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【『光る君へ』感想あらすじレビュー第32回「誰がために書く」】
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「お前が、おなごであってよかった」
まひろが、いよいよ出仕本番を控えて、家族に挨拶をしています。
感極まった為時が、帝に認められ中宮に仕えることは我が家の誇りだと語ると、弟の惟規は大袈裟だとからかいながら「内記にいるから遊びにこい」と姉に声をかけています。
「中務省まで遊びに行けるの?」
「待ってるよ」
そう返す惟規ですが、果たして二人にそんな時間があるのかどうか。
まひろは、父といとに賢子を託します。涙ぐみ「おまかせくださいませ」と返すいと。
為時が言葉を続けます。
「身の才のありったけを尽くしてすばらしい物語を書き、帝と中宮様のお役に立てるよう祈っておる」
「精一杯つとめて参ります」
「お前が、おなごであってよかった」
為時に言われ、まひろは涙がこぼれなくとも、目の縁があからみ、目は潤んでいます。
父に男であればと言われ続けた自分が、女でよかったと言われる――これぞ彼女が生きる意味、勝利を見出した瞬間でしょう。
乙丸が涙ながらに見送ろうとすると、まひろはたまには帰ってくる、きぬを大事にするよう言い残し、内裏へ向かうのでした。
雪の降る日、まひろが出仕すると、なかなか癖の強そうな女房たちが居並んでいます。
赤染衛門が「藤壺は行き詰まっている」と語っていた理由がわかりますね。
これでは、帝だって足を運びたくないでしょう。
身にまとう衣装の色は美しく、百花繚乱の趣とはいえ、どこか険しい空気が流れている。まひろの出仕先は、そんな場所でした。
MVP:まひろ
『源氏物語』誕生の過程が、前後編で描かれたように思えます。
まひろは名声やフィードバックなどはどうでもよく、自分が満足できるかどうかにかかっています。
ソウルメイトである道長。
そして至高の存在である帝。
それよりも自分の気持ちが大事、自分が満足できるかどうかを重視しています。
口では学問を究めると言いつつ、昇進と出仕が叶うと嬉しそうにしていた藤原公任。
道長に「下がれ」と言われて落ち込んでいた藤原行成。
そして、定子を励ますために書き始めていた清少納言。
こうしたクリエイターたちと比較すると、まひろはとことんマイペースのように思えます。
かなりの変人です。
そしてその変人ゆえに彼女は勝利をおさめました。
まひろも愛読している白居易『長恨歌』にこうあります。
遂令天下父母心 遂に天下の父母の心をして
不重生男重生女 男を生むを重んぜず女を生むを重んぜしむ
ついには天下の父母の心も
男より女が生まれることを喜ぶようになった
楊貴妃が玄宗より受けた類稀な寵愛ぶりは、楊一族の繁栄を招きました。
男尊女卑の世で、女児が生まれたらため息をついていた親たち。それが変わったとここでは謳われています。
楊貴妃の場合は美貌による寵愛です。
しかし、まひろは文才ゆえに家に栄誉をもたらした。
そんな偉業を彼女は成し遂げました。これぞまさしく奇跡でしょう。
跂つ者は立たず跨ぐ者は行かず
跂(つまだ)つ者は立たず、跨(また)ぐ者は行かず。『老子』
爪先立ちをしたらしっかりと立っていられないし、大股でずんずん行こうとしても途中で歩いて行けなくなる。
無理せず、自分のペースで進むことも大事――まひろはそう教えてくれます。
彼女の我が道をゆく路線は、現代社会では通じないように思えることは確かです。
ましてや今はネットの時代で「バズる」ことが正義のようにすら思えてきます。
でもこの「バズる」ことが危険だとしたらどうでしょう?
インターネットが登場したころ、この電脳空間こそ自由な言論の場になるという明るい希望に溢れていました。個性豊かでユニークな書き込みや動画があふれていたものでした。
しかしそれから20年以上経過し、人類が思い知ったのは、人の心と水は結局、低い方に流れるということかもしれません。
迷惑をかける。
誹謗中傷をする。
炎上する。
そうしたコンテンツがバズり、利益を生み出す仕組みが出来上がってしまった。
たとえば先日イギリスで逮捕された「キーボード戦士」は、Xで人種差別憎悪を煽ることで、収益を得ていたことが明かされています。
バズりたければ、PVを稼ぎたければ、憎悪を煽るのは妙手です。
インターネット媒体だとPV重視で、無難でファンダムが好む論調を流すことが王道だとわかってはいます。
しかし、そのせいでおかしくなってしまう事例を私は目にしました。
あるユーザーがいました。その人はとある作家のファンでした。ごく穏やかでユーモアがあって素晴らしい人でした。
しかし、推している作家がヘイト言動をすると、その人はでどこかおかしくなっていきます。
作者が批判されると「ファンだから庇わなくちゃ!」と、持ち前の義務感でその作者を擁護し、作者と同じヘイト言説を繰り返すようになったのです。
そうするうちにアルゴリズムで自分と同じヘイターの言葉ばかりが集まってきて、「いいね」や「リポスト」欲しさに過激な言動を朝から晩まで繰り返すようになります。
ヘイトの範囲もどんどん広まり、ありとあらゆるマイノリティを一日中口汚く小馬鹿にするようになっていきました。
その人の推している作家も悪化してゆき、誹謗中傷で逮捕されるのではないかとニュースになっていました。
その人もさすがに懲りたのかと思ったものの、皮肉っぽく冷たく、嫌がらせのようなことを書き込んでいるばかりでした。
どうしてそうなるのか?
犯罪として裁けないのか?
むろんそうした規制は重要ですが、もうひとつ、個々人が防ぐ手段をまひろは提示しているように思えます。
他人のフィードバックよりも、自分を前面に出し、重視すること。
無理して大股で歩こうとせず、自分のペースで歩いていくこと。
まひろはそう示していると思えます。
むろん、現代と平安時代では、社会の状況は異なります。
とはいえ、制作された時代を無視して作品は語れません。NHKは作家性を守り、好きにさせるドラマ作りを目指しているように思えます。
NHKは逆に、ネットムーブメント、共感と同調性を重視した時期があります。
それは2010年代前半のこと。2012年の大河ドラマは『平清盛』でした。
視聴率は低迷したものの、ネットのファンダムは盛り上がり、ハッシュタグに寄せられたファンアートが公式チームにより神社に奉納されました。
チームは、ネットのファンに酔いしれているように思えたものです。
朝ドラでは2013年、上半期の朝ドラ『あまちゃん』がネット中心に盛り上がりました。
こちらも視聴率はさほど高くないものの、ファンダムは大いに盛り上がり、製作側も波に乗っていました。
ただ、2010年代後半ともなると、弊害に気づいたのでしょうか。
大河ドラマでは2020年『麒麟がくる』が転機に思えます。
あのドラマはタイトルからして難解に思えました。
脚本の池端俊策先生は漢籍由来の語彙がかなり難解で、制作チームはこれを丸めるように言わないのかと私は感銘を受けたものです。
登場人物像もなかなか個性が強く、共感しにくいものでした。
一方、2023年の『どうする家康』では、出演者やファンダムのフィードバックを重視しすぎて失敗した大きな蹉跌に思えたものです。
あの珍妙な展開は、本当に脚本家一人の考えたのか?と私は疑っておりました。演出も奇妙でした。
たとえば乗馬にしたって、今年の道長の方がはるかにしっかりこなしています。
放映時、動物愛護だのなんだのあやしい言説がネット上で広まっておりましたが、今年の打毱と乗馬を見る限り、デマの類でしょう。
そうまでして庇いたいものは何だったのか――そのことは、よりにもよって「文春砲」で疑惑として報じられました。
主演のファンダムおよびマスメディアへのアピールをしておけば、高評価が得られる。そんな心理操作ありきのドラマだったことが疑われたものです。
そんな高度な操作は安倍晴明にだって不可能でしょう。
2010年代後半から2020年代前半は、同調性や共感を重視する風潮にとり、終わりが始まる時代となることでしょう。ネットでの世論誘導や洗脳、その弊害があらわになったからには、もはや不可避なのです。
「キーボード戦士」は滅びに向かう存在であると自覚し、そこから離脱する道を模索しなければなりません。
インターネット創世記から生きてきて、自分自身を情報強者だと自認していた層には辛いことでしょう。
確たる自我を保つ方法すら思いつかないかもしれません。
それでもそうせねばならない、自分の思考で立たねばならぬ日は早晩訪れるのではないでしょうか。
どうしても他者の思いを受け入れてしまうと、水が濁るように、自分の構想がおかしくなってしまう。
背伸びする危険性はどうしたってある。
まひろはそう理解しているタイプです。
清少納言は、喜ぶ定子の姿を想像することで筆が動くけれども、まひろはそうではない。
道長? 帝?
それも二の次――現代こそ、そんな作家の姿勢が重視されるのではないでしょうか。
作家のみならず、SNSに書き込む発信者がまひろのようになれば、インターネット空間もマシになるかもしれません。
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