必ず鎌倉殿にしてみせます。この母に任せておきなさい――。
我が子の阿野時元を鎌倉殿にする野心を抱き、三善康信のもとへ向かう実衣。
あくまで戯言であり、親王のことは知っていると言いながら、現実問題、鎌倉殿になるためにはどうすればよいのかを康信に尋ねると、「宣旨」が必要だと伝えられます。
征夷大将軍はあくまで朝廷が任じるものであり、その証がいる。実衣はしつこく「戯言」と繰り返しながら、どうすれば宣旨をもらえるのか更に突っ込んでいます。
そして、その方法聞くや三浦義村のもとへ。
「宣旨」を得れば鎌倉殿になれる
宣旨のことを実衣に聞かされた義村は、まず、次の鎌倉殿が立たないと政が乱れると指摘。
その上で鎌倉では時元に決めたと京都に報告すれば、朝廷も宣旨を出さざるを得ないと、悪だくみを呑み込んだような言い方をします。
上皇を欺くことになるものの、抜け道はある。手筈は三浦に任せろ……。
そんな義村に乗る気になったのか。息子が鎌倉殿になったとき、執権は平六殿だとささやく実衣。
「小四郎はどうする?」
「小四郎? 誰?」
義村の問いかけに、シラを切る実衣です。
しかし三浦義村の甘い誘いは罠でした。
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義村が「食いついてきた」と小四郎義時に告げ、あとは時元を挙兵に追い込むだけだと伝えると、当の義時も「それでいい」と返す。
いま時元は駿河国阿野荘にいる。それを謀反人として討ち取ると。
命まで奪ってよいのか?と義村が聞き返すと、義時はあっさりこう返します。
「災いの火種は放っておけばいずれ必ず燃えあがる。公暁のようにな……鎌倉は誰にも渡さん」
そう言い切る義時の倒錯よ。
かつて、源氏の血を引く源頼朝を担ぎ上げていた北条。その旗手であった義時の兄・北条宗時は、源氏も平氏もどうでもいいと弟の義時に告げていました。彼の目的は坂東武者の世にすることです。
鎌倉は源義朝ゆかりの地であり、源氏の都として作り上げられました。そこから源氏を徹底的に追い落とし、坂東武者の頂に立つ北条義時が君臨しています。
このあとオープニングは、その北条一族の名が先頭に並びます。
義時。
政子。
泰時。
時房。
そして物語が幕を開けます。
実朝突然の死。
鎌倉殿の不在が続いている。
政権崩壊の危機が迫る中、義時と後鳥羽上皇の根比べは緊張を増していく――。
最終局面へと迫ってゆく鎌倉。序章は終わり、この先はいよいよ神との戦いです。
時元は追い込まれて自害
京都では後鳥羽院が書状を投げ捨てていました。
そばに侍るのは慈円と藤原兼子。
「義時がぬけぬけと親王をよこせと催促してきた」と後鳥羽院は呆れています。
どんだけ厚かましいんだ、断ってしまえ、と兼子は受けて立つスタンスですが、後鳥羽院にはそれが義時の狙いだとわかっています。
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慈円は、あくまで京都から断らせたいのだと察知しており、いっそ話を進めるかとも言います。兼子があわてて止めると、後鳥羽院は笑い飛ばします。
そのころ阿野時元は、宣旨がくだる算段がついたと家人たちに告げていました。届いたら挙兵だと母が告げてきたとか。
しかし、前述のように、それこそ義時と義村の罠。
源実朝の暗殺から一月も経たない2月22日、挙兵目前の時元は義時の差し向けた兵に囲まれ、自害へ追い込まれてしまうのでした。
政子は実衣のもとへ向かい、妹を抱きしめます。
「何も言わなくていいから」
「みんないなくなった……姉上のせいよ! 姉上が頼朝と一緒になるから! なんで私までこんな人生を歩まなくちゃいけないの? なんで? なんでこんな目に!」
政子は妹の言葉に衝撃を受けています。
伊豆へやってきた頼朝のため、鏡に向かって化粧をしていた政子――すべてはあのときから始まったのでしょうか。
政子はそのことを気にしていると思います。
義時に対しても、我が子に対してもそう。彼女は行き遅れになっていても、ただの坂東武者に嫁ぎたくなかった。頼朝は違う!と信じて嫁いだ自分の責任を彼女は知っています。
政子は妹に言い聞かせます。
間も無く実衣の詮議も始まる。時元の謀反にどの程度関わっていたか、調べられる。
どうでもいい、と実衣は言うけれど、政子は必死です。もし関わっていたら、実衣は処罰されてしまうのです。
「望むところよ。時元を一人で逝かせはしない……どんな罰でも甘んじて受けます」
「あなたに死んで欲しくないの! 私のためにも馬鹿なことは考えないで! いいですね、何を言われても決して認めてはいけませんよ」
政子は言い聞かせます。
彼女自身、夫も我が子も失い、孫の公暁まで殺され……自らも死のうと思ったほどなのに、愛する人が危険な目に遭うとなると何が何でも守ろうとします。
優しい慈愛の人物。義時が暗い闇に沈んでいくのだとすれば、政子は泥の中でも咲く白い蓮のように思えます。
詮議にかけられる実衣
「私は知りません」
詮議の場で、そう言い切る実衣。
青ざめた白い顔の中で赤い唇が浮き上がっていて、覚悟を決めているようにも見えます。
大江広元が関わりの有無を念押しすると、北条泰時はこれ以上の追及を緩めようと提案します。
しかし広元もそう簡単にはその手を緩めません。宣旨について三善康信が実衣から何やら聞かれていた話を持ち出します。
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覚えていない、歳だから本当のことと頭の中で考えていたことが混ぜこぜになるとシラを切る康信ですが、そこへ義時の次男・北条朝時が時元の遺品を持ってきてしまいます。
宣旨をいただければあなたが鎌倉殿。御家人は皆従います――。
本当であればとても言い逃れはできない書状です。
実衣が、書いた覚えがない、私が書いた字ではないと言うと、泰時に筆跡鑑定を依頼する広元。
泰時は、わからないと困惑しています。ならば実朝の遺品から実衣の書状を探して確認しよう……と広元が追撃しようとすると、ついに実衣は自ら打ち明けてしまう。
「もう結構! 認めます、私が書きました!」
厳罰に処すべき――義時がそう告げると、政子は「なりませぬ!」と断固反対しますが、鎌倉の混乱に乗じて息子を引っ張り上げようとするなど、とても許せないと突き放す。
そして義村に証拠の提出を促します。
すると義村が、実衣の部屋から見つかった、宣旨をいただくという書状を出してきました。
もはや万事休すか……と思ったところで、政子が、長年支えてくれた妹だと訴えます。
時元の気持ちを理解できないでもない、そうフォローする泰時に対し、ならば時元が正しいのか?と迫る義時。
身内に対しても厳しく接することで御家人たちが尼御台に忠義を誓うと広元が訴えます。
耳と鼻を削いでの流罪だ
ではどんな処罰となるのか?
政子が義時に問うと……。
「首を刎ねる」
妹に対して無情すぎる言葉に対し、いつもは義時に従順な北条時房もここは「本気ではない」とフォロー。
しかし泰時はわかっている。父は本気だとして、そんなことをしたら人心が離れてしまうと訴えます。
「もちろん本気だ。謀反を企んだ以上、あれを許すことはできない」
これには、女子の首を刎ねるなぞ例がないと康信も慌てています。
ならば、どの程度の罪であれば頃合いがよいのか、というと、耳と鼻を削いで流罪と大江広元が言い出す。
恐ろしい……。耳と鼻を削ぐとは、おそらくや視聴者の皆さまも固唾を飲むしか無い場面でしょう。
泰時も「ありえない……」と驚愕しています。
しかし義時は、そんなことを言っていると政治はなりたたないと一喝。
逆に、おかしなことを言っているのはお前たちの方だ!と怒りを炸裂させます。
せめて耳たぶを切るだけにはできないか……と冗談とも本気ともつかない言い方の時房ですが、義時はいよいよ我慢できなくなったのか、
「煩わしい! もうよい、首を刎ねてしまえ!」
と吐き捨てます。
言葉のやりとりだけで進むこの場面ですが、非常に重要ではないでしょうか。
私は『麒麟がくる』における信長と光秀の問答を思い出しました。
松永久秀から平蜘蛛を託された光秀は、信長に対して仁のある政治を行うものこそ、これを手にするにふさわしいと言います。
すると信長は、あれほど欲しがっていた平蜘蛛を売り払うとあっさり言ってのけた。
両者が重視するものの差があります。
政子や泰時たち、そして光秀は情を重視する。
義時と信長は理。ルールを守ることを重視します。
現実は、両者ともにバランスを取ってこそ、よりよい世の中にできるはず。
そこでどんな結論が導き出されるのか注目です。
「死にたくない……」
囚われた妹・実衣の元へ政子が向かいます。
どんなにみすぼらしくなったか見にきたのか?と姉に悪態をつく実衣。
彼女自身も、りくが捕まった時に見にきたと言いながら、
「はい、こんな感じ」
とボロに身をまとった自身の姿を姉の政子に自嘲気味に見せつけます。
「私はどうなるの?」
それでも当然のごとく不安なのでしょう。政子も、女子は首を刎ねられないけれど、今の小四郎なら何をするかわからない警戒しています。
「殺されるの?」
「そうならないように、いまいろいろ手を打っているところ」
「結構です。早く殺して。時元に会って、母のしたことを詫びたいの。今すぐ殺して。首はどこに晒されるのかしら。きちんとお化粧してもらえるんでしょうね。だいたいみんな顔色悪いから、かわいく頬紅につけてあげて」
政子は実衣に、また来ると告げると、その背に実衣が抱きつきます。
「死にたく……死にたくない」
「大丈夫。大丈夫よ」
姉はそっと妹を抱き返す。
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処分の決まらないまま、一ヶ月が経過しました。
京都から返事があったと義時が告げています。
約束通り親王を下向させるも、それは今でもない。なんでもどの親王にするか迷っているとか。
話が、以前の状態に話が戻っていておかしいと気づく面々。私を怒らせるつもりだと義時が悟っています。京都にしても、鎌倉が断るのを待っていて、要は意地の張り合いです。
都人が考えそうなことだ。姑息なやり口だと康信が口を滑らせ、「これはご無礼を」と慌ててます。
京都人の「ぶぶ漬け理論」ですね。
「ぶぶ漬け=お茶漬け」を勧めるということは、この程度のものしか勧められないのだから「はよ帰れ」と婉曲的に表現。
康信がうっかりしているようで、坂東の進化も感じます。
素朴一辺倒だった序盤の頃でしたら、このような駆け引きにはなりません。素朴で正直な北条時政が、後白河院とすっとぼけた双六をしていましたよね。
しかし、そうなると後鳥羽院も気づかないものですかね。
朝廷の権威に恐れ慄いていたならば、こんなしょうもない駆け引きをするはずなかったのに、今では立派に交渉するようになっている。
単純な北条時房は断ろうと言い出し、泰時は上皇様が待てというならそうすべきだと言います。
「太郎! もういい、お前の声は耳に触る、行け」
よほど痛いところを突かれたのか。義時が泰時を追い出す様子は、まるで独裁者のようで、面白くもある。
政子と泰時の繋がり
政子は御所の外を見てみたいと広元に告げています。
「ほう……」
政治においては至極冷酷な広元も、尼御台のこととなると、この好機を逃すまいとばかりに、かすかな興奮を滲ませます。
政子は外の世界を見て、民衆の暮らしを見たいと言い出します。
辛い思いをしている人がいたら励ましたい。私の政をしたい。
そう聞くと広元は嬉しそうに「なるほど」と納得しています。
内心、理想通りでホクホクなんでしょうね。やっぱり俺の尼御台は慈悲深い。嗚呼、たまらん!ってところでしょう。
「だめかしら?」
「では、施餓鬼(せがき)を行うのはいかですか?」
貧しい者たちに施しをする施餓鬼により、民と触れ合う機会を提案する広元。
この瞬間、彼は理想の結実を噛み締めているかもしれません。
そもそも広元が京都から鎌倉へ下向して来たのは、認められたいとか、出世したいとか、そういう野心もあったけれど、本心では「民衆に慈悲を施す政治をしてみたい!」という気持ちもあったのでは?
それを叶えるのがこの尼御台。だからこそ愛を感じているのかもしれません。
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一方、評議の場から追い出された北条泰時が、政所を出てしょんぼりしていると、妻の初がやってきます。
なんでも昨晩書いていた文書を忘れたとかで、うっかりしていたと感謝する泰時に、初は他にも考えることがあるからだろうと理解を示します。
「また義父上とやりあったの?」
「今の父上は何かに取り憑かれたようだ」
そんな父を喧嘩してでも止めたいのに空回りだというと、初はこう言います。
「真面目」
「相変わらず真面目が苦手か」
「苦手とは言ってません。いいんじゃないですか、あなたらしくて」
「初めて褒められた」
「褒めてはない。諦めの境地……真面目にとるな、ふふっ」
そう泰時と初が、ういういしく夫婦愛を確認し合っています。両者ともに愛くるしくて、素敵です。
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そんな二人を廊下に出てきた政子が目に留めます。
「初さん久しぶり」と声をかけ、太郎につきあって欲しいと伝えると、「政所を追い出されて暇だ」と快諾する泰時です。
なんてことはないやりとりのように見えて、ここの場面も重要かもしれません。
泰時は、父が何かに取り憑かれていておかしいとわかっている。諫言をすることこそ使命だと理解している。だから追い出されても真に凹んではいない。
そこへ泰時に声をかけたのが政子。
史書『吾妻鏡』では、北条政子が息子の源頼家に『貞観政要』を勧めていたことが記されています。
ドラマでの泰時は、幼い頃から『貞観政要』を読んでいました。
そんな本書の特徴の一つに「名君は諫言を聞き入れ、気骨ある名臣は諫言を恐れない」という教訓があります。
このコンビは義時が司る独裁とは別の統治を象徴していると思えるのです。
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施餓鬼で逆に励まされる政子
施餓鬼とは死者の供養であり、お供えものが貧しい人々に振る舞われます。
平盛綱と泰時、そして政子が民にお供物を配っていました。
政子が民たちに優しく声をかけます。
素敵な小袖をどこで買ったのかと問いかけると、「三斎市」と返す女性。
「三斎市」とは一月に三回行われる市場のことです。
何気ないようで、鎌倉の商業発展がわかります。定期的に市場を開き、おしゃれな小袖を買うことができる。そこまで安定して発展しているのです。
別の女性は、子どもを3人亡くしたと訴えます。
それでも頑張って生きている、元気を出してくださいと励ますと、すかさずお調子者の男性が、5回妻に逃げられ、家は7回燃え、馬に8回蹴られたと続く。
思わず、上には上があるものですね、と微笑む政子。
「私もがんばらないと。みなさん、今日は本当にありがとう」
政子は礼を言います。
するとここでウメという娘が政子に声をかけてきました。
おずおずと、どうしても言いたいことがあると語りかけてくるウメ。なんでもおっしゃいと政子は返します。
「伊豆の小さな豪族の行き遅れが、こんなに立派になられて、行き遅れが……」
「あんまり言わないで」
思わず、そう止める政子。ウメは政子が苦労したことを気遣っています。そして憧れているとも。
私だけじゃない。みんなだってそう。生きていくのは大変だと政子は返すと、ウメは憧れだと言います。みんなの憧れであると。
「ありがとう」
政子はウメを抱きしめます。
かつて、頼朝が浮気をした亀は政子に言いました。
世の女たちの憧れになれ――。
あれから長い年月が過ぎ去り、亀の言葉は的中することとなったのです。
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これは現実世界とも重なっていると思えます。
政子をどう描くか。現代人が見ても憧れるロールモデルとして描き、演じられるか。その挑戦への答えでもあります。
彼女は新時代の女性を作り上げました。
皇族でも貴族でもない、小豪族の娘。
車の上から見下ろすのでもない。御簾の奥に留まるのでもない。民の顔を見て、声を聞かせ、あたたかく抱きしめる。そんな存在になったのです。
なんとかして政村に北条を継がせろ!
義時が食事をしています。
茶碗に大盛りのご飯をのせ、隣には妻ののえ。
彼女が眉をひそめながら「泰時のことを聞いた」と言ってきます。
また義時に刃向かったと責めつつ、そろそろ後継のことを考えるように促します。
しかし義時は、嫡男は太郎だとそっけない。
反抗的な態度がよろしくないと指摘されても、父に平気で楯突くのがよいと義時は相手にしていません。
ついにのえは、泰時は母親が訳ありだとして、世間に納得されないと非難。
ならば次郎だと苛立った義時は、もうこの話はしないようにと打ち切ろうとしますが、のえも簡単には引きません。
「八重も比奈も北条とは敵の血筋ではないですか」
耳の痛い話だったのか、義時が床に箸を投げつけます。
「何が言いたい!」
義時とのえの息子である北条政村も15歳になった。あなたと私の子が後を継ぐべきだと告げるのえ。
義時にしても、自分はまだ死なない、今する話ではないとそっけないのですが、こういうことは元気なうちにしておいた方がいいとまだまだ粘るのえ。
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彼女は完全に開き直りました。
前回の放送で、八重と比奈と自分を比べられたからなのか。仕返しをするように二人の血統を貶めるようなことを言い出し始めた。
義時にも迂闊なところがあり、北条政村は庶子を入れると実は五男なのに、時政と義時と通じる「四郎」と名乗らせ、しかも兄たちより元服がずっと早い。
一言で言えば優遇されているのです。
かといって、この義時はのえを寵愛しているわけでもない。面倒でのえの思うままにした結果と思えます。
どうにも足元が危うい。伏線ですかね。
二階堂行政は「ばかもん!」と孫娘であるのえを叱り飛ばしています。
行政の見立てだと、北条の天下は数百年続くってよ。
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だから何がなんでも政村に家督を継がせろ、泰時に持っていかれたらいかんと煽っています。
「あの親子は気持ち悪い、反発しているくせに認め合っている」
義時と泰時をそう評するのえ。
菊地凛子さんが本気で気持ち悪いと嫌悪感を抱いている顔を見せてくるものだから、こちらまで胸が痛くなるほど。寝室でゴキブリでも見てしまったかのような顔だ。
こうなれば、行政はあの方に相談しろと言い出します。
政村の「村」の字を与えた、烏帽子親の三浦義村――相談すると陰謀が失敗することで定評のあるあの男ですね。
それにしても、眼を見張るのが新原泰佑さん扮する北条政村です。
のえの脇で控えている姿が凛々しく雅。
京都の香りが血にこめられているようで、素朴な泰時や朝時とはまるで異なりますね。
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母ののえは、この見目麗しい我が子に全てを賭けています。
義時との愛は既に枯れ切った。こんな愛の消えた妻なのに、復讐に燃える様は美しい。
これは全面的に義時が悪いでしょう。
当初は腹黒くとも美しい生花だったのえを、こんな冷たい石の花に変えてしまった。
私の中で彼女は無罪です。名花に愛を与えず放置した義時が圧倒的に悪い。
「私の考えが、鎌倉の考えです」
京都から実朝弔問の使者が到着。そのついでに無礼な命令をしてきました。
荘園の地頭の任を解いて、上皇の寵姫である亀菊の荘園とするとのこと。
しかもその荘園の地頭は義時です。
嫌がらせだと怒る義時。広元にいかがなされるか?と問われ、断固突っぱねると返します。そうすれば朝廷は怒り、親王の下向もなくなり、願ったり叶ったりだと。
時房は、後鳥羽上皇の次の手を気にしています。
広元にしても、これ以上の鎌倉殿不在は御家人の信を失うと警戒。
さすがに意地の張り合いはそろそろ止めにすべきではないかと提案されても、義時は「それはならん!」と頑なになるばかりです。
上皇が実朝亡き後の鎌倉を試している。下手には出られない。そうしたらこの先西に頭があがらくなると義時は警戒しています。
ではどうするか?
そこで義時は、北条時房に1,000の軍勢を率いて京都へ行かせることにしました。
次の鎌倉殿には、皇族(親王)ではない摂関家の誰かにすれば、西の意のままにはならず済む。
政子が「他の宿老も同じ考えなのか?」と問うと、義時はしれっと言いのけます。
「私の考えが、鎌倉の考えです」
兄に忠実な時房ですら、顔にすっと嫌気がさしているのが見て取れます。こうなると義時の絶頂も長くはないのでは?
もしも本当に天命があるならば、義時に反発する者もそうそういないはず。
しかし実際は、泰時が思い切り反抗しているし、のえも敵意と嫌悪を剥き出しにし、義時の強い支持者であった時房ですら疲れてきている。
天命は義時に与える役目をあくまで短期間に留めるのではないか、と思えてなりません。
時房が、廊下で泰時を相手に本音をこぼします。
軍勢を率いていくのはどうにも気が重い。いっそ蹴鞠で決着をつけたい。
泰時も、親王を断るからには頭を下げるように時房に言います。兄上に逆らうのか?と一瞬ムッとする時房は、蹴鞠なら自信があると続けます。
蹴鞠のことはとりあえず無視して、泰時は真剣に「鎌倉の行末は叔父上にかかっている」と語りかけてきます。
蹴鞠勝負で決着だ
かくして3月15日――時房は京都院御所にいました。
後鳥羽院は実朝を悼みつつ、北条軍の兵数を確認。1,000だと確認すると、脅しか?と詰めてきます。
滅相もないと返す時房に、さらに言葉を続ける。
「トキューサ」
上皇は、考えは同じだとして、勝負で決めようと言い出しました。
「勝負?」
「勝負といえばあれ」
「望むところでございます!」
かくして蹴鞠で決まることに……それでいいんですか?
蹴鞠のラリーが続き、回数は実に920を超えています。両者フラフラになりながら、少しそれた鞠を兼子が勝手に奪い取り、引き分けということにしてしまいました。
まだやれると時房が抗議をするものの、兼子は、上皇様を負かしたら一生許されない、末代まで朝敵の汚名を着ると脅してきます。
「私の負けにございます」
そう屈するしかない時房。
後鳥羽院は私を負かすことなどできないが、そなたの力は認めると余裕を見せています。
「ありがとうございます!」
かしこまる時房に、本音を明かす後鳥羽院。
親王を鎌倉にやる気はない。代わりの者を出すからそれで手を打てとニヤリ。
時房も顔を伏せつつ、これにはニヤニヤが止まりません。泰時の言った通りになりました。
増長する慈円
慈円が鎌倉にやってきています。
なんでも九条一門に、寅の年、寅の月、寅の刻に生まれた「三寅」という男子がいるとか。
しかも源頼朝とも血縁関係があります。
源義朝は敗北後、その娘たちも落命しました。しかし坊門姫は生き残り、頼朝は彼女を大事にしていたのです。
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血統の繋がりを長々と繰り返し、慈円が美声でスラスラ説明しますが、要するに坊門姫が京都の公家に嫁いだ、その血を引いていると。
頼朝と遠縁で摂関家の血を引いているならよいというころで、話を聞いていた義時と政子も提案をあっさり受け入れます。
ちなみに三寅はまだ僅か二歳だとか。
一方、後鳥羽院は悔しそうに、慈円の得意げな顔が目に浮かぶと言います。
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兼子が不満か?と聞くと、結局は鎌倉の思うままになったと返し、手にした盃を投げつける。
ここで見るからに精悍な武士が弓を手にしています。
藤原秀康――彼は重々しく、慈円僧正が気になると言います。今回の件を単独で進め、いささか図に乗っているのではないか。
兼子もこれには同意。
確かに三寅は九条家、つまりは僧正の身内です。慈円は九条兼実の弟ですので、これ以上好きにさせてよいものかと気にしています。
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弓を構えた後鳥羽院が、見事に的へ矢を的中させる。
と、続いて秀康が射て、カッと砕け散ります。
「この藤原秀康にお任せいただければ、ひとつきで鎌倉を落としてご覧に入れます」
「頼もしいな、秀康」
微笑む後鳥羽院、跪く秀康。
なんでしょう、この失敗するしかない君臣は。
もう全てが駄目ですね。星智也さんの秀康が仕上がりすぎていて笑えるほど。
日焼けした肌、傷、的を射抜くと割れる派手さ。こんなに精悍なのに、張子の虎に思えて、ものすごく高度だ。
ビジネス書の帯にいる作者や、ラーメン屋店主の写真はなぜか腕組みをしていますね。
定番になってしまったせいか、かえって胡散臭い。そういう雰囲気が秀康にはあります。
時房と比べるとよくわかります。
時房はあんなにかわいいのに、戦うときはおそらく凶暴になる。実写版ピーターラビットのようなえげつなさを秘めている。
時房に瀬戸康史さんをキャスティングするなんて、なんて悪魔的な発想なのでしょう。毎回見るたびゾッとします。
一方で秀康、こやつは形だけ入った武士よな。いや、刀傷もあるし、実戦経験はあるのでしょう。
ただ弱い。こいつは無茶苦茶弱い。
だって兵法を真面目に計算すれば、あんなに自信満々に、無根拠で、ひとつきで鎌倉落とせるなんて言いませんてば。
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それに突っ込まないでニコニコする後鳥羽院も、もうだめだという雰囲気が見えてきました。
このタイミングなのでしょうね。
油断して弛緩し切った古い神である朝廷に、新しい神である鎌倉がぶつかる。だからこそ歴史が変わるのでしょう。
そして尼将軍になる
7月19日、三寅が鎌倉に到着し、義時の館へ。
実朝が殺されてから半年、季節は冬から夏に変わりました。
幼い三寅は幼いため、元服してから将軍になるとのことで、となるとそれまでどうするのか?
政子の問いかけに、義時は執権として政をするからと言います。
「なりませぬ、あなたは自分を過信しています。三寅様はまだ赤ん坊ですよ。御家人がおとなしく従うはずはない。鎌倉はまた乱れます」
「しかし……」
戸惑う義時の前で、政子は自分を指さします。
「私が鎌倉殿の代わりとなりましょう」
「姉上が……」
「もちろんです。鎌倉殿と同じ力を認めていただきます。呼び方はそうですね、尼将軍にいたしましょう」
納得します。義時はどうにも小物に思える。天命が降りてきても器は大きくならないのだなと。父の北条時政とも異なるせせこましさがあります。
その点、政子は器が大きい。何もかも飲み込む強さがある。
理詰めの義時と、政子の情けにあふれた器量。この両輪があってこそ、鎌倉は安泰ではないでしょうか。
かくしてその日の夕刻、政所始めが行われました。
三寅のお披露目であると同時に、尼将軍政子のお披露目にもなったのです。
義時は姉上にしては珍しい、随分と前に出る、私への戒めかと嫌味を言います。
「すべてが自分を軸に回っていると思うのはよしなさい。どうしてもやっておきたいことがあります。よろしいですね、尼将軍の言うことに逆らってはなりませんよ」
呆れたように姉を見送る弟の義時。でも、ちょっとホッとしているように思えます。
少し水がこぼれて、顔をやっと水面に出して息を吸えたようだ。
政子は義時を救っているのです。
自分を軸にして世界が回る。それはとても疲れてしまうことでもある。指一本動かしただけで誰かの首が飛ぶ状況は辛い。その重荷を政子は代わってあげた。
先週、我が子と孫の死に疲れ果て、死のうとした政子。
そんな彼女が伊豆に戻るというと、勝ち誇ったようにそれを義時は止めました。
政子はそんな運命をしなやかにかわすだけではなく、義時を助けたのです。
誰かを助けることでどこまでも強くなる。素晴らしい尼将軍です。
政子は実衣に、放免になったと伝えに行きます。
「もう大丈夫。誰もあなたを咎めはしません。私は尼将軍になりました」
「尼将軍?」
「誰も私には刃向かえない。小四郎もね」
姉妹は抱き合います。
「みんないなくなっちゃった。とうとう二人きり。支え合って参りましょう。昔みたいに」
「はい……」
政子は、大姫の唱えていたあの呪文を唱えます。
ウンタラクーソワカー
実衣が訂正します。
ボンタラクーソワカー
呟き合う姉妹。
正しくは「オンタラクソワカ」ですが、それはともかく、枯れた花のようだった実衣に、政子が水を注ぎ、活き活きと気力を取り戻している。
小池栄子さんと宮澤エマさん姉妹が、圧倒的な美しさを見せてきます。
MVP:尼将軍・北条政子
北条政子像は重要。
なぜなら彼女の評価は時代によって変わるから。
時代が「女性をどう見ているか?」ということを反映している。
戦国時代までは女性の家長がいます。政子はうってつけのロールモデルといえました。
しかしそれが江戸時代になると、嘲笑の対象となってゆきます。
大河ドラマでも描き方もそうで、時代と作品によって異なります。
令和の社会は、女性とどう向き合っているか。ロールモデルとなり得るのか。今後の女性と社会の関わりを示唆するうえでも重要です。
そんな政子を描くということは、三谷さんはじめ制作陣にとっても、そして演じる小池栄子さんにとっても大きな挑戦です。
この政子像は転ぶことができない。
ある意味、主役である義時よりも重要とされてもおかしくない。
どれほどプレッシャーをかけようと、本作ならばできるんじゃないか。
そう信じ続けて見守り、報われた万感の思いが湧いてきます。
この政子は、本作製作者も熱心に見ている『ゲーム・オブ・スローンズ』の女王像を超越できたかもしれない!と思えました。
ネタバレになりつつ書きますが、あのドラマは女性君主の扱いに納得できないファンが大勢いました。
特に最も人気ある女王であるデナーリスの扱いは、あまりに酷いと失望したファンが多かったのです。
あの作品は権力を持つおそろしさを描くと言う点では、『鎌倉殿の13人』と一致するわけです。デナーリスもそこから逃れられずに破滅してしまいます。
それはそれでテーマに合っているけれども、彼女ならばよい女王になるという希望はどこへ消えたのか。
女性が王座に座る。そして納得できる流れにする……これを本作の尼将軍はやってのけたと思えます。
政子は扱いやすい傀儡として義時に擁立されるのではない。自発的に、むしろ義時を出し抜いて尼将軍になります。
それは権力のためではなく、愛する妹をどうにかして救うため。一緒に抱き合って幼い頃のように他愛のないことを言い合うため。
妹を救い、自分自身をも救う。
誰かを救う過程で癒しを得る。
権力を行使するのではなく、救うことに目的を見出す。
しかもその過程で出し抜いたはずの義時まで、やっと息ができるようになったような安堵感が漂っていました。
大江広元に完全同意するしかない。
ひれ伏すしかないほど神々しい尼将軍がいて、もううっとりとするしかありませんね。
あのドラマのデナーリスへの失望が、まさか大河で癒されるとは思いませんでした。お見事です!
大河とミソジニー(女嫌い)
次回予告で北条政子が菊の花のような頭巾を被り、凛として演説する姿がありましたね。
尼将軍でありながら菩薩のようで崇拝したくなる、そんな女性像がそこにはあります。ウメのように視聴者も憧れるような、説得力があるでしょう。
北条政子がいて、尼将軍になって、本当によかった。
そんな圧巻の素晴らしさでしたが、世間にはこんな声もあるようです。
◆NHK「鎌倉殿の13人」闇を断つためにあなたは何をなされた…義時の政子への怒りに視聴者「もっと言うたれ」(→link)
言わんとするところはわかります。
頼朝の死後、伊豆へ戻ると言い出した義時を政子が止めた。どっちもどっち。そう言いたいのでしょう。
しかし、立場や状況の違いがあります。
・頼朝死後の義時は、頼朝から政治ノウハウを学んできている有力御家人
・一方の政子は、頼朝から政治に関わるなと言われてきた
この状態で伊豆へ引っ込むという義時は、かなり無責任ではありませんか。
では実朝の死後は?
・義時は執権である。泰時や時房、大江広元もいる。実質的に鎌倉ナンバーワン
・政子は我が子の最後の一人と孫を同時に失った。夫もいない。出家しても全くおかしくない
政子があの状況で義時を止めるのはわかります。何もできない、どうしようもない。
一方で実力も地位もある義時が、頼朝妻という政子の立場欲しさに止めるのは、いささか冷血ではありませんか。
この回の義時は、のえにも、義村にも、相当無茶苦茶で異常な言動を繰り返しています。政子とのやりとりもそうでしょう。
それなのに、ここで「もっと言うたれ」とSNSに発作的に書き込む側も、それをまとめてネットニュースにする側も、どういうことなのか。
あなた方の思う通りにはさせない!――泰時みたいに思わず叫びたくなります。水に落ちて溺れている政子を棒でぶん殴るような所業ですよね。
なぜ政子をさらに責め立てようとするのか?
理由を考えてみると、そこにはミソジニー(女嫌い)があったりしませんか。
思い出すのは『麒麟がくる』の駒叩きです。
大河ドラマは『三姉妹』や『獅子の時代』のように架空人物が主役を務めたことすらあります。
しかし駒は「大河ではありえない!」と言われ続け、同じく架空キャラの東庵や菊丸より激しく叩かれました。
駒の言動に非常識な点はありません。戦災者を助ける優しい女性です。
それを叩くことが目的化していて、萌えないとか、好みでないとか、足利義昭の愛人だとか、無茶苦茶な叩かれようでした。
私はあれはミソジニー、物言う女を叩く心理ではないかと思っています。
発言者の他の言動を見ていると、ともかく娯楽のように女性を罵倒。それをフォロワー同士で共有し、コミュニケーションの道具にしていたのです。
声の大きな一部大河ファン、いわばノイジーマイノリティは、女叩きを楽しみの一種としているのでは?
だからその層に刺さるアクセス狙いでこの手の記事も出てくるのでは?
せっかく三谷さんが女性スタッフの意見を取り入れ、他の方々も配慮しているのに、ファンダムが女叩きを娯楽としていては、足を引っ張ります。
「大河が面白いっていうけど、ファン同士がギスギスと女叩きしていて無理……韓流華流時代劇にしとこ」
なんて流れになったらどうするのでしょう。VOD花盛りの今、地上波離れを推し進めるようで、制作者に対して失礼極まりない。
とはいえ、今回の政子は、そんなしょうもない叩きを鮮やかに返すほどの活躍でした。
闇を断つために彼女が動くと、義時も参るしかない。
素晴らしい存在感です。
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なぜ北条政子像は時代によってこうも描き方が違うのか「尼将軍」評価の変遷
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総評
天命っていうのは、実に残酷ですね。
まさしく不仁。あれほど揺さぶって首根っこを捕まえていた義時なのに、もう飽きて放り出すつもりにも思えました。
先週は魔物そのものだった義時なのに、もう綻びが見えています。
天命のブーストが切れたら、のえあたりにとどめを刺されそうなほど迂闊。あの忠実な時房ですら嫌気がさしてきていますし。
ただ、腕組みラーメン店主じみた藤原秀康を信じている後鳥羽院も隙だらけだし、東の夷が西の華を倒す天命は叶うのでしょう。
そんな急速にしぼみそうな義時のそばで、政子の薫陶を受け、ますます香りを増すように咲いているのが北条泰時です。
義時の限界点を、泰時と政子が見せてきます。
二人は、誰かに慈愛を施すと相手から力をもらい、どんどん強くなる。
一方で義時は、回復手段がありません。どんどんやつれているように思える。
彼は確かに何かに取り憑かれてしまいました。
本来は民の暮らしを見守り、与える善良な人物です。
女子にキノコを与え続ける姿は間抜けでしたけれども、相手を喜ばせて自分も癒しを得たい、そんな純粋さがありましたよね。
泰時にもお土産を持って帰っていた。そういう与える父の像を知っているからこそ、泰時はおかしいと思うのでしょう。
これが天命の出した答えなのだと思えます。
北条氏の政権は黒い。
外戚として台頭し、源氏将軍断絶後に自ら権力を握る。
北条氏、特に得宗家(義時の系統)ばかりを優遇していたことが滅亡につながるなんて言われますけれども、それでも一定の評価を得ているのは、泰時以来の仁ある統治のおかげです。
権力奪取の過程は悪い。どう考えても朝敵だ。
でも、民衆の暮らしを考えていたことは確かである。
そういう民を愛し、統治の正統性を獲得する伏線が今回はありました。
施餓鬼の場面です。
このドラマは残酷なところばかりが注目されがちだけど、そういう優しさやあたたかさが偽善的なポーズではなく、実感を込めて描かれているところが素晴らしいと思います。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト


















