本ページでは大河ドラマ『麒麟がくる』のキャストや、登場人物の史実を一行解説しております。
より詳しい史実情報をお知りになりたい方は、それぞれのリンク先をクリックお願いします。
8月14日に新規キャストが発表されました!
◆正親町天皇(坂東玉三郎さん)……戦国時代に在位の第106代天皇。資金援助を受けたり、あるいは織田家の和睦を助けたり、信長と一定の距離を保ちながら政治を進める
-

正親町天皇の生涯|過酷な戦国時代で信長や秀吉とはどんな関係を築いた?
続きを見る
◆今井宗久(陣内孝則さん)……茶人で豪商。千 利休や津田 宗及と共に【茶湯の天下三宗匠】に数えられる
◆摂津晴門(片岡鶴太郎さん)……室町幕府の幕臣
◆覚恕法親王(春風亭小朝さん)……比叡山延暦寺のトップである天台座主で、正親町天皇の弟でもある。浅井朝倉を匿うなど反信長スタンスだったため焼き討ちされた
◆筒井順慶(駿河太郎さん)……元は興福寺系の地侍で大和国の支配をめぐり松永久秀と敵対。後に明智光秀の配下として各地の合戦に参加するようになる
-

筒井順慶の生涯|松永と戦い秀吉と光秀に挟まれた大和の戦国武将
続きを見る
◆二条晴良(小籔千豊さん)……近衛前久と対立していた二条家の当主
◆朝倉景鏡(手塚とおるさん)……朝倉義景のいとこ。一乗谷に引きこもりがちな当主に代わり戦場を駆けずり回っていたが、ついに義景を裏切る
◆お市の方(井本彩花さん)……織田信長の妹にして浅井長政の妻。浅井三姉妹を産む
-

なぜお市の方は逃げずに死を選んだのか?浅井長政に嫁ぎ勝家と共に自害した信長の妹
続きを見る
◆浅井長政(金井浩人さん)……信長を慕い、妹・お市を妻に迎えながら、(おそらく御家の事情で)信長を裏切り、織田家を絶体絶命のピンチに陥れる
-

浅井長政の生涯|信長を裏切り滅ぼされるまで葛藤し続けた近江の戦国大名
続きを見る
◆足利義栄(一ノ瀬颯さん)……足利義輝・足利義昭のいとこで室町幕府の14代将軍だったが……
-

足利義栄の生涯|結局は京都に入れなかった戦国期最弱の14代将軍
続きを見る
麒麟がくるキャスト明智家
◆明智光秀(長谷川博己さん)……ドラマの主人公。新参者ながら織田家の中で出世頭。本能寺の信長に襲いかかる
-

史実の明智光秀はドラマのような生涯を駆け抜けたのか?本能寺までの足跡を辿る
続きを見る
◆明智煕子(木村文乃さん)……明智光秀の妻。本人を記す史料は少ないが「内助の功」で支えたとして伝わる
-

明智煕子(妻木煕子)の生涯|光秀“糟糠の妻”は本当に彼女だけだったのか
続きを見る
◆明智城の戦い……光秀生誕の地とされる居城。叔父の光安が城代となっていたが、斎藤家に攻められ陥落(陥落前に光秀は越前へ)
-

明智城の戦い|美濃の“要衝”ゆえに光秀や光安の居城は斎藤義龍に攻められた
続きを見る
◆細川ガラシャ(未定)……光秀の娘・明智玉子。細川家に嫁ぎ、忠興の妻となって、関ヶ原の戦いを前に壮絶な死を迎える
-

父は光秀 夫は狂愛忠興 細川ガラシャは戦国時代で最も過酷な業を背負った姫だ
続きを見る
◆明智左馬助(明智秀満・間宮祥太朗さん)……明智家の重臣。出自は不明で光秀の従兄弟という説もある
-

明智左馬助(秀満)の生涯|光秀に福知山城代を任された男 その事績とは?
続きを見る
◆斎藤利三(未定)……明智家の重臣。四国の長宗我部元親と織田家のつなぎ役を請け負っており、その因果から本能寺の一件に至ったという説もある
-

斎藤利三の生涯|最期は秀吉に斬首された光秀の右腕は春日局の父でもあった
続きを見る
◆明智光綱(未定)……光秀の父と伝わるも、その正体はほとんど謎
-

明智光綱(光秀の父)は本当に実在するのか|詐称疑惑も浮かんでくる怪しい出自
続きを見る
◆明智光安(西村まさ彦さん)……光秀の叔父。斎藤家の跡目争いに巻き込まれて自害に追い込まれる
-

明智光安の生涯|光秀の叔父とされる謎多き武将は明智城を枕に討死す
続きを見る
◆明智光忠(未定)……光秀のもと活躍して丹波八上城の城主に。本能寺を襲う――と最初に打ち明けた重臣のうちの一人
-

明智光忠の生涯|光秀に「本能寺襲撃」を打ち明けられた明智四天王の一人
続きを見る
◆牧・お牧の方(石川さゆりさん)……光秀の母で若狭武田氏である武田義統の妹。幼少時に死んだ父の代わりに「武士としての心構え」を諭す厳しくも心優しい存在
-

お牧の方(光秀の母)の生涯|若狭武田氏の出身や処刑されたという話は本当か
続きを見る
◆藤田伝吾(徳重聡さん)……明智家の重臣。別名・藤田行政(ゆきまさ)。利光や秀満に続く明智五人衆の一人に数えられる
-

藤田伝吾の生涯|光秀に託された筒井順慶との交渉が明智の命運を握っていた
続きを見る
◆三沢秀次(溝尾茂朝)(未定)……光秀を介錯したともされるナゾの多い武将
-

三沢秀次(溝尾茂朝)の生涯|光秀の首を介錯した謎だらけの腹心は一体何者か
続きを見る
◆筒井順慶(駿河太郎さん)……元は興福寺系の地侍で大和国の支配をめぐり松永久秀と敵対。後に明智光秀の配下として各地の合戦に参加するようになる
-

筒井順慶の生涯|松永と戦い秀吉と光秀に挟まれた大和の戦国武将
続きを見る
浅井家・朝倉家
◆磯野員昌(未定)……元は浅井長政に仕えていた名将で、同家の滅亡を前にして織田家へ。
-

磯野員昌の生涯|信長に評価された元浅井家の重臣は織田家でも破格の扱い
続きを見る
◆朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)……二度も信長を窮地においやっておきながら、結局、詰めきれなかった名門朝倉家の当主。一時期、光秀の逃亡先になっていた、とも
-

朝倉義景の生涯|信長を二度も包囲しながら逆に追い詰められた越前の戦国大名
続きを見る
◆真柄直隆(未定)……全長282cm、重量4.5kgという「太郎太刀」を振り回した超怪力武将。光秀の逃亡先・越前で出会うかもしれない(ただし、姉川の戦いで戦死)
◆浅井長政(金井浩人さん)……信長を慕い、その妹・お市を妻に迎えながら、(おそらく御家の事情で)信長を裏切り、織田家を絶体絶命のピンチに陥れる
-

浅井長政の生涯|信長を裏切り滅ぼされるまで葛藤し続けた近江の戦国大名
続きを見る
◆お市の方(井本彩花さん)……織田信長の妹にして浅井長政の妻。浅井三姉妹を産む
-

なぜお市の方は逃げずに死を選んだのか?浅井長政に嫁ぎ勝家と共に自害した信長の妹
続きを見る
◆山崎吉家(榎木孝明さん)……朝倉家の重臣。朝倉宗滴に従軍した後、義景のもとで織田家との戦いでも活躍する
-

山崎吉家の生涯|信玄との交渉も務めた朝倉家の勇将は最期に敵陣へ突撃
続きを見る
-

朝倉宗滴の生涯|越前最強の戦国武将が存在感ありすぎて後の滅亡に繋がった?
続きを見る
◆朝倉景鏡(手塚とおるさん)……朝倉義景のいとこ。一乗谷に引きこもりがちな当主に代わり戦場を駆けずり回っていたが、ついに義景を裏切る
光秀が苦心した丹波勢
◆赤井直正(未定)……荻野直正とも。「悪右衛門尉」を自称する勇将。当初は信長に従うも後に反旗を翻す
-

赤井直正の生涯|光秀を最も苦しめた丹波の戦国武将“悪右衛門尉”とは?
続きを見る
◆波多野秀治(未定)……赤井氏と双璧をなす丹波有力国人の一人。同じく赤井氏に続き当初は信長に従うが……
-

波多野秀治の生涯|光秀を一度は撃退した丹波の名将も最期は磔にされ
続きを見る
織田家
◆織田信秀(高橋克典さん)……信長の父。守護代のもとで一勢力に過ぎなかった同家を躍進させる
-

織田信秀(信長の父)の生涯|軍事以上に経済も重視した手腕巧みな戦国大名
続きを見る
◆土田御前(檀れいさん)……ナゾ多き信長の母。信長の弟・信行の命を懇願するも……
-

信長の母・土田御前の生涯|生まれや名前は?信長の死後はどう過ごした?
続きを見る
◆織田信長(染谷将太さん)……主人公・光秀を引き上げた主君。尾張国内の統一に苦しみながら、桶狭間の戦いを機に躍進する。美濃へ攻め込み、全国へ勢力を広げる
-

織田信長の生涯|生誕から本能寺まで戦い続けた49年の史実を振り返る
続きを見る
◆濃姫(帰蝶)(川口春奈さん)……信長の正妻にして斎藤道三の娘(沢尻エリカさんからキャスティング変更)
-

道三の娘で信長の妻・帰蝶(濃姫)の生涯|本能寺の変後はどう過ごした?
続きを見る
◆織田彦五郎(織田信友)(未定)
-

織田信友(彦五郎)の生涯|信長に謀略を仕掛け逆に切腹へ追い込まれた元主君筋
続きを見る
◆織田信勝(織田信行)(未定)……信長の実弟だが、度重なる謀反の企てにより、信長に謀殺される
-

織田信勝(信行)の生涯|信長に誅殺された実弟 最後は腹心の勝家にも見限られ
続きを見る
◆織田信忠(未定)……信長の長男。有能な跡継ぎだったが本能寺の変に巻き込まれ、二条御所で自害する
-

信長の嫡男・織田信忠が生き残れば織田政権は続いた?26年の儚い生涯
続きを見る
◆織田信雄(未定)……信長の二男。無謀なミスを繰り返し信長に叱られ、凡将のイメージが強い(そうではないという指摘もある)
-

信長の次男・織田信雄は本当に愚将だったのか?信長の血を後世に残したその生涯
続きを見る
◆織田信孝(未定)……信長の三男。父のリベンジで秀吉の後塵を拝し、勝家と共に秀吉に攻め滅ぼされ、壮絶な自害で最期を迎える
-

信長の三男・織田信孝の生涯|秀吉に敗れて迎えた無念の切腹は“十字腹”だった?
続きを見る
◆津田信澄(未定)……信長の弟・信行の長男(信長から見れば甥っ子となる)。明智光秀の娘を娶り、本能寺の変後、敵だと疑われて織田信孝に殺される
-

信長の甥で光秀の婿だった津田信澄|本能寺の変後に迎えた最悪の結末とは
続きを見る
◆三法師(未定)……織田信忠の長男(信長から見て孫)。清州会議で秀吉に担がれる。織田秀信と名乗り、関ヶ原の前哨戦・岐阜城の戦いで敗北
-

三法師こと織田秀信の生涯|信長の嫡孫は清洲会議後をどう生きたのか
続きを見る
◆平手政秀(上杉祥三さん)……信長の傅役。信長の行状を諌めるために諫死したとされるが、実際は、息子と信長の対立が原因という見方もある
-

平手政秀の生涯|自害した信長の傅役 その原因は息子と信長が不仲だったから?
続きを見る
◆柴田勝家(安藤政信さん)……鬼柴田と称される織田家重臣の一人。北陸方面の軍団長を任され、信長の敵討ちでは秀吉に遅れをとる
-

柴田勝家の生涯|織田家を支えた猛将「鬼柴田」はなぜ秀吉に敗れたか
続きを見る
◆佐久間信盛(金子ノブアキさん)……織田家の重臣。「退き佐久間」と呼ばれ撤退戦を得意としたが、突如信長に解雇され不遇の晩年を迎える
-

佐久間信盛の生涯|なぜ織田家の重臣は信長に追放されたのか?退き佐久間の末路
続きを見る
◆前田利家(未定)……信長青年時代から付き添っていた織田家重臣。槍の又左と呼ばれ、賤ヶ岳の戦いでは実質秀吉に味方する
-

前田利家の生涯|槍の又左と呼ばれ加賀百万石の礎を築いた豊臣五大老
続きを見る
◆堀秀政(未定)……信長に寵愛され、出世したエリート。なんでもこなせる実力があり「名人久太郎」の異名を持つ
-

堀秀政の生涯|信長に寵愛され秀吉に信頼された“名人久太郎”とは?
続きを見る
◆佐々成政(未定)……信長側近から出世して当初は北陸方面・柴田勝家の元で活躍。豊臣政権下では熊本で失敗して改易
-

佐々成政の生涯|信長の側近から大名へ 最期は秀吉に敗れた反骨の戦国武将
続きを見る
◆池田恒興(未定)……母が信長の乳母で幼少期から縁が深く、小姓として仕え、織田家の主要な合戦にも数多く参加
◆丹羽長秀(未定)……信長からは「友」とも呼ばれ絶大な信頼を得ていた。織田家に欠かせないことから「米五郎左」と称される
-

丹羽長秀は安土城も普請した織田家の重臣「米五郎左」と呼ばれた生涯51年
続きを見る
◆滝川一益(未定)……甲賀に縁が深く忍者出身とされるなど出自が曖昧な信長家臣。伊勢侵攻に功あり、後に関東へ進むも本能寺の変後はピンチに陥る
-

滝川一益は織田家でどんな存在だった? 本能寺後は秀吉の怒りを買って失脚
続きを見る
◆金森長近(未定)……地味な武将ながら要所要所で織田家を支えた家臣の一人。後に飛騨を治める
-

金森長近の生涯|信長親衛隊“赤母衣衆”から大名へ 波乱万丈の85年を駆け抜け
続きを見る
◆森可成(未定)……蘭丸や長可など、織田家に欠かせない森一族の棟梁。宇佐山城の戦いで浅井朝倉の進撃を止め、壮絶に散る
-

信長お気に入りの重臣・森可成|蘭丸や長可の父はどんな武将だった?
続きを見る
◆森長可(未定)……森家きっての超武闘派で愛槍は「人間無骨」。文字通り「人に骨がないほど切れ味がよい」という槍
◆森蘭丸(未定)……本名は森成利。織田信長に仕える近衆として最も有名。使者などの役目も請け負い、最後は本能寺で共に散る
◆毛利新介(今井翼さん)……桶狭間で、服部小平太と共に今川義元の首を取った武将
今川家・徳川家
◆今川義元(片岡愛之助さん)……駿河・遠江に続いて、松平家などがいた三河も併合し、「海道一の弓取り」と称される。桶狭間の戦いで信長に討たれた
-

今川義元の生涯|“海道一の弓取り”と呼ばれる名門武士の実力とは?
続きを見る
◆太原雪斎(伊吹吾郎さん)……今川義元の教育係である僧。軍師的ポジション(参謀)として知られ、武田・今川・北条の同盟成立に尽力したとされる。実父は今川の家臣だった
-

義元を支えた黒衣の宰相「太原雪斎」武田や北条と渡り合い今川を躍進させる
続きを見る
◆松平広忠(浅利陽介さん)……家康の父。広忠10才のときに父の松平清康が【森山崩れ】で死亡し、広忠も20代後半の若さでなくなる
-

松平広忠の生涯|織田と今川に挟まれた苦悩の24年 最後は謎の死を遂げる
続きを見る
◆竹千代(岩田琉聖さん)……幼少の頃の徳川家康。織田家と今川家の人質となっていた
-

人質時代の徳川家康(竹千代)|織田と今川の下でどんな境遇に置かれていた?
続きを見る
◆徳川家康(風間俊介さん)……三河出身の小大名から、江戸幕府を開き天下人となる。幼少期は今川家や織田家の人質となり、義元亡き後は信長に従った
-

徳川家康の生涯|信長と秀吉の下で歩んだ艱難辛苦の75年を史実で振り返る
続きを見る
◆源応尼(真野響子さん)……家康の祖母。実母である於大の方の母であり、竹千代(家康の幼名)の育成に携わった
◆本多忠勝(未定)……東の戦国最強と称された武将(西は立花宗茂)。徳川四天王の一人に数えられる。愛槍は蜻蛉切
-

本多忠勝の生涯|家康を天下人にした“戦国最強武将”注目エピソード5選とは?
続きを見る
-

立花宗茂の生涯|西の戦国最強武将は関ヶ原で浪人となるも諸大名の嘆願で復活
続きを見る
◆酒井忠次(未定)……徳川四天王の一人にして徳川譜代家臣の中心的存在。長篠の合戦では別働隊を率いて武田軍の背後を強襲した
-

酒井忠次の生涯|屈強な三河武士団をまとめ 家康を支えた徳川四天王の最重鎮
続きを見る
◆榊原康政(未定)……同じく徳川四天王の一人で文武両道の武将。小牧長久手の戦いで大活躍
-

榊原康政の生涯|秀吉に10万石の賞金首とされた“徳川四天王”の生き様とは?
続きを見る
◆井伊直政(未定)……おんな城主直虎で菅田将暉さんが演じた徳川四天王の一人。武田家から赤備えを引き継ぎ井伊の赤鬼と恐れられる
-

井伊直政の生涯|武田の赤備えを継いだ井伊家の跡取り 四天王までの過酷な道のり
続きを見る
◆石川数正(未定)……幼少の頃から家康に従ってきた兄弟のような存在だった。知将としても知られるが、突如、秀吉の下に走る
-

石川数正の生涯|なぜ秀吉の下へ出奔したのか 豊臣政権の崩壊後はどうなった?
続きを見る
将軍家・畿内周辺
◆足利義輝(向井理さん)……室町幕府13代将軍にして義昭の兄。剣豪将軍と称される剣術の腕前で壮絶な死を迎える
-

刀を握ったまま敵勢に斃された剣豪将軍・足利義輝|室町幕府13代の壮絶な生涯
続きを見る
◆足利義昭(滝藤賢一さん)……最後の足利15代将軍。当初は信長を「父のようだ」と慕っていたが、仲違いして反信長の急先鋒となる
-

足利義昭の生涯|信長と共に上洛し一人京を追い出された 室町幕府最後の15代将軍
続きを見る
◆足利義栄(一ノ瀬颯さん)……足利義輝・足利義昭のいとこで室町幕府の14代将軍だったが……
-

足利義栄の生涯|結局は京都に入れなかった戦国期最弱の14代将軍
続きを見る
◆細川藤孝(眞島秀和さん)……細川幽斎の名でも知られ、文武両道、芸術、料理、なんでもできるスーパー戦国武将。光秀の協力要請を退け、細川家を残す
-

細川藤孝(幽斎)の生涯|光秀の盟友は本能寺後の戦乱をどう生き延びたのか
続きを見る
◆三淵藤英(谷原章介さん)……藤孝の異母兄。13代将軍・足利義輝、15代将軍・足利義昭に仕えた室町幕府の幕臣(奉公衆)
◆伊勢貞興(未定)……山崎の戦いで明智軍の一部隊を担った明智家重臣の一人。もともとはエリート幕臣だった
-

伊勢貞興の生涯|なぜエリート幕臣は光秀に重宝され明智家に従軍したのか
続きを見る
◆松永久秀(吉田鋼太郎さん)……裏切り、将軍殺し、爆薬で自害――など悪名高いエピソードで知られ、三大梟雄の一人に数えられる、実際のところは……
-

信長を2度も裏切った松永久秀は梟雄というより智将である 爆死もしていない
続きを見る
◆三好長慶(山路和弘さん)……細川氏綱を奉じて晴元や将軍を追い出し、三好政権を樹立する
-

三好長慶の生涯|信長より先に畿内を制圧し天下人となった戦国大名
続きを見る
◆細川晴元(国広富之さん)……三好長慶や松永久秀を配下に従え畿内での権力を掌握しており将軍家とも争いを続ける。三好らに追い出される
-

細川晴元の生涯|信長以前の天下人はなぜ家臣の三好長慶に取って代わられたか
続きを見る
◆近衛前久(本郷奏多さん)……信長や謙信とも親交を持っていたマッチョ系貴族。若くして貴族の頂点(藤原氏のトップ)に立つ
-

近衛前久の生涯|信長や謙信と交流を持ち戦国大名並に波乱万丈だった公家
続きを見る
◆正親町天皇(坂東玉三郎さん)……戦国時代に在位の第106代天皇。資金援助を受けたり、あるいは織田家の和睦を助けたり、信長と一定の距離を保ちながら政治を進める
-

正親町天皇の生涯|過酷な戦国時代で信長や秀吉とはどんな関係を築いた?
続きを見る
◆今井宗久(陣内孝則さん)……茶人で豪商。千 利休や津田 宗及と共に【茶湯の天下三宗匠】に数えられる
◆二条晴良(小籔千豊さん)……近衛前久と対立していた二条家の当主
◆望月東庵(堺正章さん)……博打好きの医師というオリジナルキャラ。大名家に通じ、時に情報のやりとりなども行う
◆駒(門脇麦さん)……光秀が京で出会う娘。医師・望月東庵の助手をつとめている(オリジナルキャラ)
◆芳仁(ベンガルさん)……駒にクスリの作り方を教える老人(オリジナルキャラ)
◆伊呂波太夫(尾野真千子さん)……旅芸人の女座長・娘。オリジナルキャラ(幼少期の駒を面倒見る)
◆菊丸(岡村隆史さん)……光秀が美濃で出会う三河出身の農民。神出鬼没で、敵か味方かわからないが光秀の危機を助ける(オリジナルキャラ)
◆伊平次(玉置玲央さん)……刀鍛冶・鉄砲製作が得意。光秀に命を助けてもらった縁がある(オリジナルキャラ)
豊臣家
◆豊臣秀吉(佐々木蔵之介さん)……庶民から貴族頂点の位へ――日本史上最も出世した男であり、光秀を倒して家康を封じ天下を牛耳る
-

豊臣秀吉62年の生涯をスッキリ解説・年表付き!派手な伝説はドコまで史実?
続きを見る
◆豊臣秀長(未定)……若い頃から秀吉の快進撃を支えた弟。その死により豊臣政権の崩壊が始まったとの見方もあるほど有能
-

秀吉を支えた偉大過ぎるNO.2豊臣秀長|兄の天下統一を補佐した弟の功績とは?
続きを見る
◆寧々(未定)……秀吉の正妻。大の女好き夫の浮気にブチ切れていたところ、信長から手紙を貰ったこともある
-

秀吉の妻ねね(寧々/北政所/高台院)の生涯|天下人を支えた女性の素顔
続きを見る
◆茶々(未定)……浅井三姉妹の長女(信長の姪っ子)にして、豊臣家の跡取り・豊臣秀頼の母
◆豊臣秀次(未定)……秀吉の親族にして豊臣政権の跡継ぎと目されていたものの、秀頼の誕生により立場がなくなり、自刃する
◆竹中半兵衛(未定)……官兵衛と並ぶ秀吉の参謀的存在とされる。伝説の稲葉山城乗っ取り事件が有名
-

竹中半兵衛は本当に天才軍師だったのか?36年の生涯から実像を検証
続きを見る
◆黒田官兵衛(未定)……秀吉の天下取りに大きく貢献するも、関ヶ原では嫡男黒田長政と共に東軍で活躍、御家を発展させる
-

黒田官兵衛は本当に天才軍師だったのか?59年の生涯を年表付きで解説
続きを見る
◆蜂須賀正勝(未定)……死ぬまで所領を持たず秀吉に付き従った美濃の川並衆。代わりに息子が阿波の国主となる
◆石田三成(未定)……秀吉子飼い武将の中で最も信頼されたキレ者。豊臣政権をよくまとめるも秀吉子飼い武将の中で浮いてしまう
-

日本史随一の嫌われ者・石田三成を再評価|豊臣政権を支えた忠臣41年の生涯
続きを見る
◆加藤清正(未定)……豊臣政権の補佐を期待されていながら三成と反目し、徳川政権下で不審死を迎える
-

加藤清正ならば秀吉亡き後の豊臣家を救えたか?子飼い大名49年の生涯
続きを見る
◆福島正則(未定)……清正と並んで、秀吉子飼い武将の猛将二枚看板の一人だったが、城の修復を巡って改易の憂き目に遭う
-

秀吉子飼いの戦国大名・福島正則の生涯|徳川政権で喰らった転封改易の悲劇
続きを見る
◆小早川秀秋(未定)……秀吉の親族ながら関ヶ原では東軍につく。現在では裏切り者ではないとの見方が浮上
-

なぜ小早川秀秋は東軍に走ったのか|関ヶ原の裏切り者の儚い生涯21年
続きを見る
◆京極高次(未定)……姉・竜子が秀吉の側室、自身の妻が浅井三姉妹の初。これら女性の力で出世したとされ「蛍大名」と呼ばれる※実際は有能
-

京極高次の生涯|“蛍大名”と揶揄されてしまった切ない理由とは
続きを見る
◆千利休(未定)……商人・茶人として頂点に上るも、秀吉の勘気に触れて自害へ追い込まれる
斎藤家・土岐家
◆斎藤道三(本木雅弘さん)……光秀の元主君(?)。マムシと呼ばれた下剋上の代表的大名。実は2人だった説が最近有力視されつつある
-

斎藤道三の生涯|二代に渡る下剋上で国盗りを果たした美濃のマムシ63年の軌跡
続きを見る
◆小見の方(片岡京子さん)……道三の正室で、信長の義母(娘の帰蝶が信長に嫁ぐ)
-

小見の方は信長や光秀の台頭に影響を与えた重要人物か?戦国時代の美濃攻略
続きを見る
◆土岐頼芸(尾美としのりさん)……元は美濃を治める守護大名にして道三の主君だったが、その道三に追い出され、武田家の庇護下に置かれる
-

土岐頼芸の生涯|斎藤道三に国を追われ武田信玄に拾われた美濃の戦国大名
続きを見る
◆土岐頼純(矢野聖人さん)……父の土岐頼武が、美濃守護である土岐頼芸の弟(つまり頼純本人は甥に当たる)。守護就任を控えてから不審死を迎え、道三による暗殺説が囁かれる
-

土岐頼純は道三に暗殺されたのか|戦国時代の美濃で起きた兄弟骨肉の争い
続きを見る
◆深芳野(南果歩さん)……元は土岐頼芸、その後、斎藤道三に譲られた側室。息子の義龍、本当の父はドッチ?という疑念が……
-

夫の斎藤道三と息子の義龍が殺し合い~深芳野は美濃に災いをもたらす美女だった?
続きを見る
◆斎藤義龍(伊藤英明さん)……道三の嫡男にして道三を討った男(→長良川の戦い)。その後、急死する
-

斎藤義龍の生涯|父の道三に負けず劣らず 信長の攻撃を退け続けた実力とは
続きを見る
◆斎藤龍興(未定)……道三の孫(義龍の息子)。信長に美濃を奪われ、各地を転々としながら織田家を攻撃し続ける
-

斎藤龍興の生涯|美濃を追われ信長へ執拗に反撃を繰り返した道三の孫
続きを見る
◆稲葉一鉄(村田雄浩さん)……美濃三人衆の一人で斎藤家の重臣。龍興を見限り、信長に降る
-

稲葉一鉄の生涯|信長に寝返った美濃三人衆の猛将は織田家でどんな働きをした?
続きを見る
◆斎藤孫四郎(長谷川純さん)……道三の次男
-

なぜ道三の次男・斎藤孫四郎は兄の義龍に殺されたのか 骨肉の家督争いが勃発
続きを見る
◆斎藤喜平次(犬飼直紀さん)……道三の三男
-

道三の三男・斎藤喜平次もまた兄の義龍に暗殺された 美濃で起きた凄惨な相続争い
続きを見る
合戦その他イベント
◆長良川の戦い(1556年)……斎藤道三が、息子の義龍に殺される(信長は救出に向かい、逆に敵に囲まれピンチになるも、信長が殿を務めて無事に尾張へ帰る)
-

長良川の戦いで道三と義龍が激突! 親子で分裂した斎藤家はその後どうなった?
続きを見る
◆桶狭間の戦い(1560年)……信長が今川義元の首をとり、日本史上最大の番狂わせとなる
-

桶狭間の戦い|なぜ信長は勝てたのか『信長公記』の流れを振り返る
続きを見る
◆金ヶ崎の退き口(1570年)……浅井長政に裏切られ、秀吉や光秀が命を賭した撤退戦を担う
-

金ヶ崎の退き口|浅井長政に裏切られ絶体絶命の窮地に陥った信長や秀吉の撤退戦
続きを見る
◆姉川の戦い(1570年)……浅井朝倉軍を織田徳川連合軍が打ち破る
-

姉川の戦い|織田徳川と浅井朝倉が激突!互いに引けなかった合戦の勝敗は?
続きを見る
◆比叡山焼き討ち(1571年)……比叡山延暦寺に攻め込み、光秀が大活躍。史実では何千人も虐殺しなかったのでは?という指摘も
-

信長の比叡山焼き討ち事件|数千人もの老若男女を“虐殺大炎上”は盛り過ぎ?
続きを見る
◆三方ヶ原の戦い(1572年)……徳川織田連合軍が武田信玄にフルボッコにされる
-

三方ヶ原の戦い1573年|なぜ家康は信玄に無謀な戦いを挑んだのか
続きを見る
◆槇島城の戦い(1573年)……信長に反旗を翻し、包囲網を敷こうとする将軍義昭。信玄が死んでその構想は崩れ、京都から追放される
-

槇島城の戦い1573年|信長と直接対決した義昭が敗北するも意外と緻密だった戦略
続きを見る
◆長島一向一揆(1574年)……伊勢長島の一向宗信徒を虐殺
-

長島一向一揆|三度に渡って信長と激突 なぜ宗徒2万人は殲滅されたのか
続きを見る
◆長篠の戦い(1575年)……長篠城の戦いから発展。徳川方の一兵卒・鳥居強右衛門の働きもあり、設楽原に築いた砦に武田軍を誘い込んで撃破
-

長篠の戦い1575年|勝因は三段撃ちではなく天然の要害か?信長公記第121話
続きを見る
◆黒井城の戦い……丹波を平定するため、光秀が赤井直正や波多野秀治とやりあった合戦(二度にわたる)
-

黒井城の戦い|光秀の功績で最も輝かしい 赤井や波多野ら丹波衆との激戦
続きを見る
◆本能寺の変(1582年)……光秀、13,000の兵で本能寺と二条御所へ攻め込み、信長と信忠を死に追いやる
-

なぜ光秀は信長を裏切ったのか「本能寺の変」諸説検証で浮かぶ有力説
続きを見る
◆中国大返し(1582年)……光秀謀反の報を聞いた秀吉は10日間で230kmの道程を移動
-

中国大返しの全貌|秀吉による伝説的な進軍 実際は普通の行軍だった?
続きを見る
◆山崎の戦い(1582年)……京都山崎で秀吉と光秀が激突! 秀吉が完勝する
-

山崎の戦い|秀吉と光秀が正面から激突!勝敗のポイントは本当に天王山だった?
続きを見る
◆小牧・長久手の戦い
-

小牧・長久手の戦い1584年|秀吉vs家康の複雑すぎる戦況をスッキリ解説
続きを見る
◆後日追加予定
高屋城の戦い
信貴山城の戦い
神吉城攻め
有岡城の戦い
天王寺の戦い
毛利家
◆毛利元就(未定)……安芸の国衆(地方領主)から中国地方を治めるまでになった稀代の戦国大名。寡兵で大軍に勝利すること3度あり、最強との呼び声も高い
-

毛利元就の生涯|中国地方8カ国を制した 稀代の謀将が描いた戦略とは?
続きを見る
◆毛利隆元(未定)……毛利元就の長男にして三本の矢の一人。早世するも、その息子・輝元が次代の毛利当主となる
-

毛利隆元(元就長男)の生涯|失って初めて実感する跡取りの偉大さ
続きを見る
◆吉川元春(未定)……毛利元就の二男。毛利家の主要な戦いに参加し、最前線で戦ってきた同家を代表する勇将
-

吉川元春の生涯|毛利の躍進を支えた元就の次男 その事績と奥方に注目
続きを見る
◆小早川隆景(未定)……毛利元就の三男。吉川元春と共に「毛利両川」と讃えられる。武力だけでなく政治外交も得意な文武両道タイプ
-

小早川隆景の生涯|大国毛利を支えた“王佐の才”は太閤殿下にも愛されて
続きを見る
◆清水宗治(未定)……備中高松城の戦いで同城をよく守り抜くが、本能寺の一報を受けた秀吉と、毛利の和睦により切腹。敵味方から称賛される
-

清水宗治の生涯|秀吉の備中高松城水攻めに対し籠城 戦国武将の鑑とされた切腹
続きを見る
◆毛利輝元(未定)……毛利隆元の子(元就の孫)にして毛利家の当主。関ヶ原の戦いでは西軍の大将だったが、負けて所領を減らされる
◆毛利秀元(未定)……父は穂井田元清(元就の四男)。秀吉に気に入られ、文禄の役では初陣にして毛利軍の総大将を務める
-

毛利秀元の生涯|文禄の役で鮮烈デビュー!毛利軍3万の総大将はどんな人?
続きを見る
制作スタッフ等
◆語り……市川海老蔵さん
◆脚本……池端俊策さん・前川洋一さん・岩本真耶さん
◆制作統括……落合将さん
◆音楽……ジョン・グラムさん
◆題字……中塚翠涛さん
◆時代考証……小和田哲男さん
◆衣装デザイン……黒澤和子さん
◆風俗考証……佐多芳彦さん
◆建築考証……三浦正幸さん
◆医事考証……星野卓之さん
◆古文書考証……大石泰史さん
◆時代考証補…… 小和田泰経さん
◆所作指導……花柳寿楽さん
◆芸能指導……友吉鶴心さん
◆殺陣武術指導……久世浩さん
◆馬術指導……田中光法さん
◆演出……大原拓さん・一色隆司さん・佐々木善春さん・深川貴志さん
◆プロデューサー……藤並英樹さん・中野亮平さん
【参考】
国史大辞典
『戦国武将合戦事典』(→amazon link)
NHK







































































































