歌川国芳作『相馬の古内裏』/wikipediaより引用

歌川国芳作『相馬の古内裏』/wikipediaより引用

べらぼう感想あらすじ

傑作を駄作へ急落させた歌川派の不在と内輪ノリ『べらぼう』レビュー総評後編

大河ドラマ『べらぼう』の年間視聴率が発表されました。

◆『べらぼう・蔦重栄華乃夢噺』期間平均9.5% ビデオリサーチ

2019年大河ドラマ『いだてん』の8.2%に続く、ワースト二位です。

しかし地上波の視聴率は低下傾向にあり、配信視聴回数と合算した基準で測ることが重要でしょう。

テーマや時代設定、そして吉原といったマイナス要因もあります。

大河ドラマ『べらぼう』(→amazon

ただ、そうした結果を考慮しても、そこまで高い数字とは言い切れず、文化大河であった2024年『光る君へ』と比較しても、なかなか苦しい結果でした。

「しゃらくせえ! タイムシフトは伸びてるぜぇい!」

NHKプラス(現在はNHK ONE)のサービス開始以来、こうした擁護も確かにあります。

今年は、そのタイムシフトも伸びておらず、配信再生数がリアルタイム視聴率を補っていないという結果です。

「でも私は面白かった! 最高だった! 数字なんて関係ない、私は好きだった」

こう言いたい方がいることも重々理解しております。

ただ、そう言い切れるのは、ご自身の価値観に絶対的な自信があるという前提で、ですよね。あっしにゃー、ンな自信満々のムーブ、とてもとても……。

むしろ私が数字以上に気になっているのは、その精神状態です。

※総評前編については以下の記事をご覧ください

大河ドラマ『べらぼう』ガイドブック前編
江戸の文化を描いた『べらぼう』がどれだけ有意義だったか 深堀り考察 大河レビュー総評前編

続きを見る

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅

 


ここは白州だと心得い!

面をあげぇい!

ここは白州と心得よ、『べらぼう』を見たおぬしが知らぬとは言わせぬぞ! 瀬以も、蔦重も引っ立てられておったからのう。

ここで大河奉行(※あくまで自称)たる武者が問いたい罪とは、おぬしがいわば「負け」を認めることができるか否か……そこである。

わしがどうしても気になったのは、どうにも『べらぼう』視聴者には武士のこの心得がないということでござる。

よき敗者たる資質に欠ける。ムッとしても罵倒するのは胸の内に止めるなりできるであろう。

それがSNSでは、視聴率を発表しただけのポストに噛み付くようなことを言い散らし、聞かれてもおらぬのになぜかワースト一位の『いだてん』の話を延々とする。

武士ならば武士らしく、腹を召すべきだとまでは申さぬ。

しかし、士道不覚悟ではないか?

負けたならばその理由を吟味し、次に活かすことが武士ではあるまいか?

新選組気取りか? 何を局中諸法度じみたことを言い出した? いつものことながら狂ったか?

そう申すかのう……いや、わしの気分は奉行モードである。

わしはなんとしても、この不埒千万な『べらぼう』。並びにそれを愛する「屁踊り衆」断罪に挑まねばならぬと思っておったところだ。

今さら「屁踊り衆」と呼ばれたくないなぞ申すでないわ!

わしの聞き及んでいるところでは……

・『平清盛』ファンは「海の底の都の民」

・『おんな城主 直虎』ファンは「井戸の底の民」

・『鎌倉殿の13人』ファンは「武衛」

そう自称しておるそうではないか?

ならば『べらぼう』はさしずめ「忘八」か、「屁踊り衆」がふさわしいのではないかのう。

いや、下品であることは承知しておる。実際の江戸の民は「吾妻」といった呼ばれ方を好む。実在した狂歌連にせよ、絵師集団にせよ、なかなか雅な名をつけたものよ。

しかし、思い出すがよい。『べらぼう』最終回感想をざっとみたところ、みな「屁!」「屁!」「屁!」の連発である。

まるで他者の屁は臭いが、己の屁はまるで白檀の香りでもすると言わんばかりの喜色満面ぶりではないか?

今更「屁は流石に……」などという言い訳が通じると思うでないぞ。

そしてわしは、奉行らしく、「屁踊り衆」を罰せねばならぬ。

その罰とは「歌川責め」。概要を説明しよう。実在した「石責め」よろしく、ここで一枚一枚、歌川派の絵を出してゆく。

そのうち知っているもの。よいもの。いずれかが出てきたら、おとなしく罪を認めぇい!

何の罪か? それは歌川豊国を勝手に消し去ったという大罪……そんなふてぇことをやらかしておいて、ただで済むなぞ思うでないわ!

石抱のイラスト

石抱の様子/wikipediaより引用

それでは一枚目の「歌川」を持てぇい!

歌川芳艶『為朝誉十傑』「白縫姫 崇德院」

歌川芳艶『為朝誉十傑』「白縫姫 崇德院」/wikipediaより引用

くくく、おぬしが知らぬのも道理よのぅ。

歌川芳艶は実力十分なれど、早くに没したためマイナーである。

しかし実力は十分。歌川国芳一門単位の展覧会や画集では見る機会があるものよ。この迫力、力強い筆遣い。実によいであろう、歌川は! のう?

奉行モードは歌川責めの時だけにしまして、疑問点について考え続けます。

書いた側としても嫌になる程長い。嫌になったら休みでも適宜入れつつおつきあいください。合間合間に歌川派の絵も入りますので。

 


蔦屋重三郎は主役にふさわしかったのか?

これは散々言われてきました。

実は森下佳子先生も、オファーが来たとき相当驚いたとのこと。私としては時代設定が先にあったのかとも推察します。

蔦屋重三郎の肖像

蔦屋重三郎/wikipediaより引用

では、同時代で他に相応しい人物がいるか?というと、これがなかなか難しい。

まず真っ先にあげられるのは、将軍か、老中か。

この時代となると、初代家康や、八代吉宗と異なり、将軍はそこまで政治に関わっておりません。ゆえに適していない。

田沼意次と松平定信は重要です。

しかしこの二人は片方だけでなく、できればまとめて取り扱いたい。かつ二人とも失脚以降をどう描くのか、そこが問題です。定信の場合は、特に一線を退いてからが長いので難しい。

そこを踏まえますと、田沼時代と寛政の改革を扱える蔦屋重三郎というのはなかなかよい選択に思えます。あるいは長谷川平蔵宣以か。

政治史や時代性からすると確かにそう。なんてうまい人選だと私は舌を巻く思いをしていたことは確かです。

文化大河ドラマであるならが、プロデューサーである蔦重よりも、クリエイターの絵師や戯作者ではどうか。

実はこれはなかなか難しい。この時代は喜多川歌麿クラスですら、史料残存状況が少なく、たどるとなると難しいのです。

この枠であれば、平賀源内か、曲亭馬琴ならばよいかと思います。蔦重が通用するのであれば、この二人は十分大河主役になれるでしょう。

平賀源内/wikipediaより引用

江戸文化を幅広く扱うのであれば、プロデューサーとしての蔦重は大いにあり得る。ネックはあれど、そこをふまえればありだと思いました。

ただ、一年見終わっての感想としては、果たして蔦重は主役にふさわしかったのか。人選の時点でよろしくなかったのではないか。そんな気持ちも湧いてきます。

それは吉原出身ということではありません。そういう発想は出自による差別に思えて私は好きではありませんので。

ではどのあたりがというと、長所と短所は紙一重ということ。

蔦重は関わったこと、そして手がけた範囲が広すぎた。

後半、日本橋に移ってから面白さが減じたという意見がありました。

吉原にいた頃は、吉原を救うという大義が第一でした。実際の蔦重はさておき、劇中ではその目標があった。

それが日本橋に移ると、黄表紙だ、浮世絵だ、吉原救済だ、ふんどしに一泡吹かせてやる……そう風呂敷を広げすぎて焦点がぼやけたように思えます。

この時代の版元にせよ、蔦屋重三郎を脇役にして、別人にした方がよかったのではないか。そう思えてしまったことも確か。

特に後半についていえば、浮世絵関連の描写が疎かになってしまいました。これについては後述しますが、むしろ浮世絵に強い西村屋二代主役にした方が良かったのではないかと、見終えてから思ったものです。西村屋は廃業に追い込まれてしまう点が難点といえばそうなのですが。

それではここで二枚目の「歌川」を持てぇい!

歌川芳藤『新版主従心得壽語禄』/wikipediaより引用

歌川芳藤だ。まぁ、マイナーではあるな。

別名「おもちゃ絵芳藤」という。子供向けのおもちゃにつける絵を手がけることが多かったのよ。おもちゃは廃棄前提であるし、美術品として値がつきにくいゆえに忘れられておった。

しかし、近年の猫ブームの中、カワイイ猫絵を手がけた絵師として再注目。愛くるしい絵柄で人気が上がっておるぞ。

太田記念美術館、およびコラボ先のフェリシモミュージアム部では、グッズも揃えておるぞ。

 

文化大河の残した課題

『べらぼう』は、初回から問題点がありました。

吉原云々ではなく、蔦重が田沼意次と面会する場面がありえないとされたのです。

ただ、状況的に「ありえない」というのとは、やや異なるのではないかと思っておりまして。偶然出会うにせよもっとありえないシチュエーションは、他の大河ドラマにもありました。

断言できるのは、二人が同時代に、同じ場所にいないことが明白であるような状況でしょう。

こういう工夫は時代ものの醍醐味なので、私は反対しません。

『光る君へ』の初回におけるまひろ(紫式部)と三郎(藤原道長)との出会い。まひろの母が藤原道兼により殺害される。最終盤の太宰府行きと刀伊の入寇に巻き込まれる展開。

こちらの方が強引といえなくもないかとは思います。ただし、私は『光る君へ』の方が政治パートとの兼ね合いが巧みであったとは思います。

政治パートが文化パートを圧迫する。主役の人生から逸脱しすぎる。

この批判は二年続いた文化大河の課題として確立した感があります。

私は善し悪しあると思っておりまして、前編で上げた本作の長所である「歴史総合」要素の効果を踏まえれば、政治パートはむしろ必要であったと考えます。

田沼時代についていえば、そこまで問題とも思えません。蔦重の刊行物は田沼時代あってのもの。いわば時代の子であり、両者の近接はそこまで気になりませんでした。

問題は、松平定信との関係です。

確かに寛政の改革では娯楽出版が規制され、そのなかで恋川春町が落命するという痛ましい結果になりました。

蔦重は身上半減となり、山東京伝も手鎖を受けてしまいます。

ただ、定信も娯楽出版にそこまで血道を上げている場合ではない。出版規制についていえば、須原屋市兵衛がロシア関連書籍を出版したことを禁じられた方が、歴史的にははるかに重要です。

浮世絵にせよ、規制を繰り広げるために、蔦重と歌麿が知恵を絞った「判じ絵」攻防をカットしてしまった。浮世絵の歴史を踏まえると本当に勿体無いことでした。

曲亭馬琴は、寛政の改革後の世相にマッチした文武奨励路線が彼の作風にあっていたもの。

しかし、劇中の滝沢瑣吉はデリカシーのないうるさい男にとどまり、どうにもそういう要素を感じさせませんでした。知性や教養を感じさせない馬琴って、出す必要があったんでしょうかね。

まとめましょう。

田沼時代までの政治との関わりはよい。しかし、定信以降は崩れてしまったのです。

松平定信(左)と田沼意次/wikipediaより引用

前年の『光る君へ』は、この点で上回っていることを説明させていただきます。

まひろと道長のカップリングは賛否両論。好きな人は多いものの、ありえないという拒否感がある人も相当いたことでしょう。

ただし、まひろは冷徹な性格でもあった。

道長が自分を政治利用するからこそ、あれほどの大長編を書けるのだから乗っかってやるというふてぶてしさがありました。

その一方で、権力を得るためには道長が自分の娘を政治の駒にする様に、どこか透徹した冷たい目を向けている。道長よりも主君である彰子に理解を示すまひろには、公私混同をしない聡明さがあります。

そしてそのうえで、若い頃抱いていた志も道長は失ったと悟る。恋心は別として、道長に寄せていた政治改革の願いは雲散霧消したことを彼女は理解する。

それが『源氏物語』の苦い結末にも反映されているのではないか。そんな読み解きもできるのです。

だからこそ、最終回のラストシーンで、まひろが道長の政治はいずれ武士によって行き詰まると確信したことが伝わってきた。

今思い返しても、大河の歴史に残るであろう、凄まじい結末でした。

逸脱しているように思えながら、最終回まで政治と文化の兼ね合いでバランスをうまく取っていた『光る君へ』。

まるで藤原行成の筆跡のような、流麗でありながら流されない。そんなしなやかさがあった作品だと改めて思います。

藤原行成『白氏詩巻』/wikipediaより引用

スタッフも、過剰に道長を理想化しない。彼の悪筆や教養の甘さまでもバッチリ再現していたのは驚かされたものです。

やりすぎという批判もあった太宰府行きと刀伊の入寇にせよ、あのラストシーンのまひろの眼差しにつながるのであれば、それはそれとして実によい出来であったと思います。

一方で蔦重はどうか?

「屁!」「屁!」「屁!」と踊るばかりで何も考えちゃいませんね。

定信にせよ、途中からはオタクアピールしかしていなかった。挫折したロシア政策はどうでもよいのでしょうか?

そして私の胸には疑念が湧いてきました。

散々指摘してきましたが、江戸時代の外交は黒船来航よりもはるか前に、ロシアによって転換点を迎えております。

それを示したことが『べらぼう』の意義の一つだと私は主張したいのですが、果たして視聴者は覚えているのかどうか?

2027年『逆賊の幕臣』が放映され、こんなレビューが出てくるとあっしは予想できて暗い気分になりやすが。

私たち日本人は、黒船来航によるアメリカによって歴史が変わったと思ってきたはずだ。しかし、小栗忠順はロシアと向き合うーー。

ま、歴史総合を習った世代は「そこはロシアとイギリスが先では?」となると思うんですけれどもね。

どうしてそうなるかって?

最終回で国学者の本居宣長が出てきました。そうしたらこんな論調が出てきたんですね。

これからは儒学より国学だと示した『べらぼう』――。

2021年の大河ドラマは『青天を衝け』でした。

渋沢栄一はわざとらしく『論語』を懐に入れて、儒学アピールをしていましたね。

江戸後期には確かに国学は隆盛すると言えばそう。ただ、国学が儒学を凌駕する現象は起きておりません。「むしろ渋沢のような豪農層上位まで儒学、特に陽明学が浸透した」が正解でしょう。

『逆賊の幕臣』では、小栗はじめ幕臣たちが卒業した最高学府として昌平黌が登場します。

これも松平定信と柴野栗山が勧めた政策の結果ですが、そういうことはどうでもよいのでしょうか?

『べらぼう』はなぁ……途中で写楽二期以降並にバランスがガタガタになったとしか思えんのですが。

東洲斎写楽『大童山土俵入』

東洲斎写楽『大童山土俵入』/wikipediaより引用

えぇい、写楽なぞいらぬ!

三枚目の「歌川」を持てぇい!

歌川豊国『早の勘平 尾上栄三郎』/wikipediaより引用

歌川豊国である。当時は東洲斎写楽に完勝したにもかかわらず、不可解な流れで今では知名度が低い。なぜだ!

機会があれば是非とも現物を見ていいただきたい。今風にいえば「レベチ」だ。写楽は能役者の斎藤十郎兵衛が定説でこれ以外ありえない。写楽は専業絵師でないため、デッサン力はどうしても落ちる。全身像や手を見比べるとはっきりとわかるであろう。

 


大河ドラマの考証問題

『べらぼう』は文化大河らしく、その分野での考証が多数つきました。ああも見事な出来はその成果なのだろうと思えたものです。

ただ、考証をどこまで使うかどうか、そこは匙加減次第でして。

近年では『どうする家康』が考証よりもやりたいことを重視したことがはっきりわかってしまい、辛いものがありました。

真面目に考証の意見を取り入れていたら、あんな清洲城にはならないでしょうし、ニコライ・バーグマンもどきのボックスフラワーが出てきたはずがありません。

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と、ここで四枚目の「歌川」を持てぇい!

月岡芳年『月百姿』きよみかた空にも関のあるならば 月をとゝめて三保の松原/wikipediaより引用

月岡芳年『月百姿』より、武田信玄の王道ともいえるイメージじゃのう。こういう像が歴史好きなら頭の中にあるもんじゃ。

『どうする家康』はそういうものを無視して造形したい欲求が全面に出ていた気がする。それにも限度がある。やりすぎはノイズが増えるだけなのじゃ。

大河ドラマの特質はくどいようですが、綿密な時代考証です。歴史をネタに遊びたいなら、民放でお馴染み『暴れん坊将軍』でよい。

『べらぼう』の場合、ああいう一目瞭然のミスではないものの、後半になってからこの「考証よりやりたいノリ」で暴走した結果が出てきております。

その悪影響が顕著であった二人をあげておきたいと思います。

ここで五枚目の「歌川」じゃ!

歌川国貞『八重織の霊』

歌川国貞『八重織の霊』/wikipediaより引用

歌川国貞――師である豊国の特性を受け継ぎ、江戸っ子推し活のお供である役者絵を得意とし、若い頃から定番の売れっ子だ!

写楽よりこっちの方が好まれたわけだ。

豊国の次世代歌川派「三羽烏」において、現在では一人だけ知名度で劣るのが惜しまれるところじゃ。再評価を期待しよう。

 

考証から逸脱していた当時を代表する文人二人

屁踊りをしていて夢中になっていると、ドラマの欠点は見えにくいかもしれない。

しかし、完全無欠だなんてことがありえるのか?

すべてが「べらぼうだ!」と果たして言えるのか?

私の心にそんな暗い予感がスッと入り込んできたのは、秋のころ、江戸文化に詳しいとある先生が、太田南畝の描き方に疑念を呈したときのことでした。

確かにその道に詳しい人からすれば、苦笑したくなることもあるかもしれない。そしてその黒雲のような気持ちは、私の中でもこのあと湧いてくるようになるのです。

こういう自分よりも知識が豊富な方の意見というのは、実に参考になるもの。

果たしてこの少し後に出てきた二人の人物について、今にして思えば危うい点があったことがわかるのです。

まずは、勝川春朗こと後の葛飾北斎について。

彼はオノマトペを多用する変人として登場しました。

なぜそうなったのか。森下先生がトークショーで語ったところによると、春画『蛸と海女』の台詞におけるオノマトペが印象的だったからとのことです。

ただし、この時点でいくつか問題があります。

浮世絵は絵の部分は絵師。文章は別人が入れることが主流。

春画となれば文字を入れた作者があえてそれを伏せることは考えられますし、絵師も発表時は別名義を用います。

要するに、あの絵の背後の文章を北斎自身が考えたのか、疑念が生じるのです。

私は漫画『バジリスク』が好きです。

独特の台詞もあの作品の特徴ですが、それは原作者である山田風太郎のものであって、作画担当のせがわまさき先生のものではありません。

ゆえにファンとしては誰かが「あのせがわ先生の台詞のセンスがいいね」と褒めていたら苦い顔になると思います。そういうところの詰めが甘い。

春画を代表作とし、その人の本質扱いするのはいかがなものか。

例えばとある漫画家について、商業的代表作ではなく、別名義の18禁同人誌についてばかり語るとしたら、なんだか嫌だと思いませんか。

作家によっては嫌がる人もいますよね。北斎は故人で確認のしようがないとはいえ、失礼に思えます。

そして以下が、私が最も問題があると思うところ。

絵師は打ち合わせをしながら作品を仕上げます。自分の描いた絵を、版画にする過程で崩されたらたまったものではない。

あの彫師じゃなきゃオイラはやらねえぞ! 髪の部分は一筋一筋、描いたままに彫ってくんな! 色もああしてこうして……そう細かく指定します。

北斎ならば「ベロ藍じゃなきゃやらねえぞ!」とでも言っていたことでしょうね。

北斎は破天荒さが強調される人物ではあるのですが、西洋画技法や道教思想を作品に取り入れており、緻密な作家です。

そういう人物が、あんなわけのわからない、会話もろくにできないような人物というのは大変失礼であると思います。浮世絵をなんだと思っているのか。

はい、ここで六枚目の「歌川」じゃぞ。

歌川広重『東海道五十三次』「日本橋」

歌川広重『東海道五十三次』「日本橋」/wikipediaより引用

みんな流石に知っているよなあ? なんといってもあの歌川広重よ。

ちなみに広重は豊国ではなく、門生満員のため、豊国の弟弟子・豊広に師事しておる。こんな広重ですらブレイクまで苦労したというのだから、当時の浮世絵界は厳しい。

この広重の絵は、当時の世相や十返舎一九ともリンクしておる。

治安が安定し、庶民の生活にも余裕が出てくると、旅をするようになる。そんな旅需要のお供に十返舎一九の『膝栗毛』シリーズ。そして名所絵となったわけだ。

こうして考えてくると、やはり、歌川派の削除は不味かったんじゃ……そう素直に焦ったそなたは見どころがあるぞ。

そして次に曲亭馬琴。

私は馬琴の大ファンではあるのですが、彼の性格の悪さは認めます。むしろ最悪のひねくれ陰キャであってこそ馬琴です。善人にしろとは言っておりませんし、言うわけもない!

ただ、『べらぼう』とは性格の悪さの方向性が違うかな、と。

同じ森下先生の大河ドラマキャラクターなら『おんな城主直虎』における小野政次のような、不器用で無愛想であるがゆえに誤解を受けるタイプでしょうか。

『べらぼう』の陽キャであけっぴろげ、厚かましくてデリカシーのない人物像とは異なる気がします。

確かに馬琴は、同時代の文人相手に酷いことをさんざん書き記してはおります。

ただ、どうやら面と向かって言うのではなく、そのときは押し黙っているくせに、あとで暴露を出版する系の陰湿さですね。そこは史実および『光る君へ』の紫式部と似たタイプでしょう。

そういう性格の悪さだけでなく、明清白話小説を読解し取り入れることができるという、馬琴最大の強みが全く出てこなかったことが痛恨の極みです。

彼の最高傑作『南総里見八犬伝』は、蔦重の死からずっとのちに描かれます。最終回までにその片鱗が出てこないことは問題ありません。

ただし、白話小説に詳しいということは、出せたはず。

劇中ではていの願いもあり、書物問屋株を入手します。これにより漢籍の入手ができるようになりました。

店の仕事そっちのけで漢籍を読み漁り、みの吉を苛立たせる瑣吉という場面があれば、そういう説明になったと思えるんですね。

そういう馬琴の強みとなるところがまるでなく、ただ鬱陶しいだけの男になっていました。せっかくの津田健次郎さんが無駄使いされてしまったと思えます。

馬琴記念に七枚目の「歌川」じゃ。

月岡芳年『芳流閣両雄動』

月岡芳年『芳流閣両雄動』/wikipediaより引用

これが考証の範囲内のうまいアレンジ典型例じゃ。

定番の場面を描きつつ、縦二枚続きの横長レイアウトを採用。外枠はたどりつつもあっと驚くような工夫を見せるのが上手いやり方なのじゃぞ。

この二人のキャスティングについても、問題を感じないわけではありません。

くっきー!さんと津田健次郎さんは、演技ではなく、年齢が問題に思えるのです。主役である横浜流星さんより上過ぎませんか。

大河ドラマは人間の一生を描くからには、年齢差がおかしいことはあります。むしろ後半はそれが風物詩です。

ただ、本作の場合、馬琴や北斎といった人物が次世代という感覚が出せなくなってしまった。構造的欠陥を感じます。

彼らが「蔦重さんは確かにえらいっちゃそうだけど、センスが古臭いんだよな」と苦笑してもよかったとは思います。

『どうする家康』は、特に後半、主演が加齢演技を避けているのではないかと思えたものです。

しかし横浜流星さんの場合、むしろ積極的に加齢をしっかりとさせてきていました。

それなのに、どうにも最終盤は「俺は生涯現役!」と張り切る。

昭和平成エナジードリンク広告のような痛々しいおじさんじみた風情があって興醒めしたことは確か。くどいようですが、このことについては横浜さんに罪は全くない。

配役にせよ、制作側のノリというか趣味が全面に出過ぎたことが問題です。

くっきー!さんは芸人。津田健次郎さんは声優。本業が役者でないということは問題視しませんし、演技は問題ありません。

ただ、年齢も含めて適材適所かと言われると疑念が残らなくもない。

好きだからこそ、適材適所にいて欲しい。出せばいいってもんじゃないでしょう。

この二人の残念さは、本作後半の悪いところが凝縮しているといえる。キャラクター描写の問題でなく、ドラマ全体の質の低下が反映されているとも言えます。

政治と文化の組み合わせがうまくいかなくなったこと。

考証や文化特性の軽視。

幸か不幸か、馬琴と北斎は2024年公開映画『八犬伝』の主役コンビでもあります。

劇中時の年齢設定を差し引くとしましても、あの作品と比べてみると、本作はかなり劣るというのが偽りのない気持ちです。

この映画の原作者は山田風太郎です。奇想の持ち主とされるものの、改めて彼には良識があったということも思い出しました。

原作でも、映画でも、北斎は『八犬伝』の絵を描いても必ず廃棄します。描いた作品が残されていないからには、そうして歴史改変を避ける工夫がなされているのです。

映画『八犬伝』のレビュー/役所広司さん演じる曲亭馬琴と、内野聖陽さん演じる葛飾北斎。二人の偉大な戯作者と絵師、そのやりとりから目が離せない。大河ドラマ『べらぼう』と合わせて見るとより楽しくなれる作品。
『べらぼう』馬琴と北斎の続きを楽しみてぇなら映画『八犬伝』を見るしかねぇな

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はい、ここで八枚目の「歌川」だ〜。

赤穂事件(赤穂浪士討ち入り)

『忠臣蔵十一段目夜討之図』歌川国芳・作/wikipediaより引用

待たせたな! 歌川国芳だ!

最近では猫絵おじさんとして有名になっているようだ。武者絵の達人である。

この絵を覚えておいて欲しい。西洋画法がバッチリ使われておるじゃろ。

 

千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ

前述した通り、北斎と馬琴は荒くなった制作体制が生み出した失敗といえる。この問題点は作品の出来まで侵食し出しました。

ていが『韓非子』を引用したことを覚えておられますか。

千丈(センジョウ)の堤(つつみ)も螻蟻(ロウギ)の穴を以て潰(つい)ゆ。

立派な堤も、蟻の穴から崩れることもある。

まさか『べらぼう』がそうなるとはこちらも予想だにできなかったことですね。この場合の蟻穴は、考証よりもノリと身内意識を重視した製作者の悪ノリです。

結果、蔦重の業績でも最も重要であったといえる、浮世絵関連の考証が崩れてしまいました。

まず、歌麿の美人大首絵。製作過程に本作品独自設定が反映されているのは、仕方のないこととはいえます。

歌麿が抱く蔦重への恋心を絵にしたというのは、ありといえばありです。森下先生は「歌麿の絵には女性の心情が含まれている」と聞き、練っていったそうです。

ここまでは私も理解できます。確かに歌麿の絵には、他の美人画にはない恋心が宿っているのはそう。そこが可憐です。

問題はそこから先!

歌麿の絵の特徴を際立たせるには、ライバルの美人画も必要だったのではないでしょうか。

清艶でスラリとした体型が際立つ。そんな鳥居清長や、ラグジュアリー路線の鳥文斎栄之と競って欲しかった。鳥居清長は美人画の定番ですから。

特に鳥文斎栄之は再評価枠の一人ですので、実に惜しまれることです。

鳥居清長鳥文斎栄之は、蔦重歌麿路線に対して西村屋がぶつけてきた絵師でもある。

売れ筋ばかり考えていて邪念がある西与を、純愛で結ばれた蔦重歌麿カップルが打ち破るのだって、ブロマンスとしてはありだと思うんですね。

鳥居清長『美南見十二候 三月 御殿山の花見』

鳥居清長『美南見十二候 三月 御殿山の花見』/wikipediaより引用

鳥文斎栄之『青楼美人六花仙』「扇屋花扇」

鳥文斎栄之『青楼美人六花仙』「扇屋花扇」/wikipediaより引用

そして前述もしましたが、史実を見ていくと蔦重歌麿コンビが痛快なまでにやらかすのが、判じ絵攻防です。

名前がわかる実在の美人画を幕府が禁止すると、絵の中に描かれたモチーフで特定できるようにしてすり抜ける攻防です。

定信への抵抗としても、浮世絵の歴史としても、ここを省くのはちょっとないのではないか。

判じ絵は江戸時代の知恵の面白さの象徴です。大河ドラマ館でも特設展示がありましたからね。

どうしてそこを省くのか?

ペース配分を間違えていないかと首を捻ったものです。

ただ、それでもここまでは踏みとどまっていたともいえる。取捨選択の結果と思えなくもない。

歌川重宣『江戸名所はんじもの』

歌川重宣『江戸名所はんじもの』/wikipediaより引用

はい、九枚目の「歌川」だぞ!

板額御前

月岡芳年『板額御前』/wikipediaより引用

国芳の弟子である月岡芳年作。弓の名手である板額御前だ。あの『鎌倉殿の13人』で活躍していた巴御前と並ぶ女武者である。

この絵には際立った特徴がある。さて、どこだろう? 考えてみてくれ。答え合わせはあとで。

 

鹿を指して馬と為す

鹿を指して馬と為(な)す――。

これまたていなら知っているであろう『史記』の引用です。まさかこれと同じ気分を『べらぼう』を見ていて味わうこととなるとはね!

44話以降、写楽パートともいえる最終章が、見ていて愕然とするするほどの考証ミスの連発がありました。

まず、平賀源内の蘭画。あの絵そのものが有名なうえに誤解が広まっていて、取扱注意です。

平賀源内『西洋夫人図』

平賀源内『西洋夫人図』/wikipediaより引用

確かに有名ではある。ただし、源内が描いたかどうか要注意です。

そしてこの絵の目にご注目ください。ハイライトが入れられております。

この絵が大々的に出てきて(蔦重はどこで入手したんでしょうね? 浮世絵は版画だから入手しやすいとはいえ、これは肉筆画でしょうに)、この蘭画を取り入れて写楽にするという展開になります。

ここが浮世絵に喧嘩を売っているとしか思えないほど、酷い展開でした。

浮世絵とは、中国画や西洋画から技術を取り込むことで進化してゆきます。ただ、そうはいってもジャンルと、絵師ごとにその取り入れ方は異なります。

人物画における西洋画法についていえば勝川派が、画面に複数名人物画いる武者絵に西洋画法を取り入れたともされております。

そういう工夫を、絵師が本業でもない平賀源内がかっさらったように思えるのです。勝川派をそれなりに丁寧に描いておいて、どういうことですか?

まあ、当時は自分の葛飾派を立ち上げていない、春朗が遠近法の説明をしたからよいとでも?

いや、それもどうでしょう。この説明だって、オノマトペまみれでわけがわかりませんでしたから。

それがどういうわけか、感想を巡ってみると「そっか、遠近法だね!『神奈川沖浪裏』もあるもんね!」とかなんとか言われていて、私はなんともいえない気持ちになりました。まさに「鹿を指して馬と為す」。

風景画と人物画ではまた別物でしょう。

要するに、短縮法になるわけです。

西洋画を明確に取り入れた浮世絵人物画はあるのか?

はい、ここで歌川派の出番です。

武者絵を得意とし、好奇心旺盛で意欲に満ちた歌川国芳は、葛飾北斎に私淑しておりました。彼の自慢は、膨大な西洋画コレクションだったとか。

そんな国芳はもっと大胆に寄せてきます。

国芳の無茶ぶりも入った作品例をあげましょう。

『唐土二十四孝(文化遺産オンライン)』です。中国の故事を西洋画に引き寄せて描くという、いくらなんでも強引すぎる作品です。

このあたりの国芳を知っていると、「写楽のどこが蘭画風でぇ!」と毒づきたくなったものでして。

国芳の果敢な挑戦はなおも続きます。

もうちょっと、うまく東洋画題材とハイブリッドできないか?その挑戦が『誠忠義士肖像』です。

歌川国芳『誠忠義士肖像』/wikipediaより引用

歌川国芳『誠忠義士肖像』/wikipediaより引用

目に入れたハイライト。大胆な短縮法。この作品は現在再評価されているもののひとつ。浮世絵を超えた斬新さがあり、実に格好いい。

しかし、当時は当たらず打ち切りとなり、国芳は大いに荒れたとのこと。

なぜこれが売れなかったのか!

写楽については「ま、豊国の方がいいもんな」と実物を見て比較した上で私は思いますが、国芳の本作については悔しさを覚えてしまいます。

さて、そんな師匠の仇討ちを成し遂げたとされるのが、国芳の弟子である月岡芳年『魁題百撰相』です。

江戸から明治へ移る激動の中、政治的な事情もあり65作目で途絶えてしまったようです。それでも高く評価された作品です。

『魁題百撰相 謎解き浮世絵叢書』

『魁題百撰相 謎解き浮世絵叢書』(→amazon

この歌川師弟による『誠忠義士肖像』と『魁題百撰相』には、伝平賀源内作の画と共通点があります。

目にハイライトが入っていることです。

浮世絵は黒目にハイライトは入れないことが一般的。あえてそれをすることで、絵師の果敢な挑戦が伺えます。

さて、ここで思い出してください。

東洲斎写楽の絵の目には、ハイライトがあるか?

ありません。

それ以外にも、蘭画と思える箇所はない。要するに、劇中の蘭画に関する説明は、一から十まで間違っているのです。

どうして風景画と人物画を混同しながら、腑に落ちているんだろう?

人間とはこうして騙されていくのか。ここのくだりはそう思ったものです。

後日、読売新聞に考証担当者の記事がありました。

やはり写楽は蘭画とは無関係とのこと。この記事を読んで安堵するとともに、どうしてあんな嘘八百をやらかしたのかと不思議に思ったものです。

さらにショックを受けたといえば、この無茶苦茶な説明に突っ込む意見があまりに少なかったこと。

日本の宝である浮世絵に対する思いが、結局はその程度なのか。

ここでさきほどの「歌川」答え合わせじゃ!

あの板額御前の顔には西洋画技法が取り入れてある。

浮世絵美人画定番を思い出して欲しい。凹凸があまりない顔。すっと通った鼻筋。瓜実顔であろう。

ところがこの顔は凹凸のある顔、くっきりとした鼻筋、豊かな頬が特徴的だ。

首から下は伝統的な武者絵で、顔には西洋画法を取り入れる。円熟期を迎えた芳年の力量が存分に発揮された一枚である。

そしてここで十枚目の「歌川」じゃ。

歌川国芳『みかけハこハゐが とんだいゝ人だ』

歌川国芳『みかけハこハゐが とんだいゝ人だ』/wikipediaより引用

国芳作『みかけハこハゐが とんだいゝ人だ』。

国芳は西洋画コレクションが自慢じゃ。これもアルチンボルドから影響を受けた可能性がなきにしもあらず。

そういう国芳を知っていると、あんな雑な蘭画云々をされても、バカにしてんのかと火鉢をひっくり返したくなるのよな。ま、幸か不幸か、うちに火鉢はないのじゃが。

 

絵師のこだわりを理解しない主人公たち

考証ミスがプロットを台無しにする弊害はまだまだ続き、ドラマそのものを侵食してゆきます。

歌麿が下絵だけを描いた『歌撰恋之部』を、蔦重とていが出版する展開がありました。

43回では歌麿はそれを破り捨てたものの、44話でていが説得すると、一転して喜ぶという流れとなりました。

43回までならば、理解できます。

しかし44回以降の流れは、浮世絵を舐めるなと言いたい。

くどいようですが、絵師は下絵を描いて終わりではありません。

彫師や色などなど、打ち合わせた上で仕上げてゆきます。そういう製作過程の軽視としか思えません。

蔦重が綿密な打ち合わせをするなり、ていが職人リストでも持ち出すなり、そうしたフォローがあれば腑に落ちます。

しかし蔦重はただはしゃいでヘラヘラしていただけに思えるのです。説得力があまりにない。

この浮世絵製作過程に無頓着な主役というのは、43回までは欠点として描かれていました。それが44話以降は投げっぱなし。

絵師に描かせたものをモンタージュにする「プロジェクト写楽」もどうしたものでしょうね。

浮世絵師たちは気の強い江戸っ子ですので、そう簡単にいくわけがないと思います。あれだけ盛り上げておいて、第二期以降失敗したからあっさり終わりにするのも、絵師のプライドが全く感じられません。

打ち切りにあえば絵師はプライドが傷つくもの。

実際の斎藤十郎兵衛は、ゴリ押しデビューさせられたにも関わらず売れず、どんどん紙質を落とされ、依頼内容も迷走していく。

そうして心身ともに蔦重に擦り潰され、写楽という絵師は短命のうちに消えたのです。『写楽のスマホ』の方が史実に近いですね。

これは写楽が悪いというよりも、蔦重のセンスがない。そこを歌麿も強く批判している。

蔦重と歌麿の決裂決定打は写楽です。

それを劇中の「写楽プロジェクト」は、そんな悪徳プロデューサー蔦重の失敗を、松平定信まで愚劣にした挙句、盛大にごまかしました。

まさに歴史修正。歴史と文化とクリエイターに対して喧嘩を売っているような卑怯極まりないものなんですよ。こんなプロットを通す神経が信じられない。

この蔦重が今生きていたら、きっとこう宣言してますね。

「時代はAIだ! うちのクリエイターたちも、もう金輪際いらねえや!」

そんな下劣さまで世相と一致させられてもね。

このドラマを絶賛する意見を見ていると、クリエイターや文化を応援しているからというものが実に多い。どうだろう、まぁ。応援の皮を被った制作者の自己愛の発露に思えますけどね。「プロジェクト写楽」を見てもそう思えるなら、人が良すぎませんかい?

浮世絵という日本の宝を、製作チームのおもちゃにされたようで、本当に不愉快極まりないものがあります。

十一枚目の「歌川」いってみよ!

猫の歴史

歌川国芳『猫飼好五十三疋』/wikipediaより引用

国芳の猫絵はみんなきっと大好きであろ?

『猫飼好五十三疋』は、『べらぼう』でお馴染み「地口」が炸裂しておるぞ。

 

ニーズを理解せず、エコーチェンバーで盛り上がる主人公たち

「プロジェクト写楽」についていえば、全てが罵詈雑言になる自覚はあります。

まず、ともかくノリが気持ち悪い。売れるわけのないものをドヤ顔で作り続けるあたりも腹立たしい。

たまたま立ち寄った居酒屋で、おっさん団体客がセクハラ全開で女性店員に絡み出すのを見てしまったような不快感があったものです。

まず、欠点を強調することを面白がるセンスが最低ですね。

現代を生きる私たちが、往年のコント番組を見るとショックを受けることがあります。

一例として、相手の容姿を茶化したり、馬鹿にしたりすることで、笑いをとること。

「お前んとこの女房、ブスだよなぁ〜」

「むふふ、ボインちゃんだねぇ〜」

「このハゲー!」

こういうノリを見ていると薄寒く、こんな連中と関わりたくない、今を生きていて良かったとしみじみ思えるもの。

「プロジェクト写楽」って、要するにそういうことでしたね。

役者が血相を変えるほど不快な欠点を強調し、相手が怒るとヘラヘラ面白がるって、いつの時代の悪ノリなんでしょう?

史実の蔦重は、リアル重視が当たると狙って外したのでしょう。

劇中のセンスもそうであるようで、蘭画だの言い出すわ、怒る役者を見てウケるわ、迷走していて全くもって意味がわからない。

おまけにそのプロットのせいで、蔦重周りが最低最悪のおっさん集団に思えて本当に気持ち悪くなりました。

記憶ごと焼き消したいほどのハラスメント集団。それが「プロジェクト写楽」ですね。ノリが寛政でなく、昭和後期から平成前期あたりなんですよ。

十二枚目の「歌川」だ。

落合芳幾『真写月華之姿絵』

落合芳幾『真写月華之姿絵』/wikipediaより引用

落合芳幾。国芳の弟子のうちで成功した部類に入るも、幕末明治絵師らしく埋没気味であった再評価枠。

彼の絵を見たことのない日本人はむしろ少ないと思う。署名がないので特定できないのだが、安政の大地震を描いた絵で芳幾はブレイクした。あの絵は日本史教材としておなじみじゃからの。

このシルエットを用いた絵も実に味がある。当たらなかったようだけれども、国芳の弟子らしいチャレンジ精神が実によいではないか!

 

ジェンダー面でも『光る君へ』に及ばない

吉原が舞台であることから、ジェンダー面で疑問視がつきまとっていた『べらぼう』。

ジェンダー面からみてどうか?

文化大河としての出来という点では、『光る君へ』に及ばないのではないか。そう指摘しました。

これはジェンダー観点から見てもあてはまることを後半証明してきました。

前半はよかった。忘八の中にいるりつは、特に考え抜かれた秀逸なキャラクターだったと思います。ふじ、いね、ふく、そして忘れちゃいけない瀬川もよいものでした。

前半は吉原舞台ということもあり、この面で絶対に失敗できないという緊迫感もあったのでしょう。

しかし、後半の女性像を代表するていが弱い。そのせいで、ジェンダー面が台無しになった感すらあります。

ていは途中までは素晴らしい。大河ドラマにおける橋本愛さんが扮したキャラクターの中でも、際立って秀逸に思えたものです。

しかし、43話での死産以降は台無しになったと思えます。

ていの人物像として、地本問屋の一人娘であるということが重要でした。

彼女の書物好きを理解し、眼鏡を買い与えてくれた父。そんな父から受け継いだ店を残し、書物の魅力を広めたい。そんな願いがあったものです。

店はもともとは己のものであり、婿入りした蔦重がそれを台無しにしないかという懸念もありました。

そのため、時に夫に対して諫言も辞さない強さもあったものです。

柴野栗山と朱子学問答を繰り広げ、白洲にいる夫を平手打ちにする場面は素晴らしいものでした。

そんな43話までの彼女と、44話からは別人のよう。

あれほど父から引き継いだ店を大事に思っていたてい。

これに関しては、思えば蔦重がていのものでなく、自分の暖簾を掲げても揉めていないあたりで、おかしかったとは思いますが……。

ともかく、かつては夫に反論することもあった。

それが店の破滅につながりかねず、奉公人まで危険に晒すようなことを夫がやらかしても、何の反論もなくうなずくばかり。この態度には、奉公人のたかですら呆れたほどでしたね。

44話からのていは、結局のところ寛政の江戸地女ではなく、昭和平成の腐女子になったのだと私には思えました。

44話以降は、推しカプである蔦重と歌麿がくっつく様子を見守ることしか考えていないように思えます。

そうやって生身の推しを推すことには邁進する一方、空気を読むのはともかくうまくて、うなずき人形のようにしているだけ。

会社では空気を読んで大人しく振る舞い、帰宅後、推しカプの同人誌を読んで楽しむ。そういう女性像に思えたのです。

蔦重が投げっぱなしにした耕書堂の経営も、彼女が黙ってフォローしていたことがしばしばありましたね。

江戸の地女ならば、そういうとき夫を罵倒してもよいのですよ。

でも、昭和平成のできる女だったら、そんなことはできなかったのですかね。

そういう女性像を追い求めることそのものは否定しませんが、どうしてそれを大河ドラマでやりますか?

ていが寛政女性として物足りない点はまだあります。

ていは漢籍を読みこなしている。暗唱できる箇所もあれば、陶朱公のことも知っている。そうして知識をストックすることだけは長けていて、テストがあればよい点数を取れるタイプ。

しかしその知識を吟味し、噛み締め、理解することはあまり向いていないとみた。

儒教、特に『女大学』が生まれた江戸時代ともなれば、男尊女卑が強いもの。

漢籍を読めば読むほど、当時の女性は自分たちは劣っていて、貶められて当然だと感じてしまう。学ぶことで解放されるどころか、自己否定してしまいかねない。そんなジレンマに陥ります。

この時代を代表する只野真葛がその典型例です。大河ドラマに出てきた女性では『八重の桜』の八重。『青天を衝け』の千代も、そうした悩みを抱いたとされます。

しかし、ていはどうにもそういう悩みが出てこない。

これは森下先生が漢籍が得意でないと公式サイトで語っていたので、理解が表層的なまでに止まってしまったということなのでしょう。

そしてこれが日本の歴史劇やフェミニズムの限界でもあります。

同じ儒教圏の韓国や中国のジェンダーを扱う作品では、儒教批判に立脚した展開が定番です。

しかし、日本の場合はこの土台の時点ですでに弱い。西洋のフェミニズムを取り入れて展開するものの、どうにも脆いところがあると思えます。

『光る君へ』はその克服に挑んでいたことがわかります。スタッフは韓流や華流ドラマを意識していることが伝わってきたものです。

まひろが男ならば良かったと嘆いていた父・為時。史実準拠でもあります。

それが劇中では、まひろが女でよかったと、彼女の人生を全肯定する場面があります。

ドラマならではの脚色でしょう。しかし、あの場面はなまじ漢籍に浸かっているだけに、自虐的になりかねないまひろを救った大きな意味がありました。

まひろだけでなく、視聴者も救う意義を感じたものです。

そういうジェンダーとして痛快な展開があったかというと、どうだろう、まぁ……吉原がらみは合格点としても、全体的に見ると及第点に及んでいないと評せざるを得ないのです。

ともかくこれについてもセンスが古い。『虎に翼』チームが大河を作るまで待つしかありませんかね。

十三枚目の「歌川」じゃ。

月岡芳年『月百姿 石山月』

月岡芳年『月百姿 石山月』/wikipediaより引用

月岡芳年『月百姿』より「石山月」。

月明かりの下、『源氏物語』の執筆を始める。紫式部の石山寺伝説を描いたもの。『光る君へ』の月光表現も美しかったものよのう。

 

歴史よりもサブカルを重んじる弊害

さて、そろそろそんな欠点の根元に迫ろうかと思います。

寛政というよりも昭和平成、吉川弘文館というよりもヴィレッジヴァンガード――これが結局のところ『べらぼう』のノリだったのだと思います。

要はサブカルに溺れた。私はそう分析します。

前半は抑制できていました。

吉原を扱うからには、慎重にならざるを得ない。そんな緊張感があった。

田沼政治とも噛み合う。田沼意次は悪評を払拭せねばならないし、演じるのは大河ドラマレジェンド級の渡辺謙さんです。手抜きは許されなかった。

しかし後半になると、日本橋に出て商売の規模が大きくなったはずなのに、むしろせせこましくなっていった気がしないでもない。

それでも、ふくと新之助が斃れる天明年間はまだ蔦重も世の中を見る目があったと申しましょうか。百万都市江戸を相手にしている気概はあったと思えます。

それがだんだんと、スケール感がみみっちくなり、内輪のノリが深まってゆきました。

その大きな要因が、蔦重と歌麿の関係性のように思えます。

ブロマンス要素の是非はさておき、歌麿はもっと他の版元はじめとする交友関係はありました。それがどうにも狭まってゆく。

百万都市江戸を相手に勝負するというよりも、大手カップリング担当者の同人サークルノリになってしまったような気がします。

「カップリングとしては最大手!」とか主張されても、そんなの一般人は知らんから。

てい周りは大手同人サークル。

蔦重周りは平成サブカルギョーカイ人ですかね。

世相と一致すると話題になった『べらぼう』。内輪ノリのせいで内部崩壊を起こしていた2025年テレビ業界とまで一致せずともよかったのではないでしょうか。

終盤のこのドラマのノリは、まさしくサブカルとオタクのノリ。

実際の蔦重も、曲亭馬琴曰く、知識があまり深くなかったとか。それはさておき、劇中の蔦重もそうだったとは思います。しかもそこに平成のサブカル要素を振りかけているからたちが悪い。

文化そのものよりも、そんな文化に乗っかる自分が大好き。

流行り物に乗っかっているくせに、そうではない一癖あるものを推しているという壮大な勘違い、そしてそんな己のセンスに陶酔している。

あらゆる事態に対し常に「書を以て世を耕す」だけで乗り切ろうとする。この言葉だって平賀源内が考えたものでしたね。

物事の理解が浅いくせに、自分のセンスを周囲にしつこく押し付ける。

『ポプピピテック』の世界観なら、真っ先に討伐へ向かう、そんな薄寒さ全開でした。

なんで江戸っ子でなく、サブカルの嫌なところを煮詰めたようなキャラクターになっているんですかね? 江戸文化に喧嘩売ってますか?

サブカルのノリでは、冷笑的で、逆張りであることがかっこいいとなっている。知識をひけらかしつつ、「他とは違う個性的な自分」に酔いしれてエコーチェンバーで泳ぎ回ることが正しいと思っている。

でもそんなのお仲間から一歩出れば、未熟で愚か、幼稚なノリなんですよ。

そんなものをよりにもよって、公共放送の大河ドラマでやってどうするんでしょう。まさか『どうする家康』の二年後、あれと同じ思いを抱くとは思いもよらないことでした。

ちょっとサブカルへの怒りが募ることポプ子の如しなので、十四枚目の「歌川」でも。

藤原公任(月岡芳年『月百姿』)/wikipediaより引用

月岡芳年『月百姿』より藤原公任。公任の絵は大変珍しいためか、彼の伝記小町谷照彦『藤原公任 天下無双の歌人』も表紙を飾っている。『光る君へ』を思い出すのう。

衣装の部分には「正面摺」が用いられており、大変美しい。展示機会も比較的多い作品なので、是非とも見ていただきたいものじゃ。

ついでに十五枚目の「歌川」。

月岡芳年『月百姿 原野月 保昌』

月岡芳年『月百姿 原野月 保昌』/wikipediaより引用

『月百姿』から「保昌」。和泉式部の夫である藤原保昌が笛を吹いておるところを、盗賊が狙う場面。

そして十六枚目の「歌川」。

月岡芳年『月百姿 世尊寺の月 少将義孝』

月岡芳年『月百姿 世尊寺の月 少将義孝』/wikipediaより引用

『月百姿』から「少将義孝」。あの日本の書聖・藤原行成の、夭折した父である。

十八枚目の「歌川」。

月岡芳年『月百姿 花山寺の月』

月岡芳年『月百姿 花山寺の月』/wikipediaより引用

『月百姿』から。「花山寺の月」。花山天皇の出家である。

このように『光る君へ』と関係のある作品が多数あるということだ。

そのためか昨年この絵を目にした記憶がある方もおられるであろうのう。

 

これのどこが江戸っ子なのか?

この薄寒いサブカル内輪ノリ全開なのが、あのくだらないラストです。

「屁!屁……」と踊っているわけですが、死にかけの病人の周りですることでしょうか? いくらなんでも非常識では?

蔦重はサブカル野郎で江戸っ子じゃない。思えばそういう要素は随所にありました。

江戸時代は不惑(四十歳)を過ぎれば「翁」と呼ばれてもおかしくない。しかし、蔦重はいつまでも若者のノリでしたね。

出世して名を上げたらば、悪ノリばかりで生きていないで、周りに人情や仁義ってものを見せてこそ江戸っ子です。

何かの行事や慶事があったら、餅やら酒やら金子やら、近所に配布するような気遣いですね。

蔦重は自分の売り物宣伝には熱心でしたが、そういう気遣いが終盤にまでありましたか?

翁と呼ばれて店を構えるとなれば、後進育成もすべきでしょう。

劇中の描写だと、ていやみの吉に投げっぱなしで、ここが大変江戸っ子らしくないんですな。

江戸っ子の強みは面倒見のよさなのに、蔦重は結局自分と悪ノリ仲間が可愛いだけなんですよ。

おまけに明日の錦絵を背負って立つことになる西村屋には塩対応。

若者に嫉妬するおじさんって『どうする家康』最終盤の家康といい、本当に見てられない。

こんな刹那的で「金だけ・今だけ・自分だけ」をやらかす、イーロン・マスクじみた浅ましい主人公を見せられてもどうすればよいのやら?

いつまでも俺らはふざけてる! 楽しい!

うるせえんだよ!

そうやってあなた方が踊り狂う足元で踏み潰される相手のことを考えたことがありますか?

ないと思いますね。毒饅頭騒動で日本橋を巻き込んで迷惑かけたこともさして反省していないくらいですから。

源内にせよ、新之助にせよ、田沼意次にせよ、そして瀬川にせよ、あの堕落し切ったサブカル野郎蔦重を見て、どう思うのやら。

吉原待遇云々も終盤はただのアリバイでしたね。

あれで盛り上がっている方に酷いことを言うと自覚した上で指摘しますが、後半の蔦重って性格が相当悪いですよ。

最終回でいかにも自分たちが最高で、別れて寂しいだろうと言いたげなノリを見せつけてきましたが、私としては三舎は避けたい手合いです。

下手に顔を合わせたら、サブカル野郎を目にしたポプ子になっちまうかもしれねぇや。

まだまだサブカルへの怒りが募ることポプ子の如しなので、十九枚目の「歌川」でも。

月岡芳年『月百姿 山城小栗栖月』

月岡芳年『月百姿 山城小栗栖月』/wikipediaより引用

月岡芳年『月百姿』より「山城小栗晒月」。

左手には悄然とした、敗走する明智光秀の姿が見えておるのう。手前にいる竹槍を手にした男が、光秀を討ち取ることも伝わってくる。『麒麟がくる』最終回補完になるのう。

 

『麒麟』と『べらぼう』、どうして差がついたのか?

さて、そろそろ罵詈雑言から先に進みましょう。

ここでやっと失敗の本質が見えてくる。

本作は『麒麟がくる』と同じチームです。

あの作品は池端俊策先生の作風を重視していて、時にセオリーや考証から外れることもありました。

戦国ファンが「明智光秀があんなに平和主義なんてありえない!」と突っ込む声はさんざん耳にしました。

駒への罵倒も酷いものがありました。

光秀と信長の閉じた関係を重視しすぎたという指摘も、妥当だとは思います。

最終回で光秀の敗走が描かれないことも批判対象でしたね。

出演者も疑念があったそうです。前半は光秀が黙っている場面が多いのではないかと、長谷川博己さんが池端先生に申し出たとか。それでも耐えるように返されたそうです。

池端先生は頑固に己を貫き、綺麗に仕上げてきました。

思えば池端先生には思想なり哲学があった。

何かと言われてきた駒がその象徴でした。

人物紹介が「戦災孤児」だった彼女は、初回で『麒麟がくる』というタイトルを台詞の中で語ります。駒こそ作品を貫いていた「戦争のない太平の世を作る」という理想の指標でした。

池端先生が幼い頃は、まだ戦争の気配が残る時代でした。そんな時代を知ればこそ、太平の世を目指すことを終着点とする理想があったのだとわかります。

『麒麟がくる』のラストシーンは、死したはずの光秀が馬で駆け抜ける場面でした。あれは彼自身の生存説というよりも、戦なき世を目指す願いの普遍性を体現しているようだと思えたものです。

『光る君へ』の場合、制作チーム側に貫きたい思いがあり、それを実現させるためこその大石静先生の起用に思えたものです。

大石先生は良妻賢母を是とする時代に生き、そんな時代の象徴ともいえる『功名が辻』を手がけてもいます。

だからこそ敢えて、朝ドラ『スカーレット』に続けて、愛する人との愛よりも創作を選ぶ女性を描かせようとしたのではないかと私には思えるのです。

良妻賢母だけではない女性の生き方を貫く。そんな思いは背骨のようにあの作品には一本通っていました。

そういう背骨が『べらぼう』にはない。

いや、あるといえばある。でもその中身があまりに恥ずかしい。

あのラストシーンの屁踊りにせよ。その前の饅頭こわいにせよ。蔦重は終始舐め腐ったふざけた態度を取り続けました。

そういう斜に構えた逆張りを続けてもみんな認めてくれる。それが理想だ! 後のことなんざ知ったこっちゃねえ!

そういう逆張り・冷笑・無責任ムーブをガツンと貫きたい気持ちは伝わってきましたけどね。

だからそれって、大河ドラマで主張すべき内容だと思いますか?

いや、むろん反論はありますよね。

「書を以て世を耕す」ってヤツ。でも、言うほど耕してましたかね?

もう私には「ウォッシング」にしか思えません。大義名分を掲げておけば、世の中に貢献したように錯覚できるってヤツ。

話を『麒麟がくる』との比較にまで戻しまして。

同じチームだけに、脚本家の方向性に任せたことが、『麒麟がくる』の魅力であり、『べらぼう』の失敗であったと私は思います。

写楽複数人説は、春ごろ決まっていたそうです。

その時点で「先生のアイデアは面白い。しかし……」と止めていたら、ここまで考証が歪まなかったと思います。

誰か指摘できなかったのでしょうか。

そもそも、写楽は斎藤十郎兵衛以外もはやありえないこと。

そんな写楽の正体で引っ張ることはとてつもなく古臭く、くだらないこと。

写楽に完全勝利を収めた歌川豊国とその歌川派こそが、再評価絵師が多いということを。

『麒麟がくる』の池端先生は大ベテランで、大変生真面目な性格の方です。

光秀と彼自身は似ているという。そんな池端先生はいわばチームにとっては「引率の先生」です。堕落しきらないし、時間通り生徒を目的地に送り届ける責任感があった。

しかし『べらぼう』の場合、歯止めが効かなかった。馴れ合いになった。チームのノリが、昭和平成大学生サークルのノリになった。ここには止める引率教員はいない。

結果として、合宿での馬鹿騒ぎのようになって終わってしまった。

その堕落のせいで『麒麟がくる』にはあった大金星を、本作は逃しました。

それは古臭く、メディアが金儲けのためにでっちあげた日本史陰謀論、陳腐な歴史ミステリとの訣別です。

『麒麟がくる』が本能寺黒幕説を否定したからには、今回も写楽の正体なんてくだらないことを見どころにするとは全く思わなかったことでしたよ。

ついでに言っておきますが、『逆賊の幕臣』に徳川埋蔵金に関する描写を期待しないでください。

あれもマスコミがでっちあげた歴史陰謀論です。「小栗といえば埋蔵金」ではない。「小栗といえば横須賀製鉄所」に上書きしてゆきましょう。

大金星を逸したといえば、『光る君へ』と対比してもそうなります。

前述したように、あのドラマは紫式部本人の人生からの逸脱は多い。

しかし武士となる双寿丸を描き、その姿をまひろが目撃することで、武士の世の到来へつなげました。

『べらぼう』はその逆。

一橋治済とその子である徳川家斉が幕政崩壊の契機となったと聞いても、大抵の人はピンと来なかったと思います。

松平定信・徳川家斉・一橋治済の肖像画
一橋治済が将軍家斉の父で幕政に悪影響はなかったのか?いいえ幕府崩壊の始まりです

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家斉は「覚える必要が薄い将軍」枠。

その父である治済は将軍の父とはいえ御三卿当主であり、所領もなく、幕閣にも入らない。

それがどっこいそうではないと示したことは『べらぼう』の功績といえる。

それなのに、くだらない替え玉説を使ったことで、歴史のリンクをぶつ切りにしました。

リンクを切ったといえば、ロシア政策ではなく恋川春町のことを悔やんでいた松平定信も酷い。

これがどれだけ酷いことか。再来年の『逆賊の幕臣』において、アメリカから帰国したばかりの小栗忠順は、対馬におけるロシア対応に直面することになります。

そうなったら前述したように、

私たち日本人は、アメリカばかりが幕末の脅威と思いがちだ。しかし、本作ではロシアを描く。そこがこれまでの大河ドラマにはなかった、『逆賊の幕臣』の斬新なところだ。

とかなんとか言い出すんでしょうねえ。ハァ〜、虚しい。

ここで『麒麟がくる』つながりである二十枚目の「歌川」じゃ。

月岡芳年『芳年武者牙類:弾正忠松永久秀』

月岡芳年『芳年武者牙類:弾正忠松永久秀』/wikipediaより引用

月岡芳年『芳年武者无類』より「松永久秀」。

久秀には肖像画があるにもかかわらず、書籍でもしばしば用いられるほどの作品じゃ。

天野忠幸先生『松永久秀と下剋上』表紙がその一例であるのう。

天野忠幸『松永久秀と下剋上(中世から近世へ)』

天野忠幸『松永久秀と下剋上(中世から近世へ)』/amazonより引用

それはなぜか?

絵から迸るのは久秀最期の無念である。

『麒麟がくる』では久秀の最期にもこの情念があった。

浮世絵が我々の時代劇認識にどれほど影響を与えてきたか。ここまでくれば理解できてきたのではなかろうか?

 

『べらぼう』は神殿を踏み潰した

長い前置きになりましたが、ここからが本番です。

私が『べらぼう』について最もゆるせないこと。

それは歌川豊国を出さなかったことです。

歌川豊国の肖像画

歌川豊国像(歌川国貞作)/wikipediaより引用

彼の弟子には歌川国芳がいます。武者絵の達人です。

確かに、同時代の葛飾北斎や歌川広重と比較すると知名度は劣ります。

しかし、彼とその弟子である月岡芳年は、こと時代劇表現にとっては大先輩にあたります。

思えば『べらぼう』では、武者絵はろくな扱いを受けておりませんでした。

まぁさんこと朋誠堂喜三二が、すっかり野郎だらけでむさ苦しくなったと嘆いていたジャンルこそ、武者絵なのですね。

こういうところが『べらぼう』のセンスの、個人的に腹立たしく不愉快なところではありましたね。

文武奨励を貶すあまり、武者絵はむさ苦しいと言うわ、馬琴の『南総里見八犬伝』への道筋もろくにやらないわ。

それがどう言うことなのか?というと、エンタメの話をする時、やたらとパンチララブコメ漫画についてばかり語られるようなものだと思ってください。

まぁさんは悪い人じゃないといえばそう。

でも現代にいたら、SNSで二次元エロ画像だの、グラドルの水着画像をやたらとリポストしているおっさんみたいなタイプですよね。

私は女子高生の下着が股に食い込むことがエロいなんて話、正直目にも入れたくないですよ。でもこういうおっさんは、若者に親しみを示すためだと勘違いしてやらかすんだよな。

そういう悪人ではないけれど、決して好きにもなれないタイプ。エロネタを話すことが「やんちゃ」だと思っている痛々しさですね。

ま、私怨はこのへんでやめておきましょう。話を武者絵に戻します。

武者絵は『べらぼう』の時系列当時は勝川派が手掛けていて、本格的なブレイク、大手ジャンルとして確立したのは歌川国芳というわけです。

だったら『べらぼう』で扱わなくていいって?

ま、それはそうですが、問題はこれが大河ドラマ枠ってことですよ。

ここで『鎌倉殿の13人』つながりである二十一枚目の「歌川」でも。

月岡芳年『芳年武者无類』「畠山重忠」/wikipediaより引用)

月岡芳年『芳年武者无類』より「畠山重忠」。

重忠は武者絵の題材としても人気があったものじゃ。しかし、死を目の前にしたこの作品こそが、最も劇的で有名かもしれぬのぅ。

絵からは理不尽な追い詰められ方をし、絶望する思いが伝わってくる。『鎌倉殿の13人』での彼の最期を連想し、思わず涙ぐんでしまった人もいるのではないか?

歴史を描くとは、そういうことなのだ。

二十二枚目の「歌川」も『鎌倉殿の13人』つながりじゃぞ。

月岡芳年『月百姿 山木館の月 景廉』

月岡芳年『月百姿』「山木館の月 景廉」/wikipediaより引用

『月百姿』より「山木館の月 景廉」。北条義時にとって初陣であった山木館襲撃を題材にしておる。

二十三枚めの「歌川」もそうじゃぞ。

月岡芳年『芳年武者无類』より「平相国清盛」。

月岡芳年

月岡芳年『芳年武者无類』「平相国清盛」/wikipediaより引用

歌川国芳は玄冶店に居を構えておりました。そのことから彼の弟子は「玄冶店派(げんやだなは)」と呼ばれます。

『べらぼう』の定信はうっとりとした顔でこう言いましたね。

「書肆(しょしん)は神々の集う神殿」

それを言うなら、玄冶店こそ、神の如き絵師の集う神殿だったんですよ。

「玄冶店で筆を執っていた」といえば、それが何を意味するか、江戸っ子ならピンときた。

いわばそういう神殿を、生まれる前からぶっ潰したのが『べらぼう』なんですよ。

どうしてサブカルなりオタクって、自分の推しは神の如く崇めるよう強制しておいて、他者の崇拝対象は平然と踏んづけるのか?

あっしが言いたいのは、まさにここでさ!

これはそちらが先に始めた戦なんですよ。

平然と、自分たちの都合のために、玄治店を潰したのはお前らが先にしたことなのな。

サブカルだのオタクだの自認するなら、こっちに文句垂れんじゃねえぞ。始めたのは、あくまでそっちだ、「直江状」を送ってきたのはそっちだぞ。

こう書きますと、私が推しを否定されてカッカしている歌川玄冶店強火担に思えますよね。どっこいそう単純な話じゃねえんだな。

 

上方の ぜいろく共が やって来て

今の心情はこれよ。

上方の ぜいろく共が やって来て

東京などと 江戸をなしけり

要するに、西日本からろくでもねえ連中がやってきて、江戸を潰して東京だなんだと言い出したってことよな。

明治の江戸っ子の落首です。

上方出身が悪いわけではない。

本作で一番江戸っ子らしい巻き舌を再現できていたのは上方歌舞伎の至宝・片岡愛之助丈でしたから。

出身地云々でなく、『べらぼう』はデリカシーのない人らが江戸をおもちゃにして遊んだだけに思えます。

九郎助稲荷がスマホで江戸案内をして、現代人に近づこうとした工夫は悪くない。

でも、江戸っ子のノリよりもサブカルを重視したうえに、歌川豊国を出さないというのは一線を超えましたね。

江戸の文化。噺家。歌舞伎役者。刺青師。そういった伝統の継承者は、歌川国芳の画集は所有しているものとされます。

私が観測している範囲ですと、そういう伝統文化系の方は推し絵師として国芳をあげていることが多い。もはや当たり前の感覚です。

歌川派を無視するというのは、江戸文化の基礎となる系列をそうしたということになります。

えらそうに江戸の文化を伝えると大上段から言っておいて、いったい何をしているんですかね?

まさかのまさか、NHKが国芳を知らねえわけがねえんだな。『浮世絵EDO LIFE』常連だからよ。『べらぼう』連動企画最終回には国芳がバッチリ出てきたし。

でもどうにも、あのプロットにゴーサインを出しちまったどこぞの誰かは、知識として知っていても、本質は把握していなかったんじゃねえか?

猫の絵が可愛い。風刺画も手がけた。そういう上っ面じゃねえもっと奥深い意義ってやつをだよ!

知ってて無視したならそれはそれでふてぇ話だが、知らなかったからこそやっちまんたんじゃねえの?

 

江戸っ子アートのラスボス・国芳は隠しダンジョンにいるのか?

私は『べらぼう』最終回放映後、国芳画集を改めてじっくり眺めまして。岩下哲典先生の国芳関連の研究を思い出していまして。江戸の風刺に関する本も読んでおりまして。

それで思ったんですよ。

ふざけ方にせよ、技術にせよ、売れるものを作るセンスにせよ、そして幕府のおちょくり方にせよ、国芳とその仲間たちの方がはるかに高ぇんだなと。

むろん、先人・蔦重あってのことだという意見はあるでしょう。

そういう失敗しても残していく道を繋げたら、要するに歌川豊国を出していたら、そういう言い訳も通りますよ。

でも豊国を出しませんでしたからね。

国芳と比較されたらまずいから消したとか?

結果的に国芳は、私の中では「江戸っ子アートのラスボス」だと証明されましたね。

これは大阪中之島美術館で開催された国芳展のキャッチコピーです。ちょっと軽薄というか、こういうフレーズはあまり好きになれないことが多いのですが、まさか『べらぼう』のおかげでそれがしっくりくるとは思いもよらぬことでした。

サブカルオタクにわかりやすくたとえてみますか。

あの屁踊りのあと、エンディングロールで隠しコマンドを入れると玄冶店ダンジョンに繋がる。

そこには、屁踊りどころじゃねえ、最初のターンでこちらを葬りかねない、そんな最強最凶・国芳という隠しラスボスが出てくるんです。

国芳単体でも異常なまでにえげつないのに、お供として出てくる芳年・芳幾コンビもやたらと強い! しかも芳年は「月岡」形態を倒すと、第二形態の「大蘇」形態になる。これがえらい強い! そういう状況ですな。なんで国芳が隠しボスになっちまってんだよ!

で、問題は、その隠しコマンドを見つけて興奮しているのが、自分だけじゃないかと思えてきたこと。

「やばいよ、玄冶店の国芳やばいって! 倒せない、えげつない!」

そう同じゲームで遊んでいた相手に興奮して話しかけても、全然通じないんだな。

お前らあのゲーム無茶苦茶ハマってて褒めてたじゃん! なんでこっちの話聞かないんだよ。そういう虚しい気分と言いますか……。

そうそう、そんな国芳ですが、2026年京都市京セラ美術館にて、7月18日から9月23日まで展覧会があります。

キャッチコピーは「浮世絵スーパークリエイター」。いいんじゃねえの。スーパーとか、ウルトラとか、ギガンティックとか、アメイジングとか、アストニッシングとか、なんでもつけちまいなよ。国芳師匠はその価値があるお人だよ。

あとここを読んだお前さんらには、隠しダンジョンに繋がるコマンドを教えとくか。

河井克夫先生の『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』を読んでみな。若い頃の国芳師匠が主役だ。葛飾北斎、応為、歌川広重とスター級絵師が続々登場! 三代目蔦重も出てきて初代のことを語ってくれる。

そしてもう一人、『べらぼう』でおなじみのあの人のその後も出てくる。ドラマを楽しんだお前さんらなら、ぜってー楽しめるって!

ここでラスボス感のある二十四枚目の「歌川」でも。

歌川国芳『相馬の古内裏』/wikipediaより引用

国芳作品代表。グッズ化定番。アパレルでも人気。『相馬の古内裏』。「がしゃどくろ」のモデルとも。どうでぇ、このラスボス感はよ!

この絵は山東京伝の黄表紙が元でもある。

さんざん書いてきましたがね。国芳とその弟子を無視! だって豊国いねえんだもん。弟子も孫弟子も滅びてるだろ?

このことが大河ドラマとしては恥ずかしい。

国芳の武者絵は、歴史劇を切り取って視覚情報として魅力的に表現する。その祖です。弟子の芳年がさらにこの路線を突き詰めてゆく。

ゆえにこの師弟の絵は、Wikipediaで用いられることがとても多い。

芳年は明治以降にも活躍したため、幕末明治の事件を扱う歴史画も多く手がけました。芳年は、教科書はじめとする教材。幕末史の展覧会図録に最も頻出する錦絵を手掛ける絵師です。

近年大河ドラマでも、この師弟以来の伝統を意識したと思える演出は多い。

『麒麟がくる』における松永久秀の最期。憤怒と共に腹を切る無念さが、芳年の絵から溢れ出す緊張感を彷彿とさせたものです。

『鎌倉殿の13人』における和田義盛畠山重忠の死。矢が何本も突き刺さった義盛の立ち往生や、悲壮感あふれる重忠の闘死は、まさしく武者絵の伝統が息づいています。

『光る君へ』の出家する花山天皇。紫式部や藤原公任。こうした時代を描いた錦絵そのものが珍しく、菊池容斎の絵から学び、考証しつつ描いた芳年の業績はやはりたいしたものだと思わざるを得ないのです。

『べらぼう』についていえば、国芳や芳年に引きずられすぎると、服飾考証が間違えてしまいかねないところはあります。

劇中当時よりもどうしてもあとになってしまう。とはいえ、俄で男装する女性の晴れ姿を描いた美人画など、実に賑やかな姿を伝えているものです。

二十五枚目の「歌川」である!

月岡芳年『風俗三十二相 にあいさう』

月岡芳年『風俗三十二相 にあいさう』/wikipediaより引用

月岡芳年『風俗三十二相』より「にあいさう」。俄を楽しむ女郎の顔が実に良いのう。

このシリーズは毛が実に細かい。芳年は自分が描いた通りに彫るよう指示を出していたそうだ。

 

大河ドラマならば歴史を視覚化した先人に敬意を払うべきでは?

わかってきましたかね?

ここであげてきた「歌川」、中でも国芳と芳年の絵。この絵こそ、時代を描く上で手本となる大いなる祖といえるのです。

そういう絵を生み出した玄冶店という神殿を潰しちゃったわけですよ。日本の歴史を描く、時代劇でも別格とされる、そんな大河ドラマが。

絶望しました。

まごうことなき絶望が『べらぼう』というパンドラの箱にはありました。いやそれじゃパンドラの箱じゃないって? これにはオチがあるんだな。それは後述します。

なんでサブカルノリで江戸文化を逆張り冷笑でおちょくられた挙句、皆屁踊りで満足し、歌川豊国削除を問題視しないのか?

救いは朝ドラ『ばけばけ』に、芳年の絵がしっかりと出てきて、NHK内部が芳年を知らないわけがないと思えたことでしょうか。そんなの、最低限の当然なんだけどな……。

大河ドラマより朝ドラが歴史劇として上等って、『花燃ゆ』と『あさがきた』以来、十年ぶりのことですかね。

どうしてこうなったんでしょう?

結局、浮世絵に対するより、自分たちが若い頃好きだったノリを再生産したかったんですかね?

津田健次郎さんと風間俊介さんが『遊戯王』の再現をする写真なんて、それはもう嬉しそうにSNSに投稿していましたもんね。

そういうことは、プライベートで参加するコミケででもやってください。

大人なら、ゾーニングは最低限しましょう。

何も悪いことはしていないって?

視聴率の低迷は、サブカルとオタクのノリに脱落した層の多さを反映していませんか?

江戸文化愛好者はそこそこいる。にもかかわらず、前年の『光る君へ』における王朝文学愛好者ほどの盛り上がりがない時点で、いろいろ察せられることはあります。

思い出すのは、オタクマーケティングの失敗例。

オタクである広報担当者が、自分自身の権力を試したいのか。ただの手癖か。一部にしか理解できない広報戦略を取ってしまい、炎上するやらかしですね。

エコーチェンバーに閉じこもって気持ちよくなりすぎた結果、世間の常識を読み違える。そんな失敗例です。

NHK大河ドラマでいえば、2019年『いだてん』。2023年『どうする家康』。そして2025年『べらぼう』がこの事例に該当することになりそうです。

しかし、このことを私が指摘したとしまして、本当にそのことに怒りを覚えるのかどうか。

サブカルにとって、マイナー嗜好はむしろ勲章。バカな連中にはわからない高尚な意味を読み取る自分が好き。そうなってくると、むしろ視聴率が振るわないドラマを好きな自分が愛おしくなると思うのです。

判官贔屓というか、でんでん現象というか。要するにサブカル、オタクのノリなんですな。

自分の感覚が正しいのかどうか、私なりに『べらぼう』レビューをざっと眺めていまして。

なんというか。振り落とされずに絶賛を続ける方は、自分のセンスに絶対的な自信があるんですね。これも日本らしい現象と言いますか。

日本人は謙虚というか卑屈というか、自分自身を誇ることがしにくい。でも褒められたい気持ちはある。自分の好きな作品を褒めちぎられることで、その隙間を埋めているのでしょう。

「日本スゴイ! 四季もあるし(最近は春と秋が消滅しつつありますが)、水道水も飲めるし(日本だけでもないけど)、トイレのウォシュレットサイコー!」

みたいなノリが好きな方って一定数おられますよね。

サブカルやオタクというのはそういうノリとは距離を置いていると思いつつ、この手の日本スゴイには弱いんです。

「日本の漫画はスゴイ! コミケ最高! こんなにおもしろいエンタメを作れる国は日本だけ、クールジャパン!」

これはおそらく世代なのでしょう。1990年代から2000年代にはそういう言説が流行していた。

若い頃に親しんでいた価値観は、歳をとっても抜けないものです。写楽ブームも若いころには流行っていたんでしょうね。

それが抜けずに、自分の好きなエンタメは熱狂的に崇め奉る。それを貶す私みたいな空気を読まないバカが出たら、ともかく脳天に何かぶち込みたいくらいムカつくんでしょう。

これは何も推察だけでもない。

無意識のうちにそうしてしまうのでしょう。己の学歴。学生時代の模試の成績。部活動での入賞経験。コミケでの売り上げ。カップリングが一致するファンの中で脚光を浴びたこと。SNSでドラマ通として知られている。

こちらが聞いてもいないのに、なんか知らんけど勝手にそういうことを語ってくる人って、いるんですよね。

友達がいないことに定評のある私ですら、実はそういう方と話す機会があったりします。

大抵は悲惨な結果に終わるんです。

たとえば作品の考証ミスであるとか。特に責め立てるつもりもなくそういうことを語るだけで、顔に苛立ちが浮かび始め、「なんでお前如き私より下の人間が偉そうにマウンティングしてくるの?」という空気を醸し出してくる。

かつての私は「作品について語り合いたいんじゃないの? あなたはオタクを自称しているよね?」と戸惑っていました。

ただ今はもう、さすがに学びました。

こういうやりとりの後、自分がいかに傷ついたか、私がいかに無神経で極悪非道なことは曹操級か、そういうことを美文で書いてきて、絶交宣言して来ます。

一対一ならまだマシで、集団内で私の悪口をばら撒きだす。

自己愛についた傷を美文で語り、悲劇として集団で共有するからたちが悪い。

ですので私は、置き土産として来年のおすすめ浮世絵イベントや、再来年大河の予習に役立つ情報でも残したいようで、残してもおそらく無駄なんで、ただ去るだけにしています。

本気で歴史が好きで、学びたければ、予習復習はするものでしょう。

でも結局は、ドラマで語り合って特別な自分に酔いしれる。そういう屁踊りをしたい人が多いのだろうな、というのが私の結論です。

金輪際、私は『べらぼう』の話を人とはしません。

浮世絵好きや日本史好きと話していて『べらぼう』に疑念を抱いている気配を察したらば、さりげなく「そういえば豊国が……」を切り出して反応を伺う。

そういう対策はできました。

 

文化大河の今後

といいつつ、最後の最後に『べらぼう』が残していった大きな可能性は手にしましたよ! 災厄が飛び出していったけれども、底には希望があったってわけだ!

そうなんでぇ。蔦重が大河にできるなら、歌川玄冶店派だって大河にできるじゃあねえか!

何も俺の個人的な好みじゃねえよ。できんのよ! その理由をあげていくぜ!

・最大再評価枠の浮世絵師

歌川国芳は今ではかなりメジャーになったものの、ここまで活発になったのは2000年代以降でしょう。

最大再評価枠といえるのが、彼とその弟子たちです。

知名度も、大河の前は蔦屋重三郎よりも十分高かった。蔦重ができて国芳ができないわけがない。

・版元との攻防は国芳が上

版元と絵師や戯作者が幕府と攻防を繰り広げるとなれば、もっとド派手で、すり抜けも巧妙なのが国芳です。

・有名イベントや有名人も出せる

『青天を衝け』の懸念材料として、幕末なのに主役が戊辰戦争に関与しないということがありました。

落合芳幾は前述したように安政の大地震を描いてブレイクします。

月岡芳年は上野戦争の最中を駆け巡り、絵筆を動かし続けます。

この二人は家茂上洛絵。パリ万博出展絵を手掛けています。明治以降は錦絵新聞専属絵師としてさまざまなスキャンダルを描き続けることになります。西南戦争報道なんて、まさに彼らが大活躍をする場です。

実は幕末明治の歴史を目撃した人材が数多くおります。

芳幾と芳年は明治ジャーナリズムにも関与します。この業界には『逆賊の幕臣』で存在感を見せる栗本鋤雲も加わります。

・海外展開において有望

国芳とその一門は海外評価が大変高い絵師。

日本の時代劇や漫画アニメのイメージの基礎を築いたとされております。

海外での評価を狙うなら、実は大いにアリです。

・猫を出せる

『べらぼう』では猫自慢の会だけしか猫がおらず、寂しい思いをしました。

国芳と芳年は猫が大好きですので、無理なく出せます。忠実に再現すると猫数が多すぎるため、現場は大変でしょうが。

『おんな城主 直虎』や『光る君へ』に続く、猫様大河を実現しませんか?

てなわけで、願わくば十年以内に国芳大河を実現してください。

国芳は幕末激化前に没しますので、夏までが国芳。秋以降は弟子世代でよろしくご検討くだせえ。

考証は岩下哲典先生と今作のみなさまが組めばバッチリですね。

浮世絵再現もできたわけだし、やらねえ理由はねえな!

やったぜ、『べらぼう』に感謝だな!

験担ぎにめでてぇ国芳師匠の絵を置いて、お別れといたしやす。

歌川国芳『七福神』

歌川国芳『七福神』/wikipediaより引用

みなさまそれではよいお年を。

あ、屁は勘弁してくんな。

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅


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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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