北条時政が伊豆へ戻ることになり、北条家一同が揉めています。
時政本人はどう考えているのか?
阿野全成に促され、出てきた答えがこちら。
「嫌なっちまったんだよ、なんもかも……伊豆へ帰る!」
時政が伊豆へ戻った理由は、政治的思惑云々と推察されますが、これもありではないでしょうか。彼の本音を詳しく書いた史料があるわけでもなし、人間ですから糸が切れる時もある。
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では源頼朝は?
時政のことはなんとも思っておらん、鎌倉を出ていくことはない、とのこと。元はと言えば「わしが悪い」としおらしく政子に言います。完全勝利ですね。
と、ここであの疫病神の来訪が告げられます。
源行家です。
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頼朝は嫌々ながら、安達盛長に「会う」と告げ、同時に北条義時まで鎌倉を出て行かないことを確認します。
頼朝の浮気は、御家人を巻き込む大騒動となりました。
源平の激突が目前なのに、鎌倉に亀裂が入ろうとしています。
先週のラストで、大江広元が鎌倉は安泰と言いつつ、一つ気になることがあると述べていました。その答えがこれでしょう。足元の亀裂です。
時政とりくが伊豆へ戻る準備をしています。
時政はりくに、京へ戻る願いを摘み取ったことを詫びる。
それでもりくは、時政が鎌倉殿の前で自分を庇ったことが嬉しい様子。アカデミー賞授賞式で、妻を侮辱した相手を平手打ちにした俳優と時政を重ねる意見も出てましたっけ。
本作の時政は愛が原動力なのでしょう。
男性でこういう描き方は珍しいですし、挑戦的だと思えます。
でも、確かに時政はこういう人かも……と考える研究者もいて、今後さらにどう落とし込むか楽しみなところです。
とにかく図々しい行家
さて、行家の用件とは?
所領をねだってきました。平家と11度戦って8度勝ったってよ。
それに対し、鎌倉側の調べては8戦6敗だと否定する義時。データ解析のできるよい男じゃ。今ならExcelのマクロや関数が得意そう。
行家はどうしようもないけれども、歴史のあるある現象ともいえます。
彼のように生まれ順が遅い男子がトラブルを起こす。
古今東西、君主の男子が多すぎると所領を配りきれなくなります。ゆえに王朝初期は、断絶を防ぐため子は多い方がよいけれど、安定したら子作りばかりされると困るものでした。
日本ならオットセイ将軍こと第11代将軍・徳川家斉が大名家を巻き込んで大迷惑をかけておりますね。
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しつこく御令旨をもたらしただのなんだの言う行家に、キッパリと義円討死の責任を問いかける頼朝。
確かに、行家がそそのかしたことで討死したと思うと、許し難いものがありますね。
むろん義円自身が選んだ道ではありますが、渡河の準備もろくにせず戦いを仕掛けた時点で言い訳はできない。
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愚策で将兵を死に追いやることは大罪です。
「坂東武士の鑑」こと畠山重忠は、兵の損耗が多くなりそうな作戦には必ず異議を唱えます。そこが彼の優しさであり、人徳なのでしょう。
鎌倉に立ち入り禁止を告げた頼朝は、厳しいようで甘いとも思います。
行家は反省していないし、賢くもない。こういう奴はまた何かやらかすものです。
罪をでっちあげて処刑はやりすぎにせよ、剃髪して寺にでも預けてしまえばよいかも!
だって行家、木曽のところへ行ってもいいのか!と脅してきましたからね。木曽には、義仲がいる。
「痛くも痒くもない!」
頼朝が、そう言いながら去ってゆきます。
烏帽子をかぶっているから頭をひょいと下げる大泉洋さんの所作がよいですね。高さを計算に入れていないと当てちゃいます。慣れて身について自然なのがいい。
広元の扇に注目です
頼朝は、意見を聞くため大江広元のもとへ。
注目ポイントが広元の手元。扇を手にしていました。
中国の文官由来で日本にも伝わった「笏」(しゃく・もとの読み方は“こつ”)の伝統です。牧宗親も扇子を持っていましたね。
正装として笏を手にしていたのが、扇になっていった。文を司どるステータスシンボルであるからこそ手にしています。
単に“暑がり”とか、そういう意味ではなく知恵があるという証なんですね。
ちなみに鎌倉幕府では、武士に対して「文士」という呼ばれ方をしています。
実際に大江広元は賢い。
行家は宮中に繋がりがあり、北陸の兵糧を抑えて平家を干上がらせる策を出してきます。
広元が取り上げられてから、あっという間にここまでのしあがったのは、その賢さだけでなく、坂東武者も
「なんかあの人すげーんだよ。いつも扇持ってるし、わけわかんねーこと喋るし、叶わねえなあ!」
と思うからではないでしょうか。
頼朝も焦り始めました。このまでは木曽に手柄を奪われる……。
兵糧はどれだけあるのか? 頼朝が義時に尋ねると、京都に上るまでで、滞在できるほどはないとのこと。さらに奥州の藤原秀衡が会津付近で怪しい動きをしている噂を報告します。
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会津というのは、かつて奥羽への玄関口であり、重大な意味がありました。
地名からして「会う」という意味があり、北からこのエリアまでやって来たら「何かやる気がある」と見なされるのです。
伊達政宗は「奥州を押さえても、会津が領土にならなきゃ、中途半端じゃねえか」と粘着し、三浦一族の子孫である蘆名氏を滅ぼしたと思われるフシもあるほどです。
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そんなワケで会津までの進出は危険な兆候でもある。
さあどうする? この先が実に中世だ。
頼朝は、弟の阿野全成は何をしているのかとイラ立ち、さらに呪い師を増やせと言い出す。
すると情報通の広元が、平清盛を呪殺した者が京都にいると言い、頼朝はすかさず呼び寄せろと命令を下すのでした。
現代人からすると「オカルトかよ!」となる場面ですが、当時の人からすればプロの暗殺者を呼び寄せるような気持ち。
鎌倉は安泰どころかガタガタです。
実は広元もそのくらいわかっているから、険しい顔で張り切って仕事をしています。
そのころ信濃国では――。
義仲を支えた兼平と巴
信濃には木曽義仲がいました。
毛皮を腰に巻きつけ、日に焼けた顔をしている。野生的なようで、透き通った目をして、どことなく品位もあります。
いったん人間関係を整理しておきましょう。
頼朝たちの父・源義朝の代は、朝廷の政争に翻弄されました。
こうした政争の結果、源義朝と弟・源義賢は対立。義朝の長男であり、頼朝たちの長兄である源義平が、義賢を襲撃し討ち果たします。
このとき義賢の遺児・駒王丸が流れに流れ、木曽に匿われることになった――それが木曽義仲。
頼朝と義仲は河内源氏の血を引く従兄弟同士でありながら、生まれながらにして対立関係もあると言えましょう。
ちなみに義仲にとって父の仇である義平。頼朝はその未亡人(祥寿姫)にしつこく恋文を送り、彼女の一族は困惑しました。
「もしも頼朝のもとに行けば御台所の嫉妬も怖いし、別の家に再婚させるしかない……」
そうして祥寿姫を再婚させたところ、頼朝から嫌がらせ人事をやらかされています。
頼朝は史実の方がドラマよりもゲスなので、ご安心ください。大泉洋さんはむしろ史実により近づけてきていると思います。
より史実準拠ゆえに大河史上最低。そんな頼朝と義経兄弟を演じる大泉さんと菅田将暉さんは、すごいことだと思います。
さて、そんな義仲をけしかける行家。しかし義仲は、叔父が急ぐ理由を問い返してきます。
クソ生意気な頼朝に一泡吹かせるとウダウダする行家に対し、義仲は平家は倒すが今ではないと穏やかに返します。
その横には今井兼平が。
そして男の装束を着た巴御前も。
この兄妹は一家揃って義仲を支える忠臣でした。
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行家に対し、兼平は旅の疲れを癒したらどうかといい、巴は蒸風呂の支度はできていると告げます。
それでも何やら訴える行家ですが、義仲は軽く微笑んで穏やかな顔。
色目を交差させる義村&りく
伊豆では、時政が念願の米作りに復帰していました。
そこへ三浦義澄と義村父子が様子を見にきます。
鎌倉へは帰らん!と言い切る時政に、義澄が鎌倉の人間関係を伝える。
頼朝に向かってハッキリ物申した時政の評価が上がり、亀の一件で頼朝の方は暴落だとか。上洛どころじゃないってよ。
「あら、いらっしゃい」
義澄がりくのことを持ち出したそのとき、りく本人は野菜を抱えていました。土いじりもやってみると楽しいと微笑んでいます。
確かに農婦姿でもりくは魅力的ではあります。
ほんとうにしょうもない話ですけど、田植えをするときの女性の腰のあたりのラインって、日本の古典的エロス定番ですな。
直江兼続の『四季農戒書』みたいなきちんとした書物でも「かがむ農婦は色っぺえ〜」みたいなことを前提にしているような箇所があります。
そういうことを大河の宮沢りえさんで思い出すなんて、おそろしい話ですね。
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自分の手の臭さに驚くりくは、義村の姿を見つけます。そうそう、義村ならそういう農婦の色香を理解しますよ……って、むしろ理解するなよ。
りくが気づくと、義村はニヤリとしながら、この調子ですから。
「戻って来ればいいじゃないですか」
本当にコイツはなんなのか。片っ端からアプローチかけて、けしからんにも程があるでしょう。
りくは戻るつもりはないと言い、亀のことを聞いてきます。そして色っぽく目配せしながら、二人は隣に座り合い、りくは鎌倉と自分は関係ないから教えて欲しいとゴシップを聞き出そうとします。
そしてりくときたら、身を寄せ合ってつつきながらこれだ。
「へ・い・ろ・くどの♪」
義村もまんざらでもなく、額に額がくっつきそうになったところで、鼻をつまみます。
おっと、臭うようだ。かくしてうやむやになったようですが……一体何をしているんだってばよ!
ちなみに当時でも父親不明の子はトラブルの種であり、人妻との不倫はいけません。
時政と義澄は、義村とは違って純情そのものの義時の話題に。
江間の館周辺をうろうろしている姿が見られています。一応、自宅なんですけどね。
義時本人にそのつもりはなくとも、自宅に女性を置いておくということは「もうできてんじゃねえの?」となし崩しにできる状況でもあります。
そのころ江間の八重は縫い物をしていました。
と、そこへ海産物を大量に抱えて義時。焼いて食べたらうまいといい、好きでなかったら誰かにあげて欲しいと言い、去ってゆきます。
「怖っ!」
思わずつぶやく八重。冷蔵庫もない時代に、この大量の海産物をどうしろと……。
広本が持ち込んだ新ルール
鎌倉には、武田信義がやってきました。
彼も富士川で買った割にはリードが奪えていない様子。
木曽義仲が平家に通じるのではないかと、牽制の釘を刺してきます。
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武田信義(信玄の先祖)は頼朝に息子を殺されながら甲斐武田氏を守り抜く
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「攻めて来るとか来ないとか」と信義はしつこく濁しながら鎌倉を脅している。
頼朝がうんざりして意図を掴みかねていると、義時はあいつは嘘つきだと言い切ります。木曽に対する悪評は、自身の娘との縁談を断られた腹いせだとか。
比企能員もこの場にいて、攻めてくるかどうかなんてわからないという。
そして大江広元だ。
彼は真偽を確かめる手段を提案します。軍勢を信濃に送り、平家との噂が偽りなら人質を出すよう迫る。
もしも断れば噂は真実であるとして、攻め入って首を取る。
広元は、武ではなく文の人物のようで、実質、一番物騒なことを言っています。
条件を突きつけること。人質を取ること。どれも手厳しく、そして効果的です。
人質の有用性を、実は武士が気づいていなかったのがこの時代。そこが戦国時代以降とは違います。
山内首藤経俊のことを思い出してみてください。
乳母子だから味方すると思っていたのに、裏切られた。あのときだって人質として誰かを確保していればもっと確実だったでしょう。
こうした人質や言質を使うやり方を、大江広元は鎌倉に持ち込みました。彼はゲームのルールを変えてゆきます。
頼朝のためなら何でもやるワケじゃねぇ!
安達盛長が、京都からの客人を告げます。
そこにいたのは真っ赤な衣を着た……文覚!
「……お前か」
「お会いしとうござった」
随分とまあ、綺麗な僧衣を着ちゃって。この布地は最先端の南宋からきたものですかね。
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頼朝も羽振りが良さそうと察知すると、後白河法皇の庇護を受けてサクセスしていると自慢げに語ります。
「よくぞお呼びくださった! 藤原秀衡調伏の儀! この文覚におまかせあれぇ〜!」
市川猿之助さん渾身の口振りよ。見事なんだけど、言っている中身がゲスですね。
政子は「夫が人を殺す戦をしているのに、妻である私が仏のご加護を祈るなんて……」と戸惑っていましたが、ご安心ください。
高位の僧侶が、呪殺の依頼をウキウキと引き受けちゃっている。
そして全成の横へ座ると、錫杖を振り回し、ソウルフルな調伏バトル合戦に突入だ!
無茶苦茶なようで、仏具等にも考証がついていますからね。手間がかかった場面です。
義時が困惑しつつ、義村に案内されてゆきます。なんでも話を聞いて欲しいってよ。
向かった先は、真剣鎌倉御家人熱血トーク会場でした。
ワーワー叫ぶ御家人。なんか止めようとする土肥実平。困惑している畠山重忠。
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「解せねんだよ!」
和田義盛が元気いっぱいにそう言ってきました。
三浦義澄が論旨まとめます。
坂東を守るためならわかる。それが源氏同士の諍いに兵を動員するとはどういうことだ!
頼朝に籠絡されていた岡崎義実もこうきた。
「わしら鎌倉殿のためならなんでもするってわけじゃねえんだ!」
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頼朝の蜂起に駆けつけた岡崎義実の生涯|三浦一族の重鎮で重忠や義盛の大叔父
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義時が軍勢を率いていくのは形だけとなだめると、畠山重忠が穏やかに主張します。
軍勢を率いていくと、何かの弾みで戦になるかもしれない。戦にならない保証がなければ……と、そこまで話す重忠を、横から押し退ける義実。
「鎌倉殿のためならなんでもするわけじゃねえ」ってしつこい。
このままでは鎌倉殿から皆の心が離れてしまうと重忠が訴えかけます。
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もううんざりだ! 舅にも愛想を尽かされている! そんなわしらの思い=不満を鎌倉殿に伝えて欲しいと念押しされます。
義時よ、毎週なぜ、こんな目に……。
手際が良すぎて危険な景時
頼朝ファンクラブの効力も切れちまったんですね。
岡崎義実なんか、頼りにしているとハグされてうっとりしていたのに。
はなから会員でもなかった義村、そして義時あたりはまだいい。あんなに好きだったあの子がこんな奴だったなんて!という怒りは反動で激烈なものになります。
現在だって、推しに交際相手がいたと暴露されて激怒するのは、ファンだった層ですからね。
推しがゲス不倫をしていて、坂東武者の心はもうどん底なのよ。
義時は自分だけではどうにもならないということで、京都から大江広元たちを呼び寄せました。
が、しかし。坂東武者たちが怒り狂っている木曽出兵の件は、そもそも広元が言い出しているわけで。
中間管理職の苦労は減るどころか増えておりませんか?
大江広元は、もしかすると坂東武者の持つ忠誠心を観察し、その値踏みをしたかったのかもしれませんが、こんな形でやられると義時はたまったものではありません。兄は亡くなり、父は伊豆へ去ったというのに。
そしてもうひとつ。
梶原景時が目を光らせ、大江広元が策を練る――鎌倉は季節が変わりました。青春から次へ移りました。
もう【富士川の戦い】の時のような、武衛と呼び合う酒宴はないのかもしれない。どこで誰が聞いているかわかったものではない。発言にも気を遣わねばならない。
そういう立場のある人間としての責任が問われるようになりました。
世の中は何事も移り変わっていく、それは当然、鎌倉とて例外ではありません。
義時はこの訴えを頼朝に伝えます。
しかしこの面々がなんとも……比較能員がまたいます。彼は基本的にイエスマンで、頼朝に賛同するか、あまり当たり障りのない意見を口にするばかり。
こういう側近になることは権力を得るには早道のようで、リスクもあります。
一方で梶原景時は、三浦館にいた者のリストを作っている。
相変わらず手回しがよいと評される景時。彼はこういう嗅ぎ回る猟犬じみたことが得意だ。こういうことばかりをしていると、これまた危険なのですが……。
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そして大江広元が、新たな策を出してきます。
信濃に使者を送り、真意を確認する。軍を派遣するかどうかは、その後で決める。
使者には、頼朝の弟・源範頼が立てられました。
なんだかんだで頼朝を信じている広常
義時が、上総広常の元へ向かいます。
彼は三浦館にはおりませんでした。その発言力も下がってきているのかもしれない。
義時が言うように、頼朝には兵がいません。ゆえに多数の兵を持つ広常は力があった。
それが変わってきている。
姻戚の北条。
乳母である比企一族の勢いが伸びています。
それでも広常は素直というか、人がよいというか、武衛こと頼朝の器の大きさを信じているのです。その上で鎌倉が割れないか心配している。
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義時はそんな広常に、割れたらどちらにつくのかと尋ねます。
「さあ、どうするかな」
答えをはぐらかす広常。本音は頼朝を選ぶのでは?と私は思うのですが、もしここで義時に真意を告げていたら、後で「ああ、あのとき、どうして彼の心を読み取れなかったのか!」と嘆く姿が予想できるようで、辛いものがあります。
広常が翻意する可能性なんて、もうなくなっていると思うのです。
野心のみならず、鎌倉に縛られてそういう危険性はない。
狼は、もう猟犬になってしまった。
飲み会をしても気が晴れない義時を、源義経が待っていました。嗚呼またか……。
義経は、戦の臭いを嗅ぎつけ、木曽へ行きたいと言い出しました。
亀の前事件で義経の暴走に懲りていた義時は、謹慎中だとして断ろうとしますが、ついていくだけと義経は譲らない。
自分の主張が通らないと、「ワーワー!」と叫んで足踏み。
こうしてイライラを発散しないと耐えられない性格なんですね。現代人なら、パンチングボールやハンドスピナーをお勧めするところです。
仕方なく義時は、明後日の朝に出立すると教えます。嬉しそうに「心得た」という義経。
比企の娘を共にして寝過ごす義経
比企能員と道夫妻が寝転びながら何か考え事をしています。
ハッキリ言いますと、能員はそこまで切れ物でもない。側近としての実力はもはや大江広元に差をつけられつつある。でも、権力は欲しい。
そこで道は、北条がそうしたように、源氏に取り入る策を思いつきます。
先例としては頼朝の弟・阿野全成と義時の妹・実衣があります。娘たちを送りこみ、権力の中枢へグイグイ。
そのころ、そうした野心と無縁の義時は、八重に山菜デリバリー作戦を展開中でした。
八重は辛い。勝手すぎる。
だって八重は山菜を食べる人を探さねばならないし、なんで探さなきゃいけないの?と不満を訴えます。
それでも義時は、信濃出張を伝えるばかり。そしてこうだ。
「私は好きなのです。八重さんの笑っている姿が」
八重は笑えないと返す。
「いつか、八重さんに笑いながらおかえりなさいと言って欲しい」
「笑いながら言う人なんていません」
「だからまた来ます!」
「また来ますって自分の家でしょ」と八重が静かに突っ込んでいる。
義経は、範頼に信濃行きのことを話しています。範頼は素直に喜びながらも、頼朝には無断との話を知って不安を覚えています。
この兄と弟はなぜ共にいるのか?
というと先程、色々と画策していた比企夫妻セッティングのおしゃべり会に呼ばれていました。
範頼が用件を聞くと、常と里という娘二人が紹介されます。比企尼の孫娘で、夫妻が赤子の頃から育てていたとか。
範頼は警戒し、頼朝の許しを得ないでは困ると言い、信濃へ向かう支度があるとこの場を立ち去る。
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源範頼が殺害されるまでの哀しい経緯「頼朝討たれる」の誤報が最悪の結末へ
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しかし、義経は興味深そうに娘をじっと見ている。範頼に促されても、まだ娘を見ている。そして里に目をつけ、獲物を見た猫のように近寄ります。
「……里にございます」
里はそう名乗り、チラッと目線を流します。
この目の動きだけで只者ではなく、三浦透子さんを起用した意味がわかるかもしれない。義経の心が掴まれました。
翌朝――。
義時と義村、そして範頼が信濃へ旅立つために馬に乗っています。
しかし義経は来ないし、仁田忠常が館を探してもいない。
義時は範頼に置いて行ってもよいかと確認を取りつつ、出立します。
腕組みをして待っていて、「出立!」と言いながら馬の腹をポンと脚で叩く動きがいいですね。小栗旬さんの乗馬稽古が素晴らしく、馬と息が合っていることが伝わってきます。
さて、義経ですが。
里とともに筵の上に寝ていました。朝に出かけるのではないか?と里が尋ねても眠る義経。
信濃行きを思い出して慌てて外へ飛び出すも、そこは浜辺でした。俊敏な動きはまるで猫のようですね。
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戦の天才だった源義経の生涯|自ら破滅の道を突き進み奥州の地に果てる
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この場面は、大河でも新たに導入した、スクリーンを背景にしておりますかね。
ロケの手間を省くのならばありでしょう。静止していればわからないし、この先こなれてくるだろうし、期待しています。今年は全体的に、映像の処理が去年よりよくなっています。
「楽しいだろう、生きてきて」
一行は信濃の木曽義仲の陣につきました。
義仲は釣りをしているようで留守。そこへ行家が柱の影から出てきました。
どこぞの誰か(要するに頼朝)とは違い、義仲はもてなしてくれるってよ。だから自分という逃した魚は大きいってよ。
もういっそコイツは木曽の大木に縛り付けてそのままでいい。
義村が「魚が自分で言うか」と呆れていると、範頼は一応実の叔父だからと会いに行きます。彼は実に善良ですね。
二人きりになった義村が、義時に父不在となった最近のことを聞いています。義時は目の前のことをこなすだけで精一杯だと返す。
「楽しいだろう、生きてきて」
義村は退屈のようです。
三浦の嫡男として生まれ、そう生きていくしかない。だから義時が羨ましい。
ハプニング好きな彼にとって、その生き方は退屈なのでしょう。女をからかって遊ぶくらいが関の山だってよ。
ゲーム感覚で女遊びをする――ある意味最低の本音を打ち明けてきました。
三谷さんが新聞のコラムで、役者に当て書きしていないとおっしゃってましたが、そりゃそうですよね。
「やっぱ山本耕史さんはこうでなきゃ!」
そう思ってこういう人物像を書いたら揉めるかもしれない。
義村はめんどくさい。神経質でイライラするから、和田義盛が怒鳴っていると顔が険しい時があるし、りくの臭さに心が折れて遊ぶのをやめました。
そのくせ、スリルは求めるんだなぁ。
んで、思い通りにならないとキレそうになるのに、毎日平穏だと「退屈だ! ああ、退屈だ!」とイライラだってよ。
義時はそんな盟友に、こんな展開になるとは思いもしなかったと打ち明けます。頼朝が家に転がり込んだ日から、全てが変わったと。
北条家は、頼朝という万馬券を当てたなどと言われたりもしますが、巻き込まれる側とすればたまったものではないのでしょう。
そこへ義仲が帰ってきます。
彼は遊びで釣りをしていたのではなく、客人をもてなすため魚を取りにいってました。根が善良な方ですよね。
そして川魚バーベキューパーティに。
人質を要求された義仲は?
義仲は、源氏が一つになって平家を倒すことを目指していると言います。
しかし義村は、口だけではなんとでも言えると皮肉っぽく返す。
義仲からすれば、鎌倉の疑い深さに困惑しているのでしょう。義時が平家と通じている噂があると言うと、義仲は「噂は流す方に都合が良い」と飄々としている。
要するに、源氏団結を阻むための流言飛語の類だと。
野生味ある見た目とは裏腹に、義仲は賢い。
義時の魚を食べる手が止まります。
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もう少し焼いた方が好みだと義仲に告げると、生焼けだったと気づき、焼き直しています。範頼は食べてしまったと焦り、義仲も「腹は壊さん」と返している。
この辺が迂闊かもしれません。
客人をもてなすことが雑な義仲。
生焼けでも食べてしまう範頼。
座も落ち着いて、範頼が条件を話そうとすると、腹が鳴って厠へ。
純粋に腹を下したかもしれませんが「腹は壊さん」という言葉で疑心暗鬼になり、神経にきたのかもしれません。
義時は人質を差し出すように言います。
そして源行家が提案されますが、あれじゃ人質にならないだろ、と義仲も即座に断る。義時も「お守りするような方ではない」と言います。彼も単に善良なだけでなく、行家のように愚行を犯す者など知ったこっちゃないのでしょう。
しかし義仲は、叔父は渡さないと言う。
俺は自分を頼ってきた者を追い出すようなことはできぬ――そう剛直にして誠実に返す義仲。
不誠実な叔父と我が子を秤にかけて、我が子を差し出すのかと義村も困惑しています。
「男には守らねばならぬものがある」
義時が引き換えを求めても「何もいらん」と言い切る。義仲は義を大事にする人物なのでしょう。
「これは俺の誠だ」と言います。
そして我が子・木曽義高のもとへ。
「父上」
そう返す弓を引く義高は、これまた父ゆずりの澄み切った目をしています。
巴の一本眉が示すものは?
巴御前が竹の手入れをしていると、義時と義村がその様子を目に留めます。
おめかししたら美女だな、と見抜いている義村。おそらく眉毛の手入れも含めての話でしょう。
巴の一本眉は特徴的です。
なぜか?
あれは「眉剃りをしていない」という証なでしょう。
当時の女性は眉毛を剃ることがおめかしです。しかし大河でそうするわけにもいかない。そこで、現代人から見ても「眉毛のお手入れしていない」とわかるように、一本眉にしたのだと私は推察します。
巴御前は、八目鰻をとる仕掛けを作っていました。
目にいいから義仲に。忠義を尽くすと言い切る巴御前に、義仲と付き合いが長いのか?と義時が尋ねると、巴が幼馴染だと返します。
そこで義村がこうだ。
「初恋の相手か」
「切り捨てられたいか!」
巴御前が素早く小刀を手に凄むと、すかさず義時が盟友の不始末を詫びます。義村、ほんとどうしようもないわぁ~。
そのうえで巴はこう言います。
「……色恋はとうに捨てた」
「それで幸せなのか?」
「私はあの方に終世尽くすことを決めている」
義時が手伝おうとしても、巴は「触るな」と断り、出かけてゆくのでした。
一方の義仲は、我が子の義高が鎌倉に行くことを承知します。
「父上のためなら、どんな苦労も厭いませぬ」
実に素直そうな表情でそう返す義高。源氏同士で争わぬ限り必ず帰れると義時が言うと、父と子は信じ合っていて、それを見ている義時も微笑んでいます。
亀vs政子の軍配は亀に上がり
鎌倉――狩りの帰り道で、頼朝が安達盛長がどこかへ立ち寄っています。
亀のいる家でした。
しかし、そこには政子も座っている! うわっ!
思わずギョッとしながら、その場を去る頼朝。
亀と政子の対決が始まりました。
「家まで焼き払って、まだ足りない?」
「足りませぬ」
亀はそんな相手に、手を引くと言います。政子も受け入れますが、亀が一言いいかと真っ直ぐに見てきます。
聞く耳ないという政子に対し亀はこうだ。
黒髪の 乱れも知らず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき
黒髪が乱して横たわっていると、あの人がかき乱したことが思い出される。
亀が言うと恐ろしいほどの迫力がありますね。
彼女は当時不美人とされたくせ毛の持ち主でした。でも、それゆえに、そんな個性を頼朝は「他の女とはちがうんだよなぁ〜」とデレデレ愛で、撫でていたのかもしれない。
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なぜ亀の前は政子に襲撃されたのか?後妻打ちを喰らった頼朝の浮気相手
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和泉式部の歌だと明かすと、和泉式部くらい知っていると意地になる政子。
でもあの方の日記は、りくから渡されたのにきちんと読んでいないと亀は見抜いています。
伊豆の小さな豪族で育った行き遅れが、急に御台所と言われて勘違いしていないか、それも仕方ないと見抜く亀。
そして大事なのはこれからだと言います。
「自分が本当に鎌倉殿の妻としてふさわしいのか、よく考えなさい。足りないものがあったらそれを補う。私だって文筆を学んだのよ。あなた、御台所と呼ばれて恥ずかしくない女になりなさい」
あの政子が当惑しています。
「憧れの女だから。坂東中の女の。そんなふうに考えたことあった?」
「考えたこと、ありませんでした……」
「では、よろしくお頼み申します」
「あの! さしあたって、何を読めばよいでしょうか?」
そう、ここでもチームプレイを発揮する女性たちでした。
おかえりなさいませ
一方の頼朝は?
「来てしまいました!」
八重のところにいた。しかも江間は義時の領地だ。
なんなんだこいつは!
もうどうしようもない……。しかもこいつ亀に断られて来ていますからね。これ以上のないゲスですよ、ゲス!
しかし八重は、近寄る頼朝の指を噛み、追い払います。
「噛むか〜!」
絶叫して飛び出し頼朝は「是非もない」と言います。
「是非もなし」と言えば織田信長。
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簡単にいえば「仕方ないな」という意味ですが、信長も「一緒にすんなよ」と思うことでしょう。
いい加減、付き合うことに疲れてきた安達盛長と共に、頼朝はすごすごと鎌倉へ戻ってゆきます。
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この様子を隠れて見ていた者がいました。
義時です。
頼朝と盛長の二人がいなくなると、八目鰻の干物などの信濃土産を八重に届けます。
八重は、そんな義時に「義朝と会っていたのかと問い詰めないのか」と迫り、頼朝とは何もないと続けます。
かつて心を通い合わせた相手が今も思いを引きずるというのは、男の勝手な思い込み――。
そう言い切る八重に対し、何も言わないままにきのこを出してくる義時。ここでようやく、きのこは嫌いだったかと思い出しています。
義時は、どちらでもいいと言います。
頼朝を招き入れても構わない。幼馴染同士として、思いは変わらない。彼はそれを大事にしたい。
八重に振り向いてもらいたいなんて考えていない。振り向かなくても構わない。背を向けてもそれでもいい。その背中を見守りたい。後ろ姿が幸せそうなら、それで満足だと。
そしてしばらくここには戻らないと告げ、ここにいて欲しいと言います。
八重には伊豆の景色がよく似合う。伊東の館に紫陽花を届けたときから、ずっとそう思っていたと。
そして立ち上がる義時。
「待って」
八重が呼び止めます。
「小四郎殿……お役目ご苦労様でございます。おかえりなさいませ」
「ただいま、帰りました」
そして笑う八重。
義時はその笑顔を見て、思わず涙を流すのでした。
毎週のように泣く義時。しかし今週は嬉し涙です。おめでとう、よかった。報われました!
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MVP:木曽義仲
画面写真や初回から思っていたけれど、なんと美しいのか。
圧倒されました。
野生動物や縄文土器を見た時のような、そんな美しさを感じます。
綺麗な目で、透き通っていて、相手を喜ばせたいから魚を獲ってきて、我が子を人質に出す。
人としての善意や誠意がある。
磨き抜かれていないものがあって、見惚れてしまいます。
巴にも、龍の化身だという伝説があるそうですが、そういう神秘的なものを感じる。
そんな巴を見て義村は「おめかしすれば」と条件付きでその美貌を認めていた。
この辺りに本作の仕掛けを感じます。
義仲や巴は野蛮人だとされる。来週描かれるであろう無茶苦茶な暴れぶりや、猫間中納言との逸話が皮肉な笑いを込めて語られてきました。
でも、果たしてそれは義仲が悪いのでしょうか?
文明や文化があると見なす側が、自分達とちがう生き方をする人々を「野蛮でどうしようもなく愚か」であると判断を下す。
それが差別の本質ではないか?
そう到達しつつあるのが、21世紀の歴史学なり、人類学の到達地点です。
かつて人間は、知能指数やテストを考え、その点数が低い人々を「劣等」であると見做しました。それ以前は、識字率や礼儀作法を通して、見下す材料を探していた。
それってどうなのよ?
一例としてナポレオンでもあげましょう。
あれほどの天才であるから、士官学校時代は成績優秀だと思われがちだ。
それがそうでもない。彼が愚鈍だったのか?
もっと簡単な話です。
コルシカ生まれのナポレオンはフランス語能力が低く、実力を発揮できなかったのです。
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どれだけ本質的な賢さを見抜く能力があっても、語学力や語彙力で引っかかってしまうと、見落とされてしまう。
このドラマの木曽義仲は、本質的に聡明だという描かれ方をされています。
義時や義村ですら言い負かされてしまう。
しかし、そういう本質的な賢さも、都の人々には通じませんでした。
教養や礼儀作法がなっていないから、愚かで野蛮と言われ、嫌われてしまう。
昔の人は、浮世離れした人が悲運の中で斃れてしまうと、人間の濁った世に適応できなかったのだと憐れまれました。
義仲も、その周りの人々も、濁った世では生きてゆけないほど純粋なのではないかと思ってしまう。
どうして木曽義仲がこんなに悲しいのかと考え込んでしまった。
でも、答えはわかる。
濁った笑顔の頼朝、あなたが答えだ!
総評
ゲスな人間が勝利すると、人は精神的に打撃を受けます。
せめて高潔な人こそ成功して欲しい。しかし、政治的な判断となると、やっぱりゲス……もとい冷徹でないといけない部分はありますよね。
やはり大江広元がゲームチェンジャーとなった。
広元がいるとスムーズになってストレスが減るし、とても参考になる。
しかし鎌倉というアルカディア(理想郷)は終わっちまったと寂しくもなります。
ちょっと前は、部室や修学旅行みたいな楽しさがあった。
それが消えた。
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集まってワイワイしていたら会話の中身を把握される。
参加者リストもバッチリ梶原景時が作ってくれる。
こういう謀略担当者が左右に揃うと、青春の部室はもう終わります。
「あーもう窮屈だなぁ!」と言えば、相手は「社会人の自覚ってものがあればそこはね。好き勝手なことを言いっぱなしで責任取らなくていいわけないでしょうが」と言い放ってくるわけです。
飲み屋で機密情報をペラペラ話したら、ペナルティがある。
そういう世界に突入しちゃったわけですね。
坂東武者の甘酸っぱい青春DAYSも終わった。
しかし、組織や社会とはそういうものではある。
とりあえず、そういう甘酸っぱさを卒業したからこそ、願いが叶った義時を祝いましょう。
ここからはデリバリーだけではいけない。
実りある幸福を、ややこしい女である八重とともに築いてゆく責務もある。
でも、それもきっと幸せな重みでしょう。
何もしない人? 野心とは無縁なだけ?
【亀の前騒動】のあと、時政が伊豆へ戻ったのは史実通りです。
ただし、若干アレンジがあります。
史実は、時政が去った後、頼朝は焦りました。
そして夜、寝ていたであろう義時の家を見に行かせています。
で、在宅を確認すると、こんな感じのやりとりをしています。
「きっとこの先、子孫を守るのはキミだぁ!」
「……そっすか、あざーっす」
夜、寝ていたところを起こされてこんなことを言われる義時もどうなのよ。
ドラマのように、義時が「時政の帰る宣言」をする場所にいたわけではありませんが、どのみちドタバタです。
義時はこうした話から「何もしていないのに褒められる人」「何もしない人」といった評価もされます。
自己アピール欲がないのにできる人物だったのでしょうね。
そこを汲み取って、このドラマは「野心のない男がどうして武士の頂点に立つのか?」をアピールしているのでしょう。
月明星稀ーー明月の大江広元
月明星稀
月明らかに星稀(まれ)に。
月が照らせば星の光は見えなくなる。
曹操『短歌行』
大江広元――コーエーのゲームなら知力90を超えていそうな、そんな顔グラの逸物。
彼は他の連中の光を消しました。恐ろしい話です。
そして見えてきたものがある。
牧宗親とりく。
そして比企一族の薄っぺらさだ。
りくの農婦ぶりには驚きました。こういうことも、やればできるってこと?
兄・宗親も、公家枠かつ有能な大江広元の登場により、胡散臭さが見えてきます。宗親はマナー講師しかできていない。
この兄と妹って、ファッション公家なのか。
そこまで名門でもないし、公家らしいことができるわけでもないのに、まずは形から入ろうとしているとか?
時政は騙せても、本場の人は「ワナビーやわぁw」となりそうです。
そして比企一族。
大江広元と共に側近の位置にいますが、比企能員はさほどの切れ者には思えません。
ゆえに、乳母子であることと、源氏に娘を送り込むことを権力掌握の手段としました。
このように結婚相手がいいように政治介入すること――悪い例かつ日本でもおなじみといえば、『三国志』序盤に登場する何進と何皇后がおります。
肉屋出身なのに皇后となったものだから、政治に介入する。
本人の資質云々よりも、こういう外戚構造が問題視され、排除するべく中国ではさまざまな対策を取りました。
南北朝時代の北魏には「子貴母死(しきぼし・子が太子となったら母を殺す)」という恐ろしい制度もあったほど。
唐でも玄宗が楊貴妃にメロメロになって、政治を疎かにし、大混乱が起こりました。
それはおぞましいことだという意識があったため、後白河法皇のそばにいる丹後局は「日本の楊貴妃か!」と悪いニュアンスで呼ばれました。
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これが日本の限界と言えるかもしれませn。
教訓としても、制度から女系を排除することは難しい。
天皇の妃に娘を送りこむことが定着し、乳母が権力を握ろうと見逃されます。
そしてそのことが鎌倉にも及んでいるからこそ、こうした比企の作戦が通じるのです。
しかし、この外戚路線がいつか身を滅ぼしかねないことは、今から押さえておきたい。
RPGなら文覚は黒魔道士です
はい、文覚が再登場しました。
胡散臭い。それで正しい。呪詛を受ける時点でダメでしょう。
当時は呪詛で殺人ができると信じている。
いわば、文覚と頼朝って、殺し屋とその依頼人関係です。
そもそも、まともな陰陽師――国家公務員のような人は呪詛を受け付けません。
そんな話に乗るのは、フリーランスである悪の陰陽師や仏僧ぐらい。
文覚って、副業で殺し屋をしている仏僧が出世しちゃったようなものなのです。
もともとストーカー伝説もあるし、そう簡単に褒めてもいい人ではない。
この世界観でRPGを作ったら、文覚は黒魔道士ですね。
しかも文覚は、その殺し屋にしたって手順をちゃんと踏んでいません。
呪いの依頼を受けるにせよ、一応、生年月日やデータも必要となります。それこそ義経を言いくるめて、直筆の書状でも入手すればよいとは思いますが、そういった手順を抜きにいきなりコレかーい!
文覚は当時の人から「周りの悪口ばっかり言うし、なんか胡散臭いし、性格悪い」と言われておりました。
ありとあらゆる意味で、最低最悪だとは思います。
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兵は不祥の器
兵は不祥の器、君子の器に非(あら)ず。
武力は危険なもの。君子が用いるべきものではない。
老子
木曽に軍勢を派遣することに、坂東武者が怒っていました。
この場面は、なかなか普遍的な真理をついたものでしょう。
威嚇だとか。演習だとか。そういう言い分で軍事力を動かすと、思わぬことを引き起こしかねません。
『麒麟がくる』でも出てきた足利義輝の暗殺もそうです。
あれは松永久秀の主導ではなく、久秀の子や周辺の人物による「御所巻(将軍の御所を武力で取り巻き、自分たちの要望を通すこと)」の結果とされています。
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長州藩の尊王攘夷派武装勢力が孝明天皇に請願しようとして、あの惨劇に繋がりました。
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中国では『三国志』の序盤、宦官を一掃するために董卓の軍勢を首都・洛陽に呼び寄せたところ、統制が取れずに乱世が開幕しました。
坂東武者の統制がこうも取れていないからには、武力行使にはリスクが伴います。
義時にとってはハタ迷惑な実験とはいえ、大江広元はあの騒ぎで理解したことでしょう。
そしてこれが木曽義仲の失敗にもつながってゆきます。
現在に至るまで当てはまる話ですので、誰かが軍勢を動かすことを渋っているとすれば、それは当然のことと言えます。
戦災未亡人の扱い方
義時は気持ち悪いようで、極めて善良と言えます。
八重は戦災未亡人といえる。
そういう人の衣食住を面倒見つつ、デリバリーサービスしかしていない。悪い男なら恩着せがましく妊娠させるぐらいしているかもしれません。
その悪い男の具体例は、大河で言えば『青天を衝け』の渋沢栄一ですね。
戊辰戦争で夫が行方不明になった女性給仕の袖を引っ張って、妾にしていました。
あの一連の行為を「戦災未亡人の苦労を知るため」と擁護する記事には驚いたものです。
そんな女性を介在させずとも戦争の惨さを知り、助ける手立てはいくらでもある。そんな言い訳のもと、どれだけの戦災被害者が搾取されたか。到底信じ難い話でした。
確かに明治維新とは、内戦を巻き起こし幕臣から仕事を奪い、明治政府が安く買い叩く酷い構図がありました。
それは女性も巻き込みました。そういう史実を美談にしてどうするのかということ。
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二年続けてそんな主役を描いていたら、大河も危険。
ここは正念場ゆえの慎重なアプローチかもしれません。
悲しいことに、今、現実世界でそういう下劣な動きが見られます。
困った人を保護するのであれば、やりすぎかと思うくらい誠意を見せなければいけません。
◆ ウクライナ侵攻を受け、国外へ避難してきた女性や子どもが人身売買業者の標的に ── 慈善団体が警鐘(→link)
知性は新しく 古典的なセクシー
BBCの人気ドラマ『SHERLOCK』で、アイリーン・アドラーがこう言います。
「知性は新しいセクシー」
亀がこのセクシーさを体現してきましたね。
亀は賢いという設定でした。
漁師出身でそれは不思議だとは思った。文筆を学ぶ機会はないだろうと。
それを彼女は見事にこなしました。りくから政子に渡されていた書籍を読み、覚え、引用したのです。
そしてこの知性のセクシーさって、実は新しいわけでもなく、古典的です。
日本の遊女はじめ、高級娼婦も古今東西そうです。
彼女らは教養トークができる。
いやあ、女房は育児だ家庭だ稼ぎだのというけど、彼女とは博識なトークができるんだよね!
という、これまた男が遊ぶ言い訳でした。
亀はそこを見抜き、ランクを上げていった。とてつもなく賢く、セクシーな女性でした。
頼朝は京都から来ています。和歌なんて詠まれたら、そこだけまるで京都のようで、うっとりしてしまうのでしょう。
こういう普遍的な事象をどう描くか?
それこそが作り手の気合いです。
これまた悪い例として昨年を出して申し訳ありませんが、『青天を衝け』では千代が勉強したがっていた場面があったのに、その後のフォローが何もありませんでした。
劇中で漢籍を引用しても、解釈がおかしい上に、夫を無闇に甘やかすためにしか引いていない。
明治になると、そんな千代は夫から役目をふられ「胸がぐるぐるいたします!」と語りました。
千代は受け身。夫から任されないと何もしないし、「胸がぐるぐるする」というのも夫の決め台詞です。胸の高鳴りを訴える言葉すら借り物でした。
そういう受け身で素直なところばかりが女性の魅力とされ、知性を称揚する場面があるようでなかったのが、昨年の大河です。
何年も続けて、同じ枠がこうではならない。今年は明確に昨年とは異なります。
ドラマとしての演出のみならず、中世と近世の違いもあります。
近世に生きる千代のような女性は「女は学ばないことが美徳」とされました。
一方、中世は女だって教養が重視されます。
教養あってこそ、女性のロールモデルとなる。亀はそう政子に言い切ったのです。
そしてこの先、政子が和泉式部のことだけを引用していたら不十分だ。
坂東の女性の頂点として、帝王学のテキストである漢籍『貞観政要』を読みこなし、引用してくると期待したいところです。
女心? それって男の思い込みでしょ
八重は、
別れた相手が自分を思い続けるなんて、男の勝手な思い込みだ
と苦々しく言い切りました。
彼女は、文学的に中々大事なことを言っています。
漢詩や和歌には「閨怨(けいえん)」というジャンルがある。
要は「フラれた女が男を思いメソメソしている様子」ということです。
そして大事なのは、その作者の大半が男だということ。
それ、男の勝手な思い込みじゃない?
そういう思い込みで女性心理分析して「女心、マジ尊い……」とか言っているのってどうよ?
そんな問題提起があるんですね。
こういう世界観には「あのクズ男と別れてサッパリしたわ〜」と好きなものを食べながらリラックスする、そんな女はおりません。
誰もいないはずなのにバッチリ着飾って、さめざめと泣く美女ばかりだ。超絶、嘘くせぇええ〜!
八重のセリフは、そういう問題提起に通じます。
本作ってそういうバイアスを分析しつつ、ぶった斬るような爽快感があってたまりません。
そして、こんなネットニュースを見るとますます楽しめてくる。
◆「鎌倉殿」亀&政子の男前なやりとりに「格好いい」と絶賛の声/芸能/(→link)
これも伝統的です。
政子は「丈夫のようだ」=男のように堂々としていると評価されてきました。
女がかっこいいことを「男みたい=男前」と呼ぶ現象。同時に男が情けないことを「女々しい」と呼ぶのとセットですね。
こういう見出しの時点で、書き手と、その記事を是とする受け手には偏見がある、とわかってしまいます。
本作を見ていて、恋愛がらみで「男前」って誰でしょう?
頼朝? 義村?
義時ならわかりますけれども。
人間の言動の高潔さや価値とは、性別以外の要素で決まることが多いと思います。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト


































