2021年に実写映画版も最終章を迎えた『るろうに剣心』
原作「人誅編」にあたる衝撃的な展開――本稿では、そこで重要な役割を果たす
雪代巴&雪代縁
姉弟のことを考察して参りましょう。
【TOP画像】
『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚― カラー版26』(→amazon)
傷を頬と心に残した妻・雪代巴
憂いを帯びた有村架純さんが演じ、剣心に忘れ得ぬトラウマを残した女性――それが雪代巴です。
復讐のため間者(スパイ)として剣心に近づいた武家の女性……と、僭越ながらこの時点でかなりツッコミどころがあります。
ときは幕末。
諸勢力が入り乱れる京都では、確かに間者がおりました。
愛する男性のために、身を挺して働いた女性もおります。司馬遼太郎『竜馬がゆく』(→amazon)におけるヒロイン・おりょうこと楢崎龍がその典型例でしょう。
※以下は楢崎龍の生涯まとめ記事となります
-

不憫でならない龍馬の妻おりょう(楢崎龍)夫を殺された後には生活苦が待っていた
続きを見る
彼女らには共通点があります。
明治元勲夫人の顔ぶれを見てもわかりますが、彼女らは玄人(くろうと)、つまりプロの女性が多いのです。
お金と引き換えに芸なり色を提供する。
あるいは客商売に従事する。
そういう身分が多いものでした。
一方、江戸時代の武家女性は、幼い頃から良妻賢母教育を受けております。
誰かに愛嬌を振りまくとか、会話で魅了するとか、そういうスキルはまずありません。
明治元勲の妻に玄人出身者が多いのは、必ずしも彼らの趣味とも言い切れない要素があったのです。
武家の女性は間者適性を持ち得ない
西洋のやり方を学んだ明治の上流階級は、ある難点に直面しました。
「西洋では女が宴席で接待をしているぞ!」
西洋には華やかな貴婦人が世論を形成するようなサロン文化がありましたし、客人をもてなすために夫人も微笑みを浮かべて夫の隣にいます。
ホステスとは、本来そういう意味でした。
しかし、東洋はそもそも男女が揃って宴会をすることそのものがない。宴席に侍るのは、玄人女性となります。
武家女性にそういう接待を任せようにもプライドが邪魔して厳しく、明治の貴婦人としての適性は玄人女性の方があった――そんな一面もあるわけです。
そこを踏まえますと、江戸時代の武家女性である巴は、まず間者適性を持ち得なかったでしょう。
接待はおろか、情報収集だって無理なはず。
そもそも江戸時代の武家女性なら、任務を打診した時点で断ると思います。幕府だって「京ことば」も話せない、無表情な武家女性を間者にするはずがありません。
ですので、ここは胸を痛めつつこう突っ込むしかないのです。
「雪代巴をスパイにするわけがない!」
そもそも巴のモチーフは、実在の幕末女性ではありません。
『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイであると、作者の和月先生が明かしています。ロボットアニメのヒロインを幕末に持ち込むのは、かなり無理がありますよね。
そんな巴は白梅香を愛用しています。
間者は自分の特徴となる何かを残すと正体が発覚するため、身に付けるものは特徴のないものにすることが求められます。そういう適性も巴にはなかったようです。
そもそも彼女が冷徹な間者に徹していたら、ああいう悲劇は起こらないわけですし……。
ショックで総白髪になることはありえるのか?
そんな巴の弟である縁は、姉の仇討ちのため剣心をつけねらいます。
若くして短期間で白髪になってしまったという設定――これがありえるのかどうか、気になるところではあります。
日本のマンガにおいて、最も有名な心痛由来の総白髪キャラクターといえば『ベルサイユのばら』のマリー・アントワネットでしょう。
-

理不尽なマリー・アントワネットの処刑「パンがなければ」は完全に誤解
続きを見る
ただ、彼女はかなり特殊ではあるのです。
ヨーロッパ貴族は、カツラの着用がオシャレとして定着しております。カツラをつけられないほどの状況に陥ったため、それが誤認された可能性も考えた方がよいとは思います。
マンガに関していえば、あの『ベルサイユのばら』描写があまりに秀逸であったがために、『あしたのジョー』等に継承された可能性もありましょう。
心痛のあまり頭髪がぬけたり、ストレス太りをする――そういう設定はあまり漫画に出てきません。
史実を基にした描写にせよ、例えば西郷隆盛の下半身についても描かれないことがあります。
-

西郷さんのタマが大きく腫れた原因は寄生虫だった?歴女医さんの見解を聞く
続きを見る
-

幕末維新を最も動かした男・西郷隆盛|誕生から西南戦争まで49年の生涯
続きを見る
フィクションによる身体のダメージ描写には、どうしたって誇張や修正があるんですね。
雪代縁の“敵討”
そんな縁の動機は、姉の敵討です。
ただし、明治前半という年代を考えるとかなり無理はあります。
江戸時代には「敵討」が制度として認められており、明治6年(1873年)にやっと禁止されました。
動機や名目には、現代人とは異なる視点があったことは確かです。
・敵討の対象は?
儒教倫理で目上の人物が非業の死を遂げた際に、目下の者が行うことが制度化されていました。
父親の敵討を、息子や娘が行う。
夫の敵討を、妻が行う。
こういう尊属の敵討は理解を示されます。
じゃあその逆――弟が姉の敵討をするのは、果たしてありなのだろうか?
年齢で言えば姉が上ですが、そこは女性ですので、男尊女卑の価値観は入ってきてしまうことは考えられます。
非合法の殺し合いをしている縁に「儒教倫理的にどうなの?」と突っ込んでも無意味のようには思えます。
これは社会通念の問題です。こういうイレギュラーな仇討ちをするということは、それだけ姉への思いが深いということは考えられます。
剣心の命を狙う人物として一番ありえる設定としては【親を殺された子】によるものとなります。それでは当たり前すぎて、つまらないのかもしれませんが。
十代半ばで既に三桁に達しそうなほど斬っていたのですから、剣心は今後も気の休まる日々はないのかもしれません。
-

親の仇を捜し続けて41年|新発田藩士・久米幸太郎が本懐を遂げた先に
続きを見る
-

父と母と妹を殺され犯人無罪|臼井六郎が12年かけた日本最後の仇討ち
続きを見る
・巴の貞操問題
そんな儒教倫理からすると、姉の貞操問題はどうしたって突き当たってしまいます。
前述の通り、武家女性にこういう形で間者としての接近は、なかなか頼めない。危険でもあるし、悪い評判が立ちます。
当時の考え方を適用すれば、こうなってもおかしくはないということです。
「姉上はあの男に気を許していたのではないか? ならば貞婦にあらず!!」
そういう倫理観を適用することもできないほど、縁は姉への愛が強烈だったということでしょうか。
-

日本史に欠かせない「儒教」とは一体何なのか 誰が考えどう広まった?
続きを見る
わかった、わかった。縁のシスターコンプレックスは今更突っ込むまでもないだろう。そう片付けたくはなる話です。
ただ……そんな甘酸っぱいシスコンだけではなく、当時の青少年と比較しても、縁は問題があります。
姉への愛が強すぎることではありません。
当時の人々が見た地獄
姉が目の前で死んでしまった……そんな悲惨な体験を軽んじるつもりはありません。
ただ、これも『るろ剣』の宿命です。近現代史について考え始めると史実の方が凄絶で霞んでしまうのです。
幕末の動乱、戊辰戦争、そして西南戦争――。
そこには、いくつもの地獄がありました。
-

戊辰戦争のリアルは悲惨だ|生活の場が戦場となり食料を奪われ民は殺害され
続きを見る
-

西郷を美化するなかれ|とにかく悲惨だった西南戦争 リアルの戦場を振り返る
続きを見る
安政年間誕生の縁と同年代の人物を見てみましょう。
例えば、数歳年下の柴五郎。
-

幕末会津の敗残少年から陸軍大将となった柴五郎|苦難の生涯85年
続きを見る
彼は会津戦争で、一家の女性をほぼ失い、焼け跡から遺骨を拾いました。
そういう家族の惨劇が世間話のネタにしされ「あらまぁかわいそう」という扱いを受けてしまう。まさしく地獄です。
当時の東京には、会津戦争における少年の生首をテーマにした歌が流行していたというのですから、恐ろしい話でしょう。
そういう柴五郎も、縁同様、恨みはありました。
彼は西南戦争における西郷隆盛の死や、大久保利通の暗殺事件を聞いて天罰だと感じ、それを悔やむわけでもないと語り残しています。
-

薩摩藩士から維新三傑へ脅威の出世 なぜ大久保利通は紀尾井坂で死を迎えたか
続きを見る
本当にあった明治初期のこうした体験談をたどっていくと、縁はむしろ甘いんじゃないか?
そう思えてくるほど、史実は殺伐としていました。
リアル明治青少年のリベンジ
雪代縁のような、愛する家族を失った青少年たちはどうなったのか?
名も残さず、ひっそりと死んでいった者も多かったとしまして、ここでは実在した人物の青少年サバイバルを見ていきましょう。
山川浩(斎藤一の親友)
「やはりそこは軍人だべした」
西南戦争でリアルリベンジをかまし、敵軍を追い詰めた、存在そのものがフィクション以上に弾けている人物。
それが山川浩でした。
-

敵に囲まれた城へ入るため“獅子舞”で突破!会津藩士・山川浩の戦術が無双だ
続きを見る
そして、その弟が……。
山川健次郎(縁の数歳上)
「学業だべな。アメリカ留学、そして教育!」
浩の弟は会津藩出身のアメリカ留学生として学位をおさめました。
-

山川浩&山川健次郎&捨松たちの覚悟を見よ!賊軍会津が文武でリベンジ
続きを見る
西郷四郎(縁の数歳下)
「陸軍大将になれねがら柔道だぁ。そのあとは大陸さ渡る!」
西郷四郎は一旦は陸軍を目指すしながら、叶わず柔道を極め、さらに中国大陸に渡るという浪漫の極みのような人生でした。
彼しかできない必殺技もある!って、どこのマンガだよ……はい、小説やドラマではありますが、あの『姿三四郎』のモデルになったのは西郷四郎です。
-

満身創痍の会津藩に生まれた西郷四郎|軍人の夢敗れて伝説の柔道家となる
続きを見る
北海道屯田兵
「開拓で、国のために尽くす!」
明治新政府は、北海道に関する知識が曖昧で、自然の脅威や冬の厳しさを相当甘く見ていたと思われる節があります。
それでも屯田兵は、弱音を吐かずに開拓し、苦闘を重ねました。
初期の屯田兵は、戊辰戦争で敗れた武士階級が多くいたものです。
なぜか? というと敗者に対する流刑だけでなく同時に開拓もできて一石二鳥でした。
それだけなく……
「開拓を成し遂げてこそ、国に尽くすことではないのか?」
「武士としての誇りを見せよ!」
こう掲げられていたのです。
-

第七師団はゴールデンカムイでなぜ敵役なのか 屯田兵時代からの過酷な歴史とは
続きを見る
-

開拓リンゴ「緋の衣」敗者の会津藩士たちが極寒の北海道余市で栽培
続きを見る
-

とにかく過酷だった北海道開拓~明治維新敗者に新選組や囚人達の苦難とヒグマの恐怖
続きを見る
そうなると、雪代縁に対してはこんな風に言いたくなってしまう。
雪代縁よ……きみは一体何をしているんだ?
中国に渡来して、身に付けたのが倭刀術。
そして個人的復讐に生きるのか?
そこまで智勇があるなら、軍人をめざすなり、学業をおさめるなり、もっと何かできたのではないだろうか?
それでもきみは、明治の青年かね!
思わずそう説教したくなってしまいませんか?
明治という時代は、新たな国家を作るために柱石となることが、国をあげて掲げられた時代でした。
【通俗道徳】という価値観もあります。
甚だ残酷な話ではありますが、当時の価値観ならば、雪代巴が甘かったとか、だらしがないとか、そんなふうに責められ、縁の苦労なんて誰も気にしなかった可能性は極めて高い。
縁のように恨みを抱えた青少年は、明治という時代には大勢おりました。
-

お前が貧乏なのはお前の努力が足りんから!明治時代の通俗道徳はあまりに過酷
続きを見る
世直しと報国があるのか?
雪代縁の何が明治青年として奇妙なのか?
それは個人単位での復讐にとらわれていて、世直しという発想がないところだと思えてきます。
この国は病んでいる。その「病」をどうにかしたい。そういう意識が、当時はありました。
世直しです。
これは庶民にまであることで、西郷隆盛のことが持ち上げられ、ロシアから戻ってくるという伝説まで生まれた背景には、
「こんな酷い世の中をなんとかできるのではないか」
という願望ゆえでした。
明治維新で世の中がよくなったどころか、落ちぶれてしまい、ひどくなるばかりであるという視点は、明治にはつきまとうものです。
そういう世直しだけではなく、国民一人一人がお国のために尽くす報国思想も、明治から芽生えてゆきます。
それまで日本人の帰属意識は、殿様や藩、あるいは家単位でした。そこに国学、勤皇思想が生まれ、明治になってようやく日本という国家に尽くす思想が生まれてきます。
そこを踏まえていくと、『るろ剣』の根底にある価値観は、どうにも奇妙な歪みが見えてきます。
彼らはあくまで個人単位での復讐を考えている。
志々雄真実はまだ政府への不満が見えたものの、縁は私的な復讐のみに突き進んでゆきます。
SNKはじめ90年代の格闘ゲームでは、主人公側の格闘家や剣客が、何らかの野心実現を狙う悪党を倒し、世界を救います。
どうしてラスボスは政府やもっと上の層へ働きかけず、格闘家の殴り合いで何かを狙うのだろうか?
そんな疑念を考えるのも野暮ですが、『るろ剣』ワールドはそんな価値観を、よりにもよって明治時代で展開するところが苦しいのであります。
【不平士族の反乱】が武力鎮圧されたあと、明治時代の人々は世直しに希望を見出しました。
その顕著な例が自由民権運動です。
自由民権運動に参加した人々は、いろいろな階層や地域におります。
中央政府のやり口に納得できない。
幕末にあった“フレイヘイド”(吉田松陰らが唱えた、ナポレオンが掲げた自由の精神)はどこへ消えたのか?
-

なぜ長州藩の天才・吉田松陰は処刑されたのか|実は意外な理由で自滅した
続きを見る
そういう人々が自由民権運動に参加し、警察の弾圧を乗り越え、秩父事件はじめ様々な出来事に関与していく。そういう設定のフィクションはあります。
-

「板垣死すとも自由は死せず!」とは言ってない?大日本帝国憲法と自由民権運動
続きを見る
代表例として、1980年大河ドラマ『獅子の時代』があります。
複数の人物を組み合わせた、会津と薩摩の人物を主役に据えた大河ドラマです。
会津側の主人公・銑次は、当初の予定では明治に商人になり、逮捕されるところで終わるはずでした。
ところがドラマでは、そうはなりません。脚本家の山田太一氏は大きく変えたのです。
銑次は経済格差にあえぐ人々が起こした「秩父事件」に参加。そのあと、銑次の姿を見かけたという証言があったと語られ、どこで彼が亡くなったか?すら不明のまま終わるのです。
主人公が架空の人物で、没年すら不明。自由な大河ドラマであったと驚かされる作品です。
銑次の目指した道は、民のための政治であった。そうわかる鮮やかなラストと言えます。
幕末に苦労した。
明治時代の差別や政治問題に苦しめられた。
こんな世の中は変えねばならない――自由へ!
山田風太郎の明治もの等、明治を舞台としたフィクションでは定番の終わり方と言えます。主人公はハッピーエンドを迎えられないという含意も、そこにはあります。
自由民権運動は迫害され、場合によっては網走監獄送り。
-

網走監獄(網走刑務所)は本当に凶悪犯の吹き溜り?ゴールデンカムイでも注目
続きを見る
そしてその先に待ち受けるのは太平洋戦争です。
縁と同年代の柴五郎は、敗戦の責務に苦しみ、切腹をしようとしました。
明治ものというのは、どうしたってハッピーにはなれない、日本近現代史が持つ暗い宿命がつきまとうものなのです。
ここで思い出してみましょう。
『るろ剣』は政治性を排除するために明治時代を舞台にした少年漫画です。
その結果どうなるのか?
世界や歴史とは向き合わず、個人の閉じた世界で折り合いをつけるしかない。
「少年漫画の基本は笑顔とハッピーエンド」を公言している和月先生が、それとどう向き合うのか?
どうしたって無理がある。整合性矛盾を感じるのです。
「人誅編」で終わりへ向かうのも、納得ができる話ではあります。個人の復讐におさめようとすれば、この世界にはどうしたって歪みが出てきてしまうのです。
『るろ剣』という作品からは、どうしたって連載期間にあった日本の空気が漂ってきます。
基本は笑顔とハッピーエンド。
年端もいかない少年少女が主人公で世界を救う。
そういうお約束は、ハリウッドよりもむしろ日本の少年漫画に横溢していた空気感で、しかも1990年代から2000年代にかけて、一番濃厚だった気がしてくるのです。
1989年、ベルリンの壁が崩壊。
1991年末、ソビエト連邦の崩壊。
1990年代は、冷戦終結と共に始まりました。西側世界はそれまでにあった重石が消えたような爽快感を味わったものです。
バブル崩壊と同時期とはいえ、そこまで不況が続かないだろうと信じたかった。
むしろまだ余裕がありました。バブルの頃に味わったハイテンションがうっすらと残っていたものです。
『るろ剣』の「政治は持ち込まない」という姿勢にも、その限界が現れています。
バブル時代、国民は政治なんて気にせずとも生きていけました。
選挙なんて行かなくても景気はいい。私をスキーに連れてって。リゾート・ラバーズ。ボケーッと生きていてもいい。
むしろそれがトレンディ。政治の話なんて出したら、むしろ読者は離れちゃう。笑顔とハッピーエンドでいいじゃん♪
そういう時代でした。
雪代巴と縁は、連載当時流行していた他作品のオマージュが背景にある人物です。
そして連載された時代の限界点にも、直面してしまった人物像と設定だと思えるのです。
あわせて読みたい関連記事
-

『るろうに剣心』倭刀術を徹底考察|ルーツは倭寇の日本刀なのか?
続きを見る
-

『るろうに剣心』志々雄真実|魅惑の悪役に漂う90年代ラスボス感
続きを見る
-

『るろうに剣心』の新選組が複雑だ 司馬遼太郎の影響でややこしや
続きを見る
-

『るろうに剣心』相楽左之助が「赤報隊」の印象を変えた?
続きを見る
-

『るろうに剣心』高荷恵|色っぽい大人の女設定は会津女性としてどう?
続きを見る
【参考】
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―カラー版』(→amazon)
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚・北海道編―』(→amazon)
映画『るろうに剣心』(→amazonプライム)
映画『るろうに剣心 京都大火編』(→amazonプライム)


























