突然、まひろの邸へやってきた道長。
為時と娘御はいないのかと尋ねると、まひろが「外に出かけている」と答え、続けて「土御門では父が世話になっている」と礼を告げます。
なんでも為時は、道長の長男である藤原頼通の聡明さに感心しているようで、それを彼女が褒めると、道長がふと話題をそらす。
「四条宮で和歌を教えているそうだな」
「なぜ知っているの……」
そう驚くまひろに対し、藤原公任から聞いた答える道長。
会の主催が公任の嫡妻ですので、それが表に知られるのは時間の問題だったような気もしますが。
いずれにせよ道長はなぜまひろの邸へやってきたのでしょうか?
道長はまひろの物語を読みたい
道長の目的は『カササギ語り』でした。
学びの会で公開したまひろの物語であり、公任の北の方も女房たちも夢中だと道長が言い出します。
「物語を読ませてくれないか」
道長がそう願っても、猜疑心が湧いてくるまひろ。
そんな用件のために「わざわざ粗末な身なりをしてここまで来たの?」と疑っていると、道長は『枕草子』よりずっと面白いという評判を聞いたと補足します。
相変わらず、まひろは「どうでしょう……」と疑っている。
物語が面白ければ中宮に献上したい。道長がそう説明するのですが、残念ながら『カササギ語り』はもう燃えてしまいました。
それは本当か……と疑う道長に対し、焼けた床の跡を見せて説明するまひろ。
この二人はソウルメイトなのに、実はそうそう素直でもありません。
『カササギ語り』を燃えてしまった真の理由は、賢子がそうしたからで、まひろはその説明を省いています。
一方の道長にしても隠し事があり、まひろは不信感を抱いている。
これがもしあかねだったら、このような展開にはならないでしょう。
愛する誰かが、身をやつしてまで会いに来たら、目を潤ませて抱きついてきそうなところです。ききょうも、ここまでややこしくないはず。
最愛の相手が来たのに、なぜ疑うのか――と、そこはもうまひろの性格ですね。
自分を騙そうとしていた周明のことを見破り、夫である宣孝に対しても嘘をついたら見抜いて灰をぶつけたものです。
まひろは猜疑心旺盛です。
相手が嘘をつくと見破る上に本人は嘘が得意で、幼少期から妄想じみたことをパパッと思いついては語っていました。
もしも、まひろが乱世に生まれていたら、『鎌倉殿の13人』のりく(牧の方)を上回る策謀家だったかもしれません。
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臥竜を目覚めさせるには誠意がいる
まひろよりずっと素直な道長は、疑ったことを謝ります。
無念で昨夜は眠れなかった。そうこぼすまひろに対し「思い出して書けないか?」と願う道長ですが、そんな気持ちになれないそうで……うーん、わがままでめんどくさい奴だな。
自分の父親には「土御門で家庭教師をして家計をどうにかして!」と言っておきながら、自分自身は道長の依頼に怒涛の塩対応。
見ていてイライラした方もいらっしゃるかもしれません。
道長は諦めず、泣き落としにかかります。
帝のお渡りもお召しもない中宮様を慰めるためである。政のために入内させたとはいえ、申し訳ないのだと。
これは、なかなかよい言い訳ですね。
というのも、妻の源倫子は中宮彰子を慰めるためにせっせと環境を整えていますもんね。嘘をつくならば、そこに少し本音を混ぜるとそれらしくなります。
しかしまひろは「そう易々と新しいものは書けない」と塩対応が続きます。
まぁ、依頼を安請け合いして、いざ書き始めて何も思いつかなかったらどうしよう……という不安な気持ちを抱くのはわかりますが。
諦めきれない道長は、まひろには才能があるからやろうと思えばできると言い出しました。
それでもなお「買い被りだ」と返すまひろも、さすがに内心ではまんざらでもないかもしれませんね。なんせ幼い頃から妄想する姿を見せてきたわけですから。
道長は最後まで「力を貸して欲しい」頼みながら、まひろの邸を去ってゆきました。
あれだけお願いをされて、まひろはどう思うのか?
孔明臥龍――『蒙求』から、そう思い出しているかもしれません。
諸葛亮もなかなか面倒くさい性格の人物でして、才能がありながら敢えて引きこもり、劉備が三度訪ねてくるまで塩対応したのには、理由があると思われます。
何の実績もない若造が、百戦錬磨の劉備のもとに入ったとして、自分のやりたいことをできるか保証はない。
ゆえにどこまで相手が自分を重んじるか、試したとも言えるのです。
道長は、為時に頼通の指導を頼んだときは、自らは訪れておりません。
今回まひろのもとに来たということは、それだけ高く買っていることがわかります。
公任、出仕を辞める
寛弘元年(1004年)、ちょっとした事件が起こります。
藤原斉信が従二位となり、一歳年上の藤原公任を追い抜いてしまい、それが不満で公任は出仕を辞めたのです。
なんと、しょーもない話なのか。
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斉信が四条宮の邸にきて、北の方である敏子に案内されますが、若き日によく来ていたから案内などなくてもよいと斉信。
公任から「忙しいのではないか?」と言われると、「いつまですねているのか」と返します。
和歌や漢詩を学び直していた、と語る公任は、本来の道に戻るだけだとしています。
「政で一番になれないなら、こちらで一番になる」
拗ねるというより、心が折れたのかもしれませんね。
もうやってられないな。夜明け前から起きて出仕して、何やってんだ俺。
そんな生き方よりも、ゆっくり起きて、香でも焚いて、書物に向き合う方が向いているんじゃなかろうか? そう思ってしまったのかもしれません。
道長の出世により中宮大夫へ上げてもらっただけだと斉信が語ると、道長はお前に娘を託したということだと公任は言います。
内裏にお前がいないと寂しいから、出仕して欲しい――斉信がそうストレートにお願いすると、今度は「誰かに頼まれたのか?」と猜疑心を募らせる公任です。
コイツも、めんどくさい奴だな! ただし、乱世だったら軍師になれるタイプですよね。
「俺の気持ちだ」
もうこれ以上説明する言葉を失ってしまったのか、斉信は情に訴えることにしました。
若い頃からここに通っていたとアピール。
素直な藤原行成あたりが聞いたら「そうですよね」と目をウルウルさせそうなところですが、公任は、打毱のあと、愛情でなく身分で女を妻にすると語り、まひろと視聴者をがっかりさせたことがあります。
彼には、感情を無視してでも、理論を求めるところがある。
別に冷血でもなくて、愛情もあるのだけれども、物事に優先順位をつけているだけですね。
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実際、北の方である敏子は、公任と仲がよいと思えます。
敏子は聡明で常識的で、夫も「俺の目は正しかった。彼女はよくできた妻だなぁ」と満足していることでしょう。
これが極端になると『鎌倉殿の13人』の三浦義村枠ですね。
北条時政とその息子たちが源頼朝について挙兵したあと、三浦義澄と義村は援軍に駆けつけようとするも、悪天候で川が荒れていて引き返すしかありません。
このとき父の義澄は、親友である時政を助けられず、悔しそうにしていました。
一方、義村にとっても義時は親友です。
息子もがっかりしているだろう……と気遣うものの、義村はむしろあっさりと帰ると言い出していました。
義村は別に「義時が死んでもしゃあねえか」とまでは思っていないにせよ、ここで悲しんだって無駄だから、そういう手間を省いていたのでしょうね。
斉信だけでなく、実資まで公任を説得する
すると今度は、藤原実資まで公任のもとへやってきました。
「これは不思議な眺めだ」と言う実資に対し、「私どもはもとより仲間だ」と友達アピールをする斉信。
何か急ぎの御用でもあるのか――そんな公任の言葉に対し、実資はおもむろに説明を始めます。
今回の人事は、道長が中宮大夫からさらに出世したからのものであり、公任の実力不足ではない。
まったくもって斉信と同じ慰めの言葉だけに、二人の態度を訝しむ公任。
実資はこうも続けます。
「内裏に公任殿がおらぬと調子がでぬ」
「それも今、私が」
斉信も不思議がっています。
「あ、そ」
バツの悪そうな実資。
「誰かに頼まれたのか?」
さすがに公任がそう言い、「私の気持ちである」と答えるのですが、これまた斉信と同じなんですね。いったい何事なんだ。
公任は鬱陶しそうにしながら、ついにはこう告げました。
「会いに行くなら今ですぞ」
ダラダラしていると学びの会が始まってしまうとかなんとか……すると実資はハッとして「ではこれにて」とそそくさと立ち去り、斉信も「今のはなんだ」と不思議がっています。
「実資殿も隅にはおけぬ」
公任がそう言うと、斉信が「えっ、そうなのか?」と驚いています。公任は、素っ気ないようで観察眼があるんですね。
このあと実資は女とでくわし、色目を使われております。
「今日は忙しいゆえ……」
なんだよ、そういう用事だったんですか。これみよがしに昭和レトロ、トランペットの響きが印象的なお色気BGMがかかっています。
なんだかんだで、公任よりも実資のセクシーシーンが多いのはどうしたことか。
公任は、打毱で肌を見せて話題をかっさらっておりましたが、実はそれくらいしか艶やかな場面がないともいえます。
水晶みたいに透き通っていて冷たい。
先ほど三浦義村を例に挙げましたが、NHKドラマでは、山本耕史さんと町田啓太さんの使い方が被っているようにも思えます。
お二人とも土方歳三を演じました。
今後は、近藤正臣さんや成田三樹夫さんのようなキャリアになるのでしょうか。
お二人ともこれから末長く時代劇でクールなキャリアを重ねていきそうで、素晴らしいことです。
そんな実資の横をまひろが通り過ぎてゆきます。
実資が「ハナクソのような女」だと思ったこのまひろが、今は道長が求める宝と化しているのです。
ここで公任と実資が出てきて、さらにまひろまでも顔を見せたことにも意味があるのかもしれません。
斉信は『枕草子』で描かれた通り、ドラマでもききょうとの深い仲が出てきました。
出世の利害はさておき、性格はフィーリング重視の「リア充」枠に思えます。
一方で、公任、実資、まひろは「陰キャ」枠に思えます。
そういうめんどくさい理詰め枠だからこそ、何か通じ合うものが見出せるのかもしれませんよ。
あかねは『枕草子』にグッと来ない
まひろは学びの会に向かう途中であかねを捕まえて『枕草子』の感想を再確認します。
何を言ったか覚えていない……彼女はそう面倒くさそうに答えながら、「ともかく惹かれなかった」と説明しています。
まひろはその理由を問い詰めます。
「艶かしさがないもの」
気が利いてはいるけれど、人肌のぬくもりはない。だから胸に食い込んでこない。巧みだと思うだけ。
そしてあかねは一首、読み上げます。
黒髪の
乱れも知らず
うち臥せば
まづかきやりし
人ぞ恋しき
黒髪が乱れることも構わずにうち伏せていると、この髪を撫でた人のことが恋しく思えてくる
肌のぬくもりと香りまで漂ってきそうな歌を詠むあかね。
そんなあかねに『枕草子』を貸して欲しいとまひろは頼み込むのでした。
まひろは思い出しています。
「皇后の影の部分が見たい」というまひろの意見をききょうは否定しました。華やかなお姿だけを人々の心に残したいのだと。
ここで、まひろが熱心に読んでいる『枕草子』は、根本先生が書いております。
右肩上がりの溌剌とした書体です。
道長は妻たちの心を見つめていない
道長が彰子のところへ行くと、彰子は瓢箪に顔を描いていました。
「ずいぶん寒くなった」と語りかけながら隣に座り、「敦康親王はどうしているのか」とさらに尋ねると、なんでも笛のお稽古をしているそうで。
不便はないかと道長が尋ねると、彰子は逆に聞き返してきました。
「父上と母上はどうかなさったのか」
思わず驚いてしまう道長。ご心配いただくようなことはないと慌ててごまかすものの、彰子にはバレているようにも思えます。
実は彼女には洞察力がある。周りをじっと観察している。
そんな個性が浮かんできました。
実は彰子が察知した通り、道長と倫子の間には、隙間風が吹いています。
土御門にいる倫子の道長を見る目は冷たい。疑うような光がある。
道長は高松殿にいる源明子のもとにいました。
明子は土御門の頼通、つまりは倫子の子が従五位で元服したと聞いて悔しがっているようで、明子の産んだ巌君と苔君もそろそろ元服だと言い出します。
「月日が経つのも早い」
道長がそう話をそらそうとすると、我が子にも頼通に負けぬ地位を与えて欲しいと訴える明子。
明子は醍醐天皇の孫。
倫子は宇多天皇の曾孫。
血筋では自分が上だと示す明子に、道長はうんざりしたようで、「土御門の家には世話になって恩がある」と言い放つ。
そして、それがどれほど後押ししてくれたかわからぬかと苛立っています。
私には血筋以外何もないと仰せなのか――そう焦る明子。
「そうではない」と道長は言いながら、内裏で子ども同士が競い合うことがないようにすべきだと語ります。
明子が地位を狙えば、息子たちもそうなって争いが起きてしまう。ゆえに気をつけるようにと釘を刺しました。
道長にとっての理想は、異母兄・道綱と自分のような関係なのでしょうね。
ムッとしている明子ですが、いざ道長が起き上がって帰ろうとすると謝り、引き留めようとします。
「はなせ。また参るゆえ」
「殿!」
かくして二人は別れてしまいます。
そして道長は、倫子のもとにも、明子のもとにも戻らず、内裏で泊まることが増えたのでした。
ちなみに来年大河の予習でも。
江戸城大奥では、将軍が同衾する際には、そばに監視役がつきます。
ここでの明子のように、閨でおねだりをされると支障があるためです。
もうひとつ。
道長が内裏に泊まるということは、一人で眠るのかというとそうとも限りません。
女房と同衾しても、特に数のうちにも入らないだけ。
そうした女房は「召人」(めしうど)と呼ばれます。
まひろが内裏にあがったら、そういう手段もできるということです。
ややこしい、暗い、鬱陶しい姉上
まひろは実家に戻った弟の藤原惟規に、“自分らしさとは何か”と尋ねています。
また変なことを聞かれて面倒くさいなぁ……という顔になる惟規。
それでも「嫌なことがあってもすぐに忘れて生きていることだ」と答えます。
するとまひろが「まひろらしさとは何か」と聞いてくる。
「えー、難しいなぁ」
「うん、私って難しい」
「そういう意味でなく……」
珍しく言い淀む惟規。
まひろは「もっと言って! 人と話してわかることもある」と言います。
日頃そんなにしゃべらないし、雑談の類があんまり好きでもないくせに、突然こういうややこしいことを言い出すんですよね。
「そういうことをうだうだ考えるところが姉上らしい。そういうややこしいところ。根が暗くて鬱陶しいところ」
惟規が、思わずズバリと指摘してしまい、自分で聞いたのだから怒るなと言っています。
しかし、彼の指摘どおりですよね。
だいたい“人と話してわかることがある”ってなんなんでしょう。
まひろは自己完結型なのだけれども、外部のフィードバックも時折必要とする。そのとき忖度してズバズバ言わない相手だと、キャッチボールにならないからあまり役に立たない。
こういう会話の相手を壁にして、ボールを投げつけて跳ね返ってくることを期待するような話法をする人は時折います。
大河ドラマだと『麒麟がくる』の斎藤道三ですかね。
光秀は、会話に対して鋭い答えを返してくるし、怯えないし、光秀の叔父・光安のように忖度しません。
ゆえに序盤、光秀は道三に呼び出され、会話の相手にされていました。
光秀がズバズバ言いすぎて、光安はヒヤヒヤしていたものですが、そういう鋭い答えが必要な局面はあるものですね。
中国史ですと、「諫議大夫」という専門職があったほどです。
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書くからには、紙をください
内裏で道長が文を見ると、まひろからでした。
中宮様をお慰めする物語を書いてみようと思います。
ついてはふさわしい紙を賜りたく、お願い申し上げます。
そう書かれていました。
「洛陽の紙価を高める」という言葉があります。まひろならば知っているでしょう。
東晋の時代、左思(さし)という文人がおりました。
彼の『三都賦』(さんとのふ)という作品が好評を博し、洛陽の人々は書き写すために紙を買いました。
そのため価格が上がってしまいました。
印刷術が広がる前は、ベストセラーができると紙そのものが売れた状態がよくわかる言葉です。
紙はそれほどに高級品でした。
ここで「紙を大量によこせ!」と迫るまひろは、現代ならばさしずめ最高級ラップトップかタブレットあたりを、執筆用に寄越せと交渉しているようなものでしょう。
紙は消耗品ですから、サブスクの方が近いかもしれませんね。
かくして、身をやつした道長自ら、大量の紙と共にまひろの元へやってきました。
彼女が好んだ越前紙です。
いつかあんな美しい紙に歌や物語を書きたい――宋の言葉でそう語っていたと道長は語り、俺の願いを初めて聞いてくれたと道長は感慨深げに言っています。
まひろはまだ書き始めてもいないと返しますが。
邸の中では、福丸が「あれは左大臣じゃないか」と驚き、いとに確認しています。なんだかすごい家にいるんだと自覚したようです。
そして、いざ執筆を始めたまひろ。硯はまだ小さく素朴なものです。
紫式部愛用と伝わる硯は現存しており、その精巧な複製品が今後出てくるものと思われます。
ちなみにこのドラマで使われている文房四宝(紙・筆・墨・硯)は非常にお高いものですので、じっくり最高級品を脳裏に焼き付けておくとよいかもしれません。
道長を疑うまひろ
物語ができあがり、道長がまひろの前で読んでいます。
「よいではないか」
そう褒められたまひろが答えます。
「どこがよいのでございますか?」
はぁ、めんどくせぇ~!
どれだけ褒められても、具体性がないとお世辞と思ってしまうか、あるいは、おだててされに何かかさせたいのかと、猜疑心をめぐらせてしまうようです。
戸惑いつつも、飽きずに楽しく読めたと返す道長。
「楽しいだけでございますよね? まことにこれで中宮様をお慰めできるのでしょうか?」
まひろは、道長が読んで笑う姿に違和感を覚えてしまうようです。
おもしろい、明るくてよい。道長がそう言っても、まひろは考えてしまう。
中宮様もそう思うのか? そもそも中宮様が読むのか? もしや偽りがあるのではないか?
道長に向かって「中宮様」と口にするたび、目が虚になるとかで、まひろは彼の嘘に気付きました。
「正直なお方だ」
「お前にはかなわぬな……」
やはり、と納得するまひろです。
道長は語ります。物語は、中宮ではなく帝に献上したいのだ、と。
一条天皇が『枕草子』に囚われてしまい、亡き皇后から解き放たれぬ帝を救うため、『枕草子』を超える書物を献上したい。
ただ、それを明かせば、まひろが「政の道具にするな!」と怒ると思い、中宮様のためだと偽ったとのことです。
確かに怒ったかもしれない……と、そこは冷静に考えるまひろ。
彼女も怒るポイントがおかしいですよね。
騙す理由に納得できれば、実はそこまで怒らない。その上であっさりと「帝が読むものを書きたい」と言い出しました。
先ほど道長に渡したものとは違う話を書く。
そのために、帝のことも知りたいし、道長から帝の姿を聞きたい。
人柄。
若き日のこと。
女院(詮子)のこと。
皇后(定子)とのこと。
道長は戸惑いつつ「話してもよいけれどもどこから話せばよいのかわからない」と戸惑っています。
思いつくまま話せばよい。家の者は邪魔せぬように宇治に行かせ、時間はいくらでもある。
まひろはそう言い、いわば道長への取材が始まるのでした。
帝も、人であればこそ
道長は帝について語ります。
帝は美しいおのこであった。定子に夢中であった。
定子が入内したとき、帝はまだ幼く、よき遊び相手になった。帝はそれは定子のことを大事にした。亡き女院も喜んだものだった。
帝の愛はあまりに強かった。
道長も、それはどうしたらよいかわからぬほどであった。
そういうと、まひろはこう言います。
「帝もまた、人でおわすということですね」
まひろはそうまとめます。
かつて父も、道長も、思っていることとやっていることが一致していなかった。
まひろはそれが許せなかったものの、それが人だと亡き藤原宣孝に言われたそうです。
帝のご乱心も人であればこそ。道長の知らぬところで帝もお苦しみであっただろうとまとめています。
まひろは理詰めで人の心や情けをあえて見ないようなこともしてしまう。
見えないわけでなく、見ればきっちり観察できるけれど、時々すっ飛ばすと。
「それを表に出さないのも人ゆえか」
そう納得している道長。
「女も人ですのよ」
「ふっ、そのようなことはわかっておる」
ここでそうかわすまひろと道長。どうでしょうね。道長は倫子と明子の心情には鈍感ですから。
「人とはなんなのでございましょうか」
まひろはますます、哲学的な悩みに突っ込んできました。めんどくさい。
道長が、帝を語るつもりが我が家の恥を晒したと反省しています。
呆れただろうと問われ、まひろはこう返します。
「帝も道長様も、みなお苦しみなのですね」
悪くはないようで、なんだか仏僧の問答じみた返事に思えるのですが……。まひろはやはり、相当の変人なのでしょう。
月を見ながら思うこと
いつの間にか日が沈み、二人は月を見ています。
これまでの話が役に立てばよいと道長。
まひろは月を見て、「なぜ人は月を見上げるのか?」と言い出します。
「なぜであろうな」
そういう人類普遍的な話はさておき『源氏物語』の誕生と月には関わりがあります。
石山寺伝説というものがあります。
石山寺に参詣した紫式部が、湖に映る月を見ながら『源氏物語』の構想を練ったというもので、この伝説から『源氏物語』の注釈書には『湖月抄』があります。

月岡芳年『月百姿 石山月』/wikipediaより引用
このドラマでは石山寺が確かに重要な役割を果たしています。
一度目は藤原寧子(道綱母)との出会い。
二度目はまひろと道長の逢瀬。ここで娘の賢子を授かった設定です。
『源氏物語』の構想を寝るのはその石山寺ではなく藤原為時邸でしたが、月の設定は残してありますね。
まひろはさらに続けます。
かぐや姫は月に帰ったけれど、もしかしたら月にも人がいて、こちらを見ているやもしれぬ。それゆえこちらも見上げたくなるのかもしれない。
「相変わらずお前はおかしなことを申す」
「おかしきことこそめでたけれ、でございます。直秀はそう言っておりました」
「直秀も月におるやもしれぬな。誰かが……誰かが今俺が見ている月を一緒に見ていると願いながら、俺は月を見上げてきた。皆そういう思いで月を見上げているのやもしれぬな」
そう告げ、帰ってゆく道長です。
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こうして月が重要な要素となると、道長の有名な【望月の歌】もより印象が深まるのかもしれません。
もしも道長が公任のようなタイプならば、月を詠んでいるかもしれません。
しかし彼はあまり歌が得意でなかったとされております。数は残したものの、名人とは思われなかったとか。
清少納言の夫であった橘則光は和歌が大嫌いで、詠むことすら拒み、
「いいか、俺に和歌を読むなよ、読むなよ、絶対だぞ!」
とダメ押しして、そこもまた呆れられていたようですが。

月岡芳年『月百姿 月宮迎竹とり』/wikipediaより引用用
まひろは執筆モードに入り、無愛想さがますます際立っています。
為時も、いとも、彼女を放置。
まひろの頭の中では、色とりどりの美しい紙が舞い落ちてきます。
このドラマの和紙は、手漉きの紙らしい質感があり、かつ日本の伝統色を再現していて、見ていて実に美しい。眼福です。
帝の愛が最愛の人を殺す物語
まひろが書き上げた物語を読み、道長は困惑していました。
「これではかえって帝のご機嫌を損ねるのではないか」
そう心配していると、まひろは答えます。
「これが私の精一杯です。これで駄目ならこの仕事はここまでです」
強気で言い切りながら、帝へ奉るようダメ押しします。
緊迫した場に、賢子がやってきました。
実の父である道長は年齢を尋ね、何か察知するというわけでもなく、母に似て賢い顔だと愛でている。
まひろが一瞬戸惑う表情をしますが、あの夜の子だと思われるようなこともないでしょう。
そして……道長が恭しく帝に物語を献上しています。
帝のお慰みになるとお持ちしたと捧げると、一応「物語か」と興味は示しています。
後で目を通しておくと言いながら、このようなことならば蔵人に渡しておけばよいと伝えます。
なぜ道長は自ら渡したのか。ふと思いましたが、彼なりの慎重さでしょうか。もしも蔵人が目を通して「これはまずい」となったら、阻まれてしまったかもしれません。
まひろはまだ熱心に執筆しています。
為時が「もう左大臣に出したものではないか?」と問いかけると、手直ししていると止まらないとのこと。
出してもまだ直すのかと問われると、こう返すまひろです。
「はい、物語は生きておりますゆえ」
生き生きとした顔で語るまひろ。
幼いころから変わっていないとも思えます。
考えること。頭を動かすこと。それをかたちにすることが楽しくて、楽しくて、やめられない。そんな本質を感じます。
帝は物語を手にして読み始め、愕然としています。
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり――。
いつの時代のことだったか。
帝が寵愛する大勢の妻たちの中に、それほどまで身分が高くはないのに、ひときわ重い寵愛を受ける女性がいた。
宮仕えをするなか、我こそはと思い上がっていた方々は、その方を目障りだとさげすみ、憎んでいたものだった。
帝は怯えたように、物語を閉じてしまいます。
MVP:まひろ
『源氏物語』を書き出すところで、まひろが目立たないわけがない。
このドラマらしいめんどくさい陰キャ全開で創作に迫ってきました。
惟規がズバリ言いましたが、まひろはめんどくさくて鬱陶しくて、性格がひねくれています。
大胆でもあり、いきなり道長に紙を大量請求してきました。
ここでドラマオリジナルの設定が生きてきます。
まひろと道長の逢瀬はドラマのオリジナルで、トンデモ展開ともされています。
それを活用し、どこまでも厚かましくて大胆で、欲しいものは何がなんでも取りに行く、不敵なヒロインに仕上げてきました。
さらには歴史の謎にも迫ってきた。
『源氏物語』の執筆動機。
執筆された順番。
諸説あります。
あまりに面白いから、帝は読みたくて彰子のもとに通うようになった。
そう語られるものの、考えてみれば、冒頭の「桐壺」からして帝へのあてつけのようにも思えなくもありません。
帝の重すぎる愛は、桐壺更衣を殺してしまう。
桐壺更衣が生きることを願いながら短い命を終えるところは、帝が殺したようにも思えます。
あてつけか!
そう怒る可能性もあったのではないか? と思えてきます。
『源氏物語』は不敬ではないかという論争は、古来よりしばしば起こってきたもの。
権力者のラブロマンスをこんなに挑発的に描いてよいのか。
そう困惑する人はどの時代にもいたものです。
ではなぜ、紫式部はそんな大胆なことをしたのだろう?
その大胆不敵でめんどくさい作者像を、このドラマは描き続けてきたように思えます。
ドラマでききょうは定子の影を描きたくないと語った。
まひろはその影を黒曜石の破片のように凝固させて、切り付けるような冒頭を書き上げてきた。
実に見事ではないですか。
「キーボード武士」の時代
大河ではありませんが、こんなニュースがありました。
◆NHK内部が激変し、劇的にドラマが面白くなった「最大の理由」…前会長時代は月に20人以上のペースで職員が辞めていった(→link)
確かに会長はじめ、人事がドラマを左右することはあります。
こういうことを言い出すと、陰謀論者扱いを受けるものですが、NHKについていえば皆さんちょっとナイーブ過ぎやしませんか?
この記事で取り上げている『虎に翼』は素晴らしいけれども、ガス抜きにされていないか、目くらましになっていないか。そこへの猜疑心は抱いていても良いのではないかと思います。
これは構造的な問題です。
NHKの予算は、国会審議を経て決まります。
◆なぜ、国会でNHKの予算を審議するのか(→link)
人事にせよ、放送法があるからには、政治と無縁ではいられません。
◆国との関係について知りたい(→link)
このような特殊な状況で、国や政治と無縁であると思うほうがナイーブなのではありませんか。
とはいえ、視聴者の方を見ず、政治のことばかり気にかけていては、見る価値がないと思われかねないジレンマが生じます。
客を無視してモノを作ってばかりでは「強制サブスク」呼ばわりもやむを得ません。
『虎に翼』は日頃NHKを見ない層にも届いているそうです。
NHKがジレンマ解消を全く無視しているわけではないという証左でしょう。
ただ、この記事には特徴がありまして。
NHKの悪いドラマとして朝ドラの『ちむどんどん』があげられています。
この作品は「袋叩きにしてもいい定番朝ドラ」枠です。この前は『半分、青い。』でした。
作品の好き嫌いは人それぞれであり、どうでもよいとは思います。
しかし、『半分、青い。』はヒロインがシングルマザーで、片耳失聴であること。
『ちむどんどん』は沖縄出身であること。
こういう点までしつこくあげつらい、叩いていて、差別とさして変わらないのではないか、いじめっこ心理ではないかと私は危ぶんでおりました。
石をぶつけていい枠なら、いくらでも何してもいい?
果たしてそういうものでしょうか?
それこそNHKの胡散臭いドラマということならばむしろ大河でしょう。
2010年代は大荒れでした。
2012年『平清盛』の「王家」論争で荒れ、2013年『八重の桜』では不可解なことが起きております。
2015年、2018年はさらにおかしい。
2019年はあの東京五輪、2021年は新札プロパガンダ、そして2023年はジャニーズタイアップ。
本来の目的を見失っているのではないかと思ったものです。
沖縄本土復帰50周年朝ドラよりも、ここであげたあやしい大河を取り上げてみてはいかがでしょう。
朝ドラがテーマな記事であるならば、特定の京阪神企業とベッタリ癒着した2017年、2018年下半期があります。
2020年上半期『エール』で大きくとりあげた作曲家なぞ、戦後「戦争犯罪人論争」まで起こっております。
朝ドラで褒めてよい枠なのかどうか、検討が必要ではないでしょうか?
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しかし、そうならないのは何故なのか?
2019年大河と2020年上半期朝ドラは東京五輪プロパガンダです。
このイベントはマスメディア全体で持ち上げようという機運があり、そういう枠だったからではないかと私は推察します。
みんなで盛り上げよう、和を乱すんじゃない!というわけです。
なぜこんな話をするか。それはX(旧Twitter)に懸念があるのです。
◆イギリス各地の暴動あおった「キーボード戦士」に実刑判決、死傷事件めぐる偽情報を投稿(→link)
以下の部分に注目です。
カタリナ・ショリン・ナイト裁判長は、「あなたはほかの人がやっていることに巻き込まれたのではなく、その行為を扇動していた」と被告に語った。
そして、「あなたのような『キーボード戦士』が火に油を注いだ」のだと付け加えた。
ナイト裁判長は、自分の行為は悪い冗談だったとする被告の主張を受け入れず、「どこにユーモアがあるというんですか、オロークさん?」と尋ねた。
「キーボード戦士」という呼び方が痛烈で、しびれました。
大河ドラマで言えば「キーボード武士」が発生しやすく、かつ、それに惑わされぬことが肝要に思えるのです。
キーボード武士の特徴を挙げるとこうなります。
・女性脚本家、女性人物を叩き、ミソジニーを発揮する
・何かと「大河は合戦がないと!」と言い出す
・大手アカウントの大河評価と己を一致させることで、安寧を図ろうとする
・敵認定した相手はともかく執拗に叩く
こうなってくると、ドラマ鑑賞や歴史が好きなのか、それとも群れて旗印を掲げ、雄叫びを上げつつ、何かを追い詰めることが楽しいのか、理解しかねます。
今日もどこかでバーチャル法螺貝を鳴らすキーボード武士団。
「おお、なんたる強者か!」と味方につけば頼もしく、敵に回せばおそろしくなるやもしれませぬが、立ち止まったほうが良いやもしれませぬぞ。
というのも、いわばエコーチェンバーで強気になった烏合の衆かもしれないわけでして。
ネットニュースはPV重視のため、キーボード戦士や武士を狙った記事が生まれます。
そしてますますエコーは鳴り響き、当事者たちは過ちに気づきにくくなります。
かつてインターネットは正解を探す場所とされました。
しかし今はもう、真実だけでなく妄想を膨らませるための餌も引っかかるから、そうともいえません。
今後「キーボード戦士」の処断次第では何か動きはあることでしょう。
大河チームはとうに気づいて、ネット評価を冷静に見ているのではないかと私は推察しています。
とはいえキーボード武士当事者はどうなのでしょうね。
うっかりキーボード武士を愛するドラマを批判してしまうと、『衛府の七忍』の世界観で薩摩ぼっけもんをおちょくってしまったような事態に陥りかねません。
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こればかりはどうしようもありませんな。
それがし「誤チェスト」は間に合っておりますゆえご容赦を。
💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅
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【参考】
光る君へ/公式サイト













