光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第37回「波紋」倫子も清少納言もキレて当然か

2024/09/30

源倫子が孫の敦成を抱いて、目を細めています。

そんな母と我が子を見ている中宮彰子。

歴史劇の魅力とは、この祖母と孫の背景にある要素を読み解くことにあると思えます。

これだけでも見る価値のあるシーンでした。

 


赤染衛門の懸念

彰子が内裏に戻る前に帝へのお土産を作りたいと言い出しました。

彼女の提案を聞いて、嬉しそうな赤染衛門。あれだけ内向的だった中宮がすっかり表情も明るくなり、精神面でも積極的になりました。

お土産とは、藤式部の物語を美しい冊子にするというもの。

「藤式部」と聞いたとき、母である倫子の顔にかすかな動揺が見られつつも、こう言います。

「それは帝もお喜びになりましょう」

母の動揺に中宮は気づかず、赤染衛門は険しく暗い顔になるばかり。

赤染衛門は藤式部と左大臣道長の特殊な関係を察知。式部に対しては「そういうこともわからないでもない」とやんわりとたしなめながらも、お方様だけは傷つけぬよう釘を刺していました。

と、ここで思い出したいのが『鎌倉殿の13人』での政子です。

政子は頼朝と亀の関係を察知すると、屋敷ごと破壊しました。

あれは、りく(牧の方)が教えた上方由来の「後妻打ち」ではあったものの、坂東の蛮勇ぶりは頼朝の想像をはるかに凌駕。

倫子の嫉妬を不健康とみるか?

いや、政子がヤバい、やりすぎだとみるか?

さて、皆さんはどちらでしょう。

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ここでの赤染衛門は、必ずしも性的な関係を咎めているとも思えません。

当時は「召人」(めしうど)という存在があり、権力者が女房に手をつけることは黙認されていました。

むしろ、そうした関係を超えた心理的な繋がりによる関係性の構築を問題視しているとも思えます。

「ソウルメイト」とはなんだ、けしからんのではないか――そう遠回しに語っているようです。

 


母親失格? そんなことはない

道長との性的な関係は途切れたにせよ、物語でここまで中宮との関係を深めたら、倫子もまひろにコンプレックスを刺激されることでしょう。

母として、娘の心を開かせることができなかった――ここが重要ポイント。

しかし倫子には、そう落ち込まないで欲しいのです。

中宮の土産作りのために、紙はじめ材料を手配することだって、母としてできる素晴らしいことではないですか。猫の手配だって倫子の素晴らしい気遣いです。

何よりも実家が太い。偉そうなことを言っても、道長は土御門あっての権勢なのです。

なお、猫好き大河ファンに良い知らせがあります。

来年の『べらぼう』時代は、猫が江戸っ子人気ペットで不動の一位です。

メインキャストの一人である太田南畝は、

「猫を飼うことにはメリットしかないのですね」

と、格調高い文体で書き記し、山東京伝の弟・京山は、

「猫大好き! 三匹と一緒に暮らしています」

と、素直に書き綴っています。

来年は今年以上に猫がうろつく大河ドラマとなることでしょう。猫への愛情は江戸っ子並、そんな森下佳子先生ですので、ぬかりなく出すと予測されます。

そして、まひろも辛い立場です。

彼女は悪意をもって倫子に嫌がらせをするわけではなく、ただ自分なりに主君である中宮に誠心誠意で仕えるだけで、周囲を掻き乱してしまうのですから。

 

お堅い中宮サロンの共同作業

かくして、豪華な冊子作りが始まります。

「美しい紙」だと感心している女房たち。

確かに色彩パレットが東アジアらしく、見ていて目に心地よいのです。時代劇は伝統色を用いているかどうかも重要です。

中宮は紫の上に愛着があるようで、その若草のような娘の初登場場面は、若草色か、藤壺の藤色か、どちらがよいか藤式部に相談。

まひろは中宮様のお好みでどちらでもよいと返しました。中宮の藤式部崇拝はかなりのものです。

中宮は若草色を選びました。

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宮の宣旨は紙を手にして「このような美しい紙に書かれた文をもらいたい」と語っています。

恋文なのにビジネスレターぽいものを送ってしまうと、

「気の利いた貴公子だと思っていたのに失望した」

と、ドン引きされてしまう。『蜻蛉日記』で藤原寧子(藤原道綱母)にそれを指摘されたのが藤原兼家でした。

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ただ、こういう色好みの話題は苦手なのか、他の女房は硬い顔をしています。そこが定子サロンとの違いなのでしょう。

まひろの弟・藤原惟規が、中将の君を追いかけた斎院サロンこと選子内親王に仕えた女房も明るく機転が利いていたため、

「中宮のサロンって、ノリの悪い非リア陰キャじゃね?」

と比較されてしまっていたそうです。

ゆえに明るいお土産が重要なところもあるのかもしれません。赤染衛門の複雑な心境も読み解けますね。

 


美しい紙に、美しい字で、美しいだけでない物語を

まひろの手元が大写しになり「源氏のものかたり」と記しています。

水鳥が水面を滑るように軽々と書いているようで、水の下では足を一生懸命動かしている――紫式部がそう記したことを彷彿とさせます。

左利きの吉高由里子さんが、これだけ書けるようになるまで、一体どれほどの練習をしたのでしょう。

彼女が書いている書状は行成宛でした。

すると、道長と倫子がやってきて、文房四宝を褒美として賜ります。

中宮がうやうやしくお礼を言うと「いや、たいしたものでは」と道長はあっさり返答するのですが……いやいや、かなりお高いものでしょう。

書道を嗜む方は、本作の文房四宝を羨ましがって見ているとか。

この場面は財力があってこそ長編物語を執筆できる、そんな構図まで見せてきます。

倫子が笑顔で女房に冊子作りを依頼する一方、主の心を代弁するように険しい顔なのが赤染衛門です。

行成は文を受け取り、目を通し、硯に墨を擦り、筆を手にします。

彼のような能書家に書写の依頼がされているのです。

バイオリンの響きとともに数文字書きつける。日本書道史における最大の達人ですから、ほんの短い場面のようで、どれだけ気を配ったことでしょうか。

この場面がなっていないとなると、それはもう日本文化への冒涜となりかねません。

書道を嗜む方はきっと「根本知先生(書道指導)は大丈夫かな」「渡辺大和さんを応援しなくちゃ!」と気を揉んでいたはず。

どれだけ困難な作業なのか……と想像するだけで大変なことになっています。

NHK大河でなければできない仕事とはまさにこういうこと。本当に美しい場面でした。

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こうして出来上がってきた紙をチェックするまひろ。

自分の物語を最高の能書家が手分けして書くのですからまさに感無量でしょう。

中宮と女房たちは、皆丁寧な手つきで本を仕上げてゆきます。

和紙とはこんなにも美しいのか。筆で描いた文字はこうも素晴らしいのか。眼福そのものの場面です。

そして、まひろは冊子作りが終わったところで、中宮に里下がりを願い出ました。

これから冊子を携えて内裏に戻るのになぜかと問いかける中宮。

老いた父と娘の顔が見たいとまひろは答えます。

人の心を読み解けるようになった中宮は、娘を思うまひろの気持ちを察し、自分のことばかり考えていたと詫びて、間違いを認めます。

中宮は思いやりのある素晴らしい性格です。

寂しい思いをしているであろう娘に「絹と米と菓子を持って行くように」と言いつけるのでした。

それでも中宮が内裏に戻る時は一緒に参ることを約束させ、まひろは一時帰宅をするのでした。

 

まひろ、久しぶりの帰省

藤原為時邸に届けられた白い米を見て、乙丸、いと、きぬは大喜び。

娘の働きのおかげで家のものが食べていけると為時が礼を言うと、まひろも賢子の世話を任せていると父に礼を告げます。

すると、そこへ賢子が帰ってきました。

水仙を手にして、母に少し戸惑った顔を見せています。一通りの挨拶をしつつ、水仙はいとに渡してしまう。母には渡しませんでした。

まひろにしても、ジッと静かに娘を見つめるだけで、涙ぐんだり、頬を触れるようなことすらしない。

例えば『真田丸』では、真田昌幸の母で、幸村の祖母である「おばばさま」こと“とり”は、家族の頬をペチペチすることがよくありました。

時代考証を踏まえつつも、そうした仕草で人の性格を表すことはできます。

まひろはどこかクールな性格に思えるのです。笑みすら浮かべません。

為時は、そんな賢子を「照れておるのだ」といい、まひろも「気難しいところが私とよく似ている」と返します。確かにそうですね。

そしてまひろは、しみじみと乙丸にも礼を告げると、顔をくしゃくしゃにしています。

「乙丸は笑った顔も泣いた顔も同じだ」

そう言った後、まひろはしみじみと家の中を見て周り、「みすぼらしく見える……」と感じています。

それこそ『源氏物語』ならば卑しいものの粗末な家とみなされそうな家でしょう。ここにいては、あの物語は書けなかったのかもしれません。

夜は豪華な食事となりました。ただし、平安時代ですのでシンプルといえばそうかもしれません。

私の感覚ですが、日本料理の再現を見て「おぉ、豪華だな」と思えるのは、織田信長のおもてなし御膳あたりから。

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さらには、見た瞬間に美味しそうだ!と思えるとなると、『べらぼう』の時代あたりに食べられていた揚げたて天ぷらあたりからではないでしょうか。

日本食は江戸っ子ファストフードである江戸前寿司、天ぷらが代表扱いとなる、変わった料理といえます。

ただし、世界的に見ても、中世の料理は素朴なものです。これが食べられるだけでも贅沢なのですね。

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酒癖が悪いまひろ

普段は口が重いのに、酒が入ると舌が回るまひろ。宣孝から白酒(バイジュウ)を貰い、飲み干すほど酒は強いのです。

そんなまひろは、女房生活で溜め込んでいたことをぶちまけます。

藤壺の女房は奥ゆかしすぎる。

惟規が結構かわいいとフォローすると、すごいイビキをかいたり、寝言を言ったりすると返す。

為時が、お前だって寝言を言っているかもしれないというと、そこはあっさり認める。

さらには親王五十日の宴は本当に無礼講になってしまったと言い出します。

殿方は酔っ払ってきて絡んでくると笑い、あの生真面目な実資によるセクハラまで明かすまひろ。

いとが、左大臣もハラスメント気質なのか?と問いかけると、まひろはやんわりと否定します。

そしてますます饒舌になっていく……。

土御門の宴は盛大で、お菓子もお料理も食べきれないほど並んでいた。そのお菓子を女房が食べ尽くし、殿方はお酒を飲む。

そうはしゃいでいると、賢子の顔が硬く強張ってきます。

為時が、我々のような貧しい者には縁がない、と話を締めようとしても、まひろは、お菓子は持ってきた、皆食べただろう?と言い出す始末です。さらには賢子にまで……。

「姉上、飲み過ぎだよ」

見かねた惟規が、飲み過ぎだとして、ようやくたしなめます。

「あらお酒は殿方だけの楽しみではありませんよ〜」

「そうだけど……」

わけのわからない理詰めを返す、鬱陶しいまひろ。単なる飲み過ぎなんだってば!

頭がとっ散らかっているまひろは、今度は中宮の出産に立ち会えたことを感激しはじめます。

「もうよい。そのくらいにしておけ」

さすがに父の為時もたしなめます。そろそろ強制的に寝かせてしまうくらいでよいのではないでしょうか。

まひろの“嫌われ上等”、めんどくささが全開ですね。

女性の飲酒は、ジェンダー観があらわれる指標です。少し口をつけて頬を赤らめるくらいが、ほどよいものでしょう。このドラマだと藤原道隆の嫡妻である高階貴子が該当しますね。

まひろは酒に強い。

酔って宮中の内側を暴露をする。

日頃とのギャップがあまりに激しい。

理詰めの面倒臭さを残しながら、酔っ払いらしく話題がすっ飛ぶので、周りはとにかく相手にしにくい。実にのたちの悪い酔い方をしています。可愛げもありません。

そして酔うと、日頃は下劣だと押し殺している本音も漏れてしまう。

とにかく彼女の醜さが露呈してしまう場面ですね。

吉高由里子さんは、酔態の見苦しさと、愛嬌と、知性がそれぞれ発揮されて、ぎりぎりのところで綱を引き合うような演技を見せております。

彼女でなければ、この境地は表現できないのではないでしょうか。

 

罪と罰

道長が、廊下で赤染衛門を呼び止め、藤式部の行き先を尋ねます。

そつなく答えるようで、目線の鋭い赤染衛門

倫子のことで警戒しているのでしょう。

その頃まひろは紙を前にして、筆を執り、構想を練っている。その様子を賢子が見ています。


そう書き付けるまひろ。

何かが変わりつつあるのでしょうか。

ここまで完成していて、帝に献上された『源氏物語』は33帖「藤裏葉」までとなります。

光源氏は四十の賀を控えていました。

准太上天皇の待遇を受け、内大臣から太政大臣となり、嫡子である夕霧も結婚を果たし、世の頂点に立った展開です。

ここで終わらないところがこの話の特徴といえる。

藤壺の宮と間に子を為した罪に対する罰が、このあと展開してゆく。

まひろは、そのプロットを練っているようで、それだけでは終わらないようにも思えます。

土御門では、中宮が藤式部の戻りを待っていました。

そして、心細いから式部に戻るよう文を書いてくれ、と宮の宣旨に頼みます。

為時の家に、その文が届きます。

中宮は真面目なので、皇后定子が清少納言に送ったような、ひねりのある文ではありません。

為時が文を見て、帰ってきたばかりでもうお召しかとしみじみ……と同時に、それだけ中宮に気に入られているのかと感心しているようでもあります。

そして左大臣との関係も尋ねながら、こう続けます。

「お前が幸せなら答えんでもいい」

ここでまひろは賢子のことを切り出します。為時は、そのうちあの子にもお前の立場はわかるだろうと告げるのでした。

 

親の堕落が許せない潔癖な娘

賢子が戻ってきました。

為時が、まひろは土御門に戻ると告げると賢子はこう言います。

「いったい何しに帰ってこられたのですか。内裏や土御門での暮らしを自慢するため? いとや乙丸も変な顔してました」

「賢子の顔が見たいと思って帰ってきたのよ」

「母上はここよりあちらにおられる方が楽しいのでしょう?」

そう問い詰める賢子に、為時はまひろが働いてこの家を支えているとたしなめます。

「では何故昨日のようなお話をするのですか? お菓子をたらふく食べたとか! 母上が嫡妻ではなかったから、私はこんな貧しい家で暮らさなければならないのでしょう?」

そう叫ぶ賢子を為時は「黙らぬか」と制す。

宮仕えをして高貴な方々とつながりを持ち、賢子の役に立ちたいと答えるまひろ。

「嘘つき! 母上なんて大嫌い!」

そう叫んで賢子はどこかへ走り去ってゆきました。

すっかり嫌われた、とまひろが言葉にすると、為時が「母親不在の中、あの子の友は書物であった」と語ります。

結局は似た者同士なのでしょう。まひろの反抗期を知る為時が言うと説得力があります。

まひろのことを思い出してみましょう。

彼女の反発は、為時が理想と現実から乖離したことに怒りを見せていました。

漢籍を読み、理想の世を求めているようで、実際には権力者に媚びて不正も見逃す。

口先だけか! 身につけた教養が活かせていない!そう苛立っていたわけです。

賢子の場合も、実はそう思えます。

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民の窮状を思いやるわけでもなく、食べきれないほどの飲食物を自慢する。口先だけか、身につけた教養が活かせていない! という心境なのでしょう。

実は、母と娘の怒るポイントは一致しています。

まひろは酔態を晒し、人の悪口をぬけぬけと語っているわけで、母親である以前に人としても醜悪だと指摘しておきましょう。

この展開は朝ドラでありがちな「ワーキングマザーの試練」のようで、本作はひねっているように思えます。

それというのも、男親である為時も娘のまひろに嫌われていた。

ずっと家にいて娘に惜しみない愛情を注いできた倫子も、同じように母として足りないところがあると劣等感を刺激されています。

為時や倫子と比較すると、まひろは人としてよろしくないとも思える。

それこそ「ワーキングマザーの試練」ならば、まず母親は泣くなり、表情にはっきりと出したほうが良さそうだ。

しかし、まひろは冷静に受け止めているうえに、それを踏み台にして物語を執筆しそうなふてぶてしさすらある。

母というより、面倒くさいクリエイターの業を感じさせるのです。

 

『源氏の物語』は帝のお気に入りになる

まひろが出仕し、中宮も、内裏の藤壺に戻りました。

するとそこへ敦康親王が嬉しそうにやってきます。

長い間留守にしたことを詫び、弟をかわいがるようにと中宮が語りかけると、中宮が私をかわいがるなら弟の敦成をかわいがると無邪気に返します。

中宮が「敦康だって大事だ」と微笑んでいると、帝がやってきました。

「朕も敦康も寂しかった」

青空のように晴れやかな中宮に、帝は魅了されているように思えます。そして

「源氏の物語か」

とつぶやく帝に対し、中宮は物語の冊子を献上します。あまりの美しさに、大いに喜んだ表情の帝。

帝が「これは藤式部の思いつきか?」と問いかけると、めっそうもないと否定するまひろ。

中宮の発案だと否定します。

中宮がいかに心を込めて作り上げたか、とまひろが語ると、帝も嬉しそうな表情。

しかし、中宮が33帖で終わりだと思っていた物語が、実はまだ続くことが判明します。

構想中だと語るまひろですが、ここが重要でしょう。

帝の発案で、物語を読み上げる会が藤壺で開催されることになりました。

そして作者の「物語論」が語られ、『日本紀』より上であるという部分が読み上げられます。

藤原斉信が、このぶっ飛んだ理論に驚き、藤原公任へ動揺を語る。

公任は困惑しながらも「帝が読むとわかっていて、よくそんなことを書けるな」と返しています。

この理論は確かに吹っ飛んでいるでしょう。

東アジアにおいて、物語や小説は「一段落ちるくだらないものだ」という意識は強固なもの。一流の書物は歴史書や思想書であると考えられていたのです。

そんなくだらないものを上に置くというのは、あまりに大胆で驚くべきことなのです。

二人に対し、生真面目な藤原行成が、声が大きいことを嗜めると、行成のことを大好きな帝は「何か気になるところがあるのか?」と尋ねます。

行成はそつなく誤魔化しました。

帝はここで話をまとめ「女ならではのものの見方に漢籍の素養も加わっているゆえ、これまでにはない物語だ」と感想を語ります。

そしてさらに藤式部は『日本紀』に精通していると付け加えます。

このように帝が一目置いたことで『源氏物語』は評判を呼び、中宮彰子の藤壺を華やかなものとしたのでした。

ただし、この一件で「日本紀の御局」という嫌味たらしいニックネームを、左衛門の内侍につけられることになるのですが、まひろには余裕があるようにみえます。

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余裕のある顔で内心いらつき、日記に書き残していたのであれば、それはそれで怖い性格ですけど。

 

中関白家の焦燥

そのころ清少納言は、定子の残した脩子内親王に仕えていました。

お菓子を食べながら脩子内親王は何かを読んでいるようで、『源氏物語』を読んだ清少納言の目には鋭い光が宿っています。

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中関白家の陣営が何やら話し合っています。

定子の母方にあたる高階光子が「敦康親王が追いやられるのではないか」と危惧して伊周に訴えているのでした。

「敦康こそ第一皇子であり、定子の忘れ形見なのだから、帝の気持ちは揺るぎない」

藤原伊周がそう言いますが、源方理は「帝は左大臣に逆らえぬ」と焦っているようです。彼は伊周の嫡妻である幾子の兄です。

幾子は帝のはからいで伊周の位も戻されていると嗜めるも、ジッとしてはいられないと光子がせっつく。

しかし伊周が取る手段は、道長への呪詛しかありません。

決定的な証拠となりそうな呪いの人形が何体も出来てしまいますが、大丈夫なのでしょうか。呪詛疑惑で痛い目にあった割に凝りてませんよね。

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盗賊が藤壺に侵入した

内裏の藤壺で、女房たちが寝静まっています。

執筆中のまひろは、どうやら女三宮が登場する第34帖を書いているようです。

と、突然、悲鳴が聞こえてきました。

筆を置き、様子を探るまひろ。

中宮に何かあったら一大事だ!として走り回っていると、そこには下着姿で震えている女房がいました。

男どもが入り込み、刀で脅して、服を盗んだようです。部屋から出てきた中宮に代わり、まひろは様子を見ています。

ちょうどこの日は惟規が宿直でいたはずなのに、この日に限って早めに退出していて「アイツ、頼りになんないわ!」と呆れたということが『紫式部日記』には記載されています。

盗まれた女房たちの衣服は都の辻に置かれました。

服を脱がされたのならばマシで、屋外まで連れ出されると亡くなる可能性が一気に高まります。

紫式部の同僚であった、花山院の内親王も辻まで連れ出されて惨死しています。

すると、盗賊が置いていった衣服を拾い上げた“謎の若武者”の顔が一瞬、あらわになりました。

藤壺に盗賊が侵入した――その知らせを、百舌彦から聞くと道長は、慌てて藤壺へ向かいます。

中宮は、藤式部が駆けつけてくれたと嬉しそうに語るのでした。

 

道長から吹いてくる冷たい風

道長はまひろに語りかけ「中宮を助けようと駆けたのは本当か」と確認しています。

その上で他の女房に苛立っていると、まひろは「中宮様が立派だったのだ」と褒め称えます。

自ら女房に袿を掛けた姿には上に立つ者の威厳と慈悲があり、胸を打たれたというのです。まひろは褒める時も具体性がありますね。

ため息をついて「お前もよくやってくれた」と返す道長。

柄本佑さんの道長は不可解です。女房の不甲斐なさを苛立ち、ため息をつくまでは不機嫌に思える。

けれども優しくまひろを褒める。

公任や実資ほど堅苦しくなく、斉信ほど軽薄でもなく、行成ほど誠実でもない。

「これからも中宮様と敦成親王様をよろしく頼む。敦成親王様は次の東宮となられるお方ゆえ」

そしてこの声は、やわらかいようで、一陣の風が吹き抜け秋が訪れたような……ぞくりと肌が粟立つほどの冷たさがありました。

「次のーー」

まひろが驚き、険しい音楽が響きます。

道長は警護が手薄とわかっていて忍び込んだということはただの賊ではないやもしれぬ、後宮の警備を一層厳重にすると無理やり話題を変えました。

「ご苦労であった」

そう労い去ってゆく道長は、まるで今までの彼とは違うような、おそろしいものが滲み出ています。

次の東宮は敦康のはずだった。そうまひろにも言っていたし、中宮も知るはずもない。

公任が、中宮が皇子を産めば東宮が変わるのではないかと口にしたとき、即座に否定したのは道長だった。

一体いつの間に変わってしまったのでしょう。

足早に立ち去り、息をついて歩いてゆく道長を、まひろは愕然としたまま見送ります。

この瞬間、まひろの書く物語の意味も彼女の中では変わってしまったことでしょう。結局は政治権力の道具であったのか、と彼女は理解したのかもしれません。

 

波乱の予兆

予兆はありました。

まひろは筆を握り、どうして「罪」と「罰」と書きつけたのか。

まひろが変わってしまったからこそ、最も若く真っ直ぐな賢子はそれを察知し、ああも怒ったのではないか?

まひろだって、我ながら見慣れたはずの部屋をみすぼらしいと思う自分の中に、何か心の闇のようなものを見出していたのかもしれない。

そしてあの謎の若武者が、決定的でしょう。

彼はまるで直秀が蘇ったように思える。

直秀が忍び込んだ時、若い頃の道長は救い出そうとしました。それが今はまるで害虫が忍び込んだように考えている。

一方でまひろはどうか?

あの謎の若武者は、直秀の再来として、二人の心を映す鏡になるのかもしれません。

何より演じるのは伊藤健太郎さんです。本作チームが愛着を持って育て上げて磨いてきた掌中の珠ともいえる。

それが不祥事で一時仕事が途切れてしまった。

失望するだけでなく、彼がまた戻ってくることがあるのなら、その花道を用意するのは、自分たち以外に誰ができるのかという、そんな自負がこのチームにあってもおかしくないと思うのです。

朝ドラ『スカーレット』で、このチームが世に大々的に送り出した逸材として、松下洸平さんと伊藤健太郎さんがいます。

大河にまでこのチームは上り詰め、自由度の高い架空重要キャラクターを演じさせることで、自分たちが磨いた珠の輝きを世に問うているように思えます。

はたしてあの謎の若武者は、私たちに何を見せようとしているのでしょうか?

どうかき乱すのでしょうか?

 

東宮の座を巡る争いが生じる

寛弘6年(1009年)、年があけると帝は伊周を正二位にとしました。

ついに道長と並んだ。

これで東宮が誰になるかによって、情勢は大きく変わります。

帝は一体何を考えているのか?

パワーバランスを取ろうとしているのかもしれません。

道綱が「この人事は帝一人でお決めになれないから、左大臣はよく許した」と不思議がっていると、「左大臣は伊周の不満がこれ以上募らぬようにそうしたのだろう」と実資は理解を示し、上に立つ者のゆとりだと分析しています。

しかし、そんなゆとりをもっていられるのかどうか。帝は敦康を次の東宮にしたいのでしょう。

大好きだった皇后定子様の子だと道綱は呑気に言っています。

公任は不穏そうな顔すら見せ、伊周の弟・藤原隆家に対し「これほど伊周が盛り返すとは思ってもいなかった」と打ち明けていました。

隆家は、一切兄とは関わっていない、とうの昔に兄を見限ったと続け、左大臣の足を引っ張る兄にはまともな心はないとまで言うのです。

確かに兄弟でも性格的に合いそうにありませんね。

斉信も行成も道長を支えるつもりだと強調する公任。もはや道長だけの問題ではないのです。

公任は、隆家に「その心はあるのか」と問いかけ、伊周の動きを知らせるように念押ししました。

それにしても、これは隣国の宋あたりからすれば「何をしているんだ君たちは!」と驚愕しそうな話でして。

中国でも、兄弟のうち器量や母の身分差で決めていたこともあります。

『三国志』では袁紹にせよ、曹操にせよ、気に入った我が子を嫡男にしようとした。現在放映中の『三国志 秘密の皇帝』でも、そうした兄弟間の争いがプロットに絡んできます。

しかし、それでは兄弟同士が無駄に争ってろくなことがありません。デメリットが大きい。

ゆえに、よほどのことがない限り、基本的には長男を皇太子にして、弟はそれを補佐させることが定着していきました。

一方、日本で長子相続が確固たるものとなるのは、江戸時代の徳川家光以降とされているのです。

 

清少納言、『源氏物語』を読む

さらにこの日、為時は正五位下にのぼりました。

まひろを前にして、惟規は「どうなっているのか?また官職にのぼるのか?」と不思議がっています。

しかし表情に何も出ないまひろに大して、驚かないのか?と問いかけると、彼女も「驚いている」と返します。

顔に出にくいのか、もっと驚くべきことがあると思っているのか。

惟規は早く戻れと言われ、せっかく教えにきてあげたのに……おいしいお菓子はないのかとねだります。子どもっぽいな。

道長の贈ってくれた檜扇をじっと見つめているまひろ。

するとそこへ清少納言がやってきたと告げられます。

「おひさしゅうございます、まひろ様」

「ききょう様」

そう微笑むまひろ。

「光る君の物語、読みました」

敵意満々のききょうに対し、涼しい顔に微かな動揺を滲ませるまひろ。

さて、邪悪なのはどちらでしょう?

私はまひろだと思います。

改めて考えてみてください。彼女は定子をモデルにするように桐壺更衣を描き、桐壺帝の愛が殺したように書き始めています。

道長が困惑し、帝も気付き、苛立った出だしです。

そのうえで桐壺帝の寵愛を上書きする存在として、藤壺の宮を出してきている。

皇后定子はオワコン。今は中宮彰子の時代。そう揶揄しているような内容といえます。

『枕草子』で藤原宣孝の派手な衣装が揶揄されたどころではない。

火の玉ストレート豪速球を、定子周辺にぶつけてきた、憎んでも憎みきれない、そんな炎上上等作家です。

そのくせ涼しい顔で「ききょう様」と返してくる奴。

邪悪に決まっているじゃないですか。

とはいえ、二週連続、「ありのままに振る舞っていただけで、なんだかものすごい顔で相手が見てくるんですけど」と思っていそうなところが、まひろの底知れぬところですよ。

一体この人はなんなんでしょうか。

史実では、紫式部と清少納言は対面していない可能性の方が高いとされています。

しかし本作は、作品を政治の道具とする、政治性が極めて高いドラマです。

プロット的にも、この二人は顔を合わせて鎬を削る方がおもしろいと判断したのでしょう。

歴史ドラマで安易に顔を合わせることは、私はあまり好きではありません。

昨年、徳川家康と石田三成が対面した上で親友のように振る舞うような展開は、思い切り批判したことを覚えています。

けれども、こうも盛り上がるとなると、認めざるを得ません。

今年の大河ドラマは極めて挑発的で、常に危ういところで踏みとどまっているように思えます。

どこか型破りで、とてつもなく失礼で、こんなものは認めたくないと思いたくなる。

それでもこれはありだと言うしかない、そんな力が本作には満ち溢れています。

このドラマのチームは『アシガール』、『スカーレット』と着実に歩んできて、そしてここまで辿り着いた用意周到な策を感じさせます。

主要スタッフの比率において、女性が高いところも特徴です。

“女の子”だの“おばさん”の思いつきと言われぬように、ジリジリと綿密に計画を練り、この高みにのぼった自負を感じるのですね。

そういうしたたかさと大胆さを、まひろという人物像に練り込んでいるように思えます。

こんなに真面目で大胆、勇気と誠意があふれているチームを、否定することなんて私には到底できかねます。

本作は成功作になると確信できています。

そろそろ10月なのに関連番組は多い。紙媒体までも特集記事を組んでいる。苦戦する題材とされつつ、視聴率は一桁にならない。

書店では関連書籍が並んでいます。大河公式ガイドブックも、新刊が秋になってから出版されました。成功枠だった『鎌倉殿の13人』も、視聴率は実はそこまで高くありません。今年とそこまで差が開いているわけではありません。

NHKプラス時代に突入し、この題材で、この結果というのは、立派なものだと思います。

 

MVP:藤原行成

歴史劇を見ていてよかったと思えること――今回はその一つを味わいました。

能書家である藤原行成が筆を執り『源氏物語』を記す。

行成の出番は長く、字が美しいことは紹介されてきました。その能筆を前面に押し出した瞬間、何かが当て嵌まる音が聞こえたような気がしたのです。

書とは、東アジアにおいて天意を受け止める器のような意味合いすらあります。

ゆえに君主は己の治世において、能書家が出るよう願うもの。

一条天皇は行成の字を見ることが、どれほど嬉しかったことでしょう。

至高の物語が、行成の美しい字で綴られている。奇跡や天意のようなものすら感じさせたのではないかと思えました。

裏のMVPは根本知先生です。

今年はメディアに顔を出し、仕事をしすぎではないかと何かと心配になってしまうほど。こんなに書道家があちこちに顔を出していることは珍しい。

いつみても輝くような顔色で、好きなことを極めている満足感がそこにはあります。

彼がこんなにもうれしそうで満ち足りた顔になるとは、実に素敵なことではないだろうかと思うばかりです。

彼はかな書道がどれだけ楽しいのか、いきいきと話しています。

そんな彼に惹かれて筆を執る人もいることでしょう。

文化継承に貢献した点においても、このドラマは作られた意味があったと私は思います。

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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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