千代の死から3ヶ月経過――。
渋沢栄一はムスッとした顔をしていて、落ち込んでいるというより、機嫌が悪いように見えます。
これも描き方ではないでしょうか。
『麒麟がくる』の光秀は、冷静に振る舞っているようで、家族の前で妻の爪を入れた小さな容器を鳴らしていた。
栄一のように仕事の場で露骨な表情を浮かべるというのは、ビジネスマンとしてどうなのでしょう。
-

麒麟がくる第40回 感想あらすじ視聴率「松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも)」
続きを見る
幕臣が苦しんでいる最中に慶喜の茶席
徳川慶喜の茶席に栄一がいます。
香典のお礼にわざわざ訪問したようで、多忙極まりない最中に駿府まで行ったんですかね。
せっかくの茶席ですが……残念ながら緊張感がまるでない。
『麒麟がくる』における今井 宗久、明智 光秀、松永 久秀、そして駒たちの茶席は、息を呑んだものです。
今年は「正座しっぱなしで足痺れていてかわいそう」というか、文化祭の茶道部ブースを見守る気分に。
そもそも慶喜を出す意義がよくわからないのです。
当時、職を奪われた幕臣たちは生きるか死ぬかの苦境にありました。
一方、徳川慶喜は優雅に趣味に生き、周囲を顧みない生活。そんなところを描きたいのでしょうか。
-

女性スキャンダルが痛すぎる徳川斉昭と慶喜の親子|幕府崩壊にも繋がった?
続きを見る
しかし、ガチャ運は今週も絶好調。世論のお陰でショッカー岩崎とデ・アール大隈は追い詰められていました。
岩崎を糾弾する明治人の滑舌が悪くて、何を言っているかイマイチ聞き取れないのが残念。
本作は絶叫で興奮を表現する演出を多用する傾向がありますが、聞き取りにくいことが多くて、意識がそっちに持っていかれてしまいます。
追い詰められたはずのショッカー岩崎は、アジトで高笑いでした。
「ショッカーはショッカーだから強いぞ!」と戯言を言っております。
町中には講談師の神田伯山もいます。
◆「青天を衝け」神田伯山 大河でドラマ初出演「光栄」二代目神田伯山役「NG出しても優しかった」(→link)
さすがプロだけにお上手ですが、役者が本業ではないゲストを投入し、単発の話題作りは『花燃ゆ』でもよく使われていましたね。
ただし、あまりに唐突であり、講談で誤魔化しているとしか思えません。
渋沢栄一が高速算盤を披露しないといけないって、どういう状況なのでしょう。
女衒やす
やすも再び登場。
伊藤兼子に妾話を持ってきているようです。
もう、やすは「女衒(ぜげん)のやす」と呼んでOKですね。
マトモな再婚話のように展開していますが、今でいえば愛人とか高級デートクラブの斡旋ですよ。
20代半ばを超え、年齢的には芸者になれない女性に、不惑すぎの金持ちを紹介しているだけです。
現代ものなら『新宿スワン』の世界観ですね。『龍が如く』でもしばかれる側です。
確かに伊藤兼子は女衒を仲介させて結婚しております。
その女衒をよりにもよってやすにやらせるって、このドラマの倫理観はどうなっているのでしょう。
曲がりなりにも彼女は徳川慶喜側近・平岡円四郎の妻ですよ。旦那が亡くなり、やすも落ちるところまで落ちたようにしか見えない。
-

慶喜の腹心・平岡円四郎の生涯|渋沢を見出すも暗殺された理不尽な結末
続きを見る
再婚だって、通常の見合いのような流れではありません。
兼子は妾になっております。正式な後妻に決定するまでの間に、二人の乳児が亡くなっています。こんなこと指摘したくないですが、千代の死からほどなくして妊娠していました。
実際、当時も「同居している“くに”がいるでしょ!」と言われている。
-

渋沢兼子は妾として渋沢栄一に選ばれ後妻となった?斡旋業者の複雑な事情
続きを見る
結局、どんな言い訳をされても、”女のランク”を見ているとしか思えないのが渋沢栄一です(兼子は元豪商の娘)。
変にごまかして経歴ロンダリングするぐらいだったら、最初から経済の話を中心にして、プライベートのことなどすっ飛ばせばいいのに、なぜ恋愛ネタを引っ張るのでしょう。
-

女遊びが強烈すぎる渋沢スキャンダル 大河ドラマで描かれなかったもう一つの顔
続きを見る
スピリチュアル岩倉
栄一の娘・うたが出産。
昭和のセオリー「3Bの法則」通りですね。
子供(Baby)、美女(Beauty)、動物(Beast)に頼って視聴率や好感度を狙う展開です。動物がいませんので、ここは猫でも出すとよいかもしれません。
「ああ……お千代に見せてやりたかった」
またも立ったまま、思ったことを全部吐き出す栄一。
孫だけでなく、その前に兼子との間にも子供が生まれ、不幸にも夭折しておりますが、完全になかったことにされ無情にも程がある。
千代を失った栄一に、さらに不運は続き、養育院も廃止されそうになりました。
最近はやたらと死の場面が続きますが、岩倉具視も病に伏せていました。
亡くなる間際で苦しいはずの岩倉は、滑舌良くペラペラと言葉が出てきます。
医療考証が皆無ですよね。病床にいる人間のセリフ処理で、明治時代の政治が説明されて戸惑いしか感じません。
岩倉が、三条実美や井上馨を枕元に呼び、絶叫するのも意味不明。かなり元気では?
しかもトメの声が聞こえてきて、急に立ち上がったかと思ったら、合掌して倒れて死ぬ――私は一体何を見せられてるのでしょう。もうワケがわからないとしか言いようがない。
岩倉具視の孝明天皇毒殺説をふまえると、とても皮肉が効いていて素晴らしいとは思いました。おそらく本作スタッフにそんな狙いはないんでしょうけど……。
それはそうと、岩倉に光が降りてきた最期は、
・お蚕ダンス
・狐の幻で人を斬った長七郎
に続き、またもやスピリチュアルな展開でしたね。
渋沢栄一の聡明さはどこへ?
このあと、また明治人絶叫タイムの始まりです。
登場人物がここまで絶叫する作品というと『彼岸島』を思い出させてくれます。
ショッカー岩崎も、暗いアジトで『彼岸島』のように絶叫中。そして苦しくなって弟の前で倒れます。
「にいさん! にいさん!」
本作の人物は、何かあるとオタオタして叫ぶだけで、皆さん、いい歳なのに大丈夫かな?と不安になります。
まぁ、ショッカー岩崎は倒れても元気そうに悪役らしさを見せつけているので大丈夫でしょう。
そしてメリサンドル五代が、栄一に助言をしています。
※メリサンドル:『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場する赤いお告げ巫女
方向転換も五代様の神秘のお告げがあればありなんですよね。
それにしても、本作の薩摩って、どういう存在なのでしょう。
豚鍋思い出おじさんだった西郷隆盛は新聞死。
大久保利通はネチネチと嫌がらせのようなことをされてナレーション死。
このころ大久保路線を継承していたはずの黒田清隆は出てこない。
そして五代友厚だけがでしゃばる。しかも事業家としてではなく、神秘の予言を振りまくメリサンドルよ。
-

五代は死の商人で黒田は妻殺し|知られざる薩摩コンビ暗黒の一面とは?
続きを見る
主人公・渋沢栄一の聡明さはどこにいったのでしょうか。
五代の説明セリフばかりなので、状況もいまいち見えてきません。日本経済についての話題は、まるで岩崎と渋沢しか存在しないようだ。
しかし栄一は、広告動画のようにキメキメの「俺はすごいぜ!」的なセリフを吐いています。
「俺のがっぽんとの戦いなんだ!」
がっぽんがっぽんって、がっぽんカードに頼りすぎ。
隣で困った顔をしている成一郎も、水槽にEM菌を投入し、テスラ缶をいかにも買っていそうな顔で、まったく役立ちそうにありません。
そして伊藤博文がこそっと出てくる場面へ。
「ちょっとぉ〜悪口やめなさいよ〜」
と、珍しく正論で栄一を諭します。
本作は渋沢栄一と徳川慶喜を露骨に持ち上げるだけでなく、明治以降は伊藤と井上コンビもロンダリングして持ち上げます。
彼等は毛筆フォントでドドーン!と
金! 女! 権力!
でも書いておいたら似合う、明治きっての黒い政治家であり、司馬遼太郎すら素直に褒めない二人でした。
-

『司馬遼太郎が描かなかった幕末』が面白いからこそ湧いてくる複雑な思い
続きを見る
実は、この辺の描き方は2010年代半ば以降の大河に顕著な傾向です。
2015年の『花燃ゆ』は長州大河だからわかります。
それが2018年の薩摩大河『西郷どん』ですら、薩長が対立していたころから持ち上げており、そして2021年『青天を衝け』でも同じような展開できました。
反面、この三作は、例えば佐幕派の中でも会津藩の扱いが極めてお粗末です。
伊藤と栄一の会話もドッチラケとしか言いようがなく。
「新しい日本をスタートしない?」
「結局、あんたが日本を一番俯瞰して見ていたんだな! 一番レアカード、星五つってことだな!」
という……お前ってスゲーよな!という居酒屋的な会話は一体なんでしょう。ホッピー10杯ぐらい飲んでるんでしょうか。
五代様のお別れタイム
病床のショッカー岩崎が弱気になっています。
でも、力いっぱい叫ぶ力はあり、まだまだ元気そうです。そしてショッカーなりに日本を考えている演出。
どいつもこいつも「日本スゴイ!」「いや、俺こそが一番の日本大好きだ!」的なことを言い合っていてわけがわかりません。
「愛国心はならず者の最後の拠り所」
そんな言葉を思い出しますね。
そしておねがい栄一は、岩崎の訃報を聞きます。
「うそだ!」
続けて五代も長くないそうです。つい、さっきまでピンピンしてお告げを持ってきていたのに、急にどうしたことでしょう。
人間、亡くなるとなれば、後のことを考えなければなりません。
葬儀や香典。明治の実業家ならなおのことでしょう。
しかし親だろうが、妻だろうが、恩人だろうが、このドラマの栄一は自分の感想を述べるくらいで終わってしまい、とにかく幼稚なのが辛い。
かくして五代様のお別れタイムです。
もう、このドラマには、人の死しか盛り上げる要素がないようで、毎週のように退場ラッシュにするようです。
岩倉具視とショッカー岩崎のロスは発生しそうにありませんけど、そんなにロスが好きなら兼子との間に生まれた二児の死も描いたらよかったのに。
史実で冷淡だったという長男の夭折は描いてましたよね。
そして五代様最期のお告げで、合併が決定!
船賃の値下げ競争を続けていたら、三菱サイドは1年、渋沢側は100日しかもたないとのことです。
五代様は最期までロンダリングを忘れません。
「青天白日!」
自分はクリーンだと言い張ります。いや……それ……自分で言う言葉じゃないんだぞ……。まぁ、それは後述するとして。
「渋沢君、日本を頼んだぞ」
と、最後までお告げを発しながら五代様が退場しました。
兼子が唯一の見どころ
再婚した兼子は訴えます。
「離縁してください」
こんなドラマでも、兼子を演じる大島優子さんの所作は抜群に美しく、時代劇のセリフもきっちり読み通す。
唯一の見どころです。
兼子は、千代に未練たらたらの栄一に不満があるそうです。
セリフはいつものロンダリングで語彙もいまひとつ。それでも大島優子さんが読むと美しく聞こえるから困る。
抑えた声音なのに、滑舌がクリアで聞き取れる。この蓮花美人はまったくもって素晴らしいものです。
そこで甘くなってはいけないと思いつつも、理解できてしまうから悩ましい。
いやはや、本物の美女というのは存在するだけで人の心を惑わせるもの。兼子がいるだけで周囲の空気まで透き通ります。願わくば、もっと色合いの落ち着いた衣装をご用意いただきたかった。
悩みどころは、栄一のセリフの読み方と所作がどうしても辛く見えてしまうところでしょうか。
栄一は「ダメだよ! 星五つ後妻に支えられないとクリアできない! ガチャでゲットしたSSR妻女はキープしなくちゃ」みたいなことを言って、事態は簡単におさまります。
目をうるませて幼稚なことをボソボソと言い募る栄一は、歳上の夫というより高校生程度にしか見えません。
兼子は……しみじみと、素晴らしい。兼子だけでもこのドラマは価値が出てきたかもしれない。
東京養育院はなんとかなったそうです。
しかしいきなりの展開で、何が危機で、どう乗り越えたのか?劇中だけの説明で理解できるのでしょうか。
兼子はバザーを開き、渋沢家の慈善事業をアピールします。
ただし、これは渋沢だけではなく、当時の上流階級女性の嗜みとも言えるもの。渋沢だけがすごいような描き方は、あきらかに偏向的です。
そして兼子という大輪の花を得ながら、千代を思い出す栄一にウンザリ。
目の前の愛妻を慈しんでこそ、素晴らしい夫ではありませんか? 仏壇で手を合わせながらならわかりますけどね。
明治18年(1885年)12月に内閣制度もでき、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任。
ナレーションで「3年後に大日本帝国憲法が発布されます」と言いますが、明治22年(1889年)2月11日のことで……あれ?
3年?
4年?
年数を確認しましょう。
伊藤博文の在職期間:明治18年12月22日~明治21年4月30日
大日本帝国憲法公布:明治22年2月11日
明治18年12月末から数えて明治22年2月は、期間で見れば確かに3年ちょいです。
しかし、年数をベースに語るとしたらちょっと語弊があるような……。
国旗逆さま映像とは違って、ここは修正されたりしないのかな。
再婚ロンダリング
周囲からの勧めで再婚――そうまとまられた栄一と兼子。
栄一の年齢と当時の価値観を考えれば、特に不思議はありません。
「男やもめに蛆がわく」という言葉には、妻の世話がなければ生活すら構築できないという意味合いがあります。
しかし、どうにも史実を雑に改悪した結果、本作はわかりにくくなっている。
兼子を前倒しで出そうとして、芸者になる過程を描きました。しかも、そこには平岡円四郎の妻・やすも関わっている。
「そっか、やすが、いい相手がいるって勧めたんだね」
そう解釈できればよろしいようで、実はこの設定には無理があります。
これは史実でもさんざん言われた、くにのことがあげられます。
娘の歌子らは、妻妾同居をしていた過程でくにとは打ち解けていました。くにが後妻に昇格するのであれば、それでよいと周囲は考えていた。
誰かが「くにはどうかと思う。別の女にすれば?」と進言したのであれば、その「誰か」は相当根性が悪いということになります。
次に、兼子は前述の通り芸者です。素人の女性ではありません。
玄人の女性と馴染みにもならずに勧めてくるとしたら、どうしたって口入れ屋、あるいは女衒の影がちらつきます。
兼子との再婚は、まるっきり捏造しておけばよかった。兼子は栄一が奉公していた家の娘という説もあるほどですから。
「なに! あの家のお嬢さんが困っているのかぁ。芸者をするほど落ちぶれていたとは……」
そういう流れであれば、ロンダリングもそこそこ成功したでしょう。
しかし、そうした過程も踏まずに、無理矢理やすを絡ませたものだから、史実と照合するとなかなかおそろしい構図ができてきます。
女衒やす――。
没落した女性を芸者に仕立て上げるという名目で誘い、兼子にこう告げる。
「あんたねえ、その歳じゃ芸者の口はないよ。いっそ妾にならないかい? アタシの知人に金持ちの男がいるんだ。妻を亡くしたばっかりでねえ」
兼子に、そう話した後で、栄一にはこうだ。
「くにさんを後妻にするって? 言いたかないけどサ、お千代さんのあとにあれじゃあ見劣りするんじゃないかい? アタシの目に叶う小股の切れ上がったいい女がいるんだよ。あれだけの美形なら、伊藤さんや井上さんにも自慢できるよ!」
そうやって縁結びをして“上前”をはねると。
史実でも、口入れ屋は兼子に「芸者は駄目だけど、妾なら」と持ちかけています。そういう現実的な流れを考えていくと、下劣な話が見えてくるんですよね。
結局、ロンダリングできるだけの展開力がないのに、無駄にやすを絡ませたせいで話が改悪されたのです。
兼子のことを考えてロングパスを放っておくほどの余裕もなかった。
そこまでやる気がなく、史実を改悪するだけなら、なぜ渋沢栄一という難易度の高い題材を選んだのでしょう。
-

渋沢栄一の妾たちはどんな境遇で生まれた? 明治維新で作り出された女の不幸
続きを見る
-

困窮した女性たちが苦海へ落ちる明治時代の深い闇|天保老人らの遊び自慢
続きを見る
伊藤博文と関係がある首相官邸
首相官邸――。
あのおなじみの場所に、伊藤博文も関係があります。
知っている人には知っているトリビアですが、一応、記しておきますと……。
「女遊びが激しすぎて、金が尽きた。そのせいで定住する家すら売り飛ばし、これでは困るため首相官邸が建てられた」
-

女好きがもはや異常レベルの伊藤博文|女を掃いて捨てる箒(ほうき)と呼ばれ
続きを見る
ちなみに二代目の総理大臣で五代様とも仲が良い黒田清隆は、民家砲撃やDV妻殺人および組織隠蔽という前科もあります。
明治の政治家とは興味深いものです。
パークスの要求が実現されたわけですが
本作にも登場した英国人・パークスは「日本は近代国家になれや」とふっかけていました。
それが商工会議所やら、おもてなしに妻を同伴させるやら、よくわからん流され方をしましたが……。
議員内閣制度。
憲法発令。
選挙。
こうしたデモクラシーをイギリスを手本にして整備しろという要求でした。
ドラマの流れから、それが理解できたでしょうか?
毎週くどいようですが、本作から明治時代の歴史を学んではいけません。
-

対等どころか子供扱いされていた幕末明治の日英関係|新政府は英国の言いなりか
続きを見る
妻妾への愛をどうするか?
大河ドラマの噂として、こんなものがあります。
「側室のいない戦国時代の人物を取り上げるらしい……」
『天地人』の直江兼続。
『軍師官兵衛』の黒田官兵衛。
『麒麟がくる』の明智光秀。
こう並べると、納得しそうになります。
しかし、それは幕末大河を見ても同じことが言えるのでしょうか?
『八重の桜』の会津藩ならばわからなくもおりませんが。
『花燃ゆ』:幕末明治一女遊びが激しい長州藩でもモテ男の久坂玄瑞、その妻がヒロイン。案の定迷走する。
『西郷どん』:差別的な現地妻である島妻を美化する苦しさ。
要するに、説得力がないのです。
妻妾の描き方だって、工夫次第では深みが出せます。
『麒麟がくる』の斎藤道三を思い出しましょう。
-

斎藤道三の生涯|二代に渡る下剋上で国盗りを果たした美濃のマムシ63年の軌跡
続きを見る
道三は帰蝶の母である小見の方を深く愛しているがゆえに、名医を呼び寄せていました。
それでいて、側室である深芳野も愛している。
土岐頼芸の妾を奪った達成感から側室にしたようで、高政(斎藤義龍)という嫡男が生まれ、何かが変わってゆく。
自分でも気づけないほど深い愛があったと、愚かしくも気づいたのは彼女の死後でした。
-

小見の方は信長や光秀の台頭に影響を与えた重要人物か?戦国時代の美濃攻略
続きを見る
-

夫の斎藤道三と息子の義龍が殺し合い~深芳野は美濃に災いをもたらす美女だった?
続きを見る
それはあまりに遅く、それゆえ高政との間に決定的な断絶が生じてしまった。
不器用な愛ゆえに己を見失い、迷走し、最愛の女性が産んだ我が子に討ち取られる――戦国ならではの悲哀が詰まっていて、見ていて圧倒されたものです。
-

麒麟がくる第14回 感想あらすじ視聴率「聖徳寺の会見」
続きを見る
そういうその時代ならではの愛憎の葛藤を味わってこそ、時代劇を見る喜びがあるのではありませんか?
当時の価値観ならば侮辱的な改悪を重ねながら、現代人に忖度する。そんなドラマは見なくていい。そう痛感できる。それが本作の恋愛描写です。
私は恋愛描写が嫌いなわけでもない。しょうもない恋愛描写が嫌いなだけです。
来年の三谷幸喜さんには期待したいと思います。八重姫、亀の前、北条政子……期待がふくらみます。
青天白日
今週の漢籍です。
がんばりました! 韓愈『崔群与書』ですね。
ただし、これは自分が言うものではありませんよ。ザッとこんな話です。
韓愈には崔群という友人がいました。その崔群が、こう評価されました。
「まあ崔群は立派だけどさ。誰もが褒めるのはおかしいよね」
すると韓愈は反論します。
「青天白日は、召使いであってもその晴れやかさを知っているだろう」
青天白日とは「誰にでもわかる魅力がある」と、褒めたのであって、誰かに対して言うのであれば、よい言葉だと思います。
しかし、五代様のように自分で言うと、ものすごく間抜けです。
「俺って誰もが褒めたくなるほどマジ立派じゃね?」
真顔でそんなこと言われても、おいおい自分で言うなよ……と、突っ込みたくなりませんか?
確かに冤罪を晴らす意味合いで使うことはありますが、惜しいところで間違えたものです。
『麒麟がくる』ではこういう恥ずかしいミスはありませんでした。
せめて栄一が、「あなたは青天白日だ」と言うとか。あるいは五代様につっこめば良かったんですけど……やはり五代様、お友達がいないとか? 史実では同郷の薩摩人脈から相当嫌われていたようですので。
代わりにいい言葉を見つけてきました。
天知る、地知る、我知る、人知る。
『後漢書』「楊震伝」
こちらもザッと流れを記しておきましょう。
楊震が賄賂をおくられました。
断ろうとすると相手は「誰にもわかりゃしませんって」と言います。
そこでこう返しました。
「天が知っている、地面も知っている、私が知っている、人も知っている!」
バレないわけないだろ。いつかわかるんだよ。として断る、清廉潔白さを示す言葉です。
五代様が力強くそう言えば、自分が正しいと確信しているニュアンスは出てきます。
いつかきっと、自分が正しいことはわかるはずだ、ということですね。
おそらくや、付け焼き刃で漢籍を出しきたのでしょう。だから、こんな妙な話になってしまう。
後生畏るべし
『鬼滅の刃』でも、タイトルに使われていた、こんな言葉があります。
後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや。『論語』「子罕」
下の世代を畏れるべきだ。これから先どれだけ伸びるかわからないのだから。
あの作品は柱、そして鬼、無惨までも凌駕する――そんな炭治郎たちを描いていますから、極めて適切な言葉といえます。
あの作品でこの言葉を知り、勇気をもらう読者もいるのではないか?と思えるのです。
で、大河ですが。
若者向け作品のほうが、よほど漢籍をきちんと引用しているってどういうことでしょうか。
そしてまさに「後生畏るべし」とうなった連載が『週刊金曜日』で掲載されています。
「渋沢栄一と朝鮮侵略」です。
筆者は日韓関史を見直している大学生。
若い世代がこうした連載をしている一方、彼らよりずっと歳上の年代が渋沢栄一顕彰を担い、『青天を衝け』の歯の浮くような捏造描写に感動したと投稿している。
◆ 『青天を衝け』36話。「お千代死ぬな。お前がいなくてはオレは生きていけねぇ」栄一の妻・千代の死(→link)
これは一体何かと私は考え込んでしまいました。
典型的な記述がこの辺ですね。
菅(すが)政権の「自助・共助・公助」を思わせるような自己責任論を主張する政府に対し、栄一は「国が一番守らねばならぬのは人だ!」と反論。
明治の歴史をきっちりと踏まえると、むしろ渋沢栄一を含めた明治のエリート階級こそが、「自助」精神、通俗道徳という呪いの土台作りに励み、その悪しき結果が現在も祟っていると思えます。渋沢栄一と明治政府は思想的にむしろ一致しています。
-

お前が貧乏なのはお前の努力が足りんから!明治時代の通俗道徳はあまりに過酷
続きを見る
こちらの記事も同様。
◆『青天を衝け』千代を失い悲しみに暮れる栄一 孤独を際立たせた縁側での姿(→link)
「矛盾」というキラーワードが都合よく使われています。
話を聞いた千代は「昔から欲深い男ですよ」と笑う。千代は五代の考えを肯定し、その上で「でも私はおまえさまのここ(心)が誰よりも純粋で温かいことも知っております」と微笑む。欲深さと純粋さは紙一重であり、人間は矛盾に満ちている。
人間は矛盾に満ちている――といえば、言動不一致や嘘が許される?
そんなワケありませんよね。
華流ドラマで定義するならば「偽君子」で片付きます。
どうか未来を担う皆様には、感想を読むにせよ、SNSに投下するにせよ、複数の記事や書籍に目を通すことを心がけてもらいたいです。
例えば『週刊金曜日』の連載を読んでからでも渋沢栄一顕彰ができるかどうか?
ご自身に問いかける価値はおありでしょう。
-

本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい
続きを見る
墨子悲糸
「『青天を衝け』でも褒めてたし『論語』を読まなくちゃ!」
そう誰かがおっしゃるのであれば、それはそれで結構なこと。
しかし私は墨子を勧めたいところです。
◆ 半藤一利さんは、なぜ「墨子を読みなさい」 と言い遺したのか(→link)
墨子は糸を見て悲しみました。
なぜか?
「みてごらん、この糸を。染めればどんな色にもなる。
人もこれとは同じではないかね?
善い人間のそばにいれば善くなるが、悪い人間のそばにいれば悪くなる。
何を選ぶかなんだよな。そして染まったら取り返しがつかん。悲しいねえ」
だからこそ泣いた、と。
これはまさしく今こそ考えたい言葉です。
デジタル機器の普及により【エコーチェンバー】が生じやすくなっています。
SNSで特定の意見をずっと見ていると、すっかり染まってしまう――ドラマの場合、ハッシュタグが大きな役割を果たします。
以前、私が好きなドラマのアンチが、アンチハッシュタグを得意げに伝えてきました。独特の語彙を使いながら挑発的な言葉を投げかけてきたのですが、そのとき
「アンチハッシュタグが天下万民の総意」
とでも言いたげな態度に驚かされました。
数が多ければ正しいということでしょうか。
そもそも、その数は実数なのでしょうか。
要するに、その方は染まってしまった糸なのです。
そしてそんな染まった糸を使えば、いくらでもこうした記事が打ち出せます。
◆「青天を衝け」栄一の妻、「千代さん」退場に視聴者号泣「ロスが激しすぎる」「このご時世だからこそ刺さる」(→link)
まるで定型文のように、感想を引用した記事が生成されます。
例えば以下の部分。
このシーンに多くの視聴者が涙。SNSには
「分かってはいたけど、千代さん…」
「ついにこの時が来てしまった。あまりに急な展開で暫し事実を受け止められず、涙を流すでもなく喪失感からただただ呆然としていました…」
「大河ドラマ、はじめて泣いてしまいました」
「泣いたの、(堤真一が演じた)平岡(円四郎)様の暗殺以来だ…。お千代さんも平岡様も大好きだったから本当にボロボロ泣いてしまった」
といった書き込みがズラリと並んだ。
大河ファンから愛された千代だけに
「お千代さんロスが激しすぎる…」
「千代さんロスなのは栄一だけじゃないはず…」
「青天を衝け、色々ロスあるけど、お千代さんが一番つらいな(泣)」
などの投稿も相次いだ。
先週は千代で、今週は五代様でしょうか。
これだけ型にはまった書き方だと、いずれAIでも作れてしまいそうな気がします。
でも、染まった糸は止められません。
誰かの死に感受性をアピールできるし、気持ちがいい。自分に満足してしまう。
だからこそ恐ろしい。一切の批判的目線を失ってしまう。
私はどうしたって渋沢栄一顕彰には乗れません。先ほどの『週刊金曜日』の連載を読んでそうしみじみと思い、自分は正しいと確信しました。
渋沢栄一精神がさほどに素晴らしかったら、こんな不祥事もないでしょう。
第一国立銀行とみずほ銀行の記事ですが、その中にこんな文言が。
▼第一国立銀行が現在のみずほ銀行につながっているのだから、「大きな川」とうたった渋沢さんもさぞ、渋い顔をしているのだろう。
現金自動預払機(ATM)が使えなくなるなどみずほ銀行で相次いだシステム障害問題は経営陣の退陣に発展し、親会社みずほフィナンシャルグループ社長、みずほ銀行頭取らが引責辞任する見通しだそうだ
自分の糸は、自分で守るしかありません。
本文に登場する関連記事
-

栄一の息子・渋沢篤二も“女好き”がヤバかった?遊び過ぎて跡目を剥奪
続きを見る
-

渋沢千代(栄一の妻)は気高く聡明な女性|しかし夫は妾を新居に呼びよせた
続きを見る
-

渋沢兼子は妾として渋沢栄一に選ばれ後妻となった?斡旋業者の複雑な事情
続きを見る
-

一代で三菱財閥を築いた岩崎弥太郎の豪腕|一介の土佐郷士が巨大企業を作るまで
続きを見る
-

女遊びが強烈すぎる渋沢スキャンダル 大河ドラマで描かれなかったもう一つの顔
続きを見る
【参考】
青天を衝け/公式サイト



















