ドラマ大奥幕末編 感想レビュー第18回

ドラマ10大奥感想あらすじ

ドラマ大奥幕末編 感想レビュー第18回 忠義の井伊は凶刃に散る

2023/11/24

徳川家定が倒れた――胤篤は瀧山から報告を受けています。

堀田正睦の失策ゆえ心労が頂点に達したようで、愕然としてしまう胤篤。

命に別状はないと聞かされ、ようやく安心するのですが……。

 


家定の意思はどこへ?

ここから先は、実際の家定と井伊直弼の関係を踏まえた方が理解しやすいかもしれません。

井伊直弼が大老として幕政をまとめることが発表。

阿部正弘路線はどうなったのか?

というと、井伊直弼本人が書き残しています。

阿部正弘は家定を庇いすぎて、失策すら把握できないようにしていた。自分はそうしない。家定の意を受けて、憎しみを引き受けてでも、政策を通すのだ――。

つまり、井伊による剛腕の背景には、家定の意思もあるとみなせなくもありません。

開国にせよ、紀州を推したことにせよ、家定の意思があった。「慶喜だけは将軍にしたくない」と家定が強く思っていたことは確かなのです。

それを「ブサメンで頭も悪い家定が、イケメンで賢い慶喜に嫉妬した」とみなすのは誤解ありきの見方。大河ドラマ『青天を衝け』でもそんな誘導がありましたが、それはあくまで一橋派の吹聴したことです。

同時に家定と胤篤に断絶ができてしまったことも意味するかもしれません。

なお、紀州と一橋による将軍の座争いですが、実際のところは一橋派がやたらとうるさい【ノイジーマイノリティ】現象を起こしていたと考えた方が腑に落ちます。

そもそも血筋的にも争うまでもなかったのです。

 


幕府に最も深刻な悪影響を与えた大名・徳川斉昭

ではなぜ一橋派がやたらとうるさかったのか?

答えはドラマの中に出ています。

徳川斉昭が激怒して大騒ぎ。

歩くスピーカーじみていて、画面に現れた瞬間に嫌気がさす暑苦しさよ。なんて素晴らしい描き方でしょう。

幕府崩壊に最も影響を与えたのは誰か?

と、大名単位で考えてみると、薩摩でもなく、長州でもなく、御三家の水戸です。斉昭が元凶でした。

井伊に対しても「亡国の奸臣めが! このままで済むと思うなよ!」と平気で逆恨みしている。

原作でも史実でもありましたが、押しかけ登城を井伊に軽くあしらわれ、大恥をかいているのです。

そんな風にオラつく父を冷たい目で見る慶喜の姿もまたいい。「やれやれ」と言いたそうなしらけぶりも完璧な慶喜ですね。ちらっと顔を見ただけでイライラさせる演技が素晴らしい。

斉昭と慶喜はやはりこうでないと。見た瞬間にカーッとなることが大事です。

多くの幕臣たちは明治になってから嘆いていました。あの親子のせいで幕府はすっかりダメになっちまったんだと。

 

揺れる思い

無茶ぶりを続ける一橋派――となると、こんな疑問も湧いてきませんか?

福井藩の松平春嶽や、薩摩藩の島津斉彬は、なぜ賛同していたのか?

答えは、慶喜のカリスマ性だけでも、暑苦しい斉昭に猛烈プッシュされただけでもありません。

外様を含めた大名たちによる「合議政治」ができるという目論見がありました。

井伊や阿部のように家康以来の幕閣だけで回す政治に風穴を開けたかったんですね。

そんな斉彬の意を受けている胤篤としては、本音としては福子がよいと思っていても「斉彬は残念がっているだろう……」というポーズを取らねばなりません。

薩摩から潜り込んできている中澤の前では、そう語ります。

これは史実の篤姫もそうでした。

大奥に乗り込んで慶喜を推すどころか、次第に彼女の考えも変わっていくのです。

将軍・家定はまだ若い。子ができぬ前提であるのはおかしくないか。彼女の気持ちはそう揺れ動いていました。

そこへ瀧山が入ってきます。

「上様、ご懐妊でございます!」

胤篤は喜びます。家定も「私の……子……」とつぶやくものの、二人の顔にはどこか差があるとも思えます。

夫は嬉しい。妻は不安も入り混じっている。

これでは次代将軍が福子でよいのかどうか。と、幕閣の内藤は不安を口にしますが、井伊は正論を吐きます。

孕んだとて無事に産まれるとは限らない。ついでに言えば無事に成人するとも限りません。

「何という顔をしておる。わしは世の習いを申しただけじゃ」

井伊の悪い顔と声を見ていると、視聴者は『なんだコイツ……』という気持ちが湧いてくるかもしれません。

でも、正論でしょう。この国難の折に、子が育つまで待てというのも非常に心もとない。中継ぎだとしても準備だけはしておかねばならない。

そもそも一橋派は「年長の慶喜こそふさわしい!」とギャーギャー喚いていますので、今さら家定の子といったところで通じるかどうか。

いかに島津の血を引いている子とはいえ、斉昭が黙るとは思えません。

それでも家定の不安は拭えません。

食欲が湧かぬと食膳の前でつぶやき、乗馬でもしたいと言う彼女を胤篤が必死に止めています。

つわりだろうと気遣い、粥と梅干しを勧めると、それだけでは物足りないと嘆く家定に、胤篤は甘いものを提案します。

久々に菓子作りをする家定。阿部正弘が生きていたころのような笑顔が戻ってきます。

同時に、正弘の不在が思い出されます。もう戻れない楽しかった日々。

心優しい家定は、好物を揃えているのに食べられぬことを料理人の松之助に謝ります。

彼女は優しい。本当は御膳所で謝りたいから菓子を作ったのではないか?と、胤篤がいたずらっぽく笑みを含んで家定に話しかけます。

「いや、単なる腕自慢!」

そう言いながらも、カステラを御膳所で分け合うようにと指示を出す家定。二人はカステラを口に運び、甘く幸せな時を過ごすのでした。

この世界観は実に美しく、家定の衣装とカステラの黄が輝いている。幸せの黄色です。

 


流水紋の裃

胤篤は麻の裃を作ることにしました。

お万好みの意匠にしたいと要望すると、瀧山が焦っています。流水紋は彼の象徴ですからね。

池谷に目配せし、相手が察すると安心する滝山の顔の愛くるしさがたまりません。愛嬌があるからとスタッフも絶賛した古川雄大さんの魅力が迸っています。

浮世絵の美人画でも、絵師によってタッチの違いが当然あり、この瀧山はちょっと抜け感があって愛くるしい歌川国芳ですね。

歌川国芳作の美人画『山城国 井手の玉川』 /wikipediaより引用

それにしても眼福ドラマです。

生地と模様の見本が素晴らしいではないですか。日本の美を感じられる。

胤篤も色々と目を奪われているようですが、結局、流水紋を気に入ってしまう。いっそお揃いにしたらどうかと池谷がいうと、こうだ。

「できるか!」

瀧山、残念でした。

花菖蒲を見ないか?と流水紋の裃を身につけた胤篤が家定を誘います。

まるで彼自身が花菖蒲の精霊のようにすら思えてくる。その美しさに家定は改めて動揺したのか、なぜ裃など身につけているのかと言います。裃は、御台所ほど身分が高ければ身につける必要がないのです。

来年の大河ドラマ『光る君へ』を見る際にも大事なことかもしれません。

同じ部屋に女性がいる。この中でお姫様と女房を見分けるには、どうすればよいか?

答えは衣装です。

一番ラフな格好をしている人が身分が高い。身分が高い人物は、服装で礼儀を示すことがないからです。

胤篤が着替えてこようか……と浮かない顔をすると、動揺を見せながらも着替えないようにと言う家定。

それほどまでに改めて惚れてしまったのでしょうか。政務があるとのことで、中奥へ戻ってゆきます。

政務の場にいるのは井伊直弼です。

井伊は当然のことながら一橋派に厳しい。彼からあの声で色々と言われていたら、家定の心も乱れるでしょう。ただでさえ懐妊していますし。

一方、残された胤篤は、中澤に流水紋のことを指摘され、「それだ!」とハッとしています。流産を連想させると考えたのですね。

瀧山は、家定が本当に政務なのか、体調は大丈夫なのかと気を揉んでいる。

即座に、問題ないと答える家定のところへ胤篤が追いつき、流水紋を詫びながら、始末すると言います。

慌てて、始末するなど許さぬ、夕げまで着ているようにと命じる家定は、廊下に出て呟く。

「私は何をやっておるのだ!」

何か気になりますね。瀧山は体調不良を心配しているし、家定自身も気持ちのコントロールができなくなっています。

 

蛍の飛ぶ縁側で

蛍の飛ぶ縁側で、家定と胤篤が座り合っています。

気遣う胤篤に、家定は少し離れて立って欲しいとお願いをする。

さらには振り向いて欲しいと要望を出し、胤篤がそっと従うと、家定の目に涙がにじんできます。

この美しい姿を永遠に目に焼きつけたい。そう願うようなまっすぐな瞳。愛希れいかさんの顔は美しいだけでなくどこか儚い。

「好きだ、私はそなたが好きなのじゃ。はは、何を今更じゃな」

そう笑い、涙をそっと拭う家定。

彼女にはわからなかった。何をもって人を恋い、慕うのか。それを今更ながら理解できたのです。

胤篤もそうだと語ります。女人を恋慕うとはどういうことかわからなかったと。

原作ではなかなか遊んでいた胤篤。これだけの美貌であれば当然そういうことはあった。けれども彼は、愛するということを心の底から理解するようになったのです。

瀧山はそんな二人を見て、満足しております。嫉妬する気持ちはもう通り過ぎたのでしょう。

懐中時計を家定に渡す胤篤です。

十代を経て、かつての家光と有功のように恋に落ちてゆく二人。あの二人は子ができぬけれども心で結びあおうとしていました。

この二人の間には子ができました。その運命はどうなるのか……。

家定は、この日を境に、胤篤のもとを訪れなくなりました。

懐妊を喜ばぬ者もいるし仕方ない、戌の日には来ると約束したと瀧山に告げる胤篤。懐中時計の音をそっと聞く彼の顔は、初恋を知ったばかりのような初々しさがあります。

こういう恋の描き方が時代劇らしさと言えるでしょう。

現代人は恋愛が先立ち結婚することが当然だと思い込んでいます。

これを無理矢理時代劇に適用しようとすると、駄作大河のお約束が発生してしまう。

主人公同士が野外で出会い恋をして、そして結婚へ。かつては「野合(やごう)」と呼ばれ蔑まれたものです。秀吉とねねは身分が低かったからこそ、それができた例外です。

順番にこだわらず、結婚後に愛を知ることは不思議でも何でもありません。むしろこんなにも素晴らしい描き方ができるのかと改めて思いました。

 

家定はどこへ消えた

胤篤は政治のことがわからなくなります。

井伊は勅許を得ずにアメリカと条約を締結。

無断登城したことで徳川斉昭を謹慎処分にします。

斉昭は家慶時代にも「政治に口を出しすぎるな!」と謹慎をくらった前例がありますので、これは当然のことでしょう。

しかし胤篤は、上様はこれを許しているのかと焦っています。

彼は気づいているのか、それとも無自覚なのか。勅許を得ることを重視するのは、幕府が危険視する尊皇に繋がります。水戸の謹慎にせよ、幕府がある。

井伊直弼からすれば「そんなことは当然であろう」と反論できる話ではある。

実は瀧山も、家定の姿を見ていません。

どうしているのかと井伊に尋ねても、相手は猫のような顔をしながら上様はお変わりないと言うだけ。戌の日には御台と会う約束があると主張しても、井伊はそれをはぐらかしつつ、八朔(はっさく)の儀があると席を立つのでした。

瀧山はこのことを胤篤に報告します。

このころの将軍の政務は儀式が重要です。もしも家定に何かあれば八朔の儀は進めないだろうと推察する瀧山。

「便りのないのはよい便りということだな」

そううかぬ顔で返す胤篤。そこへ中澤が入ってきて、瀧山は去ります。

島津斉彬、急死の一報でした。水戸謹慎の件で幕府を糾明するために軍事調練をしている最中に倒れ、そのまま亡くなった。

これを聞いて胤篤は驚いています。中澤は呆れている。

胤篤は現実逃避をしています。あれほど賢いのに、現(うつし)を見られなくなって判断力が低下しているのでしょう。

向き合いたくない現実とは、彼自身が幕府にとって“毒”であるということもある。

家定と話し合うことで軌道修正し、新たな道も見えたのに、それがだんだんとわからなくなってくる。

本来あった薩摩の思惑に戻ってしまう。

それは幕府を倒すこと。そのことに気づきたくないのか、逃げようとしているのか。混乱している。

「今江戸城には主はおらぬ、これ以上はない機会であったのに!」

そう悔しがる中澤。

「中澤、いま何と申した」

そう返す胤篤。中澤は久光に毒を盛られたのかと悔しがっています。

「おい、江戸城に主がおらぬとはいかなる意味か!」

声を荒げる胤篤。

「胤篤様。家定公はとうにお亡くなりですよ」

 

家定との永訣

嘲るように家定の死を伝える中澤。

表では皆知っている。知らぬは大奥のみ。腹の子ともども死んだのだ、と。

胤篤は怒りを抑えきれません。夫なのになぜ知らせがないのか!

それが大奥のしきたり。取り乱す者がいないように時を置くのだと中澤は淡々と語り、同時に軽蔑したように語気を強めます。

斉彬よりも徳川の女の死を悲しむとはどういうことか! 斉彬は久光よりも胤篤を跡取りにしたかったのに!

そう言われても、胤篤は「毒か!」と怒りばかりが湧いてくる。

中澤の本名である津村重三郎で呼び、真実に迫ろうとするも、相手からは「私かもしれませぬぞ」と不敵な答えが返ってくるばかり。

その上で自分を斬ればよいと挑発してきます。主を失った今、心残りはない。

このやりとりからは薩摩の毒がどんどん溢れ出てきましたね。胤篤の着物の色が、花菖蒲ではなくトリカブトのようにも見えてくる。

本当の毒とは何だったのか?

原作でははっきりと描かれています。家定の死因は、妊娠に体が耐えられなかったのです。

かつて家光と有功の間には子ができなかった。

家定と胤篤の間には子ができて、そのために永訣を迎えてしまった。

胤篤は聡明で気遣いもできるけれども、妊娠出産についてはそこまで盤石の知識があったわけでもないのでしょう。

けれども、自分が妊娠させたことで相手が死んでしまったのだとすれば、そんな現実とは向き合いたくない。

この場面では、胤篤も、中澤こと津村重三郎も、現実逃避しています。

毒だのなんだの言い、自分の最愛の誰かは、陰謀が殺したと言い合う。本気でそう信じているのかどうか。

家定の死因は妊娠です。そして斉彬も毒殺ではない。

しかも斉彬は弟の久光を嫌うどころか、実はかなり信頼していた。実際、久光の政策は、現(うつし)を踏まえつつ、兄のものを調整して成功に導いています。

仮に、軍事調練してどこかに乗り込んだとして、それでクーデターが成功する確率は低いでしょう。

中澤は先走りすぎている。軍勢を率いて首都なり政治の場に乗り込むことは、強引に要求を通したい定番の手段です。日本史ならば【御所巻き】です。

そしてこの軍事による政治介入を、久光は江戸ではなく京都に向かうことで達成します。

失脚した一橋派の復権は、久光が上洛を断行したことで可能となりました。

にもかかわらず久光は過小評価される。なぜなのか?

維新三傑の一人である西郷隆盛と頻繁に衝突したことも影響しているのでしょう。

薩摩の島津斉彬。長州の吉田松陰。この二人は退場が早いこともあってか、絶対正義のように持ち出されます。

しかし、だからこそ正当化のために何かと利用された一面もあった。

中澤がその一例であり、薩摩の暗黒面に堕ちている。「徳川の女」という嘲りにもそれが現れていますね。

薩摩は、全国一男尊女卑が厳しい土地柄。

「女と愛しあうよりも男同士でん愛しあうがよか!」となります。中澤からすれば、女に靡く胤篤は、薩摩隼人失格だと思ったことでしょう。

薩摩趣味(薩摩の男色)を大河ドラマ『西郷どん』で描くことはできるのか?

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薩摩隼人たちの激昂しやすさ、マッチョイズム。そんな欠点もチラホラ見えてきました。

 

時を止めた時計

胤篤に家定の死が知らされたのは、8月8日のこと。実際の死は約1ヶ月前の7月6日でした。

瀧山は形見の品である懐中時計を、うやうやしく差し出します。家定は胤篤に、菩提を弔うのではなく“好きに生きる”よう言い残していました。

形見を手に、あの蛍を見た日を思い出す胤篤。

時計は胤篤が贈ったものでした。会えなくても、離れていても、同じ時を刻みたい。そう言い添え渡したのです。

時計の刻む音をうれしそうに聞く家定。

子が生まれたらなすべきことは多いと希望を語っていました。

阿部正弘の目指した身分の別のない世の中を目指す。

西洋列強は確かに強い。しかし、政治は男ばかりに任せて、女の力を活かせていない。

身分も男女の別もなく活かせばよい。胤篤ならば井伊とも渡り合える。表でも奥でも同じ時を刻もうと家定は語ります。

「幸せじゃ、今このときが、この上なく」

そう満足げな表情だった家定。

しかし、止まった時計はかえって彼女の不在を示すものになってしまった。もう、この世のどこにもいない。胤篤は時計を投げます。

「巻く者のいない時計など、持っていて何になる!」

瀧山が静かに時計を拾い上げると、最期の言葉は誰が聞いたのかと胤篤が尋ねます。

井伊直弼でした。

名を聞いて感情の制御が利かなくなってしまったのでしょう。胤篤は瀧山が止めるのも聞かず、井伊を呼び出します。

 

井伊に言い返せぬ胤篤

呼び出され、丁重に挨拶をする井伊直弼。

その口上すら遮り、家定の死について問い糺す胤篤。

肝臓を悪くしていたと医師の診断を語ると、腹の子が邪魔な者が毒を盛ったのではないかと責め立てます。

すると井伊にスイッチが入る。

井伊直政以来仕えてきた。上様と気が合わぬこともある。それでも主は主、害することはありえぬ!

激しく沸き立つ感情を押し殺し、唇を震わせながら、凄まじい表情で、断固として殺害を否定する井伊。

これは胤篤が悪い。

幕末の武士にとって、忠義を疑われるというのは恥ずべきこと。井伊直弼にとって、これほどまでに侮辱的なことはありません。

聞けば井伊は、毒に辟易しており、医師や女中を調べ上げ、怪しいもの4名を投獄したと言います。

その上で危険なのは攘夷派であると反撃。長州と薩摩であり、まず身内を疑えと胤篤は言われてしまう。実際のところ、中澤はじめ隠密を放っているのが薩摩です。

理論では言い返せず、井伊に怒鳴りながら迫る胤篤を瀧山が止めます。

妻子を殺されてこのままでいいのか!

そう憤る胤篤に対し、毒を盛った犯人を特定するのは難しい、これは悪手であると諭す瀧山。

ここで尻を向けぬよう後退り、去ってゆく井伊の冷静さよ。

瀧山は胤篤に、家定の遺言を思い出すように言います。しかしそれも井伊が聞いたものだと返す胤篤。

「ならばご随意に」

そう突き放すようで、御台こそ上様の心を知っているはずだと瀧山は返します。

もう生きていたくない――若々しい生命力に溢れていたはずの胤篤は、涙ながらにそう呟きます。彼は心が折れてしまいました。

 

戊午の密勅、安政の大獄

井伊直弼が戻ると、幕閣が衝撃的な知らせを告げました。

戊午の密勅――幕府は攘夷をしろという勅が出されたのです。

怒髪天を衝くばかりの井伊は、水戸藩を潰す!と息巻く。

井伊の横暴にも見えるかもしれませんが、家慶時代から余計なことばかりしてきた水戸藩には当然の処置とも言える。阿部正弘が水戸を野放しにしたのはミスでしょう。

かくして斉昭は永蟄居で、慶喜は謹慎に。

さらには水戸藩士や公家だけでなく……

「『志士』などとうそぶく攘夷派のど阿呆ども! 幕府に盾突く者どもをまとめて始末してしまえ!」

そう宣言します。

同時にここは補足をしておきたい。

井伊の行動――安政の大獄には、しばしばこんな誤解が生じます。

「井伊直弼が吉田松陰を処刑したのは討幕を目指していたからだったんだな」

違います。

吉田松陰は、一橋派と関与する思想家枠として取り調べを受けました。その最中に、間部詮勝の暗殺計画を勝手に話し始めたため、意外なことに驚愕した幕府も処刑せざるを得なかった。

結果、長州藩で殉教者として祭り上げられるに至ったのです。

つまり処刑ありきではなく、松陰自らの失言が原因と言えます。

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一方で【戊午の密勅】は、破壊力抜群でした。

幕府に圧力をかけるため、上洛した松下村塾出身者たちは、チートアイテム扱いでバンバン密勅を出させます。

しかし、こうした勅は、実際のところ孝明天皇の知らぬところで出されています。

江戸時代の公家は金がない。ドラマ『大奥』の右衛門佐も貧乏公家の出身でしたね。そこで「志士」たちは金で釣り、偽の勅を乱発させたのです。

勅を掲げて攘夷する=【奉勅攘夷】と呼ばれます。

孝明天皇はこのせいですっかりストレスが溜まり、長州を憎むようになる。この顛末はあまり表立っては語られませんが、幕末を知るという点では非常に重要な事象かと思います。

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【志士】というのは非常に危険です。

日本の未来を憂いて立ち上がった――そんなプラスイメージがあり、『青天を衝け』でも「オラ、京都で志士になるだ〜」という能天気なノリでしたが、実際はそうではない。

ヘイトスピーチに酔いしれるテロリストみたいなものです。要求を押し通すためなら殺人と遺体損壊を厭わない以上は「テロ」としか言いようがない。

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14代将軍家茂

胤篤は写経しています。

薩摩に戻らぬか、と中澤が声をかけても、家定を殺したかもしれない薩摩には戻れない。

水戸や井伊による毒殺を主張する中澤に対し、お主こそ戻ったらどうかと提案しますが、斉彬を殺めたかもしれぬ久光には仕えたくないとか。

結局、ここにいるしかない二人。

篤胤も諦めの様子で、本当に、薩摩の暗黒面が煮詰まっていますね。

薩摩には、藩を真っ二つに分裂させた【お由羅騒動】という事件がありました。

お由羅とは久光の母。この悪女が企んで人死が出たのではないかと言われますが、その悪事というのもアヤフヤなもので、毒殺どころか呪詛の類です。しかも、それはただの誤解でした。

お由羅は逆恨みに苦しめられた気の毒な女性です。久光に対しても、生母が逆恨みされた影響のせいか、アンチが多い。

思い込んだらひたすら恨む。そんな悪いところがこの二人に出ています。そろそろ切り替えるときでは……。

瀧山が、福子改め徳川家茂が、大奥に入る前に話したいと胤篤に告げてきます。

うやうやしく胤篤に頭を下げる家茂。立派になられたと胤篤も目を細めます。

志田彩良さんが善良そのものに見える。

家茂は史実でも「あんなにいい公方様はいない!」と幕臣が涙ながらに振り返ったほどの好人物です(逆恨みがしつこく、自己正統化したい一橋派は除く)。原作もそこを意識して、屈託が全くない人物像にしたとか。

政治は幕閣に任せておけばよいと言われたけれど、自分でも政務を行いたい希望がある。家定のことを考えると、任せてはおけないとのことです。

胤篤の心に、家茂に希望を託していた家定が蘇ってきます。

家臣や民を思う心がある。そう理解していたのだと。

家茂に影響されてなのでしょう、篤胤が蘇り始めたように思えます。

身分も男女の別もなく人を取り立て、小さくとも強い国にする。そんな阿部正弘と夢見た国作りを行いたい。

そう語っていた胤篤は思わず涙を落とし詫びます。家茂の目にも涙が光り、志を継ぐのだと決意を固めている。

なしえる自信はないけれど精進すると言い、そしてこう続けます。

「これからも、私をお導きいただけますか? 義父上様」

「ちち……頼りない義父ではありますが、力になれることがございますれば……」

かくして胤篤は落飾し、天璋院として大奥に残りました。

14代将軍になった徳川家茂は、決意を固めた顔が凛然としている。

それは井伊直弼による【安政の大獄】最中のことでした。

家茂が「これでは敵を作る」と井伊をたしなめますが、それはできぬと即座に言い返される。

攘夷派を許せば徳川は持たぬ。内乱となれば列強の手に落ちる。そう警戒しているのです。

これは前回、胤篤が指摘していた「武器を売る西洋列強」を思い出すと良いかもしれません。

内乱に乗じて攻め込んでくるばかりが西洋列強の思惑ではなく、内乱を起こしたうえで武器を売りつけ、思うままに操るという手もありました。

 

桜田門外の変

大老一人も説得できない自身が情けなくなると家茂が嘆いています。胤篤改め天璋院は側近が必要だと答える。

吉宗と加納久通

家定と阿部正弘。

家茂も理解しています。

そもそも井伊直弼こそ忠義者であり、それは自分ではなく徳川に対するものかもしれないけれど、あれほど忠義を尽くすものはいないと感じていました。

天璋院は雪が舞う庭で、家茂の言葉を瀧山に告げています。そして「主を害することはない!」と力強く断言していた井伊の言葉を思い出していた。

「あの言葉はまことなのでしょうかね……」

もしも天璋院が井伊を疑っていれば、こんな言葉は出てこないでしょう。家茂との対話で、井伊直弼への評価が変わってきているのかもしれません。

庭には雪が舞い散っている。

この天候が重要です。

というのも、井伊直弼が殺害される【桜田門外の変】は、季節外れの雪の日に起きました。

寒さゆえに護衛の対応が遅れたことも一因とされています。

似たようなテロ計画は未遂か、失敗に終わっており、この事件がいかに例外的だったか――冷静に考えるとそうなりますが、平均年齢が低くテンションの高い【志士】には通じない。ゆえに性懲りも無く繰り返された。

井伊の死を、重々しい顔で受け止める天璋院。

瀧山は動転しています。彼なりに徳川の終焉が見えてしまったのかもしれません。

こうなったらこの先は、関ヶ原以前の乱世か、はたまた西洋の属国か……。天璋院がそう語ると、何か決意したような表情で家茂は威光に縋ると言い始めました。

公武合体――天子様の威光を得るため、帝の弟を御台所として迎えると言い出したのです。

かくして天璋院は、和宮のために道具を揃えることに。

時代考証もしっかりしているのでしょう。時代劇ではこういうものが見たいと思える品々が整えられていて、眼福です。

なんでも天璋院が嫁ぐ際には、西郷吉之助(西郷隆盛)というものが整えてくれて気が休まったとか。

懐かしそうに彼を思い出す天璋院。

それにしても天璋院はすっかり凛々しさが戻りました。しおれた花のようだったのに、今では生き生きとしています。

 

和宮はなんと……

和宮が嫁いできました。

雛人形のように美しい婚礼の儀――と言いたいようで、それだけではない何か険悪さが渦巻いているようにも見えます。

和宮は小柄で左手が欠損しているとのこと。

報告を聞いた天璋院は、上様なら受け止めるはずだと語ります。

と、そこへ中澤が瀧山を呼び出しに来ます。

風呂桶に浸かっている和宮を見て、瀧山はこう言うだけで精一杯でした。

「おんな……」

ニッと唇を歪め、相手の反応を楽しむように「子はできひん」と言う和宮。

公武合体は果たしてどうなってしまうのか。

 

有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)

猜疑心を募らせていく胤篤の悲しさよ。

家定と語り合うのではなく、中澤とそうすることで悪化してゆくばかり。

陰謀論者同士で語り合うと事態が悪化する様を見ているようでした。

あんなに聡明で快活だったはずなのに、毒殺疑惑のせいで濁ってしまう。おそろしいことです。

彼を蝕んでいるのは、【有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)】であるともいえます。

◆有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)(→link

自分の男らしさ、妊娠させたことが家定の命を縮めた。そのことから逃避しようとするあまり、無茶苦茶な暴走をしているように思えた。

男であること。薩摩から来たこと。それが徳川の女である家定を殺めたのかもしれない。そう思うだけでどれほど苦しいことか。

徳川家慶のようにわかりやすい毒ではなく、複雑で悲しい毒がつきつけられました。

そうやって悩む相手に、正論パンチをする危険性を見せてきたのが、井伊直弼です。

 

正論突きを喰らわせる井伊直弼

錯乱している胤篤に対し、井伊直弼は容赦なく正論を突きつけました。

この作品の井伊直弼像は、ちょっともう、言葉にできないのではないかと思うくらい完璧と言いましょうか。

彼は何一つ、間違ったことは言っていない。

あの黒い声ときつい言い方のせいで、誤解されてしまいますが、全部正論です。

井伊は間違ったことを言っていない。だとすれば毒殺もしていない。その発言を振り返ってみますと……。

・阿部正弘の、女のナヨナヨしたやり方ではだめだ!

→「女のナヨナヨした」という言い方は不味いけれども、水戸藩を幕政に引き入れることは実際に危険すぎました。

・家格を何と心得る!

→井伊はなぜ家格にこだわるのか? 彼なりに憎しみを買い、自分にぶつければいいという覚悟があったと思えてきます。

阿部正弘とは別の形で、彼は徳川の身代わりになろうとし、そしてそうなってしまった。重みのある己を活かせと彼は言いたかったのでしょう。

・攘夷派の【志士】は根こそぎ始末しろ1

→これもその通りになります。

確かに正論なんだけど、態度がね……と嗜められた人物がシーズン1にいました。

徳川吉宗です。

藤浪が「上様は正しいけれどやり方があるだろう」と苦言を呈していました。いくら理論が正しくとも、あまりに感情を無視するのは危うい。

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今後、吉宗や井伊がまだまだマシに見える、空気を読むことを全くしない一橋慶喜が出てきますので、苛立ちながら目を離さないでおきましょう。

史実における井伊直弼の慧眼は、イメージに惑わされず正しく評価されるべきではないでしょうか。

現代でいえばコミュ障だった節がある小栗忠順を抜擢したのも井伊です。

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小栗は何度も周囲と衝突し、そのたび御役御免となりました。

しかし一度抜擢されればその頭脳の冴えは理解される。そのため幕政に復帰し、日本の近代を切り拓いた人物です。

井伊はその点でも本当に素晴らしいことをしたと言える。

 

井伊直弼評価は難しい

記念すべき大河ドラマの第1作は、井伊直弼が主役である『花の生涯』でした。

当時はまだ大河ドラマという呼び名ではありませんが。

なぜこの作品が選ばれたかというと、原作が大ヒットしていたから。

井伊直弼は再評価され、またそれが覆されるということを周期的に繰り返す人物です。

『花の生涯』は【アジア太平洋戦争】の記憶が濃い時代――日本では、明治維新にあの敗戦の一因があったのではないか?という見直し論がありました。

薩長を正義とする歴史観を糺すのであれば、井伊直弼の再評価が手っ取り早い。

そのことを踏まえると『大奥』は大河の原点まで取り戻したのではないかと思えてきます。

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井伊の重要性は、その死によりじわじわと判明してゆきます。

井伊家は夭折した初代直政よりも、二代目井伊直孝の代で特別扱いされるようになった待遇が多い。

譜代大名の筆頭である井伊家は、5代6度の大老を輩出する別格の家となりました。

そんな井伊家最後の大老が直弼。

井伊家は直孝以来、京都を監視する役目がありましたが、直弼の死により、それどころではなくなってしまう。

結果、京都の治安維持は、会津藩に回ってきました。

遠隔地であり、財政的にも余裕はない。にも関わらず、火中の栗を拾うことになるであろう任務を、藩主・松平容保の生真面目さにつけ込まれ、押し付けられた。

松平容保は穏和な性格で、当初は【言路洞開】路線でした。

それを【志士】が【足利三代木像梟首事件】や攘夷テロを起こすため、決意を固めるしかなくなった。

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そうして血が血を呼ぶ最悪の事態に発展した。

井伊直弼の死は「テロによる世直しに日本人が目覚める」という悪しき契機となったのです。

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犠牲になったのは幕末の要人だけでなく、明治以降も続き、大久保利通はじめ多くの政治家が犠牲となりました。

【関東大震災後】に生じた虐殺事件も、暴力で世直しをする手段に開眼した民衆暴力が一因とされています。

井伊という守り刀が折れることで、国家は破壊へ向かっていき、その影響は残ったのでした。

 

水戸――そして誰もいなくなった

井伊直弼は、徳川に対する武士の忠義を示しました。

一方、他藩でがどうだったか。当時の状況を見てみますと……。

中澤が嫌っていた薩摩藩の島津久光はこの点優秀であり、危険な藩士は時に粛清しつつ、コントロールしています。

そのせいで自由度が下がったせいか。カリスマである西郷隆盛と犬猿の仲だったことが影響したのか。久光は低い評価をされてしまいがちです。

長州藩の毛利敬親は、はなから投げているような「そうせい候」という名が残されています。

土佐藩の山内容堂は、凄惨なテロをやりすぎた武市瑞山率いる【土佐勤王党】を断固処断しました。容堂はメンタルが不調になりやすく、藩士も困ることが多かったようですが。

会津藩は、敵対した者ですら「よくまとまっているなあ」と感心されるほど、松平容保のもとで一致団結していました。

明治になってから、山川健次郎が「実はうちの殿は孝明天皇から信頼されていたんですよ。そんな殿だからこそみんな団結しだんだよなあ」と明かしたことで、政府が大慌てで隠蔽しようとしています。

さて、水戸藩です。

ブレーキの壊れたダンプカーじみた徳川斉昭は、晩年になって「もう藩士が暴れすぎてコントロールできん!」と困惑していました。

いったい誰がそうしたのか。その暴走結果が【桜田門外の変】という最悪の展開を迎えてしまいます。

直後、斉昭は厠で急死、心疾患とされています。あまりにタイミングが悪すぎたためか、井伊家の者による暗殺説も出回ったほどでした。

そして水戸藩は、討幕思想の震源地であるにもかかわらず、おそろしい事態となります。

水戸藩は、長州藩の攘夷派と手を組みました。

そして斉昭最愛の子である慶喜が、将軍の後見として上洛すると、水戸藩内の【天狗党】は俄然張り切って上洛してしまう。

しかし慶喜には心がありません。

【天狗党】は、孝明天皇が激怒していた長州藩過激派と連携していたため、彼らが慶喜を推しているとわかればまずい。

そこで討伐を言い出すのです。

【天狗党】はかくして慶喜の命により捕縛の上で大量処刑されたのでした。

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実はこのとき、捕らえた側も「かわいそうだ……」として処刑を渋っていましたが、勇みながら処刑を買って出た者もいます。井伊直弼の仇討ちに燃える彦根藩士でした。

【天狗党】の家族は、幼い子まで含めて水戸で処刑されました。

水戸では濡れ手拭いを振る音は嫌われました。斬首を連想させるからです。

豆腐の味噌汁も、食卓にのぼらなくなりました。死刑囚最期のメニューだったから。

これが討幕となると、復讐に燃える【天狗党】の残党が白昼堂々敵を追い詰め、殺害……結果、水戸藩は内乱で崩壊します。

大河ドラマ『青天を衝け』が放送されたとき、この事件がらみのニュースとなると、コメント欄では【天狗党】とその被害者側による論争が勃発しており、歴史の難しさを感じたものです。

大東俊介さんの慶喜は、あっさり【天狗党】の処断を決めそうな心の無さが表現されている。

何度見ても怒りが込み上げてきて、実に素晴らしい慶喜だと思います。

 

荒んでゆく日本人の心

井伊直弼の死。

そしてそれにより、テロによる世直しに目覚めた人々。

人心は荒廃しました。

その証拠は当時の錦絵にも残らされています。

蕎麦一杯を食べる安さが魅力の錦絵は、刷れば刷るほど売れた。

2025年大河ドラマ『べらぼう』では、そのビジネスがしっかりと描かれるのではないでしょうか。

錦絵は売れてこそ。規制を潜りつつ、ニーズに応じることが大事であり、江戸のデキる版元は思い付きます。

「あの売れっ子の歌川国芳の弟子ツートップの落合芳幾と月岡芳年に、このグロすぎる世論を反映させた絵を描かせりゃヒットするにちげぇねえ! トップ絵師同士でどちらがよりグロいか競わせてやらァ!」

なんだそれ……と突っ込みたくなるかもしれませんが、実際このシリーズ『英名二十八衆句』はヒットします。

幕末新ジャンル「無惨絵」の誕生です。膠を混ぜた絵具でリアルが追及されました。

これは絵師・月岡芳年のメンタルが問題だのなんだの誤解されますが、そうではない。発注する版元も、買い漁る顧客も、みんなどこかぶっ飛んでいたのです。

なんせ当時の江戸っ子はこうだ。

「芳年はよぉ、本物の生首を観察して描いているっていうぜェ、てぇしたもんさ!」

って、どんだけ殺伐としていたのか……。

歌川国芳は弟子たちに「喧嘩があれば駆けつけてみろ!」とリアリズムを求めるように指導していました。弟子の芳年はそれに忠実だったのですね。

『英名二十八衆句 遠城喜八郎』/wikipediaより引用

 

和宮の設定が秀逸だ

ドラマ10『大奥』では、和宮の替え玉説と左手欠損説を採用。

複数の説が取り入れられるてんこ盛りで豪華、歴史ものの醍醐味はかくあるべしとも思えてきます。

そんな和宮が入浴で女とわかる場面は、原作をここまで再現するとは思いませんでした。

裸を見られても、ケロッとしている様子が、まさしくお姫様。

山田風太郎『柳生忍法帖』では、京都の美女が悪徳大名のもとへ売り飛ばされてきた場面があります。

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この中に本物のお姫様がいる。誰がそうか?

そうなったとき、悪役は棒を使って並んだ女の裾を一気に捲り上げます。

慌てて隠そうとする女がいれば、ボーッとして何が起きたかわからない女もいる。

そして後者を「姫だ!」と見抜きます。

お姫様はトイレも入浴も人に任せて羞恥心が育ちにくいとのことで、あの和宮はまさしく育ちの良いお姫様そのものでした。

次回がどうなるか。楽しみでなりませんね。


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【参考・TOP画像】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-ドラマ10大奥感想あらすじ

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