藤原道長が甥の藤原伊周を超え、ついに内覧できる右大臣となりました。
公卿の頂点に立った道長に、帝は、関白になりたいのかと尋ねます。
「なりたくはございません」
道長が断言するその理由は次のものでした。
関白は陣定に出ることができない。道長としては公卿の意見を知りたい。ゆえに関白にはなりたくない――。
たとえ関白になっても、陣定の内容は後から聞くことができるではないか。そう帝が指摘しても、道長としては公卿の思いを直接聞いて、共に考えながらでなければ補佐役は務まらないとのこと。
これまでの関白とはずいぶん異なると驚く帝に対し、道長は今までとは異なる道を歩みたいと決意を述べます。
こう見てくると、道長は清新な政治を行いたいように思えます。
兄・道隆の政治が「独裁」とされたのは、道長との対比のための前振りだったのでしょう。
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茫洋たる大器
道長の政治スタイルは、当人にとっての特技をふまえたものでもあったのでしょう。
人間の性格には向き不向きがあります。
例えば藤原公任や藤原実資ならば、余計な意見は聞かず、過去の事例やら漢籍でも紐解いて決められるかもしれない。
道隆はそういう特技はないのに、独裁を進めてしまいました。
一方、道長はコミュニケーションが得意であり、自分の思う通りに空気を作りやすい。
ただ流されているだけかもしれないのに、道長と同じ場にいたものは「まぁ、俺も賛成したっけな……」と自分の意思があったかのように思ってしまう。
そうなれば独裁体制より、話は進めやすくなるでしょう。
中国文学ですと、『三国志演義』の劉備、『水滸伝』の宋江、『西遊記』の玄奘がこの手のタイプとされます。
突出して能力があるわけではない人間が上に立つと、下にいる者たちは動きやすくなる。一種の理想的なタイプとされます。
この道長は、能力値において何か突出しているものはなく、上に立つにはちょうどよいゆるさがあります。
どこまで善良なのか。政治的な美学があるのか。これもちょっと未知数。柄本佑さんだからこの茫洋とした器が出せるのだと思います。
彼は、善悪正邪、どこへに転ぶのかがわかりません。
白居易『新楽府』に政の喜びを見出す
まひろは漢籍を写しております。
念願の白居易『新楽府』を手にしたのだとかで、どことなく嬉しそうにしいている。
と、いとが「そんなに楽しいのか」とつっこむ。
政のことが書かれている点がよいそうです。
これはまひろの読解力でしょう。
白居易の人気は平易かつ甘い作風にあったとされます。そんなスイートな魅力でなく、政を見出しているまひろの視点が渋い。
いとにとっては、そうした姿がもどかしいようで、政のことなど若様(惟規)に任せて婿を取ることを勧めてくる。清水寺に参拝したらどうかとまで付け加えてきた。
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すると、肥前のさわから文が届きました。
彼女は婿を取ったそうで、それを喜ぶまひろ、また出遅れたとため息をつくいと。
それにしても、道長にもあてはまることですが、この作品は紫式部の性格のおける欠点をどうするのか気になってしまいます。
『源氏物語』にせよ『紫式部日記』にせよ、本作のさわや清少納言がそれらを読んだら、怒りそうな描写があると思えます。
さわの選択肢は極めて現実的でまっとうです。しかし、『源氏物語』には大夫監(たゆうのげん)という、肥後のオラつき脂ぎった男が出てくるんですよね。
さわは肥後ではなく肥前ですが、そんな田舎男ってどうなのか?と思いかねないのでは……と心配になってしまいます。特に清少納言はどうなるのやら。
民を救うことこそ上に立つ者の使命
藤原道長のもとに、義兄の源俊賢が帝の意向を伝えにきました。
なんでも「伯耆と石見の租税を4分の1免除せよ」とのことで、道長はさすがだと感心しています。
藤原斉信がどうするのか?と問うと、無論同意すると道長。
帝は民を思う心があってこそ、帝たり得るとのことですが、斉信は不安がっています。税収が減るわけで、陣定が大荒れになるとぼやくのです。
さて、その陣定では、公卿たちが流されてゆく様が見えます。
ずらりと並んだ公卿のうち、政策として「よい!」と確信を持って賛同しているのは、実資と公任ぐらいのように思えます。
短い場面で、これだけで聡明さが際立つこの二人はやはりものが違う。
実資の目に光がキラッと輝く。公任は白い顔そのものがふっと浮き上がるように見える。知性の光があります。
隆家はむすっとして反対しているのだけれども、理由を滔々と語れません。
伊周は論陣を貼ります。
二カ国を認めてしまえば、それだけにはおさまらない。他の国も減税を申し出るであろう。税収を減らすことは朝廷のためにならぬとして、民に施しは不要だと断言しています。
この展開は、現在にまで通じる税の話になって興味深いですね。
コロナ禍などの苦難に際してどこまで支援するか、減税するか。そんな議論も思い出します。
道長がこのあと、疫病に苦しむ民を救うのは上に立つものの使命だと返します。
実資も、公任も、これには納得。道長は皆の意見を伝えると言い、他の意見がなければこれまでとすると締めます。
道長は、実資と公任ほど、自分の理論に自信がないのかもしれません。
自分の意見を披露して、この二人が納得していればよしとする。そう反応を見たいからこそ、関白になりたくないのかもしれません。
その謙虚さがいつまで続くのか。気になるところではありますが。
すると、退出しようとする道長を止め、藤原伊周が突っかかってきました。
「道隆を呪詛したのは右大臣か」
「ありえぬ」と即座に否定する道長に対し、伊周は「まて!」と呼び止め、さらに続けます。
自分の姉である女院(藤原詮子)を動かし、帝をたぶらかし、中宮を邪魔するのはやめろ――と、道長は身をかわし、伊周を倒して去ってゆく。
隆家が駆け寄り、公任は驚いた顔でこの騒ぎを見ているのでした。
融通の利かないところが信用できる
道長が除目に悩んでいると、姉の藤原詮子がやってきて、その中に入れて欲しい人を指名してきました。
知らぬものを入れるわけにはいかぬ。
道長がそう断ると、詮子は伊周封じのためだと粘ります。
道長としては道隆のようなことはしたくないのだとか。付き合いがあるという詮子に対しても、道長は断固として断ります。
そういう融通の利かないところが帝の信用を増やすのだと詮子が少し嬉しそうに言いながら、結局、帝に直接頼むとのこと。
このやりとりを見ていると、先程の伊周の指摘も、あながち間違ってはいません。道長は、詮子の言う通りにはならないようで、積極的には止めてはいない。敵からすれば全くもって許せない行動となってもおかしくはない。
柄本佑さんは誠意があるのか、いい加減なのか。融通が利かないのか、結局ゆるいのか。どちらにも取れるため、より不可解に見えてきます。
そんな道長と伊周の争いは内裏で話題になっていました。
道綱が、実資に内大臣の不様さも語ると、実資はそんな面白いことがあったのかと興味津々。今日もやるかと期待を見せるのですが……結局それは叶いそうにありません。
伊周と隆家の兄弟が、内裏に出仕しなくなったのです。
機嫌を損ねた出仕ボイコットは、兼家も円融天皇を相手に使っていましたね。
道長流の人事とその友たち
藤原道長・藤原公任・藤原斉信・藤原行成の“F4”が珍しく揃いました。
公任は次の除目では俺のことは忘れろ、参議のままでよいと言っています。
父が関白であったころには、その跡につきたかった。しかし、今はもうどうでもよい。漢詩、和歌、読書、管弦を楽しんで生きていきたいとのことです。
若い頃、打毱を楽しんでいたころとは違う公任。
いい男になりました。少し枯れて、人生を知性を伸ばして生きていこうと願う姿は実に見事で素晴らしい。
斉信がいきなり枯れて体の具合でも悪いのか?と問うと、陣定での道長にすっかり感服していると公任は答えます。
まだ始まったばかりだと気を引き締める道長に対し、公任はこうアドバイスをします。
除目のためには各々の事情、裏の顔を知るべきだ――。
先頭に立って競うことは諦めた公任は、どうやら道長の参謀役をかって出るようです。思えば打毱のころから、作戦を練るのは公任の役割でした。
そして公任は具体的に“行成活用法”を提案します。
行成は字がうまい。おなごは行成の字を欲しがる。意外とおなごとつながりがある。ここで「意外と」と言わなくてもよいのに、一言多いのが公任らしいところですね。
公任によると、おなごの睦言で秘密が漏れるから、そこを探れということです。
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なかなか汚いですね。
確かに睦言で秘密は漏れると『麒麟がくる』の斎藤道三も語っておりました。それを能筆を餌にして引き摺り出すわけですか。
「私で力になれるならやります!」
素直に引き受ける行成。道長のためなら倫理は二の次になるようです。
一方、参議になりたい斉信に対して道長は、今回は源俊賢を優先すると謝ります。俊賢も斉信も同じ蔵人頭なのになぜかというと、源の血筋だからとのこと。
自分の思うままに人事を進めていく道長は、それほど清廉潔白でもないように思えてくる……。
と、行成はさっそく秘密の情報を掴んできました。
右大臣のためならばと張り切っていますが、読んだら焼き捨てるようにとも頼みます。
一度では覚えきれないと道長が困惑していると、行成は記録を残せばよいと助言。日記のことかと聞き返しています。
なんでも行成は、翌朝になると前日のことを書き記すのだとか。これにより覚える力も鍛えられるそうで、両者の違いも浮かび上がってきますね。
道長はきちんと記録しそうにない。行成は残す。実際に二人の日記から見える個性を反映しています。
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このあと、猫の小麻呂を抱きながら除目の名前を見てしまう倫子がチラリと映ります。
小麻呂は長生きです。帝の愛猫は出ずに小麻呂が続投でしょうか。
除目は年2回あり、秋は大臣以外の中央官人で、春は地方官の人事となります。
この秋、実資は権中納言に、俊賢は参議に、行成は蔵人頭になりました。
蔵人頭は帝の動向も追いやすいので、スパイとしての行成はますます美味しい地位にいます。
描き方や演出によって騙されそうになりますが、道長陣営もなかなか情報網を張り巡らせた、見方によっては“卑怯な手”を使っていることは考えておきたいものです。
伊周包囲網が進んでゆく
藤原伊周のもとに源俊賢がやってきました。
いかにもなご機嫌取りであり、ムッとした藤原隆家が突っかかるようなことを言います。
右大臣に言われて探るつもりか!
俊賢は、確かに妹が道長の妻ではあるものの、源家再興のためだとわざわざ断ります。
その上で、内大臣こそ若く聡明だ、先々のために種を蒔くために参じたというのです。
図々しい奴だと毒付く隆家。
俊賢は帝の意向として、右大臣に歯止めをかけるに内大臣を重視し、陣定にいて欲しいと思っていると伝えます。
さらに俊賢は、蔵人頭として仕えたからには目に狂いはないと言い切る。職権濫用にも思えますが。
参内を頼んでくる俊賢は、一見、信じてもよさそうな雰囲気です。
しかし彼は何重にも罠をかけてきている。失脚した源氏であるということをうまく活かし、道長に従うわけではないと装う。そのうえで帝の意向まで伝えてくる。
実際に帝が言ったかどうかは不明なれど、蔵人頭だと言われてみれば信ぴょう性は増すでしょう。それでも確たる根拠などなく、じっくり問い詰めればボロが出そうなものです。
それでも伊周と隆家は信じてしまいます。素直なところは父譲りでしょうか。
二人との面会を済ませた俊賢は、その首尾を道長に報告し、駄目ならば第二の手を打つと言います。
そのころ源倫子の邸では、母の藤原穆子が「大臣の妻としての心構え」を伝授していました。
初めてのことだと恭しく聞く倫子。
第一に丈夫であること。
次に、子どものことで心配をかけないこと。
例えば、彰子の言葉が遅いことなどは伝えないほうがよいと穆子は言います。
内裏では些細なことが噂になるもの。倫子はそんな風には見えないと驚いています。
実際、倫子の父上である源雅信も、何も考えずに出仕していたけれど、それでも頭には小さなハゲができていた、と穆子は懐かしそうに語り、母と娘で笑い合っています。
何度も語られる「彰子の言葉が遅い」というのは、今後の伏線でしょう。
宋人到来への対応はどうすべきか?
源俊賢に説得された藤原伊周と藤原隆家の兄弟も再び参内し、陣定となりました。
なんでも若狭に70人もの宋人がきたことが話題になっています。
これが当時の外交のやる気のなさといえるところです。そんなに驚くならば、あらかじめ警護でも管理でもしておけばいいのに、後手後手で対応しきれていない。
宋の産物は、貴族にとっても垂涎もので、なくてはならないもののはずなのに、受け入れ体制が非常に緩いのです。
非武装の70人程度を対応できなくて、国としてどうなのか。遣唐使のころと比べるとあまりにお粗末です。
藤原為時は家で紙に向かっていました。
いとが、申し文(自己推薦状)の季節になったのか?と問うと、為時に嫌味かと返され、慌てて否定しています。
しかし為時も、諦めはついているのでしょう。どうせダメだと思いつつ十年間申し文を書き続けたことを、今年で最後にしたいと言い出します。
すると驚き泣き出すいと。公任のような立場が出世を諦めるのとは違い、こうなると死活問題です。
あれもこれも人の世だと為時は諦観しているけれど、本当にそれでよいのか。だからこそいとは、せめてまひろが婿を取ればと思ってしまうのでしょう。
清少納言がまひろのもとへ遊びに来ました。
ききょうの予想に反して右大臣こと藤原道長は大したものだとか。疫病のために租税を免除したと聞かされ、まひろも喜んでいます。
ここの反応が興味深い。租税免除にこうも反応しているのは、実資、公任、そしてまひろです。
さらに話題は若狭の宋人70人のことへ。小さな若狭では対応できないとなると、道長は受け入れ先を越前にすると素早く決断しました。
まひろは宋人について興味津々です。どういう人かと問われても、清少納言だってわかりません。
するとまひろは、身分に関係ない官僚登用制度である【科挙】のことをいきいきとして話し始めました。
呆気に取られた清少納言は、そんな話は殿方に任せておけばいいと言いきる。
まひろの賢さはずば抜けているかもしれません。
身分に関係なく優秀な人間を選ぶことのできる科挙は、のちにヴォルテールが絶賛した制度です。試験による官僚登用は今にまで残っている。
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清少納言はもはや話についていけず「中宮様がいればそれで幸せだ……」としみじみしています。
まひろが、中宮様にお目にかかってみたいというと、清少納言も乗り気。まひろはおもしろいし、中宮様もあってみたいかもしれないと言い、面会の算段をつけようとします。
まひろは父に似ていると言いますか、どこか浮世離れをしております。純粋な好奇心だけで、何も下心がないように思えます。
忠義に篤い清少納言
かくして宮中へ出向いたまひろ。
廊下を歩いていると、足元に痛みが走ります。見れば鋲のようなものがあって、踏んでしまったのです。
ここは、もっと古典的な“菱の実”の類でもよかったような気もします。金属はまだまだ貴重ですので。
それに対し、清少納言は「お気になさらないで」としれっと言い放つ。
なんでも彼女も三日に一度は何かを踏むとかで、それでも中宮様が楽しそうに笑っていればいい、嫌なことも全部吹き飛ぶと、奥に聴かせるよう大声で話しています。
『源氏物語』にも廊下に何かを撒く嫌がらせは出てきます。
誰の仕業なのか。こんなことがしょっちゅう起きるならば、そりゃ女院が中宮をいびっていると噂もされることでしょう。
女房が御簾を下そうとすると、そのままでよいとして、定子がまひろを迎えます。
清少納言が、まひろの和歌や漢文、そして政治への知識を語ると、興味深そうな表情になる定子。
するとそこへ帝がお渡りになりました。
何も聞いていなかったと定子が驚いていると、なんでも帝は急に会いたくなったそうで、そのまま二人は奥の部屋へ消えてゆきます。
どこへ行くのだろうか……とまひろが不思議がっていると、清少納言が真剣な顔つきで「帝と中宮は重いご使命を背負っている」と答える。
これは『枕草子』にも書き留められたことであり、かつ道隆と伊周の言動を踏まえると重々しく見えてきます。
定子に対する厳しい姿勢だった、父と兄の言葉――それを、険しい顔で聞いていた清少納言。
中宮様は決して愛されていなかったわけではないと永遠に残すため筆を執り、このことを記したようにも思えてきます。
清少納言の忠義は篤い。
『鎌倉殿の13人』でわかるように、これから先、武士にも忠義はなかなか根付きませんでした。
しかし彼女には揺るぎないそれがある。実に清々しい女性ではないですか。
この国に科挙があるならば
使命を果たした帝と中宮が戻ってきました。
まひろが紹介され、女ながら政に考えがあると知った帝は意見を促します。
私ごときが申し上げることはないと一旦はそれを辞するまひろに対し、ここは表ではないから思ったままを申すようにと帝が語りかけます。
そこで「おそれながら」と前置きしながら、夢があると語り始めるまひろ。
科挙制度の長所を語り、全ての人が身分を超える制度が欲しいと訴えます。
高き者未(いま)だ必ずしも賢(けん)ならず。下者未だ必ずしも愚ならず。
身分の高いものが必ずしも賢いわけでもない。身分の低いものが必ずしも愚かなわけでもない。
白居易の『新楽府』を引用するまひろです。
この新楽府については、以前、公任も学びたいと語っていました。漢詩で繋がりが見えてきますね。
まひろは熱心に「身分の高低で賢者か愚者ははかれない」と述べ、身分の低い者でも学んで出世できる世にすれば政がよりよくなると言います。
すると定子が「言葉がすぎる」とたしなめ、まひろは謝罪。
そんな彼女の姿を見て、帝はまひろの夢を覚えておくと言いました。
実は日本でも、科挙を導入しなかったわけでもありません。
しかし根付いていない理由は単純、実力重視となると自分たちにとってうまみがないと名門たちが気づいたのです。
その結果、実力重視で出世した者は菅原道真を最後とし、あとは形骸化してゆきました。
まひろの弟・藤原惟規が通う大学寮だって、中国では科挙のための最高学府――試験である科挙と、最高学府である大学寮がワンセットで導入されました。
しかし日本ではなし崩し的に薄れて、大学寮だけが残りました。
しかもその大学寮だって、名門貴族は熱心に学ばなくとも、出世はどうにでもなります。
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定子がまひろをたしなめたのは、こうした事情を踏まえたからかもしれません。
彼女のとって見れば複雑な感情を抱く話でしょう。
父・道隆の血筋は言うまでもなく名門です。しかし、母の高階貴子は身分ではなく才知で道隆を射止め、娘を中宮にしました。
上へのしあがるためには聡明さが重要だということを彼女も知らないわけではありません。清少納言を引き立てたのだって、定子です。
それにしても、結果的にいえば才能による抜擢を採用しないことが後々響いてきます。
不満を持った大江広元のような才知あふれる貴族が、行き詰まりを覚えて坂東へ向かってしまうのですから。
程なくして、藤原伊周と藤原隆家の兄弟がやってきました。
帝と中宮が仲良くしているか見に来た、皇子産んでもらいたいと伊周。
遊ぶような、試すような、軽やかな音楽が場面を彩ります。今年の劇伴は本当に美しい。
帝はとりあえず、二人の参内に安心したことを告げます。
帝がそう言うだろうと見越していたからこそ、俊賢も強気だったのかもしれません。
伊周は、ご心配をかけたと謝りつつ、まひろに目を留めると、清少納言が、我が友で今下がるところだと言います。はからずも帝のそばに御する誉だと述べるまひろ。
隆家が、あんな女を近づけるなと言うと、伊周も、どうせお召しになるならば女御になれるくらいにするようにといい、中宮に子を授けるようしつこく圧をかけます。
それしか言わないのか、と呆れ疲れた様子の帝。
もうよいと下がらせるのでした。
この男は、女の才知を見出せるか?
帰宅したまひろは、申し文で越前赴任を希望するよう、父をせっつきます。
越前には宋人が大勢きているから、中国語が話せる父なら他の誰よりも役立つ。
しかし途方もないことだと驚く為時。
大きな国は五位でなければならず、正六位の自分では無理とのことですが……。
望みは大胆なほうが目に留まる。もう10年目であるとはいえ、千仞(せんじん)の谷に飛び込むつもりでやってみてはどうか、と強気なまひろです。
「おそろしいことを言う……」
「何かせねば変わらない」
まひろは臆病なのか大胆不敵なのか、振り幅が極端な性格ですね。
国司ならせいぜい淡路守で、それでも正六位なら出来過ぎていると為時は冷静で、宮中で娘がおかしくなったといささか呆れ気味です。
確かにこれで何か火がついたとすれば、清少納言としてはしてやられてしまったのかもしれません。
そのころ伊周は、斉信の妹である光子の元へ忍んでいました。
父を失い、身分が高い割に気軽に抱ける姫になった、お買い得の女性。
伊周が、中宮様が理解できないと嘆きながら、光子に中宮の気持ちを尋ねます。
入内したことがないからわからないと返すだけの光子。
伊周はそなたとおる時以外はつまらぬことばかりだと言いながら彼女を抱きます。
『枕草子』で描かれるキラキラと輝く伊周が、これでもかと言わんばかりに光らなういようにヤスリをかけられているように思えます。特に女性関係では顕著です。
父の道隆は才知ある母の貴子を愛した。
道長とまひろ、斉信と清少納言といった組み合わせも、男は女の才知に惹かれています。
帝だって中宮のあふれる知性が好きなはずです。
ところが伊周の場合、手頃で無難な女を抱いてスッキリしているようにしか思えません。
さらには公任の白い顔と、実資の輝く黒い瞳も思い出してしまいます。
公任は女を抱く以外にも、教養を高めることが楽しくて仕方ありません。
実資だって、ゴシップを集めつつ、先例はどうかとサッと当たる知性がある。
行成にしたって、おっとりしているようで能書家であることを生かせる切れ者です。
俊賢も計算高いといえばそうです。その賢さが魅力であると言える。
そうした公卿たちと比較して、伊周はどうしてこんなに魅力がないのか。
男の側は女を選ぶと思っているけれど、その審美眼こそ男の格付けをするものだと暴くような、挑発的な描き方です。
帝は、道長を呼び出し、「政を考える女がいた」と驚きながら報告しています。
冷静に、女院もいれば中宮もいると返す道長。
帝は、そうでなく身分の低い娘であり、名はちひろと言いかけ、まひろと訂正します。
道長の目にカッと光が宿ります。
帝は、優秀な者を起用すべきだという意見を面白がり、道長にどうかしたかと問いかけます。
恐れ多いことを申すものだと返すしかない道長。
帝はなおも、あの者が男であれば登用してみたいと言い出しました。
これはなかなか重要で、まひろの考えを参照にすれば道長の安泰ははかれるということですね。
道長は申し文を見返し、目的の文を探しています。
そして為時のものを見つけ、「淡路か……」とつぶやくのでした。
赤い装束を身につける為時
為時の家に、朝廷からの使者が来ました。
従五位に出世したと告げられ、一家はみな驚いています。
これは国司任命かと興奮するまひろ。
10年も放置されて突然どうしたことかと困惑する為時。
まひろはなおも、国司なら越前だと言い出します。
しかし、為時には内裏に上がるための赤い束帯がありませんでした。位があがることなど考えてもいなかったので、用意していなかったのです。
慌てて宣孝に借りてくると言い、まひろが出かける支度をします。
いとが、右大臣とまひろの関係を、そっと為時に囁きます。そうとしか思えぬと返す為時。
さて、ここで服を借りにいく宣孝は、宋人との商売で儲けていました。
まひろの言うとおり、為時が越前へ赴任することになればビジネスチャンス到来です。宣孝もこれには喜ぶことでしょう。
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赤い装束となった為時は、道長に丁寧にお礼を言いに行きました。
まひろは琵琶を弾いていますが、途中、弦が切れてしまいます。波乱の予感ですね。
けしからぬ男に、矢を放つ
藤原伊周が、光子のもとへ通おうとしています。
その直前、斉信と光子が話す場面がありました。なんでも、もう一人いる妹にお忍びの客があるとか。
それを知らない伊周は、門にいる立派な牛車を見て、思わず家まで引き返してしまいます。酒を飲んでいる隆家のもとへやってくると、やけ酒をあおります。
「振られたのか!」
とからかう隆家。
「あいつに裏切られるとは思わなかった」
と憮然とする伊周。
手頃な相手だと思っていたからこそ、自分に心酔していると思い込んでいるのかもしれません。
「男が一方的に押しかけたんじゃないのか」と隆家が慰めるように状況を確認すると、見事なしつらえの牛車だったとこぼす伊周。
いわば高級車が停まっていたようなもので、相手の男がそれなりに財力や地位のある人物だとわかる。
伊周にしてみれば「関白になれないから女に軽んじられるんだ!」と嘆いています。
果たしてそれだけが問題なのか。関白の件で精神状態が悪いことは確かなようです。
すると、イケイケの弟・隆家が、泣いていても仕方ない、懲らしめてやろうと言い出しました。
誰か確かめるだけでもいいからと、兄をせかして、光子の元へと向かいます。
そして出てきた男に矢を放つ隆家。
いやいや、思い切りが良すぎでしょうよ。
怯えていたのは花山院でした。
院を気遣う声を聞き、異変を察知する兄弟。
【長徳の変】の始まりでした。
MVP:まひろ
帝が為時の対句を詠み、食事もとれぬほど感動した――そんな話が伝わっていますが、史実とは思い難いものがあります。
道長の意向があるのは既定路線としまして、そこにまひろが帝に意見を具申した結果だという、かなりの力技がありました。
大河ドラマで主役周辺を持ち上げることは往々にしてある定番技法といえます。
それにしても相当無理がある展開といえます。
ただ、歴史劇における強引な展開は、作者の描きたいメッセージが何かを考えることも重要でしょう。
このドラマは身分制度の理不尽が強調されているように思えます。
実力主義で人が登用されないことはなぜか?
そう問いかけているのでしょう。
そして、ここにきて道長も第二段階に入ったようです。
確かに為時一家は越前へ向かうことになりますし、もうまひろと道長の恋も遠くまできてしまったと思えてきて、新段階を迎えているのでしょう。
結局、まひろの語る科挙のある国という夢は長いこと叶いません。
今でこそ試験で官僚を選抜するとはいえ、そもそもがスタートラインに差があるということを、朝ドラの『虎に翼』がつきつけてきました。
日本は政治家はじめ、世襲権力者が多い国とされます。
実力が認められる世界は、いつ実現するのか――そんな今も変わらぬ問いを突きつけたい、そんな挑戦を感じさせる作品です。
逆MVP:藤原伊周・隆家
こうしたドラマのテーマを踏まえると、この藤原伊周と藤原隆家の兄弟は実像というよりも虚像の側面が強く、あえて悪どく描かれていることは踏まえた方が良さそうです。
『枕草子』とは正反対、どぎついまでに貶められた気の毒な造形です。
そうはいっても、実は演出や見る側の偏見もあります。
道長側だって、現時点でかなり陰湿で卑劣なことをしている。
道長がまだ彰子を入内させていないから目立たないこともあるでしょう。
よってこの先どうなるかは全く読めない――見る側も騙されているのかもしれません。
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【参考】
光る君へ/公式サイト










