北条義時の前に座る白い犬。訝しむようにそれを見る義時――。
鎌倉に十二神将の像が届きました。
薬師如来を守護する12体の神像で、本来は干支の数だけいるものですが、戌だけ先に届いたとか。
神将の真似をしておどける弟・北条朝時に「罰が当たるぞ」とつぶやく泰時。そんな夫に妻の初が真面目だとつっこんでいます。
あんたもやりなさい、と北条時房にも振られますが、もういい歳だからと拒んでいる。このトキューサ、実に年齢不詳です。
義時は、スピード感のある仕事だとして運慶に礼を述べています。
なんでも四ヶ月で作ったとか。
今回は京都からの輸送が間に合わず、いきなり全部揃うわけではないようです。
それにしても運慶がこれだけ早く作れるのは分業体制が整っているからでした。
当人が設計図を描き、実際に造るのは弟子。早く作ったほうが喜ばれるし、次の依頼をこなせると打ち明けています。
古今東西、チームで作ったものが代表者一人の名義になっていることはよくある話ですね。
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しかし義時は浮かない表情です。
北条一族を見て、こんなにはしゃいでいいのかと困惑気味。しかし姉の政子は、一族から右大臣が出ているのだから嬉しいとニコニコしています。
「いつまでもこんな時が続きますように……」
そう願う政子です。
実朝暗殺を義村に打ち明ける公暁
そのころ公暁は、三浦義村に決意を表明していました。
源実朝を八幡宮で討ち果たす――。
そうなると謀反人になるから、御家人の心が離れないようにすることが肝心だと義村がアドバイス。
集まった御家人の前で読み上げる文言を確認しています。
北条の闇討ち、謀略で頼家が亡くなったことを明確にし、本来誰が鎌倉殿になるべきであるか示すことが肝要。
そう聞かされている義村の弟・三浦胤義も、それで御家人の心が集まると納得していています。
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三浦が打倒北条を叫べば御家人はついてくる――そう自信を見せる義村。
全ては明日だと最終確認に余念がありません。
ともに鎌倉殿の子として生まれながら、別々の道を歩んできた二人。
運命は神仏の前で交錯しようとしている――。
長澤まさみさんがそう告げる中、今週の幕が開きます。
日本人を縛る官位
建保7年(1219年)1月26日――。
政子は義時が信心深くなったと感慨深げです。
なんでも半年前、義時の夢に白い犬が出てきて、妙に心に引っかかっていたとか。夢のお告げは信じない。そう言いつつも、どこか気にはなるのでしょう。
「意外と気にしい」と妹の実衣はからかわれます。
図星だったのか。元々お堂を建てる話はあった、早く建てるように催促しただけだと、少々語気を強める義時。
ついに親王が京都からやってきて、迎えることになります。
大江広元曰く、慶事は同時に進めるのはよくない……と義時が話すと、実衣がまたまた「意外と気にしい」とつっこんでいます。
しかしながら行事は大事ですね。
今年は何かと葬儀が話題に上りました。なぜ、にぎにぎしく開催するのか?というと、国家なり組織なりの荘厳さを知らしめるためでもある。
行事に金を費やすことは、鎌倉という幕府を作る上でも大事なこと。ゆえにそこは「気にしい」でよいのです。
かくいう実衣は、次の鎌倉殿は誰になるのか?ということを気にしている。
先の話はいいと話を逸らそうとする義時に、自分の息子・阿野時元を売り込もうとしますが……義時はキッパリ断る。
実朝が右大臣になることで鎌倉殿の価値が上がった。一方の時元は無位無官。諦めろ。
義時と実衣のギスギスした空気を和ませるためか。そこで政子は、ともかく実朝の出世を祝おうと声をかけます。乳母の実衣なら嬉しくないわけがないだろう、と。
右大臣の母と乳母で支度をしようという話になります。
官位の話は、日本史において避けられないものですね。
伝統的に日本人を縛るものであり、江戸時代の大名だって「あの家よりも高い官位が欲しい!」と贈賄をしてまで買いました。
そうかと思えば、天皇の飼い猫が昇殿のため従五位下とされたり、江戸時代には天皇に謁見するため従四位を与えられた象もいたり、妙なことが起きるものです。
2024年大河ドラマ『光る君へ』でも、官位を貰った猫「命婦の御許」が出てくるかもしれませんね。
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現代人ならば「なにそれ?」となってもおかしくない官位のお話。
こうした思考回路は、2020年『麒麟がくる』の織田信長が体現しておりました。
彼は天皇から与えられるこういった恩恵に対し、途中から無頓着になるという描写でした。
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朝時あっさり機密を漏らす
北条泰時が頭を悩ませています。
なんでも公暁が雨具である蓑を用意しているとか。参籠をするなら不要の品をなぜ持ち込むのであろう。
彼は、妻の初が指摘する通り、とにかく真面目。みんなが浮かれモードなのに暗い。
朝時なんて「左大将の時と一緒でしょ」と呑気なのに、一人でピリピリしています。
しかし、その予感はあながち間違っていなかったのか。
八幡宮の僧侶に列の並びを聞かれた朝時があっさり教えたと教えられ、泰時が愕然とします。
平盛綱も硬直。
朝時は教えたら駄目なのか?といささか狼狽していますが、こやつに警備担当をさせたら駄目すぎますね。機密が全く守れていない。
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泰時らがにわかに緊迫する一方で、実朝は政子に、八幡大菩薩に右大臣になれた礼をしてくると告げています。
そして実朝に子ができないことを、一切触れずにいたことを感謝している。
政子は聞いたところでどうにかなるものではないと返し、それでもありがたかったと改めて礼を言いたい実朝。
血は繋がっていないながら、素晴らしい後継が京都から来ることに政子は満足しているようです。
ドラマ本編では描かれてませんでしたが、実は次の鎌倉殿の妻には、源頼家の娘である竹御所とされていました。女系では血が繋がるという意識があるわけです。
中世は、女系継承の重要性を理解しておくと、理解しやすくなるかもしれませんし、ここでの政子の指摘は重要かもしれません。
伊豆の田舎武士にすぎぬ北条の正統性とは、源氏の血を迎え入れたことにあった。
それにこだわらないと彼女は言ったわけです。
仮面夫婦喧嘩
義時の妻・のえが、源仲章と貝合わせをしています。
つくづくいやらしい大河ですなぁ。貝合わせは夫婦和合の遊びでしょ。
こんなものは実質不貞であり、せめてそこは囲碁や双六ではいけませんかね?
もっとも仲章には北条の内情について探りを入れる狙いがあり、義時の出世には色々あっただろうと気遣う振りして何かを聞き出そうとしています。
仲章の話を認めるのえに対し、さらに話をエグろうとする仲章。
並の苦労ではなかったはずだ、先代の時はどうだったのかと迫りますが、その頃のことは詳しく知らないと誤魔化そうとするのえ。
すると仲章はいやらしく顔を近づけてこうだ。
「聞きたいな……」
「内緒」
彼は、もう一押しとばかりに、頼家は北条にやられたのではないかと言質を取ろうとしています。
のえは繰り返し、これを否定。
「言っておきますけど、うちの人がやったわけじゃありません!」
煽られ、少々激昂してしまうのえ。仲章もわかってはいます。
当時、都にいた慈円の『愚管抄』にも、頼家は惨殺されたと記されていて、それを仲章が知らないわけがない。
このけしからん二人が挨拶しあうところを、目にした義時。
さっそく妻を問い詰め、なぜ自分を追い落とすつもりの男が御所にいるのかと怒っています。
貝合わせをしたいのだと彼女が答えても、魂胆あって近づいたことがなぜわからないのか!と苛立つばかり。
おおかた仲章は、京都から取り寄せた高級品でも貝合わせに使ったんでしょうね。京都の雅で釣ればホイホイ引っかかると踏んだか。
貝合せだけで「手も握っていない」とのえが言うと、義時が爆発。
「そんなことはどうでもいい!」
「どうでもいい?」
思わずのえが言葉を返すと、義時は何を聞かれたか、それだけが気になっています。迂闊なことを漏らしていないかと問い詰められたのえもさすがにキレる。
「私をみくびらないで!」
嗚呼、義時よ……。かわいげがない、愛嬌不足の男です。この点、源頼朝や父の北条時政とは大違いだ。
のみならず、色気もないと証明してしまったこの夫婦のやりとり。艶っぽさがまるでありません。
まだ八重や比奈と一緒にいる時は引き出されていたけれど、もうゼロを通り越してマイナス。
仲章は、自分の色香を把握していた上で、それをふんだんに使いながら彼女に迫った。
それと比べると、なんと無惨なことでしょうか。
のえもハッキリと悟ってしまいました。結局、夫は、自分に魅力も色気も感じていない。かつてはともかく、今はそうなのだと。
男児は産んだ。家の中のことも仕切っている。しかし、それだけしか求められていない。
思い起こせば、自分だって夫の地位を求めて妻になったにも関わらず、逆のことをされて狼狽えていることが見て取れます。
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二人のやりとりが凄いですよね。あの小栗旬さんが色気マイナスだし、菊地凛子さんはカッと心の底に憎悪が宿る瞬間が見えた気がします。
かつて、八重も、比奈も、義時の愛が芽生えるやさしくて暖かい瞬間がありました。
一方でのえは、憎悪という青白い炎。彼女にしか出せない凄絶な美しさがあります。
「頼朝様が作った鎌倉を捨てるのですか」
八幡宮では北条時房が警備の準備を進めていました。
なんでも公暁に関して、怪しい情報が届けられているとか。馬を用意しているうえに、そばにいる駒王丸はあの三浦平六義村の息子である。
泰時は警戒し、謀反のため三浦館に兵が集まっているのではないか?と義時に訴えます。
しかし義時は式の警護だとそっけない。
それにしては数が多すぎる、式は取りやめた方がいい。
公暁が鎌倉殿を殺そうとしていると泰時が引かないため、三浦義村に直接聞いてみることにしました。
「若君が? 冗談じゃない」
はなから二人の話をいなす義村。信じていいかと義時に問われると、千日参籠の最中だと返す。
その上で、若君は鎌倉殿にとって代わる気持ちなどないと俺が誓ってやるとも言い切った。
しかし、義時は知っています。義村は、本音と建前が分かれていると、襟を立てる仕草をする――。
「やってました!」
確かに、そのシーンはばっちり画面に映っていましたが、果たして?
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義村や公暁の狙いを確信したのでしょうか。義時は、実朝に拝賀中止を提案するも、今更そうはいかぬとそっけなく返されます。
上皇様から遣わされた方がいるのに馬鹿を申すなと仲章も続く。
ならば警護を増やすよう要望しても、自分が責任者だと仲章はそっけない。
そもそも実朝は、公暁が鎌倉を狙う行為を理解できません。挙句の果てには、親王がくだることを喜んでいるのではないか?とまで言い出します。
これには実朝のバイアスも感じます。西から東に来れば喜ぶという先入観がある。
それでも諦めきれない義時。
「人の心は分かりませぬ」
ゆえに誰も信じてはならないとでも、なかなか不穏なことを匂わせますが、実朝は構わず自分の話を続けます。
いずれ京都に移る。右大臣ならば本来は内裏の近くの方が都合がよい。六波羅にしたい。
表情が一気に曇る義時。
「頼朝様が作った鎌倉を捨てるのですか」
腹から絞り出すような言い方で、あらためて強い意志も見て取れますが、そんなことお構いなしにとばかりに仲章が、鎌倉は験が悪いと言い放つ。
「鎌倉殿にお聞きしている」
ふたたび義時が静かに力強く迫るも、実朝は「先の話だ」として重くは捉えていません。
そのうえで義時は太刀持ちを頼むと任されるのでした。
武士の政治が京都に向かう危うさ
鎌倉から離れようとする源実朝に対し、激しい動揺を感じた北条義時について少し考察を。
本作はなかなか難解なところがあります。
義時は武士の世の終焉について考えているようにすら思える。
武士の政治権力が天皇のいる京都に向かうと危うい。
これは幕末の懸念でもありました。
京都守護職である松平容保が、孝明天皇の信任を受けて権限を持ち、将軍後見をつとめる慶喜もこれを利用する。
【一会桑政権】です。
確かに当面の政治的局面は握れたとしても、長い目で見れば将軍の権威に傷がつく懸念があり、幕閣は気を揉んでいました。
2021年『青天を衝け』の冒頭には徳川家康が出てきて、こうした武家政権の構造を表面的にはなぞりますが、どんな行為が江戸幕府にとって致命傷になるか?という情報は得られませんでした。
その家康ができなかったことを義時が説明しているようで、超絶技巧にもほどがある。勉強になります。
それと同時に、不思議なことも。
明治維新で【王政復古】だというけれども、京都が首都になるどころか、武士が作り上げた江戸を東京として、そこに天皇と御所を移した。
これは一体どういうことか。鎌倉時代草創から明治維新まですっ飛ぶような、そんな発想をしてしまうのです。
義時と二人きりになると、仲章はさらにいやらしく笑います。
なんでも北条殿の奥方からおもしろい話を聞いたとか。頼家の真相を知っているとほのめかしてきます。
しかしカマをかけても無駄だと義時。妻は何も知らない。そうは言っても仲章には想定内なのか、「まるで何かあったようだ」とさらに煽ってきます。
主殺しは重い罪、鎌倉殿に知らせねばならないと執拗な仲章に対し、義時は目的を尋ねます。
「何のために鎌倉に来たのか?」
「京都でくすぶっているよりは、こちらで思う存分自分を試したい。望みはただ人の上に立ちたい。それだけのこと。目障りな執権は消え、鎌倉殿は大御所になり、親王を迎え、自分が支える」
「お前には無理だ」
「血で穢れた誰かよりはよほどふさわしい」
もはや勝ちを確信したかのような仲章。慢心して、思ったことはあまり言わぬ方がよいとは思いますが……。
ちなみに京都から鎌倉に来て出世を望むのは、大江広元も近いと言えます。
彼のような文官たちも京都でくすぶっているくらいならば、と東へやってきましたし、実際、広元は上洛した際、そう明かして上機嫌になる場面がありました。
いったい何が彼らを分けるのか?
文官たちは武士に対する「文士」とされましたが、子孫の代となると武士に吸収されていきます。
文士と誇りを持っていられた時代は長くありません。弓すらまともにできないとからかわれ、奮起する文士の子孫たちがいます。
一方で武士も教養を身につけていく。
両者融合して、文官武官の区別があいまいな日本の武士はできあがるのです。
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そんな大江広元に、義時が本音を打ち明けます。
「今にして思えば、頼朝が望んだ鎌倉は、頼朝の死と共に終わった」
しんみりとするようで、嫌な開き直りにも聞こえますが、広元はどう反応するか。
頼朝の建てた鎌倉を放り出すことはできないはずだと語りながら、義時の背中を押します。
「臆することはございません。それがこの鎌倉の流儀。仲章には死んでもらいましょう」
そう言い切る広元は、すっかり精神が武士に染まっています。
京都の貴族は流血を嫌います。ゆえに呪詛が好き。仲章が「血で穢れた」と言っていたように、そんな発想があります。
一方で広元にはありませんね。
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何かと話題となった広元の殺陣。あれもアクションがよいというだけではなく、武士に染まっていったことを示すのかもしれません。
なんといっても大江広元の子孫には、毛利一族がいるわけであり、長州藩は殿ルーツということで、鎌倉にある大江広元の墓整備にかなり手間をかけていました。
徳川の東照宮への対抗意識もあるかもしれませんが。
そこを踏まえ、仲章と対比させると、この大江広元像がより鮮やかになってきたと思えます。
新たな武士を生み出した、そんなルーツとしての輝きが広元にはあります。
広元の真意を確認した義時は、早速トウに仲章の暗殺を指示します。素早い決断ですね。
母のつつじが公暁に訴え
いい歳して派手すぎかと言い訳しながら、実衣が真っ赤な衣装を着ています。
今さら、と返す政子の頭巾はかわいらしいピンク色。
実衣が尼御台も化粧をしたらと言うと、政子は顔を見せてきます。
きれいにお化粧をしています。ちょっと赤を使っているとか。
いいですね。『おんな城主 直虎』の寿桂尼も、化粧、頭巾、袈裟でコーディネートをしていて素敵でした。
尼だってオシャレくらいしたい、という心がうかがえます。
そこへ実衣の息子・阿野時元がやってきました。どうやら雪が降ってきたようで、式には殿上人と御家人だけが参加し、尼御台は残るようにとのこと。
そのころ泰時は三浦館にいました。
そして義村にきっぱりと、儀式に参加しないよう伝えます。
館にいた三浦勢は弓矢を確認している者もおり、不穏な空気が漂っていますが、義村は儀式に参加できない理由を聞き返します。
直衣始の折に三浦のせいで出発が遅れたと泰時。
身内で揉めただけで大したことはないと義村が返すものの、また同じことがあっては困るとして泰時も引きません。
義村も、泰時の強硬な姿勢に何か気づいたのでしょう。
狙いを勘付かれた、今日は取りやめだと公暁に伝えるよう指示を出します。
三浦の館を出た泰時は、義時に警護の増強を訴えました。北条からも兵を出すというと、謀反の証拠はないとつっぱねる義時。
しつこく粘る泰時に対し、ついには「めでたい祝いの日に水を差すな!」と返すのです。
一方、計画を取りやめるよう伝えられた公暁は、もはや三浦をあてにはせず、自分たちだけでも実行すると仲間の僧侶たちに告げています。
そこへ意外な訪問者がありました。公暁の母・つつじです。
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息子の公暁が参籠から出入りを繰り返していると聞いた彼女は、何かおかしなことを企んでいるのではないかと不安に感じた様子。
公暁にその理由を尋ねられると、「あなたの親だから」と返します。
厳しい修行をしている横で、実朝が右大臣になる拝賀が行われ、怨みも募るだろうと状況を理解しています。
空々しく公暁が反論しても、八幡宮の別棟として、鎌倉殿を支えることが天から与えられた道だと諭します。
しかし、これがかえって公暁を反発させてしまいます。
では自分の親の道は何か? 父上を無惨に殺され、暗君の妻と言われる、そんな母上の道とは何なのか?
激昂する公暁に対し、それでも母つつじは冷静。
頼家が授けてくれた我が子、つまり目の前の公暁がいるからそれで幸せだと訴え、千日参籠を成し遂げるべきだと嘆願しています。命をなくしてはいけない、と。
「生きるのです、父上のぶんも」
圧倒的な北香那さんの演技。感動が押し寄せてきてたまりません。
彼女は、権力などどうでもいい。我が子を愛したい。そんな母親です。実衣やりくとは違う。
しかしだからこそ、権力と復讐に取り憑かれた公暁には理解できない。ただ我が子を見守り生きていこうとする母の気持ちがわからない。
人の心は不思議でわからない。
せめてそのことだけでも理解できればいいのに、それができずに破滅する人があまりに多い。そんな世界が繰り広げられます。
義時、時房に暗殺計画を明かす
もはや警備を増やすことはできなくなった。
ならば、とばかりに北条泰時は、源実朝に鎧を着るように勧めます。
しかし実朝は断る。
せめてこれを持っていって欲しいと小刀を差し出しても、そんなものを身につけていたら罰が当たると実朝は淡々としています。
「太郎のわがまま、どうかお聞き届けください!」
泰時には珍しく、ずるい懇願をしました。自分への好意を逆手に取ったようにも思えます。
しかし、それも実朝には通じません。
義時はそのころ運慶に会っていました。以前、顔が悪くなったと指摘されたことを話題にすると、運慶もそれを認めます。
その上で、今はどうか?と義時が問う。なぜ何も言わないか?と。
「あまりにひどい時は言わないさ」
つまりは最悪だということでしょう。運慶は、なかなか決定的なことを言いながら、気の済むまで拝んでいけと十二神将像を示します。
「戌はお前の守り神だ」
実はオープニングクレジットにも白い犬が見えます。
日本では伝統的に白い犬は神の遣いとされてきました。
江戸時代になると犬に伊勢参りを代行させることがブームとなって、どこの地方にもそういう犬がいたそうです。中でも一番ご利益があるとされたのが白い犬だとか。
顔がどんどん悪くなる主人公というのも、納得できます。
当初の薄緑色の衣装を着て、ニッコリ笑っていた義時はもう遠い。
誰が見ても悪くなったからこそ、こんなやりとりに説得力があります。脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。
義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います。
そんな義時は、時房にだけ本音を伝えます。
「お前だけには伝えておく。ここからは修羅の道だ。つきあってくれるな」
「もちろんです」
即答する時房が、実に不思議というか、便利な男でして。
やれと言われればやる。しかも有能。本作の梶原景時は、遣い手にとっての名刀になりたいと語っていました。
その目指した目標がこの時房のような気がします。
切れ味抜群のうえに、景時のように周囲から憎まれないどころか、持ち前の愛嬌で油断すらさせてしまう。
演じる瀬戸康史さんが素晴らしい。こんな人物はそうそうおりません。
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義時は、源仲章に死んでもらうことを時房に明かしました。そして今夜、公暁の鎌倉殿暗殺計画が実行されるとも……。
「すぐに取り押さえましょう」
「余計なことはするな」
「えっ」
「もはや愛想は尽きた。あのお方は鎌倉を捨て、武家の都を別の所に移そうと考えておる。そんなお人に鎌倉殿を続けさせるわけにはいかん。断じて」
この場面の義時は心底おそろしいし、重要だと思います。詳しくは後述の総論にて記述させていただきます。
母を問い詰める実朝
泰時の度重なる報告を聞いて不審に思ったのか。
実朝が、出家して善信となった三善康信に問いかけます。
確かに兄上の跡をついで鎌倉殿になった。公暁の気持ちはわからんでもない。しかしどうにもおかしい。
幼くして仏門に入った苦行が、なぜあそこまで鎌倉殿にこだわるのか?
あのころのことを知っている者の数は少ない。本当は何があった?
そう問われ、三善康信はどう答えるのか。苦悩に満ちた表情であり、もはや隠すことはできなそうに見えますが……。
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仲章の背後に迫るトウ。ついに暗殺か?
というところで場面が変わり、源実朝が母の政子を問い詰めていました。
三善康信から全て聞いてしまったのでしょう。
「兄上は病だったと聞いたけれども、生き返った。生き返っても居場所がなく、伊豆に追いやられた」
そのことをなぜ黙っていたのかと問われた政子は、実朝が知らなくていいことだからと返すしかありません。
実朝は語る。
公暁が私を恨むのは当たり前だ。鎌倉殿の座を返上しなければならない。公暁が出家したのは無理矢理だったと責め立てます。
政子が、あの子を守るためだったからと答えると、兄上が比企と近かったからだと畳み掛ける実朝。
「北条が生き残るためには仕方なかった!」
「全ては北条のため……」
「そんなふうに言わないで!」
「私は鎌倉殿になるべきではなかった」
「何を考えているのですか?」
実朝は悔やんでいます。
もちろん親王様は迎える。返すわけにはいかない。今やめれば上皇様に顔向けできない。だからこそ公暁が哀れでならない。
なぜ公暁をないがしろにできるのかと母を責めます。そんなに兄上が憎いのか。私と同じく自分の腹を痛めて産んだ子なのに、憎いのかと。
「実朝、やめて!」
「私は母上がわからない……あなたという人が」
がっくりと膝をつくしかない政子。
つつじも、政子も、権力闘争の前で、母の愛はあまりに脆く、儚い。
実朝はもはや自分が鎌倉殿になったことすら呪っているのでしょう。
もしも公暁と逆だったら……子が作れぬことだって問題にならなかったし、こんなに苦しむこともなかった。
母への感謝が、今や憎しみと不信に変わってしまいました。
実朝も、公暁も、母の心がわからない。人は、人の心がわからないものなのです。
理想ばかりが先行する実朝
「すまぬ、公暁……」
事情を知ってとにかく謝罪したかったのでしょう。実朝が公暁のもとへ向かい土下座をするように謝ります。
今となっては親王様の一件を断ることができないと嘆き、その上で許しを乞い、自分を憎んでいる、許せぬだろうと言います。
しかし次に放った言葉が公暁を逆上させてしまった。
「お前の気持ちは痛いほどわかる」
「あなたに私の気持ちなどわかるはずがない!」
公暁は理解を拒みます。
幼いころから周りにかわいがられ、何一つ不自由がなかった実朝。
志半ばで殺された父。日陰でひっそりと生きてきた母。その悔しさがわかるはずがない!
そう言い切ったあと、こう続けます。
「わたしはただ、父の無念を晴らしたい。それだけです。あなたが憎いのではない。父を殺したあとあなたを担ぎあげた北条が許せないのです」
「ならばわれらで力を合わせようではないか。父上が作ったこの鎌倉を源氏の手に取り戻す。我らが手を結べば必ず勝てる」
実朝がそう訴えると、公暁はうなずきます。
「ただしこれ以上血は流したくはない。悪を討つなら戦ではなく、正々堂々裁きを受けさせねば。案ずるな、義は我らにある」
そう語り合うと、公暁はまもなく式が始まると実朝に促します。
そして去ったあと、憎々しげにこう言うのです。
「だまされるものか」
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実朝には、そんな公暁の心はわかりません。
のみならず、もっと大事なことを忘れている。この言葉を義時と義村が聞いたら果たしてどう思うのか。
何を言っている?
この鎌倉で、坂東武者の助けもなく、いったい何ができるというのか?
あの頼朝だって「お前だけを頼りにしている!」と臭い芝居をして味方につけていたのに……。
実朝のことは好感が持てますし、言っていることも理解はできます。
しかし義時側に感情移入すると、こんな風に毒づきたくもなります。
坂東武者と鎌倉殿は、水と魚なのだ。水がないのに泳げる魚がいてたまるか――。
トウの暗殺失敗で追い込まれる義時
雪の朝。
義時が政子と対峙しています。
「私たちは自分のしてきたことを背負って生きるしかないのです」
「私たち? 決めてきたのはあなたでしょう?」
「正しいと思った道を選んでここまでやって来た。そうではないのですか。今さら誰に何を言われようとひるんではなりません。私たちは正しかった。いつだって」
闇そのものがうずくまっているような義時の顔。存在感。
言葉とは裏腹にまっすぐな気持ちがまるで感じられないのは、先ほどの実朝と比べてみるとよりわかるでしょう。
まるで何かに操られて話しているような、そんな恐ろしさに満ちています。
鎌倉殿の出発を実衣が告げると、義時は立ち上がります。
彼女は大江広元に取り計らってもらい、御簾の裏で儀式の様子を見れることになりました。
しかし政子が同行を断る。
実衣に一人で行くよう言いますが、尼御台が行かないのに行けるわけがないと返す。
義時が、太刀持ちとして儀式に参加すると告げています。
ここで義時が時房に漏らした計画が回想されます。
公暁が実朝を斬ったら、義時が公暁を討ち果たす。それで終わりだ……と思いきや、その源仲章がニヤニヤしながら近づいてきました。
狙った雑色(ぞうしき・使用人)をとらえたとのこと。
彼女はあっさり捕まってしまったのです。
これはトウの腕前というより、善児のころより雑になった使い方の問題かもしれません。
いくら暗殺の腕前が優れていても、ターゲットに警戒されていたらそう簡単にはいかない。
ましてや警戒されている邸に潜入するなど、非常にリスクの高いやり方であり、トウの場合、かつてはりくの暗殺を三浦義村に防がれるなど、なんだかんだで善児の殺害以来、成功しなくなっています。
義時にとっては絶体絶命のシチュエーションとなってしまいました。
なんせトウは、頼家暗殺の当事者です。仲章に口を割られたら一巻の終わりとなるかもしれない――そうした状況を踏まえ、必ず吐かせてみせると勝ち誇る仲章。
太刀持ちは自分がやるとまで示します。
公暁の狙いは義時だ!
そのころ千世は、夫の実朝にこう告げていました。
「右大臣様、いってらっしゃいませ」
実朝が嬉しそうに、上皇にふたつ感謝しなければならないと笑顔を浮かべます。
過分な官位。
そして千世とひきあわせてくれたこと。
感激している千世に別れを告げ、実朝が出かけます。
夕方に降り始めた雪が積もり始めています。
義村は三浦館で待機しています。出席しないよう命じられ、従っていたのですが、もしも公暁が本懐を遂げたらば挙兵するとのこと。それまでは動かぬよう、配下の三浦勢に命じます。
朝時は、無事に実朝が本宮に入ったと泰時に告げ、取り越し苦労だったとホッとしていますが、泰時はまだわからないと緊張している。
実際、公暁が別当におらず、書類が残されていたとわかります。
行列の図でした。
公暁が隠れる場所。狙う者に印がついている。
と、泰時がハッと気づきます。
「まさか! 父上!」
粉雪は亥の刻を過ぎたあたりから、牡丹雪となっている――。
そう歩き巫女の予言を思い出させるように語られる中、続きは次回へ。
MVP:つつじと北条政子
母としての愛を、こうもまっすぐ見せてくるとは思わなかった。
しかも、それをひどい形で我が子は突き返します。
母の愛とは聖なるもので無償のもので、誰しも感動すると古今東西思われてきております。
それがこんな結末へ向かうなんて……。
これまで目立ってきた母親像が、損得ありきのりく、実衣、のえだったせいか、あまりに真っ直ぐな彼女たちには胸が痛くなるばかり。
母の愛をこんなに残酷に体現され、どうしたらいいのか、ちょっとわかりません。
今年の三谷さんの描く女性像は、滑らかになっていると思えます。
実衣と政子がおめかしするというやりとりも素敵でした。
そういう滑らかな女性像が、的確に打ち込まれた。
天に選ばれたMVP:北条義時
昨年の『青天を衝け』が、儒教の孟子から「仁者無敵」を掲げるなら、今年はさしずめ老子の「天地不仁」からこう言いたくもなります。
天地は仁ならず、万物を持って芻狗(すうく)と為す。『老子』
【意訳】仁ある者に敵はないっていうけど、そもそも天地に仁なんてないんだよなァ〜〜残念でした!
この芻狗(すうく)とは、儀式で使う藁でできた犬人形なのですが……頼朝が死んだあと、義時はこの藁人形になってしまったと思えます。
義時は不気味です。
空っぽです。
『麒麟がくる』の光秀は、反対に思想がみっちり詰まった人物であり、メインビジュアルでは麒麟が光秀に重なっていました。
仁をもたらしたいという思想ゆえに頭でっかちで、その思想に染まったからこそ本能寺に向かっていく。
そんな悲劇性を感じたものです。
一方、北条義時は空っぽだ。
前半は散々「全部大泉のせい=頼朝が悪い」と言われていましたが、後半になると「主役は泰時ではない」と言われてしまう。
◆ NHK大河「鎌倉殿の13人」いつの間にか主人公交代…小栗旬「義時」→坂口健太郎「泰時」へ(→link)
便宜上、大河には主役がいますが、実際には群像劇であることも往々にしてある。
三谷さんが本作を書く上で意識している『ゲーム・オブ・スローンズ』もそう。
そしてもうひとつ。義時には思想がない。
空っぽゆえに歴史上、果たすべき役割が入り込んでくる。ゆえに本人は空洞。
これはドラマとしての設定だけではなく、資料をたどっても青年期まではさして目立たない。細川重男先生は「何もしない男」と彼を呼び、「もう帰っていいですか?」とキャッチフレーズをつけています。
それに反して泰時は、思想がある光秀と同系統の人物といえる。
最終章の義時を見ていて、思い出した小説があります。
イギリスの人気歴史小説作家バーナード・コーンウェルの『神の敵アーサー: 小説アーサー王物語』(→amazon)です。
タイトルを見た時点では、わけがわかりませんでした。
アーサー王はイギリス人の国民的英雄なのに、神の敵とは何ごとか?
要するにキリスト教の上陸前、ケルト民族の神を信じているから「神の敵」なのです。
それが義時とどう関係あるのか?
というと、本作の義時は「神の敵」となることを最終目標としているとも思えます。
「朝敵」という呼び方もあり、こちらの方が有名ですが、本作のサウンドトラック3枚目は、後鳥羽院を神とし、【承久の乱】を神との戦いとするタイトルの曲が収録されています。
これをみて、ますますそうだと自分の中では盛り上がりました。
アーサー王が神の敵であること。理想的とされる人物が実は背徳的だったという、そんな相反する面白さがあるわけでして。
北条義時という武士の基礎を築いた人物が、神と戦う、そんな朝敵という言葉にも同じものがある。
そしてここまで考えると、日本の神とは何か、私たちが信じるものとは何かまで揺さぶられる。
この揺さぶられることそのものが本作の意義に思えます。
日本の歴史の有り様にまで何かを突きつけてくると。
総評
人の心はわかりませぬ――。
この義時のセリフが語る状況が繰り返されるような展開でした。
人間は相手の心が……いや、自分の心ですらわからない。
これは歴史を語る上でなかなか重要な要素でして、心の動きを見ていくことでの新解釈ができないか?という探求があります。
心理学は、学問の中では圧倒的に若い。
人間の心なんて当たり前すぎて研究対象でなかったのが、近代になって見出されてゆきます。
近代の到来とともに、心理を解析する必要性が生じました。
それは近代戦も大きな要因です。フランス革命あたりから徴兵制度が導入されると、すぐに問題が浮上しました。
兵士が敵を撃てない。的を外す。
それが一人や二人ではなく、むしろ相手を殺すことそのもに人は抵抗を持つと人類は気づきました。
あるいは戦争から帰った人が廃人となってしまう。
当たり前だと考え、ほとんど意識してこなかった「人間の心そのもの」を研究しないと、どうにもならないのではないか?
こういう心理学的アプローチは「認知革命」という呼び名もあり、これを用いて歴史を読み解くことが今の最先端となっています。
『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリが代表的ですね。
批判は当然ありますが、それを踏まえつつ読むと面白い。
ただし、この手のアプローチはどうしても西洋史が中心になりますので、東洋史や日本史に適用して考えるとさらに奥が深くなってくる――本作は、そんな試みをしているように感じるのです。
最新研究を反映していない。そう苦言を呈されたりもしますが、アプローチが捻りすぎていて、かえってわかりにくいのかもしれません。
心を掘り下げ、掘り下げ、掘り下げて……その齟齬が悲劇に至る。実朝暗殺への道筋もそうして見えてきました。
そしてこのアプローチは本作だけでもなく、『麒麟がくる』の本能寺とも通じるものがあると感じます。
黒幕説を取っているように見えて、結局、最後の一押しをするのはその人自身の意思、心の動きであると。
いくら黒幕が協力しようとしても、それに実行者が乗らないと物事は成就できません。
『鬼滅の刃』では、炭治郎がこう言いますね。
「人は心が原動力だから 心はどこまでも強くなれる!」
これもそういう認知革命を踏まえた言葉に思えます。
強くなるという方向性ならよいけれども、時に破壊的にもなってしまう。
ゆえに、こういう心を掘り下げる作品は、今後、増えると思います。
役者さんは演じるにあたり、脚本を受け取って、この役はどういう心なのか考えて、水の中に飛び込むように入り込んで演じるのだと思います。
演じるを通り越して溺れるとか、あるいは役を生きる瞬間があるのだと。
心を掘り下げる脚本は、役者さんのそういう力を引き出すものがあると思う。
そうして脚本の中に描かれた心と、演じる役者の心と、見る者の心が触れ合って、ハーモニーとなってずっと響いている。
そういう次元に、このドラマは到達していると思えます。だから面白くないわけがない。
でも、そもそも戌の神様って?
今週でてきた十二神将像を調べていたら、困惑したので書きますね。
十二支とは?
中国の戦国時代以来のもの。
十二神将とは?
仏教由来で、干支と組み合わせた。
ちなみに中国と日本では異なります。
つまり、インド生まれの仏教と、中国生まれの十二支と、組み合わせたもの。それを日本人が独自解釈して敬っている。
いったい日本の宗教ってなんだろう?
とは言いながら、自分も干支のお守りを持っていたような……そんな混沌を感じてしまったのでした。
もうこれだけ神がいるなら、義時もなんとかなりますって!
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト















