘラヘラ笑って「んッんーッ、丞相の言うこと難しくてわかんないやぁ〜」というようなものだとご想像ください。
心底腹が立ちませんか?
ええ、私は苛立っています。
ここの道長は、本当に器が空っぽ、虚しい男だと確認できました。
為政者として実現できるだけの才能がない。
二十年間その座にいてそうならば、そもそもが器量不足なのでしょう。己に実行力がないなら恥と退き際を知るべきです。
位を譲るべきであるのはむしろ道長でしょう。
この時代の出世は上が空かねば下のものが這い上がれません。疲れたなり、もう無理だとわかったら、さっさと譲るべきなのです。
それなのに、曖昧な「民の幸せ」だのなんだの言い募る。
「志を抱いてきたんだ」なんて言い出す。
そんなものは所詮、皆勤賞なのだから仕事ができないことは許せと言い出したようなもので、組織の上に立つ人間が吐いていい言葉でもありません。
道長は、実資が説く為政者の心得ビギナーズすら習得できていないのです。
『蒙求』からやり直せ。道綱よりは多少マシだろうけど、所詮はその程度でしょう。
実資のこの場面とあわせると、先週の宇治川の場面まで汚れてきました。
あれは結局、仕事のできないおじさんリーダーが、銀座でバーのママに「人の上に立つってつれーよ、慰めてよー。今度二人で温泉ランドでも行かない?」と愚痴をこぼしていた程度の話では?
演出が素晴らしいから騙される人も多かったけれど……。
なんなんでしょう。道長の、この選挙戦の時だけ綺麗事を語る政治家のようなゲスさは。好きなだけ宇治川に流れていけばよろしい。
だが、帝も政治能力がない
帝が、何やら丸薬を飲んでいると、最愛の妻である娍子がやってきました。
宋から取り寄せたようで、この薬が効けば目も耳も治るとの説明に娍子は感動しています。
するとそこへ敦明親王がやってきて、友人である藤原兼綱を蔵人頭に推挙してきました。
道兼の子であるか?と帝が確認すると、蔵人頭にしないと私の顔が立たないと敦明親王は訴えます。
帝は迷っている。
しかし、娍子からも頼まれるとますます揺らいでしまう。
結局、この嘆願は通り、藤原資平は罷免され、兼綱が蔵人頭となりました。
実資は憤り、墨を擦って、この不満を日記に書き散らすのでした。
かくして帝は実資からの信頼も失ってしまいました。もうどうしようもない……腐り切った政治です。
帝が服用している薬は「金液丹」です。
水銀が入っているため、要するに毒。医学知識だけで作られた丸薬は、そこまで危険でもありません。
しかし、神仙を目指す道教要素が含まれると、毒を取り込んでしまい、実は逆効果なのです。
中国史では【紅丸案】という信じがたい事件が起きています。
明の第15代・泰昌帝が「紅丸」という丸薬を勧められるまま服用したところ、在位一ヶ月ほどで崩御してしまったのです。
そこまでインパクトは強くないものの、日本の天皇もこうした怪しい薬を服用していたというのは、困った話。
『麒麟がくる』では、駒という医者が「芳仁丸」という安価な丸薬を販売しておりました。
薬効が穏やかで、容易に採取できる薬草を丸薬にする程度が、むしろ良心的で安心なのだろうと思えます。
そして、道長の政治態度も酷いけれど、帝にも帝王学がないことが露わになりました。
ああも信頼を寄せてくれた実資の期待をアッサリ裏切る。しかもその原因は妻子への気遣いのせいです。どれだけ器が小さいのか。
たぶんこの周辺は、誰一人として『貞観政要』などを目にしてないでしょう。
あの本を読めば、夫である皇帝に諫言する皇后が褒め称えられています。娍子は悪い人ではないのでしょうが、それだけの人です。
道長の素人じみた政治に対し、帝が老練していればまだしも救いはあったかもしれません。
しかし結局は帝もこの程度でした。
仕方ないのかもしれません。日本の政治の程度は、当時はまだまだこのくらいなのでしょう。
朱子学導入はまだまだ先。
為政者たちが四書五経も読みこなせているかどうか、甚だ心許ないと思えてきます。
父として、夫ととしても最低である道長
倫子が孫を抱いています。
公任の娘が藤原教通の妻であり、二人の間に生まれた孫をあやしているのです。
一方、兄・頼通の妻にあたる隆姫にはまだ子ができておらず……道長が子を産むよう圧力をかけてきます。
頼通が十分夫婦幸せだ……と反論しても、「そういうことを聞いているのではない」と冷淡に応える道長。
このあと、道長と倫子の前に頼通だけが座っています。妻である隆姫に「あのようなこと」を仰せになって欲しくはないと訴えるのです。
「あのようなこと」は何か?
そうシラをきる道長に、子がないことだとこたえる頼通。隆姫は気に病んでいるようです。
すると倫子がこう言います。
「覚悟をお決めなさい。父上のようにもう一人妻を持てば隆姫とて楽になるやもしれませんわよ。何もかも一人で背負わなくてよくなるのですもの」
そして、隆姫と対等となる尊い姫君がよいと言い出す倫子。道長も「うん、そうだな」と同意しています。
「幾度も言わせないでください。私の妻は隆姫だけです。ほかの者は要りませぬ」
そう言い捨て、去っていく頼通。
道長は呑気にこう言います。
「ますます頑なになってしまったではないか」
こういうところが嫌なんですよね。自分から口火を切っておきながら、失敗すると周囲のせいにする。
その点、父の藤原兼家は脂ぎった態度で全ての悪事は自分が背負い込むくらいのスタミナを見せていたものです。
倫子が微笑みながら、すっと立ち上がり、夫から距離を空けて座り直すと……。
「私は殿に愛されてはいない……私でもない明子様でもない、殿が心から求めておられる女はどこぞにいるのだと、疑って苦しいこともありましたけれど、今は、そのようなことは、どうでもいいと思っております。彰子が皇子を産み、その子が東宮となり、帝になるやもしれぬのでございますよ。私の悩みなど、吹き飛ぶくらいのことを殿がしてくださった。何もかも殿のおかげでございます」
「そうか……」
弁解すらしない道長。
「私とて、いろいろ考えておりますのよ」
「うん」
「ですからたまには私の方もご覧くださいませ。フフフフフフフフ」
笑う倫子と、目を泳がせる道長がなんともいえません。ここまで糟糠の妻にダメ出しをされて、反論すらできないとはなんと冷たいのでしょう。
実資は心が離れると警告しますが、もう色々と手遅れではありませんか?
妻は軽蔑し、ただの権力をもたらすだけの存在だと言い切った。娘も息子も呆れている。主である帝は宿敵扱い。気骨ある実資は軽蔑と反発。行成すら離れたがっている。
じゃあまひろは?
これも『源氏物語』が彼女の心を反映しているなら、冷え切っています。
第二部からの光源氏はすっかり悪役で、突き放したような書きぶり。
第三部の「宇治十帖」は人間不信がみっちりと詰まった陰惨極まりない展開をします。
作者はどれだけ人間不信に陥っていたのか?と読んでいて気分が暗くなるほどでした。
道長という男は、それほどまでの闇を生み出すようです。
為時は賢子の儚い恋を知る
越後守だった藤原為時が、三年ぶりに京都へ戻ってきました。
賢子が出迎えつつ「ほんとうにおじじ様になったみたい」と、祖父の老いを感じているようなことを言ってしまい、まひろにたしなめられます。
そこへ「よう!」とやってきたのが双寿丸。
為時と初顔合わせですね。いと、まひろから、お互いを紹介されています。
双寿丸は追い剥ぎと人さらいを討伐したらしく、またも負傷していました。
この辺りも道長政治のなってないところで、直秀が惨殺されたにもかかわらず、特に検非違使改革に手をつけているとも思えないのですね。
双寿丸らに追われた犯罪者は、裁判も何もなく、その場で死ぬことも少なくないでしょうから、理非も何もあったものではありません。
為時は、武者と親しげな孫娘に驚いています。
まひろも父の戸惑いに理解を示しつつ、双寿丸が来るようになってから賢子がよく笑うようになったと説明。
為時がこれでいいのかと確認すると、まひろが答えます。
「昔なら考えられなかったことも、あの二人は軽々と乗り越えております。羨ましいくらいに」
そう語る時のまひろも、笑顔が輝いている。
かつて実家に戻り、その粗末さに愕然としたまひろ。今は逆で、まるで内裏周辺が閉塞感ある暗い場所なのかもしれません。
ここで笑うまひろは「自分はもう若くもないし、あそこまで戻れない」と達観しているのですね。人間の成長とはそういうものでしょう。
おかしいのは、まひろと二人きりになったら三郎時代に戻れると勘違いしているような、幼稚な道長です。
隆家は大宰府へ出立し、行成は道長に失望する
藤原隆家が何やら悩ましげな表情で辛そうです。
そこへ実資がやってくるのですが、対応にあたる隆家の所作が、なんとも見事で。
体調が悪いのに、来客を聞いて「うん」と唸りつつ起き上がり、即座に自らのいた上座を譲り、実資を座らせる。そして丁重に出迎えている。
袖の扱いがキビキビとしていて、彼は根が健康だと思わせられます。
しかし陣定に出てこないため見舞いに来たとかで……こういうところだ! 実資はえらい!
彼は何かとお堅い性格で、自分を煙たがる者もいると理解している。だからこそ心を離さぬよう、自ら近づいてゆくのですね。道長とはそこが違います。
隆家はなんでも、昨年の狩りの際に木の枝が目に刺さり、それ以来、回復せず悩んでいるのだとか。
薬師によれば冷やして痛みを和らげて回復するのを待つしかないとのこと。
実資はそう聞き、太宰府に恵清という宋人の眼科医がいると情報を告げます。健康マニアなのでそうした情報は詳しいのでしょう。
大宰大弍に空きがあるから、そこを希望して行ってみるとよいと勧め、道長に頼れば良いと告げています。実資の助言は具体性があっていいですね。
かくして隆家は、中納言を返上してでも大宰府に行くことを希望。
道長は隆家の希望を受け入れ、大宰府で目を治すようにと伝えました。
隆家の声は、腹の底からしっかり出ている。所作も芯が通っていて、彼はイキイキ健康貴族ですね。
この医者が周明なのか?と期待する声もあるようですが、果たして……。
かくして11月、臨時の除目にて、隆家が大宰権帥に任じられました。
愕然としているのが行成。居ても立っても居られず、道長に訴えます。
「道長様は、私をなんだとお思いですか? 私の望みを捨て置いて、隆家殿を大宰権帥になさるとは……」
確かにこのところ、字のうまい高級プリンタ扱いですもんね。行成の眉にはいつも愁があります。
「行成は……俺のそばにいろ、そういうことだ」
そう言われ、怯む行成。私にはやはり高級プリンタをキープのように思えなくもありませんでした。もっと真面目に言えば、愛情による搾取なのでしょうけど。
隆家はききょうに謝っています。
目の病で政から身を引けぬ、諦めきれぬからこその大宰府行きだと弁明。脩子内親王を置いていくことを真剣に詫びています。
しかしききょうは、すっかり牙が抜け落ちたように、目を治して戻るようにと告げます。
彼女の佇まいの変化を感じる隆家。噛みつきそうな勢いがなくなったようです。
「恨みを持つことで己の命を支えてまいりましたが、もうそれはやめようと思います。この先は脩子様のご成長を楽しみに静かに生きてまいりますので、お心おきなく、ご出立くださいませ」
そう告げるききょう。彼女なりに落ち着いたのかもしれませんが、もう道長に対しては牙を立てる価値すらないのか?とも私は思いました。
距離を空けるということは、憎むことすらやめるということでもありますから。
双寿丸も大宰府へ向かう
「俺、来年、大宰府に行く」
双寿丸が賢子に告げました。
なんでも殿である平為賢が、隆家について大宰府に行くのだとか。
武者として武功を立てるというと、賢子が一緒に行くと言います。女は足手まといだとして、都で婿を取って幸せに暮らせと突き放す双寿丸。
双寿丸のいないところに私の幸せはないと食い下がるものの、賢子は衝撃を受けています。ご飯を食べに来ていただけなのかと問われ、双寿丸はあっさり認めます。
飯を腹一杯食べる。その価値が二人は違います。
双寿丸は妹みたいな顔を見ているのが楽しかったようで……捨て子である彼は身寄りがなく、知らない家庭の温かみが心地よかったのですね。
「ありがとう」
心底そう告げる双寿丸。賢子は再度、一緒に行くと訴えますが、やはり断られてしまいます。
道中何があるかわからない。ダメだ。おじじ様と母上といとには改めてお礼を言いに行くと双寿丸が告げます。
そんな賢子を見ているしかない乙丸。
まひろが琵琶を弾き、賢子が落ち込んでいます。
母の隣に座り、ふられたことはあるか?と尋ねると……「ある」と認めるまひろ。
そんな母に、双寿丸から「女は足手まといだ」と言われたと告げ、近い内に大宰府へ行くことを説明します。
武者は命を賭けるから、危ない目に遭わせたくないのだろう。まひろがそうフォローすると、ならばそう言えばいいのにと不満そうな賢子。
「男はそういう本音を言いたがらない」
まひろがそう説明します。
ただ、まひろの知る貴族男性はむしろ下劣な本音を隠す方向性で、武者とは逆にも思えますが……ともあれまひろは、失恋した娘に、泣きたければ私の胸で泣けと腕を広げます。
驚いて「できない」といいながら笑いだす賢子。
彼女は、双寿丸の門出を祝う宴をしたいと言います。せめて彼の思い出に残りたいと笑う賢子。よい考えだとまひろが賛成します。
こうして素朴な宴が開かれることとなりました。
太鼓を叩き、福丸が歌う。
ふたつにひたしき かしまだち
そう繰り返す福丸。
「死を恐れぬ者か……」
福丸に加わって踊る双寿丸を見て、為時が思わず言葉を漏らします。
微笑む賢子と、それを見守るまひろでした。
MVP:藤原実資と倫子
もうさんざん書いてきましたが、どうして道長はこんなに虚で、どうしようもないのでしょうか。
政治家としていかに下劣で浅はかで、成長してこなかったのか――今回、実資がビシバシと指摘していました。
それでも中国時代劇の世界観よりは優しい。日本ではまだ儒教倫理を政治に活かすことすら遠い時代ですので、こんなゆるいシステムにしかならないのでしょう。
源倫子は、夫の下劣さを見抜いていました。
振り返ってみれば、敦成誕生の「五十日の宴」では嫉妬を見せるだけの愛はありました。
それがもう全てマイナスに振り切っていて、決定的に道長を見限っている。
行成は、この二人よりも容赦があるようで、愛憎の入り混じった複雑な表情を浮かべています。
予告を見ると、今度は公任がバトンを受け取り「左大臣をやめろ」と道長を突き放すようです。
そこで「望月の歌」を詠ませるとは……道長がどれだけ幼稚で思い上がった愚か者だと突き放すつもりなのでしょう。
しかも、この道長像は嫌なリアリティがある。
私は前回のレビューで「道長は自己憐憫に酔いしれたどうしようもない奴だ」と突き放していました。今週は予測通りです。
政治家としても無能。
夫としても無情。
父としてもいやらしい。
一体この道長のどこに美点があるのか。
しかし、けれども、まだ道長に好意的な意見もありますよね。
私は人間を騙す手法を大河ドラマとその反応から学べるものだと感じ入っているところではあります。
冷静に考えると政治家として実績がなく、だらしなく甘えているだけの道長。
いい歳こいて、糟糠の妻を放置し、自分が甘えられる若い頃からの腐れ縁にすがる下劣さ。
そんな場面でも美しく演出し、情感たっぷりに描けばこうも人の心を動かすのですね。
玉磨かざれば光なし
人間は自分がずっと見てきて愛着を持った何かは庇いたくなるのかもしれません。
大手芸能事務所周辺でもそういう泣き落としがあったばかりではないですか。
かつて青春時代にハマっていたとか。利害関係にあるもの。こうした対象に、人間とはとことん甘くなるようです。
大河ドラマ序盤では登場人物の青春時代を甘く描くもの。そうして見てきた青春の輝きに、人は簡単に幻惑されるようです。
若い頃にハマったものを熱心に語り出し、陶酔する人はいます。
果たしてそうやって自分の青春トークを展開することはよいものなのかどうか。そこは冷静に考えたいところ。
そのうえで、今年は良心的であることも指摘しておきます。
こういう青春ドラマの手癖とノリを悪用したのが『花燃ゆ』『青天を衝け』『どうする家康』でした。
かつて読んだ漫画やドラマのような、昭和平成レトロなラブコメ描写をすると、一定数の視聴者がキュンキュンします。
SNSで投稿がバズり、それを集めてネットニュースにすればPVも稼げます。
そういう仕組みに鈍い層は、そうした現象だけ見て「面白いドラマなんだな」と受け止めます。
『花燃ゆ』は少女漫画風をあざといまでに狙い、「壁ドン」めいた場面までありました。
しかし不発に終わりました。
『青天を衝け』は、美男が青春コメディをしていればいいと言わんばかりの内容。
妻となる女性相手に屋外で告白タイムを展開したり(幕末であの階層では無作法)、やたらとラブラブキュンキュンした臭い演出が目立ったものです。
そのくせ、明治以降の経済政策はろくにやらない。
極め付けは最終回の「青春はつづく」でしょう。渋沢栄一の死後はアジア・太平洋戦争敗戦という日本史上最大の悲劇を迎えるのに何を言っているのやら。
『どうする家康』も、ナイーブさだのなんだの言い訳し、最終回に性懲りも無く瀬名を出してきて、ラブコメ調展開でした。
どれもこれも大人として、権力者としての責任を放棄し、幼稚な己に酔いしれる――そんな、くだらない展開に心底うんざりさせられたものです。
しかし今年は、むしろそうした幼稚な逃避と、手癖のついたラブコメ演出を毒として出してきている点が良心的に思えます。
人間は老いてゆくもの。
青春に耽溺するだけで一生を終えられるわけがないのです。
玉磨かざれば光なし――。
どんなに輝かしい青春を送ったところで、磨くことを怠れば光らなくなります。『光る君へ』は、青春に幻惑された結果、光らなくなっていく君を描いていてそこが良心的なのです。
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【参考】
光る君へ/公式サイト





