徳川家康に始まり、徳川慶喜に終わる約260年。
将軍ごとに区切った三つの時期に加え、大河ドラマ『べらぼう』の世界、庶民の暮らし、幕府のしくみをそれぞれ独立したセクションにまとめました。
歌舞伎に浮世絵、黄表紙、相撲、屋台、お寿司――今に繋がる歴史の流れを振り返ってみましょう。

葛飾北斎『富嶽三十六景神奈川沖浪裏』/wikipediaより引用
江戸初期(初代家康〜3代家光/1603-1651)
徳川家康が征夷大将軍となった慶長8年(1603年)から家光が逝去する慶安4年(1651年)まで。
幕府の政治と外交の体制が三代で固められた、戦国の気風がまだ残る時代です。

徳川家康/wikimedia commons
将軍と幕閣
三代で幕府の骨格が決まります。家康・秀忠・家光それぞれの役回りに注目。
- 徳川家康の生涯|初代将軍 苦難の道を歩んだ経験
- 徳川秀忠の生涯|2代将軍 江戸時代の土台造り
- 徳川家光の生涯|3代将軍 幕府の基盤を確立
- 徳川忠長の生涯|なぜ家光の弟は自害した?
- 松平信綱の生涯|知恵伊豆と呼ばれた天才児
・将軍と幕閣をさらに表示(全5件)
- 超名門貴族を飛び出した松平信平|家光に気に入られ
- 松平正綱と日光杉並木|私財で1万2000本を植樹した知恵伊豆の養父
- 秀忠と天海が家康の遺言をポイッ|そして日光は世界遺産となった
- お万の方(栄光院)|家光の心を掴みながら子を産まなかった理由
- 千代姫|家光に溺愛された長女は尾張徳川家へ嫁ぐ
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大名・朝廷
外様への圧力と、朝廷との緊張。江戸初期は力関係の試運転期間でした。

徳川家光/wikipediaより引用
- 徳川和子の生涯|皇室に嫁いだ秀忠の娘 その苦悩とは
- 禁中並公家諸法度|家康と秀忠の名で出された十七条すべてを確認
- 後水尾天皇が春日局にブチ切れて譲位|微妙だった朝廷と幕府の関係
- 後光明天皇の豪快痛快エピソード|江戸幕府を相手に一歩も引かず
- なぜ松前藩は石高ゼロで運営できた? ドタバタな歴史
・大名・朝廷をさらに表示(全5件)
- 寒ブリの恨みから火縄銃乱射 稲葉紀通のご乱心
- 嫉妬に狂った於万の方(保科正之継室)
- シャクシャインの反乱|松前藩の策略があまりにエグい
- 竹中重義|日本初の「踏絵」を実行した半兵衛の甥 最期は切腹へ
- 徳川頼宣|家康10男は謀反疑惑も「めでたい」と笑って一蹴
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江戸初期の出来事
大坂の陣から由比正雪の乱まで。戦国の残り火が消えるまでを追います。
・江戸初期の出来事をさらに表示(全9件)
- 1629年 紫衣事件
- 1635年 参勤交代と大名行列の制定
- 1653年 佐倉惣五郎の将軍直訴
- 明暦の大火(振袖火事)|3〜10万人が亡くなり城も焼失
- 玉川兄弟と玉川上水|私財を売ってまで工事費を捻出した執念
- 糸割符制度|江戸時代の貿易摩擦 異国商人のボッタクリを回避せよ
- 長崎「出島」の意外な歴史|オランダから賃料1億円 年4ヶ月間の滞在
- 江戸の火消しはなぜカッコイイのか|始まりは家光時代の大名火消
- なぜ江戸城には天守閣がないのか|大火後に再建されなかった理由
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江戸中期(4代家綱〜8代吉宗/1651-1745)
武断政治から文治政治へ。法と儒学を重んじる姿勢に切り替わり、元禄文化が花開きます。
一方で財政は悪化し、紀州藩から迎えられた米将軍・徳川吉宗が改革に挑みました。

徳川吉宗/wikipediaより引用
将軍と幕閣
家綱から吉宗まで。将軍を支えた側用人と名奉行にも注目です。
大名・朝廷
藩財政の再建に挑む名君と、御家騒動で沈む大名。明暗がくっきり分かれます。

徳川宗春/wikipediaより引用
- 徳川宗春の生涯|名古屋をド派手に盛り上げる
- 伊達吉村の生涯|財政を立て直した仙台藩中興の祖
- 細川重賢|肥後の鳳凰 神をも恐れぬ合理主義者が藩財政を建て直す
- 前田綱紀|80年間も藩主を務め加賀百万石を飛躍させた5代目
- 霊元天皇の生涯|江戸幕府にも退かぬ!子供は実に35人!?
・大名・朝廷をさらに表示(全15件)
- 最後の女帝・後桜町天皇が国母と称される理由
- 竹姫(浄岸院)の生涯|薩摩に嫁いで幕府との関係強化
- 細川綱利|光秀や藤孝の玄孫 熊本藩三代目の功績とは
- 池田綱政|子供を70人作ってバカ殿扱い 後楽園も作った岡山藩主
- 徳川継友|将軍になれなかった尾張藩主 ドケチ評価は可哀想だ
- 松平直矩|七度の転封に耐えた“引越し大名”
- 島津に暗君なしはどこまでマジなのか|薩摩藩主全12代まとめ
- 米沢藩の地獄の収入減|2代上杉定勝から8代重定までの過酷な軌跡
- 幕末の弘前藩|有能な津軽信明の跡を継いだダメ藩主たち
- ここがヘンだよ松江藩|それでも幕末まで存続できた不思議
- 九州高鍋藩の秋月一族|あの鷹山も輩出した地味に凄い一族
- 真田信利|『真田丸』の末裔にあるまじき暴政で改易となる
- 御家取潰しになった12名の大名|酒乱・暴力・乱心で藩主もつらいよ
- 伊達綱宗と伊達騒動|政宗の孫が遊び呆けて雄藩も危うく
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赤穂事件(忠臣蔵)
元禄15年の討ち入りは、なぜこれほど語り継がれるのか。史実の側から見ていきます。

『忠臣蔵十一段目夜討之図』歌川国芳・作/wikipediaより引用
- 赤穂事件(討ち入り)は単なるテロ事件?史実はどう進んだか
- 浅野内匠頭はなぜ吉良上野介に斬りかかったのか
- 赤穂浪士46名の切腹|最も礼を尽くしたのは細川家だった
- 寺坂信行|赤穂浪士で唯一人生き残った足軽の流転
・赤穂事件(忠臣蔵)をさらに表示(全3件)
- 1748年 人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』が初上演
- 東山天皇の突然死|赤穂事件を経ての死因は天然痘のようだが
- 『常山紀談』|清正の虎退治にガラシャの死 面白戦国エピソード満載
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江戸中期の出来事・災害
大地震と大火、そして御家騒動。元禄・宝永は災害の時代でもありました。
- 1685年 最初の「生類憐れみの令」が出される
- 「享保の改革」は失敗か成功か?
- 1721年「目安箱」はきちんと機能したのか?
- 1723年 足高の制|革新的だった吉宗の“給料アップ政策”
- 1729年 吉宗の息子を自称して処刑された天一坊事件
・江戸中期の出来事・災害をさらに表示(全16件)
- 1659年「生駒騒動」の原因が藩主のBLだったなんて
- 1716年 吉宗の将軍就任まで七名の重要人物が次々に死亡
- 1733年 隅田川花火大会の歴史|
- 加賀騒動の顛末|百万石藩主の暗殺未遂事件
- 宝永地震|日本史上最大の揺れM8.6 49日後には富士山噴火
- 宝永大噴火|富士山の中腹に超ド級の穴 直前に大地震も
- 元禄地震|死者1万人超 江戸時代に起きた関東大震災
- 元禄の大火|三度の大火事はすべて綱吉時代に起きていた
- 越前松平家の越後騒動|最後は綱吉も絡んで切腹だ
- 九・六騒動|最強忠勝の孫とひ孫が引き起こした本多家の内紛
- 小姓騒動|妻を献上し御家乗っ取りを画策したゲス侍・松賀族之助
- 鍵屋の辻の決闘|なぜ日本三大仇討ちなのか
- 高田馬場の決闘|西条藩士の些細なケンカが歴史に残る決闘物語へ
- 水野成之(旗本奴)|大人になってもイキッて切腹を命じられる
- 久米幸太郎の仇討ち|親の仇を捜し続けて41年 本懐の先に
- 八百屋お七|愛する男に逢いたくて江戸の街に放火
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江戸中期の文化と学問
元禄文化の担い手たち。俳諧・浮世草子・和算・本草学が同時に育ちました。

松尾芭蕉(葛飾北斎画)/wikipediaより引用
- 松尾芭蕉の生涯|俳聖はかつて帳簿の仕事もしていた
- 井原西鶴の生涯|ゲスいゴシップ小説で売れっ子作家
- 関孝和|世界レベルの頭脳「算聖」と呼ばれた和算の大家
- 近松門左衛門|『曽根崎心中』の大流行で自殺者が増える?
- 貝原益軒|健康本『養生訓』の著者は藩主に追い出されたことも
・江戸中期の文化と学問をさらに表示(全12件)
- 佐竹義敦が確立した「秋田蘭画」が鮮烈だ
- 円空と一刀彫|「ワシは12万体彫る!」と祈願
- 青木昆陽と『蕃藷考』|日本でサツマイモが根付くまで
- 二宮尊徳(金次郎)|実際は農業改革の人です
- 吉益東洞『万病一毒説』|病気の原因は全て一種類の毒だと?
- 上田秋成|怪談『雨月物語』の著者は鹿島稲荷の予言を超えて長生き
- 宝井其角|雨乞い儀式の横を通り一句 マジで雨
- 歌舞伎『勧進帳』|七代目市川團十郎が魅せた「飛び六方」とは
- 歌舞伎の歴史400年|幕府に何度も規制され今日まで生き残る
- 水戸光圀と『大日本史』|不正の摘発より濃ゆい黄門様の偉業
- 水戸藩の歴史|借金苦でも学問を続けた四代宗堯から八代斉昭まで
- 柳生一族&将軍争いのオススメ関連作品|『柳生一族の陰謀』放送記念
- ▲ 江戸中期の文化と学問の先頭に戻る
江戸後期(9代家重〜12代家慶/1745-1853)
米から銭へ。田沼意次による政策の急転換と、松平定信による揺り戻し。
蘭学が広がり、外圧が迫るなかで、幕府は次第に立ちゆかなくなっていきます。

田沼意次/wikipediaより引用
将軍と幕閣
家重から家慶まで。この四代で幕府の統治能力が試されます。
- 徳川家重の生涯|9代将軍 小便公方と呼ばれる
- 徳川家治の生涯|10代将軍 父に続いて意次を重用
- 徳川家斉の生涯|11代将軍 子供を55人もうけて
- 徳川家慶の生涯|12代将軍 無気力政治
- 光格天皇の生涯|幕府を相手に一歩も引かない尊号一件
・将軍と幕閣をさらに表示(全9件)
- 徳川家基の生涯|18歳で謎の死を迎えた幻の11代将軍
- 知保の方|史実でも田沼意次を憎んでいた?
- 徳川重好の生涯|将軍を輩出できなかった御三卿・清水の初代
- 徳川家斉“オットセイ将軍”|子供を55人も作った11代将軍
- なぜ水野忠邦は「天保の改革」で失敗したのか|質素倹約のゴリ押し
- 鳥居耀蔵|妖怪と呼ばれた男は水野忠邦に報復され20年間の軟禁へ
- 一橋治済の生涯|漫画『大奥』で怪物とされ『べらぼう』でも
- 治済が家斉の父で幕政に悪影響は? それは幕府崩壊の始まり
- 瀧山|慶喜に「手強い」と警戒された大奥の御年寄
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田沼意次と松平定信
「ワイロ狂いの強欲男」と「融通の利かない堅物」――評価が振れ続ける二人を並べます。

松平定信/wikipediaより引用
- 田沼意次の生涯|ワイロ狂いの強欲男か 有能な改革者か
- 松平定信の生涯|史実でも融通の利かない堅物だった?
- なぜ賢丸(定信)と意次は激しく対立するのか?
- 田沼意致の生涯|意次の甥に実際何ができたのか
- 上杉鷹山の生涯|17才で始めた「借金返済計画」が凄い
大名・藩政改革
藩財政の破綻と再建。上杉鷹山や島津重豪の手腕がここに集まります。

上杉鷹山/wikipediaより引用
- 島津重豪の生涯|金遣いの荒い暗君か 薩摩を飛躍させた名君か
- 伊達重村の生涯|田沼のワイロで悪目立ち
- 土井利位と“雪華模様”|本物の雪の結晶を記録に残す
- 松前道廣の生涯|ドラマで冷酷な藩主像を史実から考察
- 松前廣年の生涯|史実ではアイヌ絵で有名な凄腕絵師
・大名・藩政改革をさらに表示(全7件)
- 小笠原忠固の白黒騒動|老中になる!と家臣にムチャ振りが幼稚過ぎ
- 水野忠辰の「主君押込」|これぞ老害 重臣たちに追い込まれ
- 名張騒動|織田と豊臣の重臣末裔が起こした悲劇
- 池田継政の離婚劇|なぜ伊達の嫁を実家へ送り返したのか
- 松平正容の側室継室トラブル|女難が次々と降りかかる会津藩主
- 宝暦治水事件|薩摩義士と家老・平田靱負は腹を切った
- 松浦静山と『甲子夜話』|“鳴かぬなら”のホトトギス三句
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蘭学・洋学・技術
『解体新書』から伊能図まで。外の知識が日本を変えていく過程です。

杉田玄白/wikipediaより引用
- 杉田玄白の生涯|『解体新書』を翻訳出版した医者
- 前野良沢の生涯|『解体新書』の翻訳者は「蘭学の化け物」と称され
- 伊能忠敬|イギリス人も驚嘆した大日本沿海輿地全図 始めたのは56才
- 華岡青洲|世界初の麻酔成功 妻と母を犠牲にして医術を発展
- 緒方洪庵|適塾で医師を育て種痘撲滅に奔走した偉大な功績
・蘭学・洋学・技術をさらに表示(全19件)
- 森島中良の生涯|源内の弟子で優秀な蘭学者が筆を置いた理由
- 大槻玄沢|蘭学と医学を発展 師匠の玄白や良沢はどう見ていた
- 小川笙船|吉宗と共に日本中へ広めた医療改革
- 田原良純|フグ毒テトロドトキシンを発見した日本初の薬学博士
- 間宮林蔵|樺太海峡を発見した農民は幕府のスパイだった?
- 最上徳内|8度も蝦夷地を探検した男は何者なんだ
- シーボルト事件|国外退去と再入国の禁止 何が起きたのか
- シーボルトはスパイか親日家か|30年後に再来日していた
- 渡辺崋山と蛮社の獄|下書きだった『慎機論』がお咎めを受けて
- 高野長英|なぜ指名手配されながら何度も江戸へ行ったのか
- 本居宣長|医学をやりつつ『古事記伝』を完成させた国学者
- 頼山陽|『日本外史』著者の意外と破天荒な生涯
- 間重富|伊能忠敬も指導した大坂の町人学者
- 音吉|江戸時代にイギリス人となった漂流民 帰国は叶わず
- ケンペル『日本誌』|欧州にリアルなNIPPONを紹介 ペリーも読んだ
- 朝鮮通信使|当時はピリピリしていたの?室町〜江戸まで続いた
- 江戸のダ・ヴィンチ 国友藤兵衛の生涯
- 飯塚伊賀七の生涯|からくり伊賀七べらぼう時代に和時計を開発
- 工藤平助の生涯|田沼意次に蝦夷地を認識させた仙台藩医
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江戸後期の出来事・災害
飢饉、打ちこわし、大火、そして反乱。幕府への不信が積み上がっていきます。

天明飢饉之図/wikipediaより引用
- 天明の大飢饉|殺人や人肉食の恐怖で奥羽は地獄
- 天明の大火は空前の火災|市街の8割が燃え
- 大塩平八郎の乱|裏切り者が出て慌てて蜂起 半日で鎮圧も大坂は火の海
- 1835年 仙石騒動|江戸三大お家騒動の一つ
- 1807年 一瞬で1400人が亡くなった永代橋崩落事故
・江戸後期の出来事・災害をさらに表示(全8件)
- 1747年 家紋の見間違いで斬殺された細川宗孝
- 1783年 諏訪藩・二の丸騒動|無能な家臣と主君が痛い
- 1793年 ロシアに漂着した大黒屋光太夫が帰国
- 1842年 相馬大作事件 津軽と南部はいつから犬猿?
- 1832年 江戸の怪盗・鼠小僧次郎吉は義賊なのかコソ泥か
- 島原大変肥後迷惑|15,000人の死者 崩れた山体は有明海へ
- 善光寺地震|7〜8千人の観光客が一晩で犠牲に
- 田沼時代から幕末にかけて幕府の「蝦夷地ロシア対策」
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大河ドラマ『べらぼう』の世界
2025年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の舞台となった田沼時代。
版元・絵師・戯作者・狂歌師が入り乱れた、江戸出版文化の最盛期です。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用
蔦屋重三郎と版元たち
吉原の細見売りから江戸一の版元へ。ライバル書肆も含めて並べました。
- 蔦屋重三郎の生涯|大河ドラマべらぼう主人公
- 蔦重の母・つよ(広瀬津与)|史実面から深堀り考察
- 『べらぼう』橋本愛演じる“てい”は勝ち気な地女
- 鱗形屋孫兵衛の生涯|蔦重の師であり後のライバルであり
- 西村屋与八の実績|錦絵を得意とする蔦屋のライバル
・蔦屋重三郎と版元たちをさらに表示(全3件)
- 鶴屋喜右衛門 三代に渡る実績|京都から江戸へ進出
- 須原屋市兵衛の生涯|幕府に屈せず出版を続けた書物問屋
- なぜ蔦屋重三郎は最初「地本問屋」の仲間に入れて貰えなかった?
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浮世絵師たち
歌麿・写楽・北斎。蔦重が世に出した絵師と、その周辺の名手たちです。

『ポッピンを吹く娘』喜多川歌麿/wikipediaより引用
- 喜多川歌麿の生涯|日本一の美人画浮世絵師
- 東洲斎写楽の正体|なぜ1年足らずで表舞台から消えたのか
- 葛飾北斎の生涯|富嶽三十六景で知られる規格外の浮世絵師
- 歌麿のライバル・鳥居清長|歌麿“前”に美人画で一世風靡
- 鈴木春信の生涯|源内と共にカラフルな錦絵を作り浮世絵を革新
・浮世絵師たちをさらに表示(全17件)
- 写楽と蔦重に勝った浮世絵師・歌川豊国の生涯
- 歌川広重の生涯|世界のヒロシゲブルーになるまで
- 葛飾応為の生涯|家事はせず酒タバコを好み気が強い 最高の女浮世絵師
- 歌川国芳の生涯|粋でいなせな江戸っ子浮世絵師
- 渓斎英泉の生涯|妖艶な美人画の名人 ベロ藍を最初に用いる
- 歌麿のライバル・鳥文斎栄之|十代将軍・家治に気に入られた旗本絵師
- 勝川春章の生涯|役者絵の名手にして北斎の師 知名度は低い
- 礒田湖龍斎の生涯|得意ジャンルは柱絵『べらぼう』で鉄拳演じる
- 平賀源内の生涯|田沼時代を盛り上げた“山師”
- 鳥山石燕の生涯|史実でも歌麿と蔦重を繋ぐ重要人物
- 北尾重政の生涯|重三郎や歌麿に影響を与えたキーマン
- べらぼう必須の浮世絵知識:基礎編|ジャンルと一番人気
- べらぼう必須の浮世絵知識:応用編|死絵や無惨絵や横浜絵なども
- 浮世絵は実際どんな手順で作られていたか|絵師以外も超重要!
- 43年ぶりに国内で発見された歌麿『ポッピンを吹く娘』の何が凄い?
- 大江戸猫ミームと浮世絵|国芳一門の猫絵が止まらない
- フェリクス・マンガ・ヤシェンスキ 葛飾北斎を愛し過ぎたポーランド人
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戯作者・狂歌師・文化人
黄表紙と狂歌の全盛期。武士も町人も筆をとった時代です。

『吾妻曲狂歌文庫』に描かれた恋川春町/wikipediaより引用
- 山東京伝の生涯|粋でモテモテ 江戸っ子文人
- 恋川春町の生涯|生真面目な武士作家は自害に追い込まれ
- 朋誠堂喜三二の生涯|春町と共に黄表紙を盛り上げた武士作家
- 大田南畝の生涯|武士で狂歌師「あるあるネタ」で大ヒット
- 曲亭馬琴の生涯|性格に難ありだが大作『南総里見八犬伝』を執筆
・戯作者・狂歌師・文化人をさらに表示(全11件)
- 山東京山|馬琴の執拗すぎる攻撃を受け続けた京伝の弟
- 朱楽菅江の生涯|天明の狂歌ブームを牽引した三大家
- 元木網の生涯|湯屋のご隠居が狂歌の流行を支えた
- 知恵内子の生涯|日本の文化にとって大きな女性狂歌師の価値
- 十返舎一九の生涯|20年以上も売れ続けた『東海道中膝栗毛』の作者
- 江戸の三大狂歌師(橘洲・南畝・菅江)誰ウマな洒落に思わずクスッ
- 史実の恋川春町は「豆腐の角に頭をぶつけて死んだ」のか?
- 恋川春町の『鸚鵡返文武二道』には何が書かれていた?
- 善玉・悪玉の由来である山東京伝『心学早染草』は今読んでもニヤニヤ
- 史実では2人の妻がいた山東京伝(北尾政演)菊園と玉の井とは?
- 鳥山検校はなぜ大金持ちなのか|盲人の歴史と共に振り返る
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『べらぼう』の出来事と背景
吉原、飢饉、打ちこわし、そして寛政の改革。物語の背景を史実で押さえます。
- 吉原でしばしば起きていた放火|捕まれば酷い火刑
- 京伝が喰らった「手鎖五十日」実際何をしたらこの刑罰か?
- 江戸っ子が夢中になる浄瑠璃|馬面太夫こと二代目富本豊前太夫
- 江戸土産にもなった春画の歴史|蔦重が歌麿に描かせようとした枕絵
- 馬琴と北斎の続きは映画『八犬伝』を見るしかねぇな
・『べらぼう』の出来事と背景をさらに表示(全6件)
- 火付盗賊改方はなぜ設置されたのか|江戸の治安事情
- べらぼう時代に開花した娯楽作品の王者『水滸伝』その歴史
- 会津藩校「日新館」は授業中でもケンカ上等!
- 長谷川宣以(平蔵)『鬼平犯科帳』モデルの生涯とは?
- なぜ『べらぼう』に登場する旗本や御家人は総じて貧乏なのか?
- 平秩東作の生涯|平賀源内の遺体を引き取った長老
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江戸の暮らしと文化
将軍でも大名でもない人々の日常。仕事、食、遊び、そして病。
仕事・教育・身分
「士農工商」は実際どこまで固定的だったのか。働き方から見ていきます。

- 江戸には実際どんな仕事があった?花形は大工・左官・鳶職
- 寺子屋のシステム|江戸時代の画期的な教育システム
- 武士の副業は傘修理や執筆だけではない 土地運用に朝顔で一発大金も!
- 江戸庶民の暮らしぶり|識字率は高く推し活まで流行
- 江戸時代の男色・BLナメたらアカン 時には暴力的で甘い要素ナシ
・仕事・教育・身分をさらに表示(全2件)
- 江戸時代の夫婦はどうやって離婚した?|三くだり半の実際
- 和服の歴史|日本人はいつから着物を好んだのか
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食・娯楽・行事
蕎麦、寿司、推し活、お伊勢参り。江戸の楽しみを集めました。

深川江戸資料館に展示されている江戸時代後期の「風鈴蕎麦」の屋台/wikipediaより引用
- なぜ江戸ではやたらと蕎麦を食べるのか?食文化を徹底考察
- 歌舞伎に熱中した江戸女子たちの推し活事情|役者絵や団扇が売れ筋
- 蕎麦の歴史は縄文時代から|江戸では将軍への献上品にも
- 犬のお伊勢参り|人に代わって伊勢神宮まで旅する犬が流行
- 江戸の動物見世物事情|吉宗も驚いた象さん、鯨、アルビノ個体
・食・娯楽・行事をさらに表示(全6件)
- 針供養の日|ついでに人形供養やチキン感謝祭も調べてみた
- 隅田川の歴史|命名されたのは江戸時代かと思いきや昭和40年
- 天保山|日本一低い山は北斎や広重も浮世絵に描いた
- 名古屋城・金のシャチホコ|6つのトリビアでドヤ顔しましょ
- 菱垣廻船と樽廻船|物流トラブルが激化した理由
- 株仲間は悪徳商人の集まりだったのか|吉宗や意次が推奨した理由
- ▲ 食・娯楽・行事の先頭に戻る
吉原と遊里
華やかさの裏側にある借金と病。遊郭を史実の側から見ます。

新吉原の桜・歌川広重/wikipediaより引用1200
- 吉原遊郭は江戸で唯一の遊び場ではない|他にどんな店があった?
- 吉原遊郭のリアル|“苦海”はどんな場所だったのか
- 借金地獄から抜け出せない吉原の女郎たち|普段はどんな生活?
- 吉原女郎が男に惚れたらおしめえよ|真があっての運の尽き
医療・災害・治安
疫病と火事は江戸の日常でした。医療の進歩もこの文脈にあります。
- 江戸期以前の乳幼児死亡率は異常|将軍家大名家でも夭逝当たり前
- “はしか”は「命定め」|綱吉の命も奪い江戸時代に13回も大流行
- 「私は医者だ!」と名乗れば医者になれた?|江戸〜明治の医療事情
- 江戸時代の医学は劇的進歩の最中|腑分けや麻酔 ドラマ『JIN-仁-』の舞台
・医療・災害・治安をさらに表示(全2件)
- ドラマ大奥・青沼のモデル|鎖国下で青い目の侍はあり得るのか
- 右衛門佐局|江戸に呼ばれた理由は側室に非ず
- ▲ 医療・災害・治安の先頭に戻る
江戸幕府のしくみと江戸FAQ
特定の将軍・大名・絵師に紐づく疑問は、上の各セクション内へまとめました。
ここでは時期をまたいで押さえておきたい制度と、素朴な疑問を扱います。
幕府のしくみと身分
役職・身分・御三家。仕組みがわかると人物の行動理由まで見えてきます。
- 大老・老中・若年寄の違い|細分化された江戸幕府の役職
- 御三家と御三卿は何がどう違う?|田安と一橋が将軍家を救う
- 文治政治と武断政治の違い|幕府はなぜ政治体制を切り替えたのか
- 実はユルい「士農工商」|農民や町人は武士になれた?
- 江戸時代265年を一気に読む|家康から幕末まで何が起きたのか
・幕府のしくみと身分をさらに表示(全4件)
- 徳川将軍の正室(御台所)|家康〜慶喜15代を全まとめ
- 「大奥」はどんなシステムだった?|側室候補は結局家柄か
- 江戸城の刃傷事件全まとめ|将軍お膝元で七度も勃発していた
- 鎌倉9代・足利15代・徳川15代の名前すべて言えますか?
- ▲ 幕府のしくみと身分の先頭に戻る
幕末への道
12代将軍・徳川家慶の治世が終わろうとしていた、まさにその瞬間にペリーの黒船が来航。
13代家定・14代家茂・15代慶喜は「幕末・維新」のページからご覧ください。
