麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第40回 感想あらすじ視聴率「松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも)」

2021/01/11

天正5年(1577年)――。

毛利・上杉と手を組んだ本願寺は反信長の中心にいて、その戦いは七年にも及びました。

その戦いの最中、松永久秀が織田陣営からの逃亡をはかり、光秀らに衝撃を与えるのでした。

 


光秀にとって煕子の存在とは

京の屋敷で、光秀は庭を眺めています。

その掌には、愛妻・煕子の爪。小さな容器にそっとしまいます。

駒相手にそのことを語っているのは娘の明智たま。

細川ガラシャイメージイラスト
父は光秀 夫は狂愛忠興 細川ガラシャは戦国時代で最も過酷な業を背負った姫だ

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なんでも亡き妻の爪を小さな入れ物に収めて、大事に持ち歩いているのだとか。耳のところで振ると爪が可愛らしい音を立てるのです。

妻が生きていた証を、優しい音に求める光秀でした。

駒は光秀がそんな話まですることに驚いています。

たまは微笑み、以前は無口だったのに、母が亡くなって以来話しかけてくると告げます。

駒が美濃にいた頃の話もするとか。

駒が何を話しているのかと聞くと、たまはこう返します。

「内緒!」

芦田愛菜さんが愛くるしく演じるたま。微笑ましいようで、光秀の精神状態の変化がわかります。

今までは、煕子と話すことで気持ちが整理できました。

煕子はこれみよがしに目立つことはない。ただ、坂本城で京と岐阜どちらに心があるのか尋ねる場面があった。妻との対話でいかに光秀が思考回路を整理できていたのか。理解するヒントとなっていたのでしょう。

光秀はそれができなくなってしまった。

愛娘では、過ごした時間や状況が違う。光秀は以前よりも精神が不安定になる状況にいます。

糟糠の妻は堂より下さず――。

若い頃から連れ添った妻とは、自分の考えをまとめてくれる。若さ、美貌、妊娠できるかどうか。そこだけ見ているとろくなことにならないという戒めです。

この言葉を頭の隅にでも入れておきたい。大事な要素ですね。

 


光秀の精神状態が崩れかけている!?

そこへ光秀が入ってきます。

「女子同士で何の密談かな?」

なんでもたまは、駒から薬のことを習っているとか。

たまが駒から薬のことを学びたいと言い出した時は疑っていた光秀。けれども、たまは覚えが早いと駒は言います。十兵衛様の腹痛の薬くらいなら調合できるそうです。

光秀は笑い、ならたまを医者として長生きすると言い出すのでした。

そして駒は、伊呂波太夫からの密書を渡してきました。ハッとする光秀。

本作では東洋医学が重要な存在となっていますが、そのことについて少々見ておきますと……。

日本、中国、朝鮮半島ではそれぞれ独自の発展を遂げていることも踏まえていました。

駒が触れた「十兵衛様の腹痛の薬」とは?

漢方薬はまず患者の体質を踏まえて調合すると考えてください。

現代の薬局でも買えますが、本気で治療したいのであれば初めに自分の体質を診断するのがよいでしょう。

駒の芳仁丸は、幅広く効くもので、いわば薬局に置いているようなものです。なんでも効くようで、決定的に治療するものではありません。

落語には「誰が来てもあの医者は葛根湯ばかり調合しやがる」という『泳ぎの医者』なんて演目がありますね。

葛根湯は風邪には満遍なく効くうえに、副作用が少ないので使いやすいと。

東洋医学では、患者の生きる力を引き出して、そのもの自身が病魔を追い出す。その力が停滞する、あるいはバランスが崩れると危険という考え方があります。

光秀はじめ誰かの精神状態が崩れていくことを考えていくとわかりやすくなります。

何かが足りない。何かが増えすぎている。何かが停滞している。バランスが崩れた。いずれも不健全な状態です。

◆【麒麟がくる】と東洋医学(→link

ちなみに『鬼滅の刃』でおなじみの「全集中の呼吸」ですが、あれも東洋医学由来と言えなくもありません。

呼吸をすることで精神状態のバランスを回復すると、健康状態や思考回路を安定させられる。そういう効果が認められているのです。

『鬼滅の刃』呼吸で学ぶマインドフルネス~現代社会にも応用できる?

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スマートフォンやスマートウォッチには呼吸アプリがありますね。あれはそういう効能から実装されています。

 

小屋にいたのは久秀

光秀が下京に向かうと、そこに三条西実澄がおりました。

実澄は光秀が変わりないかと挨拶。光秀は戦に追われ歌を詠むこともできず、お恥ずかしい限りだと言います。

この言葉は、もしかしたら再来年も有効かもしれません。『鎌倉殿の13人』の源氏ともなれば、

「歌なんて詠んでも何の役にも立たねえのによーッ!」

という価値観でした。現に鎌倉武士の書いた文章は誤字脱字が多いのだそうです。教養レベルの違いですね。鎌倉武士と比較すると、戦国武士は洗練されています。

人とは、人間の歴史とは、進歩してゆくもの。再来年、三谷幸喜さんがどんだけ鎌倉武士を無茶振りするか期待しておきたい!

実澄はそんな光秀に対し、光秀を待つ誰かも同じ意見だと告げるのです。いつまで経っても戦が続き、目が回るんだとか。

その誰かとは……実澄が、もう一度帝が光秀と話したがっていると伝えてきます。光秀が驚くと、信長の行く末を案じておると理由を告げるのでした。

光秀がその小屋に入っていくところを、怪しげな男が見ています。この出番だけなのに、圧倒的な存在感。こういうキャストまで本作は素晴らしいものがある。

そして小屋の中にいたのは――。

「よっ、来たな」

フランクに声を掛けてくるのは、松永久秀ではありませんか!

伊呂波太夫は三条西のじい様がいま出て行ったばかり。会ったかと聞いてくる中、久秀は光秀に座れと促します。

なんでも久秀と実澄は長い付き合いだとか。死んだ女房が何かと世話になったそうです。京にくるたび、昔話をする関係のようです。

久秀は洗練された審美眼の男だとわかりますし、愛妻家でもある。

何かと久秀はフィクション由来でどぎつい扱いをされますが、愛妻を挟んだ思い出を大切にする、心も綺麗な人なんだとわかりますね。

 


信長は実力主義のようで、そうではない

光秀はむすっとして、酒をいただくと言い出します。

伊呂波太夫が珍しがっていると、時折飲んでわしに絡むと久秀が笑います。たしかに二人は初対面でも飲んでいましたね。

白く濁った酒を飲み干す光秀。

そして、二月前のことを話し始めます。

加賀で戦をしていた羽柴秀吉が、柴田勝家と大喧嘩をして陣を立ち去り大騒ぎになったとか。

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理由はどうあれ、戦の最中に人を抜け出す者は死罪と決まっている。軍規は大事。信長は怒り、秀吉を切腹させると言ったものの、家臣一同がひたすら謝り、ようやく許されたのだとか。

そのことを松永様もご存知のはずだと光秀は怒っている。

久秀はここで、何かにカッと火がついたような目になる。

秀吉の気持ちがわかる。

上杉謙信相手に無能な柴田勝家が総大将になれたのは、織田家代々の重臣の家柄だからだと目をギラつかせる。

信長は実力主義のようで、そうではない。原田直政の死後、大和の守護は当然久秀だと本人は思っていた。それなのに、古い家柄で血筋がよいと筒井順慶を据えた!

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これは松永久秀にとって、彼の美学を破壊するものではあったのでしょう。

初登場時から、彼は斎藤道三に心を寄せていた。

下克上こそ美しく、自分の目指すものだと思っていた。そのことを信長に賭けた。

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けれども彼は裏切った!

 

ワシは本願寺につく!

久秀と同様の嘆きは、歴史上、他にもあります。

典型例がナポレオンでしょう。

フランス革命をして大騒ぎをして、身分なんてないと言いながら、皇帝になってどうするつもりじゃい! イギリス人あたりは当時からそう突っ込んでいました。

それでもフランスは、ナポレオンのカリスマに酔いしれてはいた。そこに亀裂が入って行ったのは、糟糠の妻たるジョゼフィーヌと別れたあたりからと指摘されます。

気配り上手なジョゼフィーヌ自身が、ナポレオンの精神安定によい作用を果たしたとはされています。

のみならず、ジョゼフィーヌは断頭台送りになりかけたこともある、革命が生んだ象徴的な皇后でした。

それが、マリー・アントワネットと同じオーストリアから皇后を迎えるって?

どういうことだ?

革命を忘れたのか?

そういう不満が鬱積してゆく。

かくして、ナポレオンは失墜へ向かってゆくのです。

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人間は改革を求めるようで、迷いがあるし、旧来の価値観との調整もはかる。なかなか踏み切れないものです。

その踊り場で迷うような情勢に、ついていけずに絶望する人々はいる。

人間の本質が詰まった怒りを久秀は炸裂させます。

光秀は久秀に、信長には信長の考えがあると言おうとするも、こうなったら通じない。

「もうよい、わしは決めたのじゃ! わしは寝返る。本願寺につくことにした。本願寺はわしに大和一国を任せると言うておる。それゆえ寝返るのじゃ!」

光秀は苦しい。

「松永様が寝返るとなれば、私は松永様と戦うことになります」

そう返すと、それ故呼んだと久秀は言う。

 

平蜘蛛を渡してもよい

久秀は光秀に見せておきたいものがあると続けます。

それは命の次に大事な平蜘蛛という茶道具、天下一の名物です。信長も欲しがっていて、これさえ持てば天下一の物持ちとなると考えているのだとか。

久秀は、意地でも信長へ渡す気にはならないと言い切る。

「もしやむなく渡すことがあるとすれば、十兵衛、そなたなら渡してもよい」

久秀は、光秀と戦うのは本意ではないと言う。光秀とだけは戦いたくない。初めて堺の鉄砲屋で会った時から今日まで、頼もしき武士と思ってきた。

戦えばそんな光秀を討つかもしれない。自分が討たれるかもしれない。

光秀は私も戦いたくはないと返します。そのうえで、陣を抜けたことを、信長に命を賭けてでも取りなすと言い切ります。

「それ故、どうか寝返ることだけはやめていただきたい! どうかこの通りだ!」

「そうはいかん、わしにも意地がある。見ろこの釜を、これはわしじゃ 天下一の名物なのじゃ! そなたに討たれたとしても釜は生き残る! そなたの手の中で生き続ける! それでよいと思うたのじゃ!」

光秀は叫ぶしかない。

げせぬ! げせぬ! げせぬ!

久秀は酒を飲めと言い、茶釜を太夫に預けておくと言います。

久秀が負ければ光秀のもの。久秀が勝てば、その手に戻る。いいな、わかったな。そう念押しする。

「平蜘蛛など欲しくない! 戦などしたくない!」

そう叫ぶ光秀には……道三のもとで戦っていた若侍時代のような、若い嘆きがある。金ヶ崎の退き口では「目指すもののためには戦わねばならぬ」と言っていたのに。

変わる世のために戦っていたのに、麒麟がくる世を信じていたのに、そんなことはなく親しい誰かの屍が積み上がってゆくばかり。

光秀の精神が壊れてゆきます。

そしてこの秋、松永久秀は信貴山城で挙兵しました。

本願寺、上杉謙信と連携し、反信長の戦いに身を投じたのです。大和を押さえ、謙信を京に迎えるために戦い始めます。

「信長、恐るるに足らず!」

そう叱咤する久秀。

けれども優れた観察眼を持つ彼が本気でそう思っているはずがない。己の美学のためだけに滅びようとする、おそろしい破滅がそこにはあります。

信長は嫡男・織田信忠を総大将として、大軍を大和に送り込みました。

佐久間信盛が、信長からの密命を光秀に伝えます。

この戦に勝ち、松永が命乞いをしてきたら許してやってもいい。

その引き換えに、松永の所有する茶道具を無傷で渡すこと。なかんずく平蜘蛛を。さもなくば裏切りの見せしめに、磔にして殺せ。

信盛は困惑したようにそう言います。

どうやら殿(信長)はこのころ、安土城の天守を作ること、茶道具を集めることにご執心の様子。この信盛の言葉から平蜘蛛の重要性がわかるのですが……。

そこへ細川藤孝が嫡男・忠興を連れてやってきました。

なんでも挨拶をしたがっているとか。片岡城攻めが見事であったと褒められ、望月歩さんの忠興はこう返します。

「明智様からお褒めいただくのは、無上の誉れにございます。是非是非参陣にお加えいただきとうございます」

これはよい貴公子ぶりではある。

宣教師から酷い伝え方をされ、最近ではインターネット経由での影響もあり、ともかく危険人物という印象が強い細川忠興ではありますが、本来は風流で智勇兼備な人物ではあるのです。

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本作のよいところとして、藤孝と忠興像も深みを増した点があると思えます。

今までは藤孝が育児失敗でもしたのかと思えますが、本作の藤孝を見ていると忠興がややこしい性格になる理由もわかるような気がします。

 

久秀「げに何ごとも一炊の夢……」

そして十月十日――。

松永はどこじゃ!

探せ!

そんな怒号が響く中、久秀は茶道具に油を掛けていました。そして家臣を前にこう宣言します。

「よいか、わしの首はあの箱に入れ、名物とともに焼き払え」

「はっ!」

「げに何ごとも一炊の夢……」

短刀の鞘を投げ、死装束に着替えることもなく、叫びながら腹を切る久秀。

「南無三宝!」

そう叫ぶ久秀に介錯の刃が振り下ろされ、彼は散るのでした。

演じる吉田鋼太郎さんは「爆死しないことが残念」とは言いますが、その死に様は、セリフ、所作、演出、何もかもが素晴らしく見応え十分でした。

松永久秀像(高槻市立しろあと歴史館蔵)
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「一炊の夢」とは、まさしく松永久秀らしい言葉でしょう。

粟の粥が炊き上がるほど短い時間の夢ということ。

趙の時代、盧生(ろせい)という立身出世を願う青年が、邯鄲(かんたん)で夢をかなえる枕を借りて眠りました。

素晴らしい妻を娶り、ピンチに陥ることがあっても、最終的には立身出世を果たす夢――願いが叶ったと思って目覚めたところ、まだ炊いている粥すらできていない、そんな短時間であったという話です。

久秀の人生もまた、儚い夢のようではあった。そう振り返る圧巻の場面です。

同じく自分の信念に殉じた死ということでは、三淵藤英との対比も見事でした。

あちらが白い百合が落ちるような静かな切腹ならば、こちらは毒々しい色の赤黒い薔薇が散るような……最期まで、自分の生死を演出し切った、そんな松永久秀の死でした。

松永久秀は「戦国最大の梟雄」と呼ばれ、『信長の野望』由来の「ギリワン」という名前すらあります。

けれども、それはそれで久秀の才能かもしれないと思えるのです。

悪名は悪名でも、とびきり魅力的ではある。唯一無二の名を残し、ギラギラとした輝きを見せる人物になった。これはこれで、人の生き死にとしてはありだと思わせる。

ものすごいものを見せられました。

 

信長は安土城で泣いていた

信忠たちは勝鬨をあげた。

けれども、建築中の安土城では、信長が号泣しています。

悲しみ。

悔しさ。

情けなさ。

理解されないこと。

圧倒的な孤独。

いろいろな感情が入り混じった涙を信長は流しています。染谷将太さんだからこそ、そう思わせるあまりに幼い泣き顔です。

NHKのVFXもこなれてきました。

安土城の場面は、そのひとつの極みだと思えます。遠景、そして大広間。壮麗な広さと豪奢さがあって眼福そのもの。かつては、あまりにお粗末で立派な建物に見えない、せいぜい旅館に見えてしまうセットやVFXの使い方にさんざん文句を書きましたが、そういう過ちは克服したようです。

そんな壮麗な城を光秀が歩いていきます。

待っていたのは帰蝶でした。

「帰蝶様、お久しうございます」

「久しいのう」

帰蝶は光秀の噂は聞いていると語ります。戦が続いて難儀していると。

光秀が信長について尋ねると、向こうで泣いておられると言います。

近頃、時折泣いているようです。

此度の理由は何であろう?

松永殿の死を悼んでおられるのか?

松永殿の数多の名品があのこの様になったことを嘆いておられるのか?

そして、しみじみと言います。

「このごろ、殿のお気持ちが私にもようわからぬ……」

「帰蝶様がおわかりにならぬのなら、誰にもわかりませぬな」

帰蝶も、光秀も、信長を突き放してしまった。

 

帰蝶はすでに信長を突き放している

煕子と光秀のことを思い出しますと……二人は以心伝心、理解ができていた。

その死別により、光秀の精神状態は悪化しています。信長の場合、生きているというのにわかりあえぬのだから、より悪いとも思えてきます。

川口春奈さんは役をきっちりと解釈しているためか、少し冷たい隙があると思えました。帰蝶は信長が何かを怖がっているようだと説明します。

駿河国にある日本一高い富士の山。高い山には神仏が宿り、そこに登ったものには祟りを受けるという。

信長は朝廷より右大将という官職を承った。足利将軍と同じ身分となった。ここまで上り詰めるとは思わなかった。帰蝶はそう言い切ります。

そして、一緒に祟りを受けるやもしれぬと口にするのです。

帰蝶は変わりました。

道三の娘らしいふてぶてしいころの彼女ならば、決して言いそうになかったことを口にしている。

堺から鉄砲を買い付け、信長の戦の後押しをしていた帰蝶ですら、疲れたように見える。

光秀もそこは同じ思いがあるようです。

信長をけしかけたと言う意味では、二人は同罪です。封じられていた魔星を解き放ったことを悟ったような、そんな悔恨が滲んできました。

メインビジュアル第三弾が公開された本作。SFならば、暴走するAIをプログラミングした苦しみがあると以前書いた記憶があります。

魔星にせよ、暴走AI搭載ロボットにせよ。人が制御できない何かを解放した責任は重くのしかかるということです。

帰蝶は信長もそれを恐れているのかもしれず、少々疲れたと言います。

この城も石段が多すぎる。天にも届く立派な城を作っても、人が上がっていくには息が切れる。

近頃は戦の度に親しい者が大勢消えてゆく。

帰蝶はそろそろこの山を降り、美濃の鷺山の麓にある小さな館で暮らすと告げるのです。

「戦が終わって穏やかな世になったら、遊びにおいでなされ。渋くて美味しい茶を一緒に飲もう。約束じゃぞ」

帰蝶はそう言います。

これが彼女の最後の出番かどうかはともかく、退場が見えてきたとは思えます。

本能寺には帰蝶がいないという説の方が有力です。とはいえ、フィクションとしてはそこにいて欲しい。本能寺には姥桜のような帰蝶の亡骸があった……そういう描写は定番です。

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ただ、本作ではもう帰蝶は突き放している。

この帰蝶には、信長のために薙刀を振るって戦うような情熱がないのでは? 彼女は燃え尽きてしまったのでしょう。

妥協のない描き方ではある。川口春奈さんが話題だし、もっと出せという意見はよく見かけました。

けれども本作は、そういうリクエストに応じるよりも描きたい像を追及していく。結果、ぶれない人物像ができている。冷え切った帰蝶がそこにはいる。

 

妻を失った二人が顔を突き合わせ

そこへ信長が入ってきました。

そしていきなり佐久間信盛は役立たずだと不満をぶつける。

松永の茶道具を無傷で持ち帰れと命じたのにこの様だと。光秀が当時の状況から庇おうとすると、信長は命じた佐久間が悪いと不満を募らせています。

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決定的な断絶が見えてきますね。

平蜘蛛など欲しくない!

戦などしたくない!

そう叫んだ光秀と、茶道具を忠臣よりも重んじるような信長。

ここで帰蝶が立ち去ろうとすると、信長はむっつりとし、十兵衛との話は済んだのかと聞きます。

「わしを見捨てて鷺山に行くという話はしたのか?」

「いたしました」

信長は不満でいっぱいだ。その言動には、糟糠の妻への労りも感謝もない。冷え切った関係が残るのみ。

帰蝶が美濃へ戻るという話を、信長は前日に聞いたばかりでした。彼女がいなければ、何かの折、信長は誰と相談してやっていけばいいのか。

そう問われた帰蝶は、十兵衛に相談すればよいとそっけなく答えたそうです。

「弱りましたな……」

「わしがか、そなたがか?」

「殿も、それがしも」

光秀と信長はそう語り合い、また双方精神状態が悪化しそうな事態に……。

妻というクッションなしで現実と向き合う男二人が、顔を突きつけ合わせる。こんなことはもう惨劇の予感しかありません。

こんな生々しい本能寺、おそろしすぎる。

 

小屋での密会は信長に知られていた

信長は咳払いをし、光秀に来てもらったのはふたつの要件があると伝えます。

まずは一つ目。平蜘蛛のこと。

佐久間の家臣が探したのに、破片すら見つからない。これは戦の前に松永がどこかに預けたのではないかと思っているのだと。

そのうえで、久秀と親しい間柄であった光秀が知っているのではないかと尋ねてきます。

「そのようなことは……」

「聞いておらぬか?」

ここで信長はおそろしいことを言い出す。

上杉と密かに通じていると知らせを受けて以来、大和や京に忍びを配して松永を見張らせていた。松永は下京の伊呂波太夫の小屋に行った。

そこで親しい者と会っていた。その中に光秀もいた。

光秀はその事実を認め、小屋で話をしたと言います。光秀は信長に寝返らぬように説得し、それだけかと問い詰められると昔話をしたと返すのです。

「平蜘蛛の話は出なかったのだな?」

うなずく光秀。

「うむそうか、それは残念だな」

信長はそう言う。そして松永を死なせたくはなかったと言うのです。いずれは然るべき国を与えようと思っていたのだと。

信長には決定的に何かが欠けている。久秀にあった、大和への思いを汲んでいない。

「何故裏切る? 帰蝶もそうじゃ。帝もそうじゃ」

信長は思いを吐き出す。蘭奢待はお喜びになると思ったからこそ差し上げたのに、あまりお喜びでなかったという。

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「何故じゃ? 何故皆わしに背を向ける?」

そう言ってから、こう付け加えます。

「これはたわけの愚痴じゃな……」

なんとも哀しい信長の本音です。

本作の信長は、贈ったものを受け取ってもらえないことが実に多い。

母に魚をあげても、喜んだのは最初だけだった。

父に潜在的に危険な敵の首をあげても、かえって叱られた。

足利義昭は関の刀鍛冶に打たせた刀を贈っても、かえって嫌そうな態度だった。

帝に蘭奢待を贈っても、喜んでもらえない。

祝言の日、干した蛸をあげたら食べてくれた帰蝶。その帰蝶すら自分を見捨てていく……。

 

感情のすれ違いが炙り出され

そんな信長は、光秀に彼の娘・たまを通して贈りたいものがあるようです。

たまの嫁入り先として、細川藤孝の嫡男――忠興を指名するのです。

信長なりに考えた悪い縁談ではないとは思います。

父は親友同士で、織田家臣団でも重要な位置にいる。史実では、本能寺の後、命を落とす明智一族の中で、忠興はたまを守った。離縁もしなかった。愛の深さはあるのです。

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ただ……「話は以上じゃ!」と打ち切って、光秀に有無を言わせない、そういう信長の性格が残念でなりません。

なぜにこれほど不器用なのか。

本願寺の連中も長島一向一揆のように焼き殺すとあっさり言い切る。彼は、光秀が比叡山で見せた苦悩をまったく気に留めていない。

こういう感情のすれちがいが、NHKの見出したところだとは思います。

最近は、人間の心理状態を細やかに描くフィクションが増えています。

一年前の朝ドラ『スカーレット』を思い出しました。

あのドラマでは、主人公夫妻が離婚します。ただし、モデル夫妻には明確な不倫があったにも関わらず、ドラマでは描かれなかった。

NHKのお上品さゆえの限界説が囁かれていたものですが、その一年後、朝っぱらからどぎついゲス事情をバンバン出してくる『おちょやん』を見ればそうでないでしょう。

人間の心は、徐々に擦り減ってゆく。二人が一緒にいることでそうなってしまったら、明確な断絶がなくとも修復できない。断

絶の理由を聞かれ説明したところで「その程度で?」と当人以外は理解されなくとも壊れる関係はあります。

そういう描写をすると叩かれやすいことは『半分、青い。』にせよ『スカーレット』にせよ、重要人物の離婚描写あたりでNHK側も把握済みだと思うのです。

それでも、描く必要性を感じればこそ貫いているのではないでしょうか。

本作のそういう描写を「もはやシェイクスピア悲劇の世界!」と例える記事も見ました。

しかしシェイクスピアって、日本人からすれば明治維新以降の新しいものですが、英語圏では戦国時代とそう変わらない時代です。

心理描写がそこまで細やかではなく、もっとわかりやすい。むしろ劇中のセリフを演技演出でどう詰めて細かくするか、そこが重視されているとは思うのです。

そのへんは吉田鋼太郎さんか、北村紗衣さんあたりに聞いてみれば良さそうです。

ともかく、この手の心理的齟齬が破滅的な結末を迎えるパターンは、割と斬新かつ近年の流行最前線だと思えます。

以前も記しましたように、2010年代最大のヒットドラマとされる『ゲーム・オブ・スローンズ』もこのパターンの結末でした。

『鬼滅の刃』も心理描写が細かい。そして自分のことばかり重視して、最愛の仲間たちを思いやれない者は、鬼だけではなく鬼滅隊士だろうがろくな目に合わないというルールがあります。

人間の心がどう破壊されるか?

そこが見所なんですね。

そしてそれゆえに、本作と無縁と言い切れる人間はどこにもいない。どの人間にも心はあるのですから。

 

十兵衛が初めてウソをついた……

光秀が去ったあと、信長の顔に怒りがのぼってきます。

「十兵衛ば初めてわしに嘘をついたぞ……このわしに嘘をつきおった、十兵衛が!」

そしてこう叫ぶのです。

「羽柴秀吉はいずこにいる!」

ここですかさず秀吉が姿を見せます。

調べたことに間違いはないかと問われると、秀吉はこう言い切ります。

「この秀吉、ぬかりはござりませぬ」

嗚呼、今回もこんな短い出番なのに、秀吉が心底憎々しい。

秀吉みたいな人間はいる。舌なめずりをしている。人の弱みにするりとつけ込む奴。佐々木蔵之介さんがこれまた今回も絶妙にお上手なのです。

坂本城では、たまが薬を作っていました。そこへ光秀が帰って来る。たまはお出迎えもしないことを謝りつつ、父上がいつお帰りになるか誰も教えてくれぬと漏らします。

光秀はすごい臭いがすると顔をしかめます。

駒直伝の薬を調合しているのでした。

戦で疲れた時に飲んでもらおうという秘伝の薬だそうで、光秀は、まずそうな顔をしつつも薬湯を飲み干します。

何気ない場面のようで、これまた重要だと思えてきます。

前回のことで訂正します。家康が「薬酒」を飲んでいるとしましたが、状況や色からして「薬湯」の方が妥当で可能性が高いです。失礼しました。

そうなのです。苦い薬湯を敢えて飲むところが、家康と光秀にはある。

最終回間近になって、その後への導線が見えてきます。

信長と秀吉。

光秀と家康。

そう繋がっていると思えるのです。

ここで伊呂波太夫の来訪が告げられます。

松永久秀との約束通り、彼女が平蜘蛛を持参してきました。

光秀は膝行(しっこう・膝をついて進むこと)で後退りしつつ、受け取るのですが……この膝行はかなり難しいものです。

現代人は武道でもしていない限りは無縁の動きで、関節をうまく動かせないもの。絵を見てください。相当辛いのです。ましてや綺麗にするとなるとかなり大変でしょう。

こういう時代劇特有の所作をどう継承するのか。実は昭和の頃から色々と指摘されていました。

そこを手抜きしない本作は気合十分ですし、それに応じる長谷川博己さんはやはり素晴らしいと思えます。

先日『ファミリーヒストリー』を見て、そんなハセヒロさんが素晴らしい理由がわかった気がします。

これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。

知っているだけの人よりも、好きな人のほうがうまくできる。好きな人よりも、楽しめる人の方がうまくできる。

映画なりドラマが好きで好きで仕方なくて、大量に鑑賞してきた。演技が好きだし、楽しみながら演じている。だからこそうまいのだと。

ドラマをよくするために責任感を抱くだけではなく、楽しむこともできる。そんな彼自身も、楽しめる環境にするチームも、素晴らしいものがあるのでしょう。そういう空気が伝わってきます。

 

久秀の罠とは?

夕日が差し込む中、そう平蜘蛛に向き合う光秀。

その動きからは、どうしたって相手への敬愛が見えてきます。

「いかがなされました?」

「信長様にこの平蜘蛛の行方を問われ知っていると……ここまで言いかけたが……言えなかった。言えばこれが信長様の手に落ちわしは楽になれた。しかしなぜか言えなかった。そうかこれは罠だ」

ここで笑い出す光秀。

「まんまと引っ掛かってしもうた! これは松永久秀の罠じゃ、松永様の笑い声が聞こえておるぞ、ふふふ、どうじゃ、どうじゃ十兵衛、恐れ入ったかと……はははは、はははははっ!」

光秀は笑い出す。

そこには紛れもない愛があった。

士は己を知る者の為に死す。松永久秀は、己を知っている十兵衛にために死んだようにも思えます。審美眼の男である久秀は、光秀の心に美を見出し、愛していた。

だからこそ、平蜘蛛の姿になって彼の前に現れると信じていたのでしょう。

そしてその罠とは――久秀が信じ、賞賛した、下克上を為す心を渡すということ。

平蜘蛛の中には、主を討ってでも己の道を行けという、そんな久秀の心が入っていた。そんな魔星の入った茶道具を手にしたからには、もう手遅れだ。

三淵藤英が見せたような、何があろうと主君に尽くす忠義は燃え尽きてしまうのです。

伊呂波太夫はここで、久秀からの言葉を伝えます。

これほどの名物を持つ者は、持つだけの覚悟がいる。

いかなる折にも、誇りを失わぬ者。

志高き者。

わしはその覚悟をどこかに置き忘れてしもうたと。十兵衛にそれを申し伝えてくれと。

そこまで伝えて、伊呂波太夫は去って行こうとします。そんな伊呂波太夫に、光秀はこう呼びかけます。

「待たれよ! わしは明日丹波に入る。戦じゃ。それが終わって帰り次第、帝に拝謁したい。今の世を、信長様を、帝がいかかがご覧なのか。それをお尋ねしたい」

「その旨、三条西のじい様にお伝えします。では」

そう伊呂波太夫は去ってゆくのでした。

 

MVP:松永久秀

積年の、自分が持っていた松永久秀への思いをすっきりとさせるような、圧巻の像でした。

どうしたって、彼にはどぎついイメージがつきまとう。そこも含めて愛は感じるけれども、違和感はあった。

それは『鬼滅の刃』で聖地になった一刀岩を訪れた時の印象がある。

あの静かな、緑が濃い、空気すら透き通っている大和の印象がある。だからこそ、あの大和と、フィクションで描かれる毒々しい松永久秀はどうにも合わない。

しかも、一刀岩伝説の柳生石舟斎が仕えた主君が松永久秀?

違和感がずっとあって、調べていくうちにわかってきたことはある。

松永久秀とは、柳生石舟斎、もとい宗厳が全身全霊を賭けて仕えるに値する人物だということ。

久秀に賭けていたからこそ、彼の死もあって、石の舟として浮かび上がらないと名乗ることにしたのだと。

そういう魅力があって、納得のいく松永久秀が見られて、感無量です。

こういうことを書きたくはないけれども、いろいろ思うと涙がにじむような久秀の最期でした。人間とは、こうも見事に生きられるのか!

そういう感動がずんと胸にきて、ざわついて、去ってゆかない。自分が柳生宗厳になって、主君の死を見てしまったとような気分にすらなれました。

吉田鋼太郎さんも素晴らしい。

吉田さんといえばシェイクスピアですね。けれども、和装や日本伝統の動きも決まっていて、見ていて惚れ惚れとします。今回も切腹で、鞘を投げるあたりが完璧に決まっていて見惚れました。

シェイクスピア役者が戦国武将を演じても様になるというのは、とても素晴らしいことです。

人間というのは、国境や人種で区切れるものではないとわかる気がする。

吉田さんの久秀には、マクベスの香りもあった。マクベスも史実ではそこまで悪どくないけれども、シェイクスピアの筆が達者すぎてあそこまで毒々しくなった功罪はあります。

吉田さんの久秀は「きれいはきたない、きたないはきれい」と人の心を弄ぶようなところもあって、見ていて興味が尽きなかった。

玉虫色の輝きがいつもある、とても綺麗な松永久秀でした。こういう人間像を見られるという幸せを噛み締めた回でした。

松永久秀像(高槻市立しろあと歴史館蔵)
信長を2度も裏切った松永久秀は梟雄というより智将である 爆死もしていない

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あ、そうそう、これは願望ですが。松永久秀が生まれ変わって、徳川幕府を仕切る大和ゆかりの男・柳生宗矩に生まれ変わったという設定が私の中には成立しつつあります。

『柳生一族の陰謀』のみならず、『魔界転生』も吉田さんの宗矩でやってくれないかなぁ。柳生十兵衛は溝端淳平さん続投でお願いします。

 

総評

最終盤ともなれば、だらけきってしまいそうなところ、ますます緊張感が高まってきます。

生まれもった先天性、そんな光秀と信長の気質が見えてくる。

光秀は不幸なのか、幸せなのかわからない。

松永久秀にせよ、帰蝶にせよ、帝にせよ。彼と会って話したくなる。心を開いて向き合うことができる。思えば光秀はそういう存在だった。

もちろん妻とも心が通じ合っていた。彼の心がもつ清らかさに人は惹かれる。

一方で信長は、何かが噛み合わずに避けられてしまう。

彼は贈り物をする。けれども、猫が人間の枕元に鼠を置くようなもので、ありがたがいと思われることはない。

常に愛が一方通行。

帰蝶以外に彼の妻は出てきませんが、たとえ子を産んでいようが、心が通じないからには出す意味がないと本作は判断したのでしょう。

信長は鳥の群れに放り込まれた猫のよう。仲良くできるわけもない。

常に食われそうだと相手は逃げることが悲しくて、虚しくて、情けなくて、悔しくて……そう思うからこそ、唸るように泣いてしまうのでしょう。

そんな中の今回――松永久秀が圧巻で、いろいろと考えさせられる内容でした。

久秀は、信長ですら世の中を変える気構えがない、昔からの血筋だのなんだのにこだわると悔しがる。

もう人間としての生存本能を超えて、世の中を変えてやるという執念に飲み込まれてしまっていた。

これはすごい描き方だと思った。

信長といえば改革、斬新さの象徴のようで、そうではないと久秀は怒り、断罪する。

納得できないこともありません。

信長が久秀を評したという悪事の数々は、どうにも引っかかるものはあった。

三好長慶の家を乗っ取った。けれどもこれは斎藤道三も同じようなことをしている。

将軍義輝を弑逆した。とはいえ義昭への振る舞いを思えば信長こそ言えた義理でもない。

大仏を焼いた。失火での焼失であり、久秀が悪いと断言できない。

それよりも、信長だって仏像を粗末に扱っている!

要するに「信長、お前に言えた義理か?」と言いたかった。釈然としないそんな思いを決着つけてもらえたようで、今回は圧巻です。

久秀はむしろ【徹底的に世の中を変えない信長】に失望したのだと。

そんな本作の解釈は斬新で、フィクションだからこそできる境地に踏み込みました。

人間はもっとよい世界を作りたいと思い、生きるものだけれども、それはなんとも大変なことだ。

そう思わされる本作は、こういう時代に即したドラマだと思えます。

紛れもなく傑作だと言い切る一方、毎週日曜夜は疲れ切る。

そんな幸せな時間が過ぎてゆくのでした。


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【参考】
麒麟がくる/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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