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【一生続く道長の煩悩】
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落ちぶれた女はチャンスだった
まひろの生きた時代は、後ろ盾がなければどうにもなりません。
父が死んでしまうと、男性も出世ルートが滞ります。
藤原行成は兼家の兄・藤原伊尹の孫にあたりますが、父が早くに亡くなったためパッとしない。
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女性はさらに厳しいものがあります。
身分が高いにも関わらず、父を亡くしたような姫君は「通うにはちょうどよい」とされてしまいます。
あるいは当時の姫君にとっては辛い“女房”になることもあります。
こうした姫君で最も悲惨な例が、花山天皇の娘でしょうか。
母の身分が女房で低かったこともあり、内親王扱いされないどころか、藤原彰子に仕えることとなりました。まひろ(紫式部)の同僚といえます。
それが師走のこと――彰子のもとに強盗が入った際、衣類を思うように盗むことができなかったせいか、花山天皇の娘が連れ出されました。
そして外で服を剥がれると、その場に置き去りにされたのです。
彼女は水路に落ちて這い上がり、助けを求めたものの、誰も応じない。
そのうち凍死してしまい、野犬に遺骸を食われてしまった。
現場には黒髪、血まみれの首、紅袴を身につけた下半身だけが残ったのでした。
捜査の結果、彼女をものにできなかった藤原道雅が黒幕と判明したとか。
道雅は藤原伊周の子で、その正室は藤原宣孝の娘となります。宣孝は紫式部の夫であり、彼女とも近い人物ともいえる。
こうした悲惨な状況を考えると、道長がヤケになってまひろを拉致しないだけマシな気もしてきます。
「俺の誘いを断るとは、お前は犬の餌になりたいのか!」
道長が本当に極悪非道なヤツならば、こんな脅しができたかもしれません。
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当時の貴公子は性欲のためならば、暴力沙汰もやらかしたものです。恋だの和歌だの色々言おうが、悪質ストーカーもいた。
『源氏物語』を読むと、そもそも垣間見でロックオンするわ、当事者でなく周囲と話をつけるわ、時代といえばそうかもしれませんが女性に近づく手段として不適切にもほどがあるのですね。
ちなみに舞台は『鎌倉殿の13人』となりますが、同ドラマに出てきた悪徳僧侶の文覚も、ストーカー殺人のうえ相手を生首にしています。
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セクハラ道長とかわす紫式部
まひろと道長の逢瀬が悲恋に終わることは仕方ないでしょう。
もしも二人の恋が成就すれば、さすがに歴史改変になってしまいます。
ただ、そこまでの流れは、非常に巧妙な展開だったのではないでしょうか。
あの場で道長は「まひろがずっと一番だ!」と言います。
それが現実になる可能性はあります。
人は、思春期に恋をした相手を一生引きずるもの。まひろとの逢瀬、そして脛を見てしまった甘酢っぱい思い出は、頭から消そうとしたところで脳裏にこびりつく可能性がある。
史実における紫式部は、藤原彰子のもとに出仕した後、道長との間に歌を詠みます。
道長の脂ぎったオッサンぶりが露になる、二人のやりとりを見てみましょう。
すきものと 名にし立てれば 見る人の 折らで過ぐるは あらじとぞ思ふ
【意訳】なんかエロい物語書く作者がいるって言うじゃない? それを口説かないでいるってありえないんでしょ!
人にまだ 折られぬものを 誰かこの 好きものぞとは 口ならしけむ
【意訳】は? 誰かに口説かれたこともないんですけど? 誰がエロいとか言っているんですかね……
このやりとりは、そのままでも十分に道長が脂ぎっているのに、まひろの脛にムラムラとした『光る君へ』の道長と重ねると、余計にげんなりさせられますね。
また、こんなやりとりもあります。
夜もすがら 水鶏よりけに なくなくぞ まきの戸口に たたきわびつる
【意訳】夜通し水鶏みたいに泣きに泣いて戸を叩き続けたのに、あけてくれないなんて、ひどいよ、ぴえん
ただならじ とばかりたたく 水鶏ゆえ あけてはいかに くやしからまじ
【意訳】ありえないほど戸を叩く鬱陶しい水鶏でしたね。戸を開けたらどれほど後悔したことでしょうか……
戸を叩き続ける道長、怖いよ、道長。あの関係の後年、こんな風に詠んだのかと思うと、破壊力が倍増しますね。
1980年代に大ヒットした少年漫画に『シティーハンター』があります。
今でも実写ドラマ化までなされるほどの根強い人気を誇る、このマンガの主人公・冴羽獠は好色です。
そんな彼をあしらう敏腕女性刑事として、野上冴子がいます。
彼女は獠に対し「同衾一発分の借り」があるらしく、そのことをしょっちゅう言及されます。
しかし、いざそうなりそうになると、なんのかんのでスルリと逃げてあしらう。『ルパン三世』の峰不二子も同系統といえますね。
当時の少年漫画誌では、ギリギリのラインを攻めるお色気であり、かつ、それによりこうしたヒロインは、氷でできた花のような個性がありました。
もしかすると、まひろもそんなクールでセクシーなヒロインになるのかもしれません。
今はまひろの涙に道長が憎たらしくなっても仕方ありません。それが自然です。
しかし、このあと再会したらどうでしょう?
まひろがギリギリで常にするりと逃げ出し、道長がその度悔しがるとしたら?
それはそれで面白いのではないでしょうか。
何も色気はストレートに描かずとも出せるものです。
『光る君へ』のソウルメイトであるまひろと道長。一体どんな着地点を見出すのか。
歴史は変えられませんが、そこに至る過程はアレンジできる。
もしかしたら、私達はものすごいものを見ているのかもしれません。
「セックス&バイオレンス」という大石静さんの言葉が話題となった『光る君へ』――確かにその通りだと今は思えてきます。
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【参考文献】
繁田信一『殴り合う貴族たち』(→amazon)
大塚ひかり『源氏の男はみんなサイテー』(→amazon)
他







