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【紫式部と藤原道長の恋愛・駆け落ちはありえるのか】
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それでも駆け落ちしたら?
平安京ではもう結ばれない!
そう考えた二人が、もしも都を抜け出したらどうなるか?
答えは十中八九、出ているとも思えます。
「連れ戻される」
「死ぬ」
身も蓋もない結論ですが、そうなる可能性が高い。
平安時代の駆け落ち伝説ハッピーエンド版として、『更級日記』にある竹芝伝説があります。
ある内親王が、関東出身の男と駆け落ちしたというもの。
男は武者であり、かつかなりの高速移動をしています。体力があればこそ、できた駆け落ちといえます。
そしてこの話は、見つかった内親王が関東に住むと断固として言い張りました。そのため天皇は折れ、内親王を庇護する詔を出したのです。
寛大な天皇であればこそ成立する話で、兼家や詮子に、そんな心持ちがあるとは思えません。
平安男女の駆け落ちバッドエンドとして『伊勢物語』「芥川」があります。
女を背負い、逃げる男。その途中で、女は露をみて「あれは何?」と問いかけます。
しかし男は答えません。
雷雨が降り頻る中、男は女を蔵に押し込め、自分は外を見張っていました。
すると鬼が女を食べてしまいます。女は悲鳴をあげたけれど、雷雨のせいで男には聞こえなかった。
やがて男は女が鬼に喰われたことを知り、悔しがり号泣しました。
この「鬼に喰われた」とは一体何を表しているのか?
様々な危険性は考えられます。
野生動物か、あるいは山賊か。悲鳴をあげたという死に方からしても、相当の惨殺と想像できます。
竹芝伝説の男は、前述の通り武者です。
一方で道長は、そこまで強いとも思えません。
まひろを連れて逃げたところで、その先に『鎌倉殿の13人』に出てきたような荒くれ者がいたらどうなるのか? 結果は考えるまでもないでしょう。
道長は弓矢を射ることはできます。
しかし、坂東武者仕様の弓よりもはるかに弱いと見ていてわかります。
中世の移動はリアルRPGです。もしも武者に遭遇してどうにか話をつけることができても、野生動物となるとどうか。
本州のツキノワグマはまだマシかもしれません。
暴れ猪は、坂東武者ですら討伐すれば自慢になるほど危険な存在です。
狼や野犬の群れも危険極まりない。
さらに自然や道そのものが危険にあふれています。
街灯すらない時代です。嵐が来れば橋は流され、船は沈む。
街道もさして整備されていない。医学も未発達。転んですりむいただけで破傷風にかかることもある。
日本人が自由に行き来し、旅を楽しめるようになるのは、『べらぼう』の舞台となる江戸時代も半ばすぎでしょう。
極彩色の浮世絵が旅の往来を描くようになったのも、「旅=楽しい!」というイメージが確立できたからのことといえます。
まひろは道長が、畑を耕したり、木を切って、生きていく姿が想像できないと語りました。
それはその通り。私には、二人が生き延びて安住の地を見つけることすら想像できかねます。
『どうする家康』お市はウロウロすな!大河ヒロインの瞬間移動問題
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『鎌倉殿の13人』には、そんな野生の地である坂東までやってきた京都の貴族がいました。
大江広元は、突如凄まじい剣技を披露した衝撃的な展開もあります。
用意周到な広元のこと。もしかすると、いざという時のために武芸も学んでいたのかもしれません。
『光る君へ』の道長には、そういう慎重さがあるようにも思えません。
拒むことで、永遠の女になる!
結ばれない二人の姿は、切ないようで、実はよいことかもしれません。
『源氏物語』には、身を引くことであえて自らの価値を高める女君もいます。
まず、朝顔の姫君。桐壺帝の弟・桃園式部卿宮の姫にあたります。
光源氏はしつこいほどに彼女へアプローチしますが、朝顔はあしらうばかり。
どうしても一線を踏み越えない絶妙な関係を保ちます。
そして婚期を逃して出家した――。
これを読めば、気取った女が行かず後家、オールドミスになったという昭和レトロな憎まれ口も叩かれそうですが、当時はさにあらず。
『竹取物語』のかぐや姫のように、拒んで意志を通す、それはそれでクールな生き方といえます。
次に空蝉。
光源氏とは一度情を通じるものの、それ以降はつれなく拒みます。
そっと衣を残して去った様から「空蝉」とされる。受領の妻である身分の低さがあり、かつ小柄でさほど美貌でもないとされます。
スペックだけで見れば低いにも関わらず、拒むことで光源氏が忘れられなくなる女君です。
そして浮舟。
『源氏物語』フィナーレを飾る女君です。
光源氏の子世代を主役とする「宇治十帖」に登場し、光源氏の子とされる薫と、そのライバルである匂宮の二人から愛されます。
その板挟みとなり、悩んだ末に浮舟は入水してしまった。
横川の僧都に救われて生還、そして出家した浮舟。あきらめきれない薫は戻ってくるように願うものの、浮舟は拒み続けて物語は終わります。
『源氏物語』は、スカッとしないモヤモヤ感がある物語です。
誰かと無事に結婚したらしたで、むしろ厄介なことが増える。
あのときの私の選択は正しかったのか?
一時の愛に流されたのは愚かだったのではないか?
そんなすっきりしない気持ちがつきまといます。
その例外からはみ出しているように思えるのが、この身を引いた女君たちかもしれません。
中でも空蝉は、最も紫式部に近いことからモデル説も根強くあります。
これも否定も肯定もされていることではありますが、『光る君』では空蝉ルートを想定していると言えるのかもしれません。
第10回には、そのヒントもあります。
詮子の招いた客であり、道長の妻の候補として、源明子が登場しました。
彼女は人物紹介の時点で、まひろに複雑な思いを抱くと記されています。
妊娠出産を含めた結婚生活の重荷を背負わず、道長から愛のまなざしを送られるまひろ……これはなかなか、すごいことになりそうですね。
物語において、途中で消えるヒロインは都合のよいものです。若く美しい姿のままフェードアウトすると、永遠に綺麗なまま残ります。
『源氏物語』にも夕顔はじめ登場するものの、あまりに都合がいいといえばそう。
紫式部のヒロインの消し方には、女性作家らしい、ご都合主義を拒むリアリズムを感じます。
「私は拒んでいます!」
そうした意思、自己の決定権があるのです。
2010年代以降、自らの意思を貫いた姿が共感を巻き起こした『アナと雪の女王』があります。
プリンスとプリンセスの結婚だけではない、拒むことも選択肢だとディズニーが描いたことが斬新でした。
その地点を『源氏物語』はとうの昔に通過していたことは、誇れることではないでしょうか。
大河ドラマの「拒む女」と「拒む男」
大河ドラマは歴史劇であっても、発表年代に即した価値観を取り入れています。
2003年『武蔵 MUSASHI』は、吉川英治の原作発表時の価値観が反映された人物像といえます。
武蔵を恋慕い、ずっと追い続けるお通。
江戸時代初期、若い女性が一人で旅をすることは非現実的であり、劇中でも何度も危険な目に遭っています。
原作は【巌流島の戦い】で終わり、武蔵とお通のその後は不明です。
史実での武蔵は生涯妻を持たなかったとされています。
「お通は意味がわからない。あれは一体何なのか?」
そんな感想があってもおかしくありませんが、発表された時期が重要です。
昭和10年(1935年)から昭和14年(1939年)にかけて連載されたベストセラーで、青少年たちは夢中になって読み漁った。
当時の時代背景は?というと、明治以来、日本は男子は兵士として戦い、命を捧げよと教えてきました。
そんな明治から昭和初期にかけては、日本史上でも珍しくほぼ唯一といえる、男子の貞操が賛美された時代です。
プロテスタントから導入され、かつ性病蔓延を消極的に防ぐ名目も一応はあります。
お通を拒む武蔵の姿は、そんな日本男児のロールモデルです。
いかに魅力的な女がいようと、拒んで戦ってこそ武士である――そんなストイックさを叩き込まれたのでした。
当時の日本人は日記をつけることが多く、そんな時代に青春を送った青年のものも多数残されています。
手に取りやすい代表格が漫画化もされた山田風太郎。水木しげるもあります。
そうした日記には、女性への憎しみを募らせるような記述があり、驚かされるものです。
彼ら本来の考えというより、あえて遠ざけねばならない社会的な要請があったのでしょう。
終戦後まもない山田の日記には、駅の改札にいる美少女駅員へのデレデレした記述もあります。
呪いが解けたのでしょう。その後の山田は妻を愛し、微笑ましい育児日記をつける作家となりました。
とはいえ、青年期の恨みは大きい。
山田や水木と同世代の日本人にとって、宮本武蔵は愛憎入り混じる存在となりました。
宮本武蔵の残酷さを強調した時代小説も多く見られますが、戦中派の怒りを踏まえておくと理解できるようになります。
その代表格として山田風太郎『魔界転生』があります。
戦前の青少年にとってロールモデルとされてきた剣豪たちが、自らを解き放った結果、性犯罪を繰り返す様には、作者のぶつけたい黒い感情が滲んでいます。
映画版には細川ガラシャが転生衆に加えられ、戦争中少年であった深作欣二のみたであろう怨念も付け加えられています。
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そうした原作の呪いから解かれた大河ドラマで、武蔵とお通は結ばれます。
ドラマでは【巌流島の戦い】の後も続き、【大坂の陣】のあと、ひっそりと暮らすという設定にされたのです。
ストイックに「拒む男」は求めていない――そんな平成という時代のニーズに応えた結末といえます。
あの作品はあまり高評価ではありませんが、原作の発表された時代背景を踏まえると、そもそもが平成にドラマ化するものとしては不向きだったのでしょう。
「拒む男」ではなく、「拒む女」の大河ドラマはどうなのか。
2023年『どうする家康』では、ヒロインの意思を押し出そうとしていましたが、不完全な描き方と思えました。
同性愛者だからと家康を拒むようで、その設定がなくなったお葉。あれは一体何がしたかったのか。
お市と茶々は、母と娘ともども家康を恋していたという不可解な設定です。
それなのにどういうわけか別の男性と結婚していて、史実と恋愛設定の整合性がとれていなかったように思えます。
前述の通り、歴史劇に恋愛でアクセントをつけることは技法です。しかし、それを表現するには、かなり高度な技量が要求されるのです。
では『光る君へ』はどうか?
大石静さんのラブストーリーの描き方には高い評価があります。
吉高由里子さんと柄本佑さんの演技力も十分です。
さらにスタッフには朝の連続テレビ2019年『スカーレット』からの続投者が多い。
『スカーレット』も、主人公は「拒む女」でした。
夫婦揃って陶芸家であった二人――しかし妻の才能が夫を圧倒し始めると、仲がこじれ、ついには離婚してしまいます。
あれほど愛していた夫より、陶芸に突き進むヒロイン像は、大きな話題となりました。
「拒む女」でも十分理解を得られる。斬新なヒロインを描くことができる。
そういった覚悟と共に挑むのであれば、『光る君へ』でも、きっと斬新な像になるのでは?と期待しています。
なお、清少納言は、あまりに激しい定子絶賛のため、同性愛的な解釈がなされる定番の女性と言えます。
紫式部も同僚をうっとりと描くためか、これまた同性愛解釈の常連です。
二人が登場する『光る君へ』は女性同性愛解釈にも注目できる作品かもしれません。
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文:小檜山青
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【参考文献】
倉本一宏『紫式部と藤原道長』(→amazon)
他