飛鳥・奈良・平安――律令国家が生まれ、貴族社会が成熟し、やがて武士の世へ向かう約600年。
時代ごとにセクションを分け、人物・政治・事件・文化を体系的にまとめました。
大河ドラマ『光る君へ』の舞台となった摂関期については、とくに手厚く扱っています。

画像はイメージです(『源氏物語絵巻』/wikipediaより引用)
飛鳥時代(592〜710)
大化の改新などの政治改革が進み、中央集権国家の礎が築かれた時代。
聖徳太子や蘇我氏が登場し、中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)が国家の骨格を作っていきます。

聖徳太子/wikipediaより引用
飛鳥時代の人物
蘇我氏と物部氏の争いから、天智・天武へ。国のかたちを決めた人々です。
- 天智天皇による政敵粛清が圧倒的だ|諱の由来は紂王「天智玉」だったのか
- 蘇我入鹿は実は秀才だった|古代の悪人代表は捏造エピソードも多い
- 蘇我倉山田石川麻呂の自害|乙巳の変の功労者はなぜ滅んだか
- 蜂子皇子の逃亡|聖徳太子の従兄弟は蘇我馬子に命を狙われ
- 聖徳太子御火焚祭|広隆寺と太子にはどんな関係が?
・飛鳥時代の人物をさらに表示(全2件)
- 斉明天皇と鬼ノ城|高齢の女帝はなぜ朝鮮半島へ兵を出したか
- 日本初の度量衡|文武天皇が制定 メートルはいつから?
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飛鳥時代の政治・事件
乙巳の変から壬申の乱まで。誰が誰を倒し、何が変わったのかを追います。
- 蘇我入鹿は本当に悪人だったのか?「乙巳の変」と「大化の改新」その実像
- 丁未の乱|蘇我氏vs物部氏 仏教と神道の争いの結末
- 壬申の乱|敗れた大友皇子は首吊り死に追い込まれ
- 「韓人が蘇我入鹿を殺した!?」|捏造された大化の改新の謎と真相
・飛鳥時代の政治・事件をさらに表示(全3件)
- 舒明天皇の死後に何が起きたか|陵墓発見?女帝と女帝に挟まれた天皇
- 大化の改新をプロデュースした黒幕|舒明天皇の死後をたどる
- 薄葬令|大化の改新で古墳はオワコンとなった?
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奈良時代(710〜794)
710年に平城京へ遷都し、律令国家としての体制が整った時代。
仏教文化の発展を受けて、聖武天皇や光明皇后らによる国家的事業も展開されました。

奈良時代の人物
藤原四家の争いと、女帝と僧をめぐる政争。奈良の政治は思いのほか荒れています。
- 孝謙天皇(称徳天皇)|政敵は改名でヘコませろ 珍妙あだ名攻撃
- 道鏡|日本三悪人筆頭とされる僧は本当に悪人だったのか
- 和気清麻呂|道鏡のせいで「別部穢麻呂」に改名させられて
- 淳仁天皇(淡路廃帝)|天皇の座を無理やり下ろされ流刑に
- 元正天皇|女性天皇から女性天皇へ 母から皇位を継いだ事情
・奈良時代の人物をさらに表示(全4件)
- 鑑真|失明はしていなかった?日本に授戒を伝えた偉業
- 阿倍仲麻呂|科挙にも合格した天才は李白ともお友達だった
- 大伴家持|地方!帰京!を繰り返し数多の歌を作った忙しい生涯
- 大伴旅人と元号「令和」|「酒壺になりたい」ほどの酒好き歌人
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奈良時代の政治・事件
相次ぐ反乱と、それを抑えるための国家事業。二つはつながっています。
- 藤原広嗣の乱|エリート貴族が反逆者となった理由 式家の没落
- 橘奈良麻呂の乱|孝謙天皇と藤原仲麻呂に敗れ獄中死
- 大仏造立の詔|人災や天災の多発が背景にあったのか
- 遣唐使|命を懸けて渡海した目的とは なぜ廃止されたのか
・奈良時代の政治・事件をさらに表示(全2件)
- 平城京|奈良の都はどんなトコ?田畑の下の遺構は今なお発掘中
- 『風土記』|元明天皇が地方を記録させた経緯と目的
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奈良時代の文化と風習
『万葉集』の時代の暮らしと制度。意外な「日本初」もこの時代です。
- 防人の歌|あまりに不憫で泣けてくる 実際どんな歌が詠まれたか
- 奈良時代に食肉が消えた|狩猟文化が衰退したのは税金のため?
- 日本初の街路樹政策|奈良時代ははじめ果物 江戸は一里塚に榎
平安時代(794〜1192)
藤原氏を中心とした貴族社会が成熟し、やがて武士の世へ移っていく約400年。
その頂点が大河ドラマ『光る君へ』の舞台となった摂関期です。

『紫式部日記絵巻』より/wikipediaより引用
天皇・皇族
桓武天皇の遷都から院政の開始まで。誰が実権を握っていたかで時代が分かれます。

桓武天皇/wikipediaより引用
- 桓武天皇|なぜ遷都のほか様々な改革を実行したのか
- 光孝天皇|55歳でドタバタ即位し関白制度を導入
- 宇多天皇|一度は臣下になりながら即位した唯一人の天皇
- 延喜・天暦の治|宇多・醍醐・朱雀・村上・冷泉をエピソードで
- 白河天皇と院政|藤原摂関家の影響力を排除せよ
・天皇・皇族をさらに表示(全13件)
- 清和天皇の生涯|数々の名門武家を輩出した清和源氏のルーツ
- 陽成天皇|上皇生活65年 藤原基経に陥れられたのか
- 冷泉天皇|『光る君へ』の時代を生きたのに登場しなかった理由
- 後朱雀天皇|彰子と一条天皇の子は摂関家全盛期に水を差す
- 後三条天皇|なぜ道長一族の権力を排除できたのか
- 鳥羽上皇「長男は実子なのか」問題|武者の世を招いた遠因
- 崇徳天皇|なぜ怨霊扱いされてしまうのか 痛々しいその生涯
- 敦康親王|定子の長男 一条天皇の第一皇子は二十歳で散る
- 敦明親王|三条天皇の第一皇子は道長の圧迫で皇太子を譲る
- 檀林皇后の終活|「私の遺体は道端に放置しなさい」
- 高岳親王|60歳で天竺を目指して唐へ渡り 辿り着けたのか
- 天皇后妃の法則|入内した定子が中宮になるのはなぜマズかった?
- 臣籍降下による皇位皇族の法則
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藤原氏と摂関政治
他氏排斥から摂関家の絶頂へ。道長に至るまでの系譜をたどります。

藤原良房/wikipediaより引用
- 藤原良房|皇族以外で初の摂政に就任 藤原無双が始まる
- 藤原基経|「阿衡事件」と「応天門の変」で何を得たか
- 藤原時平|天神様を太宰府送りにした左大臣の評価は?
- 藤原頼通|日本一の権力者の跡継ぎはどんな人だった
- 藤原兼家の生涯|執拗なまでにこだわった関白の座
・藤原氏と摂関政治をさらに表示(全18件)
- 承和の変|嵯峨派と淳和派のドタバタに乗じて北家が無双
- 応天門の変|真犯人は?伴善男が流罪で良房ハピハピ
- 藤原教通|道長と倫子の次男は兄の頼通とバッチバチ
- 藤原頼宗|道長と明子の第一子は兄に差をつけられても充実
- 藤原能信|暴力事件を繰り返し摂関体制を狂わせた道長の子
- 藤原威子|道長の三女は甥の後一条天皇に入内
- 藤原妍子|道長の次女は派手好き 一人娘は皇統を繋ぐ
- 藤原穆子|道長も頭が上がらない倫子の母 超長寿86年
- 藤原時姫|道隆・道兼・道長の母は低き身分から嫡妻の座へ
- 藤原安子|道長の伯母は鬼嫁?嫉妬エピソードが微妙だ
- 藤原頼忠|兼家のライバル 公任の父はなぜ無名なのか
- 藤原為光|兼家の弟で斉信と忯子の父 地味キャラと侮れない
- 藤原顕光|悪霊左府と呼ばれた右大臣は史実でも無能だった?
- 藤原忯子|花山天皇に寵愛され夭折 源氏物語に反映?
- 藤原道雅|伊周の長男は「荒三位」と呼ばれる乱暴者だったか
- 藤原忠通|法性寺関白は道長の子孫 保元の乱の一因に
- 藤原義懐|なぜ花山天皇と共に出家へ追い込まれたのか
- 円融天皇|『光る君へ』で毒を盛られ 史実でも兼家に追い込まれる?
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『光る君へ』の登場人物
紫式部と藤原道長、そして彼らを取り巻く人々。大河ドラマから入った方はこちらから。

『紫式部日記絵巻』の藤原道長/wikipediaより引用
- 紫式部の生涯|史実の式部は藤原道長とどんな関係を築いていた?
- 藤原道長の生涯|出世の見込み薄い五男が最強の権力者になれた理由
- 清少納言の生涯│史実でも陽キャだった?自身の結婚歴や枕草子に注目
- 安倍晴明の生涯|実在の陰陽師はどんな仕事をしていた?
- 藤原彰子の生涯│跡継ぎの男児を産み父の道長を頂点に導いた長女
・『光る君へ』の登場人物をさらに表示(全30件)
- 大弐三位の生涯|紫式部の娘 結婚相手は道兼の息子だった
- 藤原為時の生涯│学者肌で融通の効かない中級貴族の生きる道とは
- 藤原惟規の生涯|史実でも呆気ない最期?紫式部日記にも登場する弟
- 藤原宣孝の生涯│妻の紫式部とはどんな関係を築いていたか
- 源倫子の生涯│なぜ出世の見込み薄い道長を夫にしたのか?超長寿90年
- 源雅信の生涯|宇多源氏の祖で左大臣 源倫子の父
- 源明子の生涯|道長の子を6人産む
- 藤原詮子の生涯|道長の姉で一条天皇の母
- 藤原道兼の生涯|七日関白の存在意義
- 藤原道隆の生涯|権力を移譲できなかった中関白家
- 高階貴子の生涯|没落する中関白家と共に
- 藤原伊周の生涯|長徳の変で左遷されたその後は?
- 藤原隆家の生涯|天下のさがな者と呼ばれる武闘派貴族
- 藤原定子の生涯│一条天皇と過ごした儚き一生 辞世の句の意味は?
- 定子の長女・脩子内親王|一条天皇の第一皇女
- 藤原道綱母と『蜻蛉日記』|兼家とはどんな関係か
- 藤原道綱の生涯|史実でもノーテンキだった?
- 藤原行成の生涯|書と政務の達人 道長と同日に死す
- 源俊賢の生涯|四納言に数えられた明子の兄
- 藤原斉信の生涯|貴族社会を生き残り四納言となる
- 藤原公任の生涯|モテモテの貴公子だった?
- 藤原実資の生涯|道長にも物言える『小右記』著者
- 花山天皇の生涯|隆家との因縁バチバチな関係
- 一条天皇の生涯│道長のもと長く続いた治世
- 三条天皇の生涯|道長と一条天皇の陰で
- 後一条天皇の生涯|彰子と一条天皇の皇子・敦成親王
- 赤染衛門の生涯|倫子や彰子の指南役
- 和泉式部の生涯|男を虜にする“あざとい女”だった?
- 紫式部と共に中宮彰子に仕える女房たち
- 明のような人物は実在?歴史的背景はマージナル・マン
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文人・歌人・僧
菅原道真から西行まで。和歌と書と信仰が貴族の教養そのものでした。

菅原道真像(菊池容斎)/wikipediaより引用
- 菅原道真|なぜ学問の神様扱い?朝廷No.3へ大出世からの転落
- 在原業平|『伊勢物語』のモデルは実際モテたのか
- 小野篁|野狂と呼ばれた頭脳キレキレ 朝廷批判で流罪に
- 西行法師|「ブッダと同日に死ぬ」と詠み一日ズレる
- 柿本人麻呂と小野小町|猿丸大夫も蝉丸も一体何者なんだ
・文人・歌人・僧をさらに表示(全9件)
- 小野道風|「三蹟」の書道達人は性格に難あり?
- 平兼盛|切ない離婚エピソード 毛利元就が子孫の可能性も
- 清原元輔|清少納言の父は底抜けに明るい天才肌の歌人
- 空也上人像|口から出ている「六つの物体」の正体は
- 平貞文のマヌケな失恋劇|人妻を諦めるため樋箱を盗んでみたら
- 平忠度と藤原俊成|友情の証は『千載和歌集』詠み人知らずに
- 『源氏物語』が男性貴族にもウケた理由|紫式部の洞察力
- なぜ平安時代にひらがなカタカナが生まれたか|国風文化を知る
- かな書道が光る『光る君へ』|「三跡」行成が生きた時代
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武士の登場と地方の反乱
貴族の世が揺らぎ始める瞬間。平将門・藤原純友から院政期の武者へ。

月岡芳年「芳年武者旡類 相模次郎平将門」/wikipediaより引用
- 武士はいつドコで生まれたのか|諸説ある起源や成り立ちを整理
- 平将門の乱|なぜ起き誰が鎮圧した?今も残る首塚の理由
- 藤原純友の乱|なぜ貴族が瀬戸内海で略奪行為を働いたのか
- 坂上田村麻呂|実は二番目の征夷大将軍 最初の将軍は誰?
・武士の登場と地方の反乱をさらに表示(全2件)
- 平為賢|異国の賊を撃退 平安に台頭する武士の成り立ち
- 藤原保則|無名だが屈指の名政治家 元慶の乱を制した手法
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政治のしくみ(官職・国司・荘園)
位階・官職・受領・荘園。仕組みがわかると人物の行動理由まで見えてきます。

えさし藤原の郷
- 二官八省とは?
- モヤッとする位階と官位の仕組み
- 関白・検非違使・中納言など「令外官」
- なぜ国司は経済的にウマ味がある?受領は倒るる所に土を掴め
- 荘園の仕組みをわかりやすく解説|納税は免除?誰がどう広げた
・政治のしくみ(官職・国司・荘園)をさらに表示(全5件)
- 平安時代の国司と受領と遙任の違いは何なのか?
- 平安時代の後宮で働く女官「後宮十二司」
- 中宮職・命婦・宣旨・女蔵人・女孺・兵部丞とは?
- 尚侍 典侍 掌侍 女孺の違いとは?
- 家康も泰時も一条天皇も愛読していた『貞観政要』
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事件・災害・疫病
疫病、地震、噴火、落雷。平安京は災害と隣り合わせの都でした。

平安京/wikipediaより引用
- 本当は怖い「平安京のリアル」疫病 干ばつ 洪水
- 平安京を襲った“疫病”とは具体的にどんな病気か
- 「地震 雷 火事 疫病」に平安貴族たちも為す術なし
- 薬子の変|平城京で一体何が起きていたのか
- インフルエンザの恐怖|日本初の『御霊会』は863年
・事件・災害・疫病をさらに表示(全16件)
- 藤原薬子|娘の夫と不倫した傾国の美魔女は毒で自害
- 清涼殿落雷事件|道真の祟りとされた理由 3か月後に醍醐天皇崩御
- 貞観大噴火|有史以来最大クラスの富士山噴火が樹海を作る
- 直方隕石|世界最古の記録は日本 年間4000個も降り注ぐ物体X
- 『明月記』に見る超新星爆発|ベテルギウス消滅予兆を受け
- 古代の病気は“妖怪”たちの仕業|瘧鬼にツツガムシ
- 東北金山の歴史|日本初の金を献上 黄金の国ジパングの金脈
- どんだけ起きていた?平安時代の暗殺や殺人事件
- 安和の変で源高明が没落
- 刀伊の入寇|対馬や壱岐の住人を虐殺後に九州へ
- 高御座に置かれた子供の生首|あんな事件ありえるのか
- 伊周による「呪詛事件」道長・彰子・敦成を呪った一件は本当?
- 平安貴族の暴力事件|藤原隆家は花山法皇と二度もバトル
- 検非違使に殺された直秀たち遺体は無事に埋葬されたのか?
- 大寺院の存在感|興福寺・延暦寺・本願寺はなぜ武力を?
- 公任が残した生々しい記録|庶民や下級役人はどんなトラブルに遭った?
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文化・風習・暮らし
住まい、装い、恋、信仰、そして日記。貴族たちの日常を覗きます。

画像はイメージです(源氏物語絵巻/wikipediaより引用)
- 平安時代を一気に読む|親政から摂関家絶頂期を経て武者の世へ
- 794年の遷都から始まった平安京|当時の街並はどんな風?
- 平安貴族が結婚に至る手順|文を書き夜を共に過ごして三日通う
- 平安時代のペット事情|犬は死体処理係で忌み嫌われ
- 風習「方違え・穢れ」実際どんな記録が残ってる?
・文化・風習・暮らしをさらに表示(全37件)
- 大鏡・今鏡・水鏡・増鏡の「四鏡」それぞれ何を記述?
- 漢詩は日本にどう伝わりどう変化した?
- 紫式部と藤原道長の恋愛はあり得る?二人で駆け落ちなど可能?
- 平安時代の衣料事情|窃盗団はなぜ衣服を盗んだ?
- 道長は“穢れ”の取扱いを間違えている?|創作上の狙いか
- 菅原孝標女(ちぐさ)が『光る君へ』に出さなければならない理由
- 実資の日記『小右記』には何が書かれている?
- 紫式部の『紫式部日記』には何が書かれている?
- 平安貴族はどんな一日を過ごしていた?実は意外と多忙な日々
- 平安時代の大学寮とは?中級貴族の子息は出世を望める?
- 糖尿病の疑い濃厚だった道長 頂点に立ったときは朧月?
- 「この世をば~」 “望月の歌”はどんな状況で詠まれたか
- 衣冠・束帯・直衣・狩衣の違い ご存知ですか?
- 平安時代はどんな“色”が好まれたのか 現代カラーコードで確認
- 平安時代の手紙は男女を結ぶ超重要アイテム
- 輸入品と平安貴族 どんな“唐物”が重宝された?
- 平等院鳳凰堂の意外な歴史|源融から道長そして頼通へ
- 斎宮と斎院|未婚の皇族女性が就く二つの役は何が違うのか
- 「百人一首」に選ばれた主要キャラの和歌|『光る君へ』の理解に
- 文房四宝とは?|紫式部や清少納言に欠かせない重要文具
- 曲水の宴|雅で華麗な平安の行事 起源は中国の曲水流觴
- 平安貴族は日記も大事なお仕事|道長も行成も実資も記録を残す
- 牛車|平安貴族の乗り物でありステータスであり
- 平安貴族は寺社参拝で何を祈願した?|道長や道綱母の実例
- 宋と平安貴族はどんな関係だった?|なぜ劇中では唐と呼ぶのか
- 宋の商人・朱仁聡は実在した?為時と紫式部の恩人と言えるか
- 越前の宋人たちを藤原為時はどうやって“おもてなし”したか
- 紫式部と藤原公任の関係性|『光る君へ』漢詩の会に潜む伏線
- 大宰府ってどんな場所だった?|まひろが訪れる意味はあったか
- 地獄のキツさは八段階|最もユルくて釈放まで9125万年
- トンボが日本人にとって特別な理由|スズメバチをも喰らう秋津虫
- 重陽の節句|邪気を払う菊の花 9月9日の由来をご存知ですか
- 世界最古の宿と奥州三名湯|8/10は「宿の日」
- 辞書の歴史|最古は奈良時代 江戸期は『節用集』が大流行
- 漢文否定は日本史否定|「令和」の元ネタ『帰田賦』から考える
- 細かすぎて伝わらないドラマの名場面・小道具・海外の反応
- まひろ(紫式部)が道長の子を産む展開はあり?
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大河ドラマ『光る君へ』をめぐって
史実とドラマの距離を考える記事です。作品全体のまとめは専用ページをご覧ください。
- まひろと道長の関係は「ゲス恋」だったのか
- 『光る君へ』まひろはなぜ北の方に固執した?
・大河ドラマ『光る君へ』をめぐってをさらに表示(全1件)
- 光源氏ってゲスくない?ドラマ『いいね!光源氏くん』が人気だけど
- ▲ 大河ドラマ『光る君へ』をめぐっての先頭に戻る
古代史FAQ
時代をまたぐ疑問や、用語の素朴な質問をここに集めました。
